インフィニット・ストラトス~オーバーリミット~   作:龍竜甲

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こんばんは。
土日中に上げられて良かったです。
※正常には上げられませんでした。詳細はあとがきへ。


襲撃

翌日になると、隣のベッドからアオが消えていた。

昨日買ってやったスニーカーもないところを見ると、自分の脚でどこかに行ったみたいだが、その場所にまで心当たりはない。

着替えをしながら携帯を開いてみると―――メールの着信が一着。デュノアからだ。

『お早うクレハ。シャルロットだよ。今朝起きてみたらあの子がボクの部屋を訪ねてきたんだけど、何かあった?』

どうやらアオは唯一の顔馴染みと言えるデュノアの部屋に逃げたみたいだ。

まぁ、昨日あんなに取り乱したんだ。

暫く顔は合わせツラいよな・・・。

悪いがしばらく任せる、アオって呼んでやってくれ。というメールを返信して、着替えを済ませると朝一番にミナトの元へ向かう。

アオが居ない内に出来ることをやっとかないとな。

アリーナの階段をたんたんと下り、ミナトの部屋の前に立つ。

 

「おーい、ミナト起き――――」

「―――ているので大声は控えてもらえますか?」

 

ドンドン扉を叩くと、それを制するかのように不機嫌そうにミナトが現れた。

多分、寝起きなのだろう。青い丸首のTシャツに枕を抱えているという、とっても分かりやすい寝起き姿だった。

というかお前、それ下穿いてるよな・・・?

 

「それで、私に用事みたいですが・・・・ああ、例のシールドの件なら今のところ報告出来ることはありませんよ。エネルギータイプから機体のコアを算出しているところですが学園に登録してあるコアではないらしく、容易にはいきませんので」

「お、おう・・・・なんか、機嫌悪そうだな?」

 

いつも以上に口数の多いミナトは少し不安になるほど怖いオーラを放っていたので、こわごわ聞いてみると・・・。

 

「すみません。私、寝起きが悪い方なので朝は少し印象と違うかもしれません」

「あー、低血圧か、お前」

「そんなところです。朝食を摂り終える頃には覚醒すると思われるので、その時まで待っていただければ普通に話せますが?」

 

そう言ってシャツの下からシリアルの袋を取り出すミナト。

その際シャツの裾が際どいところまで捲れ上がったので視線を逸らす。

袋を取り出したミナトは「牛乳もちゃんとあります」なんて、ポイポイ牛乳やら深皿やらスプーンやらを取り出すんだが・・・・・なにそのシャツ、四次元ポケット? ていうか渡された牛乳、なんか生暖かいんだけど・・。

 

「って、朝食? これがか?」

「はい。今は夏期休業中なので訓練もありませんし、これで十分かと」

 

・・・そう言えばミナトは束さんが密かに送り込んだ俺を監視するための工作員。正規の手続きを踏んでいないため予算に関してミナトに割く分が無いのは俺と同じなのか。

そう言えばたまに俺の仕事に付いてくるし、食堂で飯食うのも俺が奢るときだけだし、コイツはコイツで苦労してるんだなぁ・・。

そう考えると今の状態が可哀想に思えてきたな。束さんに捕まったのが運の尽きとは言え、俺を監視するためだけに極貧生活を強いるのも目覚めが良くない。

 

「十分って、まさか今までこれしか食ってないとか言うなよ? あんまり朝食を食べない俺が言うのも何だが、食生活はキチッとしろよ」

 

そういった瞬間、不自然な疼きが頭に走ったが、それは一瞬のこと。血糖値下がって身体に影響でも出たのかね。

俺が注意するとミナトは途端にシリアルの素晴らしさについてペラペラ語り始めてしまった。

穀物の組み合わせがどうの、鉄分やミネラル分がどうのとよくもまぁ口が回るものだと感心し始めていたが、それを長々と聞かされれば段々とウザいと思うようになってくる。

 

「わかった、分かったから語るのを止めろっ。あとそのアメコミ調のトラの絵のある箱を押し付けるな! ――――そうだ分かったぞ腹減ってるんだな!? そうなんだな!?」

 

