9月に入ったとは言え、海上の学校であるIS学園には海からの暖かい風が吹いてくる。よって、生徒の多くは夏服から冬服への移行期間に入ったいまでも夏服を着用しているものが多い。
俺こと柊クレハも例にもれず、夏服を着用しているのだが、今着ているものは少々趣が違った。
「―――――っは―――はははははは!」
前半は我慢したかのような、後半は耐えきれずに決壊したかのような女子の笑い声が第三アリーナ地下にこだまする。
「動かないでくださいクレハさん。うまくシャッターが切れません・・・ッ」
ミナトさーん? あなたも笑いましたねぇ?
思わず手が出そうになる俺は、これもこの先を生き抜くためだと舌を噛んで耐える。
「そ、それにしても・・・あの時の女子がクレハだったなんてっ・・・あっマズイマズイ。ボクちょっとお腹攣りそう」
床で転げるように笑いまくるデュノアの言う通り俺は現在、
女装じゃないのかとかいう野暮なツッコミは無しだ。
今回のこれは、言ってみれば世界全体を騙すための完全な変装。
アメリカに短期のインターンとして渡米する女子生徒を完璧に演じなければならないのだ。
しっかし、わざわざ女装するって時点で何かが間違ってる気する。
「「あっはっはっはっはっ!!」」
シメルゾ、テメェラ?
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悲しいことに自分でもどうかと思うくらい目元がシャープな美人の証明写真を手に、俺は第三アリーナ地下階段を上りきる。
正直に言って、ひっじょうに疲れた。
放課後から撮影を始めて、あれよあれよと三時間近く経っている。
偽造パスポートと戸籍はミナトが用意してくれるのでこのまま完成を待てばいいのだが、あとアメリカって行くのに何が必要なんだろうか・・・・と。
「・・・あれ? なぁ、アリーナの観客席べっこべこなんだが、なんかあったっけ?」
観客席へと通じる通路に設置してある中継モニターに映し出されたアリーナの状態に疑問を持った俺は、背後をついてきていたデュノアに尋ねる。
「あー、あれ?」
俺で遊ぶのに満足したのか、つやつやしたデュノアは言いにくそうに半笑いの表情を作ると、口止めされてたんだけどね、と喋りだした。
「実は昨日、あそこで生徒会長と一夏が特訓してて」
「特訓?」
「うん。昨日の夜生徒会長が襲撃されてたこと聞いたでしょ? そのあとホントは一年の専用機持ちが合同特訓と称して一夏の訓練をするはずだったんだけど、何故かはわからないけど、生徒会長が一緒に参加して滅茶苦茶に一夏を苛めて行ったの」
「え、じゃああの破損って・・・」
「うん。ほとんど全部一夏の墜落跡」
・・・・・えげつねぇ。
「ほかの一年は苛められなかったのか」
胸ポケットに写真を収めつつ訊いてみた。
するとデュノアは頬をポリポリと掻きつつ、
「まぁ、少しはね。シューターフローってわかる?」
「リヴァイヴの操縦講座で聞いたな」
「そう。もともとリヴァイブを専用機として大会に出場した選手の得意技を正式に操縦技術として体系化したものなんだ。シューターフローの名の通り、射撃時のIS制御をマニュアルで行うことによって、より複雑な飛行を行いつつ、射撃も実行できる、って技術なんだけど」
「確か昔のISの射撃ってオート制御の直線飛行中に行うか、滞空して固定砲台になるか、って感じだったな」
「そうだね。ヨーロッパの騎討ち競技に倣って『ジョスト』とか呼ばれてたっけ」
「で、そのシューターフローを習ってたわけか? 今更? 射撃タイプのお前が?」
「違うよ。確かに一夏はイチから習ってたけど、ボクとセシリアはちょっとしたアドバイスをもらったくらいだね。そういうクレハはできるのかなぁ?」
「まぁ、上下左右に曲がるくらいなら、なんとか的に当てられるかな」
デュノアとグダグダ喋りつつ第三アリーナを出る。
もうじき夕食の時間ということでそのままデュノアと食堂へ入ったんだが・・・・なんか人だかりがある。
「ボクお茶とってくるね」
