翌日の日曜日。
俺は部屋のドアを叩く音で目が覚めた。
時間は・・・9時ちょうどだ。
頭いてぇ・・・。
くらくらする頭を労りながらベッドから降り、ドアに手を掛ける。
・・・・鈴、じゃねぇよな。
アイツならここのカードキーを持っているハズだし、多少の気まずさはあっても今更ドアをノックなんてしないだろう。
取り敢えず覗き穴から訪問者の顔を確認すると・・・げ、セシリアだ。
ドアの前に立つ制服姿の金髪美少女は、なにやら忙しなくモジモジしている。
少しだけ紅潮している顔から視線を落とせば、目に入るのは手に持ったバスケットだ。
・・・・あれ、間違いなく食いもんだよな・・。
ったく、アイツまた変なもの作ったんじゃないだろうな。前みたいな味だけゲテモノサンドイッチとか止めてくれよホント。
第一、弁当系ならセシリアよりずっと
――――?
急に、そこで思考が止まる。
(あれ、俺は一体誰の顔を思い出そうとしてたんだ・・・?)
今まで俺が食ってきた料理と言えば、食堂のキツネうどんに鈴の中華料理。
鈴がいるからこそ最近は食堂の利用回数が減ってきたが、あそこのうどんは結構うまい。
・・・・なにか他に食べてる気がしたんだが・・・、思い出せない。
・・・・まぁ、気にすることじゃないか。
思い出せないことの内容はどうでも良い。
今重要なのは目の前に生物兵器(仮)を所持するというトンでも無いことをしている英国淑女への対応だ。
・・・体調的にもう一度あのレベルのサンドイッチを食べたら今はアウトだ。
何時もなら未だしも、寝不足で抵抗力の落ちている今、アレを体内へ入れる訳にはいかないッ!
一緒に弁当食おうと提案されたら最悪、時穿で作った亜空間へ弁当ごとセシリアを突っ込んでやろう。
俺は意(胃)を決してドアノブを捻る―――!
「おはようございますクレハさん! 今朝のご機嫌は如何でして?」
「よ、ようセシリア。どうしたんだこんな朝早くから制服なんか着て。補習でもあんのか?」
うう、セシリアの笑顔が今の俺には眩しい・・・!
取り敢えずバスケットには触れないように話題を制服へと持っていく。
「い、いえ、そう言うわけでは無いのですが・・・。実は、少しクレハさんにお願いがありまして・・・・」
「お願い? ――! りょ、料理の味見なんかはしないぞ!?」
しまった!
お願いと聞いて、思考が完全にバスケットの方に向いちまった!
自爆ぎみに料理のことを口走った俺は背筋をかけのぼった悪寒に耐えながらセシリアの言葉を待つ。
「え・・・? い、いえ! そ、そのようのことではありませんわ!」
そう言うとセシリアは、ばっ。
バスケットを自身の後ろに隠した。
なんだよ、バスケットの話はセシリア的にも触れてほしくなかったって訳か。
「ただ少し・・・つ、つ、付き合ってくださいませんことっ?」
セシリアはいっぱいいっぱいって感じで顔を赤くして言った。
・・・もとが白いだけに綺麗な桃色だなおい。
「あー、セシリア? 具体的に何に付き合えば良いんだ?」
「あ、あらこれは失礼いたしました! 緊張のせいで少し混乱してしまいましたわ」
「ん、まぁ焦るなよ。今日は日曜だし一日中暇だから大抵のことには付き合ってやれるぞ」
寝癖をグシグシ正しながら言う。
「そ、それは本当ですか!?」
「嘘ついてどうなるんだよ」
