インフィニット・ストラトス~オーバーリミット~   作:龍竜甲

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こんばんは、龍竜甲です。
よろしくお願いします!


第四巻
夏の一幕1


「・・・・暑い」

「・・・・うん、暑いわね」

 

8月に入ってから数日たったこの日。

ほとんどの生徒が母国に帰国して閑散としたIS学園学生寮で俺たちは呟きあった。

夏休みだ。

外国からの生徒がほとんどのIS学園は夏休みには普段の喧騒とは真逆の顔を見せる。

人のいない校舎、人のいない食堂、人のいないアリーナ・・・等々、まさに学園に残った者の独占状態である。

そんな夢のような状況にあるというのに、俺、柊クレハと凰 鈴音は自室でただただ、だらけていた。

 

「前にも思ったんだけど、この国の夏って殺人級に暑いわね。どうにかなんないの?」

「うるせー。どうにかできるならやってるっての。・・・・ていうか毎年何百人と熱中症で死んでるんだから、その殺人的って表現あながち間違いじゃないな・・・」

 

二人してベッドに横たわりながら言う。

俺はいつものようにハーフパンツにTシャツという出で立ちなのだが、鈴は違った。

普通なら暑さを凌ぐために普段より薄着になりそうなものなのだが、いつもノースリーブのユーネックで防御力ガン無視の鈴は何故かいつもより布地が増えていた。

 

「ああっつぅ・・・」

「じゃあその黒いロンティー脱げばいいだろ。なんで着てるんだよ」

「あ、あんたあたしを薄着にしてなにするつもりよ・・・?」

 

なにもする気ねーっつうの。

ていうか数日前に見事フラグへし折ったばっかだろお前。

いや、口には出さないけどな。

 

「アホか。お前が熱中症で倒れたら誰が看病するんだよ。俺はイヤだぞ付きっきりなんて」

「つ、付きっきり・・・あ、それ案外良いかも・・・・」

「・・・・・」

 

ダメだ。暑さに当てられて思考回路が仕事してない。

俺はベッドから起き上がり、隣の鈴を見やる。

・・・汗はかいてるが別段異常は無いみたいだな。

 

「・・・何よ?」

「いや、別に? エアコン直ってないかなと思ってな」

 

そう言いながらリモコンを手に取り備え付けのエアコンの電源ボタンを押す。

・・・・・あーダメだな。

どうやらまだ点検中みたいだぞ。

IS学園学生寮の空調設備は現在、数年に一回の点検期間にある。

学校中のエアコンが使えないとあって、ほとんどの生徒が国に帰っているのだが、帰る場所のない俺は当然寮に留まった。

鈴の場合は、七月に逮捕し現在栃木の刑務所に収監されている父、凰 経公と面会し、本来なら中国へ帰って諸々の報告をする予定だったのだが、鈴はその全てをキャンセルし、今ここにいる。

一体なんで残ったんだと聞いてみても、「パートナーが居るんだから当たり前でしょ」ってしか言わないし、多分何か別の狙いがあると踏んでいる俺は結構警戒していたりする。

 

「全くもう・・。一体いつになったら終わるのよこの地獄!」

「落ち着け鈴。予定では明日で終わりだったはずだから我慢しろ・・・・・といっても流石にキツいな・・・・」

 

俺は冷蔵庫から保冷剤を取りだし、首もとに当てる。

鈴があたしも~と言ってきたので、もう一個取りだし放り投げる。

 

「・・・・・あーキモチイイ・・」

 

鈴が幾分かマシになったという顔で呟いた。

外では蝉がけたたましい鳴き声をあげ、温室効果ガスによって暖められた空気をより一層暑苦しく感じさせた。

そんな時、俺は思わず呟いてしまったのだ。

 

「・・・・・水風呂、入れるか」

 

ズルッ――――鈴がずっこけた。

 

「おい、大丈夫か鈴。そろそろ正気を疑うぞ」

 

ベッドの向こうに消えた鈴に声をかける。

するとベッドの縁から顔をだし、鈴はこちらをにらみ始めた。

え、なんなんだ一体?

訳もわからず首を捻る。

えーと、なんで鈴はずっこけた?

たしか俺は水風呂を入れるといったはずだ。

水風呂・・・・ユニットバス・・・・一人用・・・あ。

 

「おい鈴。流石に大浴場に水張るなんて止めとけよ」

「しないわよっ!」

 

うおっ、鈴のツインテールが逆立った!

