時空列は、クレハが雨とバースの襲撃によって入院しているときのお話。
「――――ボクがアイアンマンだ」
堂々と、そしてハッキリと告げられた敵の名前に、俺は目を見開く。
―――アイアンマン。
鉄の男の異名をもつその人物は、四半世紀以上前に最盛した兵器製造会社『スタークインダストリー』の若き天才エンジニアだ。
スタークインダストリーとは、パワードスーツを世界で初めて実用化した会社で、アイアンマンの実用を機に世界中でスーツ開発の波が訪れたのだ。
そして十年前。
各国企業で次々とスーツの開発・実用が繰り返され、スーツ開発会社としての立場を失いかけていたスタークインダストリーに追い討ちを掛ける形で束さんのIS発表や、CEOの交代等があり、完全にヒーローとしての活動を辞めていたと思っていたが・・・・・
まさか、未だに旧式とも呼べるスーツ開発に勤しんでいたなんて思ってなかったぜ。
「単刀直入に言おう。キミのISのデータを渡せ。ボクはそれが欲しい」
「・・・・はっ、天才エンジニアの名が泣くぞ、アンソニ―・エドワード―――」
「ボクはあの人じゃない」
スピーカーから流れる、人のモノではない合成音声。
元の声は想像も付かないが、妙に強く否定した。
「じゃあ、誰だよお前」
「キミが知る必要はない。ボクが今のアイアンマンだ。会社の為にも、キミの秘密が知りたい」
だったら俺を拐って調べればいいだろうに・・・と思ったが、実際やられると困るのは俺の方なので黙っておく。
俺は今も、ヤツの巨大なスーツに握られた状態だ。
逆撫でするような発言は控えるべきだろう。
しかし―――
目の前のスーツの操縦者は、どうも父親を嫌っているようだ。
父親の欠点だった社交性のなさに気を払っているような発言もあったし、俺が父親の名を出そうとすると遮る始末だ。
理由はしらんが、そこに脱出のヒントがあると見たぜ。
「・・・・あんたの会社の噂はほとんどの聞かなくなったが、息子がこれじゃあ落ちぶれるのも無理はないな」
「・・・・なんだと?」
「会社の為とか言って白昼堂々襲撃してくるヤツが、どうしてヒーローなんかやってられるんだよ」
「―――ッ!」
よほど煽り耐性がないのか、俺をつかむ手に力を籠めていくアイアンマン。
く・・・苦しい。
たった今思い出したが目の前にあるスーツ、歴史の副読本で見たものとは多少違いがあるが、アイアンマンの中で最も攻撃力のあるとされる
このまま握り締められたのでは俺はきっとトマトのようにぐちゃぐちゃになってしまうだろう。
だが、俺の目論み―――時間稼ぎには成功した。
高速で近づいてくる飛行物体――――
「―――――ヒーローたる資格がないなら、斬っても問題ないわね?」
急に、俺の身体が宙に浮く。
俺を掴む腕が綺麗に斬り落とされたのだ。
すれ違いざまにアイアンマンの腕を切り落としたのは、『
その姿は騎士のように輝いている。
アイアンマンを挑発し、介入するタイミングを作り出したのだ。
なんとか着地した俺は回線を介してサラに話しかける。
「助かったぜサラ。なんか異様に遅くなかったか?」
「貴方からの救難信号を受け取ったとき、入ってたのよ」
「・・・・どこに?」
「―――個室ッ!」
思わず聞き返してマナー違反を犯した俺を余所に、サラはアイアンマンと激突する。
カメラを潰すために回り込んで頭を狙うようだが・・・・アイアンマンも巨体に似合わず動きが速い。
そのアンバランスなスペックに翻弄され、上手く立ち回れないでいる。
「――――っぁッ!」
振り回される巨腕がサラを薙ぎ払い、地面に墜落させる。
「もう一機居たみたいだが、ボクの予定は変わらない。ついでの研究材料が出来たな」
背後のコンテナから、切り落とされた腕の
アイアンマンの腕が真新しいものに換装された。
「おいっ。大丈夫かサラ!」
「・・・大丈夫よ。でも今のは痛かったわね。修理後だと言うのに装甲の10%が機能してないわ」
バカ
俺たちの纏うISは、空を飛び回れる分火力に置いては若干弱いところがあり、稀に近代兵器にも劣る装備がある。
しかし、ならばなぜISが近代兵器を凌ぐ存在だと言われているかというと、携行性や飛行性能に大きなリーチがあるからだ。
実際、高性能な日本の10式戦車なんかは
そしてISは、その戦闘機や地雷すらも蹴散らせる現代の超兵器。
陸戦、空中戦に対応した汎用兵器なのだ。
―――だが、今相手にしているのは陸戦に特化した特化型兵器。