「おいまて逃げるなデュノア。面倒ごと臭いけど、あれ。たぶん一夏だぞ」
そそくさと逃げようとするデュノアに人だかりを指す。
人の隙間から小さくはあるが、確かに机に突っ伏した一夏が見える。
「本当だ。今日も生徒会長に訓練見てもらったのかな」
「かもな。でも、あんなふうになるほどシゴかれたのかアイツ」
「そういえば今日の昼休み、会長がクラスに来て一夏とお弁当食べてたんだよ。なんかもう重箱五段重ねの凄いお弁当」
「篠ノ之が面白い感じにキレそうな訪問だな」
「うん。箒すっごく怒って一夏を睨んでた」
「胃に穴が開きそうだな」
なんかもうこれ見よがしに死にそうなうめき声を上げながら突っ伏しているので、仕方なく人だかりに近づく。
「おいフォルテ。なんか声かけてやれよ」
「い、嫌っすよ。なんか話によれば今日の織斑は会長にマークされっぱなしだって聞いてますし」
「マークされっぱなし? どういうことですか?」
「おや、デュノアくんちゃんじゃないっすか」「くんちゃんってなんだ」「じつは会長と織斑の二人が同じ部屋から朝出てくるところを見た生徒がいるっすよ」
「ほぅ同居とな」
「いやいや、クレハがとやかく言えることじゃないから」
お前ら女子が出ていけば話は終わるんだよ。
「それで今日の生徒会報によれば、昨日織斑は生徒会室を訪れて役員のミナサマと親睦を深めた見たいっす」
「・・・・おい、それって」
「会長は織斑を生徒会に入れるつもりでしょうねぇ」
うっわ。一夏ってば不幸なヤツだな。
「・・・ん? それって良いの?」
「何がだ、デュノア」
「一夏って、今度の学園祭で一位の部に入部させることになってるでしょ? で、会長は一夏を生徒会に入れたい、と」
「生徒会も出し物をするつもりなんだろ。学園祭で一位を取れば、堂々と一夏を生徒会に入れられるんだ。よほど自分のトコの出し物に自信があるらしい」
「ねぇ、それって」
「マッチポンプ、っすね」
「性悪水色女め・・・」
したたかさに磨きがかかって来たな。あの女。
一夏がいよいよぬーんぬーんと意味不明の唸り声を上げ始めたころ、その声に少しでも引いた女子がいたのか人混みが散り始めた。
フォルテは自分の飯があるからとその場を後にし・・・・俺とデュノアの二人で一夏のテーブルに座る。
「死にそうな声出すなよ一夏。女子引いてたぞ」
「あー、柊さん・・・」
「だいぶ疲れてるね一夏。お茶飲む?」
「・・・・飲む」
差し出された茶を一夏がズゾゾとすすると、ラウラがやってきた。
「一夏っ、あの女はどうした」
肩を怒らせたラウラは苛ただし気に言った。
「? なんだよラウラ。そんな怒って・・・」
「あの女はどうしたと訊いたんだっ」
「えっ、あっ、生徒会の書類仕事してくるって言ってたぞ」
「・・・ふん、そうか」
どっかり腰を下ろすラウラ。
あの、なんか今日ピリピリしてんな。専用機持ちのみんな。
「そういや一夏、生徒会室に行ったって聞いたが」
「え? はい、役員の皆さんを紹介してもらいましたよ」
「噂は本当らしいな」
「うわさ?」
一夏が首をかしげる。
「一夏、始めに言っておくと、更識には十分注意しろよ。あいつは性格悪いし、計算高い。おまけに肩書は学園最強だ」
「はぁ」
「いいか、今は丁重にもてなされてるかも知れんが、いざアイツの手駒になったりした時には地獄のような目に――――――」
そこまで言った時だった。
「あ~、会長の悪口いってるぅ~。いーけないんだぁ」
変に間延びした声が背後から聞こえてきた。
生徒会会計、布仏本音だ。
「久しぶりですねぇ~ひいらぎせんぱーい」
「久しぶりだな布仏妹。上にチクんなよ」
「いわないよ~。めんどくさーい」
珍しく(?)制服姿の布仏妹は、手に持ったプレートにどんぶりメシと生卵を載せていた。
「の、のほほんさん、それなに・・・?」
一夏が震える声で尋ねる。
うん、俺もそれが聞きたかった。
何故かというと、のほほんさんのどんぶり。てっぺんにサケの切り身がひとつ丸々乗っているのだ。
・・・サケ茶漬けか? いや、なら生卵の存在は・・・?