頭ひとつぶん小さいミナトがグイグイとケロッグ・コーンフレークの箱(今どき珍しい・・・)を押し付けてくるので押さえつける。

 

「――とりあえず、今のところ目立った変化は無いんだな?」

「はい、ありませんよ。クレハさんが小さい女の子を連れて校内を闊歩しているというネタが新聞部に取り上げられたこと以外には。そういえば今日は彼女の姿が見えませんが、どこに?」

「アオならデュノアの部屋に行って寝てる。ちょっとゴキゲンななめみたいだ」

 

接続云々は超界者であるミナトには言わない方が良いと思ってはぐらかしたが、ミナトは目ざとく勘ぐってきやがった。

 

「・・・・昨日の晩、何かあったんですか?」

「いっ・・・いや、何も無いぞ? 朝起きたら既にアオは居なかったんだぜ?」

「・・・・・そうですか」

 

そう呟くとミナトはキロッと俺の口許を一瞥し、

 

「・・・先も述べた通り、今のところ異常は認められません。島を覆っていたエネルギー自体が異常とも言えますが影響が計り知れない分、迂闊なことはしない方が良いでしょう。学園側でもエネルギーの残留反応を観測した動きがあります。そちらも合わせて報告するように努めますが、クレハさんの方でも何かあれば言ってください」

 

そっぽを向いて言いながら、何かを渡してきた。

・・・何これ。新聞?

開いてみて分かったが、どうやらこれ、新聞部発行の校内新聞だぞ。

本日の一面を確認してみると、その見出しは・・・「最悪のロリコン現る! 柊クレハのただれた昼下がり!」・・・とあり、昨日の昼食後に昼寝をしたあの風景が写真に収められていて、でかでかと載っていた。

・・・・・・・。

・・・・・・ふぅ。

まぁ、黛に拳骨ぐらい喰らわせとこうかね。

俺は新聞を畳ながらそう思った。

 

 

二学期分の生活費を学園に渡すため職員室を訪れた俺は、千冬さんを始めとした教師数人が物々しい雰囲気を醸しながら何やら話している現場に遭遇した。って、なんだあの着ぐるみ女。

狐みたいな着ぐるみ、いやパジャマか? を着た少女が先生に囲まれて忙しなくキーボードを打っていた。

近いとこにいた千冬さんに振り込みの件を伝える。

 

「ああ、食堂費ならいつもの金庫に入れておくように」

 

俺に構っている暇は無いとばかりに早口で捲し立てられた。

几帳面なこの人が金の扱いをぞんざいにしているのだからそれなりの問題なんだろう。

さっさと規定の金額を入れた茶封筒を金庫に仕舞い、関わるまいと退出しようと思ったのだが、

 

「うぇぇぇん! ムリだよ~こんなの~!」

 

背後から特徴的な声が聞こえてきたので止まらざるを得なかった。

振り向けば、キャスター付きの椅子でくるくる回転しながら頭を抱えている狐女の姿。

今の声で分かったぞ。あの女、この間一夏と一緒に食堂に入ってきた奴だ。

名前、何て言ったっけ? 確か・・・のほほんさん? そうだ、全身寝装とかって言ったな俺。

自身が懊悩する姿を俺に遠巻きに見られていた事に気づいたのほほんさんは、突然見た目にそぐわぬ速度で俺に突進してきた。

 

「せーんぱい~。助けて~! もう指先が疲れたよ~!」

 

思いっきり腹部に頭突きを喰らった俺は「ぐふっ」と変な声を上げつつも倒れないように踏ん張る。てめぇ、何か食ってたら間違いなくゲロってたぞ。今。

危うく後輩女子に胃液を浴びせそうになった俺に対する労りの姿勢は皆無で、スルッと背後に隠れるのほほんさん。

そんな彼女を追うように教師陣が俺に視線を向けてきた。

 

「あー、えーと俺これからやることあるんだが・・・」

「ん! ん!」

 