ずいっと詰め寄ってきたセシリアの迫力に気圧される。
・・・・息巻いて言ったせいか知らんが、ここら辺一帯の空気がセシリアの放つ桃っぽい呼気に染まった気がする。
―――実際、今日はなんの予定もない。
鈴の行き先は気になるが、今アイツの心配をする意味はないし、ある種の喧嘩見たいな状態だ。昨日の鈴の様子から下手に声をかけない方がいい気もする。
アイツとはただのパートナーっていう間柄なだけで、居場所がどうとか俺には関係ないし、第一、鈴の当初の目的である双龍がらみの件は解決したんだ。
超界者とか気になる問題はあるが、そっちの方は大人たちが何とかしてくれるさ。
つまり、俺たちのペアの存在意義は限りなくなくなってきていると言うことだ。
「たしかにそうですわね。でしたら、お頼みしても宜しいですか?」
「おう、取り敢えず聞くだけ聞いて、その後判断する」
俺がそう言うとセシリアは真摯な瞳で、ちょっと恥ずかしそうにお願いの内容を告げてきた
「―――ー実はわたくしは――」
@
ところかわってIS学園、第五ブロック内にある武道場。
壁には剣道部の面が干されていて、少しだけ汗のにおいがする。
普段はクラブ活動の施設として利用されているここに、俺とセシリアは立っていた。
俺たちは畳三畳分の間隔を空けて立ち、心を落ち着かせる。
セシリアを見やると、いつもと違う格好に少しだけ物珍しさを覚えた。
―――袴、なのだ。俺達が着ているのは。
白い武道着に紺色の袴。
IS学園の柔術部が使用している規定の服装だ。
金髪でスタイルのいい完全無敵の外人さんであるセシリアが着ると締めた帯がくびれを強調し、礼節を重んじる日本武道の場であんなかっこして怒られないかと心配になる。
「じゃ、行くぞセシリア。時間は一分。先に背をつけた方の敗けだ。型に囚われずに自由にやってみろ。
「わ、分かりましたわ」
緊張した面持ちのセシリアが力強い返事をする。
ビーッ!
セットしておいたタイマーがブザーを鳴らし、一分間のカウントダウンが始まる。
「「――――ッ!」」
緊張しているようだったので出遅れるかもと思ったが、セシリアの反応は意外と速かった。
・・・・・セシリアの頼み事とは、詰まるところコレ。
先月の戦闘で格闘戦が不得手なのを深刻に思ったセシリアは、ISで拳による格闘戦を行う俺に練習に付き合ってほしいと頼んできたのだ。
スタートは上々。
一応格闘訓練もしていると言うだけのことはあった。
さて、ここからだが―――。
詰め寄ってきたセシリアは意外や意外。なんと鋭いワンツーを俺に放ってきた。
足の踏み込み、身体の角度、視線。間違いない。ボクシングだ。
女対男で腕力勝負のボクシング。
セシリアの判断ミスかと思ったが――――そうではないようだ。
「はぁッ!」
頬に向かってえぐり込むような右ストレートが放たれる。
続けてワンツーワンツーとリズム正しく放たれるジャブを受け流している内に気がついた。
セシリアの拳はただの牽制ではない。
一発一発に体重が掛けられた紛れもない本気の拳。
教科書通り過ぎる嫌いはあるが、食らえば吹っ飛ばされるかもしれんな、アレ。
「行きますわよッ!」
右側に放たれた拳に反応して、俺の重心が左へ寄った瞬間。
「!?」
超界の瞳が俺の左足に迫るセシリアの右足を捉えた。
(拳はブラフで、蹴りが本命か――!)
