インフィニット・ストラトス~オーバーリミット~   作:龍竜甲

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もう時期新年なのになにやってるんでしょうね私。
今回は、何時もの倍くらいの量になったので最後まで読んでいただけると嬉しいです。


記憶の欠片

―――初めに認識したのは、真っ白な刀身だった。

 

「――――!?」

 

一瞬で距離を詰められたと気づいたときには既に、俺は雨の攻撃によって吹き飛ばされていた。

PICで姿勢を制御し、雨を見据えると・・・先程まで抱えていたアオの姿がない。

いったいどこに、と視線を廻らせると眼下に落下していくアオの姿を見つけた。

攻撃するために躊躇わず落としやがったのか・・・!

 

「ッ!」

 

バリアーで構築した足場を蹴り、スラスターの加速も使って何とかアオを抱き留め、アリーナに着地する。

アオは・・・眠っているみたいだ。怪我もない。

 

「――――貴方がその子に怪我させるわけがないって、分かってた」

 

頭上から、漆黒のISを纏った篠乃歌雨の声がした。

見上げると、ゆっくりと降下してくる雨の瞳には確かな確信と悲しみの色が浮かんでいる。

 

「・・・・知った風な口を利いてんじゃねぇ・・・、何が目的だ」

 

突如学園を襲撃した超界者バースと、訓練用ISに偽装した第二世代試作機『零式』を駆る少女。

今日にも中国へと送られるハズだったバースが逃げられたのはこの少女の仕業らしく、バースはその少女のIS、『零式』を亡国機業の力だといった。

バースと篠乃歌雨がどういう関係かは知らないが、専用機持ちであるラウラ達をスルーしてまで同じ超界者であるアオを拐ってるんだ。

何か計画があるのかもしれない。

 

そう考えて剣呑な雰囲気で訊いてみたんだが、

 

「・・・別に、私は・・・ただ命令されただけ」

「命令だと?」

「・・ええ、そう。学園を襲い、そのなかの超界者を奪取するように、って」

 

着地した雨は、案の定と言うか、存外気の抜ける返答をした。

め、命令されただけ? 

上空に留まっているバースに動きが見られないので俺は更に聞いてみることにする。

 

「超界者を知っているってことは―――政府の人間か」

「・・・うん、そうだよクッちゃ――、そう。私は事実上双龍が崩壊した二年前に、双龍の代わりに創設された超界者対策組織の一員。主な任務は超界者の捕縛と研究」

 

超界者対策組織・・・。なるほど、研究対象が近くに居たから捕まえに来たって訳か。

 

「なら、どうしてバースと一緒にいる。ヤツだって超界者のはずだ」

「彼女は今回の作戦においての警戒対象である貴方の排除を目的に連れてきたのだけれど、気が乗らないみたい」

「政府の組織って割りに、自由奔放な配置だな」

「それは仕方ないよクッ――し、仕方ない。彼女は仕事があるとはいえ、私たちの組織と協力関係を結んでいる組織の一員。あまり強要するわけにはいかない」

 

・・・・なんか、所々気の抜ける会話だが、何となく概要はつかめた。

今回の事件は日本、というか国が絡んでいる問題だ。

どこの国かは予想でしかないが、とにかく雨の所属する組織が計画した襲撃で、目標はアオの奪取。

バースが居るのは、スポンサー組織の一員なのと、俺対策に連れてきたみたいだ。

だが、バース自身はラウラとデュノアを倒したことで満足してしまったのか俺を相手にする気もなく、二年ぶりの復帰戦も兼ねて雨が戦おうってわけか。

 

アオを連れていこうとすれば俺が邪魔をする。

それが分かっているのか、雨は俺に向かって時繋の切っ先を向ける。

時穿とは対照的な白銀の刃を構え、俺を見据えた雨は――。

 

「――――気を付けてねクッちゃん・・・零式の本領は刹那の一撃だから――」

 

なんて、俺を気安く呼ぶと・・・姿が掻き消えた。

そして次の瞬間、視界の右下に雨が表れる。

しまった――!

片手でアオを抱き、反射的に時穿で斬撃を受けるが、お、重いッ・・・!

アリーナの地面を擦って停止した俺に、雨が追い討ちを掛けてくる。

くそっ、こっちはアオを抱いたままだぞッ! 

普段のBシステムが使えていない以上、通常状態の瞬龍で戦うしかないが、俺自身のスペックも含めて荷が重い。

それにさっきの一瞬で距離を詰めての切り上げ、どうなってるんだあれは。

瞬時加速を用いたとしても、あれほどのスピードはまず出ないぞ。

 

アオを守りながら戦う俺に次々と斬撃が浴びせかけられる。

なんとかダメージは軽減してるが、尽きるのも時間の問題だ。

銃を抜こうにも、きっと集中した瞬間に一太刀喰らう。

銃を抜く暇がなく、かといって大振りに剣を振るうわけにもいかないこの状況。

 

「――――ッ!」

 

一瞬で背後に回ってきた雨が降り下ろしてきた剣を、カンだけで受ける。

 

「・・・ふぅん、今のを止められるんだね。てっきり瞬龍のスペック頼みかと思ってたけど意外と力はちゃんとあるみたい」

「褒められてると受け取っていいんだよな・・・?」

 

峰を方にあて、テコの要領で時繋を弾き飛ばすと、そのまま左向きに回転し下から上への切り上げを放つ。

この機に乗じて攻めに回るんだ。

相手が想像以上の機動力を持っている以上、距離を取るのは愚策だ。

だからここは一気に―――

 

――前へ!!