腰のベルトをダブ袖でガッチリ掴んだのほほんさんは、逃がすまいと口をへの字にして訴えてくる。

いや、でもな? 俺だって都合があるんだし、こんな面倒ごとはごめん被りたいわけで・・・・。

ていうか、ほとんどの初対面の先輩にここまで食いつけるのほほんさんの気軽さが凄い。

 

「布仏さん~。私だって寝てないんですから頑張ってくださ~い」

 

のほほんさんの対面のデスクで同じようにキーボードを叩いている山田先生が死んだような顔で、「さっさと仕事しろ」的に激を飛ばす。

そんな山田先生の言葉にたいして、ただ俺の後ろで首を振るのほほんさん。なんか狐っぽいのか猫っぽいのか、わかんないなこれ。

まぁ、なんだ。こんだけ切羽詰まった状況にスルー決め込むわけにもいかないし、第一このままではのほほんさんがベルトを放してくれそうにない。

それに、鈴の所在についても先生に尋ねたほうが手っ取り早いだろうから、取り敢えず話くらいは聞いてみるべきかもしれない。

ベルトを放すように言っても涙目で首を振るだけなので、のほほんさんを引きずってデスクに近づく。

 

「一体何について話してるんですか? 山田先生が死にそうなんですけど」

「教師相手に死にそうなんて言うな柊・・・・。整備科でもないお前に解決出来るとは思えんが、ちょっと覗いてみろ」

 

そう言ってディスプレイを顎で示す千冬さん。

大倭先生が見ているディスプレイを隣から覗きこんでみる。

 

「・・・・打鉄(うちがね)ですか? 訓練機?」

 

画面に表示されていたのはISのDNAとも言うべきデータ、フラグメントマップだ。

ISは、自己進化をプログラムされていて、搭乗者の戦闘データを元に独特のフラグメントマップ、つまり進化の軌跡を構築する。

 

「え、柊くんなんで分かったの!?」

 

なんか、大倭先生に驚かれた。

しかし俺も一応マップを見て、機体を大別出来るほどの知識はあるが、それだけでは何が問題なのか分からんぞ。

そう思っていたのが表情に出たのか、黙りを決め込んでいたのほほんさんが口を開いた。

 

「・・・そのフラグメントマップはぁ、学園のISらしくない進化を辿ってるんだ~。学園でつかわれてるISは特定の個人と最適化を行わないよーに自己進化機能にガッチリロックが掛かってるんだけどぉ・・・・、ほら、ここと、ここ~」

 

多分、状況を見るに、のほほんさんは整備科の生徒だな。説明する口調は頼りないが、どこかこなれてる感がある。

のほほんさんが別に表示した打鉄のマップを見てみれば、幾何学的な模様を描いたマップの数ヵ所に似たような図形が有るのが見てとれた。多分、これがロックが掛かったままで運用した結果、構築された箇所なんだろう。

 

「それでねー、こんどはこっちー」

 

次に示されたのはさっきのマップの方だった。

うお、のほほんさんが身を乗り出して示したせいか、背中に体重と柔らかな熱を感じる。職員室が冷えてて助かったー。

 

「このマップなんだけどー、ロックが掛かって無い(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)みたいなんだよね~」

 

探してみると、なるほど、確かにさっきみたいなワンパターンの模様はどこにも見られない。

言われてみれば、さっきのマップとこのマップ。マップの密度がかなり違う。

ロックのかかった方のマップはシンプルな模様で読み取り易いが、このマップは複雑すぎてごちゃごちゃしている。

しかし、問題はソコじゃない。その事を雰囲気で感じ取った俺はのほほんさんに先を促す。

 

「マヤマヤに言われてこのISを調べて見たんだけどー。どーもおかしいんだよねぇ。ここまで特徴的なマップをこーせーしてるのに、外見どころか性能まで訓練機と同じデータなんだよ~。それで詳しく調べようと思ってセンセー達と調査ちゅ~ってわけなんだぁ~」

 