時として汎用が特化に負けることも否定できない事実なのだ。
「重装甲に高火力。おまけに動きも速いわ。一応粒子砲もあるけれど、ISを狙ってきたのならなんらかのコーティングはしてるでしょうね」
「加えて並木が邪魔で自由に飛べないと来た。狙ってここで待ち構えていたなら上手いな」
「他人事みたいに・・・・って、なんで貴方は隠れているの!?」
「いや、瞬龍整備中で出せないんだよ。だから、任せた」
「任せた・・・って、柊くんッ!?」
コソコソ通信していると、しびれを切らしたアイアンマンがサラに向かって拳を降り下ろす。
それをサラは跳躍してかわした。
「ちょこちょこして目障りなヤツだな・・。作戦は決まったのか?」
「・・・私としてはこのまま退いて欲しいのだけれど・・・・」
アイアンマンが腕の装備をバスターソードに切り替えるのを見て、冷や汗をかくサラ。
「――――まぁ、無理な話よね」
@
降り下ろされた刃を刃で受け止めるサラ。
刃が噛み合って火花を散らす。
「セアァッ!」
力比べでは勝てないと察したサラが、刃を逸らすように振るう。
前のめりにいとも簡単に崩れた体勢の隙をつき、背後にまわるサラ。
「全身装甲の旧式パワードスーツなら―――ここッ!」
直上に飛んだサラが首筋に刃先を向け、装甲の切れ目―――うなじに突き下ろす。が。
――キィィンッ!
「エ、エネルギーシールドッ!?」
「違うね、ボクのはエナジーシールドだ!」
動揺するサラを振り向きざまに掴むアイアンマン。
サラの大剣を阻んだのは旧型の
サラを掴んだ手のひらが、輝きを放ち始める。
何かを・・・チャージしているような眩い光だ。
「ISには絶対防御なる保護機能が付いているみたいだど・・・至近距離でのこれは、防げるのかな?」
胸の中心で輝く光が、腕に伝達し、手のひらに集束する。
あれは、きっと必殺技の類いだ。
シールドで防御しようにも、密着した状態ではシールドも絶対防御も意味をなさない。
ISにおける防御の死角に、敵を入り込ませてしまった―――!
「―――リパルサーレイ―――ッ!」
天空に向かって放たれた光線に、サラの姿が呑み込まれる数瞬前―――
(わ、笑っている・・・?)
サラの顔がニヤリと、微かに笑っていたのに俺は気がついた。
―――ーバアァァァッァッ!
青い光線に、サラの姿が呑み込まれる。
攻撃に手応えを感じたらしく光線は長い時間照射され、サラが受けたであろうダメージは計り知れない。
上空から、ビームによって巻き上げられたサラが、辛うじてISを纏って落下してくる。
俺は慌てて飛び出したが、サラは俺にぶつかる前にPICを起動し、フワリと着地する。
「――お、おいっ!なんで逃げなかったんだ!」
「ッ・・・流石に効くわね。・・・良いのよこれで。試すにはちょうどいいダメージだわ」
腹部に直撃したと見られるビームによって焼け焦げた装甲を
「た、試す? 何をだよ」
「―――ひとつヒントよ。このISは元々どこが造ったものかしら?」
突然のクイズに俺は面食らうが、当然答えられる。
「双龍なんだろ? だけど、それが―――」
――どうだって言うんだよ? と続けようとした俺の言葉は遮られた。
アイアンマンの接近を見てサラが制したのだ。
「説明するより、見てもらった方が早いわ」
そう言って立ち上がると、大剣を掴み上げる。
ダメージは甚大。装甲も殆どを失った。
IS学園からの救援は・・・・場所が場所なだけに難しいだろう。
この状況なら戦うよりも逃げる方が良いと素人でも分かるのに、サラは敵と向き合っている。
勝てる勝算があるのか。
その時、
――――サラ・ウェルキンの勝率、95%
サラは・・何をしようとしてるんだ・・・?
「――――貴方の装備、かなり強いわね。私のISじゃあ、総合的に劣っている」
「だったら大人しく諦めてISを渡したらどうだい? 女性をムダに傷つけるのはボクの趣味じゃあない」
そう言ったアイアンマンに、サラは微笑みかける。
経験上―――普段全く笑みを見せないサラが笑うとき・・・
それはイラついているときだ。
「戦場で余裕を見せるなんてとんだ素人ね。――さっきの攻撃も、多めに見積もって七割ってところの出力でしょう? それが分かっていたから敢えて受けてあげたものの、やっぱり受けるべきじゃ無かったわね」
サラが一歩踏み出すと、アイアンマンの巨体が一歩退く。
・・・サラのやつ。
殺気だけでアレを圧倒してやがる・・・・!