ラウラとデュノアがそれぞれの夕餉を手にしてくる中、布仏妹は自分の夕餉の準備を始めた。
「えへへ~お茶漬けだよ~。いっちーは番茶派? 緑茶派? 思い切って紅茶派? 私はウーロン茶派~」
妙なリズムを取りつつどんぶりをガシガシかき混ぜる布仏妹。
その様子を見る一夏は・・・頬が引きつっている。
それはともかく、お茶漬けにウーロン茶とはまた異色な・・・。
以前からズレた奴だとは思ってたが、結構キてんな。
しかし、俺の見通しは甘かったようで・・・、
「なんとこれに~」
「「・・・これに?」」
「卵を入れます」
布仏は、コンコンカパ。
殻にヒビを入れると茶漬けの山に器用にくぼみを作り・・・・投入した。
そして、
「ぐりぐりぐ~り~」
か、かきまぜ始めた・・・。
マジかコイツ。
ラウラとデュノアが顔を背けてメシを食ってる・・・。お、俺も顔を背けたい。
さらさらとした茶漬けからグッチャグッチャという異音が聞こえ始めたタイミングで、
「食べまーす。じゅるじゅるじゅる・・・」
「わぁ!? 音を立てないでくれよ!」
「よし一夏・・・椅子ごと向こうに捨ててこい」
「柊さんなに言ってるんです!?」
通りでいつもの女子二人が居ないと思った。
あの一年女子二人、コイツの食い方知ってやがったな?
離れの席を見ると、その二人がこっちを見て、
「本音、またあれやってるよ」「お茶漬けの時はまずいもんね」「前は梅茶漬けにウナギ、納豆混ぜてたっけ」「あの子、味音痴過ぎでしょ・・・」
なんてつぶやいているのを瞳が読唇した。
てか、梅にウナギって食べ合わせ最悪じゃねーか。
「ズゾゾっていくのが通なんだよ~」
「それはソバだ!」
「ちゅるちゅる~」
一夏も疲れてんのによく突っ込むな・・・。
その後、部屋に戻った一夏は待ち構えていた更識を見て疲労で倒れたらしい。南無三。
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学園祭まで五日を切った。
そんな中、俺は今夜の便で短期インターンとしてアメリカへ渡る。
サラが「アオは私が育t―――養うわ!」と言っていたので、俺は幾分か多めの現金を準備し、荷物をまとめた。
学校に申請した偽の任務受諾票は束さんに口を利いてもらって無事通過。少しの単位と報奨金が下りることになっているが、実際には下りることは無いだろう。不正で単位を稼ぐことはさしもの束さんも許さない。
スタークインダストリー側に送った申請書はもっと時間がかかるかと思ったが、意外とすんなり通った。顔写真、バレなかったのかね。
最終確認としてボストンバッグ一つにまとめた荷物の点検を行っていると、鈴が部屋に戻ってきた。
「アンタ、結局向こうでの拠点はどうするのよ」
「安いモーテルでも探すさ。セシリアとデュノアはちゃんとしたホテル借りるらしいけどな」
「そう・・・・・別室ならいいわ」
「当り前だろ。あの二人と同室とかありえん」
「角の立つ言い方は控えた方が良いんじゃない? 怒ったらシャルロットとかクレハをどうするかわかったもんじゃないわよ」
「たしかに怖いな」
荷物を詰め終わると、机に置いた端末を手に取って準備を終える。
「ISの調子は?」
「束さんに診てもらった。調整もばっちりだ」
「空港の通貨交換所で両替するのよ?」
「心配しすぎだっての。母親かよ」
「アンタの心配じゃなくて、任務の達成を心配してるの」
「へいへい」
・・・心配、してくれてるんだろうな。
でも、大丈夫だぜ鈴。
今回は潜入任務。
バレない経歴はミナトが用意してくれたし、バックアップのセシリアとデュノアも居る。
万一戦闘になったとしても、瞬龍とBシステムがあるんだ。楽観しすぎてはいけないが、なんとかなるさ。
「それじゃ、行ってくる」
そういって、俺はドアノブに手をかける。
「気を付けてっ」
そんな声に振り向いてみれば、さっきまで壁に寄りかかってかっこつけていた鈴が、俺を心配するように眉を寄せて立っていた。
あー、かわいいなコイツ畜生。かわいい鈴ちゃんなう、だ。
「学園祭までには帰って来る」
少しだけ高鳴りかけた心を静め、努めて平常心で俺は部屋を出た。
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かつてアメリカの軍事産業を支える一大企業であったスタークインダストリー社。
