強い睡眠薬による睡眠特有の、泥から抜け出すような意識の覚醒。
視界に真っ先に飛び込んで来たのは、病院の手術室によくある大型の照明器具。点灯はしていないが他の室内照明が点いているので部屋は明るく、俺はどこかの医療施設に居るのかと一瞬思う。
しかし記憶が鮮明になるにつれ、ここがただの医療施設である可能性はないと結論付ける。
俺は確かアメリカに渡った直後に拉致されて、睡眠薬盛られて……ここに居るのか。
見れば服は真っ白なTシャツに薄いハーフパンツ。日本をたつときに被っていた長髪のウィッグは頭にない。男の姿の俺になっていた。
これはどういうことだ?
俺は診察台(?)から降りると、閉まっているカーテンを開いてみる。
するとソコには……
「はぁーん……なるほどね。エネルギー伝達に超伝導ケーブルは使用してないのかぁ。とするとどうやってこれほどの効率で動作しているのか……」
床で小ぶりなラップトップとにらめっこし、ぶつぶつと呟く女の姿がガラス越しに見えた。
服装は俺とおんなじようなTシャツにハーフパンツ。金というかプラチナホワイトに近い色の髪を綺麗に肩の長さで切り揃えている。とんでもなくラフな格好だ。加えて、なにか口元に咥えてやがる。タバコか?
微かに聞こえる内容から何かを分析しているみたいだが一体何を――ってぇ
(お、女の目の前にあるの、
PCを見つめる女の前にあるもの。それはまごうことなき俺のIS、瞬龍であった。第2形態になってから刻まれたIS学園の校章は見間違えることはない。
Tシャツをまくりあげ、自分の心臓部を確認するんだが、古い手術痕があるだけで、目立った変化はない。
どうやらコアごと摘出された訳じゃないが、ISの登録者以外の展開は基本的に不可能だ。俺は眠っていたわけだし、展開した記憶もない。じゃあなんで瞬龍はあそこにあるんだ……?
ISハンガーを見渡せる窓の横にはハンガーに通じるドアがあったが、そこは向こう側から施錠されていて開けるのは不可能。仕方なくガラスをぶち破ろうと思ったが、これはガラスではなく、防弾ポリカーボネードだ。素手で破るのはこちらもまた不可能と言わざるを得ない。
仕方なく窓をドンドン叩いて呼び掛けるが……集中しているのか女は気づく素振りがない。
こいつは弱ったぞ……。
しばらくアピールしていたが一向に反応が得られないので、窓を叩くのはやめた。
壁にどっかり腰を下ろして外部との通信を図るが、通信機器類は取り上げられてる。ISコアは胸にあるので、システム起動の準待機モードで通信を試みたが、この部屋自体が電波暗室なのかどことも繋がらなかった。
万策つきた俺は診察台と照明と、非接触式のドアロックユニット以外なにもない部屋をボーッと眺めるんだが……いい加減しんどくなってきた。人間、72時間以上刺激を受けない環境に居ると発狂するらしいね。
目が覚めて二時間近くたっただろうか。曖昧になった時間感覚じゃ何時間たったかなんて正確には把握できないものだが、なんとなく二時間くらいたったとわかる。
不意にカギを解錠する音が聞こえ、開いたドアから先程の女が出てきた。
女ははだしで、ハーパンが隠れるくらい長いTシャツをヒラヒラさせつつ俺の横を歩いていく。
くわぁとあくびを一発キメ、どこからか取り出したカードキーを壁のドアロックユニットにかざすと、今までただの壁だと思っていた部分がスライド式に開き、女はそこから出ていってしまった。
「……」
女が入ってきたドアは開放されたままだ。
俺はハンガーに駆け込むと、装甲展開状態で鎮座している瞬龍のコックピットによじ登り、起動指示を与える……が。
――――Error 起動制限が掛けられています。解除コードを入力してください
と、エラーを吐き出した。
……ちょっと待て。瞬龍が俺を認識していないのか?
