ガンダムGジェネレーションオンライン   作:朝比奈たいら

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第二章『メキシコのイドラ』

北米にある連邦の重要拠点、

『キャリフォルニアベース』の司令部にザクマシンガンが叩き込まれた。

 

モニターに作戦完了の文字が表示され、

ジオンの北米大陸攻略作戦、『第二次降下作戦』は成功を納める。

ジオン側の被害は第一次降下作戦よりも大きかったが、勝利し領土を得る事が出来た。

北米大陸は南米にある連邦軍本拠地『ジャブロー』への足がかりとなるし、

このキャリフォルニアベースは海洋戦力の重要拠点ともなるだろう。

連邦の大型潜水艦、《U型潜水艦》を鹵獲した事により

ジオンの海軍技術も増すというものだ。

 

司令部を破壊した功労者ノイルは仲間といくつかやりとりをすると、

ふっと息を吐いてメニュー画面を開き格納庫へ戻った。

キャリフォルニアベースの格納庫ではなく、

プレイヤーや部隊が持つ専用仮想空間にあるマイ格納庫だ。

実際の領土を使う事も出来るが、

わざわざそんな事をするよりもゲーム的バーチャル的な個人空間を使う方が楽だ。

もっとも、この実際というのもバーチャルゲームの一部であるのだが。

 

ノイルが所属する部隊、シャワートイレッツの格納庫に移動し

コックピットを開いて部隊ルームへ向かう。

ザクはいくらか被弾していたが、しばらくすればNPCである整備兵が直してくれるだろう。

会話が出来るほど高度なAIは無いが、

ただ放って置けば機体が勝手に直っているのよりは風情がある。

部隊ルームに入ると、仲間達が戦闘の余韻もそこそこにくつろいでいた。

 

「よー、お前おいしいところを持っていくなぁ」

 

松下太白星が笑いながら言ってくる。

前回の第一次降下作戦で銀色のザクⅠに乗っていた男だ。

彼はまったくのジオニストではないが、

政治や軍事に興味がある一年戦争派のガンダムオタクという事で話は合う。

部隊内唯一の男友達という事もあるのだろう。

 

「本来なら、俺がやったのは闇夜のフェンリル隊の役目だったよな」

 

「だとしたら、潜水艦の一つも貰いたかったがな」

 

部隊長のルミがいつもの淡々とした表情で言う。

彼女の雰囲気は目を合わせていると何故か気を飲まれそうな感覚を感じるので、

ノイルはわずかに目を逸らしながら返した。

 

「司令部を取ったってのに、ダメなのか?」

 

「上には上が居るという事だ。

 少なくとも今回の作戦では我々は中枢部以外では

 それほど戦果を挙げられなかったしなぁ」

 

「お前ら一人でジム5、6機は落としてなかったか……!?」

 

松下が驚く様な呆れる様な顔で言う。

確かに、相手も同じ人間のプレイヤーである事を考えると

この戦果はかなりのものだろうか。

第一次降下作戦でレベルが上がったのも一つの要因だろう。

第二次降下作戦が終了した今、我がシャワートイレッツ隊のMSは

他のプレイヤーと比べても上位に位置する戦力となっていた。

 

現在の各機体は、

ノイルが《MS‐06S指揮官用ザク》

ルミが《MS‐07A先行量産型グフ》

セイレムが《MS‐06G陸戦高機動型ザク》

スミレが《YMS‐07プロトタイプグフ》

松下が《MS‐06ZORザクゾルダート》であった。

 

ノイルはとりあえず指揮官用に開発してみたが、

ルミとスミレは純粋な機体のパワーを上げる為グフにまで進化させている。

 

セイレムは高機動高パワーの重モビルスーツ

MS‐09ドムの使用を視野に入れているらしく、

その前身となる陸戦高機動型ザクに開発したようだ。

ちなみにこの陸戦高機動型ザクというのはアニメにもゲームにもほぼ登場していない

非常にマイナーな機体である。

ザク系列はどれも似たような外観をしているが、

――そもそもロボマニアでない限りロボットの区別など普通はつかないが――

見分け方としては、左肩のショルダーアーマーに付いているスパイクが

グフの様に上へ向けてそそり立っているので判別出来る。

 

一方松下は、既存のMSではなく

指揮官用ザクを改造した機体に乗っている。

ザクゾルダートという深緑色に塗られたそのザクは、

大気圏内外で活動可能な汎用MSであるらしい。

性能はグフに匹敵するほどだとか。

出力も装甲もパワーアップしており、特に脚部の装甲を増設しているという。

外観は《MS‐06Zサイコミュ試験型ザク》に似て肉厚のゴツイ形をしている。

 

武装は既存のザクと変わらない。

本来なら腕に電撃を発する武装、

『エレクト・ピック』を装備させる予定だと松下は言っているが、

まだこのゲームにはそのような武装は実装されていなかった。

シャワートイレッツの一機一機が多数のジムを落とせたのは、

これら機体性能によるものも大きいであろう。

 

「松下、世の中には廃人と呼ばれる人間が居るのは知っているだろう。

 噂では、既にガンダムやゲルググを見かけたともある。

 私達はごく一般的なオールドタイプに過ぎないのさ」

 

「ゲームが上手いのとニュータイプは違うよ。

 ……で、皆この後どうすんの? 俺は適当な前線見つけて対人するけど」

 

「私はご覧の通り学生だ。

 今日はこの辺りで止めるとしておくよ」

 

松下が皆を見渡すと、まずルミが首を振った。

スミレもそれにならう。

 

「わたしゃ、仕事があるからね。

 もうログアウトするよ」

 

「ノイルとセイレムは?」

 

「俺は修理が終わったら出るぜ。

 学生生活、何それおいしいの……ってな」

 

「早く……ドム、欲しい」

 

ノイルとセイレムの参加表明に、松下はふむと頷く。

さすがにイベント時以外にも部隊メンバーが全員揃うというのは難しいかと。

 

「じゃあ、三人で行くか。

 人が集まってる所は掲示板か何かで調べよう」

 

「松下、君は時間ある方なのか?