「意外と痛かったわ。せっかく修理したサニーラバーが台無しよ。おまけに中途半端に攻撃しておいてから女性を傷つけるのは趣味じゃない? ――――随分と舐めた口効いてくれるわね」
こ、こぇぇぇぇぇぇッ!?
客観的に見て思ったが、サラのマジギレは学園の中でも一、二を争うレベルかもしれん。
マジで寒気がする・・・!
サラの殺気にたじろぐアイアンマンは、「う、ううぅ・・」と呻き声を洩らす。
痛いところ突かれて言葉も出ないらしい。
しかし、周囲を観察する余裕はここで終わった。
バチィィッ!
次の瞬間、何らかの行動を起こしたのか、サラのISの周囲に放電現象が始まったのだ。
・・・
もっとシステム的で、計算されて余ったエネルギーが漏れ出している感じだ。
・・・・そう、まさにラウラの――――
大剣を腰に据え、まるで居合い抜きでもするかのように身を屈めるサラ。
そして、呟いた。
「――――『
瞬時に膨れ上がったサニーラバーのエネルギーが、サラの背後へと噴射される。
「―――貴方はヒーローでもないし、戦うには戦場を舐めすぎよ」
宙に漂った金色のエネルギーを吸収し、瞬時加速を行うサラ。
それを、二回。
踏み込んでからの必中の距離。
その時初めてサラは剣を抜いた。
大剣の振り方ではない。
もっと鋭い、刀のような振り方。
明らかにサラの太刀筋ではないが、ずいぶんと様になっている。
スパッと、一太刀で両足を切断されたアイアンマンが、背中から転がる。
続けて飛び上がったサラは空中で二度と剣を振り、上空から真下に向かって両腕を切断していく。
・・・・切断面が、綺麗に溶けている。
金とチタンの合金だぞ。
それを一撃で切り裂くなんて・・・。
ラウラの時、VTシステムは暴走状態にあり、その実態を見ることは出来なかったが、今確認した。
サラのISは双龍が造ったものだ。
当然、超界者に対抗できるように独自のシステムを組み込んでいる。
サラが発現させたVTシステムは正常に機能したらしく恐ろしい強さを見せつけており、日本の剣術を手本としているような動きは、さほど詳しくない俺でもそれが達人のものだとわかる。
「この中にいないくせに、悲鳴を上げると言うのはどういうことかしら? ずいぶんと肝の小さい男ね」
「ううううう、ううるさい! 今日は準備不足なだけだ!」
「おまけに諦めも悪いとなると・・・もう見る価値もないわね」
・・・・えーと、サラさん?
相手、泣きかけてませんかね?
赤い装甲を持つアイアンマンを、ダルマのように転がしたサラは、その腹の上にのって操縦者を虐めている。
ひでぇ・・・アイツひでぇ・・・。
精神的に言えばマジでガキっぽい相手にここまで非道になれるとは。
最近、電話で話したフォルテに「クレハさんって年下には甘いっすよねー。○リコン?」とかって言われた俺も見習うべきだろうか。
そうこうしているうちに、マーク44の装甲上部がバシュッと開き、何かが飛び出た。
『――――こ、今回は負けてやるが、次あったときは覚悟するんだ!』
そう叫んだ物体は・・・・お馴染みのアイアンマンの形に一番近く、アレがこの巨体の本体だと言うことが窺えた。
残りのパーツや、コンテナさえも瞬く間に飛び上がり去っていったアイアンマンの後を追う。
周到なやつめ。
別に無くても困らないが、自分の部品をひとつ残らず回収していきやがったか。
装甲が全て飛び去る拍子にサラは地面に転がり落ちた。
今はISを解き、立って腕の出血を押さえているが・・・ダメージが大きそうだ。
「お、おい。座ってろよ・・・。救急車呼ぶぞ」
「・・・いいえ大丈夫よ。このくらい・・・・」
俺が取り出した携帯を閉じるため、一歩踏み出したサラがふらつく。
「バカ言え。あれだけの質量のビームだぞ。平気なワケがあるか。いいから座れ」
俺にしがみつく形でしゃがみこむサラ。
ISの補助も無くなってるんだ。
それに、あれだけの強さを引き出せるVTシステムなら身体への負担も大きいのだろう。
「・・・・滅茶苦茶になってしまったわね」
「ああ、この分だとこれで切り上げかもな」
周囲の惨状を見て残念そうに呟くサラ。
アイアンマンのあの巨体で動き回ったのだから、路面はボロボロ。並木は薙ぎ倒されてるし、ビッグサイトの壁も一部ぶち抜かれている。
・・・楽しんでたみたいだし、一層悲しいのかもな。