Bシステムも発動していない俺に、そこからの回避が出来るわけもなく、蹴りが俺の脚にヒット。
膝かっくんのように完全に重心をずらされた俺はその場に膝をついた。
・・・・・おいおい。
格闘戦が不得手というわりには巧いな。技巧タイプってとこか。
だが、負けた訳じゃない。
似合わないファイティングポーズを取っているセシリアが少しだけ微笑んでいる。
「申し訳ありませんでしたクレハさん。実を言うとわたくしボクシングには多少の心得が御座いますのよ」
「ホラ吹いてんじゃねーよセシリア。お前『ISでの格闘』が苦手なだけだろ」
「ご明察ですわクレハさん。―――初めはちゃんとしたIS格闘をご教授願おうと思っていたのですが、クレハさんが『大抵の事なら付き合ってやれるぞ』なんて仰るモノですから・・・少しだけいたずら心が沸き上がってしまいましたの」
そう言ってセシリアは拳を構える。
身体を半身にし、利き手を身体の後ろで握る独特の中国拳法のような構えだ。
見たことない―――多分オリジナルだ。
「――――春のリベンジ、と行きますわよ」
その宣言でハッとさせられる。
今年の四月。入学早々俺に喧嘩を吹っ掛けてきたセシリアは、前半調子に乗りまくり、後半で見事に敗北を喫すという凄まじく恥ずかしい負け方をしている。
プライドの高い英国貴族のセシリアだ。どこかで根に持っていたんだろう。
一度負かせた相手からのリベンジマッチ。
正にボクシングの防衛戦みたいで、男としてはテンションの上がる展開だ。
(だが、セシリアが大人しく組んでくれるかどうかだな)
セシリアがボクシングなのに対して、俺が基本とした動きは、投げ、極め、締めの柔道だ。
幾らか手を加えて打撃もある柔術寄りになってはいるが、それでも相手がボクシングでは間合いに入るのは難しそうだ。
(Bシステムはナシ。久しぶりに負けるかな・・・・?)
想像して冷や汗が垂れる。
ここで負ければ惨めな王座失墜。きっと嫌でも噂が広がり下級生に負けた下負け野郎として後ろ指刺される事態になるだろう。
――――絶対にイヤだな、うん。
「よし、セシリア。そのリベンジマッチ、受けてやる。掛かってこいよ」
内心ビビりつつ、くいくいとセシリアを挑発する。
負けたときは――――土下座でも何でもしてここでの事をうやむやにしてやろう。
「―――レディーファーストとは、さすが紳士ですわねッ!」
セシリアが拳を―――――放つ!
狙いは視線からいって俺の正中線を的確についている。
後ろに引いた拳を全力で放つ姿に悪寒を覚えた俺は、その場でしゃがむ。
すると――――
――ヒュッ―――パンッ!
「ちょっと待てや! 今の音おかしいだろっ!?」
く、空気を切り裂いた上に戻したときのパンッて音何だよ!? JETピストルかよ!?
「? 今の、おかしなところがありましたでしょうか?」
当のセシリアは今のスピードに違和感を覚えていないらしい。
身体を半身にして後ろに拳を引いたのは、全身の筋肉を使って超速の拳を放つためだったってわけか。
人外が・・・、人外がここにもいたぞ!
次々と繰り出されるセシリアの超速パンチに、俺は防戦一方となる。
速い分体重は乗ってないが、あんなの食らったら只じゃ済まんだろ!
「―――踊りなさい!
か、回帰してやがるアイツ!
口調は優雅だが、今のセシリアは丸っきり激しいビートを刻むデスメタもかくやという激しさだ。
このままじゃじり貧だな。
狭い柔道用の畳の上じゃ逃げるのにも限界がある。
何としてもセシリアの背中を畳につけて、勝つしかない!
俺は右足を畳につけた瞬間、親指に力を込めて直角に身体の向きを変えた。即ち、セシリアの正面に。
「ッラァ!」
セシリアの拳は、放つと一度完全に引き戻す砲撃のようなパンチだ。
だから連射が効かないと判断した俺は一か八か懐に飛び込むように奇襲を掛けたのだ。
踏み込むと同時に放った俺の拳が、セシリアに迫る。
「相も変わらず、洞察とタイミングは完璧ですわね。ですが―――!」
放った拳をパンッという音と共に引いたセシリアは、眼前に迫った拳を見ても尚も微笑む。
そして、重心を左足に掛けたセシリアを見て、俺は自分の失策を呪った。
セシリアの左足。それはセシリアの軸足であってつまり―――
「身体の使い方ならわたくしの方が上手のようですねッ!」
―――回し蹴り――!
回転するセシリアを追うように金髪が揺れ、俺の視界を覆い隠す。
そして俺の拳はセシリアの蹴りによって左へと弾かれ、勢いあまり、俺の身体がその場で一回転する。
(だったら――――ッ!)
