インフィニット・ストラトス~オーバーリミット~   作:龍竜甲

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四巻ラストです。


新たなる敵と夏祭り(後編)

翌日。今夜は夏祭りだ。

今朝、目覚めると隣に寝ていたはずの束さんが布団から居なくなっていた。

時計を見ると7時前。

束さんの生活リズムがどうかは知らんが、行動するには早い時間ではないだろうか。

不思議に思い、着替えて家のなかを探し回っていると・・・見つけた。

 

束さんは舞台に立っていた。

白装束に身を包み、長い髪をきらびやかな(かんざし)で留めている。

・・・あれが、神楽巫女としての束さんか。

早朝の静けさのなかに佇む束さんは普段より近寄りがたい感じがして、声をかけるのを躊躇ってしまう。

―――舞が、始まる。

両手に携えた刀と扇を操り、見事な舞を披露する束さん。

小鼓も笛もないのに、音楽が鳴っているような錯覚まで覚える。

・・・どうやら本当に神楽舞については全て記憶しているらしい。

後で聞いた話だが、篠ノ之家の神楽舞に使われる太刀と扇。

これらの装飾は篠ノ之流古武術の型、「一刀一閃」に由来するもので、今では本当に篠ノ之流剣術の型に「一刀一扇」とあるらしい。あ

束さんが扇を振るうたびに鈴の音が鳴り、次第に舞が剣術らしい勇ましいものに変わっていく。

扇で払い、受け流し、刀で斬り、突く。

そんな、息を飲むほど鋭く絢爛な舞がしばらく続き――――束さんが得物を同時に腰に納める。

 

「・・・・出てきてもいーよクーちゃん」

「・・・・・なんだよ。やっぱりバレてるのか。昨日も雪子さんに見つかったんだが、どうして気づかれたんだ?」

 

盗み見ていたのを恥じながら束さんに訊いてみる。

するとフフッと笑った束さんは、

 

「ウチの御神体は刀なの。お盆期間中は丁度クーちゃんの後ろに飾ってあるから隠れても刀身に映るんだよ」

「・・・・そう言うことだったのか」

 

背後をチェックすると・・・確かに抜き身の刀が祀られている。

これが御神体か・・・。盗まれても知らねーぞ?

 

「随分と・・・その、様になってたな」

「素直に誉めればいいのに~。ちゃんと覚えてたでしょ?」

 

いやんいやんとばかりに身体をくねくねさせる束さん。

格好いいと思ってたのに台無しだな。やっぱり束さんか。

 

「ん―、そうだね。クーちゃんも持ってみる?」

「はっ? えっ? ちょっ! 刀投げんなよ!?」

 

束さんがぽーいと持っていた刀を投げてきたので、慌てつつもなんとかキャッチする。

全く、鞘に入ってたから良いものの、真剣だったらどうするつもりなんだ。

続けて投げてきた扇もキャッチして、束さんと同じように構えてみる。

・・・・この模造刀、女性用に造られているらしく柄が細く、軽い。

装飾がシャラシャラ鳴るが、振るのに邪魔になることは無いようだ。

篠ノ之流の一刀一扇は、扇で、「受ける」「流す」「捌く」を担当し、刀が「斬り」「突き」「断ち」を担当する。

大まかに分類してしまうなら小太刀二刀流というべき、れっきとした戦闘スタイルである。

俺の場合、時穿と流桜の一刀一銃になるんだが・・・応用が効くかな? どっちも攻撃武器だけど。

構えの特性をあらかた検証した俺は、束さんに刀と扇を返す。

すると―――

 

「っ!?」

「ごめんねクーちゃん。けど、少しじっとしててよ」

 

いきなり、本当にいきなりだ。

腰に刀を納めた束さんが、俺に抱きついてきたのだ。

動揺は一瞬で――次の瞬間には束さんの甘い香りが鼻をくすぐった。

 

「・・・仲直り、やってみるよ。クーちゃんも大事だけど、箒ちゃんも束さんの大事な妹だもん」

 

俺の耳のそばで、くすぐるように囁かれる声。

その声には不安と覚悟が感じられた。

 