 

「ウォォォッ!!」

 

俺の放った切り上げを同じ様に刃を当てて受け流した雨に向かって、全力の瞬時加速を使用する。

眼前に迫るやけに前髪の長い顔。

その姿にまたもや既視感を覚えつつも、連続で剣を降り下ろす。

左手にお姫様を抱いてるんでバランスがとりにくいが・・・問題ない。

そこで気づいた。

俺は、いつの間にかBシステムを発動させている。

しかし、攻めに転じた際の微妙な興奮状態を感じ取ったか知らんが、掛かりが甘い。

超界の瞳(ヴォーダン・オージェ)との併用で何とかイケそうだ。

 

俺の連続攻撃をかわしたり、弾いたりする雨の動作を読んで、斬撃で巻き上げた砂を上手いこと雨に被せることに成功した俺は砂が目に入り視界がつぶれた雨を尚も切りつける。

 

「ッ! さ、流石だねクッちゃん・・・!」

 

雨も雨で網膜投影された警告カーソルで俺の斬撃を受けているみたいだが、明らかに攻撃が成功する回数が増えている。

一撃だ。一撃入れて距離をとれ。

こっちにアオがいる以上不利な状況は変わらないから、どこかで戦場から出さなきゃ雨は倒せない。

段々と視界が戻ってきたのか、剣を突き出すような攻撃的な仕草を始めた雨の時繋を一太刀で弾き飛ばすと、続けてぐるりと回転し、バックスピンキックを決める。

今のうちにアオをどこか安全な場所へー―ーと思ったが、ぶっ飛んだ雨が地面へ片手をついて両足で着地をしたのが見えたので断念する。

さっき弾いた時繋とは距離があるので、無闇に取りに行こうとはしないだろう。

そう思った矢先、雨は自身の拡張領域から見たことあるマグナム拳銃―――「シュナイダー」を召喚した。

レールガン機構で加速した弾丸が発射され、空気を切り裂いて飛翔する。

流石にレールガンは避けられないので幾重にも張ったシールドで受け止めようとしたら――――土手っ腹に喰らった。

絶対防御のお陰で直撃はしてないが、シールドエネルギーがほとんど削られちまったぞ。

なんだあれ。聞いてたヤツより何倍もスゲェ威力だ。

 

直撃はしてないとはいえ衝撃まで和らげる機能は絶対防御にはないので、分散しきれなかった衝撃に苦悶を上げる。

込み上げて来たモノに咳き込むと、案の定吐血した。

畜生め。胃か何かを痛めたな。

ISでバイタルチェックをすると、胃の上部に当たる噴門と横隔膜に損傷を確認した。深く息が吸えないのはそのせいか。

元々テロで使われる非合法の武装とはいえ、この威力はやりすぎだろ。改造したやつ出てこい。

時繋を拾った雨がこちらに歩み寄ってくる。

 

「・・・・その超界者をこちらに渡して。それでこの件は済む」

 

飛び散った瓦礫を踏み砕きながら歩んでくるその姿は正に死神だ。

しかし、その姿に反して俺を諌めるような目で見てくるのはどういう理由なんだ。

どこか優しさを感じる雨の立ち振舞いに一瞬呆然とすると、アオを連れ去ろうとしている事実を思い出し、警戒する。

 

「―――ここでハイそうですかって渡したら、なんで戦ってるか分からなくなるだろ」

 

強がってみせたものの、俺自身のダメージは深刻だ。

内蔵破裂のせいか、腹部の圧迫がキツくなってきた。デファンス、というやつだったか。

 

「―――貴方には初めから戦う理由なんてないはず」

「・・・チッ、ムカつくなお前」

 

強がりで言ったことに真面目な返答が返ってきて――なおかつ的を射ていることについて。

 

「確かに今回の件、俺には何の利もないな。全くもって骨折り損だ」

 

アオは超界者。俺のもとには災悪しかもたらさない。

政府が引き取ってくれるならこれ以上はない。

だけど、それでも。

俺は今なお倒れているラウラとデュノアを見やる。

 

「二人が守ろうとしたんだ。俺が簡単に諦められるかよ。それにな―――」

 

・・俺自身、アオと関わりを持ちすぎた。

たった一人の迷子。自分の立ち位置も分からずに、誰かにすがるほかなかったアオ。

俺はそんなアオに、ほんの少しだけ、同情した。

自分と似た境遇だったからかもしれない。一緒に遊び、過ごし、アオにほだされただけかもしれない。

だから、俺はこう思う。 

 

「ここでアオをあんたらに渡したところで、俺自身が納得しそうにないんでな!」

 

「――――よく言ったわっ!」

 

懐かしい響きを持つ声のあと、上空からワインレッドのISが降ってきて、砂煙を立てた。

衝撃と砂からアオを守ったまま俺はソイツの後ろ姿を見上げる。

 

「ったく、何処から聞いてやがった」

「飛行中に全部聴いてたわよ」

 

揺れるツインテール。黄色いリボンを懐かしく思うと同時に、彼女のISが一部変化していることに気がついた。

前方に鋭く突き出した胸部装甲に、足裏から脹ら脛に掛けてのスラスターユニット。衝撃砲が真横を向いていてまるで羽根のように見える。

 

「趣味わりーぞお前。回線入ってるなら一言掛けろ」

「一言入れたらクレハがまた変な気を回すかもって思ったのよ」

 

う、確かにその予想は正しいかもしれないが・・。

 

「・・・で? どこまでやれるわけ?」

 

海辺でのギクシャクした雰囲気を感じさせない快活な笑みを浮かべて俺を試してくる。

 

「・・・こんなの、掠り傷だ」

 

そう言いながら口元の血を拭う俺を見た鈴は、ニッと口角を上げた。

久々に見たと思ったらいきなり主導権握っていきやがって。

ただ、お前はいつもいいタイミングで現れるよな。俺の前に。

 

――――Bシステム、完全戦闘状態(フル・コンバット)へ移行。操縦者ダメージレベルC確認。生体再生進行中。

 

お陰で俺も全力で行けそうだ。

 

 

鈴が降ってきたからか、いまだに黒煙をあげるアリーナへとバースが降下してきた。

二対一じゃ状況不利に見たからだろう。

 

「そういや鈴、ここまでISだけで来たのか?」

「そうよ。甲龍用高機動パッケージ『(フェン)』。試作品らしいから着装テストの時にそのまま抜けてきちゃった」

「抜けてきたって・・。怒られるだろ」

 

試作品をそのまま持ち出して来たこと以外にも、不法入国とかIS条約とか。

 

「当たり前よ。でもこっちにだって言い分はあるわ。今のあたしたちは中国と日本の尻拭いをしているようなモノ。多少の迷惑料はもらわないとだわ」

「・・・・カッコつけてるとこ悪いが鈴、そんな胸部装甲着けて胸張られるとギャグにしか・・・い、いだだァッ!!」

「あ・た・し・の・胸・が・な・ん・で・すっ・てぇ・・・!?」

 

ちょ、ちょっと待て鈴! 入ってる! 腹に膝入ってるから!

