ガンダムGジェネレーションオンライン   作:朝比奈たいら

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第七章『メキシコ撤退戦』(3)

ジオン軍シャワートイレッツ隊は、撤退するNPC部隊の援護に当たる事となった。

援護や支援と言えば聞こえは良いが、要するにまたぞろ殿である。

メキシコシティからモンテレイ補給基地に撤退したジオン軍は、

そのまま更に北上しアメリカまで後退する事態になる。

この件について、柏木伍長はこう言った。

 

「結局のところ、ガルマ様は前世のジオンがやれなかった事をしたいのでしょう。

 ア・バオア・クーで連邦艦隊を叩けば、再度地球へ進攻出来る。

 そう言い切りつつも出来なかったギレン総帥と同じ感じです」

 

「同じ感じですってなぁ……

 戦線縮小は間違いだとは思っちゃいないが、

 何の策も無しに後退だけしてれば兵の士気も下がるだろうに」

 

「一応、策はあるらしいですよ。

 私の様な末端の兵にはそこまで知らされていませんが」

 

呆れた様に言うノイルに、柏木伍長はそう返す。

確かに、作戦に関する機密を守るのは大事だ。

だが、敗色濃厚なこの状況で中途半端な命令を下せば下っ端は混乱する。

プレイヤーの掲示板なりなんなりがある以上、

機密を保持するのはかなり難しいものとなるであろう。

ならば、いっその事私はちゃんと作戦を考えてますよという所を

士気の落ちた兵達に見せるべきだとノイルは思う。

柏木に対しそう声を挙げかけた時、松下が唸りながら言った。

 

「うーん……うん? それはガルマ・ザビの話か?」

 

「北米大陸でそれ以外に誰もいないでしょう」

 

「そう、そうだよな。だけど、北米に居るのはガルマだけじゃないだろ」

 

それを聞いたルミが、こちらもふむと頷く。

 

「ガルマの配下に、腕利きの指揮官クラスが集められている可能性はある。

 しかし、それはそれで問題だろう。

 ガルマは大佐の北米司令であって、

 将官が多ければ指揮系統が無闇に分散されているという事でもあるからな」

 

「それはそうなんだが……いや、何でもない」

 

松下はそれだけ言うと口をつぐむ。

もしかしたら、ジオンは何らかの新兵器を開発しただとか

エースパイロットを北米に集中させているだとかをしているのではないか。

そう思った松下だったが、それですら希望的観測に過ぎない事に気付く。

ただ、もしかしたらトワニング准将辺りが手を打ってくれた可能性を捨てきれずにいた。

 

「あたし達は戦略を云々出来る立場かしら?」

 

「スミレ、考えないよりはマシだろう。

 我々シャワートイレッツは小隊規模で動いている。

 団体行動をするにあたっては、目的や目標があるのは良い事だ」

 

「それは上の者が下の者を統率しやすくなるからでしょ。

 トイレッツはトイレッツらしく動けば良いと、あたしは思うけどね」

 

「ふむ、それはそうだ」

 

やはりスミレは大人の考えをする、とルミを始めとしたトイレッツ全員が思った。

スミレが言いたいのは、上の事は上が考えるべきであって

自分達プレイヤーなどという個人の少数が集まった者共は

ジオンの戦略や政治を語っても意味が無いと言うのであろう。

それは一見人として正しくない事の様に思えるが、

大人のやる事というのは得てして人として正しくないのである。

それをノイル達なども解っているからこそ、

ならば自分はどうするべきかというのを考えたがった。

 

彼女達は知らない事であるが、このやり方はイドラ隊の正反対である。

トイレッツはどこまでも自由で、個人主義で、考えているのかいないのか傍目には判らない。

中でもスミレは徹底した傍観者であり、事無かれ主義を隠し持つ大人であった。

 

「で、結局どうする」

 

やや苛ついた風に松下が言う。

ルミ達が松下を子供と評するのも分かる気がすると、ノイルは思った。

彼は大人も嫌いであるし、大人の事情も嫌いである様に見える。

スミレの年齢は分からないが、彼女を除けば自分が一番年上なのにもかかわらずだ。

そういえばと、ノイルは松下の年齢に気付く。

いつも同年代の友人の様に話せていたが、それはおかしな事だ。

ノイルは高校生で、松下は最低でも20歳を超えている。

5歳か10歳前後年齢の違う男同士というのが、ここまで自然に話し合えるものではない。

松下の精神年齢が幼いのだろうとノイルは判断したが、女子達はとっくにそれを解っていた。

 

実際、松下は大人の考えなぞどうでもよかった。

結論を早く言え、と言わんばかりの顔をしている。

会議がダレてきたのを察知した柏木伍長は、何事も無かったかの様に声を上げる。

 

「殿を引き受けてもらえるのならば、

 モンテレイ基地に居るNPCの支援を当てにしてらっしゃる?」

 

「出来るものか?」

 

「トイレ長の仰せとあればそこそこ。

 十字勲章のノイル大尉ならそれなりといったところでしょうか」

 

「そうだ! 俺がさっき前線で名乗った時、兵達がすんなり聞いたぞ。

 いったいここらの指揮系統はどうなってるんだ?」

 

「あなたは仮にも十字勲章モノなのですよ。

 赤い彗星のシャアに匹敵する存在だと自覚して下さい」

 

そうなのか、とノイルは改めて勲章の意味を噛み締める。

その顔を見て、松下が即座に注意した。

 

「プロパガンダの自覚な」

 

「ああ」

 

ノイルは馬鹿ではない。

だから十字勲章に舞い上がりはしたものの、その意味を理解している。

自分はNPCとプレイヤーを繋ぐ接着剤であり、

要するに道具や便利屋として利用されているのであろう事は分かっていた。

だからこそ松下の忠告はありがたかった。

信用されていないのは残念だが、大切にされているとは思う。

トイレッツを抜けたのが本当に残念だ。

 

「俺が赤い彗星と同等にさせられていると――」

 

「そういう物言いは良くありません大尉」

 

「アニメのキャラだからって、現実の人間より偉いわけじゃないんだぜ。

 俺だけがとは言わないけどさ、シャアより人が出来ている人間は居るだろ。

 世界に何十億も人が居ればさ。

 全てがシャアに劣る訳じゃないぜ、伍長」

 

「そりゃそうです。

 私だってアニメに顔が登場したパイロットではありませんが、

 一ジオンの兵士として彼らより階級以外で下だとは思っていませんから」

 

「脇役ぅ」

 

松下が茶々を入れる。

今まで気づかなかったが、ノイルが松下がいちいち子供っぽい事をするのを理解した。

グリーンミスト隊との模擬戦前に、わざとらしく笑って見せたのもそうだ。

ある意味では達観した大人に見えるが、実際は子供が見せる表情だったのであろう。

ちなみにノイルは知らない事だが、フォイエンも先日の裏取引で松下の笑みを見た。

だがフォイエンも精神的には子供だったので、松下の笑みを大人の達観と間違えたのだった。

 

「人から注目される人間では、私は無いのです。

 ……それで、いかが致しますか」

 

「地雷や機雷を撒いて逃げるくらいは出来るだろう。

 後は戦力を召集するさ」

 

言いながらルミは、ジオン兵の命よりズゴックを如何に壊されぬかを考えている。

酷い事であったが、この時のルミはそうは思おうとしなかった。

自分が酷い人間だと思い続けていれば、そのうち頭がおかしくなるからだと。

無理やりにでもポジティブに考えようとして、しかしルミは失敗した。

彼女に足りないのは、あなたは薄情ではない、と言ってくれる友人の存在だ。

ルミはそれを半ば自覚していたが、セイレムやスミレにそれを頼む事はしなかった。

――単純に、拒絶されるのが怖かったからである。

 

 

 

「恐らく、これが最後の出撃だ、相棒の相棒の相棒」

 

インパラはマルファスのコックピットに居た。

ミデア輸送機に乗っており、眼下にはメキシコの街並みが広がっている。

今回の戦いでこのコンバット・スーツ、マルファスに乗るのは最後だと直感していた。

 

既存のMSに囚われない機体は、他のプレイヤーも作成している。

しかしマルファスはその中でも異質だった。

人工筋肉や、青いビームを出す新型エンジンなどを作るのはインパラだけだ。

その辺はイドラ隊の面々にも散々突っ込まれたが、

マルファスを一体どうやって作ったのかと訊かれると本当に自分でも分からなかった。

適当にやっていたら出来ていたというのは事実だから。

 

もしかしたら自分はガンダム世界からやって来たエージェントで、

記憶を失って一般人として暮らしているもののジェネオンに触れて記憶が覚醒し、

マルファスの様な新型を無意識の内に作ってしまったのではないか。

 