「クーちゃんは経公相手に、頑張ったよ。だから、次は束さんの番。・・・頑張るなんてしばらくぶりに口にするけど、案外恥ずかしいねこれ」

「・・・・そりゃ、アンタは天才だからな」

 

どう声をかけたらいいのか分からないので、そんなどうでもいいことしかコメントできない。

 

「昨日も言ったが、箒だって今の関係を気にしてる。そこで天才のアンタが頑張るんだ。悪い方に動くわけがないだろうよ」

「・・・ふふっ。息子に励まされるなんて、天才の束さんの人生においても稀有な出来事だよ~・・・なんてね」

 

ちょろっと表面が出たのを最後に、束さんが離れる。

 

「――さて、クーちゃん! 朝ごはんだよ~!」

 

腰に手をあて、ふんぞり返る束さんは、完全に吹っ切れた清々しい笑顔だった。

 

 

「・・・・けっ」

 

夕方になり、神主の手伝いをしていた俺は二人して恋愛守りを買っていったリア充にネクラっぽい視線を向けていた。

チクショウ。結構マイナーな祭りかと思ってたが、ここの神社、祀ってあるのが女性の神様なだけに恋愛運に定評があるらしい。不幸に定評のある俺が参拝すべき神社はどこですかね?

午前中から行っている、効果の高そうな開運お守りの選定を再開していると、来たぞ来たぞ。浴衣の女子の集団が。

どいつもこいつもキャッキャと楽しげに祭りを謳歌しているのをじとーっと見ていたのを心配したのか、隣から・・・

 

「柊先輩、もう少し愛想よく出来ないのですか・・・っ?」

 

なんて俺と同じ袴姿の箒が声をかけてくるが、四六時中愛想のないお前に言われちゃオシマイだな。

因みに、箒はこのあと六時から神楽舞を束さんと一緒に舞い、その後またお守り販売の手伝いに入ってもらうことになっている。予想以上に混んでいるため、販売の仕事を手伝ってもらっていたのだ。

 

なぜか俺をチラチラ見つつ、隣の箒の案内でお守りを購入した女子の一団は、これまた俺の方をチラチラ見ながら去っていく。

二人して集団に一礼しながら、少し反省。

しまった。睨みを効かせ過ぎたか。

しかし、一人だけ礼を返して去っていった礼儀正しいヤツがいたので少し気も治まる。かいちょーとかって言われてたから、どこかの学校の生徒会長なんだろうか。

 

時間が来たので、箒は神楽舞の準備に向かい、俺が一人で販売を受け持つ。おい、途端に客足が鈍くなるのやめろ。

一応バイトとして給料も出るので、携帯いじるわけにもいかんし、接客がないと暇だ。

どこからか聞こえる祭り囃子(ばやし)を聞きながら、遂には自分の金でおみくじを引き、凶を引き当てて自分でテンションを下げ始めた俺の前に――――

 

「うっわ。目付きの悪い神主ねぇ。もうちょっと朗らかにならないの?」

 

カツッと赤い鼻緒の下駄を響かせ、鈴が―――って。

 

「・・・・ん? どうしたのよ? フリーズ? クレハが来いって言ったから来たのよ?」

 

ヒラヒラ~っと手をふる鈴なんだが・・・・

・・・か、カワイイぞ、凄く。

前に見た浴衣のモデル写真では、黄色の浴衣でガキっぽく決めていたが、今の浴衣は大人な紺色に甲龍を思わせる朱い牡丹柄で・・・なんというか、凄くイイ。

どっちもカワイイに変わりはないが、予想とは大分違ったためやっぱりインパクトが大きい。

人込みに紛れるように地味な感じにしてきたんだろうが、逆に目立っちまってるぞ。

 

「・・・あっ、時間! 時間どうしたんだよ? 約束は7時だぞ。三十分も早く来たのか」

「べっ、別にいいじゃない。いつ来たって・・・ていうかアンタもなんでそんなことしてんのよ?」

「バイトだよバイト。束さんの付き添いでここに来て、手伝いしてるんだ」

「へー、あっそ。いつ終わるの?」

「わからん。向こうの舞台で今箒と束さんが神楽舞をやってるからそれが終わったらこっちも終わっていいだとさ」

「へー」

 