セシリアの蹴りによって一回転した俺はその回転力を次に繋げるべく、左手による裏拳で回し蹴りの残心を決めているセシリアの背後を狙う。
しかし――――当然、受け止められた。
・・・・なんつーこった。
普段の俺と、コイツら代表候補生はこんなにも差があったのか。
伸ばした左手を易々と握ったセシリアは俺を見て不思議そうな顔をした。
「・・・・・本気、ではないようですわね・・・・」
Bシステムの事を知らないセシリアは俺が手を抜いていると思っているらしい。
だが、それは間違いだ。
全力だよ。今の俺の。
「・・・・・」
何も言わない俺をじっと見ていたセシリアは掴んでいた俺の左手首を放した。
「どういった事情かは存じませんが、今のクレハさんを倒したところで面白味なんてありませんわ。勝敗はまた次の機会に致しましょう」
セシリアは嘆息混じりにそう言うとくるっと俺に背を向けた。
「・・・・・強くないクレハさんなんて、わたくしは認めませんわ・・・・」
そう言って更衣室に消えていったセシリア。
―――――強くない、か。
そうだな、弱いよ俺は。
だから変わることを求めた。
弱さを自覚していたから、強さを求めずには居られなかった。
誰かを守ろうなんて高尚な志なんてない。
誰かに見ていてほしかった。
だが、ただ見ていてほしかったという理由だけで頑張れたあの頃とは違う。
二年とは言え、俺も成長し誰かに依存する子供のような精神はとっくに捨てた。
今の俺には近くで見ていてくれる人間もいない。
束さんも、ウェルクさんも、そして鈴すらも。
別の何かが必要なんだ。
見ていてほしいと言う顕示欲にまみれた目的じゃない。別の、何かが。
―――兵器を駆る以上、理由もなく乗ってるなんてバカみたいだろ。
@
午前中なのにくたくたに疲れた身体で部屋に戻ると、鈴のベッドが膨らんでいた。
・・・・・・帰ってきたのか。
安心すると同時に、どうすればいいのか分からなくなってしまう。
寝ているのか、すうすうという寝息が小さく聞こえて、すこし脱力する。
・・・取り敢えず、シャワー、浴びよう。
部屋のユニットバスでシャワーを浴びながら考える。
今、隣には鈴がいる。
だが、俺はこういう場合どうすればいいのか見当もつかない。
アッチが話しかけてくるのを待つのか、こっちから声をかけるべきなのか。
考えが纏まらないままシャワーから上がり、服を着て携帯電話を手に取った瞬間思い付いた。
(・・・・・フォルテは、ダリル先輩とどうやって仲直りするんだろうな)
思い立ったが吉日だ。
直ぐ様フォルテの番号を呼び出し、コールする。
『――――
「ああ、フォルテか。俺だ俺」
『――――オレオレ詐欺ってもう古くないっすかクレハさん?』
「テンプレな反応どうもな。ちょっと聞きたいことがある。いま良いか?」
『えー、いまっすかぁー? あと五分でダリル先輩と約束あるんすけどー』
「そいつはちょうどいい。その約束、ちょっと破ってみてくれよ。そんでダリル先輩と喧嘩してくれ」
『どういう神経してんすかアンタ!? いきなり凸電してきて仲良しペアの仲引き裂こうとするなんて正気の沙汰とは思えないっすよ!?』
「ああ、悪い。言い方が悪かったな。俺はただペアと喧嘩したらどうすりゃいいのか知りたいだけなんだ」
『ペア? 喧嘩した? クレハさん今中国代表候補生さんと喧嘩してるんすか?』
「ちょっと込み入った事情があってな。ほっときゃ次第に機嫌が良くなると思ってたんだがどうにもいかないらしい。助けてくれ」
『え、エライ素直っすね今日のクレハさん・・・・まぁ、クラスメートの悩みとあっちゃ無下にするわけにもいかないっすからね。ここら辺でクレハさんに一つ貸しを作っておくもの悪くはないっす』
「貸しって・・・。―――わかった倫理的にオーケーな事なら一つだけ言うこと聞いてやるからアドバイスくれ」
『さっすがクレハさん! ―――そんじゃえーっと、端的に言えばクレハさんと中国――凰さんは幸運にも男女のペアっす。私たち女同士よりちょっと複雑な間柄ですから方法としては私たちとはガラッと変わるんすけど良いっすか?』