「そんなの、冗談ポイポイよ」

 

フォイエンとはお互いそう言い合った。

さすがにインパラといえど、そこまで厨二病をこじらせてはいない。

だがマルファスという異質な機体が生まれたのを単なる偶然だとも思えないし、

直感的にフォイエンが何か感付いているのに気付いてもいた。

 

ガンダムシルバーの作製を本格的に始めた時から、

インパラはフォイエンが何か自分の外側の事情で考え込んでいるのではないかと思ったのだ。

フォイエンがフレンズと接触した事を、インパラは知らない。

にもかかわらず、フォイエンの悩みに薄々気付き始めている。

それがインパラとフレンズの団長がそっくりさんだという話であるのには、

インパラには知るよしも無かったのだが。

 

(何にせよ、これでオリジナルガンダムに乗れる)

 

インパラはそう思い、最後の華を飾ろうとする。

ミデアから降下し、進攻するNPCやプレイヤーに交じって前線を目指した。

ジオン側の抵抗は薄く、連邦軍は優位に戦局を進めている。

前線は押し上げられ、モンテレイのジオン補給基地が間近に迫っていた。

 

今回の戦闘、インパラはイドラ隊と一緒の出撃ではない。

イドラ隊もメキシコから北上する味方に同行するらしかったが、

相変わらず先走るタイプのインパラはマルファスの引退試合も兼ねるつもりで先行していた。

一応フォイエンにはメールを送ってある。

直接顔を合わせず、MS製作に集中させてやるべきだと思った。

 

「さぁ、白銀の騎士が来たぞ。

 者ども吾輩のマルファスに震えおののき桃の木山椒の実、

 モビルスーツの性能を活かせぬままアスファルトの下のセミの様に無駄死にするがよい!」

 

叫びながら、インパラは自分自身で何を言っているのか分からなかった。

変人キャラを演じているつもりはないが、たまにこうなる。

最も、厨二病発言は自覚して自然と出る言葉なので

いつものおかしな口調は彼の元々の性格だった。

 

マルファスはガンダム世界のMSではない為、連邦ジオン共に能力を測りかねた。

IFF(敵味方識別装置)には連邦勢力と認識されている為、

ミノフスキー粒子で識別出来ない時以外は味方から攻撃される事はなかったが、

謎の機体に連邦軍は期待をしていなかった。

 

味方のジム隊が進撃する。

ジェネオンの連邦軍は通常型のジムを陸戦に使っていた。

元の世界と違って資源や部品関連の問題はある程度緩和されている為、

陸戦型ジムをある程度量産する事は可能であった。

中にはプレイヤーの協力を募り、生産性の低い強力な機体を譲って貰う事もあった。

それはノイルがシャアにゲルググを渡したのと同じ理屈だ。

陸戦型ジムもガンダムと同じルナチタニウムが使われており、通常のジムと比べて防御力は高い。

(出力その他は通常型ジムの方が高いが)

 

よって陸軍と宇宙軍で兵器開発を別々に行う事態は、元の世界と比べて少ない。

そもそも人工知能であるNPCは、積極的な新兵器開発を行う事を制限されていた。

一年戦争では膨大な数の兵器が作られたが、このジェネオンでそれをやられては困る。

ジェネオンでは、オリジナル機体を作るのはユーザーの特権だからだ。

なのでNPCが新兵器を作る事は、まったく無くは無いでもごく少数の事であった。

だからNPC達は、既存の兵器を上手く組み合わせて

前世の二の轍を踏まないよう試行錯誤する必要があった。

その一種が、ノーマルタイプのジムに陸戦用の改造を施す事だった。

 

ホワイトディンゴ隊の様に陸戦改造されたジムは、

カタログスペック上では陸戦型ザクを圧倒し、ドムと同等クラスの性能を持っていた。

連邦軍開発部や上層部の見解でも、カタログスペック通りの性能が出せなくても

ザク以上の戦果は挙げられると見ていた。

元の世界ではパイロット能力やその他諸々の事情で予定通りにはいかなかったが、

少なくとも戦争に勝つ事は出来た。

それがジムという機体であった。

 

ところが、既存のGジェネレーションシリーズに近いバランスとなったジェネオンでは、

ジムはザクと同等かやや上程度の存在になってしまった。

これがオープンベータテスト中であれば、ジムはザクより明確な優位に立てたであろう。

事実、ビーム兵器を装備したジムはジオンプレイヤーにとって脅威であった。

正式サービスによるアップデートで、ジムとザクの間は縮まる。

それはゲームバランス的に誰もが予想していた事であるが、

当の連邦NPCからしてみればまさに神の悪戯に等しかった。

連邦軍はジオン軍その他の勢力に対し、弱体化されたジムで戦争を仕掛けねばならなかった。

 

インパラはその現状を危惧していたが、フォイエンはそうではなかった。

VRMMOゲームとしてジムが弱体化されたのは事実だが、

基礎的な設計は変わっていなかったからだ。

拡張性は失われておらず、改造されたザクと比べてジムは遥かに安定性が高い。

それはイドラ隊のジムが証明している。

連邦はジオンに対し、優位を保っているというのがフォイエンの考えであった。

 

それを裏付けるかの様に、メキシコ戦線でのジムは奮戦していた。

相手が戦車や航空機なら言うに及ばず、ザクやグフであっても蹴散らしていった。

相手が撤退戦を行っているというのもあるが、

殺されても死なないこの世界では新兵も簡単に実戦訓練が出来た。

MS戦闘で重要なのは機体の性能だけでなく、パイロット技術もである。

一年戦争時の連邦パイロットはジオン兵に比べて練度が低かったが、

ジェネオンでの連邦はその問題を克服しつつあった。

そういった事情を、インパラは戦場の中で察した。

 

「ただのジムでやるものだな。

 しかし、練度の問題はジオンも同じ事ではあろうなんだが。

 一週間戦争からのベテランがゲルググ隊となれば、私とて単独では勝てんだろう」

 

インパラはそう独りごちる。

彼は気づいていないが、その発言はフォイエンやイドラ隊が驚くに値するものであった。

ナルシストのインパラが単独では勝てないなどという謙虚な言葉を吐くのは珍しい。

最も、彼とて成長はしていた。

今までの戦いで、敵に囲まれて命からがら逃げ帰った事もある。

連邦のエースを目指してはいたが、一人で戦争に勝てるとまでは思わなかった。

 

「ともかく、ウサギにも角にもだ。

 マルファスの最後が有終の美を飾るのは、決定されたチョイスである」

 

マルファスが跳躍する。

進撃するジムに交じって、インパラはジオンの部隊を次々と潰していった。

彼は射撃も得意であり、

ジム・イェーガーと同じフレンズ製のへヴィマシンガンで中距離支援を行う。

戦車や航空機は相手にならなかったし、ザクもそうである。

インパラは狙撃屋ではないが、

へヴィマシンガンによる射撃は敵機のメインカメラを正確に撃ち抜いていった。

態勢を乱した敵機は、味方のジムによって止めを刺される。

 

ジオン軍もマルファスの性能に気づいた様子で、

一機のザクがスラスターを噴かして突進してくる。

インパラはへヴィマシンガンが弾切れになったのを確認すると、

MSの身長ほどもあるそれをザクの脚めがけて投げつけた。

人間が自分の身体ほどある鉄の塊を投げられて無傷でいられないのと同じで、

へヴィマシンガンが衝突したザクは脚から金属の悲鳴を上げて転倒。

街の建物をいくつか巻き込んでやっと止まった。

次の瞬間には倒れたままマルファスの高周波ブレードをコックピットに受け、完全に停止する。

 

「人工筋肉での格闘戦こそが、この機体の真骨頂というのを知るのだよ!」

 

武器をZOビームガンに持ち替え、進攻方向に向き直る。

その時、味方のジムが不意に爆発した。

敵MSの攻撃ではない。

歩兵の工作隊が慌てて向かうのを見ると、それが敵の罠だと分かる。

連邦部隊に通信を繋ぐと、どうやら機雷や地雷が仕掛けられているらしい。

今しがたジムが引っ掛かったのは、ワイヤーが張られた古典的なブービートラップであった。

 

「ええい、撤退戦がこういうものだというのを、理解していてもこれなのか、戦争は」

 

この罠は至る所に設置されており、連邦軍は足止めを余儀なくされた。

特にインパラにとって効果は絶大で、

世界に一つしかない――インパラはフレンズが持つマルケスの存在を知らないとして――

機体であるマルファスがこんな地味な罠で撃破されるのは御免であった。

 

