ガンダムGジェネレーションオンライン   作:朝比奈たいら

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第五章『コンバット・スーツ』(2)

 

「――それでは、支援はいただけないと」

 

イドラ隊第二小隊、ルーナチームリーダーのリュイはさほど残念がらずに返す。

 

彼女は小隊を率い、オデッサ戦線に参加していた。

原作のイベントである連邦の反攻作戦、『オデッサ作戦』はまだ発動していない。

しかしながら、ジェネオンでは本拠地以外ならイベント外でも領土のやり取りは可能である。

連合と三大国家陣営が参戦した今、一部の連邦プレイヤーとNPCは

ジオン支配下のオデッサ基地を奪還する為に動いていた。

 

オデッサ攻略部隊の拠点で、リュイは補給部隊と連絡を取っていた。

ジェネオンのプレイヤーにとって補給はさほど重要ではない。

マイ格納庫や母艦に戻れば、自動的に機体は整備され弾薬も供給される。

少なくとも現在の仕様ではそうだ。

だがNPCはそうでないらしく、弾薬にしろ何にしろ物資と人手が必要であった。

 

「補給が無用なあなた方イドラ隊は言うに及ばず、

 オデッサ戦線への補給支援という意味でなら可能です。

 しかし、誰にどの程度の具合かというのは私の一存では決めかねますでしょうね」

 

「それはレビル将軍からの命令という事で?」

 

「私は中尉です。中尉と言えば、せいぜい小規模部隊の隊長が関の山ではなくて?」

 

それは好ましい台詞ではなかったが、

リュイは予想通りの答えが返ってきた事にむしろ安堵していた。

正式サービス後、人工知能搭載型のNPCが大量に生み出された。

当然、中にはアムロ・レイのような主役から名も無き一般兵までが無数に存在する。

陣営に階級ばかりが高い無名無能な人物が増えたのも当然の話であった。

 

「するしないで言うならば、確実に行ないます。

 でも、あなた方と現場で会う事はないでしょうね」

 

「いえ、事情が知れるのは良い事です。

 私達は自分のやるべき事をやりましょう。

 お手数をおかけしました、マチルダ中尉」

 

補給部隊長マチルダ・アジャン中尉は柔らかい微笑みを浮かべ、

軽く手を上げたのを最後にモニターから姿を消した。

リュイは背もたれに身体を沈めながら溜息を吐く。

別にどうしたというわけでもないが、少しの疲労感を感じていた。

 

そもそも、プレイヤーとNPCには意識の差がありすぎる。

なるほどNPCにとってはこの世界は唯一の現実である。

彼らはどう足掻こうと現実世界に身体を持たないのだ。

ゲーム会社のサーバーに記録されたデータのみが、NPCの全てである。

 

現実のプレイヤーは、そういうわけにはいかない。

いくらバーチャル世界に逃避しようとも、

現実の身体を維持するには生活という行動が必要だ。

食わねば死ぬ、飲まねば死ぬ。

その食う寝る遊ぶを維持するには、現実で仕事をして金を稼がねばならない。

生きるのだってタダではないのだ。

 

だからプレイヤーはジェネオンをゲームと割り切り、遊びの一つと数える。

中にはそうでない人間も居るであろうが、それはそれで問題だ。

そして、遊びでこの世界にやって来る者は、

NPCという仮想生命に対しても遊びの感覚で接するのである。

事実、あのマチルダ中尉にもいくらかのマニアが接触していた。

それは人としてではなく、アニメキャラに会う事が出来るという単純な欲望によるものである。

 

リュイとてガンダムは好きである。

だから原作キャラを物珍しがるのも否定はしない。

だが、本当にガンダムワールドが好きならば、

この世界で必死に生きている彼女達の意思を尊重するべきなのではないか?

彼女の仕事を邪魔してまで自分の欲求を果たすというのは、

人として何か欠陥があるような気がしてならなかった。

 

そこまで考えて、リュイは少しばかり目を見開いた。

今の自分は、まるでこの世界の軍人のようではないか。

ゲームにのめり込み過ぎているのは、こっちの方なのかも知れない。

どちらにせよ、自分はこんな偉そうな事を言える立場だったか。

たかが二十歳前の小娘が世界を云々するなどと。

 

一つ言えるのは、このバーチャル世界はそんな事を考えさせられるという事だ。

現実そのままとはいかないが、人と関わる事で着実に人間として成長出来る。

ジェネオンの運営がそう仕向けたかどうかは分からないが、

実際にこのような思考を行なっている事実はそうそう悪いものではないと信じたかった。

 

リュイは拠点の通信施設から外へ出る。

さて、今後の戦略はどうしたものか。

連邦軍はアフリカ大陸からイスラエル、シリアへ進出していた。

ジオンはトルコ南部に防衛線を敷き、連邦の進攻を食い止めている。

モスクワを始めとしたロシア西部は制圧下に置くものの、

東側からは三大国家陣営が迫りつつある。

連邦も同じ事であり、中国方面から迫る三大国家陣営を

インドのマドラス基地を拠点として迎撃しているはずだ。

 

NPCの一般兵から聞いた話では、

連邦はこのままトルコの前線を強引に押し上げるつもりらしい。

それと同時に、上層部の意見が割れているという噂も聞こえた。

早急にオデッサを奪還すべきであるという見方と、

イベントであるオデッサ作戦を待ってから全戦力を結集するとの考えだ。

原作では地上戦力の三分の一を持って事に当たった事から、

戦力の拮抗する現状では攻略不可と考える者も多いらしい。

 

個人的な考えで言えば、リュイは前者を押していた。

NPC部隊のみでの攻略は戦力不足であろう。

しかし、何とか掲示板などで他のプレイヤーの協力を仰ぎ、

集中攻撃をかけたなら可能性はあると考えている。

連邦ジオン共に戦闘態勢が整っているとは言い難いが、

ベルファストの連合がヨーロッパからオデッサに集中している事を考えると

好機は今を除いて無い。

 

問題はプレイヤー達がどれだけ協力出来るかだなと思いつつ、レンタルしたミデアへ向かう。

ミデアへ乗り込み、コンテナに搭載された自機の前まで来ると

ルーナ2であるクリフがMSデッキから昇降機で降りてくる。

床に降り立つなり、クリフは困惑したように言った。

 

「リュイ、インパラさんが先行したけど」

 

「先行? 先に行ったの」

 

