狂人の面を被った小者   作:狂乱者

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第三話「幼女医者」

 

「これはこれはジーダス様。今宵はどんな商品をお売りになられるので?」

 

「とっておきでやがりますよー」

 

 深夜の帝都の一角、狂った趣味を持つ富豪たちが行うオークション会場にジーダスは足を運んでいた。

 このオークション会場、出品者は自由参加だが、殆どはジーダスのために開かれているような物である。

 何せ、ここの参加者は皆、異常者なのだ。

 

 

「はよう! はよう見せてくれ! 今宵の怪画を!」

 

 太りきった身体と公家のような化粧をし、膨れた顎から涎を垂らす男。

 

「ほっほ。全く少しは静かにして下さいよ」

 

 胴衣を纏い、髪を後方で二つに分け、まるで太い棘のように尖らせている男。

 

「今日はどんな怪画が見られるか……」

 

 ピエロのような鼻を突け、髷を結っている男。

 実に個性的な3人の他にも、右目に眼帯をしたヤクザ風の男など、様々な格好をした男たちが、だだっ広く豪華に装飾されたオークション会場にやって来ていた。

 中には貴婦人の格好をした女性も何人かおり、パッ見では、普通の絵画のオークションにも思えてくる。

 しかし、会場で商品を売る男はジーダス・ノックバッカー。

 売られる商品は勿論、怪画。

 故に、集まる者達も皆、怪画好きの道楽ばかりである。

 

「皆様! お待たせしました! 今宵の商品でございます!」

 

 司会の黒服がマイクを使って、声を出しながら、壇上に上がり、怪画に掛かっていた布を剥ぎ取る。

 隣ではジーダスが笑顔で、観客達の表情を眺めていた。

 

「こ、これは……っ!?」

 

 会場が一瞬で凍る。

 そこにあったのは、帝都警備隊隊長オーガの怪画であった。

 

「皆様もご存知、帝都警備隊元隊長のオーガさんの怪画です。あ。殺ったのはナイトレイドの人たちですし、怪画にすることは宮殿に報告済みですので」

 

 どよめく会場を他所に、ジーダスは聞かれるであろう不安事項を打ち消す言葉を並べていく。

 オーガが死んだ事は、既に帝都中に知れ渡っていたが、まさか怪画になっていたとは、誰もが思わなかった。

と、なると殺したのはジーダスなのか? という疑問にはナイトレイドがやった、と平然と嘘を吐く。

 止めはこちらが刺したが、瀕死にしたのはあの餓鬼である。

 ジーダスは最近、噂になっているナイトレイドに仕業にしておけば、色々と好都合なため、この様な嘘を吐いたのだ。

 またオーガの怪画など、保持しているだけで罪に問われるのではないか、という不安には、既に帝都に報告済み、とこちらは真実を告げる。

 報告した際のオネストは「そうですか。まぁ、良いでしょう」と淡白な答えを残していたため、こうしてジーダスは怪画売りに来ている。

 

「うぅむ。オーガの怪画か……確かに、持っていれば箔が付きそうじゃが……」

 

「むさ苦しい男じゃしのぅ……可愛い子が欲しいぞ!」

 

 何人かの男共は野郎よりも美少女を寄越せと要求してくる。

 そんな彼らの要求に、笑顔のまま、怪画売りは答える。

 

「でしたら私に、直接依頼をおねげーします。それなら値は張りやすが、きっちり要望通りに物をお届けしやしょう。それに現在はナイトレイドも視野に入れておりやすので」

 

「ま、誠か!? うっひょう!」

 

 このオークションは怪画を安く仕入れるために開かれている側面が強い。

 実際に、貴族内でも地位が下の者はオークションでしか怪画を入手する手段がないのだ。

 しかしオークションでは、時折、目玉商品が飛び出してくることがある。

 今回のオーガの怪画など、その良い例だ。

 常に真新しさと安い怪画を求めて、今日もイカれた道楽共はオークションにやって来る。

 ちなみに、上位に行けば、依頼といった形でジーダスから直接、欲しい怪画を得られる。

 その分、値段は膨大な物になっていく。

 更に金を支払えば、怪画前の状態で提供することも可能である。

 この怪画前の状態があるため、一部のマニア達は大金を平気で払うのである。

 