 見たところ大学生辺りに見えるが」

 

ルミの言葉に、松下は無言の微笑となる。

確かに彼の外見は、現実のままだとすると二十歳前後に見えた。

 

「いやぁ、世の中には貧乏な人や

 まともな進学も出来ない五流高校というものがあってだね」

 

「つまりニートか。

 なら、一番時間のある君に副長を任せたいのだが」

 

松下はしばし考えるような素振りを見せた後、面倒そうな表情で返す。

 

「出来れば、俺はいずれ自分で部隊を立ち上げたいんだよ。

 だから平団員のままが良いと思うよ。

 後、オブラート!」

 

「分かった。じゃあ君が部隊を作るまでの間で良いから副長を頼む。

 別に途中で抜けたら抜けたでいいさ。

 というわけで、次からは銀紙に包んで言うとする」

 

拒否権が無いと解り憮然とした顔をする松下だが、

手をひらひらと振ると「せめて餃子の皮で頼む」と了承した。

 

「そういえば、皆何歳なんだ?

 俺は外見設定は髪と目の色しか弄ってないからこのまんまだが」

 

ノイルが言うと、真っ先にルミが神妙な顔で返してくる。

 

「ノイル、それは個人情報だよ。

 ネットの世界に年齢など無いのさ」

 

 

 

ノイル、松下、セイレムの三人は

資金を使いレンタルした輸送機《ファットアンクル》に乗り

北米はメキシコの市街地まで進出した。

時刻は夕方、日は傾き辺りをオレンジ色に染め上げている。

 

北米大陸では第二次降下作戦の名残で未だ散発的な戦闘が繰り広げられている。

中でも激戦区となっているのが、メキシコシティであった。

調べたところによると、ジャブローへの通り道をクリアにする為

ジオンプレイヤーが自発的にメキシコを攻略しようとしているらしい。

それを察知した連邦プレイヤーが最後の防波堤としてメキシコを死守している。

大体の流れはそんなところだった。

 

「まあ、『ギレンの野望』でもメキシコを押さえておくのは基本だしな」

 

ノイルがコックピットの中で言う。

ファットアンクルの操縦はNPCに任せてあるので、

既に彼らは自分の機体に乗り込んでいた。

ちなみにギレンの野望は戦略シミュレーションゲームであり、

メキシコからはキャリフォルニアや南米まで繋がっている。

連邦プレイなら南米は落とされたくないし、ジオンならキャリフォルニア防衛を考えると

この地域は是が非でも占領しておきたい場所であった。

後で聞いた話だが、松下もノイルの言に同意していた。

この二人は意外と慎重派であり、重要拠点に敵が隣接するのを嫌う。

 

「連邦もかなりの戦力を投入してるらしい。

 61式戦車ならともかく、高レベルのジムだったら難しいな」

 

「S型とはいえ、ザクじゃキツくなるか。

 ……セイレム、対ジムには何の機体が良いと思う?」

 

ノイルの言葉に、セイレムは無言でふわふわのパーマ頭を揺らす。

一瞬無視されたのかと思ったが、どことなく彼女の表情は嬉しげに見えた。

 

「ジム……は、出力はドム並み。

 ジムコマンドなんかは一部ガンダム以上のスペック。

 運営がどう調整するのか分からないけど、

 スペックがそのまま反映されるのならドム以上のモビルスーツが安定」

 

どうやら彼女はガンダム世界の中でもMSが好きらしい。

機体について語る時は饒舌になる事から、

メカフェチか軍事オタクのたぐいだろうとノイル達は予想していた。

特にお気に入りのMSはドムの様子だ。

 

「ドム……は、強い」

 

「ドムかあ。結構レベル上げなきゃならないよな。

 S型からどうしようか迷ってるんだけど」

 

「ホバー移動は大きいし、

 特に欠点も無い機体だからいいじゃない。

 トローペンみたいな上位互換やキャノンみたいな派生もあるし。

 俺は改造したオリジナル機体を使うつもりだけど」

 

「キャノン……は、両肩のほうが良かった」

 

「ああ、公式設定される前は両肩にキャノン付けた奴が四コマで妄想されてたなぁ。

 ギャンよりもドムにキャノン付けろって。

 俺も右肩だけってのは無いと思うわー」

 

セイレムと松下のドムキャノン談義を聞きつつ、

ノイルはファットアンクルから見える映像を機体にリンクさせた。

市街地で戦闘するMSが見える。

大体がザクや通常のジムであった。

レベルがどうかは分からないが、この時点で通常のザクやジムを使っているという事は

平凡なプレイヤーなのだろうと思う事にする。

 

「よし、勝てそうだな。この辺りで降りよう。

 ノイル機、ザク出るぞ!」

 

ハッチを開き、ノイルのザクはメキシコの市街地へ降下してゆく。

 

「さて、さっきはほとんど戦ってないからなぁ。

 松下、ザクゾルダート行きまーす!」

 

「行きます……は、連邦」

 

松下とセイレムも続き、

ファットアンクルは副長でありレンタル代を払った松下の指示により戦域外で留まった。

 

 

 

輸送機から降下した各機は前線へ向かう。

既に都市の建物は半ば廃墟になりつつあった。

 

「遮蔽物をどうするかだな。

 で、どうする。連携はするか?」

 

「えっ、するかってなんだよ。

 普通はチームで戦うんじゃないのか?」

 

「個々の機体に差があるからな。

 単独でやったほうがいいかもしれん。

 お前だってセイレムの機体には合わせらんないだろう」

 

確かに、松下の言う通りノイルのS型は

F型に比べて30%ほど出力が上がっているが、

それでも高機動型ザクには及ばない。

一説にはパイロットの技量次第で3倍の性能を出す事が出来るらしいが、

あくまでもF型の延長であり他の派生機には劣ると考えられる。

 

となれば、実質グフ並みのゾルダートと

陸戦高機動型ザクとでは各個にばらつきがある。

勝手が違う機体三機を連携させるのは難しいだろう。

 

「まぁ、出来ればやるって程度でいいな。

 お互い支援出来る位置取りくらいは出来るだろうから」

 

「分かった。それでいこう」

 