揺らめくカゲロウと相まって激怒する鬼みたいだ。

ヤバイな。

鈴のこういった反応は大体自分の思ってる通りに事が進んでいないときだ。

つまり、途中まではうまくいっていた、ってことになる。

どこだ、どこで俺は選択肢を間違えた・・・?

 

「えっと、中国にも水風呂の文化ってあるよな?」

「・・・・あるけど・・・それがなに?」

「いや・・それだけだ」

 

ふむ、水風呂はある。

夏を乗りきるためには自身の体温を低くするように努めるんだが、水風呂という手段は間違っていない。

・・・・とすると後はその規模について文句があるのだろうか。

大浴場に水を張るようなことはしない、それは鈴が言った。

つまり・・・。

 

「・・・・なら、プールでも行くか」

 

その瞬間、鈴の顔が輝いた。

 

「――そう、それっ! うんうん、その言葉を待ってたのよあたしは!」

 

異様なテンションでベッドから跳ね起き、意気揚々と自分の机からゴソゴソ何かを引っ張り出す鈴。

ビシッと突きつけられたのは・・・・・屋内アミューズメントパークのチケット?

 

「知らない場所だな・・・。どうしたんだこのチケット?」

「ティナがくれたの」

 

ティナ・・・・、ああ、アメリカのティナ・ハミルトンか。

前に同じクラスのティナが~とかって言ってたっけな。

 

「は~、今月オープンしたばかりなんだな。特徴は大型スライダーか・・・・」

「そうそう、それが凄いのよ。構造がドームみたいになってるから、ドームの天辺から滑り落ちてくみたいで凄く気持ち良いの!」

 

へー、そりゃ行ってみたいなぁ・・・。

っておい。

 

「・・・・・もう行ったのか」

「・・・・・あ」

 

鈴は口を滑らせたらしく、一人で固まった。

 

「暑い、暑い、と言いつつ、ちゃっかり一人でプール行ってたワケですか。そうですか。・・・・・俺はおいてけぼりかコノ野郎・・・」

 

一体何だったんだ。

二人で暑い暑い言いながら耐えたあの日々は。

時に二人で団扇を扇ぎ合い、時にいっそ我慢大会とか開いたりして・・・。

・・・・・思い起こせばアホなことしかしてないな俺ら。

 

「だ、だってクレハ、束さんの検査とかって居ない日あったし暇だったんだもん・・・・」

「あー、なるほどな。だったら文句言えんわな」

 

それなら仕方はない。

俺だって瞬龍が最適化した影響を検証するために忙しい時間を過ごしたが、一人部屋で待つ鈴のことを責められはしない。

俺でもどこかに出掛けたくなるわ。

 

「前はセシリアと行ったんだけど、ちょっと事件があってあんまり楽しめなかったからもう一回行きたいのよ」

「セシリアと? 珍しいな」

 

そう言えばあいつも帰省組だったな。

俺が検査で1日潰してたのは三日前。

なんだ、イギリスで実家の仕事をしてきますわ、とか言ってたけど案外早く終わったらしい。

 

「まぁ、誘う相手がセシリアしか居なかったのよ。一夏だって白式を変化させて書類手続きに忙しいって言ってたし」

「大変だな、公式の操縦者ってのは。・・・で、何時行くんだこのプール?」

 

受け取ったチケットをヒラヒラさせつつ、カレンダーを表示させる。

 

「そうね、今度の土曜日にしましょ。予定は?」

「ない。決まりだな」

 

そう言って俺はチケットをポケットにぐいと押し込む。

別に鈴の水着が見たいとかそう言うのは無いから。

マジで。

 

 

翌日の木曜日。

予定通り空調設備の点検が終了し、学校中に涼しい風が吹き始めた。

そんななか、俺は職員棟にある職員室向けて足を動かしていた。

 

『ヤッホー、束さんだよーっ! 突然だけどクーちゃん、ちょっと用事があるから束さんのお部屋へHurry up(急げ)!』

 

そんなメールが束さんから届いたのだ。

先月の一件で俺の実母だと言うことが判明した篠ノ之束だが、いまだにあの人を母親と扱うには抵抗がありすぎた。

つーか息子にキラキラのデコメ送ってくる人を母親だとは思いたくねぇ・・・。

 