いまだ特秘部隊として存在するアベンジャーズやS.H.I.I.L.D.なんかの情報とはうって変わって、会社の情報なら簡単に手に入った。
本社の所在地はニューヨーク州マンハッタン。かつてはアベンジャーズタワーと呼ばれた施設であったが、スタークインダストリー本社の移転により売却。
本来であれば有名な製薬会社オズコープが社屋として使用するはずだったが、スタークインダストリーの新社屋が数年とたたずして全壊。
やむなくして元のタワーに戻ってきてしまったという歴史を持つ。
目的地がニューヨーク州のマンハッタンということで、俺は飛行機を利用するため成田空港に降り立っていた。
「クレハ! おまたせっ」
IS学園駅前から出ている空港のシャトルバスから降りてきたデュノアとセシリア。
二人とも学園からのインターン研修という名目で渡米するので制服姿である。
「クレハさん。お早いですわね。一体いつ空港に?」
「お前らより一本早いバスでだよ。出国カウンター通る前に準備しておきたかったしな」
ドデカいキャリーケースを引く二人の視線が俺の頭からつま先まで上下する。
「「・・・あぁ」」
「そうだよコノ準備のためだよっ。学園で着替えて出るわけにもいかんだろうが!」
空港の正面ゲートをくぐる二人が納得と憐憫を併せた視線を送ってきたため、すぐさま開き直る俺。
俺は女装するために一本早いバスで空港にやって来たのだ。
入国する際に提示するパスポートは俺個人のものではなく、IS学園二年生の女子生徒『柊 紅葉(アカバ)』のものである。男子のままで出国しても別に良いかも知れないが、あくまでも柊暮刃は出国していないと言う体面を取っておくためにこのような出国方法を取ることになったのだ。
正面ゲートをくぐり、搭乗チケットの確認と荷物を預けるため出国カウンターに行く。
チケットと搭乗席の確認をする際セシリアとデュノアのチケットが見えたが、なんと二人ともANAのファーストクラスチケットを提示しやがった。おいおい。エコノミーとるのがやっとの先輩差し置いてファーストか。
粛々と手続きを進める二人を尻目に搭乗手続きに入る。
持ち込み荷物のX線検査と金属探知機ゲートを潜るんだが、ここで心臓の瞬龍のせいか探知機が反応。流石にISのことを言うわけにはいかないので胸に金属片があることを告げると、保安員によるレシーバーでの金属検査とボディーチェックで事なきを得た。
一方代表候補である二人。現在、IS所有者が航空機を使用する際ISは格納庫に展開状態で預け入れることが航空法で規則となっている。
チケットチェックが終わった二人は手荷物検査の前に別室へ通された。きっと向こうに専用のハンガーがあってそこでISを預けるのだろう。
搭乗ゲートに出た俺は待合室のシートに座って搭乗時間を待つ。
女子制服を着てる関係上男みたいに脚を組むわけにもいかんが、案外落ち着かないので仕方なく昔見た古い映画「氷の微笑」に倣って女性っぽく脚を組んで落ち着くことにした。
そこへ。
「美少女だ。美少女がいる」
なんて、自分もれっきとした美少女であるデュノアがセシリアを連れて現れた。
「よ、二人とも。無事チェックは通ったみたいだな」
待合室には他の客もいるため、小声で声を誤魔化す。
「うん。僕の方は無事にね。でもセシリアが……」
デュノアが御愁傷様と言わんばかりの顔でセシリアを見るので、つられて視線を送ると……
「なぜ私のブルーティアーズは拡張領域の武装までチェックを受けなければならないんですの……?」
と、若干疲れた顔をしていた。
「仕方ないよ~。BTは第三世代だから、僕のリヴァイヴと違って武装も非固定式・非実弾式が多いし。目に見えないだけあって、申告だけじゃ安心できなかったんじゃないかな?」
「そうであったとしても、イチイチ全部取り出して仕舞う私の身にもなってみて欲しいですわ」
ISを所持しての搭乗が初めてらしい二人は、専用ハンガーでの厳しいチェックに既に疲れているようである。
「チャーター機ならこのような不自由はありませんのに」
「あははは。確かにそうだよね」
こいつ等・・・。
海外渡航なぞ日常茶飯事である大企業の令嬢様方は飛行機はチャーターするのが当たり前のようだ。
「さてと。そろそろ
時間を確認すると丁度アメリカ、ケネディ空港行きの乗り込み開始を告げるアナウンスが日本語と英語でされたので、乗り込み口の3番ゲートに並ぶ。
デュノアとセシリアも同じように並ぶと思ったら……あれ? 列とは別にCAさんにチケットを見せたぞ?