考えたそばからこれである。

今日はルーナチームである程度攻略を進めようと思っていたのだ。

インパラが付いて来たいと言ったのでそうしたが、

彼は自分の言葉を覆している事に気付いているのだろうか。

 

「相変わらずマイペースな……」

 

「ええ。でも、そういうのは少しあこがれるな」

 

「そう? どうしてかしら」

 

「自分に自信を持てるのは良いと思うけど。

 私みたいに、上手くやろうとしてまごついているよりは」

 

クリフはそう言って苦笑を浮かべる。

リュイはこの少女を、まだ子供なのに完璧でありた過ぎる傾向があると感じていた。

別に人として問題があるわけでもないのに、自分が未熟だと思っている。

実際未熟なのは人との接し方や悪事を割り切れない部分だけで、

他の部分はむしろ年齢よりも大人びているのに。

そういうのを純粋と呼ぶのだろうかと、リュイは慰めるような笑みを作った。

 

「ああいう人は特別なのよ。

 自分に絶対の自信があって、やる事為す事それが全部正しいと信じている。

 そう思うだけなら簡単だけど、実際に正しい事をするにはきっかけが必要なのね。

 なりたいと思ってすぐなれるほど人間はまともに出来ちゃいないわ」

 

「知ってるの? インパラさんの事」

 

「もっと頭が良くなったら、好きになると思うけどね。

 私は『考えられる』人の隣に居たいから。

 さ、ヒーロー気取りの後を追いましょ。

 ……ラストさん、聞いてるんでしょう!」

 

今まで微動だにしなかったガンタンクが、両腕を上げてみせる。

それはまるで降参のポーズであった。

 

 

 

ルーナチームはミデアに乗り、戦線へ到達する。

低空飛行するミデアから機体を飛び降りさせ、市街地の道路に着地した。

前方からは断続的な砲声と爆発の煙が見える。

毎度ながら、まるで現実の戦争を見ているかのようだとルーナチームは思う。

その感覚はいざ自分が戦闘状態になると気にしている余裕が無くなるのだが。

 

「今回の目的は、新型の実戦テストとNPCや味方機の支援。

 偵察隊の報告によれば、ジオンは市街地にちょっとした要塞を作ってるらしいわ。

 私達は要塞の火器類を潰して歩兵部隊の突入を支援する」

 

「砲台があるなら、もう撃たれているんじゃないの」

 

「ミノフスキー粒子下ではセンサーが使えないから、

 砲台が直接照準で当てるにはよほど近くでないとダメね。

 そのくらいの距離なら、ジムの射程にも入ってるわ。

 ただ、間接照準だと分からないから敵の歩兵やモビルスーツには気をつけて」

 

「リュイさん、前線から観測データは届いてないかしら?」

 

「ええ、ちょっと前のデータですけど、要塞と敵陣後方の拠点の位置が分かってます。

 要請があったのは、敵の対空砲の破壊を優先してほしいとの話でした。

 航空機を使っているプレイヤーが居て、爆撃を行ないたいと」

 

リュイがラストのガンタンクにデータを送る。

ラストはその場で砲を細かく動かし、砲撃態勢を取る。

120ミリ砲を数回発射するが、それが正しく命中したかどうかは分からない。

ガンタンクの持つ120ミリ低反動砲は最大射程が260キロメートルにもなる。

戦艦大和の46センチ砲が最大射程42キロだという事を考えると、

ガンタンクの砲撃能力がどれだけ優れているかが理解出来るであろう。

しかし射程が長くともガンタンク自身から見える水平線を超えてしまうし、

ミノフスキー粒子下ではセンサーの大半が無力化されてしまうので

長距離砲撃を命中させるには観測部隊との連携が不可欠だった。

 

「一応撃つだけ撃ってみたけど……」

 

「やっぱり、電子戦装備が無いと不便ね。

 近くにホバートラックか何かが居ればいいけど。

 こんな事なら、ここら一帯の情報全部聞き出しておくんだった」

 

イドラ隊は連邦プレイヤーであるが、NPCの連邦軍指揮下にあるわけではない。

この為、プレイヤーが連邦軍の作戦を把握するには

それなりの影響力を持つNPCから直接聞き出さねばならなかった。

リュイは連邦の大まかな方針なら知っているものの、

一部隊単位での情報は手に入れられていない。

今分かっている事は、現在敵要塞の攻略が行なわれているという点のみである。

ルーナチームはオデッサ攻略部隊司令からの指示ではなく、

小隊単位で独自に行動しているのだった。

 

とりあえずルーナチームは戦闘中の味方に合流すべく、前線へ向かう事とする。

走らせる機体の足下には時たま連邦の歩兵が走り回っており、

このエリアが混戦状態にある事を意味していた。

 

「気をつけて、市街戦ではどこに敵が居るか分からないから」

 

リュイがそう言った直後、クリフのジムが胴体に爆発を起こす。

混乱するクリフを横目に、リュイは近くの建物の屋上にバルカンを放った。

弾丸は屋上の一部分を蜂の巣にする。

 

「リュイ、ミサイルが!」

 

「歩兵のロケットランチャーでしょ。

 大丈夫よ。そのジムなら十発喰らってもかすり傷だわ」

 

「歩兵、歩兵なの。その人をバルカンで」

 

「NPCは死にはしないわよ。ちゃんと電子に分解されて消えてったわ。

 しばらくすればリスポーンするでしょ。

 もう少し進めば、味方が居るはずだけど」

 

前進を続けると、その味方部隊が見えてくる。

どうやら歩兵と車両によって編成された部隊で、MSの姿は無かった。

砲撃戦を行なっていた一輌の61式戦車から通信が繋がれる。

 

「プレイヤーのモビルスーツか! 手が空いているなら貸してくれ。

 前方に妙な戦車型モビルスーツが居る」

 

「戦車型のモビルスーツ?」

 

NPCの報告に、リュイは首を傾げる。

ジオンにガンタンクのような機体があっただろうか。

言われた方を向くと、味方の61式戦車が砲弾を受けて撃破されている。

大通りにやって来たのは、確かに戦車型とも言える形をした機体だ。

頭頂部に大砲を持ち、脚は無く車輪で駆動している。

《MS‐12ギガン》という、少々マニアックな機体であった。

ギガンは突然MS部隊が現れたのに驚いたのだろう。

すぐに後退し、建物の影に隠れる。

 

「私がやるわ」

 