「まぁ、参考程度に聞いておくよ」
『そっすか。それじゃ、一緒にどこかに出掛けてください』
「その帰りに喧嘩したんだが、また誘って大丈夫なもんなのか?」
『―――――――――』
・・・・おい、黙るなよ。
『一体どういう状況になって喧嘩したって言うんすか・・・?』
「声が深刻そうだな。そんなに難しい状況なのか?」
『当たり前っすよ! デートして喧嘩とかもう最悪じゃないっすか!』
「デートじゃねぇ! 普通に原宿でお姫様だっこしたり、普通にプール行っただけだ!」
『ふざけんじゃないっすよ! このリア充め! この主人公野郎! あとお姫様だっこってなんすか!? 超気になるっす!』
お互いに電話で激昂してしまったので数秒間クールダウン。
『――――当然、水着は誉めたっすよね?』
「いや、誉めずに、寝た」
『あり得ないっす・・・・・』
「そんで、帰りにちょっといざこざがあって、喧嘩別れしたんだ。昨日のことだ」
『いざこざの内容も気になるんすけどまぁいいっす。――――私が聞いたところクレハさんのデートの評価は多分良いとこ5割、悪いとこ5割ってとこっすね』
「半々かよ。つーかデートじゃねぇし・・・・」
『クレハさんの言い分はどうでもいいっすよ。大事なのは女の子の心っす。もうちょっとクレハさんは自分に正直になることをお勧めしますよ』
「おすすめされてもなぁ・・・・・。じゃ、今できることは?」
『ないっすね。ホントに。マジでちょっと放っておくのが一番かと』
「高い代償払って得た答えが現状維持って・・・・・」
腹立ったので電話をぶち切る。
通話時間十分越えてるな。約束に遅れて喧嘩しちまえ。
携帯をポケットに納めた俺はシャワー室から出る。
ベッドを見ると未だにもっこりと山が出来ている。
・・・・・あー、考えてたって始まらねぇな。
俺はフォルテのアドバイスをガン無視して、ベッドにツカツカ歩み寄る。
寝息は・・・・聞こえんな。
息を潜めてじっとしているようだ。
こうなりゃ自棄だ。取り敢えず顔をあわせてみないことには何も始まらない。
俺は布団に手を掛けて――――引き剥がす!
「・・・・・・ッ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
――――そっと布団を戻す。
・・・なんだ今の。
鈴じゃない、見たことない奴が居たんだが、なに? どうしたんだこの部屋?
俺は先程見た光景を思い出す。
ベッドがあり、そこに横たわるのは小柄な少女。
多分、鈴やミナトより小さいガチの小学生レベルの身長。
白く短い、セミロングの髪に、紺碧の瞳。
・・・・・ってあれ、見たことあるなこの特徴。
「・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
なんとも言えない不思議な沈黙が降りる。
「・・・・・おい」
「!!」
ビクッと布団が震えた。
「お前、昨日プールにいたやつだろ」
「!!!!(ふるふるふる)」
核心を突いた質問に、ベッドの山が左右に揺れる。
違いますよーってことらしい。
取り敢えず瞬龍を準待機モードでセットしてワンアクションで起動できるようにする。
念のため腰から抜いたM1911もハンマーを落とし、突発的な事態に備える。
敵か味方か分からない状態だ。
カードキーがないと入れないこの部屋に居るのも気になる。
「動くなッ」
バッ、と。布団を捲った俺は少女に拳銃を突きつけながら警告する。
左手を使って少女の両手首を一纏めにして頭の上で押し付ける。
白い薄手のワンピースを纏った身体を一通り見た感じとしては、武器などの所持は無さそうだが、安心するわけにはいかない。
こちとら体内に殲滅兵器を積んでるんだ。警戒は怠らないさ。
暫くして、少女がなんのアクションも起こさないのでちらと顔を見てみると・・・・。
「ふ、ふぇ・・・ぅぇぇ・・・」
あ、あれ?ちょっと泣きそう?