内蔵割れてるのに容赦なく膝をぶちこんでくる鈴を「いつもの鈴だなぁ」とか思ってる俺は色々ダメかもしれんが、なんとなく分かる。

俺たちは、まだパートナーとして戦える。

 

「・・・ふぅ、クレハ。あたしがあの赤いのをやるわ。あんたはそっちの黒いのを」

「大雑把だな・・・まぁ、異存はねぇ」

 

俺たちの雰囲気を感じ取ったのか、相手方がぐっと構える。

先に仕掛けてくるかと思って身構えてると、急に鈴がくるっと俺の方を振り向き―――徐にアオの頬っぺたを引っ張った。

 

「それと、あんたもいつまでクレハに抱かれてるツモリよ? いい加減下りなさい!」

「ふ、ふぅぇぇ~!? 痛いー! いたいれふー!」 

 

悲鳴を上げるアオ。

つーかおい。

 

「起きてたのかお前」

 

今まで何の反応もなかったからてっきり気絶してるものかと思ってたが・・・。

 

「ち、違うん、です! クレハが妙に必死に成るものですからつい・・・・・」

 

そう言ってふいっと視線をずらすアオ。狸寝入りがばれたせいか、ほんのり顔が赤い。

そんなアオを見て何かにイラッとしたらしい鈴が、腕の中のアオに向かって更に吠える。

 

「いい!? クレハは誰にだって優しいの! ただ八方美人なだけ! ちょっと優しくされたぐらいで騙されてちゃ痛い目見るわよ!?」

「おい、ちょっと待て鈴。反論させろ。八方美人ってワードには納得いかんぞ」

 

あとお前の言い方だと俺がすごい悪者に聞こえるんだが・・・なに? ヘイトスピーチ?

 

『私的にはいくら騙されても構わないのですが』

 

「「オメーはちょっと黙ってろッ!!!」」

 

突然開放回線で呟かれたミナトの声に二人でツッコむ。

 

「・・・・ていうか、ミナト先輩? 一体どこに・・?」

『はい。現在地点、東第一校舎の屋上にて伏臥姿勢待機中(スナイプスタンス)

「なんだよ、お前も見てたのかミナト。支援砲火ぐらいできただろ」

『いえ、少し思うところが在りまして、邪魔するもの野暮かと』

「・・・野暮?」

 

意味がわからず聞き返すと、隣で鈴が「あー、なるほどね」と声を上げる。

 

『―――男性が格好つけている時、それを邪魔する女はいません』

 

・・・・その言葉の意味がわかった瞬間、俺もいつもの鈴ぐらいの速度で顔を熱くした自覚があったが、逃げ道を探すために鈴とアオの顔を見たのがまずかった。

 

「(サッ)」

「(サッ)」

 

ふ、二人して顔を背けるなよ!

なんか急に恥ずかしくなってきた! つーかミナト! てめぇよく当人に向かってそんな事を臆面もなく言えるな!

 

「と、とにかくアオは下がってろ。狙いはお前なんだ。俺と鈴に任せろ」

「そ、そうね。何時までも漫才やってる訳にも行かないんだし、そろそろしびれ切らしてくるわよ」

 

現在の俺たちの立ち位置は、トラック状のアリーナを三等分した場合の端の部分、曲線の部分だ。

俺の正面には四角形のフィールドがあり、その上空には雨とバースが浮いている。

背後には客席とアオ、ラウラ、デュノアの三人だ。

 

「いいか、鈴。後ろには流れ弾一つ通すなよ」

「ふん、上等よ」

 

鈴が双天牙月――幅が小さくなり、少しだけスリムになった印象がある――を抜き、バースに向ける。

 

「それにしても、ちょっと説明が欲しい相手ね。どうして篠乃歌 雨が『零式』なんて乗ってるのよ」

 

たぶん、何気なく言った一言。

だが、突然すぎるその発言に俺は動揺した。

 

「し、知ってるのか鈴。あいつのこと・・・!?」

「何狼狽えてるのよ気持ち悪いわね。あんだけ親しそうに戦闘中も会話してたくせに知らないなんて言わないわよね?」

 

鈴が半眼で俺を見てくる。

い、いや。俺は知らない。知らないのに・・・、鈴が知っている――!?

 

「・・・・その様子じゃあたしが居ない間になにか仕掛けられたか、もしくは影響の侵食中に中国に飛んだお陰で完全に掛かるのを免れたかのどっちかね」

 

一人で勝手に納得している鈴に説明を求めようとした瞬間――。

 

「―――――貴女が覚えていることは予想外だったよ。凰さん」

「ってことはこれは全部あなたたちが仕組んだことって認識で良いのかしら篠乃歌先輩?」

 

黒と朱のISがぶつかり合う。

 

「・・・おいバース。ちょっと理解出来ないんで説明してもらえるか?」

「イヤよ。なんで私がそんなことしなくちゃ成らないのよ」

「・・・だよなぁ」

 

ふざけてバースに助け船を出したが、残念ながら説明はしてもらえなかった。

 

「まさかクロエの記憶改竄能力に経過劣化なんて欠点が有ったなんてビックリだよ。本来なら私は誰も正体を知らない襲撃者として超界者を拐い、二学期から普通に戻るはずだったのに」

「残念ね。貴女の姿をここであたしが見たからには、黙って学園には戻さないわよ」

「・・・私、凰さんのそう言う生意気なところ、大嫌い」

 

・・・な、なんだこれ。なんで鈴が襲撃者と親しげ(・ ・ ・)に話してるんだ?

