「デュノア・・・」
セシリアを連れて入った学園の離れにある喫茶店。
そこのドアを開いたのは意外にも一年生のシャルロット・デュノアだった。
「もう、クレハといるなら連絡ぐらいしてよセシリア。おかげで学園中を探し回ることになっちゃったじゃない」
「も、申しわけありません・・・」
セシリアは頭を下げつつも、「クレハさんが悪いのですからね・・・!」的な視線で俺をチラリと見てくる。
二人は待ち合わせしてたのか?
そうすると、セシリアが昇降口でたたずんでいたのはデュノアを待ってたからだと予想できる。
ふむ・・・・・俺が全面的に悪いな。
「デュノア、セシリアは俺が無理言って引っ張ってきたんだ。でも、ちょうどよかった。座ってくれよ」
謝りつつ、机に椅子を追加した俺を怪しそうに眺めたデュノアは、
「・・・・まぁ、どうせお茶しようと思ってたから良いけどね」
カウンターにいる店員さんにカプチーノを注文しつつ座った。
運ばれてきたカップからコーヒーの香りとクリームの甘い香りがしたので、俺とセシリアは顔を見合わせてカプチーノを追加注文。
三人でコーヒーブレイクを楽しんだ後、そういえば、と俺から切り出す。
「お前ら二人でお茶とか珍しいな、なにかあったのか?」
「え? あー、ちょっとね」
言いにくそうにもみあげを弄るデュノア。
「大丈夫ですわよシャルロットさん、クレハさんにはその件で相談していたところですのよ」
「あ、そうなんだ。なにかアドバイスもらったの?」
「それは・・・」
今度はセシリアは黙った。
「正直言って、俺からは何をアドバイスすればいいのかわからない。BTは遠距離型のISだし、一夏の雪羅ともぶつかって無いしな」
「ここでそれを言うのは上級生としてどうなんですの?」
「まさかお前が模擬戦で負け越してるなんて思ってなかったんだよ」
実際、セシリアの戦績が悪いなんて思いもしなかった。
セシリアはいつも強気で胸張って立っているイメージで、今のような肩身を縮ませている姿なんて想像もしていなかった。
セシリアはイギリスの代表候補生だし、専用機持ちだ。
きっとイギリスからの圧力もあって、相当にプレッシャーを感じているのだろう。
さっきも言ったが、それによって精神のバランスを崩してBTの適合率が下がっている可能性もある。
だから、取りあえず言えることを言っておこう。
「まぁ、なんだ。心配のし過ぎで適合率が下がっているのかもしれん。なにか気分転換でもしたらどうだ」
「気分転換、ですか?」
「ああ、例えば料理――――はないとして」
「なぜ料理は除外したんですの?」
「りょ、料理は細かい調味料の組み合わせだ。精神をすり減らしてるお前にとっては逆効果なんだよ。決して毒の生成を止めたいわけじゃない」
「毒?」
マズイ、少し本音が漏れた。
「とにかく料理はダメだ。他に買い物とかもあるが、自分のストレス発散方法を見つけたほうが良いかもな」
「ボクのおすすめはお風呂だよ。大浴場より、自室のシャワーのほうが落ち着いていいかも」
「わかるぜそれ。大浴場は大きすぎて逆に落ち着かねぇんだよな」
日替わりで男子が入れるようにローテーションは組まれたが、男は現在俺と一夏の二人だけ。
さすがに二人で入るにはあの風呂は広すぎる。
デュノアもそうなのかな?と思って同意したんだが、なぜかデュノアはちょっと焦った様子で視線を右往左往。
「え、ええと、ボクの場合はみんなの視線が、ね・・・・?」
恥ずかしそうに自身の胸元を押さえるデュノア。
・・・デュノアは男子がランキングをつけたところ(二人しかいないが)、一、二年の中でも上位に食い込むほどスタイルがいい。
ランキングは
押さえた瞬間手の重みによって、ふにょん、と制服越しでも胸が変形するのが分かってしまい・・・・・ごくり。
その生々しい光景に生唾を飲んでしまう。と、
ギンッ!
うおっ!
俺の視線がバレたのか、セシリアが刃物みたいな目で俺を睨んできた!