もう一度試しに展開解除の指示を与えてみるが結果は同じ。
俺の体に異常がないことから、瞬龍のアビリティ「生体再生」は機能しているみたいだが、IS本体は起動も回収もできないただの鎧と化している。
はぁーん? コイツはさっきの女がなにかやらかしましたな?
さっきまで弄っていたらしきノートPCを覗き込むと、各種瞬龍のデータに加えて、俺の詳細な身体データまで採られていた。俺は何時間眠っていたんだろうか。
とりあえずまぁ生体再生が機能しているならまだいい。ISを奪われる経験ならない訳じゃない。要するにコレ、サラのサニーラバーを元に作ったIS剥離剤みたいなものでISのコアを除くマシン部分が勝手に展開されているような感じのようだ。
解除コードがあれば復旧できるだろうし、とりあえず瞬龍はこのままにしておくしかないようだ。
俺はその辺にあった工具からでっかいモンキーレンチを拝借し、今度は女が出ていった方のドアからこの施設を調べてみることにした。
@
すぐに見つかったよ。女。
というか……なんか通路に生き倒れていた。
殺風景だが、木材が使われたシックな雰囲気な通路を進んでいると、普通に壁に寄りかかって気を失っていたのだ。
一瞬罠かと思ったが、捕らえている俺を改めて罠にかける必要がないので、レンチ片手に近寄ってみると……様子が変だ。
まず、不自然なまでの発汗が気になる。綺麗な顔立ちをしているんだが、その顔色は青く顔中びっしりと汗をかいていた。口元にはタバコと思った白い棒があるんだが、これは多分棒つきキャンディーか何かの柄の部分だな。噛み潰されて毛羽立っている。
食べ終わってから数時間たっているであろう棒つきキャンディーと、青い顔に不自然なまでの多汗……。
低血糖症で失神してるのか?
血糖値がヤバイくらいまで下がると、人間の脳はこれ以上エネルギーとなる糖質を消費しないよう脳の機能を一部シャットダウンする。
ちょっとやそっとの時間なら放置していても構わないんだが、この場に放置しておくのは問題だろう。
この女は件の解除コードを知っているかも知れない女だ。ここは敵地かもしれないが、人質兼恩義を売る相手として始末するのは後回しにしておこう。
モンキーレンチをハーパンのゴムの間に挟んだ俺は、女の両脇を抱え、引き摺るようにして食料がありそうな場所を目指す。どうせ背負うか抱き抱えようかした瞬間に目を覚まして、ボコボコ殴られるんでしょ? 俺の女経験上そうと相場が決まってるんですよ……!
もうしばらく進むと突き当たりにさっきの部屋と同じドアロックユニットがあったので、引きずっていた女のポケットからカードキーを探してかざした。
ロックが解除されると人感センサーが反応し、すぐさまスライドドアが開く。
ソコは壁の一面がガラス張りの展望スペースのようで、階下に見える街を一望できる場所だったが、カウンターに加えて冷蔵庫。目を見張るような数のワインボトルが保存されていたので、また廊下をさ迷うことはしなくて良さそうだと安心する。
どちゃっと抱えてた女を床に下ろして食べ物……というかカロリーを探すんだが、ここで人の気配があるのに気がついた。
「やぁ。目が覚めたようだね。柊クレハ君」
声がした方を見ると、夜の街を眺める様に配置されたソファーに誰かが腰かけている。この声は……。
「アンタは……多分、昼間に俺をさらった運転手だな?」
「正解だよ。さっきは失礼したね。僕は口があまり上手くないから君たちを素直に説得させる口説き文句が思い付かなくてね」
「だからって俺だけ拐うことはないだろ」
男は立ち上がり、俺の方に向かって歩いてくる。夜景の光で男の輪郭が露になる。……でかいぞ。190はある。
「その通りだとは思ったんだけど、彼女が欲しがったのはキミだけ……って、彼女また倒れたのかい?」
男の言う彼女と言うヤツがソコで伸びてる女のことだとわかったので廊下で倒れてたんだと説明してやる。
「そうか……。またろくに食べもせずに分析室に籠りっぱなしだったんだね。クレハ君。悪いがそこのフリーザーに冷凍のチーズバーガーがある。レンジで調理してくれないかな?」