作戦と呼べるほどでもない戦法が決まり、三機のザクは戦闘エリアに入った。

この区画だけでも連邦ジオン共に100機ほどのMSが参戦している。

戦車や戦闘機も居たが、市街地での乱戦状態では満足な機動を取れず、

ほとんどがMSによってあっけなく撃破されていた。

遠距離からちまちまと砲撃している戦車も居たのだが、

そういった戦車は大抵MSの装甲を貫徹出来ずにいる。

ノイルは遥か遠方の戦車を120ミリザクマシンガンの一発で吹き飛ばしつつ叫んだ。

 

「ここで負けたら、ジオンのタコスに関わる!」

 

「何だって?」

 

「魂って事だよ。メキシコだけに」

 

ノイルの言葉に松下は「どっかの洋画でそんなセリフあったぞ」と笑う。

魂かどうかは分からないが、ジオンの戦略に関わるのは確かだ。

ならば、この地域は奪われてはならない。

 

「まずは俺が前に出てみる」

 

松下を先頭にシャワートイレッツ隊は前線に向かう。

イベント戦ではない為、部隊に属さない単独のMSは多いはずだ。

だとすれば、きっちりとした戦線は構築されていないだろう。

その予想通り、最前線はまるで時代劇の殺陣の様な乱戦となっていた。

 

「味方の傍から離れるなよ!」

 

松下はそう言うと、敵機を射程に収める。

ザクゾルダートの武装は通常のザクと変わらないが、

松下はザクⅠに乗っていた時から両腕にショットガンを装備していた。

スラスターを噴かし側面からジムへ接近すると、

相手が気付くか気付かないかというところで

両腕のショットガンを同時に放つ。

ジムは衝撃で吹き飛び、そのまま動かなくなる。

 

セイレムの高機動ザクもショットガンを構えて後に続く。

何故二人ともショットガンを使うのかと前に聞いたが、

松下は単なる好みで、

セイレムはゲーム『ジオニックフロント』のマット・オースティン軍曹の陸戦型ザクⅠが

ショットガンを装備出来る事から取ったらしい。

 

二人のザクは近距離でのケンカ・ショットで一つまた一つとジムを沈めていく。

ノイルもこうしちゃいられんと手近なジムにザクマシンガンを撃ち込んだ。

さすがに三機程度で戦況は変わらなかったが、

トイレッツの居るエリアは比較的被害を抑えられつつあった。

ノイルは陸戦型ジムを背後からの銃撃で撃破し、息を吐く。

 

「これでグフに出来るか……」

 

機体をそのままにレベルを上げるか、グフなどに開発するかは迷うところだ。

ジオニストのノイルとしてはどの機体でも構わないが、

そうするとやはり誰も使ってないようなマイナーな機体を選びたくなる。

 

考えながら索敵していると、接近してくるジムを見つけた。

反射的にマシンガンを向け、射撃。

 

だがそのジムはシールドでマシンガンを防ぐと、

スラスターを使い一気に距離を詰めてきた。

ノイルは考えるより先に跳躍して距離を取る。

今までノイルが居た場所にジムのビームサーベルが薙ぎ払われた。

 

「二個付きか!」

 

相手のデータを見ると、その機体がただのジムではなく

性能の上がった指揮官用である事が分かる。

指揮官用ジムはガンダムと同じく、ビームサーベルを二本持っていた。

頭にリボンのペイントを施したその機体は、サーベルをしまうと銃器を取り出す。

それはマシンガンでもスプレーガンでもない、高出力のビームライフルであった。

 

(ガンダムと同じか。いや、そうでなくともザクじゃ一撃だ!)

 

ガンダムのビームライフルは戦艦並みの威力を持つ。

あのジムが持つライフルが同じ物か、それより劣る物だとしても

スプレーガン以上の出力であればザクには耐えられないだろう。

 

「ビームライフルを持った指揮官機が居る! 援護してくれ!」

 

「ちょっと待て!」

 

松下は戦闘中のジム、右肩にキャノンを付けた

《ジムキャノン》を落としてから援護に向かおうと思ったが、

このジムキャノンが中々しぶとい。

通常のジムは胸と肩が赤く、その他が白で塗られているが、

このジムキャノンは本来赤色の部分が黒く塗られていた。

 

距離を詰めるも、障害物を上手く盾にし攻撃をかわしている。

このままでは時間を稼がれると思った松下は

奴を無視してノイルのもとへ向かおうとしたが、

その隙を見たジムキャノンが頭部のバルカン砲を撃ちつつ突撃してきた。

慌てて右腕で顔をかばう。

反射的な行動だったが、そのおかげでメインカメラは無事に済んだ。

 

だがそれだけでなく、ジムキャノンは松下のザクに飛び蹴りを喰らわし

着地と同時に肩の240ミリキャノンを至近距離からぶっ放す。

装甲が強化されているとはいえ、ザクゾルダートの右腕は持ちこたえられなかった。

 

「キャノンであのスピードなのか!」

 

アニメのセリフを吐きつつ、松下は全速力で飛び退いた。

まだ左腕のショットガンがあるとはいえ、四肢を一つでも損傷したのはまずい。

 

「ノイル、セイレム、腕をやられた。

 悪いが撤退する」

 

味方の援護も出来ずに退くという事実に悔しがりながらも、

松下はザクゾルダートを後退させる。

まるで性能が活かせなかったと心の中で嘆くが、今更どうになるものでもない。

 

ノイルも状況が不利だと判断し、ファットアンクルまで撤退に向かう。

セイレムもそれにならおうとした。

 

しかし、敵が追撃にやって来る。

通常のジムなら振り切れるはずなのだが、

一機だけセイレムに追いすがるジムがいた。

 

――高機動型ザクに追いつけるジム。

 

その時点で相手がただものではない事が分かる。

陸戦高機動型ザクはホバー移動が出来るわけではないが、

通常のザクよりも機動力が上がっている。

スラスターを全力で噴かせば通常のジムよりは速度が出せるはずだ。

 

セイレムは恐怖を感じつつ敵のデータを見る。

ライトアーマーかと思ったが、通常のジムを高機動型に改造した物のようだった。

色はオレンジ色に塗られている。

 