セシリアの視線の圧力により、目線を変えざるを得なかった俺は、窓の外の太平洋に逃げ場を求めた。
あ、カモメが飛んでるぅ。
「はぁー、デュノアさん? クレハさんは自制心が弱いので軽々しく身体の話をするのは褒められたことではありませんわよ?」
「まてセシリア。それじゃあ俺が見境無いみたいに―――――って、デュノアもデュノアでそんな目で俺を見るんじゃねぇッ!」
まるでゴミでも見るかのような二人に言い訳しつつ宥めること数分。
ケーキを注文したことで二人の機嫌が戻ったので今度は俺のお願いを提示させてもらう。
「セシリアの悩みは置いておくとしてだ」
「は?」
「お、お前ら二人の実家は貿易もしてるんだよな? 特にオルコット家は」
またもやセシリアに睨みつけられビビったが、無視して話を進める。
「・・・・えぇ、オルコット家の家業は貿易業。世界中の品物を扱っていますわ」
「だったらアメリカのスタークインダストリーとは取引してるか?」
「ええと、少々お待ちください・・・・・・・ええ、今は会社の規模も小さくなってしまっていますが、工業製品を少し」
「デュノアはどうだ? 会社で何か関わりあったりするか?」
本人から聞いたことは無いが、デュノア、という名前で初めに思い浮かべるのはデュノア社だ。
フランスに本社をおくデュノア社は、自社製ISラファール・リヴァイヴが世界第三位のシェアを誇る大企業で、デュノアはおそらくそこの令嬢か何かだと思ったんだが・・・。
「ッ・・・・・」
見れば、デュノアは唇を噛みしめ、顔を伏せた。
「・・・クレハさん、女性が隠していることを無暗に聞き出そうとするのは紳士の行いではありませんわよ」
セシリアが俺を咎めるように言うが、その顔は怒っているのではなく・・・心配しているような顔だ。
予想外の反応に、流石の俺もマズイと思ったので、
「悪い。デュノアにだってわからないことはあるよな」
そう、濁しておく。
「全く、女性に恥をかかせるものではありませんわよ。・・・話を戻しますが、その取引相手がなにか?」
「スタークインダストリーの業績は知ってるな?」
「ええ。ISの前世代の兵器、アイアンマンを開発した会社ですわね」
「この間、そのアイアンマンの最新型、もしくは改良型に襲撃された。ビッグサイトで爆破事件あったろ。あれだ」
セシリアは記憶を手繰るように顔をしかめ、そして「ああ、そういえば戦闘があったと情報が回ってきましたわね。公には爆破事件で通ってますの?」と、かっるぅーく言った。セシリアも戦闘慣れしてきたなぁ。
「幸いにもサラが撃退に成功したが、敵はまた来るとも言っていた。できれば情報がほしい」
「・・・質問しますわ。クレハさんはアイアンマンについてどの程度ご存じで?」
セシリアがタブレットを開きつつ質問してきた。
「スペックデータは束さんから大体もらったんだよ。でも過去のデータだった」
「そういうことですわ」
「どういうことだよ」
「篠ノ之博士の知らないことをわたくしたちが知りえるハズがありませんわ」
セシリアがごく最近のスタークインダストリーとの取引データを表示させる。
「ご覧の通り、現在スターク社との取引は電子機器類がメインとなっています。数年前までなら極少数ですが武器の流通も担っていましたが、ISの登場以来、ほとんど流れることは無くなってしまいました」
「でも、襲ってきた奴は俺が見たこともないタイプだった。間違いなくどこかでアップグレードなり開発なりをしてるはずだぞ」
そこで、ハタと気が付く。
「・・・スターク社は、別のルートで取引し始めたってことか・・・?」
「その線が予想されます」
そういうとセシリアは、見たことも無いような真剣な顔でタブレットを操作し始めた。
たぶん、仕事モードってやつなんだろう。邪魔しないように静かに聞いてよう。
「スターク社とのつながりで取引を行った会社のデータも検索しましたが、めぼしい情報はありません。スターク社自体のデータはプロテクトが強固なためネット回線で閲覧することは難しそうですわ。他の大手以外と取引を行ってる可能性もありますが、現段階で知りえる情報は確証に足るものではありませんわ」
「そうか・・・」
セシリアでもダメかと諦めかけたとき、いままで黙っていたデュノアが口を開いた。
「じゃあさ、実際に潜り込んでみたら?」