束さんのお部屋っていっても、あの人がどこに住んでるのか知らないから職員室に足を運んでるんだけど、束さんが教師かぁ・・・。

双龍の一件について、多少の責任を負わされた束さんは、司法取引と言うことでIS学園で整備科の教師をやらされることになった。

人嫌いである束さんがどこまで真面目に教師をするのか分からんが、ぶっちゃけ不安しかない。

考え事もソコソコに職員室の前に立つと自動で扉がプシュッと開いた。

 

「あら、柊君じゃないですか~。珍しいですね。なにかご用ですか?」

 

職員室にいたのは、山田真耶先生だ。

元日本代表候補であり、おっとりした物腰とは裏腹に凄まじい戦闘能力を秘めた人である。

・・・・まぁ、身体的な意味でもスゴいモノを秘めた人ですがね・・・。

 

「あ、いえ。篠ノ之先生に呼ばれたんですが場所が分からないんですよ。どこにいるか知りませんか」

「篠ノ之博士ですか? 博士なら多分自室に・・・第三アリーナ地下の格納庫にいらっしゃると思いますよ」

「あ、そこですか。ありがとうございました」

「いえいえ~。・・・・それにしても驚きましたね。極秘とはいえいきなり博士自身が教師として赴任してこられるなんて」

「あー、そうですね。驚きです」

 

口ぶりから察するに双龍の件はやはり伏せられて発表されているらしい。

まぁそれもそうだ。

双龍の問題は、言わば日、英、中の外交問題。

超界者の存在も併せて隠しておきたいことが多いのだろう。

俺も保健室で寝てるときに外交官を名乗る黒服男がメチャクチャやって来てビビったもんだ。

 

「・・・これを切っ掛けに(かんざし)さんの作業も進むといいのですが・・・・」

「簪? 聞きなれない人ですね」

 

山田先生の呟きに思わず反応してしまう。

 

「ああ、柊君は知りませんよね。整備科一年の更識簪(さらしきかんざし)さん、生徒会長の妹さんです」

「そう言えば、入学したって言ってましたね・・・」

 

あの水色頭を思い出して顔をしかめる。

出来れば今後関わりたくない人間だ。

 

「彼女、一応専用機持ちなんですけど、どうも問題がありましてISの建造自体停止状態にあるんですよ」

「専用機持ちってことは代表候補生級の実力者なのに、そのISが建造すらされていないってどういうことですかそれ」

 

そう聞くと山田先生は悩ましげな顔になって、「これは、言っちゃっていいんでしょうか・・・別に箝口令が出されてるワケじゃありませんし、たまには私だって愚痴のひとつやふたつ言わないとストレス溜まるんですよー」などとひとしきり呟いて、

 

「・・・・彼女のISの建造機関、倉持技研なんですよ」

「倉持技研っていうと・・・・・・・あ、白式の研究機関ですか」

 

山田先生の一言で察した。

ぶっちゃけたところ国の代表候補生と、男性操縦者。

どちらが重要かと聞かれれば、現在のIS事情においては間違いなく男性操縦者だ。

代表候補生と言うのはまず初めに専用機を持ってからIS学園に入学し、そこで技術を高めるのだ。

恐らく更識簪は結構遅めに代表候補生に抜擢されたパターンだ。

そしてそのISの建造中に一夏の存在が公表され、運悪く彼女の機体の建造中だった倉持技研に一夏のIS白式の建造が依頼され、その後も研究や調査で簪のISまで手が回っていないのだろう。

可哀想だとは思うが、俺にはどうすることも出来ない。

話に寄ると簪は姉が自分でISを完成させたことを受けて自分で作業を進めているらしいが、その進捗は遅々として進んでいないらしい。

 

「博士が彼女に協力的になってくだされば作業も大幅に進んで私がIS委員会へ実験の失敗を報告する手間も減るのですが・・・・・、いけませんね、生徒の頑張りを負担だなんて。私がしっかりすれば彼女も幾分、気楽になると思うんですけど・・・」

 

そう言いながら手元の書類に目を落とす山田先生は、少しげっそりして見えた。

 

 

山田先生と分かれ、第三アリーナ地下。

エレベーターの無い薄暗い階段をカツカツ降りる。

・・・・そう言えば第三アリーナってミナトが住んでるところだったな。

先月の戦いで怪我してたし、ちょっと様子見とくか。

足下からの仄かな明かりに照らされた廊下を進むと旧射撃場が見えてくる。

だが・・・なんだ?