リュイはスラスターを使い、機体を跳躍させた。

ギガンは十字路の右へと下がっており、

追って来たジムを引き撃ちで仕留めるつもりだったのだろう。

上空から攻撃を受けるとは思っていなかったらしく、

ギガンは背後に着地したリュイのジムに対しての旋回が遅れた。

 

ビームサーベルを抜きかけたリュイだが、ふと思いなおす。

この戦闘は実戦テストも兼ねているのだ。

ならば、新型の兵装も試さねばならない。

リュイは背中に取り付けられていた大型のヘビィマシンガンを掴む。

 

このヘビィマシンガンの大きさは、通常の100ミリマシンガンの比ではない。

ザクやジムのマシンガンという火器は、人間でいうところのアサルトライフルに当たる。

これはそうではなく、人間でいう軽機関銃や重機関銃に相当する兵器だ。

長さはおおよそジムの全長に匹敵する。

 

リュイは100メートル程度しか離れていない近距離で、

そのヘビィマシンガンをギガンへと叩き込む。

事前に試し撃ちはしていたが、それでも反動が大きく銃口が跳ね上がった。

だがやはり威力も100ミリマシンガンより遥かに強力で、

直撃を受け続けたギガンは爆散する。

 

クリフとラストの二機も動いていた。

敵のマゼラアタック戦車に対し、クリフはビームライフルを撃ち込む。

脱出したマゼラトップには、バルカンを使った。

眼下には逃げ惑うジオン兵が見えたが、それにバルカンを使えるほど

クリフはバーチャルゲームを割り切れていなかった。

 

どうやら敵の主力も歩兵と戦車を始めとした車両であり、

今戦っている敵部隊に配備されたMSはあのギガンのみらしい。

数輌のマゼラアタックが砲撃を行いつつ後退を始める。

それを見たラストは、ガンタンクを突進させた。

 

「タンクもどきが突っ込んでくるだと!?」

 

マゼラアタックに乗っていたジオンのNPCが驚愕する。

ギガンを持つ彼らは、砲撃戦用MSの用法は戦車とさほど変わらないと思っていた。

しかし、今目の前に居るガンタンクは全速力で突っ込んでくる。

ジオン兵は咄嗟に車体の三連装35ミリ機関砲を放ったが、

ガンタンクはその程度では怯まない。

 

まさかキャタピラで踏み潰す気か、とジオン兵は恐怖する。

だがラストはマゼラアタックに接近すると、そのまま轢くわけでもなく

ガンタンクの腕を振り上げた。

不可解な行動に、ジオン兵は警戒する。

いつでもマゼラトップとして脱出出来るようにはしておいた。

 

次に起こった出来事を、ジオン兵は一瞬理解する事が出来なかった。

ガンタンクの手、ガンランチャーの砲口から、何か長い物が伸びたのだ。

ガンタンクはその触手のような物体を、近くのマゼラアタックに向けて振るう。

触手は電撃を纏いつつ、マゼラアタックを叩き潰した。

 

「なんじゃそりゃあ!?」

 

数拍遅れて、ジオン兵は触手の正体に気付く。

あれは我がジオンのグフに装備されているヒートロッドだ。

電撃を敵機に送り込む事により、相手をショートさせる事が出来る。

また、ヒートホークの様に装甲を切断する事も可能だ。

ラストのガンタンクは両手のガンランチャーから伸びる計6本のヒートロッドを振るい、

マゼラアタック戦車を全て薙ぎ払った。

それから数分と経たず、残ったジオンの歩兵は連邦のNPC隊により全滅する。

 

「援軍感謝する。……が、それはどんな改造機だ」

 

「イドラ隊の整備担当、フォイエンの作品です。

 モビルスーツ開発者として、名を挙げるつもりだと」

 

「私がガンタンクに乗る事になっても、それだけは御免被るよ」

 

戦車隊の隊長は、そう言って苦笑した。

実際、このヒートロッド装備のガンタンク、

《RX‐75Cガンタンク・トゥルフ》は気持ちの良い機体とは呼べない。

腕から触手を生やす戦車型MSなど、好んで使いたがる人は少ないだろう。

当のラストはまったく気にしていないようだが。

 

「ところで、ここにホバートラックはありませんか?

 最前線と連絡が取りたいのですが」

 

「残念ながら、戦車と随伴歩兵ぐらいだな。

 ホバートラックを持っている部隊となると、後方の指揮車輌か特殊モビルスーツ小隊か。

 それなら……この辺りに居ると聞いた」

 

「ありがとうございます。それだけ分かれば十分です」

 

ルーナチームは戦車隊からデータを受け取り、MS隊が居ると思わしき区画へ向かう。

前線に近づく事となるが、元より要塞攻略の支援はしなければならない。

ホバートラックの電子兵装ならば、

最前線で拠点攻撃を行なっている部隊と連絡が取れるだろう。

彼らに着弾観測をしてもらい、ガンタンクで対空砲を潰す事が出来たならば

味方の航空機が爆撃をやりやすくなるはずだ。

 

しばらく進むと、味方のMS隊が見えた。

MS隊はルーナチームが来るのを知っていたかのように顔を向けている。

恐らく、ホバートラックのセンサーで早くに感知していたのだろう。

リュイはジムの手を上げさせて挨拶をする。

それと同時に、MS隊の肩に描かれたマークを見て自分が話しかけた相手が誰なのかを知った。

 

「そこのモビルスーツ隊……えっ、白い犬?

 まさか、ホワイトディンゴ。」

 

「こちらは遊撃MS小隊、ホワイトディンゴ。何か用かな?」

 

リュイが出会ったMS隊は、ゲーム『コロニーの落ちた地で…』の主人公、

マスター・ピース・レイヤー中尉率いるホワイトディンゴ隊であった。

ルーナチームの誰もがネームドと会うとは思ってもおらず、

特にラストは「あらまあ」と嬉しそうに声を挙げている。

 

「初めまして~。私、コロ落ちの為にドリキャス買ったんですよ~」

 

「そう言ってくれる人が多くて、光栄です」

 

「こちらはイドラ隊と申しますが、どうしてホワイトディンゴがオデッサに?

 オーストラリアの部隊だったと記憶していますが」

 

「オーストラリアは、今のところ落ち着いたものです。

 ペキンが三大国家陣営のものとなってから、

 彼らはハワイを重点的に攻めていますからね。

 ヘリオンやフラッグのような可変機を使えば、離島まで飛んでいける」

 

「しかし、それではオーストラリアも同じではないですか?