子供みたいに頬を膨らました雨は、俺の視線に気づくと「あわわ」なんて言って澄まし顔に戻る。

 

「偶然ね。あたしもクレハの金魚のふんみたいな貴女がずっと気に入らなかったのよ。幼馴染みを自称して・・・、クレハに幼馴染みなんて居るわけが無いのよ」

 

お、幼馴染み・・・!?

 

「い、いい加減説明しろ鈴。幼馴染みってなんだよ」

「あんたは黙ってなさい。あたしは今この女と話をしているの!」

 

うおっ、なんか知らんがいつも以上にヒートアップしてやがる。

幼馴染みか。

そんなの、居るわけがない。

俺は現在、生まれて二年ほどの遺伝子調整体(アドヴァンスド)

篠ノ乃束の遺伝子を用いて作られ、鉄の子宮から生まれた試験管ベイビーってやつだ。

自分のことながら他人事のように捉えているが、実感がないのは確かだ。

だが、二年という時間においての俺の記憶はハッキリとしている。

その中に、シノノカ アメ、などという名前の人物は居ないのだ。

だから、あり得ない。

目の前の敵、篠ノ歌雨が俺の幼馴染みだということは。

 

「・・・・クレハ。混乱しないで。確かにあたしはこの女と面識がある。けれど、それはアンタも同じなの。多分、サラと同じように、何らかの方法で記憶が書き換えられてるんだわ」

「記憶が書き換えられてるって・・・、まさか、その為のフィールドか!」

 

夏休みに入ってから、この島全体を覆っていたと言う特殊エネルギーシールド。

その正体は学園にいる人物全員を騙すための工作だったってわけか。

さらに、二人の会話から察するに、その書き換えはじわじわと進んでいくようで、途中に中国へ渡った鈴だけは雨の事を覚えていると言うことらしい。

そ、それじゃあ、本当に雨は、俺が覚えていない誰かってことなのか・・・?

 

「アンタたちがなに考えてるか分からないけれど、学園に対して特定の国家が働きかけるのは条約違反のハズよ。大人しく退きなさい」

「・・・・・もう、そんなこと言ってられる状況じゃ無いんだよ凰さん。戦争は目の前に迫ってきてる。超界者達の目的は、貴女とクッちゃん。女王なの」

 

今更な事実を、雨が辛そうに確認する。

・・・あいつの目、俺を慮る様な言動は、俺を知っているからできると言うのか。

俺は知らないことが多すぎると知っていた。

だが、知っていたことすらも忘れていたと言うことについて、初めて後悔した。

 

「じゃあなんでこの子を狙うのよ」

「・・・・当人だから言うけれど、その子は戦争を終わらせられる唯一の存在、とだけ聞かされてるの。だから、その子が居れば、二人は助かる」

「・・・アオ・・・がか?」

 

雨の言葉に顔を上げた俺は、背後にいるアオを見る。

いや、まて。そんな都合のいい解決策があるわけない。

雨もいった通り、起ころうとしているのは戦争だ。

不条理や不道徳がはこびる戦争なんだ。

 

「・・・・何に、使う気なんだ」

 

俺は思わず、バースに問いかけていた。

アオが戦争を解決してくれる、という前提ではなくアオを使って戦争を解決する、という前提で。

アオのその後までは聞かされていなかったらしく、雨も同じようにバースを見上げる。

周囲の視線を一身に受け、バースはさも当然のように言った。

 

「決まってるじゃない、器として使うのよ。心は別に用意があるの」

 

器。

女王の器。

それは即ち、俺のIS、瞬龍に組み込まれているコアのことであり、鈴の脳内にデータとして記録された心と組み合わせることによって女王が復活すると言う。

この話は、以前鈴の父親、凰経公から聞いたことだ。

バースたちは、それを別のコアと心でやろうとしているらしい。

だが、だが、心が剥がれても、エリナとしての意識はコアの中にあった。

そして心と一体化する際には、どちらの意識が優先されると言うのか。

つまり今の状況でいうと、アオと女王の意識、どちらが消えてどちらが残るのか。

 

「捕まっていたから報告が入るのが遅れちゃったみたいだけれど、その子は女王の器として日本政府が造り上げた人造の超界者。機械に人の意識を植え付けた化け物らしいのよ。私にしても、気味が悪かったからこの仕事には関わりたくなかったのだけれど、仕方ないわよね。お仕事なんだから」

 

・・・・おい、おい、今なんて言った?

人造の超界者・・・?

思わず、アオを振り返る。

 

「・・・・え・・・ッ・!?」

 

酷く狼狽している。

ち、違うぞ、あの目は・・・。

自分が作られた存在だったと言う事についての驚きじゃない。

もっと、これまでの自分を全否定されたかのような―――――記憶の全否定―――!

バースが、アオに向かって手招きする。

 

「だから、いらっしゃい。あなたは女王の器になる為に造られた、超界者とは異なる生物。いや、生物でもないかもしれないわね。モノはモノらしく、自分の役目を果たすしか無いのよ。こっちに、来なさい」

 

催眠術でもかけているかのようなねっとりとした口調に、人格を壊し尽くす辛辣な言葉。

その言葉を受けて――アオが立ち上がった。

 

「・・・おい、待てアオ・・・。なに考えてやがる・・・ッ!?」

「――――結局、アオはクレハに騙されていた、と言うことですね」

 

ゆらりと一歩踏み出したアオは、突然そんなことを言い出した。

 

「アオが自分の任務だと思っていた女王の復活、その重要なファクターはクレハ、貴方だったのですね」

 

アオと部屋で遭遇したあの日、俺は自分が女王の器であると知らせずに、アオに嘘をついていた。

 

「ち、違う・・あれはッ!」

「分かっています、クレハ。クレハにも守りたいものがあった。超界者と戦うためにも情報が欲しかったんですよね」

 

今や全てを理解していると思われるアオが一歩一歩、バースに近づいていく。

 

「アオにも、守りたいものが出来ました。ここで食べた小麦粉の麺類―――うどん、と言っていましたね。アオはあれが気に入りました。それに、クレハと買い物に行った際に見た夕陽も、とても綺麗で目を奪われました。なんてきれいな世界なんだろうって」

 