扉の中からミナトの声が聞こえてくる。

 

『・・・やぁ・・・ん・・・ぅんっ』

 

ちょっ――――!

思わず聞いてしまった声にその場から飛び退く。

戦闘時の力んだ声じゃない。

艶のある眈美な声だ。

声の主は間違いなくミナト本人。

一体この向こうで、なにが行われているのか――――!

 

『だめ・・・です、私これ以上は・・・あっ!』

『ほれほれもう限界かな? ちーちゃんだって昔はこの倍の時間は耐えたものだよ?』

『そ、そんなことを言われましても・・・』

『・・・さぁ、共にいこうじゃないか。ピリオドの向こう側へ――――』

「ちょっと待てや束――ッ! ミナトに何してやがる!?」

 

我慢の限界だった。

なんだか止めなければならないと感じた俺は扉を蹴破り中へと侵入。

共に声の聞こえたウサギの名前を叫びながら腰の拳銃を抜く。

 

「ありゃ、クーちゃん。来ちゃったかー。ていうかよく今の状況に踏み込めるね。束さん驚愕だよ」

 

中には案の定、乱れた服装のミナトの背に手を突っ込み、まさぐる束さんと。

 

「く、クレハさん・・・。見ないでください・・・」

 

顔を赤らめ、あくまでも無表情に俺を睨む渚 湊の姿があった。

・・・・ってあれ? なんかミナトが恥ずかしがってるぞ?

春には俺の前で堂々と着替え始めてたくせに・・・・。

 

 

それから五分後。

服装を整えたミナトと共に束さんをボッコボコにしたあと、本題に入った。

 

「や、やだなぁクーちゃん。冗談に決まってるのにあんなに殴らなくても・・・。束さんはそんな暴力的な子に育てた覚えはありませんよ!?」

「俺だって記憶無いからそんな覚えは微塵たりともねぇよ。・・・・でだ、用ってなんだよ」

「はいはーい。クーちゃんがおっかないので本題に入りまーす」

 

そう言うと束さんはさっきまで弄んでいたミナトを指し示した。

 

「実を言っちゃうと彼女――渚 湊さんもまた、超界者(イクシード)なのでーす。どうどう? ビックリした!?」

 

・・・・・・・へ?

ビックリしたなんてモノじゃない。

束さんの発表に、俺の身体は石になったみたいに固まった。

脳内でミナトと共に過ごした時間が思い起こされる。

そう言えばミナトは専用機持ちであるにも関わらず、アクセサリーの類いを身に付けているところを見たことがない。

それはつまり・・・・。

 

「お前も、持ってるのか。体内に」

「―――はい。クレハさん」

 

ミナトは―――肯定した。

 

「私は二年前の春に、束さんの命令によってこの学園に潜入していました。監視対象は貴方、柊クレハです」

 

俺は束さんをジロッと見る。

 

「・・・・クーちゃん、心配しないで。ミナトちゃんはバース(ウェルク)と同じで、私たちと志を共にしている。クーちゃんには危害はないよ」

「俺には、ってどういうことだよ。誰になら危害を加える?」

「――――現在のIS学園は混沌としています。私たち、超界者を越える実力を持つものたちが次々と現れ始め、我々の立場は狩る側から狩られる側になりつつあります。そして当然、貴方と鈴さんのもつ女王の因子をてに入れようと襲撃をかけてくる輩もいます。私が攻撃するのはそのような人たちです。例え、それが貴方の友人だったとしても・・・・」

 

・・・・・ミナトのISは遠距離特化型。ブルーティアーズとは違って格闘戦を想定した装甲は積んでいない。

そして世界中で暴れまわる、所謂殺し屋という職業もまた、長距離を得意とする人物が多いのが現実だ。

ミナトは謂わば、対ISの殺し屋。

実際、先月にIS解体プログラムを手に入れた事もあって、彼女に始末できない敵はいないだろう。

よくよく考えてみれば、これ程敵に回った際に恐ろしい相手っていないよな・・・。

ただ、最後のセリフ。

例え、俺の知り合いのなかに敵がいたとしても・・・・。

悪いがミナト、その前例は今も学園に居ることを忘れてるだろ。

サラだってちゃんと戻ってこられたんだ。

もし他のやつらが同じように襲ってきても何とかしてやるさ。

 