 東南アジアをそれで制圧されれば、やって来れてしまう」

 

「時間の問題でしょうな。ソロモン諸島のオーブも近い。

 今はその両者が争っているから良いものの、時間が経って力を付ければ

 オーストラリア大陸にも敵はやって来るでしょう。

 だが、オデッサの奪還も必要です。

 何時来るか分からない敵に備えて遊撃隊を置いておくよりは良いと思われたのでしょう」

 

レイヤーの説明に、リュイは半分ほど納得出来ないものを感じる。

確かに現状でホワイトディンゴのような

機動力のある部隊を拠点防衛に割くのは間違いであろう。

オーブも勢力を伸ばしつつある様子だが、

東南アジアの多島海を占領するには空軍海軍戦力こそが重要であり、

オーストラリア大陸の砂漠や荒野に慣れたホワイトディンゴがオデッサに回されるのも解る。

とはいえ、オーストラリア方面軍の指揮下にある部隊をわざわざオデッサに持ってくるのだ。

イベント戦でもないのにそこまでするのには、何かしら事情があるのだと考えられた。

 

あるいは、もしかすると連邦軍は戦略を上手く練れず混乱しているのかも知れない。

原作ではジオンだけを相手にしていればよかったが、ジェネオンではそうではないし、

ゲームの仕様変更に応じて戦略を変えねばならない。

例えば、これ以上主戦力であるジムが弱体化するような事があれば連邦にとって死活問題だ。

いつ何が起こるか分からないから、とりあえず領土だけでも確保しようとして

オーストラリアの戦力をオデッサ戦線にまで引っ張ってきたりする。

その予想が正しいのかは今確かめられる事ではないが、

連邦も原作以上にガタガタなのではないかとリュイは感じていた。

 

「では、早くオデッサを陥落させて帰らねばなりませんね。

 ……その手伝いとして拠点攻撃を行ないたいのですが、

 ホバートラックで敵拠点の近くに居る部隊と交信は可能ですか?」

 

「アニタ、どうか?」

 

「オアシスよりイドラ隊ルーナチームへ。

 最新の敵拠点周辺地図を送ります」

 

ホワイトディンゴ隊はすぐにリュイの意図を読み取ったようで、

ホバートラックに乗るアニタ・ジュリアン軍曹が

要塞やその他の拠点に攻撃をかけている部隊とのデータリンクを行なった。

たちまち詳細な情報がホバートラックの機器に表示され、

アニタはそれをルーナチームへと送る。

 

リュイはそれをざっと眺め、いくつか候補を絞り込む。

この場所からすぐ砲撃可能な拠点をピックアップすると、ラストへ砲撃目標を伝えた。

アニタへその拠点近くに居る部隊に観測を行なってもらうように言う。

前線とのやり取りはすぐに決着がつき、砲撃観測の準備は整った。

 

ラストのガンタンクが遥か上空へ向けてキャノンを放つ。

一発目を撃ってからしばらく、味方部隊から着弾の報告が上がった。

初弾はわずかに逸れ、命中はしなかったらしい。

観測からの情報を元にすぐに誤差修正を行い、二発目を放つ。

今度は命中し、敵の車輌が吹き飛んだとの通信が入る。

ミノフスキー粒子によりセンサーの大部分は使えなくとも、

気象観測などの砲撃に関する処理はガンタンクのコンピューターがやってくれた。

後は前線の報告と合わせてから撃つのみである。

 

目標はトラックや戦車ではないとはいえ、直接対空砲自体を狙う必要は無い。

敵の戦力を削ぐ事が出来れば、後は味方の戦車隊なりなんなりが対空砲を潰してくれる。

更なる修正を加え、ガンタンクは砲撃を続ける。

しばらくすると、拠点に大打撃を与えたとの返答が返ってきた。

後は歩兵と戦車で何とか出来るらしい。

 

「これで最低限の支援は行なえましたねー」

 

「ラストさん、我々は支援攻撃の為だけにここに居るのではない、という奴ね」

 

「誰の台詞ですか?」

 

「後で教えてあげるわよ、クリフ。

 ありがとうございました、ホワイトディンゴ。

 私達は要塞の攻略へ向かいます」

 

「それなんだがな、ルーナチーム。

 ホワイトディンゴの任務というのが、その要塞を陥落させる事なんだ。

 もし良ければ、手を貸してくれるとありがたいのだが」

 

「あっ、そうなんですか。私としても、あなた方と一緒なら負ける気がしません。

 ありがたく同行させてもらいます。

 ……ところでさっきから気になっていたのですが、

 マイク少尉は思っていたよりも無口なんですね」

 

「そりゃあそうですよ。何だって俺がこんな機体に乗らなきゃならないのかってね」

 

今まで黙っていたホワイトディンゴ三番機のマクシミリアン・バーガーこと

マイク少尉が不満そうに述べた。

ホワイトディンゴ隊に配備されているMSはジムであり、

通常タイプのジムを陸戦仕様に改良した機体であった。

だから武装もスプレーガンではなく信頼性の高い実弾の100ミリマシンガンであるし、

シールドも陸戦型ジム用のクローシールドを装備していた。

 

ただし、マイクの機体はジムではなかった。

ジムに似ているのっぺりしたバイザー型のメインカメラ。

ジム系派生機の一種だと言われれば信じてしまえそうなフォルムをしたその機体は、

ガンダムAGE世界の量産機ジェノアスである。

ホワイトディンゴ隊用に灰色のカラーリングがされているものの、

一機だけ違う顔をしたそれの存在をリュイ達は先程から疑問に思っていたのだ。

マイクのぼやきを聞いた二番機のレオン・リーフェイ少尉が、こちらも初めて口を開く。

 

「マイク、ジムを壊したのは君だろう」

 

「そうだけどなぁ、あれは運が悪かっただけなんだ。

 目からビームが出るモビルスーツなんて俺が知るわけないだろう」

 

「遊びの改造機だと侮った君の失態だ」

 

「へいへい、俺が悪うござんしたよ。

 罰として、このジェノアスでしばらく我慢させてもらいますってんだ」

 

「ジェノアスは良い機体です。

 ディーヴァのオブライトさんは、24年前の旧式ジェノアスで

 Xラウンダーを撃破したんですよ!?」

 

「いや、世界が違うから俺はAGE系よく分からないし……」

 