少女は大きな緑色の瞳に涙をため、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
や、止めてくれよそういう顔。
俺が悪いことしてるみたいになっちゃうだろ・・・?
ていうか今の状況。人に見られたら結構なことに―――がちゃ。「あのー、クレハさん。今朝は誤魔化してしまったのですけれど、やはりわたくしのサンドイッチ食べて――――」――――はぃぃ!?
ノックもせずにいきなり入ってきたセシリアは、俺の顔を見て、次に組敷かれてる少女の顔。そして俺の顔を見た。
「おい、待て。話せばわかる。いや、俺自身今の状況を説明しきる自信は無いんだが、取り敢えずその握った携帯を置こうかセシリア」
「――――け、警察を! 警察を呼びませんと・・・・ッ!」
「頼むから待ってくれよ!?」
@
「―――――ちょっと待ってセシリア。状況が読み込めないのだけれど?」
急遽セシリアに呼ばれたサラは、曖昧なセシリアの説明を聞いて頭を悩ませた。
「ええと、要約するとこう言うことかしら? 部屋に入ると柊君がいたいけな少女を押し倒していた、と。変態ね」
「ええ、その通りですわサラ先輩」
二人の誤解に満ちた納得にも俺は黙っているしかない。
件の少女と共に正座させられた俺の回りには何やら青い筒状の物体が向けられているのだ。
言わずもがなブルーティアーズである。
しかもそれが六基。つまり、ミサイルすらも俺に向けられている状態だ。
「はぁ、いきなり呼び出されて何事かと思いきや、遂に貴方を滅する時が来たようね」
「いや、あの・・・いろいろ弁明っつーか、説明したいんだけどダメ・・・すか?」
「ダメよ」
ちゃんと挙手しつつ言った俺の請願はバッサリと切り捨てられた。
・・・・つーかサラ。
お前目の奥が笑ってんだけど普通に俺を弄って楽しんでるだけだろ。
セシリアを焚き付けて暴走させるクセも直ってないみたいだし、焚き付けられるセシリアもセシリアだな。あとで先輩として何とかせねば。
「・・・・・っ」
因みにだが、俺の隣に正座するチビッコだが、さっきから俺が視線を向けるたびにビクッなってる。
なにか悪いことしたかなと考えたら、いきなり銃を突きつけてしまったことを思いだし反省する。
・・・仮に彼女が犯罪者の一端だったとしても、今の状況でなんのアクションも起こさないのは不自然だ。
学園生徒三人に囲まれた上に、一人は知られていない男子生徒である。
俺に対する驚きとか、状況を打破するために一手打ってきてもおかしくないのだが、その様子はさっきから全くない。
むしろ瞳から送られてくる少女のバイタルサインからしても、怪しい所は一切なし。何かを隠している様子も、芝居を打っている様子もない。
それじゃあ、この少女は一体何なのか?
・・・・・ほんと、何なんでしょうね。
「――――まぁ、柊君を私刑に処すのは後回しにしましょう。・・・それよりもまず、彼女の問題よ」
そう言ってサラは少女と視線を合わせるように眼前にしゃがみこんだ。
おいおい、お前が真剣表情してると少なからず相手を威嚇してるみたいな眼力が出てくるんだから止せよ。
あーあ、またびくってなったぞ。
「いくつか質問するわ。一つ、貴女の名前は?」
サラの問いに会わせてセシリアがBTを一基少女に向けた。
少女はというと、突然向けられた砲口にまたもや涙目になり、うるうるとした目でこちらを見上げてくる。
――――どうすればいいですか?