へーって・・・。

 

「見に行かないのか?」

「別に。あんまり興味が無いわよ。・・・それにしても日本のお守りって慎ましいわね。もっと派手なのないの?」

 

棚に陳列されたどれもこれも地味なお守りを、つまらなそうに見る鈴。

・・・棚に近づくと、身長のせいで首から下が見えなくて生首状態になるんだな。

鈴の母国の中国のお守りと言えば、真っ赤で唐辛子の飾りがジャラジャラ付いたものを連想するんだが、確かに派手さで言えば向こうの方が圧倒的に派手だろう。

 

「無い。ここのお守りは藍色一択だ。恋愛なんかにご利益があるらしいぞ」

「れっ、恋愛?」

 

おっ、鈴が目を瞬かせた。

そして、ギロッ。

爆弾でも探すような目付きになってお守りを見渡す。

さ、さっきよりも熱心に見てるな・・・。

やっぱり女子って言うのは、なんだかんだ言って恋愛守りを持っていたいのだろうか。

鈴は恋愛成就と書かれた藍色のお守りを買い、それを巾着袋にしまう。

 

「そ、そう言えばここっておみくじはあるの? あたしやりたい」

「あるぞ。百円だ」

 

鈴のちっこい手から百円を受け取り、代わりに六角形のアレ(名前は知らん)を渡す。

鈴は真剣な顔でそれを上下に振り、出てきた一本の数字を告げる。

 

「26よ」

「はいはい、26・・・26・・・これか」

 

背後の棚から26番のおみくじを取りだし、鈴に渡す。

その場で開いて確認しているので、俺も見えるんだが・・・・ぷっ、鈴のやつも凶引いてやがる。

日頃の行いの悪さだ。他の運勢も悪いに違いない。

どれどれ・・・願望、叶い難し。ほら見ろ。

その他の運勢も微妙なものが続くなか、鈴の目が一点に集中しているのに気がつく。

視線を辿ると、れんあ―――・・。

 

「―――ムゥリィィィィィ!」

 

突然、鈴が絶叫した。

顔を真っ赤にして天を仰ぐ鈴の姿は、浴衣の可愛らしさを帳消しにするほどの迫力を放っている。

え、なに? アイツになにが起こった・・・?

叫んで息が切れた鈴は、鬼のような形相でおみくじを―――ーや、破った!

 

「お、おい。悪かったならそこの木に結べば――――――」

「―――うるさいッ!」

「えぇ・・・?」

 

わ、分からない。

なんでいきなり切れたんだ?

だが、触らぬ鈴に祟りなしだ。できるだけスルーしていこう。

「出来るか出来るか出来るかぁッ!」と呟きながら細切れのおみくじを踏んづける鈴。

それを不思議に思って見ていた俺と目が合うと・・・・。

 

「~~ッ!」

 

変な感じに喉を鳴らし、くるっ。

幾分か落ち着いた様子で屋台の方に体ごと意識を向ける。

・・・・マジで変なやつだな。

すると、舞台の方から慎ましい拍手が聞こえてきた。

舞が終わったらしく、舞台の上では束さんと同じように神楽巫女の格好をした箒が舞台袖へと消えていくところだ。

さて、舞が終わったんだしこっちも着替えて祭りに繰り出そうかな。

俺はそっぽを向いて、顔の辺りをパタパタしてる鈴に声を掛ける。

 

「―――おい鈴。終わったみたいだし、俺たちも行くか?」

「う、うん」

 

鈴は頷いた。

鈴らしからぬ、素直な表情で。

 

 

「やっぱり祭りだなぁ・・・」

「そ、そうね・・・」

 

ぎこちなく答える鈴。

さっきのアレ以来、どうやら緊張してるみたいだが外見には緊張してると臭わせる要素はない。

両手に持った綿あめとりんごあめ。

頭に被ったヒーローモノのお面。

全力で祭りをエンジョイしているようにしか見えない鈴がソコにはいた。

 

