一週間ゴロゴロしている間に土日を挟んだらしく、久しぶりに登校した学園は月曜日だった。
クラスの皆は、俺が一週間休んでいたことを不思議に思っていたらしく、千冬さんが
『柊は一身上の都合で、実家に帰省している』
と、話を付けていてくれたみたいだった。だから雨もまったく訪ねて来なかったのか。
大倭先生は朝、顔を会わせると両手をあわせて謝ってきたものの、俺はそれに目線で「いいっすよ」と返している。
ふー、やっと放課後だ。
今日の目的は、朝のホームルームでも連絡のあった通り、一年同士による模擬戦の観戦だ。
俺はクラスの女子の会話から会場は第三アリーナだと言う情報を得たので移動する。
IS学園は各教室が詰め込まれている本校舎を中心に、各アリーナや各施設がところ狭しと並んでいる。
たっぷり五分ほどかけて第三アリーナに移動する。
雨やフォルテは他の女子と先に行ってしまったらしく、近くには姿が見えない。
なんか、休んだ一週間で俺の孤立度上がってませんか?
そんなことを考えながら並木通りを歩いていると、ある人物と目があった。
「・・・・サラ・ウェルキン・・・・」
IS学園二年生。整備科所属。
イギリスの代表候補生だという話は聞くが、専用機持ちだという噂は聞いたことはない。
彼女は、同い年とは思えぬ大人びた雰囲気を漂わせて、木の幹に寄りかかって立っていた。
「何してるんだよ、こんな所で」
俺は目があったからには無視するわけにもいかず、比較的苦手とする彼女に取り敢えずそんなことを訊ねてみる。
「それはこちらの台詞よ。貴方こそどうしてここにいるの?」
「どこでどうしてようが俺の勝手だろ」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
あー、そうですかい。
俺はサラを無視して歩き出す。
しかし、サラはどうやら俺に用があってここにいたらしかった。
「今日のアリーナでの模擬戦。見に行くつもりなのかしら?」
「・・・ああ。ちょっとした暇潰しでな」
「対戦するカードはご存知?」
「いや、知らん」
端的に伝えると、サラは上品に、しかし厭らしくフフッと笑った。
「どうやら最近話題の、世界で一番目の男性IS操縦者と、我が祖国、イギリスの代表候補の試合のようですよ」
「・・・・・・それがどうかしたのか?」
対戦カードははじめて知ったが、今さら驚くような内容ではない。
せいぜい、今年の一年は血の気が多いなーと言うくらいだ。
「見に行くつもりでしたら、気を付けてくださいね。
そう言うとサラはアリーナに向けて歩き出す。
なんだ? どういう意味だよあれ?
・・・・・・やっぱあの時のことまだ怒ってんのかな?
あの時のこと、と言うのは俺の女装が露呈した時のことで、その原因はあのサラ・ウィルキンに有ったりする。
彼女とは一年の頃、寮のルームメイトとして一学期を過ごしたのだが・・・・・・・、やっぱり起こるのよね。
ハッキリ言っちゃうと、サラは
ある日の夜、俺が女装したままトレーニングルームから帰ってくると、その部屋で待っていたのは、薄く頬を赤らめベッドに横になるサラだったのだから驚いた。
その時は何とかかわしたものの、就寝時に彼女の手が俺のナニを・・・・・いや、止めておこう。
兎に角、俺はサラに特に嫌われている。
俺へのいじめはアイツが先導して行ったと言われているくらいだ。
そんなヤツがワザワザ忠告じみたことまで言いに来たのだ。ただで済むとは思えない。
「・・・・・・・やっぱ帰るか」
その場でくるっと回れ右。
俺は寮に向かって歩みだした。
@
それから十分ほど後だろうか。
俺の端末に、千冬さんから着信が入った。
「はいっ、柊ですっ!」
「・・・なぜそんなに力が入っているのだ?」
いや、千冬さんから連絡って、大抵怒られることが原因なので・・・・・。
「・・・・まぁ、いい。至急第三アリーナまで来てくれ。ちょっと我々では抑えが効かん」
千冬さんの声はどんよりと暗く、疲れているというより、呆れたような響きを含んでいた。
「何かあったんですか?」
「ああ、オルコットのヤツがちょっとな。頼んだぞ」
それっきり、通話は途切れる。
――オルコット。
さっき学内ネットで調べたが、この学園においてオルコットの名を持つのはただ一人。
セシリア・オルコット。
一年生にして、イギリス代表候補生、及び専用機持ちというエリート街道まっしぐらというヤツだ。
今回、アリーナで織斑と戦うのは彼女だという話だ。
・・・・・待てよ。つまりさっきサラが言ってたのはこういうことなのか?