乗客名簿をモニターで確認したCAさんはやけに恭しい仕草で二人をご案内。エコノミークラスの列を差し置いて早々に機内に案内されていく。
人の良さそうな笑顔のまま機内に消えていくデュノア。
セシリアは直前にエコノミーの俺を思い出したらしく、
(申し訳ありませんわね、クレハさん)
とだけ口を動かし、機内へ消えていった。
二人の金髪を見送った俺は、クッソ狭い七列エコノミー席にすし詰めされ……地獄のような機内を過ごした。畜生め。
@
太平洋を横断する飛行経路をとるため、日付変更線を跨ぐ際時間にもよるが日付は一日戻ることになる。
16:50のフライトで成田をたった俺たちは約12時間のフライトを経てニューヨーク州のJ・F・ケネディ空港に到着。日本とアメリカ東海岸の時差は大体14時間なので……えーと17+12で27時。日本は深夜午前3時だな。そこからマイナス14時だから……こっちの時間は昨日の午後1時か。入国ゲートに並ぶ傍ら「昨日の午後1時か」なんて呟いていると前に立つセシリアに「何を言ってますの?」と変な顔された。うるせ。時間あわせだ。ほっとけ。
腕時計を合わせた俺だが、時差による混乱。いわゆる時差ぼけはあまり感じない。夏場の夕方に出発して昼に着いたのだが、機内でしこたま寝ていたお陰かな。
セシリアの前に、デュノアの入国審査が始まる。生粋のフランス人でありデュノア社社長の実子でもあるデュノアだが、入国審査は当たり前に行われる。だが。
「あー、君ら服装からすると三人一緒? じゃまとめてやろう」
デュノアのパスポートを見るなり、審査官のお兄さんがそう言って俺たちを手招きする。
俺もセシリアも面倒な手続きが一気に終わるとみて近寄るんだが、次の瞬間。
「———じゃ、あとよろしくお願いします」
カウンターの横から現れた三人の女性職員に面食らう。
審査官が俺たちのことは放って次の客の審査を始めたとこを見るに、俺たちは別の部署に流されたらしい。
俺たちの前に立つ三人の職員の目は……俺たちを警戒している。
そして空港警備隊の制服の襟に光るエンブレム。あれは…!
「アメリカの第二世代量産機、ハウンドだね。空港警備隊配備モデルなら武装は多分…暴徒鎮圧用のライオット
いち早く武装まで見抜いたデュノアが冷や汗を滴らせる。
ショットガン装備のISが三機も俺たちの前にある。
待機形態であるため他の客には気づかれていないが、IS学園生徒である俺たちは分かる。これは警告だ。
だが、何故だ? デュノアはパスポートと一緒にスターク社へのインターン推薦状を提出したはずだ。
なぜこんなにも警戒されるのかが分からない。
「…これは一体何の歓迎ですの?」
セシリアが警備隊員に問う。
「オルコット様、デュノア様にはご迷惑をおかけします。しかし、我々にも命令がありますので。そちらの方は我々にご同行いただけますか?」
そう言って、俺を示す女性隊員。
「お…私ですか」
「ええ。敢えて言わせていただきますが、法的拘束力はございませんが、抵抗なさるのなら覚悟願います」
剣呑な物言いにデュノアが血相を変える。
「ちょっ、僕たちは非武装ですよ!? あまりにも強引すぎでは!」
「承知しております。ですから敢えて要請しているのです」
デュノアの方に隊員の意識が向いている間に瞬龍の調子を確かめる。
すぐに起動できる状態だが、他にも客がいる前だ。
ここで戦闘を始めるわけにはいかない。
相手にも戦意があるわけではない…と思うので、ここは従っておくのが吉か…?