そうなれば装甲は薄いだろうとショットガンで応戦するも、回避される。

散弾ですらかわしてみせる機動性に驚く暇もなく、

オレンジ色のジムはセイレムのザクに向けてビームガンを放った。

ザクの右脚にビームが当たり、セイレムはそのまま転倒する。

 

「あ……」

 

立ち上がりかけたその時、

突っ込んできたジムは第一話のガンダムさながらの跳躍でセイレムに接近し、

ビームサーベルを一閃させてセイレムのザクを胴体から両断した。

横真っ二つになった陸戦高機動型ザクは、

街の道路に落着すると上半身下半身共に爆発を起こす。

残骸となり吹き飛んだその姿からは、パイロットが無事である可能性を見れない。

 

「嘘だろう……!」

 

エリアを離脱しかかっていたノイルは一部始終を見ていた。

セイレムとて、そこらのパイロットには負けない実力を持っていたはずだ。

彼女が負けたのは機体の差か、パイロットの腕か。

 

「無理だぞ」

 

松下が釘を刺すように言う。

いつの間にか味方も敗走状態にある今では、あのジム達は倒せないだろう。

 

「ここで止まれば、ファットアンクルも落とされるぞ」

 

「分かってる。分かってるよ」

 

ノイルはプレッシャー的なものを感じる。

今の自分にはあのエースは落とせないし、

ここまで高レベルに育てたザクを落とすわけにはいかない。

だが、次に会った時は退かない。

そう決めてノイルはファットアンクルまで撤退して行った。

 

 

 

ノイルはその日、日本に居た。

 

正確にはゲーム内キャラのノイルではなく、現実世界の榎本亮である。

彼にもVR世界から離れれば学生としての生活があり、当然の事ながら学校に行く。

登校し、高校の教室に着いた亮は勉強道具より先に

主食のシリアルスティックを取り出した。

朝食を食べ忘れたわけではない。

いや、実際朝食は食べていなかったが、

現在の時刻が昼休みの時間だからであった。

 

「もう少しで不登校になるレベルだな」

 

亮に声をかけてきたのは、同級生の『福留充』であった。

亮は元々友人の多い部類ではないので唯一の親友といったところだ。

 

「重役出勤だ」

 

「亮、重役でもないのに重役出勤する事を遅刻って言うんだぜ。

 何だ、レベル上げでもしてたか」

 

「ああ。昨日の夜からさっきまでぶっ続けだよ。

 メキシコで仲間がやられてなぁ」

 

福留もガンダムオタクであり、ジェネオンはプレイしている。

ただ、現実とネットを住み分ける為に亮にはネット上の名前を教えていない。

当然、ネットの仲間にも現実の名前は教えていないのだ。

 

「今、人が多いのはオデッサ周辺とメキシコ。

 宇宙ではアフリカ上空だな。

 次は第三次降下作戦だってのをどっちも分かってるから」

 

「ああ。他にも北米はジャブロー、ハワイ、ベルファストと

 重要拠点に囲まれてるからな。

 出来るだけ早く大陸を取れれば、後は周りの海だけ警戒してればいい。

 水泳部ならジオンの方が上手だからな」

 

他のプレイヤーがどう考えているか分からないが、

北米大陸を掌握出来れば相手はハワイとベルファストから来る

航空機や海洋戦力に絞られる。

メキシコから中米は変わらず最前線になるだろうが、

連邦よりも高性能なジオンの水陸両用MSが普及すればどれも楽になる。

 

「そんな話を俺にして良いのか?

 俺がジオン側だって言った覚えは無いぜ」

 

「福留よぉ、お前だって分かるだろうが。

 俺は頭は回るが、この程度の奴は他にも居る。

 そして俺は人を使うほどカリスマは無いんだよ」

 

亮の言葉に福留は安心した様に目を細めた。

亮はよく短絡的な若者と誤解されやすいのだが、

意外と冷静に自分と周囲を見渡せるのだと。

 

「じゃあ仮にお前が連邦だとするぜ。

 ジオンの戦略は大体そんな感じだけど、連邦はどうなんだ。

 メキシコを取ってキャリフォルニアを奪還するか。

 初心者ばっかだと思ったら何機かエースのジムが居たぞ」

 

「連邦だとも言ってないが、多分周りは第三次を止めるつもりだと思うぞ。

 多分運営はSEEDやOOを押してくるだろうから、

 それが実装されたらどの領土が当てられるかって事よ。

 少なくとも。領土はあって損するもんでも無いだろう」

 

確かに、公式はやけにSEEDとOOをプッシュしてくる。

北米がジオン、南米が連邦の勢力化にある時点で

ユニオンなどをどう登場させるのかは分からないが、

もしも強制的に領土が置き換えられるとなれば連邦も戦線を拡大しにかかるだろう。

連邦とジオンしか存在しない今こそ、スタートダッシュのチャンスである。

 

「ところで亮。そのエースのジムとやらはデータ非公開にしてたのか?」

 

亮は一瞬ポカンとした後、すぐさま携帯を取り出して情報を確認した。

そしてそれを終える頃、やっと自分が空腹だった事に気付いたのであった。

 

 

 

学校から帰り、亮からノイルとなった彼はまずゲーム内の掲示板をチェックする。

大体が福留と話した内容通りに事が進んでいた。

 

そして前回のメキシコ戦のデータを開く。

戦闘を行った敵の名前、所属部隊その他を参照すると、

あのビームライフルの指揮官用ジムとオレンジのジム、

黒いジムキャノンら三機は同じ部隊に所属している事が判明した。

部隊名を、『イドラ隊』と言うらしい。

部隊長の指揮官ジムパイロットがカナル、

オレンジがフラム、黒キャノンがコリーンという名前らしいが

正直そんな事まで覚えていられる自信は無い。

問題なのは、この三人が腕の立つ人物でチームを組んでいるという事だ。

 