そんな声が聞こえた気がした。
「サラとセシリアは取り敢えず武器を下ろせよ。相手は丸腰だぞ」
一度は拳銃を突きつけて迫った俺だが、棚上げはお手のもの。そう言われた二人は唇を尖らしながら武器を納めた。
やれやれ、普段から武器で脅すしか選択肢のない生活を送ってるもんだから異常性に気づきにくくなってるんだな。
「で、だ。お前は一体―――――」 きゅるるるぅ~
その場の空気が俺に任せる見たいな流れになったため、質問を始めようとしたその矢先、なんとも気の抜ける音が響いた。
じとっとした目でイギリス人二人を見るが、ふるふる。首を振って否定した。
それじゃあ――――。
「ちっ、違うん、です! その、今のはお腹の音なんかじゃ・・・無くてっ!」
白い顔を赤く染めてお腹を抱えるハングリーリトルガールがそこにはいた。
「・・・・・食堂、行くか」
そうだ。よく考えれば飯時だったぜ。
@
人間、慣れとは恐ろしいもので、銃を突きつけて対話する事に疑問を抱かなかった他に俺は別の異常性に気がついた。
寮に隣接する食堂の窓際の六人がけシートに座った俺たち四人は、其々のメニューを広げた。
まず俺。いつも通り狐うどんをメインにいなり寿司がサイドを飾っている。栄養的には偏るものの、隙のない完璧な布陣である。
続いてサラ。
サラは和食が気に入っているらしく、割と肉を好んで食べる傾向がある。よってサラが選んだのは親子丼だ。
レンゲを用いて熱々のを頬張る姿はクールなサラの違った一面を見せている。
そしてセシリア。
午前中にちょっと摩擦があったため食事を同席するのはどうかと思ったが、セシリアの「お食事でしたらわたくしのサンドイッチをどうぞ(ハート)」という発言を俺とサラはガン無視したためセシリアも渋々昼食に参加。今は少女とサラを挟んだ向こう側でチュルチュルうどんを啜っては、ハムッとかき揚げにかぶり付いている。
・・・・・英国貴族二人が揃って庶民飯って・・・・。
ていうか、セシリア。食ってる時くらいジト目は止めなさい。
・・・女性二人と食事を共にするなんて緊急時でもない限り絶対にしないことだが、今はその緊急事態なのである。
サラとセシリアの体臭が混ざったなんとも言えぬ香しい香りのせいで食事に集中できない俺は、俺とサラの真ん中に居る少女に目を移す。
「・・・ちゅるちゅる・・・・はふぅ・・・」
流石に男子高校生の胃袋を満たすうどんを一杯食いきれと言うのは無理な話なので、俺のどんぶりから小皿に分けてやったのを少女は幸せそうに食べている。なんだこいつ。異様に可愛いぞ。
少し楽しくなった俺は、意外に食べる少女にいなり寿司を分けてやったりうどんを追加してやったりして昼飯時を過ごした。
「・・・・・ロリコンは犯罪よ」
今、サラが呟いたことは聞かなかった事にしよう。
そして、料理も食べきり、一息ついたところで俺は例の異常性に気がついたのだ。
「・・・・・なんか、和んじまったな」
「そうね」
「・・・同意しますわぁ・・・」
「・・・けぷっ」
敵か味方か分からない相手と共に飯を食ってる異常性。
隣で満足そうにげっぷする少女に敵意は無さそうだが、色々不明な点が多すぎる。
ホントならその色々を聞き出さなければいけないのだが――――――。
「・・・・日向ぼっこするにはいい天気だな」
「そうね」
「・・・同意しますわぁ・・・」
「・・・すぅすぅ」
―――なんか、色々だらけてきている俺たちだった。
サラもセシリアも、姿勢正しく背もたれにもたれて気持ち良さそうにトロンとしている。
一応危機感はあるのだが、満腹なのと心地よい疲労感が相まって何もする気が起きない。
まぁ、コーヒーの一杯くらい飲んでからでもいいかな。
「そうね」
「・・・同意しますわぁ・・・」
「・・・んにゅ・・ぅん・・・」
数日後、四人揃って日向ぼっこする写真が新聞の一面を飾るのだが、それはまた未来の話である。
読んでくださってありがとうございました!