たっぷりと時間をかけて罠を無力化していく連邦軍。

簡単に見つかる罠は特に注意が必要だった。

設置型の地雷がこれ見よがしに置かれており、

うかつに近づいた兵士は死角に置かれた別の地雷によって吹き飛んだ。

何とか辿り着いて地面に置かれた爆弾を解除し安心していると、

その下に二重地雷として埋まっていた地雷が爆発して工兵が数人纏めて電子に還った。

業を煮やしたジムが対人地雷をバルカンや足で薙ぎ払おうとすると、

それに混じっていた多数の対MS地雷が誘爆して数十から数百メートルほどの範囲が瓦礫と化した。

破損機体救出や瓦礫排除の為の作業機械が前に出ると、

予め隠れていたジオン歩兵がバズーカで工事車両やプチモビルスーツを破壊し、

最後には爆薬を身体に巻いて自爆攻撃を行った。

死なない世界だからこそ出来る戦法だが、そこまでするジオン兵に連邦軍は戦慄した。

地球連邦はジオンに虐殺を受けているが、数十年に渡って復讐するジオン兵ほどの気力は無い。

憎悪はあっても、自爆などという行為は死なない世界でもやりたいとは思わなかった。

 

「なるほど、このジェネオンを引退する者の気持ちが理解出来る。

 ジオンの怨恨は、下手な現実国家の争いよりも深く重い。

 大国による圧力や経済制裁は現実でもあるが……」

 

インパラは拾ったマシンガンやバズーカで、歩兵が居ると思われる建物を撃つ。

MS用のマシンガンは生半可な戦車砲以上の口径を持つし、バズーカもそうである。

そんな砲弾が次々と建物を破壊していくのだから、中に居る兵士はたまったものではない。

燻し出されたジオン兵が爆薬を抱えてパーソナルジェットで空を飛び、マルファスへ吶喊する。

 

「気概は買うが、そういうやり方をさせる上層部はダメなのよ!」

 

インパラはマルファスを咄嗟に後方へ飛び退かせ、ビームガンに持ち替えてジオン兵を撃った。

インパラのパイロット能力は日ごとに向上しており、

歩兵にビームを当てるなどという芸当をやってのける。

ジオン兵は上半身を蒸発させ、電子に分解されて消えていった。

その光景を見たジオン兵士達が叫ぶ。

 

「人間にビームを使うのか!?」

 

「だからって、なんだっていうんだ!」

 

インパラは聞こえてきた声にスピーカーで返す。

生身の敵を撃つのに多少抵抗はあったが、インパラは特攻が成功した場合、

そういった『自軍の兵士に対する非人道的な戦法』が広まってしまうのではないかと心配していた。

ただでさえ敵に容赦無い戦いなのに、兵士を爆弾にする戦い方が効果あると判断されれば

ジオンだろうが連邦だろうがそれをやるであろう。

自分を大事にしない戦争が何の為のものだ、とインパラは考えていた。

 

一方で、インパラは非人道的行為に明確な主義を持ちつつも、

MSのビームやマシンガンで歩兵を殺す行為に対しては否定していなかった。

彼にとって一撃で人が死ぬのは優しい死に方で、Vガンダムのギロチンもそうである。

やってはいけない殺し方は、火攻めやNBC兵器などの苦痛を伴う殺し方だ。

だからインパラは火炎放射系の武器を嫌っているが、

歩兵をMSで撃ったり踏み潰したりするのに火攻めほどの不快感は無かった。

たった今ビームガンを使ったのは、

マシンガンを使うと空中で四散したり風圧で苦しみを与えてしまう可能性を考慮して

比較的人道的に『一撃で痛みを知らず綺麗に蒸発させる』為の方法であった。

そして実際に、そういった行為は

連邦とジオン公国の間で締結された戦時法、『南極条約』では禁止されていなかった。

インパラは残りの歩兵を機体の足で踏み潰し、軽く息を吐く。

 

「人の殺し方を云々するつもりなら、法律で禁止してから言うのが筋であろう。

 ……しかしこんな戦法を誰が考えたんだ、ギレン・ザビか?

 進撃速度が大幅に鈍ってしまうだろう、この調子では」

 

歩兵相手にしばらく四苦八苦していると、連邦機から通信が入った。

どうやら歩兵と地雷を纏めて吹き飛ばすから、退避しろとの事だ。

一体どうするのだろうかとインパラが機体を下がらせると、

前線がまごついている間に後方から来た援軍のジムがハンドグレネードを投擲した。

 

直後、巨大な爆風が街を襲った。

インパラはその衝撃を受け、戦術レベルの小型核爆発か何かとすら思った。

もしそうであれば、インパラは核などという虐殺兵器を使った連邦機を撃つつもりだ。

彼にとって核兵器はどう考えても非人道的な兵器であり、

相手が味方だろうと何だろうと議論の余地は無かった。

もちろんインパラ個人の思想だけでなく、核の使用は南極条約にも抵触している。

 

だがそれは違った。

衝撃波は強く、敵の歩兵や地雷はことごとくが吹き飛ばされた。

だというのに、建物の損壊はさほど大きなものではなかった。

それに核にしては爆炎が少なすぎる。

もしも戦略核ならば周囲数十から数百キロメートルは被害を受けるし、

威力を抑えた物であってもジムが手で投擲して味方が巻き込まれないはずはない。

破壊力は少ないが、対人殺傷の為の爆風は広範囲に渡る。

インパラは軍事オタクではないが、それが燃料気化爆弾だというのに思い当たった。

 

ジムは数機がかりで気化グレネードをぽいぽいとおもちゃの様に投げ続けている。

なるほど、歩兵だけでなく地雷除去に最も適した方法だ。

これがミサイルやロケット弾の掃射であれば、街の被害も尋常ではない。

その点気化爆弾は鉄筋の建物や戦車、MSなどの堅い物には大した破壊力は持たない。

ただし広範囲に渡る爆風で地雷などは誘爆させる事が出来るし、

歩兵は爆風の圧力によって肺をやられたり、その他内臓破裂で死亡する。

 

PS2ガンダム戦記の小説版によれば、この連邦製気化爆弾は致死量の有毒ガスを発する。

この有毒ガスはNBC兵器扱いではないものの、

こういった兵器をプレイヤーが受けた場合、

感覚設定で苦痛を排除出来るとはいえただ事では済まないなとインパラは思う。

もしかしたらプレイヤーには効果無く設定されているかも知れないが、

NPCが苦しんでいるところを見せつけられたら意味がない。

噂ではNPC同士が死なない事を利用して

ギリギリ死なない程度の苦痛を与え続ける拷問を行っているとの話もあったが、

そういったものはゲーム上不可能なシステムにするべきだと多くのプレイヤーが感じていた。

そしてこの戦いの後、それは運営によって実行に移された。

 

「とりあえず、前進は可能か」

 

気化爆弾により地雷が除去され、インパラのマルファスと連邦軍は先へ進んだ。

ちなみに、インパラは連邦の部隊と行動を共にしているものの、

通信は必要最低限しか行っていない。

人見知りするタイプというわけではないが、

フォイエンやイドラ隊と仲良くなり過ぎた為彼女らと話す方が多かった。

遊びでやってるプレイヤーを嫌うNPCも多かった

(これは運営によると、リアリティ上必要な事であって

人工知能の自然な感情を抑制するべきではないとの方針であった)

ので、あえてこちらから無闇に話しかけようとはしなかったのである。

その代わり、独り言が増えてきたのは自覚していた。

 

しばらく前進すると、またトラップエリアが存在した。

ジムが気化爆弾を投げようとしたその時、そのジムはビームを受けて仰け反った。

ビーム一発で機体は爆発しなかったが、被弾時の衝撃でジムは気化爆弾を落としてしまう。

運悪く、爆弾は作動状態であった。

爆風は連邦部隊を飲み込み、装甲が施されていない車両や歩兵は纏めて吹っ飛んだ。

戦車やMSの装甲は無事であったが、センサー関連などは爆風によりほとんどが無力化される。

 

「狙ってやられたのか、何て腕だ」

 

インパラは自機をチェックし、いくつかの機構が損傷している事を知る。

ジムが撃たれた段階で咄嗟に建物の陰に隠れたのだが、

それでも気化爆弾の効果範囲は広く、

反対側からも来た爆風によってマルファスの精密機器は破壊されていた。

 

「ああああぁぁ、まずい、ZOOCシステムがおじゃんになってる!

