ガンダムGジェネレーションオンライン   作:朝比奈たいら

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第七章『メキシコ撤退戦』(2)

地球連邦領、オデッサ基地。

ここを奪還した連邦軍は、戦闘により破損した設備の補修を行なっていた。

両肩のキャノンをクレーンへと換えたガンタンク、《ベルゲガンタンク》や

3メートル級の《プチ・モビルスーツ》。

その他旧式のMSを始めとした修理工作部隊が駐屯し、

連合や三大国家陣営の侵攻に備えて基地の修繕に当たっている。

 

そもそも、ジェネオン世界の建造物の扱いは不安定なものであった。

正式サービス開始前、まだNPCに自我が無い時は、

破壊された建物は時間が経つと元通りに復活していた。

しかし人工知能が導入され、NPC達が戦略、戦術的戦法を取るようになると、

要塞や基地などの建造物はNPC達が自分の手で作り、壊す物になった。

 

ちなみに、ジェネオン世界には原作に出ていたネームドでない限り、

民間人などの軍人でない人間は存在しない。

さすがに運営も数十億の人工知能を用意する事は出来なかった様だ。

だから小麦畑を耕さなくてもパンは無限に現れるし、

鉄鉱石を掘り出さなくても資源がある地域を占領していれば素材やMSの部品は集まる。

 

そうして連邦軍はオデッサの要塞化を進めていた。

トーチカを作り、塹壕を作り、

ジェネオン世界の地球上で最も資源を産出できる地域を二度と失うまいとする。

その工兵隊の中には、イドラ隊の姿もあった。

 

「――ええ、だから、ここら辺一帯を全部改造するんです!

 真っ平らな荒地に塹壕を作って、MS用の機関銃座を作って。

 とりあえず簡易的な陣地を作ったら、川から水を引いて水源を確保。

 それから植林をして、荒地を復興させて。

 同時にダブデ級の砲を載せた要塞を作って、周りは機銃座で固めます。

 ……ええ、出来る出来ないの話じゃないです!

 この世界ではコロニー落としの異常気象なんて無いんですから、

 こういう何も無い場所を直さないとだめでしょ!」

 

イドラ隊ステルラ2のサクラは、父親が工事現場の人間らしい。

それの趣味が高じてジェネオンではドリルを装備したMS、アッグを使用していた。

彼女がこの世界は架空の世界であるが現実と似たようなものであると知り、

そして自分の親の仕事を継ぐ練習に相応しいと理解したのは最近の事である。

サクラは連邦軍オデッサ基地補修の手伝いを進み出て、

小規模な基地を一つ二つ作ってからは工兵中隊一つを指揮する身となっていた。

 

先程連邦軍オデッサ基地司令部からかかって来た無線に、サクラは怒鳴り返す。

どうやら、普段は引っ込み思案な彼女でも仕事中はきびきびとするらしい。

人足と物資の要請を無線機を殴りつけん勢いで叫ぶと、返事も聞かずにそれを切った。

テントを出て、工事用のヘルメットを被り自分の機体に乗り込む。

ノーマルスーツは暑いし、軍用のヘルメットだけをつけるのもかっこ悪いので、

わざわざ安全第一と書かれた黄色いメットを調達していた。

 

「西側の対MS塹壕が遅い。

 連合だって何時攻めて来るか分かんないよ!

 銃座はフレンズ製のMS用重機関銃の他、60ミリの対空バルカンを設置する。

 対バクゥ用の地雷も先にやっとけって言ったでしょ!

 450ミリが来れば、簡易陣地なんて吹っ飛ばされるんだから!」

 

サクラは部下達に発破をかけると、自らの機体を使って塹壕を掘る。

今回彼女が使う機体はアッグではない。

フォイエンが製作したオリジナルMS、《RGM‐79DRジム・ドリラー》である。

本来はサクラの趣味を反映し、

左腕部の着脱式ドリルやパイルバンカーを装備した近接戦用機となるはずだった。

だが、これが作業用に使えると判断した二人はMSサイズの工具を作り、

作業タイプに換装可能な機体とする。

そして今、ジム・ドリラーはむしろそちらを本業に働いていた。

プレイヤーの機体は関節の負荷や推進剤の消耗も

マイ格納庫に戻れば自動で回復されるので、NPCの機体よりも効率が良い。

 

「サクラ、機関銃お待たせ」

 

サクラの親友であるソール3のコリーンが、ガンキャノンの肩に火器を担いでやって来る。

《RX‐77‐3ガンキャノン重装型》は装甲も重量もあるので、

荷物の持ち運びには役立っていた。

ただ、連邦兵からは高性能機を作業用に使う事に対しあまり良い印象を持たれていない。

とはいえイドラ隊は経験値にもならない作業を進んで手伝ってくれているので、

戦闘のみを目的とするプレイヤーよりはマシに見られている。

 

「あっ、コリーンちゃん。

 MS用の重機関銃は西側の三の丸に。

 それが終わったら、外壁建ててるマルニド伍長に建材を渡しておいて。

 私は塹壕を掘り終わったら櫓の指揮に回るから、

 アルティメネール中尉にはオデッサ司令部に直接かちこみに行ってと伝えてね」

 

「サクラ、お前のそれは絶対現実でやった方がいい」

 

三の丸とか櫓とか、彼女はいったい何を作っているのだろう。

その才能があるなら現実で働いた方がよっぽど世の中の為である。

しかしこの後、彼女が作った要塞が地球連邦軍から派生したエリート組織

ティターンズの管轄下に入り、

エゥーゴ及びカラバに対する一大拠点となる事は今のコリーンには予想出来なかったのだった。

 

その後、こき使われ続けたコリーンと、設計図をモニターに表示させて

うんうん唸っているサクラはイドラ隊の部隊ルームに帰還した。

作業向けのジム・ドリラーはともかく、

ガンキャノン重装型は本来の意図と違う運用をした為関節を痛めている。

コリーンは格納庫に機体を入れると、

ガンキャノンの右腕を交換させる指示を出してから部屋に戻った。

 

「お帰り。帰って来て早々なんだけど、いいかげんレベル上げもしときなさいよ。

 近々キャリフォルニアベース攻略があるって言うし。

 オデッサが攻められる確証があるんだったら話は別だけどさ」

 

