狂人の面を被った小者   作:狂乱者

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まだまだ未熟者故、皆様からの感想、評価、批評、指摘等、お待ちしております。


第一話「狂人闊歩」

 

腐り切った帝都にも、まったりとした午後というものは存在する。

商店街にはある程度、裕福な暮らしを約束された貴族たちが闊歩し、買い物を楽しんでいる。

穏やかな陽気の中でも、各々の購入した服やら家具やらを他人と比べ、嘲笑する点は、現在の帝都の人間模様を示していた。

 

そんな中3つの異様な姿が、人ごみの中で確認出来た。

1つは長すぎる白衣を着た、ピンク髪かつ幼女体型の少女。

血走った目で下に広がる人々を見て、馬鹿みたいな笑い声を上げている。

 

1つは黒ずくめの少年。

逆立てた髪に、へそだしTシャツに黒のジャケット、グラサンを掛け、前方の通行人たちに「退け。人間風情が」とか言っちゃうような、マせているガキである。

 

1つは大樽を背中に背負った青年。

狐目に整った美形であるが、その表情には疲れは一切見受けられない。

大樽の上にはピンク髪の幼女も乗り、狂った笑いを浮かべているが、全く気にせず、青年は樽から繋がれたチューブを加え、中の酒を摂取していた。

 

一際、異常な3人組に周囲の貴族たちはそそくさと道を空ける。

腫れ物を見る様な、仲間外れを見る様な、奇特な目で見る者が殆どであったが、一部の人間たちは恐怖に戦慄しながら、彼らが早く何処かに行ってくれることを願っていた。

ある商人など、彼らを見た途端に泡を吐きながら気絶したくらいである。

 

「さて……あ。ありやがりましたよ。イリス。J」

 

「んにゃははははははははっ! つーいーたーのー!?」

 

「ふん。塵の癖に、ボスに気に入られるなんて、実に不愉快だな」

 

 青年が指を指し、前方の露天商の果物屋を示す。

 ピンク少女が樽から青年の頭の上に移動し、右手を額に当てて、探すモーションを取り、黒い餓鬼は腕組をしながら、店の店員を睨んだ。

 店員は「ひっ!?」と声を出したものの、すぐさま営業スマイルを取り戻し、冷や汗を左手で拭い、マニュアル通りの接客をこなす。

 

「い、いらっしゃいませ。ジーダス様。今日は何用で?」

 

「そうかしこまらずに。私、この店は気に入ってるんでやがりますよー? あの子たちは、此処の果物が大好物でして」

 

 奇妙な敬語を使いつつも、青年はポケットから大量の金貨入り袋を取り出す。

 その額は、帝都でも質素な生活を続けていけば、半年は暮らせる程である。

 

「これで、此処にある果物ぜ、ばぁぁぁぁぁ」

 

「ひぃぃっ!?」

 

 青年が袋を店員に渡した瞬間、吐血した。

 滝のように流れる血液は、青年の咄嗟の判断により、果物には飛び散らず、石畳の上に吐き出される。

 

「ボスッ!?」

 

「にひひひひひ! ジーちゃん! 口開けてー!」

 

 黒い餓鬼こと、「J」が取り乱した直後、頭の上にいたピンク少女、「イリス」が肩車のように、脚を青年の肩に乗せ、頭側から伸ばした手で上顎を掴み、口を開かせるのと同時に、無理やり上を向かせる。

 

「んが」

 

 上を向いたことで、大量の血液が逆流するものの、青年、ジーダスは咽ることなく飲み干す。

 同時にイリスは彼の口内を覗き込むように、頭を動かし、白衣の袖からいつの間にか出したペンライトで、口の中の異常を探る。

 調査中の彼女の表情は真剣そのものであり、先程までの狂った笑い声は既に消えていた。

 

 十数秒後、「異常なーし! いつものー!」と笑顔で言ったイリスは、ジーダスの後頭部を叩き、強引に前を向かせる。

 ジーダスの着ていた黒いスーツにも血が付着していたが、それらはJが自分のハンカチで丁寧に拭き取っていた。

 

「いやはや。失礼しやがりました。これはお詫びです」

 

 再び笑顔を見せ、ジーダスはもう片方のポケットから同じ量が詰まった袋を取り出し、店員に渡す。

 あまりに唐突な出来事に置いてけぼりの店員であったが、お金を受け取ると、すぐさま自分の背後に置いてあった荷車を持ち出し、全ての果物を丁寧に乗せ始めた。

 

「うんうん。では帰りましょうか」

 

「うひひひひひひ! 屑な私にしては上出来ぃー! はぁーい!」

 

「承知しました。ボス。姉御」

 

「あ、ありがとうございましたー!」

 

 店員が果物を全て乗せ終わるのを見ると、Jは荷車を引き始める。

 その隣で、ジーダスは再び酒を飲み始めながら歩き出し、イリスは荷車の果物に囲まれながら、手頃な林檎に噛り付いていた。

 

「あ。荷車は後日、私の部下に届けさせるので。それまでお待ち頂けやがりますか?」

 