そう言うとのほほんさんはカタカタ。デスク前に陣取り、再びキーボードを叩き始めた。・・・案外適当なように見えて、結構生真面目タイプか。

 

「――先ずは使用履歴から当たってみたが、これが最初の壁だった」

「壁、ですか」

 

のほほんさんから引き継いで説明を始めた千冬さんに聞き返す。

 

「ああ、結論から言うと、この打鉄は学園のISじゃない。恐らく何者かの介入によって学園のISデータ自体に改竄が為され、訓練機に紛れ込ませた未登録のISだろう。IS自体にも訓練機としての偽のデータが被せられていて、昨晩から解析を始めたがやっと入手出来たのが、あの打鉄本来の使用履歴だった」

「本来のってことは使用履歴にすら訓練機としての別の記憶領域があったんですか?」

 

偽とはいえ、IS二機分のデータを詰め込める機体なんて、とんでもなく高性能だぞ。どういう理由でここのあるのかは知らんが山田先生を始めとした技術者気質な人にとっては格好の研究対象だ。

 

「そうだ、一応お前にも見せておこう。件の使用履歴だ。約二年前が最後の記録になっている」

 

千冬さんは遂に机に突っ伏した山田先生を押し退け、一つのリストを開いた。

一番古いデータら順に新しくなっていき、その間に表示された名前はどれも見知らぬ物だったが、やけに日本人が多かった。未登録の~とはいっても多分学園には、って意味だ。日本の企業に割り振られた純正品のコアだろう。解析が終わって所属が分からなければ、その企業から強奪または委員会に返還されたものって言うことになる。

そしてやけに長いスクロールが終わり、最新のデータ、つまり今のこのISの搭乗者ということになる名前が表示された。

そこにあった名前、それは―――――、

 

「『篠乃歌 雨(しののか あめ)』・・・? 知らない名前(・ ・ ・ ・ ・ ・)ですね」

 

思ったことを率直に述べる。

篠乃歌雨なんて名前、俺は知らない。恐らく、聞いたこともない。

 

「はぁ、やっぱりか。我々教師側も全ての名前について調査してみたが、この名前の人物以外全員死亡扱いとなっている。恐らく全て偽名だろう」

 

千冬さんは俺の反応を予想していたようで諦めたように息を吐いた。

 

「偽名って、じゃあどうするんですか? 束さんでも頼ります?」

「いや、束は一応日本政府によって処分中の身だ。こういう調査には使わない方がいい。いろいろかぎまわる内に足がつかないとも限らないからな」

「まぁ、あの人の場合機体の性能だけ調べ尽くして、あとのデータを初期化するくらいやりそうですしね・・・」

 

今頃地下に籠って新技術開発(暇潰し)でもしている人物の姿を思い浮かべて、絶対に関わらせちゃダメだと言うことを再確認する。

 

「それじゃ、調査頑張ってください。俺はこれで」

「ん? なにか聞きたくて私たちに関わったんじゃないのか?」

 

あ、そうだった。意外に話が重かったからすっかり忘れちまってた。

 

「鈴なんですけど、外出届けとか出してませんか?」

「ああ、そのことか。お前たち、喧嘩したそうだな。職員室でもチョッとした話題だったぞ」

 

思わぬ息抜きが出来たぞ、と可笑しそうに語る千冬さん。

――――IS学園のペア制度を使っている生徒は少ない。

なぜならISの機能向上に従って、チームで戦う必要が無くなって来たからだ。

ISの主流世代が第二世代になってから、ISには装備換装によって様々な局面に対応できる機能が付いた。リヴァイヴがいい例だ。

第一世代が主流だった時代、つまり学園の発足当時はお互いの不足をカバーするためのペア制度だったみたいだが、今現在はダリル先輩とフォルテのような変わり者同士が好んでペアを作るだけの制度となっている。形骸化ってやつだ。

俺と鈴の場合は本当にペア、というか協力相手が必要だったため組んでいたんだが、どうも職員室では変な勘繰りがされてたみたいだぞ。

 