この部隊の情報を検索して見ると、

どうやらイドラ隊とはいわゆるリア友の集まりらしく

十数人が参加しているグループだった。

部隊検索では搭乗機体が見られないよう非公開設定されているが、

少なくともこの全員が同じ時期にゲームを始めたとなれば皆同等の実力だと考えられる。

セイレムを撃破出来るだけの奴が十数人居る事になるのだ。

 

昨日戦った三人がまたメキシコに現われるとは限らない。

しかしノイルは今日もまたそこへ向かおうとしていた。

セイレムの仇などではなく、エースパイロットを倒したいという単純な動機だ。

このまま戦っても勝てない事は分かっている。

昨日の戦闘では完全に気圧されていた。

ビームライフルを持っていた事も、機種が指揮官用だった事も。

仮に一対一でやりあっていても負けていただろう。

 

今日の自分はそうはいかない。

例え昨日の今日だとしても、この一日で成長したものもある。

当然、操縦技術が一日で急上昇するはずがない。

では他に何が伸びるのか。

それは考えるまでもなく結論が出た。

 

「しかし、もしもイドラ隊が全機でかかってきたらどうする気だ?」

 

メキシコ行きのファットアンクル機内、

シャワートイレッツは各々のコックピットに座っていた。

ファットアンクルが積めるMSは通常三機までである。

ノイル、松下の二機とルミ、セイレム、スミレの三機に分かれて搭乗していた。

 

「そしたら逃げる。

 少なくとも、あのオレンジみたいな高機動タイプを落とせば

 逃げるくらいは出来るはずだ。

 多分今日も乱戦になってると思うからな」

 

ノイルはルミの疑問に返しつつ、自分の機体をチェックした。

火器類も近接武器も持ったし、機体に異常も無い。

 

「でも、セーちゃんを落とした高機動型が他にも居るかもしれないわよ」

 

スミレの言葉を聞いてもセイレムは微動だにしない。

しかしよく見ると微妙に不機嫌そうな表情をしている。

セイレムは撃墜された事によりレベル上げ途中であった機体がパアになってしまった。

開発プランは残っていた為新しく同じ陸戦高機動型ザクを生産、購入出来たのだが、

またレベル1からのスタートだ。

彼女はドムを欲しがっていたらしいから、開発の邪魔をされてイラついているのだろう。

ニュータイプならばドズル・ザビの様なオーラが見えていたかもしれない。

 

「まぁ、何と言うか、賢くはないな。

 本当なら他のとこ行きゃいいだろう。

 でもあえてやってみたいのが対戦ゲーム……って、まぁ負けたくはないけどな」

 

松下はまだ気持ちが固まっていないのか、言葉を濁す。

しかしザクゾルダートのリベンジをしたいのも確かだ。

別にあの黒いジムキャノンでなくとも、

エースを落とせればこの機体が優秀だという事を証明出来る。

一から作った機体ではないが、

松下がこの機体に何らかの思い入れがあるというのは、ノイル達も察していた。

 

「まぁ、せっかくだ。

 皆でイドラ隊とやらとやりあってみようじゃあないか」

 

ルミがそう言った時には、ファットアンクルは戦闘エリア近くにまで接近していた。

相変わらずザクやジムばかりだが、よく探せば指揮官用や改造型が見つかるかもしれない。

ファットアンクルのハッチが開かれ、先頭のセイレムが足を進める。

 

「セイレム、目標……を、ぶちころがす」

 

物騒な言葉を呟きながら、セイレムの高機動型ザクは降下してゆく。

ルミとスミレのグフもそれに続いた。

松下のザクゾルダートも降下し、残るはノイルのみ。

ファットアンクルをエリア外に待機させるよう指示し、

自身の機体をハッチの前まで進ませる。

深呼吸しコックピット内の臭いを嗅いだ後、

コンソールをコツンと叩き誰にともなく声を上げた。

 

「ノイル、グフ重装型、出るぞ!」

 

ノイルは新型機《MS‐07C‐3グフ重装型》のスラスターを噴かし、

空中へ水色の機体を投げ出した。

 

 

 

グフ重装型。

この機体はマイナーであるが、欠陥機としてはそこそこ名を知られている。

欠陥と呼ばれる所以はその鈍重さと両手のフィンガーバルカン砲だ。

 

グフは元々、ザクJ型のようなマイナーチェンジでは無理があると判断され

開発された陸戦型局地戦用MSである。

局地戦用とは言うが、この機体を正確に表すなら白兵、

格闘戦特化のMSだと考えていいだろう。

 

ルミの先行量産型やスミレのプロトタイプの武装はザクと同じである。

しかし後の通常型《MS‐07B》ではザクの武装を廃し、

固定武装としてフィンガーバルカン砲と電磁ムチのヒートロッド、

そしてヒートホークに代わる近接武器ヒートソードを装備している。

この固定武装が不人気だったのだ。

機体特性から敵に接近せざるをえないというパイロットへのプレッシャーと、

ザクマシンガンより威力で劣り

なおかつ射撃中は他の物を手で持てない左指先のバルカン砲は

グフを搭乗者を選ぶ機体に仕立て上げてしまった。

それでも格闘戦だけで見ればグフは優秀な機体だ。

装甲も厚く、パワーもザクより20%以上増していると言われている。

新型のザクとしてではなく、グフをグフとして見れば

対MSの戦闘力は高いと言えるだろう。

 

その特性を見事に殺し、

本来の目的を見失った機体がノイルのグフ重装型である。

重装型は装甲を強化し、フィンガーバルカンを両手に付ける事で

攻撃力を上げた機体であるが、肝心のヒートロッドやソードは元々装備されていない。

その上、装甲を増した事により機動性が低下。

MSへの格闘戦という通常型の利点を取っ払った機体である。

堅いところ以外褒める所が無いMSのはずだった。

一説には、対MS用ではなく歩兵支援用の機体だとされているらしいが、

ガンダム世界の膨大な設定は整合性に欠ける為断定は出来ない。

 

恐らく、ゲームが進んでもこの機体を扱うプレイヤーはほとんどいないであろう。

ノイルはそんな機体をあえて選んだ。それは何故か。

技量が未熟な今なら装甲が厚い機体が合ってるからか。

フィンガーバルカンがあっても手で武器が持てないわけじゃないからか。

 

実の所言い訳など無しに、この機体を見た時運命の様なものを感じたからであった。

センチメンタリズムなどではなく、まるで本当に命を共にするような相棒だと直感した。

もしも自分が本物のガンダムの世界に生まれていたら、

きっとこの機体を駆って一年戦争を生き延びていただろう。

 

ノイルは高揚する。

理屈はいらない、俺はこのグフ重装型でエースのジムを倒すのだ。

重装型が不遇の傑作機である事を示し、ジオン軍MS運用理論に新しい道を開くのだ!