「では、オークションを始めます。まずは――――」

 

 

 色々と問答はあったが、結局、オーガの怪画は麻薬組織の頭である男が、自分に箔を付けるため、という理由で高額で落札した。

 

 

 

 

 

「あ。お疲れ様です。ジーダスさん」

 

「おや。バックさんですか。お疲れ様です」

 

 大金を手にし、帰宅する直前、会場の出入り口でジーダスはバックと呼ばれた、金髪の好青年と出会う。

 右手を軽く上げ、挨拶をするバックにジーダスも同じように返す。

 ただ反対の手で小樽に入った酒を飲みながら、ではあったが。

 

「今日のは凄かったですね。警備隊隊長さんなんて」

 

「いえいえ。たまたま運が良かっただけですよ」

 

 軽い世間話をしている、お互いに美形な好青年。

だが内面は2人とも狂っていた。

 バックは特別メニューと評し、帝都外から美少女を買い取り、先程、会場内にいた客共の何人かに売り捌いている。

 その際、客の要望では足を折る、目を抉る、獣の相手をさせるなどの行為を、平然と行う。

 時折、客達と共に色町で宴会を開き、今後のメニューの日程を知らせているあたり、彼の強かさが滲み出ている。

 バックは同業者として、ジーダスに憧れを抱いていた。

 自分とそう歳は離れていないハズだが、驚くべき手腕と恐るべき用心深さで、様々な事態を切り抜け、大臣という地位まで着いたのだ。

 家系の優劣も影響しただろうが、大臣になったのはジーダス本人の力量であり、最初こそ嫉妬したものの、今では彼の素晴らしい功績に惹かれ、憧れている。

 

「是非とも、今度、家に来て下さい。ご馳走しますよ」

 

「それは楽しみでやがります。機会があったら、是非」

 

「約束ですよ? 絶対ですからね?」

 

「分かっておりやす。では、そろそろ」

 

 小樽の酒を飲み干したジーダスは、腰に掛けてあった次の子樽を手に取り、中身を呑み始める。

 いつもの光景にバックは笑顔で別れの挨拶をし、その場を去る。

 残されたジーダスも帰るべく、足を向けるが、そこである事に気付く。

 

「あー……イリス。ちょっと頼まれ事、されてくれません?」

 

 誰もいないハズの会場出入り口で、ジーダスは独り言を呟いた。

 

 

 

 

 

 

同時刻 帝都 別地区

 

 

「なぁ、アカメ……お前、声はどうしている?」

 

「……声?」

 

 周囲に誰もいない石畳の上で、額に目を付けた男が、前方にいる可憐な黒髪美少女に問う。

 少女、アカメの持つ手には日本刀、帝具「一斬必殺 村雨」が月光を浴び、鈍い光を放っている。

 

「黙っていると聞こえてくる声だよ……今まで殺してきた人間達の、地獄からのうめき声だ」

 

「俺を恨んで、早く地獄に来いって言い続けている」

 

 血走った目が輝き、太く低い声がアカメと傷だらけで伏せているタツミの脳内に届く。

 地獄の亡者たちの絶叫、怨嗟、恨み辛み、全てが男性「首斬りザンク」の耳に届き、それらを掻き消すために、彼は喋り続ける。

 己の罪から眼を背けるように。

 

「俺は喋って誤魔化しているが……お前はどうし「聞こえない」

 

 ザンクの会話を遮り、アカメの凛とした声が夜の闇に響く。

 

「私には、そんな声は聞こえない」

 

 驚いた表情のザンクであるが、すぐさま次の策を思い付く。

 唯一、聞きたかった事柄も聞き出し、既にアカメは用済みなのだ。

 ならば、彼女を生かしておく理由はない。

 けれど、単純に殺される存在ではないため、策を用いるしか、ザンクには手段が無かったのだ。

 額に装着した帝具「スペクテッド」による幻視を用い、油断した隙を突いて斬首を行う。

 策は思案出来た、ならば実行しようと、帝具に意識を向けるが――――

 

 

 

「うけけけけけけけ!!」

 

 闇夜を掻き消す歪な笑いが、ザンクの遥か後方から聞こえてきた。

 

「なんっ……!?」

 