「あ、うん、ごめん……」

 

「いや、謝りまでされる事じゃないわよ。

 あんたがそうやると、私が悪者に見えるから嫌だわ。

 もちろん責めてるわけじゃないって分かるでしょ」

 

ステルラリーダーのシャイネはそう言って目を細めた。

サクラは戦闘中だったり趣味の工事をやってないといつもこうである。

何よりも、部隊ルームの窓から格納庫の機体を眺めているコリーンが

聞いてないふりをしつつ背中に感情が表れているのが怖い。

正確には、サクラの親友である彼女に嫉妬感があるのだと自覚している。

もちろんそれを表に出す事はしなかったが。

 

その威圧的な背中で親友を守っているコリーンを横目で見やる。

すると、視界の端に彼女の乗機であるガンキャノン重装型が見えた。

その右腕には、明らかにズゴックのものと思われるアイアンネイルがついている。

作業用として使っただけではなく、爪による格闘戦をさせられるのだろうか。

ガンキャノンを開発した技術者はこの様な使われ様を予想しなかっただろう。

シャイネは両手を広げて見せる。

 

「まるでガンプラね」

 

「ん? ああ、そうだよ。

 ボクもガンプラ部なわけだし、切ったり貼ったりは好きさ。

 トゥルーオデッセイでもキャノンにズゴッククローはあったし、

 こういう突飛な改造が楽しめるのも醍醐味でしょ」

 

ガンプラとは、ガンダムのプラモデルの事である。

彼女は現実の学校において主にガンプラを製作する部活、

コリーンガンプラ同好会などというものを立ち上げている。

メンバーの一人は紫色のジムカスタムを作って雑誌に取り上げられたほどだ。

実際のプラモ作りは面倒だが、ジェネオンでは比較的簡単にパーツの取り替えが出来る為、

様々な機体のパーツを組み合わせて楽しんでいた。

ただし、フォイエンの様にまともに使える改造機とはならなかったが。

 

「部室に篭ってガンプラを作ってるよりも、

 こうやって身体を動かして戦う方が健康的だと思うよ。

 まぁ、現実の身体を動かしているわけじゃないんだけれど」

 

「改造と言えば、フォイエンはどうなってるのかしら。

 インパラのガンダムシルバーとやらにかかりっきりなのよね。

 そろそろ私のザクも改造して欲しいんだけど」

 

「ちょっと前に、リュン君も催促に行ったらしいよ。

 そろそろ試作機が完成するとは言ってたみたいだけど」

 

コリーンとシャイネが話していると、部隊ルームに仲間達が続々と集まってくる。

カナルなどは新しい機体を試していた様であるし、

クリフ達ルーナチームはつい先程までアニメの鑑賞会を行なっていたらしい。

イドラ隊全員がジェネオンにログインし集合すると、

ルーナリーダーのリュイが今後の方針を提案した。

 

「ちょっといいかしら。

 連邦は現在ジオンとの戦いを優勢に進めているわけだけれど、

 イドラ隊がその中でどういう立ち位置に陣取るかを決めておいた方が良いと思うの。

 もちろん単純に行き当たりばったりで戦っても構わないけど、

 人工知能が実装されてからはチーム対チームの戦術戦になってるでしょ?

 そうなると、私達イドラ隊も他の部隊と連携した方が良いって訳で」

 

「それは、連邦軍の傘下に入るという事?」

 

「いいえ。クリフの言う通りにするのも一つの手段だけど、

 私達はこの世界の住人ではないから。

 NPCの下についても効果的に動けるとは思えないわ。

 それに、ジオンへの憎しみで戦う人達には付いて行きたくないでしょう?

 イドラ隊は身内の部隊なのだから、それでいいと思う。

 私が言いたいのは、部隊としてある程度の戦略を決めたいって事」

 

「戦術ではなく、戦略、なぁ」

 

アートルム2のガーナが唸る。

戦術と戦略という言葉は、似ているようで大きく意味を違える。

例えば、先の戦いで連邦軍の上層部がオデッサ攻略を考えた事。

これは戦略に分類される。

そのオデッサ攻略に参加し、勝つ為に戦法を駆使した兵士達。

こちらは戦術として扱われるのだ。

 

そもそも、ジェネオンのプレイヤーが戦略を考える事は無い。

NPC部隊への補給や長期的な資源配分をどうするかだとか、

ハワイを持っていれば極東アジアから北米までの移動が楽になるとか、

VRMMO上の領土を占領する事で各国家は何が得られるのかなど。

そんなスケールの大きい事柄を一プレイヤーはわざわざ考えたりしない。

どう戦法を駆使すれば目の前のMSを撃墜出来るのか。

その程度の戦術的発想がせいぜいであった。

 

リュイが言ったのは、部隊を運営する上での戦略である。

これは一口に戦略と言っても、かなり小規模なものだ。

MS一個中隊レベルの部隊をどう動かすか。

この問題は連邦を勝利に導くほど重要なものではない。

しかし、イドラ隊という部隊自身にとっては立派な戦略と言えた。

 

「自分は小隊レベルの戦術家だから何とも言えんが、

 既にNPCとの連携はリュイが取り始めてるんだろ?」

 

「ええ、そうね。先日のオデッサではマチルダ・アジャン中尉とやり取りしたし、

 その縁でこの前ウッディ・マルデン大尉とも会ったわ。

 フォイエンさんもどこかとコネを作って資金を回してもらってるらしいし、

 そうやって皆で協力出来れば今後が楽になると思う。

 というより、それが出来なければ今後が辛くなると言った方が正しいかしら。

 どう? リーダー」

 

そう言って、リュイはソールリーダーであり部隊長のカナルを見やる。

カナルは難しそうに思案顔をした後、

まるで艦長が砲撃命令を出すかの如く手を大きく前に出す。

 

「私にはよく分かんないので、リュイさんに任せます!」

 

「それ、かっこつけて言う台詞じゃないよね」

 

「第一、私はライバルのノイル君と戦えればよいのです」

 

コリーンのツッコミを聞かなかった事にし、カナルは言う。

彼女は部隊長ではあるが、ただ自己顕示欲が強いだけであった。

ガンダム世界に対する知識は誰よりも少ないし、戦術家や戦略家でもない。

それは自分でも自覚しているから、

偉そうに振舞って後でボロが出ないようリュイに投げっ放したのだ。

一見無責任に見えるが、一応適材適所は守っている。

 