「ホント、ホント! 私のとこに書類が来たときなんて青春してるな~って思ったわよ!」

 

飛び起きた大倭先生は無視してやる。今度ヒミコ先生って呼びますよ。

 

「喧嘩したのは事実ですけど、冷やかさないでくださいよ」

「ふっ、いやなに。お前たちが普通の学生として生活できていることを私は嬉しく思っているだけだ」

「・・・・なんか千冬さん、保護者みたいですね」

「? そうか?」

 

千冬さんは少し照れたようにはにかむ。

・・・双龍については、千冬さんも思うところはたくさんあるだろうが、俺たちが普通に生活していることを本当に嬉しく思っているような顔だ。うん、やっぱり姉って言うか保護者って感じだな。

 

「それで、鈴の所在なんですが」

「ああ、それについては口止めされていたことがあってだな、凰はいま中国に帰省中だ。父親の送還がこの間決まって一昨日の夜から日本を発っている。一緒に捕縛した男のIS乗りも近日中、恐らく今日にでも日本を出るだろう」

 

中国か・・・・。

学園内にはいないと思っていたが国外とは。

一昨日の夜からってことは、あの遊歩道で別れたあと、すぐに出発したのか。ていうか口止めって・・・。

 

「こっちに戻ってくるのはいつなんですか?」

「未定、みたいだな。予想だが、母親との面会の予定でもあるんだろう。織斑からの又聞きだが、入院しているそうだな」

 

面会か・・・。それなら中国まで帰る必要があるだろうが、俺に一言あっても良かったんじゃないのか。

経公の母国送還にしても同じだ。

・・・信頼、されていないのか・・?

 

「・・・・そう悲しそうな顔をするな柊。考えていることが顔に出すぎだぞ」

「・・・そんな分かりやすいですか俺」

 

自分で自分の頬をグニグニしてみるが、別に強張ってるわけでも緩んでいるわけでもない。

 

「ああ、まるわかりだ。その辺、もっと上手く立ち回ってみろ」

 

千冬さんはそう言って、意地悪そうに口角を吊り上げた。

 

「自分がどうしたいか、もっと正直になってみたらどうだ」

 

 

昼近くになり、デュノアたちの部屋にいるアオの様子でも聞いてみようかと電話を掛ける。

 

「・・・・・」

 

出ない。

もう一度掛けるが、今度は留守番に繋がった。

うー、部屋に携帯忘れて飯でも食いにいってるのか?

デュノアだけでなくて、ラウラの端末にも掛けてみるが結果は一緒だ。

昼飯かー。朝食ってなかったし流石に空腹を感じる。

食堂で合流すれば良いし、食費も出した。

よし、行ってみるか。

そう考えながら食堂へ通じる寮の通路を歩く。

・・・・・と、

 

「お、サラ。お前も昼か?」

「・・・奇遇ね。そう言う貴方も?」

 

部屋から出てきたサラに出くわした。

見ればどこかやつれた表情で・・・・なんだあれ。前腕部に腕抜きをしている。

 

「あっ・・・」

 

その事に気づいたらしいサラがはっとして、部屋に駆け込む。

 

「失礼したわね、行きましょうか」

「あ、ああ」

 

部屋から出てきたサラの腕に、さっきの腕抜きは無かった。それに、髪もちょっと整えた感じが出てるし、目の下の隈が消えている。

今の短時間で髪を整え、ファンデーションまでしてきたのか・・・。

俺も一年の頃、徹夜を隠すために使ってたなぁ。

 

「昨日の子はどうなったの?」

「あー、お前らが出ていったあと色々あってな。ミナトと話してちょっと様子を見ることにした」

「そう、よく考えれば迷子ってだけじゃ警察に保護されるだけでしょうし、それがいいでしょうね」

「だろ、アオっていうらしいぜ。て言うか付けた」

「な、なによそれ。あの子妙にしゃべらないと思ったら、記憶喪失か何かなの?」

「そうみたいなんだ」

「なら、なおさら部屋に入ってた理由が分からないわね・・・」

 

近況を報告しながらサラと食堂に行く。

入り口の扉を開けようとして取っ手に手を伸ばすが、手が触れる前に勝手に扉が開いた。

 

「お?」

「あっ、柊先輩・・・」

 

目の前に現れたのは、短髪の小柄な女子。首もとのタイが青だ。一年か。

見れば手にしているのは定食の乗ったトレー。

扉を開けたのは別人か?