「・・・そうか。で?」

「で・・・って・・」

「それがわかったところで何か変わるのか?」

 

俺の飄々とした態度に、逆にミナトが戸惑っている。

・・・ミナト的にはデカイヤマをぶちまけたつもりなんだろうが、生憎最近驚きの事実が多すぎてなぁ。毛ほどにも思ってないよ。

 

「別にお前が超界者であろうと無かろうと、俺は何も変えるつもりはない。外見も俺たちと変わり無いし、飯を食うってことは体内環境もほとんどの変わらねぇんだろ?」

「は、はい。・・・・変わりませんよね?」

「変わんないよー。強いて言うなら心臓自体がコアの役割を果たしていることかなぁ」

 

ミナトの問いかけに束さんが答える。

 

「だったら俺と変わらないじゃんか。むしろ人間でありながら超界者(お前ら)の心臓入れてんだ。俺の方がたち悪いぞ」

 

そうさ、知らず知らずの内に生を受け、偽りの記憶を持ったままここに居る俺。

これ以上に気持ち悪い存在なんかあるもんか。

 

「他に言いたいことは?」

「・・・・」

 

そう聞いてみても答えは帰ってこない。

強引だったが終わったらしい。

 

「・・・・取り敢えずミナト、お前は人を殺すな。もし襲撃があったとしても俺が何とかする。だから相手を殺すのはアウトだ。IS運用法にも引っ掛かる」

「・・・・・私は厳密には人間ではないので守る必要は・・・」

「お前は人間だ。守れ」

「――――はい」

 

よし、言質はとった。

・・・・・・ていうかこいつ、春の一件でサラを対処させてたら殺したんじゃないだろうな?

よかったー。任せなくて。

 

「よっし、それじゃあ話も終わったところでもうひとつの本題にいこうか!」

「まだあんのか本題・・・」

 

唐突に発せられた束さんの言葉にげんなりする。

面倒ごとは・・・もう、イヤだ・・。

 

「ありますともありますとも! むしろこっちの方が束さん的には重要だったりしまーす!」

 

しゅびっと両手を上げて高らかに宣言する。

 

「さっきのヤツの付加情報だったりするんだけど、クーちゃんのIS瞬龍は、先月の戦いで最適化を行ったんだよね?」

「ああ・・。そう言えば言ってたな。束さんのプロテクトがどうとかって」

「そうそうそれそれ。エリナに会ったんだよね? 元気だった?」

 

あんたに心臓抜き取られたんだから元気も何も無いだろうに・・・。

俺は彼女の姿を思い浮かべた。

長い蒼髪の、たった一人で俺の心象世界に住まう少女・・・・って。

 

「・・・・なんか、ミナトに似てないか?」

「そのとーり!」

 

うおっ、急に束さんが叫ぶから鼓膜がキーンと耳鳴りを起こしたぞ。

どんだけデカイ声出したんだよ・・。

 

「束さんも後から確認したことだったんだけど、なんとエリナには妹がいまーす!」

 

あーうん。なんとなく流れ読めたからもう反応しなくていいよな?

 

「えっと・・・姉がお世話になっています・・・?」

 

その妹ことミナトは、若干の照れを表しつつ、社交辞令を述べてきたのだった。

姉妹揃って引きこもりって、ダメ人間ばっかだなぁ・・・・。

 

 

そして土曜日。

 

「さぁ、行くわよクレハ!」

「はいはい」

 

俺と鈴は学園外へ出るためにモノレールに乗っていた。

夏休みと言うことで外出許可も比較的簡単に出て、予定通りプールへと遊びに出ているのだ。

・・・・・にしても夢にも思わなかったなぁ。鈴と二人で遊びに出るなんてな。

 

鈴はこの間の臨海学校の水着があるという事で買う必要はなかったんだが、俺は今回初めてプールに行く。

記憶の中では家族と一緒にいった覚えがあるのだが、きっとそれもまやかし。

割りきっているとはいえ、顔も思い出せない家族と遊んでるという記憶があるのは気持ちが悪いぜ。

そう言うわけでまず始めに午前中は買い物と言うことになっている。

モデルも兼業している鈴としては秋物のチェックもしたいらしい。俺にはよくわからん。

ゆりかもめ線の発着駅に降り立ち、新橋駅から電車に乗り、原宿駅に向かって走る。

東京ディズニーリゾートは開発の進んだ今でも人気のテーマパークで、今回遊びに行くリゾート、アクアマリンは、その一歩手前、新木場にある。

まずは服と水着を見るために原宿で買い物と言うわけだ。

 