セシリア、デュノアとのアイコンタクト協議の末」、大人しく様子を見ることにしたので、
「…わかりました。とりあえず話を聞かせてください」
とりあえず抵抗する気はないことを示す。
俺がそういうと、他の二人がどこからともなく俺達三人分の荷物を持ってくる。
「では、こちらへ」
先ほどから話していた隊長らしき人物にの後について移動するんだが、どういうわけか彼女は正面ゲートをくぐり、アメリカの空の下に出た。
ケネディ空港は海に面した地域にあり、潮風は感じないものの、カラッとした気候で日本のようにべたつく夏の暑さは感じない。
「…?これってどういう———」
てっきり拘置所なり別室に連れて行かれるかと思っていた俺たちは互いに顔を見合わせ混乱顔。次の瞬間。
「GO!」
甲高いスキール音が響き、俺の目の前に一台のバンが急停車する。
停車する際の反動で勢いよく開いた後部ドアから手が伸び、俺の顔にすっぽりと黒い袋を被せてきた。
…え? なんだこれぇッェ?
視界が遮られると同時に強く引き寄せられる力が働き、俺はどうやらバンに引き込まれたのだと自覚する。
「ちょっ!? クレハぁ!?」
デュノアの声を最後にバンのドアが閉められ、急発進。
俺の頭はいまだに混乱しつつも、一つの結論にたどり着いた。
(…さ、攫われたっ!?)
声を出そうとするが、袋を被せられる際に布を口に詰められた後猿轡を噛まされているので発声しようにも舌が動かず無意味なうめき声に変わる。
だが、そこはIS学園生徒な俺。
一応周りの情報を得ようと、呻いて混乱するフリをしつつーーだけでよかったかも知れんが、折角なので腹いせに俺を押さえ込む奴に蹴りをキメたりしつつ、急襲犯の様子を探る。
「おっ、オゴフッ! オェッ……な、なぁ。キャプテン。本当にこんなことやってよかったのか? いくら彼女からの依頼とは言え無理やりすぎやしないか?」
「仕方ない……とは言わないが、どちらにしろその人は僕たちに接触する気でいただろうさ。インターンとして侵入されるより話は早いよ」
それより、しっかり抑えなよ。と、キャプテンと呼ばれた男らしき人物が言うと、押さえつけてたヤツは思い出したかの様に俺の手足に拘束をかけ始める。……イヤイヤ。なんかこっちの意図は全部バレてるっぽいが拉致はやめようよ拉致は。昔、ドイツでちょびっと経験したトラウマが刺激される。
「さて、もう君の素性は全て知っているから単刀直入に行こうか柊クレハ君。運転しているから顔は見せられず失礼するが、僕はスターク氏から君を連れてくるように言われてね。悪いが待ち伏せさせてもらった」
本名を呼ばれる。チクショウ。どうやら本当にこっちのことは筒抜けみたいだな。どこからバレた? セシリアとデュノアに情報探らせたのを逆探知されたか?それとも学園のデーターベースに侵入されたのか……?
「君とデュノア嬢オルコット嬢は、スターク・インダストリーに潜入する気でいたようだが、すまないね。内緒話は全部聞こえるんだ」
全部聞こえる? 興味深い話を聞かせてくれるが、こっちもなされるがままって訳じゃない。すぐにISを展開してーー
「悪いね。日本人。ソレも知ってる」
こちらの思考を読んだのか、俺に拘束を施し終えた男が申し訳なさそうに言う。
すると、ドンと胸に突き立てられる何か。
ビリっとくる痛みを伴うところからするに……注射器だな? 何を入れやがった。
薬効が何かわからず、とりあえず手に爪を突き立てて痛みで意識を保つのだが……それすら霞むほどに思考が遅くなっていく。
毒……じゃない。
睡眠薬か何かだ……!
「しばらく眠っておいてもらおう。なに。しばらくしたら目的地だ」
運転する男の声が微かに聞こえる。
置いてきた二人は大丈夫かなと思いつつ、俺は強制的に眠りにつかされたのだった。