「……じゃあ、とりあえず隊長の希望通り、

 イドラ隊は対ジオンへの戦線に向かう事にするわ。

 恐らく、次の目標はキャリフォルニアベース。

 ジャブローから中米を通って攻める部隊に付いて行くべきね。

 ハワイは三大国家陣営にも戦力を割かなくちゃならないから、

 本隊はジャブローからの部隊になると思うわ」

 

「中米……メキシコ……トイレッツとの因縁の土地ですね!」

 

フラムが好戦的な表情で言う。

ソールチームにとってはそうであろう。

初めてイドラ隊がトイレッツと会い、敗北を喫した場所だ。

前回、トイレッツとは停戦をしている。

だがあれはただの口約束だ。

再び目の前に現れれば、わざわざそれを避けて戦おうとするほど

イドラ隊はこのゲームの主旨を理解していないわけではない。

トイレッツも解っているであろう、停戦はあの時だけの話なのだ。

 

「次こそはやってやるのです、我が永遠のライバル!」

 

カナルの一言で、イドラ隊の次の目標は決まった。

イドラ隊にとって、既にシャワートイレッツはそこらの有象無象ではない。

カナルだけではなく、イドラ隊にとって重要な好敵手としての位置を確立していた。

イドラ隊の面々はそれぞれの反応を見せると、

全員が南米はジャブローへと移動を開始したのである。

 

 

 

「――フォイエン、居るのだろ」

 

インパラはその日、フォイエンのマイルームにやって来ていた。

ガンダムシルバーの開発に目処が付いたというから数日ほど待っていたのだが、

それからずっと音沙汰が無い。

今までずっとコストや技術面で不可能だと言っていた彼が、

唐突に本腰を入れて開発に乗り出したのだ。

手のひらの返し様にある種の不安さえ感じる。

インパラとて、フォイエンがゲーム内とはいえ破産を迎えるのを求めているわけではない。

無理をしているようなら、少しブレーキをかけるべきだと思った。

インパラとしては、フォイエンとは太く長い付き合いをしていきたいと考えている。

 

フォイエンの部屋は電気が点いていなかった。

暗闇の中、手探りでスイッチを探す。

明かりをつけた瞬間、インパラは声にならない悲鳴を上げかける。

死体と見間違わんばかりに、フォイエンが机に突っ伏していたからだ。

辺りには工具箱や、彼が描いたであろう紙の設計図が散乱している。

酸素欠乏症になったテム・レイより酷い様子のフォイエンは、

インパラに気付くとゆっくり顔を上げた。

 

「……あー」

 

「あー、ではないフォイエン。

 一体これはどうした事だ。

 ちゃんと現実の睡眠は取っているのだろうな」

 

「取ってる様に見えないからそう言うって事だろ。

 何にせよ、今日は帰ってくれ。

 もう少しで暫定版の試作機が出来るが、完成まで見られたくない。

 お前のガンダムシルバーには命懸けてるからな」

 

「いや、死なない程度に死ぬほど頑張って欲しいのはあるが、

 それをこうやって見せ付けられるとかなり心が痛む。

 建造スピードをもう少し落としてくれると私がありがたいのだ」

 

「安心しろ、死にはしない。

 ちょっと他の機体も並行して作ってみたんだ。

 お前ばかり優遇してるから、イドラやエールステップの奴らからの催促があってな。

 さすがに十機近い機体を同時にかかるのは無理があったとは自覚してる」

 

「お前は何だ、ジェネオン界のアストナージでも目指してるのか!?」

 

「むしろ、それを超えるつもりでいる。

 整備士としてではなく、モビルスーツの開発者としてな。

 さぁ、解ったら出てった出てった」

 

そう言われて、インパラは心配しつつもフォイエンの部屋を後にする。

自分のマイルームに帰り、格納庫に向かった。

マルファスに乗り込み、コックピット内の計器をこつんと叩く。

 

「お前との付き合いも言うほど長くは無かったが、

 そろそろお役御免の時が近づいて来た様だ」

 

独り言と理解した上で、インパラはマルファスに話しかける。

ガンダムシルバーではないが、自分とフォイエンが作った愛と友情の結晶だ。

他の機体に比べれば断然愛着はあった。

もしガンダムシルバーが完成すれば、マルファスはどうなるのだろうか。

イドラ隊の誰かに使ってもらえれば本望なのだが。

 

マルファスをハンガーから外しつつ、インパラはパイロット待機室を見やる。

以前はあそこにも人が居た。

インパラの部隊に所属していた、ザニーのパイロット二名だ。

当時は分からなかったが、

今にして見れば自分の態度は酷く不遜に見えたのだろうと自覚出来る。

フォイエンやイドラ隊と出会ってからもそれは変わっていないが、

自分自身には些細な変化があった事も分かる気がする。

 

フォイエンという親友に会って、友人という者を持つ人の気持ちが分かった。

ずっと傍で支えてくれ、話し合う事が出来る友人の存在が無ければ、

インパラは孤独にひたすらレベル上げをするだけのプレイヤーになっていただろう。

イドラ隊の面々もそうだ。

彼女達のおかげで、ジェネオン生活にも色と華が出た。

柔軟な発想を持つ子供と真面目な議論を交わすのも楽しい。

特に、マキの思考はインパラですら斜め上に飛んで感じる。

そういった者達が居るから、自分はジェネオンをやっているのだと。

 

メニューウィンドウを開き、部隊の欄を開く。

部隊名、『ズィルバーリッター』。

隊員一名、隊長は†白銀のインパラ†。

いつか、いつかこの部隊を再建して見せよう。

インパラはイドラ隊の仲間にしても、そう決意する事が出来た。

そうやって、彼はまた一つ成長してゆくのだった。

 

 

 

シャワートイレッツ隊のノイル大尉は、

メキシコ中部に向かうファットアンクルの機内で気の抜けた顔をしていた。

そろそろ輸送用艦船の一つでも買いたいところであるが、

ファットアンクル輸送機にしてもガウ攻撃空母にしてもレンタルの方が安上がりだ。

三機のMSが積める輸送機一機を購入するよりも、二機をレンタルした方が良い。

戦艦クルーのプレイヤーが居ない事も考えると、

自分達用の艦船は必要無いのではないかと思えた。

 