男はそのデカい体で楽々と女を抱き上げると、そのまま部屋の一角にあるソファーベッドに寝かせてやる。
照明に照らされた男の顔は、白人。それもえらい精悍な顔つきで美形だ。
「あれ? かかとを擦りむいてる。ハンガーで怪我したのかな?」
女の方はなにやら親しげな男に任せ、俺は言われた通りキッチンの冷蔵庫を見つつ、ナイフラックから果物ナイフを取り出し隠し持つ。
冷凍ハンバーガーを見つけた俺は、どうせなら自分の分もと大型の電子レンジに三つほど放り込み、解凍温めを始める。
「で、もう予想はついてるんだが、ここが目的地なのか」
「ああ。そうだとも。ここに来たがってただろう?」
男が立ち上がると、丁度ソコには印象的なAの意匠が施されたプレートが目に入る。
「ようこそ。柊クレハ君。スターク・インダストリー本社へ。一応、歓迎すると言わせてもらうよ」
@
チーズバーガーが温め終わっても女は起きなかったので、俺は一応警戒しつつ俺をさらった大男と机を挟む。
「そうそう。キミの服どうしようか。女性ものだったけど。着るのかい?」
「いや。もうバレたとあっちゃ用済みだ。ウィッグ共々必要ない」
なんて話をハンバーガー片手にするんだが……。
この男。イヤにフレンドリーなくせして一向に自分のことを喋らない。勝手に語ってくれるのを待つつもりだったが、こっちから振らないとダメそうだな。
「ところでだな。ここがかの有名なスタークインダストリー社なのはわかった。なら、アンタたちは何者なんだ? 社員か?」
「そうだね。ここは会社だ。当然、社員がいる」
「……」
「………」
……えっ? それだけ?
なんだよ社員がいるって。会話が拡がらんぞ。
なんだか含みがある言い方だったが、正面のこの男の正体については何も語っていない。
「ええとだな………そうだ。社長のスターク氏に会わせてくれよ。夏に一回拐われそうになったから文句の一つも言ってやりたいんだ」
そういえばこの渡米の原因もあの日の一件だった。
もう軍事産業に手を出しているとは言えないスターク社の新型アイアンマンがどこの提供を受けて作られているのか。そして教公さんの双龍とアオや雨の事件の時に出たワード『亡国機業』の存在。
超界者の件を解決するためにはその超界者にもっとよく近づくことが必要だが、現在は暗中模索といった状況。
バースの証言から超界者と『亡国機業』は近いところにあるようだが、その正体は以前謎のままだ。
とりあえず、今現在軍事品の生産ならびに取引を行っていないスターク社がどうやってアイアンマンのアップグレードを続けているのか知ることが出来れば、世界が孕む闇に近づくことはすれど遠退くと言うことはないだろう。
「スターク氏なら、ほら。そこで寝てるよ」
男がソファーベッドで寝ている女を指す。
いや、トニー・スタークの後継は男のハズでーーと続ける俺。
そんななか渦中の女と言えば……。
「……チーズの匂いがする」
寝ぼけ眼をシャツでくしくししながら起床したのだった。
@
「はじめまして、私はアンソニー・スタークの娘。アンジェリカ・スタークです。よろしく柊クレハさん。拐う相手がノコノコ来てくださるなんて全くもってカモがネギ背負ってきたといったところですね」
そう自己紹介した女は、俺が温めたチーズバーガーを秒で平らげると、追加して、と男に命じて更にチーズバーガーを量産させた。
「ん……あー、ん? お前後半何て言った?」
思わず聞き返した。
「悪いねクレハ君。彼女、意識がハッキリしているとハッキリモノを言い過ぎるタチでね。ファーストインプレッションの大切さは常々教えているつもりなんだけど……」
「スティーブ。黙って。それとコーラ」
アンジェリカに命じられた男ーースティーブ?ーーは肩を竦めると冷蔵庫からコーラの缶を三本持ってきた。
アンジェリカはその一本を開栓するとゴクゴクゴクと一気に飲み干した。
顔色はすっかり良くなっている。
食べてすぐ血糖値が改善するのか。超人的な消化能力だな。
「彼女、アンジェリカが言ってしまったから僕も挨拶しよう。僕はスティーブだ。スティーブ・ロジャース。……ああ、大丈夫。僕は君が思い浮かべた人物じゃない。そこは安心してくれていい」
どう安心しろと?