クリフが珍しく声を荒げると、マイクはぽりぽりと頭をかいた。

NPCとはいえ、全ての情報を把握しているわけではないらしい。

リュイはクリフの初ガンダムがAGEだと知っていたので、

彼女がマイクに対してジェノアス談義を行なう前に会話を区切ろうとする。

 

「では、早めに向かいましょう。

 私達のフレンドも、そっちで戦っているはずです。

 航空機隊も動いているようですし、総攻撃をかけられればいいんですけど」

 

ルーナチームとホワイトディンゴは、敵要塞へと向かう。

フレンドの位置を表示する機能によれば、インパラはだいぶ前に出ているようだった。

彼のマルファスならば簡単にやられる事はないと思うが、

もし撃破されるような事があれば大問題だ。

あの機体には多くの新技術が搭載されている。

フォイエンから聞いた話では、マルファスのコストはガンダム以上だと聞いた。

ならば、そのような実験機は大事に扱わねばならない。

インパラがバカをやらないよう祈りながら、リュイはホワイトディンゴと足並みを揃えた。

 

 

 

フォイエンが「とんでもない」と言った意味を、

インパラは本当の意味で理解した気持ちになった。

 

インパラが乗るマルファスは、戦闘開始から今までに何度か被弾していた。

にもかかわらず、四肢やコンピューターに異常は見られない。

仕様変更で機体の耐久力が底上げされたとはいえ、

通常のジムタイプならば修理が必要なところを、マルファスは問題なく稼動している。

ガンダム以上のコストは伊達じゃないという事だ。

 

装甲の材質については、フォイエンは詳しく言及しなかった。

ただ、既存の物を使った新型の装甲であるとは言っている。

その口ぶりからインパラは、ガンダムのルナチタニウム合金か

00のEカーボンに手を加えた物ではないかと予想していた。

何にせよ、マルファスの前面装甲はザクマシンガンの直撃にも耐える事が出来ていた。

 

とはいえ、さすがのマルファスでも単機で要塞は攻めあぐねた。

要塞としては小規模な物だとはいえ、

そこにはMSを撃破出来るだけの砲台がいくつも設置されている。

陸上戦艦とも言える《ダブデ級陸戦艇》を撃破するよりは面倒な相手だ。

 

マルファスにはリュイのジムと同じ、

ジオンのフレンズ隊から買ったヘビィマシンガンを持たせてある。

インパラはそれを用いて要塞の対空火器を排除して回っていた。

大型の砲に気をつけながら小型の砲を一つ一つ潰していくのは骨が折れたが、

それにより要塞の火器をだいぶ削る事が出来た。

そうしたら、後にやる事は一つだ。

 

「ラケント、東側の対空機銃はあらかた片付けた。

 大砲を爆撃してくれ」

 

「あらかたって、一基でも残ってたら怖いんだぞ!」

 

「お前が死んだら弁償はする。

 マルファスを失うわけにはいかんのだ」

 

爆撃の要請を受けた航空機パイロット、ラケントは口をへの字に曲げる。

彼はプレイヤーであるが、MSではなく航空機を好んで使用していた。

今は戦闘爆撃機である《コアー・イージー》に搭乗し、

要塞から少し離れた所で旋回している。

 

このラケント、何を隠そう以前インパラがグリーンミスト隊のドム二機と戦った時に

横殴りをしてドム一機を狩り逃げしたTINコッドのパイロットであった。

あの後インパラは彼を執拗に探し出して特定したのだ。

横殴りをしたという負い目があるからか、ラケントはインパラとフレンド登録をし、

時々こうやって同じ戦場に立つ事があった。

 

インパラは粘着をしたとはいえ、ラケントを脅すような事はしなかった。

ただ、「この縁を大事にしたいから私の部隊に入ってくれ」と言っただけだ。

ラケントは丁重にお断りしたが、それでもインパラは引かなかった。

ある意味、晒しスレに載せるぞと脅された方が気が楽だとラケントは思う。

しかし、インパラという変わり者と付き合うのも悪くは無いと感じていた。

このように、無茶な要望を求められなければの話だが。

 

「こっちだって、もうすぐ《コア・ブースター》に開発出来るんだ」

 

「ならばさっさと要塞を取って見せろ。飛行機屋は伊達なのか?」

 

そこまで言われると、航空機乗りとして

エースパイロットのラケントはプライドを刺激される。

インパラが対空機銃を破壊した東側から接近し、爆撃の態勢に入った。

まだ生きている数基の機銃が対空砲火を行なう。

ラケントはそれを激しい機動で回避すると、爆撃の照準を要塞の大砲に向けて合わせる。

爆弾を投下すると同時に、一気に急上昇からの反転をかけて退避した。

 

命中した爆弾は、一拍の間をおいて激しい爆発を呼び起こした。

ただの無誘導爆弾ではない。

地表を貫通した後、地中で爆発するバンカーバスターだ。

これは通常、地下壕などに爆弾を届かせる物である。

鉄で出来た要塞を貫徹するには、威力が足りないかに見えた。

 

だがラケントはピンポイントで砲台の装甲が薄い部分を狙ったらしい。

砲の弾薬庫にまで届いた爆弾により、要塞の東側一帯が一気に吹き飛んだ。

これにより、MSの突入路が開ける。

この時代の航空機の戦果としては、かなりのものであった。

 

「俺は帰るぜ。後は機銃弾しか残ってねぇ」

 

「十分だラケント。存分にコアブースターを眺める作業に入ると良い」

 

「たりめぇだ」

 

そう言うと、ラケントは戦場を離れていった。

炎上する要塞東側に、インパラはマルファスを飛び込ませる。

砲台は内側に旋回出来るようには作られていないから、

一度懐に飛び込んでしまえば後はやりたいほうだいである。

ヘビィマシンガンで周辺の大砲を片っ端から潰していると、味方機から通信が入った。

これはルーナリーダーであるリュイからのものだ。

 

「インパラさん、一人でやってたんですか!」

 

「少し前までは、航空機とモビルスーツが居たよ。

 ほとんどが吹っ飛ばされたがな。

 今は東側から取り付いてやりたいほうだいやっている。

 砲台だけに……砲台だけに!」

 

「上手くないですよ。こちらはホワイトディンゴ隊と共に反対側に居ます。

 このまま挟撃をかけましょう」

 