ノイルはこれから前線に向かうはずなのだが、どうにも気合が入らない。

それもこれも、松下太白星という唯一の男友達が居なくなってしまったからだ。

彼はトイレッツを抜けてからもちょくちょく顔を出しているものの、

立ち上げた部隊、『ツヴァイト・ジャモカ』の運営に忙しいのだろう。

一緒に出撃する機会はだいぶ減っていた。

 

「ノイ……ル、ホゲ顔」

 

「ホゲ顔とか言うない。

 っていうか名前まで区切るのかお前は。

 アンバットの戦いでもう、その喋り方が演技だってバレてんだぞ」

 

セイレムが口を栗の様な形にする。

目もこれ以上無いくらいにじっとりとしたものだ。

その後、口を閉じてむぐむぐと言いよどむ素振りを見せる。

ケオルグに喧嘩を売った時と同じ様子だ。

ノイルは最近になって、セイレムが単なる無口無表情な少女ではないと気がついた。

 

「あれ……は、リックドムが嬉しくて生の感情が丸出しになっただけ。

 割と私は現実でもこういう喋り方をする」

 

「感情を処理できん人類はゴミだと教えたはずだがな」

 

「後……の、ゴミの言い分は納得出来ない」

 

「だからこそ説得力があるんだろ」

 

原作の台詞を交え、冗談めいた会話をするノイルとセイレム。

二人を見て、ルミとスミレはニタついた笑みを浮かべてしまう。

ノイルは気づいていないだろうが、彼はセイレムと話す機会が増えている。

時間が経ち、交流を徐々に深めるにつれてトイレッツ隊員同士の距離は縮まっているのだ。

ついでに言えば松下が脱退した今、ノイルは客観的に見てハーレム状態にある。

 

「セイレムの奴は、ノイルの事が好きなのだろうかな?」

 

「大人の意見としては、そこそこの友情はあると思うけどね。

 恋愛感情は分からないよ。

 セイレムもまだ若いわけだし、ネット上の男付き合いを理解してるって保証は無いね」

 

笑みを浮かべながらプライベート通信を送るルミに、スミレが返す。

スミレが言った事も本当であるが、第一セイレムがノイルに恋愛感情を持つのは茨の道だ。

セイレムとスミレは、

ノイルがルミに対して男女という意味での好意を持っているのに気付いている。

年長者のスミレは、ノイルのそれが若さ故の感情だとも洞察していた。

その一方で、ルミはノイルからの好意に気付いていない。

少なくともスミレから見てルミはそういった女に見えた。

 

だからスミレはあえて手を出さずに成り行きを見守る事にする。

子供の基準と大人の基準は違う。

今ここでノイル、セイレム、ルミの関係について茶化したい気持ちは溢れているものの、

それを言ってしまえば三人は子供特有のプライドを見せるであろう。

お前なんか別に好きじゃない、という一種のツンデレ的発言をするのは目に見えている。

 

単なるツンデレならまだしも、子供のプライドは一度言い出したら聞かない。

意地を張って距離を離す様な事があれば、トイレッツの間柄にヒビが入る。

スミレとしても、シャワートイレッツ隊は居心地の良い部隊なのだ。

わざわざそれを壊す必要は無い。

そう判断したスミレは、ノイルはルミを好きなのだという発言を胸にしまったのだった。

 

「ところ……で、ノイルは学校で好きな女子とかいないの」

 

「いきなり何を言い出すんだ。

 そんなもんが居たら、早退してまでジェネオンやってねぇぜ」

 

「きゃーノイルさん非リアー」

 

「普通に喋るんじゃねぇよ!? 割と傷つく!」

 

そのやり取りに、女子三人はからからと笑う。

友人と過ごす青春の独特な雰囲気に皆が浸っていると、

不意にスミレとルミの機体にセイレムからプライベート通信が繋がれた。

映像は無く、音声通信のみだ。

そして、ガン、と強く壁を叩く音が聞こえた。

その音に、もしかしたら彼女は本気なのかもしれないとスミレは思った。

 

スミレとルミがプライベート通信で、

親しげに話す二人の間柄を勘ぐっていたのをセイレムは察知したのであろう。

ノイルとセイレムが話しているのは部隊内通信で全員に伝わっていたが、

スミレとルミはそれを聞いても間に入ってこなかったからだ。

だからセイレムは、二人がプライベート通信で自分達の噂をしていると予想した。

そして、それは正解であった。

それにしても、やはり子供だなとスミレは思う。

ちょっと桃色の青春を裏でからかわれたくらいで、壁を殴って意思表示をする行為は。

 

「なんだ、どうしたんだ」

 

ルミがまるで何も気付いていないかの如き顔をする。

スミレは面白い様な、困った様な表情でシートにもたれたのであった。

 

 

 

「あー、ほら、そろそろ戦場に着くよ」

 

スミレは露骨に話題を逸らす。

ファットアンクルはメキシコ戦線に到達しており、遠方には爆発の光が見えた。

各員は機体を降下させるが、上空から見た光景にノイルが違和感を覚える。

火線(本来は最前線という言葉であるが、曳光弾の光の意味としてもよく使われる)

と爆発の数が、かなり多く感じられたからだ。

頭の良いノイルとルミは、この戦線が単なる小競り合いには思えなかった。

 

「どうするルミ、退くか?」

 

「十字勲章ものとは思えない台詞だな。

 だが正しい。

 この戦線はじきに突破されるかも知れん。

 私はここのところ中米で戦っていたが、いつもよりも攻撃が激しく見える」

 

「数が多いって事か。

 グフ重装型はちょいちょいレベル上げてたけど、それで対抗出来るかどうか……」

 

ノイルの台詞に、女子三人はツッコミを入れたい気持ちを何とか押し殺した。

彼は既にゲルググを持っているわけでそれを使えば良いはずなのだが、

相変わらず地上ではグフ重装型に乗っている。

それはセイレムと同じく機体に対する愛着があるからだと分かっているものの、

欠陥機として名高いグフ重装型をわざわざ使い続けるのはいかがなものか。

もしかしたら、そのうち彼はこれを改造して宇宙用に

高機動型グフ重装型などという訳の分からない物を作ってしまうかも知れないと心配になった。

 