あれから着替えて十分ほど、小山のふもとの石段から歩いてきたんだが、鈴には本当に振り回されっぱなしだ。

なんせ表情とは裏腹に、身体が遊ぶ気まんまんなのだ。

いつの間にかフラフラ~っと綿あめを買いに行き、お面を被って現れたときには「迷子?」って素で聞いちまってデンデン太鼓みたいにツインテールで頬を叩かれた。

それからも鈴の買い食いは止まらなかった。

焼きそば、焼きいか、かき氷。

やめろと言ってもなぜか鈴は止まらないので、しかたなく二本目の綿あめを買ってきた際に財布を取り上げることで買い食いを強制的に止めさせた。

しかし財布を返せと暴力に訴えてきたので、心配しつつも返したが、いったそばからりんごあめを買ってきたのでもう諦めた。IS乗りとして、急激な体重変化は避けるべきだろうが、もう知らん。好きに太れ。

 

「・・・・なにをそんなに緊張してるんだ?」

「別にしてない!」

 

いや、してるだろ。

綿あめに顔を突っ込む勢いでカッ喰らう鈴を見てため息を吐いていると・・・・。

 

「あれ? さっきの神主さん・・・?」

 

鈴が来る直前に、お守りを買っていった浴衣集団の女子が一人でキョロキョロしていた。

赤い髪をヘアバンドで纏め、ポニーテールのように後ろに垂らしているサバサバした外見の女子だ。

あ、よく見たら唯一ちゃんと礼を返してきた女子だ。

 

「売店にいなくていいんですか?」

「俺はバイトだよ。終わったから祭りを見てる」

「へぇ~、そうなんですか・・・・って、え!?」

 

ヘアバンドが、何かに気づいて驚いている。

見ているのは・・・わたあめにがっつく鈴?

 

「・・・おい、鈴。知り合いか?」

「ん? 知り合い? こっちで知り合いなんて五反田のやつらくらいしか・・・って、はっ!?」

 

わたあめから顔を上げ、ヘアバンドの顔を確認する鈴。

 

「「なんで蘭(鈴さん)がここに居るのよ!(居るんですか!)」」

 

揃って声を上げる二人。

周囲の視線が一気にこちらを向く。

 

「二人とももうちょい静かに喋ろうぜ?」

「・・・出来ないわクレハ。コイツとは着けなきゃならない決着があるの」

「そうです神主さん。いくら神社の人だからって邪魔するなら容赦はしません」

「俺は静かに喋れって言っただけだろ・・・」

 

なんか知らんが、いきなり険悪なムードだ。

二人にあわせて、周囲の雰囲気もちょっと悪くなってるんだが、それに気づかないほど興奮しているらしい。

さすがに一般人相手にISは使わない・・・使わないと信じたいが、それでも鈴と喧嘩なんか始めたら手がつけられなくなる。

このヘアバンドが何者か知らんが、止めるしかないな。祭りの評判にも響く恐れがあるし。

 

「中学の時はよくもいじめてくれたわね、下級生のくせに!」

「鈴さんこそ! 私が一夏さん近づくたびに邪魔をして!」

「ふん! それで弾を使って仕返しとか情けないったらありゃしなかったわ!」

「く、くぅ・・・あのバカ兄さえしっかりしていれば・・・!」

 

あー、これ一夏が関係してるパターンか。

二人をどう止めるか考える。

 

「もう我慢なりません! IS学園に入ってるって聞きましたから手加減はしません!」

「候補生相手に喧嘩を売るなんて大した度胸ね。良いわ。買ってあげる・・・ッ!」

 

二人が同時に飛び出す。

超界の瞳が処理した映像が、スローモーションのように脳内に浮かび上がる。

僅かに先行して飛び出したのは、ヘアバンド。

下駄で蹴りを入れるつもりなのか(容赦ねぇな・・・)やや前方向に飛び上がり、脚を上げ始めている。

鈴は予想していたのか、巾着の中身を袖に移し、空っぽの巾着袋をグローブのように手に巻いている。受け止めるつもりか!