アオは、俺と過ごすうちに、ここでの生活を楽しみ始めていたんだ。

記憶や経験が失われていたからじゃない。アオにとっても、この世界は綺麗なものに見えていたのだ。

 

「そして、そんなことを私に教えてくれたクレハも守りたいのです。クレハが戦いから遠ざかると言うなら、アオは進んで器になります」

 

宣言したアオを、俺は止めることができない。

雨が、今にも泣きそうな顔で俺の行く手を阻んでいるのだ。

 

「ごめんなさい・・・・ごめんなさいクッちゃん・・・・。これしか方法が無いの・・・・っ!」

 

うるせぇ、邪魔だ。退け。

アオを止めるんだ。

きっと、アイツには確信がある。

自分は消えてしまう。その確信が。

 

「あの夜は、図らずも行動で示しましたが、今ならハッキリ言えます。クレハ、アオは、クレハが―――」

「―――――バカなこと言ってるんじゃないわよ。誰もさせないわよそんなこと」

 

俺が動けない間に、アオを止めたヤツがいた。

 

「アンタはラウラやデュノア、それにクレハが必死で守ろうとしたのよ? その努力無駄にする気? それに、今の台詞完全に死亡フラグだったから割って入らせて貰ったわ」

 

胸を張って言う鈴を、アオは呆然と見つめる。

 

「で、ですが、アオが器になれば貴方たちは・・・」

「そんな話、本当にうまくいくと思ってるわけ? 難しい話は・・・正直、分かんなかったけど・・・、超界者の問題はあたしとクレハの問題。あたしより小さい子に丸投げして知らんぷりは出来ないのよ。責任ぐらい取らないと気持ち悪いったらありゃしないわ」

 

少しツンデレた様子を見せた鈴は、両手に双天牙月を召喚する。

 

「クレハはね、どうしようもないくらいお人好し。だからアンタが犠牲にクレハを救っても、喜びはしないし感謝もしないと思う。ただただ、自分を責める。アンタはそんな重荷をクレハに背負わせたいわけ?」

「・・・・そ、そんなことは・・!」

「だったら早い話、そこの二人を撃退すれば良いのよ」

 

おい。

簡単に言うなお前。

 

「何をグズグズしてるかと思ってたけど、そいつらが居なくなれば何とか考えも纏まるでしょ。切羽詰まった状況で考えたって正面突破以外考え付かないモノよ」

 

鈴は、自分の背後にアオを庇いながら言う。

 

「だから―――」

「・・・?」

 

なんだ?

鈴がこっちを睨んで―――いや、見てくるぞ。

・・・まさか。

じょ、冗談だろ鈴?

 

「――――取り敢えずは、任せたわよクレハ」

 

そういうと鈴はアオを抱いて上空へ―――り、離脱したっ!?

 

「―――ッ! 逃がすわけが――!」

 

バースが焦りを見せ、背後の龍砲をスラスターのように使って加速する鈴に杭打ち機を向ける。

 

「つぁっ!?」

 

杭を射出しようとした瞬間、右腕に俺の放った炸裂弾が当たり、悲鳴をあげるバース。

 

「させるかよ」

 

流桜を持っている左とは逆の、右腕の時穿で今まで逆に動きを封じられていることに気がついた雨が、目を見開いている。

ちっ、バレたか。

しかし、そろそろだな。

俺はバースにならって、空をかける鈴を見やる。

・・・龍砲から溢れたエネルギーが羽根のように広がり、まるで蝶のような様相をみせる甲龍。

素直に、きれいだと思った。戦闘中にも関わらずに。

アオが戦場を離脱し、残っているのは俺と敵二人。

鈴はアオを何処かへつれていったあと、ラウラ達の救出もするのだろう。

当然、二人は邪魔をしてくる。

だから、それを妨げるのは俺の仕事だ。

 

「―――掛かってこいよ。二人がかりでいいぜ」

 

雨を弾き飛ばした俺を、二人が険しい表情で見てくる。

任務を優先するか、障害を排除するか迷ってるみたいだな。

生体再生で、内臓の損傷もなおった。

さぁて、やるぞ。瞬龍。

 

 

「上等ッ!」

 

雨が逡巡しているしている間に、というか真っ先に俺に飛びかかってきたのはバースだった。

俺より少し上から下向きに、轟音をたてて射出された杭を紙一重でかわした俺は、続けて振り下ろされた銀剣を――――これまた、身を捻ってかわす。

・・・さっきは二対一になるかもと思ったが、雨があのまま動かないのではバースとの再戦って感じだ。焦る必要はない。

 

「―――チッ」

 

部が悪いと見たバースは、銀剣を拳銃型の荷電粒子砲に持ち変え、十字に凪ぐように射撃する。

断続的に射撃された加速粒子が十字を描いて俺に迫る。

・・・・弾道から見て、全ての着弾点が俺に来るように狙って射撃されている。

一つでも撃ち漏らせば、ダメージは確定だ。しかし、俺には先の雨との戦闘で、シールド分のエネルギーが減っている。

絶対に避けられない絶体絶命。

ビームの向こう側で、バースが笑んでいる。

狙って追い込んだならバースはとんでもない戦術師だな。

でも、俺は鈴に足止めを任された。

彼女の期待に答えてやれなかった俺をまた、信頼してくれているのだ。

・・・・応えなきゃ、男じゃねぇよな。

俺は無意識のうちに、両腕を前方向に突き出す。

Bシステムが推奨した対処法は、轟砲を使っての対処だった。

だから、きっと。

両の手のひらを付き合わせた俺は、轟砲にエネルギーをチャージする。

ぶつかった瞬間、俺の前方向だけで爆発するように設定して。

粒子ビームが、衝撃砲の爆発圏内に入った。

 

(―――ここだ)

 