ノイルの趣味はさておき、ルミは撤退するか否かを考える。

恐らく、メキシコは現在における最前線であろう。

ここを突破されれば、連邦は陸路で北米のキャリフォルニアベースへ

進攻出来る足掛かりを得る事になる。

ガルマ・ザビが何の策も用意していないとは思えないが、中米を抜かせないに越した事はない。

しかしNPCの作戦状況が不明な今、トイレッツのみが死守に当たっても意味の無い事だった。

 

ここは撤退して、他の場所でレベル上げをするという方法もあるだろう。

そこまで考えて、ルミはある事に気がついた。

自分達はゲームをやっているのだ。

これは決して現実ではない。

だから、ここで死んでも現実に死ぬわけではないのだ。

それは例えるなら、

別大陸への橋を渡った先に居る強そうなモンスターを相手にする程度の感覚である。

負けそうになったら逃げて、死んでも教会で生き返らせれば良いのだ。

 

それはルミにとって、もっともらしい言い訳であった。

本音を言えば、ここで劣勢のジオンに加勢したいという私情を持っている事に気付いたのだ。

この感情は、ノイルの様なジオン公国への愛国心ではない。

NPCである柏木伍長に対して、ヴァーチャル世界の住人に対しての負い目があった。

ジェネオンのスタッフが会社の利益の為に電脳世界を作り、

架空の人間を人工知能により実装してしまった。

そして、自分達プレイヤーは娯楽の為にこのゲームをやっている。

プレイヤー達の勝手な事情で、ガンダム世界の人々を冒涜していると解ってしまったからだ。

その事実を認めたルミは、この場でジオン軍を助ける事で贖罪をしたいと思った。

だがその『贖罪』ですら、ジオン兵が望んでもない自己完結な行為だとも理解していた。

 

「ええい、頭が良いというのも考え物だな……」

 

「どうした?」

 

ルミがあれこれ悩んでいると、ノイルが待ちくたびれたのであろう。

レーザー通信でノイズだらけの映像通信を送ってくる。

少年特有のあっけらかんとした顔に、ルミは何故か自分が救われたのではないかと感じる。

それが何故であるかは、不思議と分からなかった。

 

「なぁノイル。

 ここで我々がジオンに加勢したとして、ジオン兵達はどう思うだろうか?」

 

「喜ぶ!」

 

「よし、ならシャワートイレッツは突貫だ!」

 

ルミは考える事を止めて、前進の命令を下す。

ノイルの一声で、決めたのだ。

戦場で助けられれば喜ぶのは当たり前だ。

ただ、ノイルがルミの考えていたヴァーチャル世界の住民の心情を踏まえて

喜ぶという発言をしたのかはルミにも分からない。

しかし彼がそれらを理解したジオン軍人のノイル大尉として言ったにせよ、

一人の無邪気かつ純粋な少年プレイヤーとして言ったにせよ、

彼の言葉と子供らしい表情はルミの迷いを振り切らせるのに十分であった。

 

「航空機と戦車は片手間に壊せ!

 本命は敵のエースクラス、ガンダムタイプならなお良しだ!」

 

「了解!」

 

ノイルが声を上げつつ、ザクバズーカを放つ。

彼は最近になって、グフタイプのフィンガーバルカンは

ガンダムやジムで言う頭部バルカンと同じ様なサブウェポンだと考える様になっていた。

元々威力不足を考えて初期の頃からザクの武装は使っていたのだが、

正式サービスが始まり機体の耐久度が上がると

フィンガーバルカンの火力だけでMSを撃破するのは難しい事に気付く。

ザクやグフに乗っていた頃のルミに倣って、携行武装は多めに装備する事にした。

 

両肩にザクバズーカを担いだノイルが先陣を切り、敵のジムを吹き飛ばす。

勢い良く前線に飛び込んだトイレッツの目に映るのは、

数に任せて前進を続ける連邦軍と敗走するジオン軍であった。

ジオン側はNPCだけでなく、プレイヤーまでもが逃げ腰になっている。

どう転んでも、このエリアは既に連邦軍が制圧しかけているのに変わりない。

 

「そこのマゼラアタック! こちらはトイレッツのノイル・アルエイクス大尉だ。

 今逃げてる奴らはどこで集結するつもりだ」

 

「そんなの知りやせんよ! ここら一帯はもう全部ガタガタで……

 え? アルエイクスの……十字勲章はノイル大尉?」

 

「そうだろ。撤退するなら北のモンテレイにある補給基地にしておけ。

 西側のグアダラハラはメキシコシティからの交通が良すぎる。

 高速鉄道も通ってるんだろ。

 ここを取られたら、連邦はそっちに向かう可能性が高い」

 

「はっ、了解致しました、大尉! ……聞いたか全車両、

 トイレッツ隊のアルエイクス大尉からモンテレイへの撤退命令が出たと広めろ!」

 

ノイルと交信したマゼラアタックは、そう言うと全速で後退して行った。

その様子を見て、トイレッツの女子三人はノイルを何者だと言わんばかりの目で見やる。

一プレイヤーに過ぎないはずの彼が、NPCに命令を下せるほどの権限を持っている。

普通のNPCは、娯楽で戦うプレイヤーを嫌っているはずだ。

にもかかわらず、今の会話でノイルはまるで本物の上官の様に認識されていた。

 

ノイルが名を挙げられたのには、もちろん単なる十字勲章以外にも理由がある。

それは間接的とはいえ、ガンダム撃破に貢献したという行為だ。

一年戦争、及びその後の戦争で多大な戦果を挙げたガンダムという存在は、

連邦だけでなくジオン軍にとっても伝説的なものであった。

それ故、連邦軍では支援ポッドのボールの外装をガンダムの顔に擬装し、

ジオンの宇宙要塞ソロモンに対する攻略戦で

ボールをガンダムと誤認させてソロモン司令部を大混乱に陥れたパイロットまで存在する。

それほどジオンにとって、ガンダムは脅威の対象であったのだった。

 