原宿駅表参道口から出ると、目の前に開けた表参道が広がっていた。

 

「うわぁ・・・スゴいわね・・・」

 

初めて来たらしい鈴が感嘆の声をあげていた。

その反応は仕方ない。

俺だってビビってるもん。

――――原宿とは、現代の世界でも流行の最先端と言われている街だ。

オシャレなオープンカフェや有名なブランドショップが軒を連ね、個性的な雑貨店が内外国人問わず心を掴んでいる。

だから、人も多い。

今日は休日だ。学生にとっては羽を伸ばすのに最適な時間と場所なので、それらしい女の子の姿もちらほら見かけるぜ。あ、こら。カワイイ娘だけをピックアップすんじゃねぇ瞳よ。

 

「取り敢えず、俺の水着はアクアマリンの安モンでいいから、欲しいもの見てこいよ」

「え、あんたはどうすんの?」

 

モデルとしてのポテンシャルを遺憾なく発揮している鈴。

夏という事で白い麻で丁寧に織られた涼しげなワンピースを黄色いブイネックシャツの上から着て、ホットパンツで脚線美を強調している。足元のスニーカーが鈴の快活なイメージを損なわず、金をかけているワケではなさそうなのに全体が凄くらしく纏まっていた。

ノースリーブのお陰で露出している真っ白な腕から目を背けつつ、

 

「あー、そうだな。俺はソコのカフェでコーヒー飲んでるよ。ゆっくり買い物してこい」

 

そう言って駅前のオープンカフェを指す。

ここなら合流もしやすいし、ツーマンセルの時、更に通信手段が確立しているときに二人揃って人混みに入るのは悪手だぜ。

完璧な状況判断だ、俺。と、自分を褒め称えていると、

 

「ちっがうわよ、このドバカ・・・。朴念仁(アレ)よりかはましかと思ってたけど、こっちはこっちで重症ね・・・・」

 

なんて鈴が呟いた。

どうも雰囲気的に一人でコーヒーは飲んでいられないみたいだし、かといって鈴の買い物に付き合う理由もない。

どうしたもんかなぁ・・・と後頭部を掻いていると、ため息をつきながら顔を伏せた鈴が、何かに気づいたようでその一点を凝視している。

なんだろうか。すげぇ集中してみてるみたいだけど・・・。

釣られて見てみれば、そこにあったのは一枚の広告板。

 

「・・・・クレハ、これに出るわよ!」

「・・・・・ええぇ・・」

 

気づけば俺は心底嫌そうな顔をしていた。

だって仕方ないだろう?

遊びに来ておいて一汗かかされるのは、誰だって嫌なもんだぜ。

 

ところ変わって竹下通り。

先程の表参道よりも更に若者の人口密度が高い通りだ。

しかし、今日の人混みが異様に大きい理由がやっとわかった。

・・・・いや、正確には『カップル』の数が異様に多い理由がやっとわかった。

 

「・・・・なんだよ。竹下通り400メートルお姫様だっこ競争って」

「読んで字の如しでしょ? あんたがあたしを抱き上げて走るのよ」

 

集合場所となっていたとあるカフェ・・・ラ・ドールと言うらしい店が主催らしく、昼時の開催を狙った成果か、参加するカップルや食事する若者やらでごった返していた。

 

「つーか買い物終わったんだろ? 俺に荷物もちさせて。プールいこうぜプール」

「良いじゃない。優勝すれば竹下通りでの買い物が半額キャッシュバックよ。ちなみにこれの優勝見越して買い物したから、勝てなきゃプールは無しよ」

「マジかお前・・・」

 

ダメだこいつ。

お姫様だっこが孕むリスクとか負けたときの電車賃とか全く勘定に入ってないぞ。

回りを見れば、人目を憚らずいちゃこらしてるカップルがイヤでも目につくんだが、今の鈴はそんなことお構い無し。

まるで「ハン、恥ずかしいなら隅っこで震えてなボーヤ」と言われてるみたいでちょっと対抗心がわく。

 