テンションが上がりっぱなしでしかたない。

鼓動が早鐘を打ち、汗がにじみ出てくる。

恐怖や不安などはまったく感じない。

見えるのは一つ、あのイドラ隊とやらをぶん殴るヴィジョンだけだ!

 

「ノイル、もう前線だ。

 イドラ隊がどこにいるのか分からないが、

 とりあえず周辺の露払いを――」

 

「それがどうしたぁ!」

 

ノイルは一般回線と外部スピーカーを開き、

戦場に居る敵味方全ての兵に対し怒鳴りかける。

 

「シャワートイレッツの栄光を掲げる為にッ!

 重装型評価成就の為にッ!

 イドラ隊よ! 私は帰ってきたァ!」

 

ノイルの絶叫が戦場に響き渡る。

トイレッツの皆は絶句していたが、真っ先に立ち直った松下は一瞬迷った後

同じく一般回線と外部スピーカーで声を上げた。

 

「冗談じゃないよ!」

 

「うむ、確かに冗談ではなく本当の話だ。

 しかし部隊名を出せば、難儀を背負い込むのはガトーではなく私だが――」

 

ノイルはルミのセリフなど聞いちゃいなかった。

突っ込み不在となったこの状況を何故か好機と捉え、

グフ重装型のスラスターを噴かし空高く跳躍する。

 

「ホアアアアアアッー!!」

 

ノイルのセリフに驚き動きを止めた一部の機体へ向け、

両手のフィンガーバルカンを連射する。

弾丸は数機のジムに命中し、内一機は爆発を起こし倒れこむ。

それみたことか、フィンガーバルカンでもやれるじゃないか!

 

「何だか分からんが突っ込めって事ですね分かります」

 

「おかしいだろ!?」

 

松下の制止を振り切りスミレも突撃を開始する。

セイレムも無言で後に続いた。

 

「しかし見ろ。手間が省けたじゃないか」

 

見ればルミの言う通り、昨日の指揮官用ジム、オレンジ色の高機動型ジム、

黒いジムキャノンがノイルに向かっていた。

部隊名を名指しされた事が興味を引いたのだろう。

 

「さあ、行くぞ。

 先にオレンジをやりたい。

 キャノンを抑えててくれ」

 

「あいよ。でも一撃二撃しか持たねぇからな」

 

簡単に言い交わすと、ルミと松下も乱戦の中へ飛び込んでいく。

ノイルはというと、周辺のジム相手にバルカンを連射し続けていた。

 

「連邦の雑魚どもが!」

 

原作のセリフなのか、それともただの本音なのか。

叫びつつジリジリと後ずさりする。

単機でイドラ隊に特攻しそうな雰囲気だったが、

彼は高揚しつつも冷静さも両立させていたのだ。

 

イドラ隊がノイルに火器を向ける。

その中でもっとも当たってはいけない物は何か。

それは当然、指揮官機のビームライフルだ。

キャノンや低出力のビームガンならば一撃程度持ちこたえられる。

マシンガン等の連射型武器でなければ、初撃さえ避ければ隙が出来る。

ノイルは鈍重なグフ重装型を左右に走り回らせる。

相手がいつ発砲するかなど知る由も無いが、

直感でスラスターを噴かしビルの陰に隠れた。

 

放たれたキャノンが障害物のビルに穴を開ける。

しかしノイルには当たらない。

何故なら彼はグフ重装型を寝転がるように伏せさせていたからだ。

グフに建造物の破片が降り注ぐ。

機体に無数のかすり傷が付くが、この程度は損傷などではない。

ノイルは伏せたままタイミングを計る。

相手が近づいてきた時が勝負なのだ。

 

その時、オレンジ色のジムがノイルの上空を通り抜けた。

跳躍して上からノイルを捕捉しようというのだろう。

あの機動性なら、撃ち落すのも難しい。

 

オレンジのジムがノイルのグフ重装型を捉えた瞬間、

オレンジジムの周囲で何かが炸裂した。

それを見た瞬間、ノイルはスラスターを全開にしてビルを突き破っていた。

向かうはオレンジではなく、赤い指揮官用ジムだ。

 

「脅威、脅威、脅威! どれも脅威! だが――」

 

突然ビルの向こう側から現れたグフに、指揮官用ジムは反応が遅れる。

ノイルは今まで背負っていたザクバズーカを持ち、指揮官用ジムの足元を狙った。

これで撃破出来るとは思っていない。

足止めと、爆風による目くらましが目的だ。

動きを止めたジムの胴体に、グフの拳が打ち込まれた。

 

「狙うのは、お前だ!」

 

まさか相手もバルカンである手で殴られるとは思ってもいなかっただろう。

下手すれば指がひしゃげて暴発しかねない行為だ。

とはいえ、MSを殴るというのはそれなりに効果的な戦法ではある。

MS自体にダメージを与えられなくても、衝撃でパイロットが大きく揺さぶられるはず。

気絶するか、ヘルメットを被っているなら

バイザーが叩きつけられて割れる事だってあるだろう。

 

この指揮官用ジムのパイロットもそうだったのか、

機体をよろめかせて仰向けに倒れこんだ。

そしてノイルはそのジムの股間を踏みつけ動きを止めると、

殴った右手は使わず左手のバルカンをジムに突きつけた。

 

「今日の俺は……」

 

バルカンをフルオートで撃ち放す。

ジムのメインカメラが砕け散り、関節がスパークし、胴体に風穴が開く。

 

「阿修羅すら凌駕する存在だッ!!」

 