ガンダムを撃破した赤い彗星のシャアに次いで、

ノイル・アルエイクス大尉の名前はジオン兵に知れ渡った。

実を言えば、ジオン軍の総帥府からプロパガンダ放送を行なう為

二つ名を決めるようにも言われているほどなのだ。

しかし、ノイルは自分の二つ名をまだ決めていなかった。

考えつかないのではなく、自分の実力不足を自覚しているからだ。

以前、彼は自分自身を「頭は回るがカリスマは無い」と自称している。

ジオン公国のエースパイロットとしてプロパガンダに利用されるには、

まだまだパイロットとしても人としても未熟だと判断していたのだった。

 

だからこそ、ノイルは前回イドラ隊と戦ってから自機を赤く塗るようにしていた。

現在のグフ重装型も、全身が赤く塗られている。

赤い彗星のシャアがパーソナルカラーとするピンクがかった赤でもなく、

真紅の稲妻ジョニー・ライデン少佐のクリムゾンレッドでもない。

リンゴが熟した様な赤黒いブラン・ルージュで、どちらかと言えば黒に近い。

 

これはイドラ隊のカナルと戦って彼女が一方的にライバル心をむき出しにしてきた事から、

どうせなら髪と目の色だけでなく機体も赤く塗ってしまおうという気まぐれであった。

気まぐれとはいえ、パーソナルカラーをライバルと争う行為が

自分の気分と気合を高めるのに繋がるのは松下とインパラを見ていれば納得出来た。

もし次にイドラ隊のカナルと出会った時は、赤いエースの座をかけて戦うつもりだ。

そして勝利した暁には、胸を張って『紅蓮の熱風』という二つ名を名乗ろうと思っていた。

 

「一般兵が大尉の俺の言う事を聞くって事は、

 ここの指揮官クラスはやられたと見た方が良いのか」

 

「それか、真面目に戦争をしていないかのどちらかだな。

 ノイル、撤退戦になるがやれるか?」

 

「防衛戦や撤退戦で名を挙げるのが名将って奴なんだろ。

 十字勲章が伊達じゃないってのが、実戦で実践出来て良い!」

 

ノイルはスラスターを噴かして跳躍し、ビルの上に立つ。

人間の十倍ほどもある大きさのMSであるが、

その重量は単純に人間の体重を十倍にしたよりも軽く、水にも浮く。

宇宙世紀123年のガンダムF91に至っては7.8トンという軽さであり、

中型トラック二台分程度の重さしかない。

人間に換算すると身長が152センチで体重が7.8キロになってしまう。

グフ重装型は64.2トンなので比較的重い方ではあるが、それでも現代の戦車程度だ。

だからある程度の大きさを持つビルならば、上に乗る事も出来た。

 

突如現れた赤いグフに、連邦機の視線が集まる。

ノイルの機体は赤黒であり、赤い彗星のピンクがかった赤とは違う。

プレイヤー達がそれぞれ好き勝手に機体を塗り替える事もあるから、

ノイルが赤い彗星のシャアと間違えられる事は無かった。

しかし、堂々と現れた赤い色のMSに、連邦機は反射的に身構えてしまう。

 

「あれは単なるプレイヤーか?」

 

「真紅の稲妻でもないよな……」

 

「おい、あのグフ、重装型じゃねぇか!?」

 

たっぷり注目されたところで、ノイルは深呼吸する。

これからやる行為は、あまり気乗りするものではない。

だが、何故かそれをやらねばならないような気がした。

冷静になって考えてみれば恥ずかしい行為であるのだが、

イドラ隊との因縁の地でありグフ重装型という機体が活躍した事実を再確認する為、

どうしてもそれは言わねばならぬと思った。

外部スピーカーとオープンチャンネルを開き、ノイルが腹の底から声を張り上げる。

その様子を、トイレッツの女子達はまさかと嫌な確信を抱きながら見守った。

 

「再びシャワートイレッツの栄光を掲げる為に! 十字勲章の名に恥じぬ為に!

 メキシコよ、私は帰ってきたァ!」

 

「うわあぁぁ! ガンダムを殺った奴だあぁ――!?」

 

どうやら、ジオン軍人ノイル・アルエイクス大尉の名は連邦にも轟いていたらしい。

ノイルが叫びつつバズーカを放ちジムを吹き飛ばすと、

そのエリア一帯に居るほとんどの連邦機が赤いグフに目を引かれた。

小細工とはいえ、ガンダム撃破に貢献したという事実は連邦にとっても大事であったのだろう。

 

「トイレって何だ!?」

 

「ご存知無いのですか! シャアと共謀してアムロを倒したエース集団ですよ!」

 

「知ってるぞ! オレは前にメキシコでアイツにやられたんだ!」

 

「アムロの仇ぃ――ッ!」

 

一斉に沸き立った連邦軍は、ノイル目掛けて集中砲火を加えた。

無数のビームと銃弾がノイルの乗っていたビルを破片へと変える。

後方に跳躍したノイルは、応戦する振りをして必死に逃げ回った。

 

「ルミ、俺が引き付ける!」

 

「最初からそのつもりでいたな、キミは。

 そうならそうと最初から言ってくれればいいのだ」

 

何も、単なる気分のみでノイルがこんな事を言ったのではなかった。

自分が囮となる事で、仲間の撤退を支援するつもりだったのだ。

相手はノイルがエースだと思い込んでいるだろうから、

本当の部隊長であるルミがセイレムとスミレを率いて

ノイルを狙う連邦機の背後を取れると考えた。

それは言うほど簡単ではなかったものの、何とか成功する。

 

こうして、シャワートイレッツはメキシコ撤退戦を完了させた。

ジム・コマンドを始めとした戦争後期のジムタイプを捌くのは苦労したが、

トイレッツ各員は辛うじて機体を失う事なくメキシコ北部へと帰還した。

モンテレイ基地に居たNPCの柏木伍長は、

頭からカメラが飛び出たドムや鉄屑寸前のグフを見て

すぐその機体がシャワートイレッツの物だと判った。

この戦いでジオン軍はメキシコ南部を失ったが、

獅子奮迅の活躍を見せたシャワートイレッツ隊の名は更に広まる事になるのである。

 

 

 

「……で、どうする?」

 