「潜り込む?」
「うん。クレハは夏に潜入調査やってたでしょ?」
「ああ、やった」
「なら大丈夫でしょ」
「「いやいやいやいやいや」」
セシリアと合わせて突っ込む。
なんだこの軽さ。
前、格ゲーをした時にラウラが見せた「ね?簡単でしょう?」ってセリフより軽かったぞ。
「あのなぁ、デュノア。俺は相手にツラが割れてるんだよ。どうやって潜入しろと?」
「そうですわ!それにスターク社の社員に紛れるにはクレハさんは頭が足りていませんわ!」
おいこら。
「そこはホラ、初秋のインターンを装って行くんだよ。IS学園は多国籍校どころか国籍がない学校だし、インターンの受け入れは整備科の生徒ならすんなり通るんじゃないかなって」
「・・・偽装するってことか」
「そう。幸いにもクレハは変装が得意なんだし、潜り込んで内側から攻撃するなら最も適した人材だと思うよ」
変装って・・・あれか。女装のことを言ってるのか。
「百歩どころか万歩くらい譲って女装するとしよう。だがどうやって向こうとの約束を取り付ける。さすがに学園に協力は求められんだろ」
「考えはあるよ。転校生として新しく学生登録をすればいいと思う。スタークインダストリーといえども他国の学生一人の身辺調査を詳細に行うなんて無理だと思うし、それが少し前まで学園外の人間ならなおさらだと思う」
「つまりなにか? 俺に暫く女装して過ごせと?」
それじゃあ一年の時の焼き増しじゃねぇか。
二、三年生は顔を知ってるし、絶対無理だぞそんなの。
「さすがにそんな酷なことは言えないよ。女装して生活しなくても、女子用の戸籍には予備があるでしょ?」
俺とセシリアは顔を見合わせる。
「・・・予備ってなんだ。知らんぞそんな裏技―――――ッ」
突如戦慄した俺の顔を見て、セシリアがはてなマークを浮かべている。
それに対してデュノアの顔は・・・・今にやけたぞ!? 口の端をニヤッと釣り上げやがった!
デュノアが言外に伝えているメッセージに気が付いた俺は、恐怖に震える。
デュノアが言った『戸籍の予備』というキーワード。
それは俺が良く知る人物二人が使っているモノだ。
言わずもがな、アオとミナトのことだ。
二人はもともと超界者であり、日本には戸籍がない。
この二人は束さんの用意した架空の戸籍を使ってこの学園に在籍しており、ミナトの弁によるとその戸籍はまだ複数あるようなことも言っていた。
あの暗い、地下射撃場で、だ。
そのことを知っているということは・・・シャルロット・デュノア。この女、どっかで
あそこは基本的に俺とミナトくらいしか出入りしないこの学園で唯一ともいえるセーフゾーンだ。
その情報を、何故か知らんがデュノアは
「あー、なんだかボクミルククッキーが食べたくなっちゃったなぁ」
これは、敵地に潜入する手段を提示しておきながら、その手段に発生するリスクを人質に取って脅迫するパターン・・・!
わざとらしくつぶやかれたミルククッキーとは、おそらく条件の隠語。
俺は店員さんにクッキーを注文して、条件に従う意向を示して―――話を促す。
「予備の戸籍を使えば転校手続きも問題なく進められるし、初めから学園にいたことにもできる。きっとこれで向こうにインターンする問題はクリアだと思うよ」
水面下で進められたやり取りに、セシリアがさらにはてなマークを浮かべて今までにないくらい面白いことになってるが、今はスルーだ。
「じゃあほかに問題があるっていうのか」
「あるよ。向こうでの住居や生活はどうするの? 潜入したとして情報はどうやって得るつもり? ちなみにボク、英語はカタコトだよ?」
・・・・ほほぅ。
自分どころか、セシリアまで連れていけと言い出しましたか・・・。
だが、先攻するユニットは此処で決められる話じゃない。
確かに情報戦ができるデュノアや、英語が堪能なセシリアは役に立つかもしれん。
だが、それならばほかに当てがないわけじゃない。
悪いが、条件の真意が読めない以上、すぐに飲むわけにはいかないワケで・・・。
「ありがとな二人とも。アドバイスも出来ずに悪かった。インターンの件についてはしばらく考えさせてくれ。クッキーはとりあえず俺が払っとく」
そう条件は保留する旨を伝える。
席を立った俺にデュノアは視線を向けず・・・、
「できれば、いい返事が欲しいな」
そう、つぶやくのだった。