 帰り際、店員の方に振り返り、荷車の返却方法を伝えるジーダスに、店員は深々と頭を下げた。

 店員の態度を返事と見た後、彼は隣にいた2人に話しかける。

 

「ちょいと早目に、ショウイさんを売り飛ばしましょうか」

 

 最後にジーダスが言った言葉は店員に聞こえることなく、風に流された。

 

 

 

「ふぅ。死ぬかと思った」

 

 厄災が過ぎ去ったことで、心の平穏を取り戻した店員は商品が無くなったために、閉店作業に取り掛かる。

 店に置いてある箒を取り出し、まずは軽く掃き掃除から、と店員が行動しようとした時だった。

 そこでふと、ジーダスが吐血した部分に視線が行った。

 少なくとも、石畳に水分が吸収される時間は過ぎ去っているはず。

 にも関わらず、血液は吐き出された時と同様、軽い血溜りとなって残っていた。

 

「ん? 何でまだ血がこんなに残っているんだ?」

 

 不思議に思い、血液に箒を向ける。

 すると、血液は箒を避けるように石畳の隙間に逃げ込んでしまったのだ。

 

「んん?」

 

 一瞬の出来事に、店員は右腕の袖で目を擦り、再び血溜りを見ようとするが、既にそこには何もなかった。

 目に映るのは石畳のみ。

 

「……疲れてんだな。俺……しゃーねぇわ。ジーダス様に会ったんだしよぉ」

 

 自分は疲れている、と思い込ませ、店員は再び閉店作業に移った。

 

 

 

 

 

 

 

数刻後

帝都中央 宮殿内 謁見の間

 

「内政官ショウイ。余の政策に口を出し、政務を遅らせた咎により、貴様を牛裂きの刑に処す」

 

 幼き皇帝の放つ、慈悲なき言葉は、跪いたショウイの心に何より響いた。

 死刑宣告。

 人間である以上は絶対に受けたくない宣告を、今、ショウイという人間は、絶対的地位に存在する皇帝から受けたのだ。

 絨毯を見つめる顔には冷や汗と恐怖、絶望が見て取れる。

 周囲の大臣たちも驚きつつ、自分がこうはならないように、と内心焦るばかりであった。

 

「ヌフフ……お見事です。まこと陛下は名君でございますなぁ」

 

 凍りついた空気をグチャグチャという咀嚼音と共に掻き消した、恰幅が良すぎる男が、肉を噛み切りながら、皇帝の背後から現れる。

 暴虐と快楽の全てを得たような顔つきと、太った体型は、彼は唾棄すべき悪人であると同時に、現状の天辺に立つ人間であることを、周囲に無理矢理にでも分からせてしまう。

 

「ぐっ……陛下は大臣に騙されております! どうか民の声に耳をお傾け下さい!」

 

 一層、畏まりながらも、強い意志と言葉でショウイは陛下に進言する。

 彼の残された最後のチャンスでもあったのだろう。

 彼は、皇帝のカリスマ性を知っている。

 だからこそ、彼の下で働くことを選び、ここまでやって来たのだろう。

 しかし―――――

 

「あんな事を言っておるぞ?」

 

「気が触れたのでございましょう」

 

「うん! 昔からお前の言うことに間違いはないものな!」

 

 澄み切っており、純粋なまでのカリスマは、隣のオネスト大臣によって、ドス黒く染められていた。

 自分が悪と気付いていない最もドス黒い悪、を体言している皇帝にショウイの最後の言葉はあっさりと打ち砕かれた。

 

「ショウイ殿。悲しいお別れです」

 

 ギラついた目つきに変わったオネストの一言で、周囲に控えていた兵士たちが動き出し、ショウイを取り押さえる。

 

「陛下アァ!! このままで帝国千年の歴史が!!」

 

 ショウイが叫び始めたため、溜息を吐いたオネストがゆっくりと彼の前に移動しようとした時である。

 

 

謁見の間に繋がる巨大な扉を、勢い良く蹴飛ばして開ける者がいた。

 

 

「すみません。大きな音を立てないと、こちらの話を聞いて貰えそうになかったもので」

 

 黒のスーツを着こなしたジーダスであった。

 背中に樽は背負っていないが、代わりに右手に持った小樽から、チューブを経由して酒を飲んでおり、腰には幾つもの小樽をベルトに吊るしていた。

 その場にいた誰もが、彼の方に視線を移す。

 

「ジーダスか。何用だ」

 

 ジーダスの扉の開け方は不問とし、皇帝はジーダスの真意を問うための質問を投げかける。

 狐目のまま、ジーダスは皇帝の言葉にも関わらず、平然と答えようとした。

その時である。

 

 

「とうっ!」

 

 ジーダスの背後から飛び出し、空中を回転しながら着地する5つの影。

 横に並んだ影たちは次々のポーズを決めながら、名乗り上げる。

 

「溢れる殺意! 殺人光線のB!」

 

「全身制圧刺し殺す! 寄生吸血のJ!」

 

「忠節誓う槍術! 合体頭槍のV!」

 

「死に誘う歪な奏! 仮死楽器のZ!」

 

「斬殺滅茶苦茶! 内部崩壊のG!」

 