ここはスターク・インダストリーで目の前にスターク氏のご令嬢で、極めつけにはドイツの悪名高いナチスに「やベーやつ」とまで言われた超人と同名同性の人物だぞ。
当人である可能性も捨てきれなくはないが、彼は1922年から生きる人物だ。流石にもう歳が如実に表れても良いだろう。
「それで柊クレハさん、貴方何勝手に分析室を出ているんですか? 誰も許可は与えていませんよけふっ」
コーラの炭酸ガスを逃がしながらアンジェリカはそんな事を言う。
スティーブに「これマジ?」と視線を送ると、半笑いで首を振られた。
「アンタ……いやスタークさん、取り敢えずその発言は水に流すとして、夏の一件はどう言うことか説明してくれよ」
「夏の一件?」
「日本に遠隔式でスーツを送り込んで来ただろ。ほら、マーク44を」
そう訴えるとアンジェリカはしばし考える素振りを見せて、
「あぁ、あのコミックエキスポ……いえ、コミックマーケットでのことですね?」
パッと思い至ったような顔で言う。
「あの時は良いものを見せてもらいました。日英中共同製作のVTシステムに、双龍謹製のISサニーラバー! マーク44を切り刻まれたのには腹が立ちましたが、それ以上に得られた情報が有意義なものなので不問にして差し上げます」
まだ二週間とたっていないのにそこまで調べられるのかよ……。
俺は落ち目と言われるスターク・インダストリーの力を軽く侮っていたかも知れない。
「不問にしておくって、襲ってきたのそっちだろ。そういや、あの時とは声も喋り方も違うようだが、どういうことだ?」
あの時のアイアンマンはもっと先代のアイアンマンに近い存在のように感じた。
だが、今は女性と言うことを差し置いても喋り方、性格が違うような気がする。
「声には合成音声を使いました。性格が違うように感じたのならば、それはジェーナスがシミュレートした別の人格に喋らせたからです」
「ジェーナス?」
なんだそりゃ?
そう訊こうと思った矢先。
『はい、ボス。何か御用でしょうか』
どこからともなく聞こえる女性の合成音声。
「ああ、違うのよジェーナス。呼んだ訳じゃないの。ただ……丁度いいからこの分析対象に自己紹介しなさい?」
「誰が分析対象だ」
俺のツッコミを他所に合成音声、ジェーナスは自己紹介を始めた。
『初めまして。私はスターク製第三世代スマートホームAI、Janusです。第一世代フライデーから連なるスターク家に仕える電子執事です。ちなみに夢は見ません』
SFの名著「電気羊」のジョークを交えつつ自己紹介したジェーナスの話し方は……流暢だ。人間が変声機を使って喋っているような自然さがある。
「コイツが、あの時喋っていたのか」
「そうです。と言うかジェーナス、貴方どんな風に喋ったの?」
『はい。とにかくお嬢様の存在が露見しないようにと言うご注文でしたので、よくお嬢様が私に再生をお命じになるお父上の記録映像を元に、性格を疑似人格タイプの第一号としてシミュレートさせていただきました』
「それってパパをそのまま再現したってこと?」
『いえ、お父上は素性が知れ渡っておりますので、彼の息子という設定で実行致しました』
関係各所への根回しも完璧です。と、そのスマートAIジェーナスは言う。
なるほど。スマートAIというよりは、システム全般からこまごまとした要望まで聞いてくれるオペレーションAIという方が正しいのかも知れないな。
俺は三本目のコーラを飲み終わったアンジェリカに向かって本題を切り出す。
「夏の件は分かった。攫われかけたことには文句を言いたいが、現在進行形で攫われてるんじゃ文句言っても仕方がない。俺はこれからどうなる?」