 

「清香?どうしたの・・・って柊先輩にウェルキン先輩?」

 

トレーを手にしたまま立ち尽くしている女子の隣からヒョコッと顔を出したのはやはり女子。一年だ。

青みのかかった髪をヘアピンで纏めているのが特徴だ。

 

「ああ、悪いな」

 

手が塞がっているようなので一歩身を引き、扉を手で押さえる。

二人は俺の脇をすり抜けるようにして出ていき、代わりにサラが食堂へと入る。

あ、思い出したぞさっきの二人。たしか一夏のクラスメートに居たな。

名前は・・・清香と呼ばれた方が、相沢清香で、顔を出した方は鷹月・・・・静寐(しずね)だったかな。

相沢の方はハンドボール選手として有名で、鷹月は去年の中学全国模試で100位以内に入ってるって一夏がいつか言ってたっけ。

 

「あ、あの。ありがとうございますっ」

 

背後から掛けられた相沢の声に振り返ると、トレーを持っていない鷹月は深々と、相沢は軽く会釈するようにお辞儀した。

それに「いいよ」と軽く返すと二人はスタスタ、くる。

数歩歩いてこの場を離れたかと思ったら二人同時にこっちを振り返った。

・・・・と思ったら、二人の行動にはてなマークを浮かべた俺と目が合い・・・たたたっ!

ビクッと震えたかと思うときゃーって感じで走り去っていった。なにあれ。

 

一組の二人は置いておいて食堂に入ると、今までの光景を見ていたらしいサラが俺をじとっとした目で見ていた。

 

「なんだよ、イギリス人は食事の時にジト目する習慣でもあるのか」

「なんの話よ」

 

ふんっ、と鼻を鳴らしたサラが食券の列に並ぶので俺もその後ろに付く。

 

「貴方、二年生以上には嫌われてるくせに、どうして一年生にはそれなりに人気があるのよ」

「去年のこと聞いてはいても見てないからだろ。ていうかそれでも校内3分の2には嫌われてることになるんだが・・・」

 

クラスメートはそれなりだが、今でも他のクラスのヤツとかにスゲェ目で見られることあるぞ? 

今だって微妙に隣の列と距離を開けられたし。

 

「それでもよ。整備科の実習に出ると絶対貴方の事を訊かれる私の身にも成ってみなさいよ。せっかく美人な娘ばっかりなのに不快で仕方ないわ」

「あーはいはい。すんませんでした」

 

しょうが焼きの食券をピッと買うと、デュノアたちの事を思い出し、カウンターに行くついでに辺りを見回す。

・・・・あれ、居ないぞ? どこいったんだ。

 

「何してるの。席、開いたわよ」

「ん、あ、ああ・・」

 

おばちゃんからしょうが焼き定食を受け取り、サラを追っかけて席に付く。珍しくテーブル席だ。

 

「で、さっきから何を気にしているのよ貴方は。落ち着いて食べられないわ」

「いや、ラウラやデュノア見てないか? それとアオも」

「・・・様子を見ると言っておいて早速育児放棄かしら? 将来が思いやられるわね」

「いや、ふざけてるんじゃなくてだな、本当に電話にも繋がらないし、どこにいるか分からないんだよ」

 

するとサラは少し思案顔になった。

 

「・・・ISのコア反応は追跡したの?」

「いや、未だしてない。ていうか一応校則違反だぞ」

「四の五の言ってないで早くやりなさい。―――そのアオって子がいる限り、何が起こるか分からないのよ? 慎重に慎重を重ねるべきだわ」

 

・・・・言われてみればそうかもしれない。

サラには言ってないが、アオは記憶のない超界者なんだ。

もしかすると何かあったのかもしれない。

段々と状況が緊迫してきたのを感じる。

サラもISを初期起動して二人のISを追跡(トラック)し始めている。

俺も瞬龍を起動しようとしたその時――――――。

 

―――――ッッッッダガァァァァアアアアアアンンンッッッッッッ!!