 これがいくらするのか知ってるのか、貴様らはぁ!」

 

フォイエンお手製のシステムが壊されたのに、インパラは泣きそうな顔をして喚く。

下手人を探そうとビームが来た方向を見やると、

そこにはシャワートイレッツと思わしき編成の部隊が居た。

 

「まっ、松下ぁ、お前が元凶か!」

 

 

 

「インパラ……が、居るっぽい」

 

プロトタイプドムから開発した通常型のドムに乗るセイレムが、

インパラのマルファスを視界に捉えて言った。

気化爆弾を持ったジムを撃ったのは彼女であり、

以前ノイルに話していたドム用のビームライフルを装備していた。

そして彼女のパイロット技術は高く、遠距離狙撃もある程度は可能であった。

 

「くそぅ、こんなに早く突破されるとは思わなかったぞ!」

 

ノイルが悲鳴に近い声を上げる。

NPCの力を借りてトラップを張ったが、連邦の侵攻速度は予想よりも速かった。

敵にとっては地雷がいくつ隠れているか分からないはずだから、

この地雷原で一日二日は連邦の進出を食い止めるつもりであった。

ミサイルかロケットで街ごと吹き飛ばそうとするなら、

連邦軍は後方の砲撃隊と連携して前線の兵を下げねばならない。

そうすれば仮に地雷原が掃射されても、敵を一時的に足踏みさせる事は可能だと思っていた。

 

「まぁ、まっつーの戦術だからねぇ」

 

「おお、何だスミレ、喧嘩なら買うぞ」

 

「スミレ、松下、言ってる場合じゃないぞ。

 松下の戦術が失敗した以上、我々で食い止めるしかない」

 

「その通……り、になる。

 松下の戦術が失敗したからしょうがない」

 

「ああ、松下の戦術が失敗しなければ……」

 

「お前ら何でこんなので初めて一致団結してんの? お?」

 

こめかみをひくつかせながら、松下が半笑いで怒る。

特攻戦法は別として、トラップや歩兵による伏兵は松下の策であった。

松下は自分に指揮官の才能があると思っていたが、

それはあくまでも平和な世界でゲームや机上の空論の末に辿り着いた軍師気取りであった。

まさかこんな方法で強引に地雷原を無力化されるとは思わなかったのだ。

 

「というか松下、お前のツヴァイト・ジャモカ隊とやらは何で呼ばなかったんだ」

 

「集まりってもんがあるだろ。

 全員が全員同じ時間同じ場所に居る方が珍しいって、トイレッツは知らなさすぎだ」

 

「部隊長として人望無いんじゃねぇの?」

 

「お前みたいな十字勲章と一緒にするんじゃねぇよノイル大尉……」

 

「俺だって、自分にカリスマがあるとは思わないって何回も言ってる。

 さぁ、全部隊、ここで何としても食い止めるぞ!」

 

ノイルの号令で、展開していたジオン軍NPC部隊が気勢を上げる。

カリスマが無いなどと言っておきながらこれであるから、

トイレッツの面々は呆れたような感心した様な顔をした。

プロパガンダに使われたとはいえ、その状況を利用出来るだけの力がノイルにはある。

うかうかしていると追い抜かれるやもなと、部隊長のルミは思った。

 

「まあつした――っ!」

 

インパラのマルファスが松下のザクゾルダートに吶喊する。

高周波ブレードをヒートホークで受け流しつつ、

(高周波ブレードはつまりチェーンソー剣なので、ビームやヒートと鍔迫り合いが出来ない)

松下はまたかと唸り声を上げた。

 

「懲りろさ!」

 

「嫌です! というかぁ、私は握手をしようとすら思ったのだぞ、次に会ったら!

 なのにどうせこのトラップゾーンはお前のやった事柄であろう!」

 

「あっ、分かる?」

 

「オデッサ戦線で、エルラン中将とお前がやりあったのは聞いている!

 こういう地味に卑怯な手段を使うというのは、ガルマのやり方ではないだろがな!」

 

そういえばそんな事もあったが、それだけを元に自分だと断定するのはどうよと松下は思った。

事実ではあったが、見透かされている様で気分が良い。

一応のライバルに自分を理解してもらえるというのは幸せな事だ。

だが、インパラは不満そうであった。

 

「何を怒ってるんだ」

 

「男なら正面からぶつかれと言っている。

 それに、何で銀色でないのだと言わせるのは二回目なんだぞ!」

 

「ゾルダートに乗っている間は、深緑は止めないよ。

 今新型を作ってるからそれまで待てって」

 

「何ぃ、奇遇だな松下。

 私も直にガンダムシルバーが完成する。

 そうなったら、最終決戦のバトルフィールドで銀色の決着をつけるのである!」

 

「あっ、もしかしたら次の新型はピンク色かも知れない」

 

「ふざけているのかァァァ――!」

 

外部スピーカーを使ってじゃれ合う二人に、トイレッツもジオン兵もどうするべきかと悩んだ。

とりあえずノイルは損傷を負ったジムの撃破を優先させる。

連邦軍も次々と後続が来ており、これをどうやってせき止めるかが問題であった。

 

「ノイル機より各隊、ここで遅滞迎撃型防衛戦術を取る。

 ザク各機はジムに気を配りつつ車両を優先して撃破。

 グフ隊は対モビルスーツ戦闘用意。

 マゼラアタックは遠距離からの砲撃と、

 迫撃砲タイプ《マゼラベルファー》の護衛に専念せよ」

 

「了解です大尉。しかしながら、この戦車の発音はマゼラン・アタックであります!」

 

「それは漫画版だ、戦車隊長……」

 

同じジオン軍でも、色んな人間が居るものだとノイルは苦笑する。

命令を出したノイルは、インパラを無視してジム隊を見据えた。

モンテレイ補給基地こと、観光名所の司教の丘に陣取った迫撃砲のマゼラベルファーが

弾込め役のザクタンクに装填される。

そしてノイルの合図で砲撃を開始した。

驚くべき事に、その合図は柏木伍長の強行偵察型ザクを使った手旗信号や光信号である。

ミノフスキー粒子下では専門装備を以てしても無線通信が不安定なので、

この様に前時代的な方法が復活するのは必然と言える。

砲弾は戦場に展開している連邦勢に降り注ぎ、いくらかに損傷を与えた。

気化爆弾で歩兵はほとんど電子に還っているから、狙うのはMSや戦車などである。

 

「対戦車戦用意! 容赦無用にファイア!」

 

やや後方から、マゼラアタックも砲撃を開始する。

周囲一帯は開けた土地であり、高層ビルがバカスカ立っているわけではない。

なのである程度距離を取っても射線は開いていた。

それは連邦の61式戦車も同じ事で、戦車対戦車の砲撃戦が始まるかと思われた。

 

しかしマゼラアタックは対61式だけのものではない。

主目的は援護射撃であり、61式の撃破は主にザクが行った。

高層ビルが少ないという事はMSは的になるという事だから、

遮蔽物の無い場所において戦車は有効であった。

あくまで大都市戦との比較であり、戦車が圧倒的優位というわけではなかったが、

対MS戦を行うシャワートイレッツやグフ隊への援護は果たせていた。

 

「手強いよ、ルミっこ!」

 

スミレが好戦的な笑みと共に言う。

連邦のジム隊は以前よりも強力になっていた。

相手が初期のプレイヤーなら数人がかりで攻められてもそうそう簡単にはやられはしない。

無敵ではないが、そこそこ強いのがシャワートイレッツであった。

 

スミレの目の前に居る《RGM‐79F装甲強化型ジム》は、

トイレッツの自信という塊にヒビを入れるかの様に立ちはだかった。

この装甲強化型ジムは、性能的にはドムに近い。

単なるジムの重装甲化だけでなく、ホバー移動を可能にしている。

NPCが操るその装甲ジムは、

プレイヤーの《陸戦用ジム》(陸戦型ジムの後期生産型)と連携してスミレと対峙した。

 

NPCとプレイヤーは、通信による徹底的な意思疎通をしている風には感じられなかった。

しかし機体性能とパイロットの腕は確かで、

装甲ジムは陸戦用ジムの射線を塞ぐ様な事はしなかったし、陸戦用ジムもそれに合わせていた。

スミレは射撃戦で装甲ジムを仕留めようとしたのだが、

高速ホバーで接近して来た装甲ジムに対してヒートサーベルを抜いてしまう。

そのスミレを装甲ジムは闘牛士の様にかわした。

同時に、陸戦用ジムのレールキャノンが飛んでくる。

スミレはキャノンを避ける事が出来たが、

その隙に装甲ジムはスミレをすり抜けて傍に居た一般兵グフの後ろに回り込み、バズーカで撃破した。

スミレにとって、それは屈辱と絶賛に近い感情を覚える戦いぶりであった。

 

だが、スミレにも意地はある。

いくら大人とはいえ、やられっぱなしが嫌な時は絶対にある。

そういう事があるからこそ、

スミレはこの《MS‐08TXイフリート》という機体を作ったのだ。

どちらかといえば格闘が好きなスミレは、ドムよりもこちらを取った。

 