 言葉を発した順に、七色レインコートを纏った少女。

 全身黒の服で統一した、グラサンを掛ける少年。

 真っ白なシスター風の服装をした、目を閉じている少女。

 神父風の服装をした大人しそうな少年。

 体に似合わない豊満な肉付きを僅かな服で隠しているだけの少女が言葉を発し、更にポーズを変える。

 

「我ら!」

 

「ジーダス様の配下!」

 

「5人揃って!」

 

「ギャオス!」

 

「四天王!」

 

 ババーンという効果音が響き、謁見の間は静寂に包まれる。

 

「……前から気になっていたのだが、四天王なのに5人居るのは何故なのだ?」

 

 可笑しくなった空気の中、皇帝は汗を掻きながら、前々から疑問に思っていた事を告げる。

 その言葉に、とりあえず全員頷いてみた。

 オネストすら、その場の空気の流れに従わざるを得なかった。

 

「5人揃って四人の公王ってのと同じ原理でやがります」

 

 ジーダスは適当に答えると、本題に入る。

 

「ショウイ殿の処分をこちらに任せて頂きたい」

 

 誰もが耳を疑った。

 そして凍りついた。

 この場にジーダスを知らぬ者がいたら、彼を死刑執行人か何かと勘違いするだろうが、現在、謁見の間にいる人間たちは、全員ジーダスの事を知っている。

 

 財務大臣ジーダス・ノックバッカー

 彼一人で国の3割に匹敵する資金を集め、帝都に捧げている敏腕大臣。

 しかし、その収入方法は―――――――

 

 

「……おほん。ジーダス殿ですか。良いでしょう! 陛下! ショウイ殿の処分はジーダス殿に預けましょう! ショウイ殿はきっと我々の良い礎になって下さいます!」

 

 悪魔、オネストは先程の空気を咳払いで変え、地獄の鬼に匹敵する程の笑みを浮かべた。

 同時に、皇帝は首を傾げたものの信頼するオネストの言葉を受け、訂正する。

 

「そうか。では訂正する。財務大臣ジーダス。内政官ショウイの処分はお前に任せる」

 

 途端、ショウイの顔に絶望が浮かんだ。

 死刑宣告の時に冷や汗は出たが、今は汗すら浮かばない。

 観衆の見せしめとして殺され、死体を晒される、公開処刑は苦痛であり、屈辱である。

 自身の人生の終着点が見せしめである。

 これは誰もが忌み嫌い、誰もが回避しようとすることだ。

 その処刑すら地獄だと言うのに、ジーダスはそれ以上の苦悶をショウイに与えるのである。

 いや、人によってはジーダスの方が良い、という人間もいるが。

 

「感謝の極み。ではショウイ殿。参りましょうか」

 

「ヒッ……い、嫌だ……! 嫌だァァァァ!! 陛下! ご慈悲を! オネスト大臣! 貴方でもいい! 助けてくれ! 嫌だ嫌だ嫌だ!! 怪画は嫌だァァァァァァ!!」

 

 泣き喚くショウイの首を絞め、失神させた後、5人の配下にショウイを持ってこさせる様に命令し、部屋を後にする。

 5人は頷くと、ショウイを持ち上げ、お祭りの様に胴上げしながら退室していった。

 

「わーっしょい! わーっしょい!」

 

「静かに運びやがって下さい」

 

 

 

 

「いやはや。申し訳ありません。陛下。しかし、牛裂きは先日も行いました故、民衆に対する戒めの効果も薄れてしまうでしょう。ですので、ショウイ殿には、より素晴らしい!我々が生きていくため! この帝都の輝かしい未来のための礎になって頂きました!」

 

 大袈裟に身振り手振りをしながら、皇帝に近づくオネストに、皇帝は一切の嫌悪感を示さずに受け入れる。

 

「うん。それは良いことだ。皆も、ショウイの最後を見習うように」

 

 誰もが「はいっ」と返事をするが、内心は恐怖で満ち溢れていた。

 

「ところで大臣。怪画とはどういう意味だ?」

 

 ふと、皇帝は自身の疑問をぶつけてみた。

 ジーダスの行っている収入方法を皇帝は全く知らない。

 聞いてみてもはぐらかされるだけである。

 だが、今回は怪画という情報を得られたため、皇帝は近くにいたオネストに尋ねてみた。

 

「怪画とは即ち、芸術作品で御座います。何せ怪画ですから」

 

「う、うむ? つまりショウイは怪画売りにでもなるのか?」

 

「いえ。飽くまでも、これは処刑で御座います。ショウイ殿には死んで頂きます」

 

「うーん?……つまり……?」

 

 頭をフル回転するものの、答えは一切見付からない。

 悩む陛下を横目に、明確な答えを提示しないオネストは一つの提案をする。

 

「陛下。とりあえずはジーダス殿に任せましょう。そろそろお食事の時間で御座いますので」

 

「……そ、そうだな」

 

 皇帝は席を立ち、オネストと共に部屋から去っていく。

 残された大臣たちも身震いをしながら、各々の職場へと散り、謁見の間には静寂のみが残った。

 


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