その瞬間、俺は轟砲を轟かす。

発射された不可視のエネルギー弾は、俺の真正面でぶつかり合い、当たり一面にエネルギーの余波を造り出す。

――――ISから放たれ、空中に散らばったエネルギーは可視の粒子と言う形で辺りを漂う。

この性質があるから、瞬時加速時にはスラスター付近に虹色の靄が発生しているし、ISの展開時に使用したエネルギーの余剰分が周囲を飛び交う幻想的な光景が出来上がる。

この粒子砲の対処法はその性質を使って、粒子の壁で収束された粒子を拡散する方法だ。

名付けて、「乱雲(らんうん)」。

俺の目論み通り、衝撃砲のエネルギーが爆発し飛散した残留粒子が壁となって、バースの粒子ビームを拡散させていく。

射撃されたビームを全て、残らずだ。

周囲から見れば、俺が両手から虹色の霧を噴霧し、それによってビームが消滅したように見えるだろう。

しかし、これ。

レーザーと違って大気減衰しないビームを避ける手間が省けるのはいいが、視界が潰れるのは考えものだな。

そして乱雲の特徴は、ビームを乱すことではなく――――稲妻を発生させることにある。

素早く時穿を手にした俺は、目の前の乱雲からエネルギーを回収しつつの瞬時加速で、正に稲妻のような速度で飛び出す。

攻撃用のエネルギーを瞬時加速に転用したんだ。出し惜しみつつ使う防御用シールドエネルギーとは速度が違う。

超界の瞳(ヴォーダンオージェ)が銀色に輝きながら体感速度を調整するなか見えたバースの顔は――――思わず苦笑いしそうなほど驚いた顔をしている。

一瞬で距離を詰めた俺を凪ぎ払おうと、ガッチョンと伸ばした杭を横に薙ぐが――――遅い。

 

ガッ―――キンッ!

 

体の横で立てた時穿と杭がぶつかった瞬間、初めは鈍い音を、最後には小気味良い快音を響かせて杭が切断された。

続けて振るった剣で、相手の技を写す謎の銀剣も叩き折る。

 

「チェックメイトってか? バース」

 

ニヤリと荒々しい表情をしているのが、自分でもわかる。

Bシステムになると、戦闘自体はほとんどの反射的にこなせるようになるが、性格が変わるのが少し怖い。自重。

 

「――――いいえ、まだチェックよ」

 

首に刃を宛がわれたバースがそう呟いたとき――――ヒュンッ!

俺の首もとでも刃が閃いた。

あぶねぇ、今のも反射的に首を反ってなけりゃ死んでたぞ。

見下ろすように斬撃の主を見る。

やはり、篠乃歌雨。零式の超速移動だ。

二転三転、宙でシールドを足場にバック宙を切った俺は雨を睨む。

・・・・遂に動き出しやがったか。

この場における一番のアンノウン。

俺の幼馴染みらしいが、俺には記憶がないし、そうであるはずがない。

俺の首を切り損ねた雨は、バースには目もくれず剣を構える。

・・・・どうやらバースを助けた訳じゃなく、俺に攻撃したことで結果的にバースを助けたって感じか。

 

「・・・・気持ちの整理は付いたかよ? 篠乃歌雨」

「・・・・・す」

「す?」

 

激しく狼狽しているようだったから、Bシステム特有の相手を煽る口調でつい聞いてしまったが、答えが聞こえなかった。

雨はだた、俺を見て何事かを呟いている。

 

「クッちゃんを殺して・・・・私も死んだあとあの女を殺すッ!」

 

・・・・あー、聞かなきゃ良かったかな。

 

「せやぁっ!」

 

どこをどう接続したらそんな結果が出たのか知らないが、時繋を構えた雨が瞬時加速で突進してくる。

空中で刃を噛み合わせた俺たちは、火花を散らせながら鍔競り合う。

ていうか、なんだほんとにこの女。

さっきまで俺にたいして謝ってた人物だよなぁ? 

どうしてそうなった。

鬼のような形相で睨み付けてくる雨が怖くなったので、腕自体に瞬時加速の運動エネルギーを乗せ、振り切る。

ばっ、と身を翻した雨が姿勢を整えることなく、姿を消す。

来るぞ。斬撃が。きっと刃が体に当たるまであとコンマゼロイチ秒もない。あれは正に、刹那の一撃だ。

そうこうしているうちに―――気配。背後。左斜め上!

 

「――――ッ!」

 

人智を越えた反射で、俺は左のマニピュレーターで斬撃を受ける。

激しく損傷した腕にエラーが出る。

幾ら操作しても、手の開閉すらままならない。無い方がマシなレベルの損傷だ。

左腕を犠牲に距離を取った俺は、そのまま壊れた腕をパージし、投げつけると同時に飛び出す。

相手の眼前で腕を撃ち、爆発させ簡単な目眩ましを作ると右利きの相手が反応しづらい右側に回り込み、斬空を放つ。

波のように進む斬撃は、乱射されたシュナイダーの弾丸で無効化された。

・・・・やっぱりターゲットカーソルか。

相手方のエネルギーを感じ取って警告を示すハイパーセンサーは、視界内にホログラフィー表示されてる様に見えるが、実際は網膜に直接光情報が送り込まれているので、目を閉じても相手の方向は分かる。

雨はそれのお陰で俺の攻撃を察知しているが、雨の斬撃はハイパーセンサーすらも反応できないエネルギー余波の感じられない攻撃。寄ってカーソル表示がどうしても攻撃の後に来てしまうのだ。

いろいろ考えたなかで、俺とBシステムと瞳が導き出した零式攻略法は、最低でも相手の攻撃と同時にこちらも攻撃を放つこと。攻略法じゃねぇよこれ。ようは真正面からぶつかれってことじゃん。

鈴のいった通り、真正面からぶっ倒す以外に方法が見つからないことに愕然としていると、体勢を立て直した雨がこちらを見ていた。

・・・・目、逝ってますがな、あれ。

 

「どうしてあんな女がいいのクッちゃん・・・? ただ二年前にちょこっと関わっただけの薄っぺらい関係のあの女がどうして選ばれているの? 経験と記憶なら私が一番なのに・・・っ!!」

 

呪詛のように繰り出される、小声だがしっかり聞き取れる声。

様子が、今までになく変だ。警戒していくぞ。

 

「仕事、これは仕事だから仕方なくやってるのクッちゃん・・・・大丈夫。死んでも労災保険は下りるからぁッ」

「お前の仕事なら下りるのはお前の労災だよッ!」

 