スミレはイフリートを装甲ジムに突貫させる。

もちろん、装甲ジムは接近戦に付き合うつもりはなかった。

ホバーの機動力を組み合いで殺すのは愚策だと知っていたからだ。

しかし、ルミのズゴックが周囲にミサイルを着弾させると話は別であった。

更にセイレムのドムが来ているなら尚更だ。

動きを鈍らせた装甲ジムは、ビームサーベルを抜刀してスミレへ向き直った。

接近戦に付き合わされるのは癪だが、

集中して狙われるなら組みついた方が逆に安心すると思ったからである。

ビームサーベルならばヒートより高威力だというのは、前世の記憶だ。

 

スミレのイフリートは、装甲ジムと鍔迫り合いを起こす。

咄嗟に剣を滑らせて胴体を薙ごうとするのだが、装甲ジムはそれを見切っていた。

ヒートサーベルを受け止めながら、左手に持っていた盾を捨てる。

それは左手が空く事を意味しており、握られた拳が打撃の為であると理解出来た。

イフリートは柔な機体ではないが、コックピットを殴られるのは勘弁だとスミレは焦った。

 

瞬間、装甲ジムに二筋のビームが命中した。

ルミのズゴックと、セイレムのドムによる射撃である。

彼女達は鍔迫り合いを行う二機に対して、装甲ジムだけを狙い撃ちして見せた。

体勢を崩す装甲ジム。

スミレはヒートサーベルを装甲ジムの脇腹へと突き立てた。

それだけで倒せるかどうか分からなかったので、切り払ってから後ろ首を刎ね、

スラスターで離脱しつつショットガンを背面にぶち込んだ。

装甲強化型でも、背面の装甲が薄いのは同じ事であった。

 

「ルミっこセーちゃん、イエスな手助けよね!」

 

スミレは驚いていたが、ルミは珍しく自慢気な表情を隠さないでいた。

 

「私だって、やろうと思えば成長くらいはするさ」

 

セイレムも頷く。

組みついた味方を援護するというのは、かつてやった事である。

セイレムは第一次降下作戦で松下ごとインパラを撃っているし、

ルミもスミレがイドラ隊の高機動ジムに乗るフラムとやり合った際に援護している。

今と昔の違いは、二人が味方を巻き込まずに敵だけ狙撃出来たという点であった。

そういった意味で、二人は確実に自分の成長を感じられた。

 

「それ……に、比べて紅蓮の熱風カッコワライカッコトジは……」

 

「悪かったな、大して成長してなくて!」

 

いずれ二つ名を名乗る予定のノイルは、女子が装甲ジムを囲んでいる間に

陸戦用を中破に追い込んでいた。

追い込んだだけで撃破は出来ていないのだから、

トイレッツ女子陣に哀れみの様な視線を向けられるのを許容しなければならない。

これが松下ならば陸戦用ジムと一対一で負けなかった事を褒めてもらいたがるのだが、

あいにくとノイルはそんな甘ったれが女子に通用するとは考えなかった。

男の子は常に最高の結果を出し続けないと、女子から哀れみの視線を向けられるのだと。

 

「俺だって、射撃だけならルミやセイレムに負けないつもりだけど……」

 

ノイルは誰にも聞こえない様に呟く。

彼は他人から思われているほど格闘寄りの人間ではなく、

オグレスのガンダムアライブとの戦闘から分かる通り射撃型のパイロットである。

狙撃をした事は無いが、グフ重装型のマシンガンの命中率は高いつもりだ。

彼が誤解されているのはグフという種別の機体や熱血タイプの雰囲気であって、

シャワートイレッツの皆ですら、たまにノイルが冷静な射撃屋であるのを忘れているのが現状。

文句を言ってその誤解が解けるとも思えないから、ノイルは人付き合いで証明するしかなかった。

 

「で、松下はまだインパラとやりあってるのか。

 あのマルファスとかいう機体は、ザクゾルダートより強そうだけど」

 

ノイル達は松下とインパラに手を出さなかった。

自称銀色のエースである二人も、前回に引き続き一騎討ちをしたがっていたのだ。

松下がインパラのマルファスに組み付いて言う。

 

「こう近づけば、あのビームキックは使えないな!」

 

「ZOOCシステムはお前らの……確かセイレムちゃんと言ったか、

 そいつが気化爆弾持ちを狙撃したりするから駄目になってしまった。

 マイ格納庫に戻れば直るのだから、松下には死んでもらう!」

 

「俺がやられても第二第三のトイレが襲い掛かる!」

 

「便所戦争決戦は、おっさんですかシャアですかって!

 マルファスの人工筋肉の性能は伊達の飾りじゃないのだよ、飾りとは!」

 

「ああ、インパラ、その技術なんだが……」

 

松下とインパラが組み合う中、不意にインパラの通信機がノイズを鳴らした。

ミノフスキー粒子によりろくに聞き取れない声であったが、

インパラはその声を忘れる事など出来なかった。

何故ならば、相手は自分の最も大事な人物だから。

 

「インパラ――っ! 来たぞ――!」

 

二人が空を見上げると、そこにはミデア輸送機が戦場のど真ん中を飛んでいた。

ミデアはモンテレイ基地からの対空砲火に遭い、既に黒煙を上げている。

 

「フォイエンっ、出来たのか!?」

 

「あくまで試作機だが、水準はある! 取りに来い!」

 

「承知の!」

 

インパラは松下から離れ、不時着の態勢を取ったミデアへ向かう。

松下はそれを追いかけなかった。

周辺で射撃戦を行っていたノイルが声を上げる。

 

「松下、何やってる! あのミデアがインパラのガンダムなら、アライブ以上だろ。

 駄目じゃないか、だったら撃ち落とさなきゃあ――!」

 

「待てノイル、あいつは――」

 

フォイエンとは裏取引をしたのだ、と言いそうになった。

もちろんそんな事がこんな場所で叫べるはずもなく、

松下は言葉で止める以外の方法は無かった。

そして銃弾というのは、言葉で止められる物体ではないのだ。

ノイルの放ったジャイアントバズ

(バズーカからビームライフルに持ち替えたセイレムのお下がり)

の砲弾はミデアに直撃し、輸送機は空中で爆発を起こして四散した。

 

「何て事を……」

 

「えぇ?」

 

「いや、戦術的には輸送機ごとの爆破は正しい」

 

嘘を吐かないのは、松下の主義であった。

嘘ではないだけで、理屈をすり替えてごまかしている。

本音を言えば、オリジナルMS設計者仲間のフォイエンを新兵器ごと撃墜するなどと、

という風に騒いでいたであろう。

 

「インパラはっ?」

 

松下がカメラをズームさせる。

すると、ミデアが爆散した場所の真下に何やら銀色の機体が目に入った。

被弾寸前に脱出したのか、爆発にも耐えたのかは判らない。

インパラのマルファスはその機体と接触し、コックピットを開けて飛び移っている。

フォイエンは機体のハッチを開け、インパラに向かって声を張り上げた。

 

「壊すなよとは言わない! この機体ならそうそう死なんわ!」

 

「ナイスだフォイエン! マルファスはお前が退かせてくれ」

 

「俺を誰だと思っているんだ、世界一の整備士フォイエンだぞ。

 機体の特性ならお前よりも把握しているから、手負いでも逃げれる」

 

フォイエンは珍しく自信たっぷりな顔をした後、マルファスに乗り込んだ。

インパラは新型機のコックピットに入り、操作系統を確認する。

武器はマルファスと同型のオリジナル兵器で、

P90に似た形のG90サブマシンガンにZOビームガン。

他にはビームサーベルに、腕部にもビーム兵器が備えられていた。

『ラーザー・イーン砲』という名前の兵器は、インパラの希望によって装備された。

 

「凄い、五倍以上のエネルギーゲインがある……! とまではいかないが、

 通常のガンダムタイプやマルファスよりは遥かに上だ。

 型番は、《RXS-79ガンダムリッター》か。

 ガンダムシルバーの試作機という事なら、文句は言うまい。

 機体の色もちゃんと銀色である!」

 

ガンダムリッターは既にフォイエンによって火が入っていたので、すぐに動かす事が出来る。

インパラは機体を松下へ向けて跳躍させた。

そのパワーは予想以上のものであり、ガンダムリッターは松下のザクゾルダートを飛び超えて

モンテレイの工科大学へと突っ込んだ。

それでもリッターの装甲はほぼ無傷であり、インパラは強烈なGにも機体の性能にも驚愕した。

 

「人工筋肉だけで、なんて跳躍力だ。

 装甲材質は……Eカーボンって書いてあるのは本当か?