鈴vs雨や、鈴vs箒ならどちらかが尽き果てるまで放っておくんだが、今は祭りな上に衆人環視の中だ。迷惑を掛けないためにも止めるしかない。

蹴りを受け止めようと構えている鈴は置いておいて、止めるならヘアバンドだ。

俺は鈴の前にPICを使って身体を滑り込ませると、ヘアバンドの蹴りと向かい合う。

しかし、ソコでハプニングだ。いや、この場に限っては幸運とも言えるかもしれない。

ヘアバンドは高く飛び上がり、特撮ヒーローのような蹴りの姿勢に入っている。

即ち、それは脚を大きく開いて伸ばすような蹴りで・・・・。

右前にした浴衣の裾が、脚の動きによって開いていく。

(あらわ)になっていく脹ら脛に、すね。

そして遂に白く細い女子っぽい太ももが目に飛び込んでくる。

 

―――Bシステム、起動します

 

初対面の人間に微かでも興奮を覚えてしまった罪悪感はともかく、せっかく起動したBシステムだ。この場を穏便に済ませるため、活用させてもらおう。

・・・改めて状況を整理する。

前から飛んでくるヘアバンド―――鈴は蘭と呼んでいた―――の下駄。

アレが一番危険だろう。

俺の顔の高さにまで飛び上がった蘭の下駄は、予測だと鈴の顔を直角に捉えているコースだ。

人ひとりぶんの体重を完璧に受け止めきれるとは思えないし、受け止めたとしても、あの巾着じゃぁ怪我は免れない。

やはり、俺が止めるしかない。

迫り来る下駄に俺は手を伸ばし、それを掴む。

このまま脱がすのも手だが、それだと蘭の姿勢が崩れて落下してしまう。これも怪我をするからダメ。

だから俺は咄嗟の判断で動く。

俺は蘭の蹴りの勢いを殺さずに、下駄に触れたまま腕を引く。

手首で勢いを殺し、肘関節で更に緩和。

肩まで使って蘭の勢いを完全にゼロにする。

蘭の下駄を持ったまま、背中を反る姿勢になった俺は、蘭の勢いがゼロになった瞬間を感じ取って―――

 

――――――蘭の股関節が正常な位置に戻るように、下から勢いよく持ち上げる。

 

都合、俺の手の上に蘭が立っている姿勢になったが、このままでは不安定なので、もう一方の足も揃えて持ってやる。

・・・・なんとか衝突は避けられたが、余計目立つ状況になっちまったな。

今、俺は両手を上に伸ばし、その手の上に蘭が立っている状況だ。

上にいる蘭もポカーンとしているが、きっと周囲の視線を一身に浴びていることだろう。

なんせ喧嘩だと思ったら大道芸が始まったのだ。驚かないわけがない。

 

「・・・・えっ? ちょっ、なにこれぇ!?」

 

上から蘭の情けない声が聞こえる。

ははっ、ちょっと我慢してくださいね。喧嘩しようとした罰だ。

しかし、ここで俺は単純なミスをおかした。

鈴が、受け止める?

この鈴らしくない対応に俺が違和感を感じた瞬間―――ガッ!

・・・・腰に、衝撃。

巾着袋に包まれた鈴の拳が俺の腰に突き刺さり、身体がくの字に折れる。

あ・・・・やべ。蘭を支えられない。

いつの間にか、Bシステムも止まっている。やはり興奮が微かだったためすぐに止まったのか。

上から降ってくる蘭のオシリを見ながら、さっきの反省をする。

そうだ。鈴が喧嘩で防御から入ることはない。

いつだって先に殴りかかる。

拳に巻いた巾着袋は受け止めるための緩衝材じゃない。

殴る際に拳を痛めないように巻いた、マジもんのグローブだったんだ。

 

蘭のオシリと、石畳に挟まれるまで、残り0,2秒。

蘭の蹴りから守ってやったと言うのに構わず拳を放った鈴。

テメーだけは許さね―――むぎゅ。

 

 

気がつくと、夜風の気持ちいいベンチに横たわっていた。

 

「・・・・気がついたみたいね」

「なにが気がついた見たいね、だよ。誰のせいだと思ってる」

「あんたが出てこなきゃ、穏便に済ませたわよ」

 

・・・嘘つけ。

絶対に殴ってただろ。蘭を。

起き上がり、隣のベンチに座っていた鈴の様に腰かける。

 

「・・・あのヘアバンド、誰だ?」

 

俺の質問に鈴はハァ、とため息をつき、

 