あと、誰が受けとるんだ。労災。

突如召喚された大型粒子砲の砲撃を乱雲で拡散しつつ瞬時加速で円運動を開始。攻撃のタイミングを探しだす。

雨は多分、キレたら行動だけは冷静になるタイプ。口頭では混乱しているように見えて、何をするべきかはキチンと把握しているタイプだ。

だから―――

 

「逃がさないよクッちゃん」

 

粒子砲を射撃したまま、大量のエネルギーが消費されるのもいとわずに、俺の動きに合わせて器用に砲口を動かし続ける。

アリーナのシールドが破られ、客席が破壊されていく。

一瞬、ラウラたちのことを思い出してヒヤッとしたが、鈴のお陰で救出済みみたいだ。

蛇のようにうねる粒子砲を掻い潜り続けていると、粒子砲のエネルギーが尽きたらしく、宙に霧散して射撃も止まった。

徒に攻撃してエネルギーを消耗させた自覚があるのか、剣の構えかたが防御寄りだ。

 

「私は幼馴染みなのに幼馴染みなのに幼馴染みなのに幼馴染みなのに・・・・幼馴染みなのにィ!」

 

さっきからずっと呟き続けている幼馴染みというワード。

百歩譲って、俺の記憶が弄られているとしよう。

しかし、幼馴染みと言うのはどういうことなんだ。

俺が今まで生きた時間はたったの二年ちょいだ。

幼馴染みなんて、あり得ないのだ。俺からすれば。

 

「・・・・・お前は、一体誰なんだ」

 

通じるとも思えないが、聞いてみるしかない。

 

「・・・クッちゃんからそんな質問をされるなんて、昔の私じゃ考えられなかっただろうね」

「昔の私なんて言われても、俺はお前のことを知らないんだ。同意は出来んな」

 

そういうと、雨はまた悲しそうな顔をする。

その表情がどうしてか胸のうちに引っ掛かり、またぞろ偽りの過去を思い返してみる。

 

「・・・・お前が俺を知っているのは本当みたいだが、俺は本当に知らないんだ」

 

改めて記憶と言うものの不確実さを思い知らされる。

偽りの14年間を刷り込まれ、更に人ひとりの記憶を抜き取られている。

 

「クロエちゃんの能力は残酷だね。一度間違えれば元には戻れないんだもの」

 

そのせいで、苦しんでいる誰かと剣を交えなければいけないと言う事実が、俺にのし掛かってくる。

 

「それは、仕事の後で記憶を書き換えるつもりだった、ってことか」

 

俺の問いに雨が首肯する。

 

「だから、私にはあの子が必要なの。仕事を終えればまた記憶を書き換えてくれる。そうすれば、私はクッちゃんの隣に戻っていける!」

 

雨が攻勢に出た。

瞬時加速を併用しての斬り込みを回避すると、視界の隅に雨が現れ、切り上げをモロに受け弾き飛ばされる。

・・・・実は今の攻撃。攻略する糸口はある。

瞬龍と瞳が示した相手と同じタイミングで攻撃を放つと言う事は可能だと俺も思う。

ただ、どこから現れるか分からない雨に、いつもの攻撃で対応してもダメなことは明白で・・・・・

 

――――装備構築中40%

 

その為の装備を瞬龍は現在、急速に構築しているところだ。

両手をつき、受け身をとって着地すると右足のスラスターに刀傷を付けられているのが分かった。

や、やっちまった! 機動力を奪われたぞ。

動揺している間に、雨が接近してきて剣戟が始まる。

ISらしくない、剣道のような打ち込みを片手で受けきるのは想像以上に苦しくて、剣で押し込まれると同時に膝をついてしまう。

 

「降参して、クッちゃん。そうすれば命までは取らないよ」

 

ぐぐっと、体重の乗った時繋が時穿を押しきろうとするギチギチという異音が目の前で鳴っている。

パワー補助のない左腕を添えても意味を全くなさない。

その時だ。

 

「――――残念だけれど、どちらにしろ貴方の命はここで終わりよ」

 

バチバチという放電が雨の背後に見え、バースが再び紅い杭を構えているのが見えた。

いや、ただの杭じゃない。俺はさっきアイツの杭を切り落としたはずだ。

 

「限界を無理やり引きずり出す再大出力形態(バーストモード)。初めて使ったけれど、案外心地いいものね」

 

バースの構えた杭は、俺が切り落としたモノとは様子が変わっていた。

目を見張るのはその巨大さ。

直径1メートルはあろうかという杭が地面に突き刺さったアンカーを便りに今にも飛び出そうとしているのだ。

 

「待って、バース。このまま行けばあの子を回収できる。私に任せて――――」

「―――――その必要は無いわ。貴女はこの任務から外されたの」

「え・・・・?」

 

一瞬、雨が呆けた。

 

「どう言うこと。バース」

「そのままの意味よ。貴女は見限られたのよ。何のためにその機体を託されていると思っているの? 仕事をきっちりとこなすためでしょう? でも、今の時点で任務遂行時間を十分オーバーしてるわ。指揮官としては失敗も同然よね」

「待って・・・。待ちなさいっ! 貴方には引き継ぐ権利なんて有るわけがない!」

 

俺を押さえ付けている雨を見たまま、バースが杭に込めるエネルギーを更に上げる。

まさか・・・雨ごと俺を貫く気か!

 

「しっかり押さえていなさいよ。じゃないと貴女が死ぬ意味がないわ」

 

その言葉を最後に、バースとの回線が途絶える。

くそっ、このまま潰されてたまるかっ!

組織に捨て駒扱いされた雨の腕には全く力が入っておらず、右手一本で押し退けると同時に起き上がる。

その瞬間、杭が射出された。

あとは俺が脱出するだけだが、目の前にいる雨は迫る来る杭を凝視しているだけだ。逃げるそぶりが見えない。

きっと雨は、記憶を書き換えて、元の生活に戻ることを希望に、この仕事を続けてきたのだろう。

そして、その希望が今、途絶えたのだ。

因果応報だな。篠乃歌雨。

お前は元々学園の俺たちと親しい仲にあったみたいだが、それを裏切って襲ってきたんだ。

組織から裏切られることもまた、覚悟はあったんだろう?

