狂人の面を被った小者   作:狂乱者

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第十六話「油断嘲笑」

 

「ッ!」

 

 それは誰の言葉だったか。

 少なくとも、その場にいたナイトレイド全員が発する可能性がある言葉である。

 アルビノの纏うアザトースは白銀から漆黒へと変貌し、額の眼球は血走っていた瞳を、全て紅へと変える。

 その視界に入った者、全ての脳内に意味の無い羅列が並べられる。

 自身の思考を掻き乱され、行動しようとする意思を消される精神汚染は、全員の行動を制御するには余りにも強大な力であった。

 

「――――――!!」

 

 腰を下げ、一度の跳躍で正面にいたナジェンダを押し倒すアルビノ。

 ジーダス戦でも見せた速度は凄まじい武器となり、彼らに襲い掛かる。

 

「クソッ!」

 

 義手である右腕で少年を吹き飛ばそうとするが、その前にアルビノの左手が機械仕掛けの腕を木っ端微塵にしてしまう。

 他のメンバーはボスを救おうと駆け出すが、アルビノがナジェンダの頭部を潰す方が遥かに早い。

 自身の人生の終が見えたナジェンダは、鋭い眼光のまま、自分に跨る少年を睨む。

 

「ガッ……な……める……な……!!」

 

 されど、少年の発した言葉は苦痛に満ちている物であった。

 先程までの洗練された速度は消え去り、さび付いた人形の様に散漫な行動で、右手を振り上げる。

 

「ナジェンダさん!!」

 

 ラバックがクローステールを操作しながら叫ぶ。

 距離的に糸ではアルビノを止めるだけの威力が足りず、どうしようもない焦燥感が彼を襲う。

 だが、アルビノの右腕はナジェンダではなく、自身の頭部にある眼球に向かって振り下ろされた。

 

「アァァァァァァァアアァァァァァァア!!」

 

「アルビノッ!?」

 

 額の目玉を潰しながら、少年は絶叫し、ナイトレイドのボスから飛び退く。

 殺意の波に飲まれまいと抗う少年の意志が、ナジェンダを死から遠ざけた。

 

 

 

 

「すまない……!」

 

 苦虫を潰した様な表情で、アカメはアルビノに対し、村雨で袈裟懸けに斬る。

 だが、アザトースの頑丈な鎧の露出していた関節部分を守る様に、少年の右手甲が斬撃を防ぐ。

 

「殺して……いや、殺さない……殺す殺す殺す……嫌だ嫌だ嫌だ……!」

 

 苦悶と苦痛の慟哭を上げながら、アカメを弾き飛ばすアルビノ。

 同時に背後から破損した槍を振り下ろすスサノオの攻撃を避け、自身の頭部を狙って撃って来たマインの狙撃をかわす。

 砲撃を避けた姿勢のまま、アルビノは兜から血流しながら、マインを捉える。

 彼の中の殺意は、邪魔な狙撃手を殺す事に決めたのだ。

 

 スサノオの第二撃が繰り出されるよりも前に、アルビノはマインの目の前に迫っていた。

 

「はやっ……! くぅ!」

 

 咄嗟にパンプキンの銃身で防御を取るものの、小柄な少女が強大な力を蓄えた一撃に耐えられる訳がなく、結果は背後の木まで吹き飛ばされ、背中を強打する事になった。

 暗殺者として鍛えてきたマインの身体を持ってしても、暴力の塊を完全に受け止める事は出来ず、意識を手放してしまう。

 

「アァァァァァァァ……すまないすまないすまないすまない……殺してやる……!」

 

 またも動きが鈍り、アルビノは右手で左腕を掴むと、ゆっくりと身体から引き剥がしていく。

 

「この程度でぇ……!!」

 

 ぶちぶちという肉が引き千切れる音、決壊直前のダムの如く、流れ出てくる少量の血液。

 暴れる左腕と激痛を意志のみで押さえ込み、彼は左腕をもぎ取る事に成功する。

 大量の血液が外に飛び出る事を喜ぶ様に吹き出ていく。

 そのまま左腕を投げ捨てると、再び絶叫し、今度はスサノオへと向かう。

 

 

 

 

 

 

「アイツ……操られているのか……?」

 

 ナジェンダを介抱しながら、ラバックは呟く。

 彼の問いに、彼らのボスは答える。

 

「理由は不明だが……ジーダスに何かされたに違いない……イリスの技術か、レギオンの隠された特性か……」

 

「じゃ、じゃあナジェンダさん。アルビノは……」

 

 ラバックの肩を借り、ナジェンダは立ち上がる。

 義手が破壊され、左腕一本の状態となっても、彼女の意志が消える事はない。

 

「本人の望み通りにするしかないだろう……」

 

 忌々しげに言葉を発する彼女は、現状の再確認に務める。

 