 フォイエンはソレスタルビーイングの第三世代に匹敵する物を作ったという訳か」

 

インパラはフォイエンの技術力に感嘆すると同時に、

果たして彼一人だけで本当にこの様な機体が作れるのかと疑問も感じた。

イドラ隊内の噂では、フォイエンはスポンサーを見つけたらしい。

技術屋仲間と色々やり取りしているのだろうなという理屈で、この時は納得した。

その推力を見た松下はフレンズとフォイエンの関係を知っているので、

ガンダムリッターの力が圧倒的なのはすぐに理解出来た。

 

「くそっ、インパラも地味にパイロットとして強いのに、こんなガンダムに乗るか」

 

インパラは機体を制御し直し、松下に吶喊する。

 

「最初の一太刀は、松下に捧げる!」

 

「そういう台詞は、ボーイッシュで眼鏡をかけた美少女になってから出直して来い!」

 

「相手の好みに合わせる男ではないのだ、私はァ!」

 

青い刀身のZOビームサーベルが、ザクゾルダートのヒートホークと鍔迫り合いを起こす。

しかしヒートホークは明らかにパワー負けしていた。

松下は戦い方を受け流しに変えるも、繰り出された回し蹴りに大きく後退する。

 

「力が……!」

 

仰向けに吹き飛ばされ、そのまま倒れそうになったのを何とかスラスターを横に噴かして逃げる。

横に倒れこみつつも、ショットガンをガンダムリッターに放った。

だがそこにガンダムリッターは居ない。

高性能機を見失うなど、死神を視界からロストする様なものである。

慌てて索敵すると、インパラが遠ざかっているのが見えた。

彼が向かっている方向は、モンテレイ補給基地だ。

 

「しまったっ! トイレッツ、あいつを追わないと基地がやばいでしょ!」

 

だが、トイレッツもそれどころではなかった。

ノイル達はフォイエンのマルファスとやり合っていた。

いくらオリジナルの人工筋肉といえど、気化爆弾で損傷した機体ならば

四人がかりでかかって負けないに決まっている。

多少腕が良いパイロット程度であれば圧倒出来ると、トイレッツ各員は思った。

 

甘かった、というのに気づくまでさほど時間は無かった。

連邦のジム隊は大部分が撃破されている。

もちろん後続は来るだろうが、前衛はトイレッツとNPCのザク隊やグフ隊でどうにか撃退した。

その残ったザクやグフ数機が、ものの一分も経たずに全て撃破させられた。

指揮を執っていたノイルからしてみれば、何が起こったのかまるで分からなかった。

 

「何だあのパイロット、インパラよりずっと強いぞ――!?」

 

当のフォイエンは、冷静にシャワートイレッツを見据えていた。

 

「初めましてになるな、シャワートイレッツ。

 こちらイドラ隊整備担当のフォイエン、いつもインパラが迷惑をかけている」

 

「あ、ああ。部隊長のルミだ。

 こちらこそ松下をよろしくしてくれてありがたく思っている」

 

「お互い面倒な相方を持つと苦労する……が、一応オリジナルガンダムの初陣は

 邪魔させられないというのは分かってほしい」

 

フォイエンは言い終えると、機体を走らせる。

挟み撃ちにするように、スミレとノイルが動いた。

 

「させるかっ!」

 

二人はショットガンと指バルカンで牽制する。

相手をジャンプさせられれば着地時の硬直を狙えると思った。

だがフォイエンのマルファスは姿勢を低くしてスラスターを使った。

狼が飛び掛かる様に下から襲われたスミレは、何とか回避しようとする。

フォイエンは高周波ブレードの一太刀目をあえてかわさせて、機体を回り込ませる。

それはストライクダガーを撃破したインパラそっくりの動きで、

スミレのイフリートは横っ腹を高周波ブレードで薙ぎ払われた。

 

「スミレ!」

 

ノイルがスミレに当たるのも構わず、指バルカンを放つ。

マルファスが手負いならば、大破を防ぐ為に離れると思ったからだ。

だがフォイエンは冷静にスミレ機を盾にすると、ノイルへ向けて蹴っ飛ばした。

スミレ機を受け止めるノイル。

フォイエンは側面からやってくるルミとセイレムを認識すると、

まずセイレムのドムに接近してビームライフルを斬り飛ばした。

人工筋肉とスラスターの併せは、異常な速度を叩き出している。

 

「い、嫌だ……」

 

セイレムはいつもの口調を保てなくなる。

彼女は高機動戦法にトラウマを植え付けられているし、これ以上ドムを壊したくない。

ヒートサーベルは抜くが、接近戦を仕掛けようとはせず

胸部の拡散ビーム砲で目くらましをして後退する。

まともにそれを受けたマルファスはメインカメラが一時的に焼きつく。

その隙を逃さず、ルミのズゴックは頭部ミサイルを放ってから突撃。

腕のアイアンネイルでマルファスの胴体を狙った。

 

そこでフォイエンは、ホワイトアウト状態にあるにもかかわらず動いた。

拡散ビームを受けた時の地形を覚えているつもりである。

軽く飛び退いた先は平坦な道路であり、建物に突っ込む事は無かった。

回復していないモニターのまま、

勘と音を頼りにビームガンの射撃でルミのズゴックを正確に撃ち抜く。

ルミが怯んだ隙に、フォイエンはインパラのもとへと機体を飛ばした。

四対一でボロボロにあしらわれたトイレッツは呆然とする。

 

「何者なんだ……あのフォイエンとかいうのは。

 ニュータイプなのか?」

 

「ルミ、ニュータイプはお前だろ。

 ジェネオンのニュータイプはサイコミュが使えるかどうかであって、

 パイロット能力とは関係無いんじゃないか?」

 

「だった……ら、オールドタイプであの技術って事……?」

 

「それ、ニュータイプのエースを自称しているパラやんの立場ないじゃん」

 

トイレッツの面々は翻弄から上手く立ち直れなかったが、

それでも松下とモンテレイ基地を放ってはおけなかったので、後を追った。

マルファスの具合を確認していたフォイエンは、

背後から続くシャワートイレッツにふむむと唸る。

 

「追ってくるか。インパラがお手手で握手してまで休戦したなら、

 撃破しない程度にして置いたが……」

 

まぁインパラと合流してから決めようと思った。

一方、モンテレイ基地に到着していたインパラは思わずバカみたいな顔になって口が開いた。

モンテレイ補給基地の防衛兵器はほとんどダミーのハリボテであり、

いくつかのザクタンクやマゼラベルファー迫撃砲、旧ザクが居るのみであった。

本隊は既に退却したのだと判る。

なるほど、死なない世界なら旧式兵器による殿軍も容易い。

 

「これが貴様がやった事の正体か、松下ぁ!」

 

インパラはハリボテの基地を蹂躙する。

ガンダムリッターにとって、この程度の敵は相手にならない。

マゼラベルファーの傍にあった弾薬箱を撃ち抜き、ザクタンク諸共吹き飛ばす。

旧ザクなどにも接近戦をするまでもなく、正確な射撃で片を付けた。

基地と前線の間で手旗信号をやっていた柏木伍長は、

自分の基地を襲っているのが新型ガンダムだと知るや否や攻撃をかける。

 

「例えガンダムでも、役割を果たさねばならないのが軍人以前の人としてなのです!」

 

「伍長、こいつを使え!」

 

柏木伍長の偵察型ザクに、生き残った戦車隊長のマゼラアタックが近寄る。

マゼラアタックが砲塔を分離させると、柏木はそれを受け取ってマゼラトップ砲とした。

柏木伍長はガンダムリッターに接近する。

マゼラトップ砲は遠距離攻撃に適した武器であるが、

ガンダムの装甲は至近距離でないと貫徹出来ないと解っていたからだ。

よもや、そのガンダムがEカーボンという別世界の技術を使っているとは知りえなかったが。

 

「戦友達(カメラーデン)を――」

 

「ただの偵察型ザクでなぁ! ガンダムリッターを倒せるわきゃねぇだろ――っ!」

 

放たれたマゼラトップ砲をかわしたインパラは、サブマシンガンを叩き込む。

弾丸はマゼラトップに命中し、爆散した。

誘爆から機体を立て直しながら、柏木伍長はくぅと歯を噛み締める。

 

「私は戦車隊長を粗末に扱ってしまった……!」

 

「死ねよさ、モブ兵――!」

 

左手に持っていたZOビームガンを、柏木伍長の偵察型ザクに向けたその時。

インパラのガンダムリッターは不意にビームによる攻撃を受けた。

単なるビームライフルではなく、もっと威力の高いものだ。

反射的に基地の残骸を盾にして索敵を行うと、空中に黒い編隊が見えた。

ジオンのドップやドダイではない。

 

「どこのだ!」

 

敵機を注視するインパラ。

一歩遅れて基地へ入った松下も、空中の機体を見やる。

その黒い機体群が可変MSだというのに、数秒遅れて気が付いた。

見間違えでなければあの機体はオーバーフラッグである。

そんなはずはない、と思った。

三大国家陣営は東アジアを本拠としており、現在は東南アジアやハワイを攻略中のはずだ。

なのに何故中米メキシコにオーバーフラッグが居るのか。

考えられるのは連邦かジオンプレイヤーが他陣営の機体を購入したという事だが、

そうではないというのは当のオーバーフラッグ隊が明らかにした。

 

「見つけたぞ、騎士の名を頂くガンダム!