 

―――爆音。

IS学園内――東側――IS格納庫のある第一アリーナの方だ。

もうもうと上がる黒煙を食堂のガラス越しに確認した。

周囲の生徒たちは事態を把握できず混乱している。

そんな中、サラは冷静だった。

 

「――――柊君、出たわよ」

 

そう言って見せてくるのはデュノアとラウラのIS状態。

 

「こ、『戦闘中(コンバット)』だと・・・!?」

「落ち着きなさい。貴方は直ぐにアリーナへ。・・・このタイミングの爆発よ。あの子が関わっているかもしれないわ」

 

かもしれない、じゃない。十中八九アオが絡んでいる。サラの瞳はそう告げていた。

 

「――――くそッ」

 

瞬時に瞬龍を呼び出し、ガラス窓から飛び出る。

行きなりの破砕音に女子が数人悲鳴を上げたが、悪い、と心の中で謝っておく。

瞬龍が自動で表示した周辺データを見てみると、寮の一室の壁が抉るように破壊され、室内が丸見えになっていた。

あそこはデュノア達の部屋だ。

やっぱり、誰かがアオを狙って襲ってきやがったんだな。

アリーナを視認すると、爆発はアリーナの中央部で起こったようだった。

未だに煙でよく見えないが、確かにシュヴァルツェア・レーゲンとリヴァイヴの反応がある。

それに、もう一機。

こ、この反応は・・・。

 

俺が気づいた事に気づいたらしく、煙の中から一筋の光が現れた。

 

――――荷電粒子砲ッ!

 

アリーナの隅に降下しようと思っていた所に砲撃。

ギリギリかわしたが、目の前を粒子ビームが通りすぎていく光景には肝が冷えたぜ。

でも、今の攻撃で相手の正体に確信が付いた。

でも、やつは今自衛隊に拘束されているハズだ。市ヶ谷駐屯地からどうやって・・・・。

 

「――――どうやって逃げてきたんだ。ウェルク・ウェルキン」

 

相手の名を、口にする。

 

「ッハハハハッ! 君は今でもボクを『ウェルク』と呼ぶのかいクレハくん!」

 

敵が、姿を現す。

赤い装甲に右手の杭撃ち機。

アイツは、七月の福音事件で捕まったはずの双龍に所属する超界者。

本名を―――――

 

「――――()のことはバースと呼びなさいよ」

 

そう言って襲撃者は女性の顔(・ ・ ・ ・)で不敵に微笑んだ。

 

 

「随分と見た目が変わったな。整形でもしたか?」

 

俺は『二式時穿』を展開しながら尋ねる。

 

「うーん、まぁそんなところね。器を心の形に合わせたの」

 

・・・確かバースの体は元々サラの兄、ウェルク・ウェルキンのモノだ。

俺が引き起こした事故のせいで死んでしまったウェルクさんの体を双龍が回収、細工しバースと言う超界者の身体に作り変えたのだ。

七月の時点では見た目はウェルク、中身はバースだったのに、今じゃすっかり女性体へと変わってしまっている。声や仕草までもが本来の性別へと切り替わっていってるみたいだ。

 

視界の端に、アリーナの捲れた地面に倒れているデュノアとラウラの姿を確認した。

二人ともISを装備しておらず、エネルギーも枯渇しているようだ。

 

「しかし、こんな目の付くところで単一仕様能力使うってことは、俺を誘ってやがったか?」

 

こいつのIS、『牙龍』の単一仕様能力は「革命者(リベレーター)」。

周囲に爆発を起こし、更にシールドエネルギーを吸い上げ自身の物にする能力だ。

さっきの爆発はこの能力のせいだろう。二人のエネルギーが尽きているのも納得できる。

 