「(レオーネ、タツミ、マインは気絶……レオーネは内臓にダメージが来ている。ライオネルの効果があるといえ、危険な状態だ……戦力はアカメ、ラバック、スサノオだけ……申し訳ないが、クローステールでどうにか出来るとは思えん……実質はアカメとスサノオ頼みか……奥の手を使用するしかないのか……!?)」

 

 思案するナジェンダの前方では、スサノオがアルビノの右腕を切断する事に成功していた。

 しかし、同時に彼の両脚は潰され、支える物が無くなった身体にアザトースにより、増幅された蹴りが放たれる。

 

「アルビノ……お前は……!」

 

 スサノオの言葉を無視し、欠損した両腕が存在した部分から、大量の赤黒い血流を流しながらも直立するアルビノは、吹き飛ばされた帝具人間には興味を無くし、立ち上がっていたナジェンダとラバックに視線を向ける。

 

「殺す……殺し……ごめん……俺は……ころ……」

 

 スサノオが鎧全体に与えたダメージ、長時間による着用、本人の深刻なダメージにより、兜が破損し、数十分ぶりに少年の顔が外に解放される。

 彼が見せた顔は―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              「殺してくれ」

 

                悲惨

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトレイドの人間を傷つけまいと、中に存在する膨大な殺意に抗い続けた少年の顔は、上記の言葉に集約される。

 

 目から血涙を流し、口は舌を何度も噛み切り、自害を図ろうとした結果、歯が割れ、血液が流れ出ている。

 割れた歯の隙間から見える舌は既に根元にしか存在せず、それでも彼は生存を果たしていた。

 否、彼の纏うアザトースが装着者に異常な生命力を与え、無理矢理に生かしている状態であった。

 さながら呪いと化した力により、少年は苦痛の生を強いられる。

 

 

「――――――――!!」

 

 アルビノの顔を見たナジェンダとラバックは、驚愕と憎悪を覚える。

 憎悪の対象は、狂人、ジーダス・ノックバッカーに対してだ。

 一方でボスは視線を動かし、ある事に気付く。

 

「アァアアァァァァァァァッッ!!」

 

 悲痛な叫び声を上げ、アルビノはナジェンダの顔面を蹴り飛ばすために、地面を駆ける。

 ラバックが正面に立つが、ナジェンダは左腕でそれを制する。

 

「ナジェンダさん……?」

 

「……もう眠らせてやろう」

 

 先程とは違い、落ち着いた雰囲気を取り戻したボスは、向かってくるアルビノの見据え、言葉を放つ。

 

「……今だ! チェルシー!!」

 

「ッ!?」

 

 チェルシー。

 アルビノが好意を抱き、自分の全てを救ってくれたと豪語する少女。

 ジーダス戦の時には決して姿を見せなかった彼女を呼ぶ声に、アルビノは、ナジェンダの目の前で全ての行動を停止させる。

 ナジェンダが向けた左手の示す先に彼女がいると判断し、首を向けるも、あるのは木々ばかり。

 愛する存在がいない事を確認し、再びナジェンダの方へと顔を向けるが――――

 

 

 

「葬る」

 

 

 

 最強の暗殺者、アカメの声が背後から聞こえた。

 いや、聞こえた時には、彼の内部には呪毒が入っていた後であった。

 露出した首筋に放たれた一閃から侵入した呪毒は、彼の心臓に到達し、生命としての鼓動を剥奪していく。

 

 チェルシーに固執するアルビノの意識を狙って行われたブラフである。

 アカメが気付かれない様に、少年の背後に迫っている事に気付いたナジェンダは、この策を思いつき、アイコンタクトでアカメと連絡を取り、実行したのだ。

 

 外部からの強力な死に対しては、流石のアザトースも対抗し切れず、鎧は少年の身体から剥がれ落ちていく。

 帝具は消え、残されたのは一人の少年のみ。

 

 

「……ごめん……それから……ありがとう……」

 

 

 力なく膝から、前のめりに倒れこみ、アルビノは自身の人生に終わりを告げる。

 横たわったまま、ほぼ全ての生命活動を停止した少年は、最後の力を振り絞り、首をナジェンダの方に向けながら、最後の言葉を残していく。

 

 

「チェルシーを……頼む……」

 

 

 最後まで、己の愛した人物の心配をし、アルビノは完全に息絶えた。

 

 

「……謝るのはこちらの方だ……」

 

「チェルシーは任された……必ず革命成功まで生き残って貰う……!」

 

 しゃがみこみ、開いていた目を閉じさせ、ナジェンダは決意を表明する。

 ラバック、アカメはやり切れない表情と感情を抱き、他の仲間の元へと向かおうと、動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帝具すら使いこなせず、誰一人として殺せず……使えねぇ使えねぇ使えねぇ使えねぇ。やっぱ人間はクズしかいねぇなぁ! アヒャヒャヒャヒャッ!!」

 

 

 