「・・・・まさかあんな相手とまで戦うことになるとは思ってなかったわ」
「同意するぜ。今じゃほとんど聞かない名前だから予想だにしてなかった」
遠くからストレッチャーの転がる音がする。
案外早い。あらかじめ学園が手配しておいたのだろうか。
「あのぶんだと米国安全保障局のお抱え組織も存在するかも知れないわね」
「・・・・
・・・・S.H.I.E.L.D.とはアメリカの持っている特殊組織の中でも一番謎で、底が知れない組織だ。
過去に二度ほど表舞台に立ち、国難に立ち向かったとされているが、情報もバラバラで信憑性にかけるのだ。
そして、そのS.H.I.E.L.D.の実戦部隊というのが―――。
「――『
「もし本当に仕掛けてきたら勝てないかもな。神様とか巨人が居るって話だぜ」
ストレッチャーと救急隊員が到着し、サラをストレッチャーにのせる。
サラは疲れのせいか、意識が朦朧とし始めているみたいだ。
「でも、良かったことがひとつあったわ」
「良かったこと?」
聞き返し、今日のことを思い返す。
・・・はて、不運にしかあってない気がするが。
なにが良かったんだろうか。
「―――あ、貴方と織斑くんの・・・・性転換ユリモノ・・・午前中で――――」
「・・・・・・・は?」
サラが何をいったのか分からなかった。
呆けると、一瞬でサラは救急車に運ばれて俺だけが残される。
気づけば、たった一人で夏の暑い日差しを浴びていた。
・・・・気を失う前、キレ顔が笑顔に取って代わられていると噂のサラは―――めっちゃ嬉しそうに笑っていた。
・・・・ふぅ。
・・・売れたんだな。午前中で。
そりゃよかったよ。畜生め。
夏休みもほとんどが終わり、あとは二学期への準備期間。
新たな問題の発生と共に、俺はサラへの復讐を誓ったのだった。
第四巻終了。
――――――――――――――――ー
番外編『真夏の夜の夢~クレハエピソード~』
・・・・いよいよ暇になってきた。
学園襲撃から入院中の俺は、一人個室で限界を感じていた。
壁のカレンダーに目をやると、日付は8月15日。
そう。お盆だ。
病院の廊下からでも夏祭りやらなんやらの話題が聞こえてきて、誰かのお見舞いにでも来ているらしい数人の集団が遊びにいく算段をつけていたらしくケッてなった。
世間のお祭りムードから逃げるため、朝からISスーツを新調したりと有意義な時間を過ごしていた俺だが、とある天才―――天災の一言でその平穏はぶち壊された。
「クーちゃーん! お盆だよお盆! 日本人はお盆にすることがあるのですが、それはなんでしょーか!」
「病院だぞ束さん。もう少し静かに騒いでくれ」
突然部屋に飛び込んできた
「くぅーっ、静かに騒げなんて矛盾した難題を束さんに突きつけるとは! 流石我が息子だよ!」
「だったらその息子のためにもうちょっと静かにしてくれませんかねぇ!」
テンションが上がってきているのか、今日も今日とて着ている暑苦しいドレスのスカートをバッサバッサする束さん。
・・・一発殴って鎮めるべきか。
そろそろ口煩い看護師さんが来ちまうぞ。
「――さて話は戻すが我が息子よ。束さんは実家に帰ることにしました!」
「ホンット突然だな! んなこといちいち―――ーって、え? 実家に?」
思わず束さんを二度見すると、何故かドヤァと決めている。
「いやぁー、折角の盆だしね~。叔母さんにももう一度会いたいしさぁ・・・・」
そしてふっと・・・申し訳なさそうに笑う。
「――――箒ちゃんにも、謝っておかないとだからね」
そう言われて思い出したが、篠ノ之姉妹は不仲だったな。
一夏づてに聞いたことだが、束さんがISを作っちまったせいで、家族が離散状態なんだとか。
ご両親はどこにいるのか分からないらしいが、当時幼かった箒だけが叔母の住んでいる篠ノ之神社に引き取られたらしい。
「・・・もしかして箒に紅椿を与えたのも、その負い目か?」
「うーん。そうとも言い切れないし、違うとも言いにくいなぁ・・・」
眉を寄せる束さん。
「でも、まぁ妹の初めてのお願いだったからね。お姉さんとしては叶えてあげるべきだって思ったの」
今度は一転。軽く微笑む。
表情から、自分のしたことに対する正誤の迷いが見えた。
「・・・まぁ、そういう風に思って上げられたなら仲直り出来るんじゃないのか――――っと、ここに来たってことは俺も連れていかれるんだろ?」