「どうなる、ってもう分析対象としてサンプリングはさせてもらいましたし今のところ求めるものはないですね」
「求めるものはない?」
「ええ。ISを操縦できる男性は世界でも数人しか確認されていません。織斑一夏をはじめ、貴方こと柊クレハ。そして双龍指導者である凰 教公。その貴重な一人を手にし、基本的なデータは既に採取し終わりました。ですから、今のところもう何も提供してもらうものがないのです」
……えっと、じゃあさ。
「自由にしても良いってことか?」
「そうなりますね。勝手に分析室から脱け出されたのには怒りを覚えますが」
空き缶をダストボックスに投げ込んだアンジェリカは、ドアに向かって歩きながら振り返る。
「あぁ、そうそう。貴方のISですが研究対象としてこのまま鹵獲させていただきます。セキュリティクラックで強制的に奪取しましたが、貴方には
そう言うと返事を待たず、部屋を後にするアンジェリカ。
そこには俺とスティーブのみが残された。
「……えーと、とりあえず君の荷物、持ってくるよ」
居心地悪そうにそう言った後、俺の肩を叩き次いで部屋を出るスティーブ。
「……なんじゃそりゃ」
俺は仕方なく、窓から覗けるグランドセントラル駅周辺の街並みを見下ろしながらそう呟くのだった。
@
スティーブが回収していたらしい俺のキャリーバッグを持ってきてくれたので、俺はIS学園男子制服に着替える。
ケースと一緒に返してくれた携帯端末を確認すると時刻は午後10時を回ったところだった。俺は八時間近く眠らされていたらしい。
通信機を返してくれたということは、多分自由にしていいと言うのはアンジェリカの本心なんだろうが、ISを押さえられている以上ここから出ても良いことは何一つない。
とりあえず、電話を一本入れることにする。
『どこにいますのっ! クレハさん!?』
コール一回目で電話に出たセシリアの大声に若干耳の痛みを覚える。
セシリアの背後ではデュノアが「やっぱり無事だった?」と、ことも無さげに言った。やっぱりって。心配すらしてなかったか。
「今スタークインダストリー本社だ。CEOのスターク氏に捕まって軟禁されてる」
『やはりあの車はスタークインダストリーのものでしたのね……。スターク氏本人に会っているのですか?』
「いや、どうやらその娘らしい人物には会った」
『娘、ですか……。スターク氏にご息女が居たなんて話は聞き覚えがありませんのに。養子でも取られたのでしょうか? それで、軟禁と仰いましたが、どういう状況ですの?』
セシリアに、睡眠薬で眠っている間に基本的なデータは取られたこと。そしてISを奪われてしまった事を告げる。
『……なるほど。ISの個人認証を偽装するなんて、やっぱりスターク社長のご息女だね』
報告をスピーカーで聞いていたらしいデュノアが呟いた。
『軟禁されているとはいえ、スタークインダストリーに潜入すると言う元の目的は達成状況にあります。身の危険がないのであれば、そのまま調査を進めてもよろしいのでは?』
「だがセシリア。多分こっちの狙いはバレてるぞ。俺を攫った奴らが言っていたんだが、内緒話は全て聞こえるらしい」
『どおりで。待ち伏せのタイミングがぴったりなワケだよ』
デュノアは納得がいったようで呆れたように笑った。
流石、世界の覇権を握りかけた大企業スタークインダストリーだ。
「今のとこ娘のアンジェリカ含め、スターク社の連中は……と言っても二人なんだが、
『それが良いですわね。専用機を奪われるなんて前代未聞ですわ』
セシリアが俺を非難する。
そういえば二人は今どうしてるんだろうか。