こうなってしまってはインパラ一人でも片が付きそうにも見えるが、

リュイとてこのゲームのプレイヤーである。

目の前に敵が居て、それを撃つのをわざわざ止める必要は無い。

MSパイロットとなって戦うのがジェネオンの主旨だからだ。

ヘビィマシンガンを展開し、中距離支援の態勢を整えた。

クリフのジムが先頭に立ち、要塞へ突入する。

 

「ホワイトディンゴの皆さん、私が前に出ますから、正面攻撃を」

 

「正気か、ルーナ2。正面攻撃などと」

 

「私のジムなら可能です」

 

ラストのガンタンクとリュイのジムから支援射撃を受けつつ、

クリフは要塞に対して正面から接近した。

敵の砲台がクリフを狙う。

ホワイトディンゴがそれを阻止しようとするが、

この距離からの100ミリマシンガンでは砲台の前面装甲を貫徹出来なかった。

リュイとラストの攻撃はそれなりの効果があったが、

瞬時に全ての砲台を無力化する事は出来ない。

生き残った砲が、クリフのジムへ向けて砲弾を放った。

直撃コースをたどり、ジムの胴体にそれが着弾する。

 

直撃を受けたクリフのジムは怯んだものの、行動に支障は無かった。

これは仕様変更のせいだけではない。

彼女のジムは、フォイエンの手によって更なる改造がなされていた。

元々装甲が厚く作られていたが、

その上に増加装甲である『チョバムアーマー』が装備されていたのだ。

これにより機体重量は大幅に増えたものの、

大砲の直撃にも耐えられる装甲能力を手に入れている。

 

クリフは自分専用の機体、《FARGM‐79フルアーマージム》を

敵要塞に向けて跳躍させた。

自分を狙っていた砲塔の目の前へ着地すると、ビームアックスを抜いてそれに振り下ろす。

ヒートホークよりも強力なビーム製の斧に、砲台は叩き潰される。

 

近接防御用の機銃が慌ててクリフのフルアーマージムに向けて旋回するが、

それはリュイの狙撃により破壊された。

彼女のジムも改造を受けており、

《RGM‐79JGジム・イェーガー》と名付けられたそれは

ジオンの《MS‐14JGゲルググJ(イェーガー)》を参考にした物で、

狙撃用のビームマシンガン、もしくは実弾のヘビィマシンガンを装備し

中距離から遠距離にかけて支援射撃を行なう機体である。

 

これら改造機を与えられたルーナチームは、

機動戦闘ではなく防衛戦で効果を発揮する予定であった。

装甲の厚いクリフのフルアーマージムが盾となり、

リュイのジム・イェーガーが遊撃及び制圧射撃としてマシンガンで弾幕を張る。

更に後衛としてラストのガンタンク・トゥルフを配置する。

フルアーマージムやガンタンク・トゥルフの機動力が低い事を逆手に取った陣形である。

個々の性能も通常機より増しているので、単独でも敵の量産機を圧倒出来るはずだ。

 

リュイとラストの支援を受けながら、クリフとホワイトディンゴは突入に成功する。

大型の砲はラストのガンタンクがキャノンでダメージを与える事で照準を狂わせ、

小型、中型の機銃や高射砲はリュイが二脚付きのヘビィマシンガンで片づけていった。

クリフは小型砲をリュイに任せて突進し、

ビームアックスで大型砲台本体やその射撃管制装置を破壊してゆく。

 

ホワイトディンゴ隊もクリフの位置を把握しつつ要塞砲を撃破する。

彼らの動きは教科書のお手本になる様な的確な判断で、

自分達を狙う事が出来る砲を優先して破壊していった。

その際リュイとラストの援護射撃も考慮しており、

射線を開けると共に彼女達が狙えそうな部位は後回しにしていた。

隊長のレイヤーが、突貫するクリフに通信を繋ぐ。

仮想生命であるNPCと、現実に存在するプレイヤーは違う生き物である。

だが、レイヤーは部隊の違いや人種の違いで共同戦線を拒む人物ではなかった。

 

「ルーナ2、ビームアックスは砲身のみを狙え!」

 

「何を……あっ、そうなのですか」

 

クリフは賢い少女である。

すぐにレイヤーの言わんとしている事が理解出来た。

ビームアックスは確かに強力な武装であるが、

砲台の弾薬庫を貫いてしまう様な事があれば誘爆に巻き込まれる。

何せ、戦車砲でも貫徹出来ない装甲を持つMSを撃破出来る砲弾が詰まっているのだ。

フルアーマージムと言えども、そんな大爆発には耐えられない。

ホワイトディンゴのノーマルジムならなおさらだ。

 

だからクリフは大型砲に関して、砲塔の砲身のみを斬り落とした。

これで砲台を無力化するのには十分だ。

見れば、ホワイトディンゴ隊は全員が同じ方法を取っていた。

これが本物の軍人か、とクリフは感嘆に息を詰まらせる。

 

「オアシスより各機、要塞の北側よりモビルスーツ接近!

 機種はグフ一機、ザク二機」

 

「ファング1了解。ルーナチーム、あれはこちらで始末する」

 

恐らく要塞が炎上するのを見て救援に駆け付けたのであろう。

ジオンのMS小隊が真っ直ぐ向かってくるのが分かった。

レイヤーはMS一機分はある壁を飛び越え、要塞の懐へ入る。

敵機はそれを追って突入していった。

 

直後、先頭のグフが銃弾を受ける。

要塞の高台に居たクリフは、レイヤーが待ち伏せ攻撃をしたのがはっきり見えた。

内部へ突進すると見せかけて待ち構えていたのだ。

グフの装甲はザクよりも分厚いが、奇襲に驚いたグフは慌てて陰に隠れた。

だが、その場所が不味かった。

咄嗟に隠れたそこには、破損した砲台と弾薬庫があった。

レイヤーはそこへ向けてハンドグレネードを放り込んだ。

 

誘爆はグフを吹き飛ばし、壁に叩きつけた。

砲台は中型のもので、一撃で敵小隊を全滅させるには至らなかった。

しかし壁に寄りかかる様に倒れたグフは爆風で右手足がちぎれ飛び、

頭部メインカメラも破片でズタズタにされていた。

ろくに動く事も出来ず、グフはレイヤーのマシンガンで止めを刺される。

隊長機がやられ、残りのザク二機は一瞬動きが止まる。

とはいえ、相手もそれなりの練度はあったらしい。

示し合わせる様にモノアイを交わすと、同時に壁へ向けて跳躍した。

後退して態勢を立て直そうとしたのであろう。

 