ベッドから降りながら束さんに聞く。
「勿論だよ~。クーちゃんは束さんの子供だからね! 親戚の集まりに呼んであげないと!」
「騒ぎになるのが目に見えてる・・・・って、なんだこれ? 外泊届?」
立ち上がって体の調子を見ていた俺に差し出された一枚の紙。
上部には外泊届とあり、俺の名前とこの病院の院長の名前があった。
「凄いな。こういうのって当日に取れるモノなのか?」
「ううん! 偽造!」
「正式に申請してこいや!」
その後正式に許可が降りた俺は、2日だけ外泊を認められたのだった。
最後にキレたせいで折れた肋骨が微妙にズレたが・・・・束さんマジックで元の位置に戻された。
死ぬほど痛かったがな。
@
初めて来た篠ノ之神社は、祭りの前日と言うことで準備に慌ただしかった。
国際免許を持つと言う束さんの運転するレンタカー――金持ちの割りに車持ってないらしい――で都心から少し離れたここまで来たが・・・案外祭りの規模は大きいようだ。
篠ノ之神社は小山の頂上に御神体を祀っていて、それを囲むように敷地が広がっている。
故に、広い。
「やーやー、懐かしいねぇ。東京大学を中退して研究所に引っ越した以来かな?」
その広大な敷地を石階段の前で見上げつつ、隣で束さんが声をあげた。
「つーか、本当に来て大丈夫だったのか? アポ取ってないんだろ?」
「そこはホラ、サプライズ?」
「不安しかねぇ・・・」
とにかく、先んじて階段を登り始めた束さんの後を追う。
階段を鼻歌歌いながら登る束さんだが、妙にソワソワしているらしくいつもの元気も空回りぎみだ。
屋台の設営をしている人たちの間を抜けて、社に向かうんだが・・・・。
「おっ、おっちゃん久しぶり―! 元気元気ぃ?」
なんて、一人一人に声を掛けて回るもんだから気が気でない。
誰も彼も驚いてるし、後ろの俺には変な視線が投げ掛けられる。
えっと、マジでどう紹介する気なんだこの人・・・。
なんとか屋台ゾーンを抜けて、静かに篝火が用意されている社前に着くと・・・・
「・・・ただいま」
急に束さんの元気が静まった。
俺からは見えないが、どうやら誰かいるらしい。
「―――ーあら、あらあら。びっくり。いつぶりになるのかしら? 束ちゃん」
そこにいたのは着物に身を包んで柔和な笑みを浮かべている女性。
歳は―――束さんの年齢からすると、母親と言うには若すぎる気がする。
つまり、この人が――
「・・・・久しぶり。雪子叔母さん」
驚くほど丸くなった束さんが女性の名を呼ぶ。
この人が篠ノ之姉妹の叔母さんか・・・。
事前に聞いていた年齢だと今年で47歳になる、という話だったが実年齢より落ち着いた印象がある。
「本当に久しぶりね~。あらあら大荷物。しばらくはここにいるつもりなのね?」
「・・・・うん。盆の間くらいはここにいる」
「そう、そう~。近所の皆も喜ぶと思うわ―――――あら。こちらの方は?」
うっ、遂に気付かれた。
束さんは自分で紹介すると言っていたが、正直にいったら騒ぎになることは目に見えている。
正直なところ、俺は束さんのことをまだ母親だと割り切れていないので、嘘をついてもバレない自信はある。けど、束さんがぼろ出しそうな気がするんだよなぁ・・。
「あっ、え、えーと、雪子叔母さん。この人は―――――」
@
・・・・結果として。
「さぁさぁ、お上がりください。束ちゃんのお手伝いさんなんて大変でしょう? 明日のお祭りも楽しんでいってくださいな」
「は、はぁ・・・。どうも・・」
束さんは真実を言うことは無かった。
どういう理由かは知らないが、俺のことを自分の助手だと紹介したのだ。
そして、社から離れたところにある篠ノ之家本家に案内されたのだが・・・・。
「すみませんねぇ、ウチは畳なもので・・・スリッパは用意して無いんですよ」
「あ、いえ。俺もスリッパは履き馴れないので、お構い無く」
何でか知らんが、凄い緊張する。
考えないようにしてはいるんだが、言っちゃえばここは俺の祖父母の家でもある。
篠ノ之姉妹の両親はいないので、叔母さんである雪子さんが住んでいるのだが、なぜか異様に意識してしまう。
あー、落ち着け。俺。
ここは他人ン家なんだ。そう思うように努めろ。
束さんも俺の正体を隠したことだし、そうした方が不審な部分は隠せるぞ。