バルカンが弾切れになったのを知るや、

ノイルは右腕を大きく振りかぶりジムのコックピットに叩きつけた。

装甲板が酷い音を立ててひしゃげ、グフの拳はジムのコックピットを粉砕する。

その右手は、既に銃身としての役割を終えていた。

 

 

 

(やはり無いよりはあったほうが良いじゃないか)

 

ルミはオレンジ色のジムが怯んだのを見て再確認した。

彼女はザクに乗っていた時から常に火器を多く携帯していた。

ザクマシンガン、バズーカ、マゼラトップ砲、クラッカー手榴弾。

今放った散弾地雷Sマインもそうである。

 

あのオレンジのジムは通常のジムを改造したと思われる。

あれだけの機動性を持つのであれば、

それに反比例して装甲は薄くなっていると踏んだのだ。

だから対人用の散弾地雷でも驚かせる事ぐらい出来ると推測した。

そしてそれはどうやら正解だったようだ。

 

動きを鈍らせたオレンジのジムにザクマシンガンを連射する。

偏差射撃をしたつもりだったが、脚に1、2発しか当たらなかった。

オレンジのジムは着地するも、その1発2発が効いたのだろう。

膝をついて上手く歩けないようだった。

 

すかさずスミレのプロトタイプグフがヒートホークで斬りかかる。

オレンジのジムはビームサーベルで対抗し、鍔迫り合いとなる。

ビームと熱斧で鍔迫り合いが起こるのはおかしいという説もあるが、

ガンダムの世界では大抵ミノフスキー粒子を引き合いに出せば説明がつく。

 

「ルミっこ、撃って! マシンガンなら死にゃしないわ!」

 

確かに、スミレのグフなら多少は持つだろう。

ただ、側面や背面に連続して受けた場合の保障は無いが。

 

変な所に当たるなと念じつつ、

ルミは競り合う二機に向けマシンガンを放った。

弾丸は両機に命中し、オレンジのジムは頭と胴体に被弾した。

スミレのグフも弾を受けたが、行動不能になるほどではない。

 

スミレが止めを刺そうとした時、

オレンジのジムはスラスターで後方へ跳躍する。

恐らく逃げようとしたのだろうが、

空中で胴体から小さな爆発を起こしバランスを崩して落下していった。

 

「やったか!?」

 

「スミレ、それはやってないフラグだよ」

 

その通り、オレンジのジムはまだ生きていた。

満身創痍でいつ誘爆するか分からないが、何とか動く事は出来る。

再び飛ぼうとしたジムに接近する機体があった。

その機体はヒートホークを構え、全速力でジムに向かってくる。

 

「昨日……の、お返し」

 

陸戦高機動型ザク。

セイレムはこの瞬間を待っていた。

 

セイレムは機体を跳躍させる。

それは自分を撃破した時のジムと同じ、

第一話のガンダムを彷彿とさせる飛び方であった。

ジムは飛び上がったところで胴体を両断され、空中で爆散した。

セイレム機は勢い余ってマンションか何かに突っ込んだが、

コックピット内ではどことなく満足げな顔をしていた。

 

「ざまあみろ」

 

セリフは漫画版ではあるが、

セイレムは少しだけアムロの気持ちが分かった気分を感じていた。

 

 

 

「ッしゃあ!」

 

彗星ではない。かけ声である。

 

気合と共に放ったソバットが黒いジムキャノンの肩に命中する。

黒キャノンはよろけるが、踏み止まってキャノン砲を撃つ。

おそらくろくに狙いはつけていないだろう。

砲弾はザクゾルダートを逸れて地面をえぐる。

だが狙いは砲撃ではなかった。

右肩のキャノンを撃った時の反動を利用し、

黒キャノンはゾルダートに回し蹴りを放ったのだ。

 

「そういう機体じゃねーからそれ!」

 

松下は仰け反る機体を立て直す。

当たり前だが、ジムキャノンは支援用のMSであり

格闘戦を行う設計はされていない。

一部のゲームでは《RX‐77ガンキャノン》など

キャノンタイプで格闘するネタも無いわけではないが、

他のゲームと比べてリアリティあるこのジェネオンでそれを行うのは無謀に近い。

 

昨日戦った時も思ったが、このプレイヤーは格闘が好き過ぎる人なのではないか。

だとしたら何故キャノンを使うのか。

キャノンタイプで殴る蹴るネタが好きなのか、キャノン自体が好きなのかは分からない。

一つ理解出来るのは、

支援用の機体でこのような芸当が出来る実力を持っているということだ。

やはりイドラ隊のパイロット達はエース級らしい。

 

松下は自分を平凡な実力だと認識しているし、それは事実でもあった。

それでも長所ぐらいは存在する。

松下の長所、機体によって実力が変動するという事だった。

ジェネオンでも他のゲームでも、

機体の性能が高いか自分に合うかすれば松下はそれなりの戦果を引き出せる。

その長所は短所でもあり苦手な機体を扱う時はとことん下手なのだが、

基本的に安定した高性能機に乗れば結構活躍は出来る。

ザクゾルダートはバランスの良い機体であるし、

松下自身の好みで改造された機体である。

とすれば、自分の機体を上手く扱えぬ理由など無かった。

 

相手が格闘戦を望んでいるのは分かる。

であれば、距離を取って射撃戦を行なうべきであろう。

しかし、松下は個人的な理由により後退する事は出来なかった。

ゾルダートを突進させると、そのまま黒キャノンに体当たりをかける。

 

黒キャノンはスラスターで踏ん張るが、それこそチャンスであった。

押し合いの最中、松下は敵のキャノン砲を手で掴み、

全力をもってそれをへし折ったのだ。

黒キャノンはビームサーベルに手を伸ばすが、

それもゾルダートに蹴り上げられ彼方へ飛んでいった。

そこで松下は距離を取る。

そしてゾルダートのマシンガンもヒートホークも捨て、黒キャノンを挑発した。

 

「来いよイドラ。キャノンなんて捨ててかかってこい」

 

外部スピーカーを通して呼びかける。

相手にネタが通じなかったら困るところだが、

そう心配する必要は無かった。

 

「てめえなんざ怖くねえ! 野郎ぶっ殺してやらぁぁー!」

 