ザク二機が壁を飛び越えて着地する。

瞬間、その内の一機は傍に陣取っていたレオンとマイクのマシンガンを受けて大破した。

彼らの位置取りは計算されたものであった。

本来ならばここでザクを二機とも撃破するのだが、

アップデートで耐久が上がった為それは難しい。

だから二人は片方のザクに集中砲火を浴びせ、短時間で撃破した。

残った最後のザクは、彼らにとってどうとでもなるものであった。

援護しようと移動にかかっていたリュイとラストが舌を巻く。

 

「やってる事がいちいち理屈に合ってるから凄いわ……」

 

「ホワイトディンゴは、あれでも個々としてはエースというほどではないのよ?」

 

「はぁ、でもラストさん、ホワイトディンゴはある意味ではエースですよ。

 私達みたいに機体の性能に頼るとかでもなく、ニュータイプでもなく。

 ただただ冷静な判断力が恐ろしくもあります」

 

「あら、『考えられる人』は好きなんじゃなかったかしら?」

 

「頭が良くても、男は隙のあるくらいがちょうどいいんですよ」

 

「あの人達だって、迷ったり自信が無かったりする時ぐらいあるわ~

 主に小説版の話だけど」

 

「でもホワイトディンゴ、負けてないんですよね……

 小説ではモビルスーツ十機に包囲されかかって、「激しい戦闘の一つとなった」っていう

 一言で返り討ち描写が済んでるんですから……」

 

「あー、こちらファング3。

 それは俺達を褒めてるって事で良いのか? 通信回線を開いたままっていうのは」

 

「えっ、回線は……ああ、まさかラストさん!」

 

「言わなければ伝わらない事だってあるのよ~

 そう、レオンさんの秘密みたいに」

 

「それに関しては、僕は自分の口で打ち明けて良かったと思っているよ」

 

普段は真面目であるレオンが、軽口を叩く口調で言う。

彼は連邦軍諜報部出身で、隊長のレイヤーも知らない事を『噂話』としてリークしていた。

後に自分から正体を明かして、チームの結束は再確認されたのである。

 

何はともあれ、要塞はほぼ丸裸になりつつあった。

数分後には挟撃を受けた要塞は大部分が無力化され、ジオン兵は脱出に取り掛かっていた。

ホワイトディンゴによると、

ある程度損害を与えた段階で歩兵隊が合流する予定であったらしいがまだ到着していない。

しかしこの程度のトラブルは戦場ではよくある事であった。

 

ジェネオンではNPCは通常戦闘で死亡する事は無いとされていた。

死亡と認定されるほどの負傷を負った際は、電子に分解されてまたリスポーンする。

だからジオン兵は追い詰められても降服する事をせず、

徹底抗戦を行なうか撤退して態勢を立て直すかの二択を選ぶのだった。

 

脱出していくジオン兵に対し、リュイは頭部の外付けバルカン砲で追撃を行なう。

人一人を肉片にするのに十分な威力を持つ60ミリバルカンが、

ジオン兵達を次々と薙ぎ払っていった。

その光景を見て、リュイは攻撃を止める。

例え本当に死ぬわけではないと分かっていても、このような行為は虐殺と呼ぶのだ。

先程はクリフにああ言ったものの、リュイとてそれくらいの良心はある。

ジオン兵の脱出を見送ると、ルーナチームとホワイトディンゴ。

そしてインパラは歩兵隊の到着まで警戒態勢にシフトした。

インパラはホワイトディンゴ隊を見て、ネームドの登場に興味深そうな声を出す。

 

「それにしても、ホワイトディンゴとはな。

 一機ジェノアスが交じっている様だが、マイク少尉か」

 

「よく分かりますね。ああルーナ2、やっぱり前言は撤回させてもらいますよ。

 あんたの言う通り、ジェノアスは意外と良い機体だ。

 陸戦用にカスタマイズしたわけでもないのに隊長達に付いて行けてる。

 新型のジムが配備されるまでは、こいつがジャクリーン二世だ」

 

マイクが機嫌良さそうに言う。

実際彼の言う通り、マイクは一人だけ違う機体でもいつも通りの連携が取れていたし、

ジェノアスの性能は体感的に通常タイプのジムよりも上に感じられた。

リュイはそれを聞いて、もしかしたら本当にそうかもしれないと思った。

しかし異なるシリーズの機体を比べるのはナンセンスだとリュイは知っていたので、

あえて口にする事もなく黙っていた。

一方で、初ガンダムがAGEのクリフはにこりと笑顔を見せた。

 

「ジャクリーンとは……?

 ともあれ、ジェノアスの良さが分かってもらえて幸いです、少尉」

 

和やかな空気を出すクリフとホワイトディンゴだったが、

それよりも言わなければならない事があると思い、リュイは機体と自分の首を巡らせる。

 

「それはそうとインパラさん。

 あなた私達に同行すると言っておいて、

 一人で突出するのはおかしな話じゃありませんか?」

 

「リュイ、私は我慢弱いのだ。

 マルファスという手足を作り、目の前に敵が居るとなれば叩きたくもなるだろう。

 私とこの機体なら出来ると思うし、実際これである」

 

インパラの言い訳に、リュイは溜息を吐く。

しかし、どうやらインパラが単機でそれなりの戦果を挙げている事は事実だ。

マルファスの基本設計はインパラだと言うが、実際に組み上げたのはフォイエンだ。

イドラ隊を始め、数々の改良機を作り出す彼の腕に感服すると同時に、

リュイはインパラのパイロット能力が着々と上昇し始めていると感じていた。

皆、それぞれの想いを持ち成長を続けている。

正式サービスが始まり、この後もジェネオンは続いて行くだろう。

少し陳腐な言い方であるが、『何を思い、何を為すのか』というありふれた文句について

リュイは真面目に考えてみる気持ちになっていた。

この世界は、どういう所なのだろうかと。

 

 

 

ルミがログインした時、部隊ルームに居たのは松下とスミレだった。

二人が今までどんな会話をしていたかには興味があったが、

そこはむやみに首を突っ込む事をしないようにする。

ルミは個人情報を大事に扱うタイプであり、他人の心に深入りする事はしない。

ゲーム内の友情というのは脆いものだと知っているからこそ、

それを崩さないように慎重な立ち回りを心がけている。

特にシャワートイレッツを結成してからはそうだ。

 