俺はコンタクトが取りやすいようにと二人の所在地を尋ねる。
『私たちでしたら、オルコット・トレーディングのアメリカ支社に滞在していますわ。準備が整い次第そちらに伺うつもりですが、支援が必要な時には連絡を』
最後にオルコット社の所在地と連絡先を送信してもらい、通信を終了させた。
電話が終わるタイミングを待っていたようにスティーブが現れる。
「電話、終わったかい?」
「おいてきた二人が心配だったもんでな」
「分かってると思うけれど、ここでする通信は全て彼女に筒抜けだ。厳密には全部が全部聞こえるわけじゃないけれど、そこは覚えておくと良い」
「気になってたんだが、それはどういうことなんだ? 俺のどこかに盗聴機でも仕掛けてるのか」
着替える際に自分の身体をチェックしたが、何かされた痕跡は無し。持ってきてもらった私物もあらかた検分したんだが目ぼしいものは見つけられなかった。
「まぁうちの会社も過去には世界中にヒーローを送り出す仕事をしていた会社だ。色々と手段があるんだよ」
スティーブがちょんちょんと天を指差す。
……そうか。
「人工衛星による監視か……!」
大気圏の外。衛生軌道上を回る人工衛星のほとんどを今や軍用衛星が占める時代である。
中でも過去にスターク社が所持していたという人工衛星には強力なものも多く、先日のマーク44も会社の全盛期には、その巨大なアーマーを世界中に送るべく人工衛星から射出していたと言われている。
「会社自慢をする訳じゃないが、今のスターク社は情報を主に扱っていてね。国防の殆どをISが担うようになってからも、情報という一点においてはまだまだうちが独占状態だよ」
「そういえばスティーブはここの社員なのか?」
「そうだ。元々は
米国安全保障局。アメリカの中央諜報機関の更に上位に存在する組織だ。CIAほどに名前が売れてないが、CIAより更に過激で強力な実行権を有する、文字通りアメリカの最終的な安全を保障している組織である。ハワイで会った教官が指示を受けたという日本国安全保障局は、アメリカを手本に組織された経歴を持つ。
「ずいぶん立派なボディーガードがついてるんだなぁ」
「そう誉められたモノじゃないよ。けれど、彼女の意に反してISを強奪するつもりなら、僕が立ちはだかるよ」
スティーブから、バースや教公さんに感じた超人的な気配が漂いはじめる。
「拐った上に勝手に奪っておいて随分な言い草だな」
「社長である彼女の命令でね。僕は彼女に逆らえないんだ」
スティーブが一呼吸置く。
「彼女自身には戦闘能力はない。だからここで僕を突破すれば、それだけでリーチだ。ISが無いとはいえ、双龍に超界者と米国を悩ませてきた敵と戦ってきたキミだ。どうする?」
スティーブが挑戦的に微笑む。
ぶるっと身が震える迫力に晒された俺は、
「いや、無理だろ。常識的に考えて」
カランと、隠し持っていたナイフを棄てる。
戦意の無い印として、な。
「良かった。彼女が興味を持った被験体は久しぶりでね。君達男性操縦者の謎を解明するのにはまだ時間が掛かりそうだから怪我をさせるのは本意じゃない」
「自分の高い戦闘力をちらつかせて降伏させるのはもはや脅迫だぞ」
それに今の、被験体として価値があるうちは殺さないって意味だと思う。油断できねぇー。
「取り敢えず、ここにいる間、君が寝る場所に案内するよ。と言うか、さっきの分析室がそうなんだけどね。僕としてはちゃんとした部屋を用意したいんだけど……」
「……彼女の命令で、だな?」
ビンゴ。
スティーブは夜には眩しすぎる笑顔で笑った。
超界者とか双龍とかは、軍事や政治に関わっている知ってる人は知ってる情報です。