 刹那、ザンクは頭から地面に叩きつけられる。

 否、後頭部を掴まれ、幼女体型の全体重を掛けて、押しつぶされたのだ。

 一瞬で意識を手放したザンクを道端に軽々と放り投げ、彼以上の血走った目で笑う幼女に、アカメは警戒を強化し、タツミは剣を杖代わりに立ち上がる。

 

 

「お前は……見たことあるぞ。ジーダス・ノックバッカー財務大臣の専属医、イリス・アーベンハルトだな」

 

「んふふふふふふ! せいかーい! 私みたいな塵屑と違って、良い臓物の臭いがするよぉ……あぁ! 妄想だけでイっちゃいそうだよぉ! ひゃははははははは!!」

 

 ひたすらに狂った笑いを続けるイリスであるが、周囲に人一人近づこうとしない。

 彼女の発する狂気と血の臭いが、一般人の生存本能を刺激し、近づかせようとしないのだ。

 

「ぬひゃひゃひゃひゃ! いっひひひひひ! 私はこの世で最も価値のない者! ぶひゃひゃ! いけけけけ! ぬはははは!」

 

 一見、腹を抱えて笑うイリスは隙だらけに見えるものの、アカメもタツミも斬りかかろうとはしない。

 タツミは傷のせいであるが、アカメは違う。

 先程のザンクを始末した速度を警戒した上での様子見である。

 あの時、ザンクによって視界が遮られていたとはいえ、彼女の目にはイリスは映っていなかった。

 笑い声が聞こえても、だ。

 にも関わらず、次の瞬間にはザンクに触れる位置まで移動していた脚力は、油断ならないものがある。

 村雨を構えたまま、アカメは神経を尖らせ、イリスの一挙一動に注目する。

 

「んなはははは! こーなーいーのー!? なんならぁ! 来ないんかワレェ! いひゃひゃひゃ! それなら……こっちから行くってばよーん!」

 

 腕をだらしなく下げ、身体を前傾姿勢で丸めたイリスは語尾と同時に、体を限界まで仰け反らせる。

 アカメの耳に空を切る音が聞こえる。

 目を凝らすと、何やら銀色の針らしき物が5つ程、飛んでくるのが見えた。

 

「そんなもの……」

 

 村雨の一振りで、全ての針は叩き落され、アカメの周囲にばら撒かれる。

 暗闇による視界の悪さ、相手の奇妙な動きによる投擲などの誤魔化しは、暗殺者として鍛え上げられたアカメにとって、赤子を斬るより容易いものだ。

 

「ブゥゥゥゥアカァァァァァァァ!!」

 

「ッ!?」

 

 舌を出し、単純な暴言を吐くイリスの言葉と同時に切断された針が次々と閃光を放ち、爆発していく。

 自身の周囲に斬ったことが仇となるも、閃光の時点でアカメは後方に飛んでおり、爆破は誰も仕留めきれず、虚しく石畳を破壊するのみに終わった。

 

「ケヒッ! 次次次次次次ィィィィィ!!」

 

 今度は真っ直ぐな投擲ではなく、放物線を描くよう、上方に針を投げるイリスであったが、正直、ハイテンションになり過ぎて、高く投げすぎてしまった感じも否めない。

 アカメは針が落下するまでの時間に余裕があることを一瞬で確認し、即座にイリスとの距離を詰める。

 村雨を右手に持ち、抜刀の構えを取る。

 瞳には笑みを浮かべるイリスの顔が映るのみ。

 

「葬る」

 

「キャハッ―――――」

 

 アカメの帝具である村雨は、少しでも斬った者の全身に呪毒を与え、即座に死に至らしめる、まさしく必殺の名に恥じない帝具である。

 イリスの反応速度を持ってしても、戦闘経験で勝るアカメの行動を避ける術はなく、彼女の首はあっさりと空を舞う―――――

 

 

「……なっ!?」

 

 

 村雨はイリスの首の皮を切断しただけであり、それ以上には決して進まなかった。

 呪毒も発動せず、代わりに傷口から少々の煙が上がるのみ。

 

「んひゃ」

 

 下卑た、歪み切った笑顔で笑う悪魔は、驚愕しているアカメの右手首を掴み、骨ごと握り潰す。

 呆気ない程、簡単に砕かれた骨だが、常人では到底なし得ない事柄を、このイカれた幼女はやってのけた。

 