入って案内されていると、次第に造りも覚えてくる。
篠ノ之家は純日本造りで、畳敷きの大広間を襖で幾つもの部屋に分割している。全部の襖を取っ払えば、大奥のあのシーンが完成するかもしれん広さだ。
俺たちは、何故か箒の部屋にまで案内してくれちゃった雪子さんの後を追い、本家に追加で増設された一画に案内された。
真新しく、内装も旅館の一室みたいだ。
崖に隣しているらしく、窓から田舎の風景を一望できる。まぁ、森だらけだけど。
「しかし、男女が同じ部屋とはいかがなものかね」
「あらあら~? クーちゃんは束さんと同じ部屋で困ることでもあるのかな~?」
雪子さんが、お祭りで神楽舞に使う舞台を見てくると言って俺たちをおいて去ったあと、それぞれリラックスして腰を落ち着ける。
「別にないが・・・。この年で母親と同じ部屋ってなんかむず痒いんだよ。ついでに言えば―――失礼な言い方になるが、俺はまだ、束さんが母親だって言う自覚は無いしな」
母親だと思えず、見方を変えれば普通に女性と部屋を同じくしていると言うシチュエーションに不安を感じてしまう。
鈴と同室なのは、アイツがガサツすぎるのとこっちが遠慮する必要がないんで慣れたが、流石にいきなりこの状況はビビる。束さん美人だし。
「・・・・まぁ、しょうがないよね。束さんも母親って呼ばれる資格があるって思ってる訳じゃないからね」
腕を頭の後ろで組み、座椅子に体を預ける束さん。
・・・さて、どうしようか。
束さんは何やら思案顔になっちゃったし、雪子さんも舞台に行っちゃった。
正直、居心地が悪い。
・・・・質問攻めに会う覚悟で、祭りの準備にでも出てみようか。
いや、止めとこう。
屋台の準備していたおっちゃんたちの眼は完全に俺を敵視してる眼だった。俺が何をした。
俺は束さんに許可をもらうと、家のなかを見て回ることにした。
束さんは笑顔で「雪子叔母さんにはうまくいっとくからいーよ」と言ってたので、俺は落ち着いて―――ーよく知らない母親の実家を見て回り始めた。
部屋を出ると、正面には15メートルほどの廊下があり、左にはトイレへと続く薄暗い廊下がある。
廊下を渡りながら右を向くと中庭で、松の樹やら紅葉が植え込まれた日本庭園が広がっている。因みにその中庭を挟んだ向こう側が箒の部屋だ。
突き当たりを左に曲がると、社に出ると言う。
社のソバには木製の神楽舞台が組まれていて、雪子さんを含む数人の男性たちが幕を吊る作業をしていた。
「――あら、なにか御用事かしら?」
「あっ、いえ。なにか手伝えることがあれば・・・・と思いまして」
気づかれない距離から眺めていたというのに、俺に気づいた雪子さんが柔和な笑みを浮かべる。
て言うか俺。手伝い買って出ちゃったよ。
「あらあら。でしたら倉庫の方からベンチを持ってきて下さる? 並べるのは明日の夕方になると思いますが、手伝って頂けるのであれば、お願いします」
「わかりました。倉庫ですね」
玄関で靴をつっかけ、屋敷を回り込んで倉庫に向かう。
さっき部屋の窓から見えたが、古びた土塗りの建物。見るからにあれが倉庫だろう。
絵に描いたような日本式の倉庫には南京錠が付いていたが、鍵は掛かっていない。
引いてみると案外簡単に扉が開いた。
中のホコリに咳き込みつつ改めると・・・あった。
布が掛けられた折り畳み式のベンチだ。
軽いから2、3個は一気に持っていけそうだぞ。
肋骨に負担をかけないように背負うようにして運ぶ。
倉庫から出て、さて持っていこうかと前を見たとき。
(――――ん? ここからだと箒の部屋が見えるんだな・・・)
倉庫から出て正面には、箒の部屋の縁側があった。
普通なら障子と窓ガラスで中が見えないようになってるハズだが、空気の入れ換えのためか今は開放しているようだ。
・・・・・って、ヤメヤメ。女子の部屋なんて覗いてどうする。
俺はもういっぺん箒の部屋を一瞥すると、手伝いを再開する。
入ってくる見物者が多くて、客席も大量に必要らしい。
ので、俺は何度も何度も往復し、客席を運んでいく。
しかし、しかしだ。
倉庫を出るたびに箒の部屋が気になってしまう。
(・・・そう言えば、箒は束さんの妹。俺は束さんの息子。てことはつまり・・・・・)
俺は再び発覚したオドロキの親類関係(初めはラウラ)にショックを受けつつ、箒の部屋に歩み寄る。
・・・まぁ、なんだ。