 純粋な想いを受け取って貰う為、ユニオンまで私は舞い戻って来た!」

 

「騎士の呼び名がリッターなら、ガンダムリッターの情報が洩れているだと!

 グラハム・エーカーが何故リッターの事を存じている!」

 

「子持ちのガンダムから聞いた通りに、最強を自称するガンダムとの勝負を望んでいる!」

 

「ししゃもか何かか!? ええい、オグレスは何て事をする」

 

「ガンダムの少年以外に浮気をするつもりはないが、私の愛、受け取れっ――!」

 

グラハムの咆哮と共に、先頭の機体からビームキャノンが発射される。

インパラは紙一重でそれを回避した。

装甲の表面がビームに炙られ、目に見えない細かな穴を無数に作り出す。

サブマシンガンで迎撃しつつ、インパラはグラハムの機体がフラッグでないと分かった。

フラッグに高出力ビーム兵器は搭載されていない。

 

「あの機体は――!」

 

グラハム機は空中でゆっくりと変形し、人型となる。

フラッグの様に細身でなく、宇宙世紀の造形。

それでいて、顔や胴体はどことなく戦闘機、可変機の構造をうかがわせる。

目は二つ目ではなかったものの、インパラはそれがガンダムタイプの一種である事に気づく。

まさか、と目を見開いた。

 

「人呼んで、グラハム・ガンダム・阿修羅・スペシャル!」

 

《RX‐78EガンダムGT‐FOUR》に乗るグラハムは、

可変型ガンダムを変形させつつ得意の空中変形機動、グラハム・スペシャルを行う。

本来グラハム・スペシャルは空中変形時の失速を利用する機動であるが、

ガンダムGTとフラッグの変形機構はもちろん大きな違いがある。

しかしグラハムはGTの特性を既に飲み込んでいる様子で、

飛行形態での運動性の低さや変形に時間がかかる点を承知して操縦していた。

なお、本来二人乗りのGTであるが、オグレスとフォイエンの手により単座式に改造されている。

 

「くっ……GTなんて可変機の骨董品に……!」

 

インパラはビームを撃つが、

MS形態にブースターを展開するフライヤーモードとなったガンダムGTは

空中から降下しつつビームを避けて見せた。

GT‐FOURは連邦軍可変機体の元祖であり、

運動性能は後のアッシマーやギャプランよりも遥かに劣る。

そんな機体で抵抗しているのが、グラハムの力量を表しているとインパラは理解する。

当のグラハムは内心、フラッグの方が性能が良いのではないか、

と思いつつもガンダムタイプに乗った事でテンションが上がっていた。

 

「そうそう当たらんよ。これこそ私のガンダム。ガンダムが私の翼だ!」

 

「ミスターブシド―、それはガンダムに分類して良い物なんだろうか?」

 

「RXが形式番号であるのは承知しているし、私の基準ではガンダムだ。

 そして私はブシド―を超越する事を望んでいる。

 はっきり言えば、あまり掘り返さないで欲しいッ!」

 

「ブレイヴに乗った後に一年戦争時の機体に乗れる感覚が凄い……」

 

この二人、もちろん初対面である。

にもかかわらず、この様なジョークとも本音とも取れる会話が出来ている。

グラハムは色々と変な方向に吹っ切れたし、

インパラもグラハムが変わり者だというのは知っている。

だから二人は単純にガンダムファイトを楽しむ事が出来ていた。

それを見ていたオーバーフラッグスは、困惑するしかなかったが。

 

グラハム達とインパラが戦い始めたので命拾いした柏木伍長は、

松下と一緒に少しばかり後退している。

避難した、と言った方が良いかもしれない。

そこにフォイエンのマルファスが追いついてインパラの援護をし始めると、

事態はいよいよ混沌に向かいつつあった。

シャワートイレッツが合流し、ルミが絶望を形にする様な情けない声を出す。

 

「一体何がどうされたんだ……十文字以内で説明してくれ、松下」

 

「グラハム・エーカーだ」

 

「よぉく理解出来る。

 つまり、インパラを叩くのは今しかないというわけだな」

 

「ふざけるな! グラハムとインパラのガンダムが戦ってるんだぞ!

 しかもハムもガンダムに乗っているときたもんだ。

 こりゃあ最後まで干渉せずに見届けるしかないだろう」

 

「松下、君の好みは初めて知ったぞ」

 

「上司にしたいタイプナンバーワンは、グラハムだと思ってる」

 

「はぁ。じゃあ、私達は反撃だけして退却するぞ」

 

そう言う間にも、インパラ達は撃ち合い斬り合いを続けていた。

インパラとグラハムは一騎討ち状態にあり、必然的にオーバーフラッグスは

フォイエンのマルファスが受け持つ事となっている。

グラハムのカスタムフラッグを除いても14機あるオーバーフラッグを相手に出来るわけもなく、

リニアライフルを受けてズタボロになっていった。

 

「まずいっ、トイレッツの皆は手を貸せ!」

 

「何だと? 松下、君はマルファスをどうする気だ」

 

「ああいうオリジナル機体が無くなるのは、ジェネオン世界の損失だろう」

 

マルファスが撃破されてしまうと感じた松下は、グラハムの邪魔はしなくとも

フォイエンの援護はしなければならないと思い、ザクゾルダートを跳躍させた。

さすがにルミ達に対する言い訳が苦しい事は自覚していたが、

それでもマルファスという裏取引に利用した機体は落とさせる訳にはいかない。

フォイエンとの義理もある。

 

この時松下がやってしまった最大のミスは、跳躍にスラスターを使わなかった事だ。

そう、今回の出撃でザクゾルダートには人工筋肉が装備されていた。

マルファスやガンダムアライブに使われていたのと同じ物で、

フォイエンとの裏取引にて入手した技術であった。

シャワートイレッツの皆にも隠していた事だが、咄嗟に使ってしまった。

オーバーフラッグの一機を牽制して退かせる事が出来たが、代償はこの戦場の雰囲気であった。

 

「ま、松下ぁ! 貴様、何故ザクが筋肉を持っているのだ!?」

 

当然ながらインパラは気づいた。

グラハムと競り合いながらも、驚愕と悲鳴に近い声を挙げる。

どうしたもんかなと、松下は悩んだ。

一方のフォイエンは物凄く焦った様子で、インパラに言い訳を始める。

 

「ま、まさか俺達と同じ技術を持つ奴が居るとは……

 さすがに人工筋肉が独占技術というわけにはいかないか……!」

 

「苦しいぞフォイエン! 松下ぁ、本当の事を話せ!」

 

「いや、実はフォイエンさんとはフレンド登録をした仲で……」

 

フレンズという団体の支援を受けて色々やっているのです、とまでは言わなかった。

だがインパラにとって、

松下とフォイエンが友達であるという言葉は心臓をビームサーベルで抉る行為に等しかった。

インパラは涙をボロボロと流しながら、本気で泣く。

泣きながら、子供の様に喚いた。

 

「ひ、酷いぞフォイエン! 俺と松下とどっちが大事なんだ!」

 

その台詞はこの場の誰にとっても予想外であり、

全員が数秒ほど黙り込んだ後にそれぞれ好き勝手に騒ぎだした。

 

「ま、まてっ、インパラ! 俺はお前の事を一番の相棒だと思っている!」

 

「だったら何で余所の男とフレンドなのだよ!」

 

「フォイエンさん、一応俺としてもフォイエンさんと組んだからには

 インパラの野郎が何言っても俺達はフレンドなわけで……」

 

「松下、君は私のトイレッツを抜けただけでなくそんな事まで――」

 

「待て待て待て! 松下お前、ジオニストになったって言ったのに何だそれは!