メキシコ北部、モンテレイ補給基地の一角にて。

メキシコシティから撤退したジオン軍は、この基地に集結していた。

ノイルの予測通り、連邦軍はグアダラハラを含むメキシコの南半分を占領する。

どうやらオデッサと同じく、NPC主導でキャリフォルニアへ進攻するつもりらしい。

それに便乗して、プレイヤー達も動き出している。

このままでは、オデッサの二の舞になってしまう可能性が高かった。

 

それを踏まえた上で、ルミは仲間に尋ねる。

プレイヤーのルミ達は、あえて激戦区に居続ける必要は無い。

安全策を取るならば、適度に人が居る場所で自機が撃破されない程度に戦っていればいい。

これでも部隊長であるルミは、仲間達をどこへ動かすかの方針を決める権限があった。

権限と言っても、それは方針を決める権利であって仲間に命令する権利ではない。

ゲーム内のクランで上下関係を作るつもりは、ルミには無かったからだ。

NPCに加担したいという個人的な欲望も含めた上で、

皆でどこへ行くか話し合おうという程度である。

 

「どうするって、何がだ?」

 

「大尉なら、それくらい分かって欲しいな。

 私達トイレッツがどう動くかという話だ。

 敵の情報がまだ未知数な段階でここに留まれば、撃破される恐れもある。

 お前達が他の場所に逃げたいというのならそうしようと――」

 

「焚き付けたいのか、お前は。

 逃げるとかそういうマイナスな字面を使われて、はいそうですかとはならんだろ。

 どっちにしろ、俺には勝手にジオン兵を動かしたっていう責任がある。

 一人でもここに残って、防衛戦線に参加するぞ、俺は」

 

「まぁ、君ならそう言うとは思ってたさ」

 

「ガルマ・ザビはキャリフォルニアベースで指揮を執ってるはずだよな。

 なら、前線に俺達が居る方が良いはずだ。

 十字勲章で士気を上げるにも、軍属に数えられてないプレイヤーが居るのにもな。

 メキシコを死守するか放棄するかは知らんが」

 

「ふむ、君はガルマの指揮能力を当てにしている様子だが、実際はどうなのだろうな。

 彼が特別有能であったという話は聞いた事が無い」

 

「私とてザビ家の男だ、親の七光りとは言われたく無い!」

 

不意に上がった声を聞き、トイレッツは軽く驚きに声の主を見やる。

ガルマ・ザビが目の前に現れたからではない。

その声は、ガルマとは似ても似つかない声だ。

しかし、トイレッツの隊員はガルマの真似をしたその声をよく知っていた。

 

「松下!」

 

ノイルの表情が一瞬で、花のつぼみが開くかのごとく明るくなる。

やはり男友達というものは良い。

ノイルとしては、異性に囲まれて気を遣うよりも同性と話す方が好みだ。

特にトイレッツの女性陣は癖のある女ばかりなので、

駆け引きじみた会話をするよりも直感的に男同士の友情を感じられる松下は、

元々友人の少ないノイルにとって現実世界の友人である福留充に匹敵する大事な仲間である。

その松下が突然現れた事で、ノイルは自覚している以上に喜びを表してしまう。

自分がそれほど好かれていると思わなかったのか、松下は気恥ずかしそうに後ずさった。

 

「何だ、俺ってそんな歓迎されるキャラじゃねぇぞ」

 

「そうでもねぇよ、自分を過小評価するない。

 ……ツヴァイト・ジャモカ隊の方はいいのか?」

 

「メンバーは揃ったんだが、まぁトイレッツに負けず劣らず癖があってな。

 俺ぁ元々無能だと自覚はしてたけど、人を使う能力はそこそこあると思ってた。

 Gジェネの『刻苦』スキルは指揮能力まで落ちないからな。

 だが実際は、思ってたより上手くいかないもんだ。

 多分、部隊としての連携は一年戦争が終わるまでに間に合わんかもしれんな。

 今更ながらルミは凄かったんだなぁと」

 

「私の苦労を理解してくれた様で嬉しいが、

 トイレッツがチームワークを重視して動いた事があっただろうか……?」

 

そりゃそうだ、と隊員達は笑い合う。

シャワートイレッツは戦術を扱う事はあっても、

そのほとんどが個々の能力に頼ったものであった。

そんな有り様で今まで勝利を重ねてきたのが逆に不思議なくらいだ。

NPCや他のプレイヤーは、シャワートイレッツ隊をエース部隊と呼ぶ。

だが実際は、中堅程度のプレイヤーが運で生き残ってきたに等しい。

実力と経験は徐々についてきているのだが、

そろそろそのやり方にも限界が来ると全員が理解していた。

先程の撤退戦も、撃墜されなかったのは単に運が良かったからだ。

 

「まぁ、そこら辺もちゃんとしないとな。

 トイレッツにしても、俺が新設したジャモカ隊にも。

 ……そうそう、それで話があったんだ。

 俺じゃなくて、柏木伍長が。

 ちょっと来てくれ」

 

松下に言われるまま、シャワートイレッツの面々は基地の格納庫に足を運ぶ。

中にはジオン軍の兵器が置かれており、MSだけでなく戦車や装甲車の類も見える。

連邦軍の物を鹵獲したのか、またはプレイヤーから現物を貰ったのかは知らないが、

偵察や電子戦に有用なホバートラックの姿もあった。

 

ジオン公国軍はミノフスキー粒子下での戦闘を考え、

従来の兵器を軽視しMSを地球制圧の主力とする戦法を取っていた。

なのでマゼラアタック戦車やドップ戦闘機も、地球連邦が使っている物に比べれば

異質どころか異常とも呼べる機構や外観をしている。

そしてミノフスキー粒子の存在を前提とした戦略により、

連邦軍のホバートラックの様なMSに追従する索敵支援車輌を生産する事が無かった。

キシリア・ザビ旗下の特殊部隊である闇夜のフェンリル隊にしても、

連邦から鹵獲したホバートラックを使用していた。

 

これはジオン軍上層部が、ミノフスキー粒子により索敵や電子戦を軽視した結果と言える。

特にジオン軍を代表するMS、ザクが過大評価されていたのであろう。

確かに人類初のMSであるザクタイプは兵器の革新であり、

高度な電子戦こそ行なえないものの単純に敵を発見する索敵性能で言えば

そんじょそこらの偵察車輌よりは遥かに高かった。

ザクのメインセンサーは頭部であり、

17.5メートルの高所にレーダーやカメラを設置するという利点もある。

とはいえザクはあくまでも戦闘用の兵器であり、

エリントやシギント(電子情報、信号情報の収集)を主目的とした兵器ではない。

元々ジオンはコロニー落としを成功させて、地上戦をするつもりはなかった。

だから指揮、索敵をムサイ艦に任せていたというのも索敵車両を作らなかった原因であろう。

 