「いいえ、本当は『心』の方を誘っていたのだけれど、違う方が釣れちゃったみたいね」

「残念だったな、鈴なら今は中国だ。ここには居ないぞ」

 

俺が相手をしてやるとばかりに剣を構えるが、バースはなにもしようとしないで、ただ佇んでいるだけだ。

 

「悪いけれど、一度負けた相手にもう一度挑むほど愚かじゃないのよ私。折角逃げられたのにまた捕まるのもゴメンだし。―――――だから、貴女がやりなさい」

 

戦う気が無いらしいバースは、俺の背後へと視線をやり、誰に向かってか話しかける。

 

(仲間がいたのか!? コア反応は無かったハズ――)

 

振り向くと、そこにいたのは一人の少女。

灰色の装甲の打鉄をまとい、気を失っているアオを抱き上げている。

 

「貴女も二年ぶりで機体が(なま)っているでしょう? 存分に見せてやりなさい。亡国企業(ファントムタスク)の力を!」

 

アオを抱いて、俯いていた少女が顔をあげた。

前髪で隠れた目元には何かにすがるような表情が浮かんでいる。

気の弱そうな、大人しい印象を受ける少女だ。

だが・・。

この感じ、どこかで俺は会ったことがある・・・?

思いがけない既視感に戸惑っていると、前髪少女は前髪の奥の瞳を悲しげに伏せた。

 

「言ったでしょう? クロエの改竄は完璧だってね。さぁ、これで思い残す事は無いハズよ(あめ)

 

雨? もしかして篠乃歌 雨ってこの女のことか!?

そう言えば午前中に千冬さんたちが調査していた打鉄、第一アリーナに格納されてたぞ。

もしその打鉄がそうだったとして、どうやって持ち出したんだ。

格納庫には三層の防護壁とID認証があったハズだ。そのどちらかが、何らかの方法で破られた―――!

 

「―――起きて、打鉄零式(トライアル)

 

雨と呼ばれた少女がISの名を呼ぶ。

すると、打鉄の装甲にヒビが入り、ボロボロと粒子となり解けていく。

俺が使う『二重同時展開(ダブルキャスト)』じゃなく、外装が剥げていくように秘められたISが姿を現す。

 

「システムチェック。生体認証完了。ハイパーセンサー、三次元レーダー起動を確認。各種ブースター、オンライン。近接特殊ブレード『時繋(ときつなぎ)』展開完了」

 

灰色から黒へ。シュヴァルツェア・レーゲンのように黒い機体だが、フォルムには打鉄の名残がある。

両肩に浮いた実体シールドユニットが消え去り、ぱっと見はミナトのサイレン・チェイサーより装甲が薄い。

だが、分かる。

あれは第二世代IS『打鉄』の試作機(トライアル)

昔、束さんが言っていたが、龍砲を始めとする空間操作系の武装を最初に開発したのは実は中国ではない。

龍砲として完成させたのは中国だが、試作自体は世界中で行われていた。

そして、日本でも例外なく研究が進められていて、試作機が積まれた機体が第二世代IS打鉄試作機『零式』。

第二世代初期に作られた機体で今では名前自体聞くことも稀だが、実際に動いているところを見ることが出来るなんてな。

スリムな装甲に黒光りするペイント。とても二年前の機体とは思えない迫力を俺に与えてくる。

更に零式が暖気運転をするにつれて、その迫力すらも増していく。

 

「―――零式。行きます」

 

そして、漆黒のISが完全に息を吹き返した。

 




読んでいただきありがとうございました。

昨日、活動報告にも書いたんですが、リクエスト的なものを受けてみたいなと思っています。
なにか、お題と言うかネタがありましたら、いずれ番外編的に書いてみるのでどうぞよろしくお願いします。

感想、評価もお願いします。


※すみません、誤って別のテキストを上げていました。
修正はぶつ切りだった最後の部分を取り除いただけなので、書いていた部分は次に持ち越します。
違和感を持たれた方には申し訳ありませんでした。

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