 というか、俺に無断で抜けといて連邦とつるむってどういう事だよ!」

 

「すこ……し、落ち着こうノイル」

 

「まっつー、割とあたしは保守的な女だから、

 こういうのでトイレッツの関係壊すのは怒るわよ?」

 

「何と……騎士の名を持ったガンダムを作りし者がその搭乗者を裏切るなどと、

 見損なったぞフォイエンとやら!」

 

気づけば誰もが戦闘を止めて、ひたすら自分の言いたい事を叫び続けていた。

傍から見ていた柏木伍長は、無表情を保ちながら「こいつら面白ぇな」と傍観していた。

隣を見るとオーバーフラッグスのハワード・メイスン機と目が合い、会釈をする。

多分同じ事を考えているだろうなと思い、柏木は機体を接触させてお肌の触れ合い回線を繋いだ。

 

「大変ですよね」

 

「ああ。うちの隊長はあんな感じの人じゃなかったはずなんだが……」

 

「こんな世界に生まれ変わってしまえば、こうもなります」

 

「戦争が好きなわけではないが、もう少し真面目にならんかと思っている。

 ……ユニオン、オーバーフラッグスのハワード・メイスン准尉です」

 

「現在はモンテレイ補給基地所属、ジオン公国の柏木一雄伍長です。

 次はキャリフォルニアに異動ですかね」

 

「ハワード、隊長はどうお止めすればいいんだ……!?」

 

「ダリル、俺より長生きしたお前が分からなければ俺にも分からん」

 

「フォイしたああああッ!」

 

柏木とオーバーフラッグスが喋っている間にも、

会話が纏まらない事に脳を爆発させたインパラが奇声を上げる。

相変わらず涙は流れっぱなしで、相当ショックであるのが誰にでも理解出来た。

インパラはガンダムリッターを跳躍させ、司教の丘基地の建物に乗っかる。

それはトイレッツが出撃前に会議をしていた建物の上であった。

 

「もう、もう皆死んじゃえばいいのよ! 喰らえぇい、必殺究極の――」

 

「またぞ……ろ、キック技?」

 

「違うぞセイレムちゃん! 貴様ら纏めて薙ぎ払う、この高出力ビームを!

 必殺っ、ラーザー・イーン砲!」

 

高出力ビームと聞いて、その場の全員が身構えた。

グラハム以下フラッグ隊はガンダムヴァーチェを知っているから、それを想像する。

トイレッツもガンダムリッターが尋常でないと分かり、

高出力ビームの一つや二つあっても不思議ではないと判断した。

咄嗟に飛び退いた者も何人か居たが、大半は回避が遅れる。

そしてガンダムリッターの左掌が強烈な光を発した。

 

「退避っ!」

 

「遅いぞルミさん!」

 

ルミが慌てて叫ぶが、インパラは勝ち誇った笑みを満開の華の様に開かせた。

発光はその場に居た誰もが目にする。

避けられなかった、とプロ軍人であるオーバーフラッグスは自機のダメージチェックを行ったし、

プレイヤーのトイレッツは自分が撃破されてマイルームに転移させられたと感じた。

その中で、フォイエンだけが口を引き締めて微動だにしないでいた。

 

光をまともに浴びた機体は、モニターがホワイトアウトを起こした。

その誰もが撃破されたと思ったのだが、それは違う。

しばらくするとモニターは回復し、元に戻った。

困惑しつつ辺りを見回すと、全員が呆然とインパラを見上げている。

当のインパラも十秒ほど沈黙した後、まるで日常会話をする様に自然な声を出した。

 

「あれっ。何だ。これ」

 

「あー、インパラ、非常に言いにくいんだが」

 

「想像がつくので先に殴っていいかフォイエン」

 

「リッターはガンダムシルバーの試作機であって、武装は完全じゃない」

 

「やっぱり殴るぞフォイエン! 私が本物のバカみたいではないか貴様!」

 

「バカは実際だ!

 手にハイメガやサテライト以上のビームを積めっていうのがバカなんだバーカ!」

 

「せめてビームマグナムくらいは積んでいると思うだろうに!」

 

「掌だぞ、ドムの拡散ビームが関の山に決まってるだろう。

 何度も言っている様に、今は一年戦争なんだよ」

 

フォイエンとインパラが言い合っている中、グラハムはふむと唸る。

 

「あの銀騎士ガンダムは、未完成という事か。

 ならばここで撃破するのは無粋だな。

 オーバーフラッグス各機、ハワイに戻るぞ」

 

「グラハム隊長、我々が何の為にわざわざ戦線を突破してきたと……」

 

「ハワード、完成したガンダムを打ち倒すという事は、

 三大国家陣営の威力を表明出来るともとれる。

 私とて国家や陣営、ひいてはジェネオン世界の人類の事をまったく考えないわけではない。

 ただ私の趣味がガンダムなだけだ」

 

「最後の一言で台無しにしましたね隊長」

 

「威力偵察は完了した。

 オーバーフラッグスはこれより帰投する」

 

そういうや否や、グラハム以下フラッグ隊は西の彼方へ飛び去って行った。

後に残されたインパラとフォイエンはしばらく言い合っていたが、

インパラは今ぎゃあぎゃあと喚いてもしょうがない事に気づく。

最もそれまでにだいぶ時間がかかっていたし、

自制出来た事を自分自身で「私も人が出来ている男だからな」と自画自賛するありさまであったが。

 

さてそろそろトイレッツと対決しようかとインパラが辺りを見回すと、

そこには瓦礫の山となったモンテレイ基地が残るのみで、

シャワートイレッツの面々は既に跡形も無く消え去っていた。

どこへ行ったと騒ぐインパラをよそに、フォイエンはメールを受け取っている。

 

「松下さんからメールだ。

 決着は宇宙で、最終決戦のバトルフィールドでお願いすると言ってる」

 

「逃げやがったのか松下ぁ! ああもう、男らしく正面から戦えんのかあいつは。

 チャチャっと新型機を用意して早く白熱戦をしたいのに!」

 

「あの人、パイロット技術はそこまで高くないからな。

 ガンダムリッターに乗ったインパラ相手に

 グフ並みの改造ザクじゃ無理なのを理解してるんだろう」

 

「褒めてるつもりだろうが、松下を知ったような口を利くのは嫉妬するぞフォイエン!」

 

「それはちょっと前までの俺の台詞だよ……」

 

「む、嬉しいぞフォイエン」

 

「正面から素直に受け取るんじゃない! そこは聞こえなかったふりをしてくれ!」

 

小声で言ったのを素直に反応されて、フォイエンは赤面した。

彼はインパラがいつも松下をライバルとして追いかけるのに嫉妬している、と言ったつもりだ。

だがそれは出来れば聞こえないふりをしてほしかった。

「何か言ったか?」と返されつつ、実際インパラはしっかりと聞こえている。

そういう難聴系なのを求めていたのだが、

インパラがここまでストレート過ぎる性格だというのを予想出来ていなかった。

だからまるで、フォイエンが正面から堂々とインパラを褒めた形になってしまう。

 

「なるほど、そういう事か。ほーう、ほぉーぅ」

 

「……怒るぞ」

 

「バッチ来いだ。人の本音を知るには、相手を怒らせるのが最も一番だからな」

 

「他人を怒らせているのはわざとだったのか」

 

「そういうわけではない。

 自分の喋り方が他人を怒らせるというのを自覚したから、それに利用出来ると思ったまでだ」

 

そうやって二人がじゃれ合っている内に、連邦軍が進出してくる。

モンテレイ基地を制圧し、十字勲章のノイルが後退したならば

ここから先の抵抗は薄くなっているはずだ。

一度マイ格納庫に帰って修理し、メキシコの完全占領を目指すべきであろう。

 

「さぁ、銀色のガンダムリッターは大地に立った。

 ジオン側は何を用意してるか、楽しみにするぞ松下ー」

 

インパラはシャワートイレッツが退いていった北側を見ながら、虚空に呟く。

自分が本物のニュータイプなら、それが聞こえているだろうと思った。

彼にとっては松下もニュータイプであったからだ。

それが超能力者という意味でか、分かり合える人類という意味でか。

あえてフォイエンは問わなかった。

きっと、少なくとも、後者は確実に含まれているからだ。

 

――翌日、連邦軍はメキシコ北部にまで進出。

小規模な抵抗はまだ収まらなかったが、メキシコのほぼ全てが連邦軍の占領下となった。

ジオン軍はアメリカまで後退し、戦線を縮小。

流れは自分達に渡ったと知った連邦軍は、

キャリフォルニア及びニューヤーク攻略の準備を進めるのだった。

 

 

 




~後書き~

実はエタってなかった当作品、数年ぶりに更新。
全話完成後一気に投稿する予定でしたが、諸事情により更新致しました。
詳しくは先日の活動報告をご覧ください。

2月25日誤字修正

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