「やあ、今日は二人だけか?」

 

「ノイルんはアンバットでずっと経験値稼ぎ。

 セーちゃんはリックドムを作ったってメッセージ送ってきてから行方知れず」

 

「ほう、やっと出来たか。……話したのか?」

 

「いんや、メールは来たけど直接ぁ話してないわ。

 大体どうなってるか見当はつくけど」

 

「多分犯罪チックなニタニタした笑みを浮かべながらトリップしてると見た」

 

松下が言った光景は、容易に想像する事が出来た。

無口で暗い性格の者が笑うと、実際ドン引きしそうになる。

セイレムはそれが分かっているから姿を現さないのだろう。

しばらく楽しんだ後、すっきりした顔で帰ってくるはずだ。

 

「ふむ、では私もレベル上げをするとする。

 地上ではザク、グフ、ドムと普通にパワーアップするつもりだったが、

 他の機体にも興味が出てきてな」

 

「そういえば、ルミっこの好きなモビルスーツって聞いた事なかったけど」

 

「特には無しだ。だからこそ基本に忠実にするはずだった。

 が、前にシェランのアッガイにやられたのが痛かったな」

 

「ほー、アッガイねぇ。あたしも作ろっかな。

 水陸両用モビルスーツも一つくらい持ってたっていいでしょ」

 

「ああ。私は地上でそうするよ。

 松下は、ずっとゾルダートでやっていくのか」

 

「いやぁ、完成したのよ、ゾルダートも。

 腕にエレクト・ピックって武装付けてな。

 でもザクS型の改造じゃあ限界が見えてきてなぁ。

 そろそろ課金してオリジナル機体を――っと、メールだ」

 

「二人からか?」

 

「……いや、個人的なもんだよ」

 

メールを見た松下は、とたんに無表情となる。

ルミが不審に思っていると、松下は少し躊躇いがちに言った。

 

「なぁ、前に俺は自分で部隊を作るつもりだって言ったよな」

 

「ああ。覚えているとも」

 

「もしメンバーが揃ったら、トイレッツから抜けたい。

 システム上二つの部隊に所属は出来ないからな。

 だけど、お前らが良ければ俺が独立した後もこの部屋へ来て一緒にやりたいと思ってる。

 これ、虫のいい話か?」

 

「当たり前だ。お前が言っているのは、自分の勝手で両方の得をしようというのだからな。

 だが、それは許されて良いやり方だと私は思っている。

 固定観念しか持てないのは、大人のオールドタイプがやる事だ。

 柔軟な子供のニュータイプ、カツやハサウェイを見習えと言いたい」

 

「話せる! 俺はニュータイプじゃないが、そう言ってくれると嬉しい。

 もし俺がシャワートイレッツから脱退した暁には、

 部隊を挙げてトイレッツをジオン一のトイレにしてみせよう!」

 

「そうだ。我ら不滅のトイレッツ。

 例えバーチャルの友情だとしても、この事実は何人たりとも消せはしない」

 

他人とは一線を引くという、

さっきまで揺るがなかった主義が簡単に引っくり返るのを自分でも不思議に思いながら、

ルミは松下と固く手を組み合わせた。

何故そうなったかというと、これが分からない。

ただ、自分がシャワートイレッツを結成し、

ノイルと松下を隊員に加えたのは決して間違いではないと思う。

 

一方、二人が熱い目線と握手を交わすのを眺めていたスミレは

ジオン一のトイレとは何ぞやと思ったが、

何やら淡白なルミまでテンションが高まっていたようなので疑問を口にするのを止めておいた。

ニュータイプだろうがオールドタイプだろうが、

何も言わないという選択肢を持つのは大人の特権だからだ。

 

 

 

レベル上げを終えたノイルは、自分のマイルームに人を呼んでいた。

その部屋に居るのはノイルとグリーンミスト隊のビガン。

その他数名のジオンプレイヤーである。

彼らは机を囲みながら、神妙な面持ちで会議をしていた。

 

「――じゃあ、割り振りはこれで。実行は俺がやろう」

 

「しかし、良いのか。これはジェネオンの未来を変える事になるが」

 

ノイルの決定にビガンが確認を行なう。

他数名のジオンプレイヤーから、何を今更という声が流れた。

メニューウィンドウを操作していたノイルはそれを閉じると、

ビガンに対して軽く挑発的な笑みを浮かべつつ返す。

 

「こんなの、連邦だってやってくるかも知れない。

 別に汚い手だとは思っちゃいないさ。

 ジオンが勝つ為には必要な戦術だ」

 

「戦術、なぁ。ノイル、前から思っていたのだが、

 君はジオンの為ならどんな手でも正当化してしまうんだな」

 

「当然だ。俺はジオニストだからな。

 好きなものを正当化しないほど、俺は大人でもないし人間も良く出来てない。

 ……それと、あまり認めたくないけど気がついた事がある。

 ガンダムの世界は、アニメやゲームだ。

 ジェネオンがデスゲーム化でもしない限り、俺達がいくら喚こうが

 正義ってのは架空の論争でしかないんだよ。

 連邦を叩くのも、ジオンを叩くのも、作品同士叩き合うのもまったくの無意味なんだ」

 

「それはまた、割り切ったものだな」

 

「そういうのが出来る奴に憧れてるんでね。

 どっちにしろ、この作戦はそんないやらしい方法か?

 ……さぁ、俺は行ってくるよ」

 

ノイル達は部屋を出て、ノイルの格納庫へ向かう。

ジオニスト達がそこにあるMSを見上げて、一同に顔を引き締めた。

ノイルはリフトに乗り、MSに乗り込む。

そこから全員に指示を出し、個人用の空間からガンダム世界の空間へと転移する。

宇宙空間、サイド3の近くに出現したノイル達は、

搭乗しているヨーツンヘイム級の進路を1バンチコロニーのズムシティへと向ける。

 

「見てろよ、勝つのはジオンだ。

 ジオンと、ジオニストの俺だ!」

 

正式サービスから数日。

ジオン軍総帥ギレン・ザビが、敗北の未来への対抗策を練っていた時である。

ノイルを始めとしたジオニストもまた、勝利の為に動いていたのであった。

例えそれが無意味な事だと知っていても。






~後書き~
2015年11月17日改正

3000文字ほど増量し、ホワイトディンゴ関連は描写が詳しくなりました。

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