「ガッ……!!」

 

「村雨ぇぇぇぇ? 呪毒ぅぅぅぅぅ? 何ですかそれぇぇぇぇ? 美味しいんですかぁぁぁぁ? げきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!」

 

 まさに勝ち誇ったように笑うイリスであったが、対するアカメはまだ諦めてはいない。

 痛みをすぐさま押さえつけ、右手で持っていた村雨を手放し、相棒を空に漂わせる。

 そして自由であった左手で柄を持ち、彼女の左腕に斬りかかる。

 正直、自分で刀身に触れたら自殺になってしまう程の危険な賭けであったが、アカメは難なく、その課題をクリアする。

 しかし――――

 

「だーかーらー! 効かないってばぁ!!」

 

 やはり皮膚で村雨の刃は止まってしまう。

 またも煙が上がるだけであり、イリスが死ぬことはない。

 万事休す。

 アカメにピンチが迫るものの、彼女の表情が崩れることはなかった。

 

「いや。これで良い」

 

「あへ?」

 

 アカメは左腕に力を入れ、渾身の力で身体を前に進ませ、左腕に沿われた刃を滑らせ、イリスの肩まで到達させる。

 その間、通過した皮膚は全て切り落とされ、煙が生まれるが、狙いはこれではない。

 到達した際の勢いで、イリスの左腕の力が僅かだが、弱まったのだ。

 この隙にアカメは右腕を解放させ、後方へと飛ぶ。

 

「NOOOOOOO!! 逃げられちゃったよーん! にゃははははは!」

 

 煙の上がる左腕を物ともせず、イリスは再びバカみたいな笑い声を上げ始める。

 アカメは追撃のなかった事に安堵しつつ、上空を見上げる。

 イリスが投げた針が、ようやく落下してくるのが確認でき、彼女は左手で村雨を構える。

 

「アカメ! 大丈夫なのかよ!?」

 

 後ろでタツミが叫ぶが、今は答えている余裕はない。

 油断すれば即座に死ぬ状況で、隙を晒すバカはいないからだ。

 

「にょほほほほほほ! まぁいいや! もっかいぶちのめーす!」

 

 イリスが両腕を勢い良く回転させ、次の攻撃の準備をしている間に、アカメは落ちてきた針全てを、村雨を用いて、イリスの方に弾き飛ばす。

 

 

「んん~~~~? ケッケー! 無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァ……あり?」

 

 アカメが弾いた物の正体が分かり、迎撃しようとするも、そこでイリスはある事に気付く。

 今日は一日、解剖と研究で忙しく、今回の呼び出しも緊急だったため、殆ど暇がなかったが故に大事な薬の投与のことを、完全に忘れていた。

 

「やば」

 

 珍しく素直になったイリスは途端に、糸の切れた人形のようになり、座り込んでしまう。

 そこに飛んできた己の針が腹部、胸部、脳天に突き刺さり、爆発する。

 石畳、石柱を巻き込んでの爆発だったため、辺り一面に砂埃が舞う。

 

 

「逃げるぞ! タツミ!」

 

「え? お、おう!」

 

 傷だらけのタツミに肩を貸し、すぐさま場を離れるアカメ。

 イリスの速度ならば、自分達に追いつくことは容易だろう。

 だが、直前に動かなくなったこと、針が刺さった事を判断し、何かしらの効力が切れた物だと判断した。

 最高は死んでいることだが、その可能性は低いと判断し、すぐさま撤退することを選ぶ。

 

 

 

 やがてアカメとタツミが去り、爆破による砂埃が晴れた後、白目を向いたイリスが、そこに横たわっていた。

 傷跡はなく、爆破による衝撃も白衣と洋服が破ける程度で済んでおり、身体には障害の1つもなかった。

 

「あひゃひゃひゃ……ひゃはっ」

 

 気絶しながら、尚、狂った笑いを止めないイリスの側に、暗闇からジーダスが姿を現す。

 

「やれやれ……薬の定期投与を忘れるとは……おバカさんでやがりますねぇ。ほんっと」

 

 小柄なイリスを片手で背負い、未だに気絶していた首切りザンクの足を掴み、引き摺りながら、ジーダスは帰路に着く。

 


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