だから、助けないぜ。俺は。

離脱しようとした一瞬前、横から見えた雨の呆けた横顔に心の仲でそう告げる。

そして、雨の唇が最後に何かを紡いだのが見てとれた。

 

『約束、守れなくてゴメンね、クッちゃん――――』

「――――――ッ!」

 

――――――武装の構築が完了しました。出力、開始(ジェネレート)

 

左手に現れた硬い金属の手触り。

そこに吸い込まれるように右手の時穿が吸い込まれていく。

触れた瞬間、この武装の意味が理解できた。

そうか、本当にスピード勝負って訳だな。

瞳が俺の体感速度を何倍にも引き上げる。

スローモーションで見た世界では、俺と杭との距離はも1メートルもない。

とてつもなくゆっくりとした時間のなかで、俺は雨を背後に前に出る。

構えろ。俺。

刹那の瞬間に単一仕様能力「超越世界」が発動し、()のなかで刀身が輝きだす。

Bシステムと併せて、普段の俺の五倍近い身体能力が出せるようになった。

そして更に、新たなる武装である特殊鞘の内部機構が唸りをあげ、いつでも剣が抜けるようにセットされる。

杭と俺の体が触れあうその瞬間―――――!

 

(――――閃刃(レールエッジ)!!)

 

左手が時穿の鯉口を切り、右手で一気に引き抜く。

居合い切りの要領で刃を鞘に滑らせると、内部にある二本の電極と電機子に電流が流され、刃がレールガンの様に押し出される。

押し出された時穿が杭に接触すると、まるで何もないかの様に刃が吸い込まれていく。

あまりの摩擦熱で赤熱化した杭が上下に広がって冷えていく。

それほどまでに、この居合い抜きは速かった。

本来なら、原理的には光速まで加速が可能な閃刃だが、瞬時加速を逆に使用して無理やり超高速の域に留めたのだ。

俺たちを貫いたと思っていたバースが、逆に自分の杭が破壊されたという事実に目を丸くしている。

 

「う、クッちゃん・・・今の・・・」

 

あー、コイツらには俺がただの居合いで杭を切り裂いた様にでも見えたらしいな。

だが、それを説明してやる気はさらさらない。

 

「・・・・約束、したからな。操縦教えてやるって」

「ッ!」

 

俺の言ったことに雨が涙ぐむ。

そう、あれは夏休みに入る前、ハワイへ発つ前に俺は誰かと約束をしていた。

 

『わたし・・・・クッちゃんにIS操縦・・・・教えてほしいな―って・・・だめ?』

 

そう頼んできた顔のわからないヤツに、俺は何て言ったんだったか。

 

『ああ、分かった。約束するよ』

 

俺の顔を見て喜ぶ顔と、目の前で泣いている顔とがピタリと一致する。

それを発端に、封じ込められていた記憶の蓋が弾けた。

幼い頃の記憶。

久しぶりに甦った偽りの記憶になかに、雨の存在はあった。

一緒に遊んだ記憶も鮮明に思い出せる。

なんと言うことだ。

雨は・・・目の前の少女は、この記憶を一人抱えたまま、俺たちを攻撃していたのか。

自分に課せられた仕事という強制力に屈服して。

 

「約束を忘れていたのは謝る。だが、もう忘れたりなんかしないぜ雨」

 

そうだ。俺が自分の記憶が偽りだったと分かっても雨を幼馴染みとして認識できたように、雨もまた、自分だけが持つ偽りの記憶のせいで俺を幼馴染みとして認識せざるを得なかったはずだ。

恐らく、雨が学園に居たのは俺の監視のため。

自分が遺伝子強化体だと悟らせないために、政府が送り込んだ監視官だったのだ。

そう言う事情があったから、俺が実家に戻るといったとき、強く反対した。

4月に俺が一週間休んだときも、俺の足取りを島の外で探していたんだろう。

植え付けられた記憶だとしても、それを一緒に共有しているということで生まれた感情は本物だったはずだ。

だから、俺は思う。

 

「今まで無理させたな、雨。だけど俺が、終わらせてやる。訳のわからない仕事なんかやめちまえ。俺が責任をとってやる」

 

幼馴染みとして、お節介を焼いてくれた女の子に、少しくらい返さないと申し訳ないってな。

 

「ッ――――!? クッちゃん今せ、責任って・・・!?」

「ああ、任せろ。泣かせちまった償いぐらいはするさ」

 

それに、そろそろ食事に物足りなさが出てきたところだしな。

 

「クソッ! またお前が阻むのか柊クレハ!」

「悪いなバース。ついでにクロエってヤツにも伝えておいてくれよ」

 

再び時穿を鞘に納める。

頭の中で指示を出すと、簡単にその形態にする事が出来た。

 

バチッッッ!!とひときわ強い放電現象が始まり、時穿が最大出力形態になったと分かる。

バースが折れた銀剣を手に、掛けてくるのが見える。

この攻撃に、距離は関係ない。ただ、目の前のものを切り裂く一閃―――――!

 

「―――次来るようなら、今度はテメーの顔見せろってな」

 

全力で、剣を引き抜く――!

閃刃の上に斬空を重ね、高威力で飛翔する見えざる斬撃!

触れたバースの銀剣が切り裂かれ、牙龍のシールドを無効にする。

閃空刃が破壊したのは、バースの胸部装甲と、背後の実体シールドユニットだったが、そのダメージで牙龍のエネルギーは尽き、無理をして操縦していたバースの意識も牙龍自身がシャットダウンさせる。

そして響き渡る、バースが崩れ落ちる音。

この様な結末をもって、IS学園襲撃事件は収束したのだった。

 




今回のバース戦で使った閃刃は、七月の福音事件の時に使った瞬時加速による閃刃とは別物で、瞬時加速を逆に減速に使っています。上位互換のような技だったので、ネーミングは漢字の閃刃にレールエッジとしました。

※閃刃なんですが、市販されているゲームに同じ技が有ったようです。
被りが起きてしまったことを謝罪いたします。

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