黒キャノンもノリを返してくる。

スピーカーから聞こえる声は、女の声であった。

格闘が好きな女性プレイヤーとは珍しい。

 

両機はスラスターを使わず走り寄って拳を繰り出した。

お互いの拳はメインカメラを捉える。

いわゆるクロスカウンターであった。

顔面が砕けた事も気にせず、

ゾルダートと黒キャノンは殴りあいを続ける。

とてもリアルロボットが行う戦い方には見えない。

熱血アニメの喧嘩シーンみたいだ。

両機の前面装甲がひしゃげていくが、

損傷具合から見るにゾルダートの方が有利である。

一応グフ並みの防御力を持っているのだ。

 

「アーイ、アァーイッ!」

 

松下は姿勢を低くし、黒キャノンの懐に飛び込む。

そして奇声を上げつつ、スラスターを使ってサマーソルトを二連続で叩き込む。

そして着地し、止めとばかりにスラスターをオーバーヒートせんばかりの勢いで噴かした。

 

「イーヤッ!!」

 

持てる限りの力を振り絞ったサマーソルトが黒キャノンを宙へ吹き飛ばした。

きりもみしつつ飛んだ黒キャノンは街の建物をいくつか薙ぎ倒しつつ転がり、

途中で爆発を起こして部品という名の内蔵をぶちまけた。

 

「ジークジオン!」

 

松下はゾルダートにポーズを取らせる。

彼がこの機体を扱う理由は、ただこの一連の戦法が取りたかっただけなのだ。

だから、蹴り技の為に脚部の装甲も強化した。

単純にMSで格闘ゲームの真似事がしたかった松下。

次の瞬間、バカなこれほどまで消耗云々とか何とかセリフを口にしたのだが、

トイレッツもイドラ隊も聞いてはいなかった。

 

 

 

「……これはひどい」

 

冷静なルミが本気で言うくらいには、

ノイルの重装型グフと松下のザクゾルダートは損傷していた。

どう見てもこれ以上の戦闘は出来ないだろう。

ルミは二人の戦闘を見ていなかったが、いったい何をしたらこれほど傷つくのか。

特に手や胴体が妙に歪んでいるのが気になった。

ノイルも松下も何やら満足げな表情をしているのはもっと気になった。

 

どうやら、イドラ隊の三機は全滅したらしい。

これを技量の差やチームワークの差と言うのにはどうかと思い、

ルミは柄にもなく本気で頭を抱えそうになった。

 

「まあいい。どちらにしろ勝ったんだ。三機だけだがな」

 

「他……も、来てる」

 

セイレムの言葉で、トイレッツ隊は向かってくる十機程度のMSに気がついた。

データを見てみると、それは全てイドラ隊のものだ。

 

「仇討ちの仇討ちか。

 ……あれは、ザクか?」

 

ノイルはイドラ隊の中に桃色に塗装されたザクを見つける。

このゲームでは敵側の機体も購入する事が出来るので、

連邦にジオン系MSを使うプレイヤーがいてもおかしくはない。

 

「全機、エンジン周りは無事だな。

 ファットアンクルまで全速で撤退するぞ。

 どの道これ以上戦えまい」

 

一応部隊長という肩書きのあるルミに従い、

トイレッツは機体を跳躍させて撤退する。

直後、トイレッツが立っていた地面の下からドリルが突き出てきた。

現れたのはジオン系特殊工作用MS《EMS‐05アッグ》である。

アッグはトイレッツの機体を恨めしげに見つめると、

腕のドリルで再び地中へと帰っていった。

 

 

 

シャワートイレッツはイドラ隊の内、部隊長を含む三機を撃破した。

ノイルと松下の機体が損傷したものの、実質トイレッツの損害はゼロである。

帰り道中はまだ興奮冷めやらぬノイルと松下だったが、

部隊ルームに戻る頃には普通のテンションに戻っていた。

 

「いや、自分でも何であんなにテンション上がったのか分かんないんだよ。

 でも、グフ重装型は良い機体だってのは知れた」

 

「俺は単純に殴りあい宇宙でテンション上がったな。

 元々ゾルダートはそのつもりで作ったし、燃えアニメや格ゲーも好きだし」

 

両者の言い分を聞きながら、

ルミはアイスティーをストローでぶくぶくと泡立てた。

バーチャル世界なので実際に喉が潤うわけではなく、

そろそろ現実世界の自分の喉が渇いているのだなと思う。

 

「重装型にはヒートホーク積んでたから殴らなくていいだろうとか、

 松下も武器を捨てて喧嘩はとか色々言いたい事はあるが……

 まぁ、ゲームの楽しみ方なんて人それぞれだ。

 やられなかっただけ良しとしよう」

 

「でもイドラ隊……は、まだいる。

 ほとんどが改造されたジム」

 

「セーちゃん、もしかしてまだやる気だったりする?」

 

スミレとセイレムが微笑を重ねる。

どうやら、奴らはシャワートイレッツのライバルと決定されたらしい。

 

「まぁ、かまわんが。

 ゲームを楽しむのは良い事だ」

 

「そう、ゲームだよ。

 相手をぶっ倒して楽しむ為の、な」

 

ノイルは悪役の様な笑みを浮かべると、

空中に手をかざしメニューウィンドウを開いた。

汎用機のザクを地上型のグフに開発したので、

念の為宇宙用の機体を作ってもいいだろう、と。

 

 

 

その頃連邦では、一人の男がオリジナル機体の設計案を練っていた。

 

「根本はガンダムタイプだが、これはモビルスーツではないな。

 人工筋肉に新型エンジン、ユニゾンシステム。

 コンバット・スーツ、もしくはユニゾン・スーツとでも言っておくか」

 

正式サービスが楽しみだと、男は笑った。

彼の持つ設計図には、大まかな設定が載せられている。

機体名には、《RXS78‐1ガンダムシルバー》と書いてあった。

 

ジオンの地球攻略作戦、第三次降下作戦が間近に迫るこの時。

未だ、ジェネオンはオープンベータテスト中である。

 

 







~後書き~
2015年9月25日改正

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