「年下に甘いクレハだから説明したくは無かったけど・・・あの娘は五反田蘭。中学の時の後輩よ」

「日本のか」

「そうよ。前にも言ったし、一夏からも聞いたと思うけど・・・あたしは二年と少し前まで日本で生活してたの。その時よくつるんでたのが、一夏と蘭の兄の五反田弾よ」

 

鈴の話によれば、蘭のオシリに潰されて気を失った俺を縁日から連れ出しここまで運んだのが、その弾と言う人らしい。

 

「蘭とはよく喧嘩してね。お互いに簡単な罠張りあったり、ヘイトスピーチもよくしたわ」

「おい、そんな恐ろしい過去をしみじみと語るな。思わず『・・仲良かったんだな』とかって思っちまっただろ」

 

なんでそんな事も無げに語れるんだ。

 

「そう言えば蘭、あんたのこと相当警戒してたわよ。いきなり足もって持ち上げるのはやり過ぎたんじゃないの?」

「うるせ。急に喧嘩しそうになったから止めようと思ったんだよ」

「完全に逆効果だったわね。・・・・ねぇ今度五反田食堂ってところ行かない?」

「絶対に嫌だ。名前からしてその兄妹の家だろ。会わせるつもりか」

「謝った方がいいかと思ったのよ」

「・・・・・」

 

鈴にしては珍しくマトモな考えだったため、俺は言葉を濁す。

地面にあったビニール袋に気がつき、中身を見てみると・・・

 

「・・・フランクフルト?」

「蘭からよ。一応喧嘩沙汰を未然に防いでくれたんだし、感謝の印だって。あの娘、中学の生徒会長らしいから」

「・・・・・」

 

袋から棒つきのフランクフルトを取りだし、食べる。

・・・・・まぁ、これの礼ぐらいは言っとかないとダメだなって気はしてきた。

これ以上さっきのことについて話すのも面倒だったので、話題をそらす。

 

「・・・・そう言えばおみくじ、なんて書いてあったんだ?」

「・・・・・・」

 

おっと。

今度は鈴が黙りか。

能面の様な顔をして、花火がうち上がる空を見ている。

・・・・ちょっと強引に行ってみよう。

 

「なぁなぁ、なんて書いてあったんだ? 胸―――」

「殺すわよ」

 

―――でも大きくなるって書いてあったのか?

 

「じゃあ、チビ―――」

「殴るわよ」

 

―――じゃなくなるって書いてあったのか?

そう言おうとした矢先、鈴に遮られる。

なんつー、反射神経だ。

・・・・じゃあ、

 

「じゃあ―――」

 

ドンッ!

 

―――恋愛でも上手く行くって書いてあったのか。

そう言おうとした矢先、今度は花火によって遮られた。

いうタイミングを損なった俺が、鈴の方を見てみるが、既に鈴は花火に意識が向いている。

色とりどりの花火が上がり、赤や黄色の光が鈴の顔を照らす。

参ったな。他に鈴が取り乱すおみくじの内容が思いつかない。

花火がドンドンうち上がる音を聞きながら、考え込んでいると、隣に鈴が座ってきた。

その顔は赤いが、多分花火のせいだ。

 

「・・・・クレハ」

 

この距離なら、花火に邪魔されず、鈴の声を聞くことが出来る。

俺の名を呼んだ鈴が、言いにくそうに口元を強く結ぶ。

言おうとするたびに声を出せなくなるのか、鈴が恥ずかしそうに口を開いては閉じるを繰り返す。

これから鈴が言いそうなこと。

幾つかは予想がたってるし、言われた場合の対応も思い付く。

だが、その中の一つだけ。

言われたとしても、未だにどうすればいいのか分からないパターンがある。

もし言われたとして、俺はそれに答えられるのか。

言わずとも、鈴は察してほしいと願っているのかもしれない。

でも、それはとても危険なことで、最悪また鈴を傷つける結果になりかねない。

だから、言葉にされれば、鈴の思いが告げられれば、答えざるを得ない。

・・・・・俺の思いをぶつけるしかない。

そういう覚悟で、鈴の言葉を待つ。

 