恐らく、ジオン軍は前世での敗戦から学んだのであろう。

連邦軍と同じく、MS部隊はMSのみの編制ではなく、

ホバートラックなどの支援車輌を含むのが望ましい。

それも、まだMS技術が発達していない一年戦争時ならなおさらだと。

だから、本来は敵が開発した機体でも有用であれば採用する。

これはキャリフォルニアベース攻略の際、

連邦の《U型潜水艦》を奪取し《ユーコン級潜水艦》とした事からも窺えるだろう。

 

ノイルはそのホバートラックが配備されているのを見て、

ジオン軍は勝てるのではないかと思った。

正史では敗北しているし、このジェネオンにおいてもジオン公国は劣勢に立たされている。

しかし、ジオンが前世の行いから何も学ばなかったかというとそうでもない。

もしかしたら、ここから一気に巻き返して

ジオンが地球全土を占領出来るのではないかとすら思える。

 

「ジオンは、勝てるか?」

 

「無理だな」

 

「ああ、無理だろうな」

 

「ですよねー……」

 

ノイルの疑問に、間髪入れずにルミと松下が返す。

この三人はそれぞれ性格こそ違えど、頭は良い。

物事を知っているという『知識』や、それを効果的に扱う『知能』に関しては、

ノイル達はそれほど優れてはいない。

ただ、物事を考え続けられる『知性』においては比較的高かった。

松下はトワニング准将とのコネがあり、ジオン軍内部の情報についてはいくつか聞いている。

だが彼はその情報という知識はあっても、知能が無かった。

ジオン軍が現在持つ資源で後何年戦えるかも、

現状の戦力と敵勢力の戦力差がどれほどなのかを比較して対策を練る事も出来なかった。

しかし知能は無くとも、上層部の戦略や兵士の士気、

戦場の空気を感じ取り知性という名のろ過器にかければ

ジオン軍が敗北に向かって進んでいるであろう事は理解出来た。

 

「なぁノイル、シミュレーションゲームをやった事あるだろ。

 戦術級でも、戦略級でもいい」

 

「そりゃあ、まあ」

 

「じゃあ例えば、自軍のレッドチームに戦車が10輌で一部隊あったとする。

 敵のブルーチームにも同じく戦車一部隊があったとする。

 この場合、勝つのはどっちだ?」

 

「単純に考えて、先制攻撃で減らした方が勝つだろ。

 他にも地形効果や、拠点での補給回復があるな」

 

「ああ。だけどそれは両軍の戦車が同じ性能だった場合だ。

 これが自衛隊の10式戦車と90式戦車だったら、新型の10式が勝つだろ?

 それを連邦とジオンに置き換えてみろよ」

 

「って言ったって、モビルスーツはザクとジムだけじゃないしなぁ。

 占領地域の収入だとか、指揮官の戦術だとか、兵器の生産性とか色々あるだろうし。

 単純にどっちが上っていうほどの技術格差は無いと思うぜ」

 

「だからだよ。連邦とジオンには、技術だけでなく格差というのがあまり無い。

 特にジェネオンでは国力の差も縮まってる。

 そうなると、どっちが強いとかが分かんなくなるんだ、これが。

 俺は個人的に、この戦いは運と戦術が戦局を左右する事になると思ってた。

 だけど……まぁ、流れとか空気ってもんがあるってこった」

 

さすがの松下も、ジオニストであるノイルに向かって

「ギレン・ザビがやる気を無くしてるかも知れない」などとは言えなかった。

ギレンの思考は常人の計り知れる事ではない。

彼が無気力を装い、何か策を練っている可能性もある。

どちらにせよ、前線の空気は敗色が濃厚なのだ。

何を考えているか分からない上層部の現状を無駄に騒ぎ立てる事もなかろうと思った。

松下個人としては、それは不本意なものであったが。

 

「その流れに逆らおうというのが、我々なわけです」

 

格納庫のハンガーに配置されている強行偵察型ザク。

その胸元から、NPCの柏木伍長がリフトを使って降りてくる。

10メートル下に居る松下の台詞を聴き取れたのは、

さすが偵察型に乗るパイロットといったところか。

偵察型ザクはごく普通のパイロットに割り当てられる事もあったが、

柏木伍長は目も耳も良く電子機器にも精通している様子だ。

 

「シャワートイレッツの皆さんには、お願いがあるのですトイレ長」

 

「訂正を要求させていただく」

 

「了解です、トイレのルミ隊長。

 ……シャワートイレッツへ、我々ジオン軍に対する援護を」

 

「それはうちのノイル大尉に対する、上層部からの命令と受け取って構わないか?」

 

「いえ、ネガティブです。

 これはNPCである私個人の要望に過ぎません。

 仮に上層部が命令すると言っても、伍長の私を通すわけないじゃないですか」

 

「今更改めて仲間になって下さいというのか」

 

「今更とも思いませんね。

 あなた方はNPCじゃなく、プレイヤーです。

 プレイヤーは遊びでこの世界に居るわけであって、

 ログインせずにジオンが滅びるのを見ていられる権利があります。

 関わらない事も出来るあなた方に、あえて言うのです」

 

ルミは周りの仲間を見渡す。

その誰もが、肯定的な目つきをしていた。

特にスミレは、口元を軽く歪めてみせる。

もしかしたら彼女は、ルミがNPCに対して罪悪感を持っている事に気付いたのかもしれない。

何にせよ、答えは最初から決まっていたようなものだ。

 

「シャワートイレッツ隊長の名の下に、その願い聞き遂げよう。

 それで、私達は何をすればいいのだ?」

 

「はい、私は伍長なので戦略を云々出来る立場にありませんが、

 とりあえずメキシコからの撤退を支援していただければと」

 

「なるほど、撤退か。……すまん、何だって?」

 

「ですから、メキシコからの撤退です。撤収です。退却です」

 

 

 


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