親戚だと思っちまえば覗きの罪悪感も軽くなるかもだ。
それに、篠ノ之姉妹の仲の悪さは周知の事実だが、プライベートではどうなのかも気になる。実は仲良しだったりしてな。
そう言うわけでテキトーな言い訳を並べつつ、箒の自室観察の続きだ。
アイツには一夏自慢で割りとめんどくさい目に遭わせられてるからな。
弱みの一つでも握ってやれ。
前に模擬戦で一夏に勝ったと言いかけたら竹刀で打たれたし。理不尽すぎる。
箒の部屋は、至って普通だった。
畳に、普通の勉強机。
まだ処分していないのか、中学の制服とおぼしきセーラー服が掛けてあるが、それ以外に目立った特徴はない。
タンスの上に写真たてが置いてはあるが、どれにも写真は飾られていない。
中学の友達の写真でも飾っていて、学園の寮にでも持っていったのかと思ったが・・・・・多分、違う。
・・・あそこには恐らく、家族の写真が飾られていたんだ。
束さんの発明により、散々になってしまった篠ノ之一家。
今でもあるその関係の空白が、写真のない写真たての正体。
もちろん俺の臆測なので、本当に正しいと思ってるわけじゃないが・・・・・。
やっぱり、実は仲が良いなんてわけじゃ無さそうだ。
俺は、壁に掛けられたコルクボードのくしゃくしゃの新聞を見ながらそう思った。
見出しは――――篠ノ之束、失踪。
@
「いやー!やっぱり雪子叔母さんの料理はおいしいねクーちゃん! 仕事の後だと尚更おいしいよ!」
束さんが箸を振りながら雪子さんの手料理を礼讚する。
・・・・あの後、仕事に戻った俺はベンチの運搬を続けた。
途中束さんが手伝いに現れて、例の多機能コンソールを召喚し屋台の設営を手伝い始めたが、仕事の邪魔だ!という声が多数寄せられ敢えなく中断。多機能ゆえの巨体が仇になった。
その後は社の掃除や石階段の掃除で懸命に働き・・・夕方になり夕飯を頂いている、と言うわけだ。
て言うか、汁物摘まんだ箸を振り回すな。散る。つーか散ってる。
「こら束ちゃん。喜んでくれるのは嬉しいけどお行儀よく、ね?」
座卓に散ったお吸い物を拭きつつ、雪子さんが叱る。
叱られた束さんは、こりこり。静かにたくあんをかじり始めた。
なお、今の束さんは風呂で汗を流した後なのでいつものうさ耳ドレスではなく、淡い青の浴衣となっている。珍しい。
「どうですか暮刃さん。お口に合いますか?」
「はい。とても美味しいですよ」
家の畑で採れたらしいカボチャの煮付けを食べていた俺にも話の矛先が向いたので素直に答える。
・・・・いや本当に美味いのね、これが。
和食と言えば雨の料理。
しかし、アイツは俺の運動量を知っておいてもなかなか濃い味付けをしてくるのだが、雪子さんの料理は淡泊で薄味。
素材の味を活かした、健康に良い料理だ。
「そう言えば束ちゃん。神楽舞はどうするの?」
「どうするって・・・私が居なくても箒ちゃんがやってたんでしょ? じゃあ大丈夫じゃないの?」
「そうだけどねぇ・・・・折角だから踊っていけばいいじゃないの。束ちゃん賢いから踊りは覚えているんでしょう?」
「うー・・・覚えてはいるケド・・・・」
歯切れ悪く、答えを渋る束さん。
箸をくわえながら答える様は弱々しい。
ていうか、覚えてるのか神楽舞。
何年前の記憶だよ。
「どうしたんだよ。覚えてるなら参加すれば良いんじゃないのか?」
「クーちゃんはあっけらかんと言いますが、束さんだってプレッシャーや負い目とか感じてるんですよ?」
両の手をうさ耳っぽくぴょこぴょこ動かす束さん。
あー、やっぱり―――――
「―――おばさんもね、箒ちゃんと同じで束ちゃんに言いたいことがないわけじゃ無いのよ」
突然の雪子さんの声に、目を瞬かせる束さん。
お、俺もちょっと驚いた。
穏和な雪子さんが、束さんの心情を察し、それでもなお「貴女に文句があります」と言ってきたのだ。
「確かに束ちゃんの造った物はとても素晴らしい物だとおばさんも思うわ。でも、それで不幸になった人もいるの」
「そ、それは・・・。・・・・分かってる・・・」
「・・・その反面、すごく助かった人がいるのも事実じゃない? ほら、あの白騎士事件。報道の仕方が白騎士の正体に偏っていたけれど、あれで大勢の人が助かった。束ちゃんは胸を張っていいし、おばさんも鼻が高かったわ」
――――白騎士事件と言えば。