一際大きい破裂音が鳴る。

多分、花火大会に終止符を打つ、最後の花火だ。

大空にうち上がった大輪の花に、俺たちは意識を奪われ―――言葉にするタイミングをまた失ってしまう。

 

「あ・・・」

「あー・・・」

 

お互いに空気に耐えられなかったらしく、苦笑いだ。

祭りが終わった夜に、寒々しい風が吹く。

 

「・・・・寒いなここ」

「そ、そうね・・・」

「今、篠ノ之家に泊まってるんだけど、今晩泊まって帰るか? おばさんに頼んでやるけど?」

「い、良いわねそれ。今日は少し疲れたと思ってたとこなのよ」

 

そして、どちらかともなく、ため息。

すると、謎の疲労感を感じている俺の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「おーぃ! くぅちゃぁん! どこぉー?」

「ね、姉さん! そんなに大声を上げては迷惑です!」

「束さん・・・こんなに買って、食べきれるんですか?」

 

ベンチから見下ろすと、階段を登ってこっちに来る人影が3つ。

束さん、箒、一夏だ。

 

「やーっぱり一夏は箒と一緒かぁ・・・」

 

隣の鈴が口元に無理やり笑みを浮かべて呟く。

 

「羨ましいのか?」

「ううん。今は・・・その、違うからっ」

 

なにが違うのか告げないまま、鈴は階段を下っていく。

待っているのはあの三人。

俺も鈴のあとを追って階段を下っていく。

 

「やっぱり束さんは天才さんだね! ホラ! あれだけ頑固だった箒ちゃんもこの通り!」

「わ、私は汚れですかっ!」

 

一夏の隣を歩こうとする箒の背中に、束さんが抱きつく。

あの姉妹の様子を見るに、仲直りも出来たようだ。

 

「ちょっと一夏。その袋からいいにおいするわね。少し寄越しなさいよ」

「だ、ダメに決まってるだろ鈴。これは束さんの―――っておい! 袋を引っ張るな! やぶけるぞ!?」

 

鈴はいつも以上に笑顔を振り撒き、一夏は袋を狙う鈴から逃げている。

・・・少しだけ、一夏が羨ましい。

偽りのない過去があり、付き合いの長い友人がいる。

俺にも場面の記憶はあるが、その時の感情の記憶が無いのだ。

雨には悪いが、泣いていても笑っていても、悲しかったのか楽しかったのかハッキリしていない。

だから、今感じている疎外感が重くのし掛かってくる。

 

「・・・・別にクーちゃんを仲間はずれなんかにはしないよ」

「・・・なんで心が読めるんですか」

「んー、やっぱり母親だからじゃない?」

 

また適当なことを・・・。

いつの間にか、一夏を鈴が追って、鈴を箒が追っている。

あいつら浴衣なのになんで走れるんだ。

まぁ、タイトスカートで駆ける教員も居るから深く考えるのはよそう。

 

「確かに、クーちゃんは生まれが特殊だけど、それは生まれだけの話だよ。だから、クーちゃんも他の人と同じように時間を重ねていけるよ」

 

隣に立つ束さんが諭すようにいう。

 

「取り敢えず、フツーに恋愛して、フツーに結婚して、フツーに孫の顔見せてくれれば束さん的に問題は無いのですよ~」

「そりゃ難しいことをいうな」

 

わりとガチで返した俺に、束さんはクスッと笑い、

 

「はてさて、そう思ってるのはクーちゃんだけかもね~」

 

カサッとなにやら紙片を俺に押し付け、追いかけっこに加わりにいく。

・・・・フリフリドレスで追いかけっこしてる人が親なんだよなぁ、俺。

手の中を見てみると、そこにあったのは千切ったものを復元したような、セロテープだらけのおみくじ。

吉凶は読めないが、一つだけ読める運勢があった。

 

―――恋愛、ためらわず告白せよ

 

思わず空を見上げる。

あー、ちくしょう。

今この時を夢にしていいから、明日もう一回同じ日を送らせてくれよ。

無性に、そう思わずには居られない気分だった。

 

セミの鳴き声が響く真夏の夜。

やりきれない思いと共に夏祭りが終わった。

 

 

真夏の夜の夢~クレハver~ 了


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