一年が俺をどうやって知ったのかは気になるし、どういう用件なのかも気になる。
・・・・・全てはアリーナに行けば分かること、か。
@
「・・・・・で、なんで又ISを着てるんですかね?」
俺は身長的に見下げることになる山田先生を睨んだ。
「そ、そんな睨まないでくださいよぅ・・・」
山田先生はいそいそとISのチェックを終わらせて、オペレーションルームに戻っていく。
このISは、訓練機ではなく、山田先生のリヴァイヴだ。準備できなかったらしい。
適合稼働率は15%。あ、いつもよりは良い方の数字だ。
『仕方がないだろう? 織斑の前にお前を出せといって聞かないんだからな』
スピーカーから千冬さんの声が流れる。
千冬さんもオペレーションルームに居るようだ。
因みにさっきからそこで見ている、織斑一夏ともう一人女子の視線が気になる。
二人が俺を物珍しそうに見てくる。
「・・・・なんだよ? そんなに珍しいか?」
「い、いえ。俺より先輩が居たことに驚いているだけです・・・・・」
「えっと・・・・、柊、先輩?のことは学園の情報にも有りませんでした。一体どういうことなのですか!」
女子のほうの質問にどうやって答えたものかと悩んでいると、山田先生が「Aピット、射出準備!」とコールする。
俺は都合よくコールが鳴ってくれたので、それで終わりだとばかりに準備姿勢を取る。
『おい柊。「瞬龍」は出来れば使うな。負けても良い。だが、無様な姿は晒すなよ?』
個人回線で千冬先生が言う。
「それはつまり、出来れば使って勝て、と言うことですか?」
『・・・・・・この間の一件と、検査の結果、お前の破れた心臓にはISのコアが、生体再生を用いて張り付いているようだ。発動しても暴走が起きなかったのはコアとお前が一心同体の状態であるから、と言える。よって私は現時点を以て、お前の気さえ許せば専用機「瞬龍」の使用を許可することに決めた。IS学園生らしく、全力でぶつかるが良い』
あの千冬さんが・・・・・瞬龍の展開を許可した!?
つまりそれだけ俺が信頼されている、と言うことなのだがどうにも腑に落ちない。
「――――千冬さん、まさか「Aピット、射出!!」あががががががががが!」
俺は早速無様な姿でアリーナに放り出されたのだった。
@
アリーナの観戦席は、かなりの生徒で埋まっていた。
たかだか学級の代表を決めるための試合なんだろ? なんでここまで人が集まってんだ?
あ、雨がフォルテと一緒に座ってる。
驚いた目でこっち見てるよ。
「やっと出てきましたわね、柊 クレハ!」
開放回線ではなく、肉声で俺を呼ぶ。
声のした方を見ると、俺より上空に一機のISがいた。
そのISは、背中に四枚のフィン・アーマー、手には身の丈を越すほどのロングレンジライフル「スターライト・Mk3」が握られていた。
リヴァイヴからのデータによると、あのISはイギリス製第三世代型IS『ブルーティアーズ』というらしい。
名前の通り、装甲から手にしたライフルまで真っ青だ。
そしてその操縦者が・・・・・。
「私はイギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ! この度はサラさんのお気持ちを晴らすためにここへ貴方をお呼びしましたの」
サァアアアアアアアアアラァアアアアアアアアア!!
やっぱりアイツの関係者か!
ていうかお気持ちって! 去年のことあのセシリアとかいうヤツに言ったのかよ!
「サラさんがお休みになっているところに忍び込み、シーツのにおいを嗅いだだけでなく、あまつさえそのお体に指を這わせるなど! あってはならないコトですわ!」
しかも盛りすぎだろぉおおおお!
「ま、まて。落ち着け。アイツから何を聞かされたか知らないが、全部誤解―――」
「更に女性の服を着て学園に入り込むだなんて、なんて変態!」
真実ちょろっと混ぜて、信憑性を増しやがった!!
ああ、さっきまで突然の男子の登場に目をキラキラさせてた一年女子の顔が、ごみを見る目に・・・・・。
おいやめろ、ハイパーセンサー。顔だけピックアップすんな。
「そう言うわけで、あなた方男を私が華麗に倒して見せますわ!」
―――――敵IS、戦闘態勢へ移行。
「赦しを乞うなら今のうちでしてよ?」
セシリアがライフルを構える。
「確かに、謝るべき事はしたけどな・・・・・」
あんなに散々言われて、それも嘘に踊らされた罵倒で、挙げ句の果てには模擬戦参加?
「ふ ざ け る な よ。一年。先輩には敬語が基本だろ」
―――――俺はそこまでバカにされて黙ってるほど大人じゃない。
俺が気迫を込めて言うと、
「男性の方が何をおっしゃって居るのかしら? 誰のお陰で今の世の中があると思っていらっしゃるの?」
「テメーこそ誰がこの世の中動かしてると思ってる。今も大統領や総理大臣は男だぞ」
「あら、残念。イギリスは既に女性の方が務めていますのよ?」
セシリアはそれに気づいていないのか、先程と変わらぬ態度で男をバカにし続ける。
確かに、ISが認知されてから世界は変わった。男の地位は低くなり、女尊男卑の考え方が一般的になってきている。
町に出れば、突然女性に荷物もちをやらされる男を見るのもそう珍しくはない。
だからこそ、
「逆に言ってやるよ
そう言いながら俺は、胸の左側。心臓が熱く、激しく脈打っていることに気がついた。
おまえ、結構好戦的なんだな。
でも、今回はお前の出番は作らないように戦うぜ。
千冬さんはああいったが、万が一って時もある。
「そう、でしたら――――――私が日本の謝り方と言うものを教えて差し上げますわ!」
試合開始のブザーが鳴り、正式に模擬戦が始まる。
刹那に放たれた青い閃光が、俺を貫く――――。
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