10年前に束さんが発表したISの強さを、絶対的なものにした事件だ。
詳しい説明は省くが、事件の全容を簡単に説明すると・・・・世界中の約2000もの大陸間ミサイルが一斉にハッキングを受け、日本に向かって射ち出された前代未聞の事件だ。
これにどうISが絡んでくるかというと、後に白騎士と呼称される一機のISがそのミサイル全てを撃ち落としたのだ。2000発のミサイル全てを。
そのISは小型粒子砲やPICなど、当時実用化されていなかった技術を全て世界中に見せつけ、ISの強さを世界中に知らしめたのだ。
因みに、白騎士の出現に伴ってスクランブルの掛かった空自や米空軍の戦闘機を全て撃墜してしまったことも強さを知らしめる要因となっている。
当時はISの存在と共に、白騎士の正体についての番組しか見かけず、言われてみれば(俺の偽の記憶上)ISによって助けられた、などという報道は殆ど見掛けなかった。
結局、事件を起こした犯人も白騎士の正体も分からず、現在では殆ど捜査は行われていないらしい。
・・・本来なら、束さんは称賛されるべき人間だ。
だが、束さんは姿を消した。
そして次に現れたのが双龍のIS開発実験の時・・・ということだ。
なぜ姿を消したのかは俺も知らない。
ISが完成し、超界者が出現してから10年。
双龍が活動を始めたのが2年前なので、間の8年間。
この間のことは俺も教えてもらえず、束さんしか知らない。
「だから、束ちゃんは自分を誇りなさいな。束ちゃんのしたことを正しいと言ってくれている人が居るじゃないの。世間様は無責任だなんだって束ちゃんを言ってるけれど、気にすることはないのよ」
「でも、私のせいで両親は――――」
「箒ちゃんなら、分かってくれるわ」
雪子さんは、強くそう言った。
それきり束さんは口をつぐみ、モソモソとニンジンのきんぴらを食んでいる。食うんかい。
・・・・・迷っているのか。束さん。
完全に壊れてしまった姉妹関係を修復することを。
雪子さんがお茶を沸かしに席をたってしまったので、
「・・・箒もあんたのISで助かった事実があるんだ。多少なりとも今の関係に悩んでるだろうさ」
なんてフォローをしてみる。
すると、コクン。頷いた。
ま、これ以上は当人同士の問題かな。
箒もここで神楽舞するらしいから明日には来るだろうし、話し合うチャンスはきっと来る。
(・・・ていうか、なんで俺母親と叔母の関係にここまで苦心してるんだろうなぁ)
食事を終え縁側に出ると、背後に突いた手に上体を預け、軒下から月を見上げる。
明日は神主として、午前中を御守りとか売って過ごす予定だ。
箒が来るのは夕方ごろになるらしいから、それにあわせて俺も夏祭りを回っていいと言われた。
別に祭りを一人で回る趣味はないので、どうしたもんかと頭を悩ませる。
・・・誰か誘うか・・・。
うん、そうだ。それがいい。
一人で人混みをぶらつくのは危機管理的に甘いと言わざるを得ない。
ツーマンセルを基本として、出来れば四人くらいの小隊を作りたいところだ。
すると、誰を呼ぶか。
セシリア―――は、金髪が目立つ。
同様にデュノアもパートナーから除外。
ラウラはクラリッサとかからふざけた日本文化を埋め込まれている可能性があるので、逆に騒動を起こしかねん。除外だ。
すると、水色頭とツインテールが目に浮かぶのだが、水色頭は今仕事で国外のはずだ。
二学期から復帰するとのことなので憂鬱だが―――――消去法で呼ぶのは鈴だな。
頭のなかで「素直じゃないのはテメーだろ」という誰かを封殺し、取り敢えずメールを送る。
『篠ノ之神社。午後7時。紛れるように浴衣で集合。有事に備えろ』
っと。こんなもんか。
戦闘のパートナーとしての鈴を、周囲に溶け込むように浴衣で呼び出し、もしも襲撃があった際に備えて武装させる。
完璧な文面だろう。
よし、送信っと。
メールの送信を確認して携帯を閉じると、背後から喧騒が聞こえてきた。
遅れてやってきた篠ノ之家の親類と、束さんが酒を呑み交わしているのだ。
おいおい、おじさん方。
その人、酔うと寝るタイプだぞ。
運ぶのは俺の仕事になるんだから、あまり酔わさないでくれよ?
虫の鳴き声と共に、夏の夜が更けてく。
束さんの酒を飲む酔った笑顔を見ながら、俺はため息をついた。
明日は祭り本番。
綺麗な花火が見られると良いなと、柄にもなく思った俺だった。