 今、この世で最も聞きたくない声が3人の耳に入る。

 声の方向に顔を向けると、そこには枝から吊り下がったジーダスの頭部が、厭らしい顔を浮かべながら笑い狂っていた。

 首から下は黒い影となっており、それが一目でレギオンだと分かる。

 身体の形を取ったレギオンの右手に当たる部分に、花型のオブジェを持っている事が分かる。

 

「どうせ仕舞いだ……やっぱ教えてやるべきだよなぁ? クキャキャキャ!! ギャオスの死後、身体から出た黒い影の正体! アルビノが狂った原因がよぉ? ヒャッヒャッ!!」

 

 頭以外は黒い影となり分散させ、空を舞う。

 残された頭部は落下を始めるが、既に落下地点に身体の形を作っていたレギオンの首に当たる部分が受け止める。

 

「『分散合致 グラシャラボラス』……帝具の一つ……効果は、花弁に所有者の持つ『何か』を分散させ、受け取った者に与える……コイツの持つ『殺意』をギャオス、イリスに分け与え、コイツの殺意を抑えさせた……そもそもギャオスの存在価値なんて、それだけなんだよ! イヒャ! そして花弁を受け取った者が死んだ時、その全てを吸収して、本体を持つ所有者に返還する……だが、コイツの殺意が凄まじすぎて、溢れたのが『黒い影』の正体! アルビノが狂ったのは、コイツの殺意の半分をアイツに与えたから! アヒャヒャ! しかぁし……結局はどいつもこいつも死んじまった! あのチビ女すら死んだしよぉ……ほんっと! 世の中はクズと馬鹿しかいねぇな! ケキャキャキャキャキャキャッ!!」

 

「そしてコイツこそ、私を弱めていた、最も厄介だった物! 試しにアルビノに殺意を分けたら、あっさり壊れやがって……アザトースに耐えた時の精神力を見せろっつーの! まぁでも、壊れてくれた方が助かったけどねーん。ウフフフフフフ! クキキキキキキキ! まだ理性が残っていたコイツが、殺意抑制と私の主導権を弱めるために取った行動! でもぉ……JとGが死んだせいで、一気に抑制が弱まった……ンフフフ! 言葉遣いの荒さがその証拠ぉ! キケケケケケ!」

 

 狂った笑いをしながら、ジーダスは己が持つ帝具の説明をしていく。

 だが、説明が終わると同時に、アカメは憂いを絶ち、斬りかかる。

 今までナイトレイドは黙って説明を聞いていたのは、ジーダスの持つ花型の物体の正体を知るためであった。

 彼の説明に嘘があった場合は危険なのだが、今のジーダスは殺意に塗れ、まともな判断が出来なくっている。

 そうでなければ、敵の目の前で自身の戦力の説明などしない。

 勝者の余裕とも違い、狂っているがために説明をしていると判断し、終わったからこそ、アカメは斬り込みに行ったのだ。

 

「ジーダスは一体、何を言っている……? 弱めていた? あの帝具で? 何の事だ……!」

 

 狂人の言葉に疑問を抱くナジェンダの声を聞き、笑みを広がらせたジーダスの頭部は、アカメの一撃をレギオンと化した手で受け止めた後、空に浮かび、追撃を避ける。

 

「元々、ジーダス・ノックバッカーは幼少期に殆ど死んでやがったのさ! 私を移植された瞬間からなぁ! クケケ……今までの私を評するのなら……狂人の面を被った小さき者……ってとこかぁ? ウケケケケケケ! もう止めるがなぁ!」

 

 大量のレギオンが展開し、ジーダスの頭部を包んでいく。

 黒に消える間際、震えていた頭部から白銀の鋭い触覚が飛び出るのが、アカメには確認出来た。

 

 数秒でレギオンは分散し、元の人の身体の形に戻る。

 そしてジーダスの頭部が姿を見せる。

 

 

「なっ―――――――」

 

「うわぁ……」

 

「…………………!」

 

 

 ジーダス・ノックバッカーの頭部の側面からは幾本もの太く鋭い触覚が生えていた。

 額や後頭部も一際、大きい触角が貫いており、鼻の辺りには最も大きく、存在を主張している触覚が出て来ている。

 鼻の触覚の付け根には青く染まった眼球らしき部位が付いており、先端からはノイズが混ざった奇妙な声が発せられる。

 

 

「主は『お前の名は何か?』とお尋ねになると、ソレは答えた」

 

「我が名はレギオン。我々は大勢であるが故に――――――――」

 

「ハッハハハッハハハハッハハハハハハッ!!」

 

 ジーダス・ノックバッカー、否、超級危険種「レギオン」の親玉である「マザーレギオン」は、乗っ取った人間の脳味噌を使い、人語を理解し、笑い声を上げる。

 全てを見下し、全てを嘲笑し、全ての人間を皆殺しにすると誓った、狂った声を上げながら。

 

 

 

 

 最終決戦、開始。

 

 

 

 


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