「――あ、あー、聞こえますかー? ・・・・ん、よし。さぁて、始まりました! 去年から始まった竹下通り400メートルお姫様だっこ競争! 今年の第二回も狙っての出場か、はたまた偶然の出場か、多くの若者が名乗りを上げております!」

 

主催者であるラ・ドールの店長らしき女性が、張りのある声を通りじゅうに響かせる。

その声に反応した様に、歩道を占領していた人混みが瞬く間に引き、走って競争するぶんには問題無さそうな一本道が現れた。

 

「ルールは至って単純です! 自身のパートナーを抱き抱えて、竹下通りの約400メートルを競争し、見事一位を勝ち取ったペアには本日の竹下通りでの買い物を半額キャッシュバックします!―――それでは、出場するカップルの紹介といきましょう!」

 

げっ、紹介なんかあんのかこのレース!

隣の鈴を見てみれば、勝つことにしか頭が向かっていないようで、さっきから「体重移動が―」とかって見事に無駄な計算を走らせている・・・・って、ああ。俺たちの番だぁ・・・。

 

「――――お名前は?」

「えっと・・・柊、凰です」

「可愛らしいカノジョさんですね!」

 

・・・・。

おおっと。

これは鈴がオーバーリアクションするか――――?

 

「・・・・・・・・やっぱりクレハの加速力が問題ね・・・・」

 

してなかったー!

 

「こ、個性的なカノジョさんですね・・・」

「あ、いえ、ホント、そうっすね・・・・」

 

おい、どうすんだよこの雰囲気。明らかに盛り上がりが冷めたぞ今。

ところがどっこい、当の鈴は我関せずと言った感じで思案に耽っている。

・・・・ドギマギしてたのがバカらしくなってきたな。

あー、やめだやめ。なに勝手に一人で焦ってるんだ俺は?

お姫様だっこって、前に鈴が俺の上で寝たときにしただろ。

今さら緊張する意味が分からんぞ。

それに、あんまりドキドキしてアレが出たらどうする。

冷静に、活路を見いだせ俺。

 

そうこうしていると出場者全員のインタビューが終わったらしく(中には結構刺激的なアピールをしている二人もいた)、スタートの準備に入った。

パートナーの女を抱えた男どもが一斉にスタートラインに並び、カノジョにいいとこ見せようと張り切っている。

・・・・・嫌だなぁ。あの辺の人たちと同じに見られるの・・・。

 

「ほらっ、行くわよクレハ」

「はいはい」

 

嘆息し、直立する鈴の肩を持ち、膝裏に手を滑り込ませると一息で持ち上げる。

鍛えてあるぶん、割りとすんなり持ち上がったけど、軽いなお前。

ていうか持ち上げた瞬間、周囲の奴らが「キャーッ」とか「おぉ~」って声あげたんだけど、俺、関係ないよね?

 

「・・・び、ビックリしたんだけどあんたって意外と・・」

「ん? なんに驚いたって?」

「・・何でもないわよ」

 

腕の中の鈴がそっぽを向く。

あ、これはあれだな。ちょっとずつ恥ずかしくなってきてるな?

 

「こ、これは嬉しいパフォーマンスです! 柊、凰ペア、男性が鮮やかなお姫様だっこを決めて会場の女性陣を湧かせます!」

 

店長が始まってもいないのに大仰な実況を入れる。

・・・・俺も恥ずかしくなってきたぞこれ。

・・・・でももう止められない。俺の方の心の準備もできた。

こうなったら、頂いて返るぜ半額チケット!

 

開始の合図が入ると同時に、スタートダッシュを決める。

マクドナルドを横手に走り出した俺の隣には誰もいない。独走状態だ。

 

「鈴、後続は?」

「5メートル後ろ! 二組!」

 

五メートルか・・。結構差は付けられたな。

お姫様だっこ、というか人を抱えて走ると言うのは一般的な生活ではほとんどの起こり得ない状況だ。

だが俺は、学園で訓練された、準軍人とも言うべき存在。

人ひとりより軽い鈴を抱えて走るなんて造作もないぜ!

 

「こ、これは速い! 一位のペアはまるで他組を寄せ付けない圧倒的なスピードで独走です!」

 

実況の店長も俺たちのスピードに驚いているようだった。

 

「―――鈴、ちょっと走りにくいからもうちょっと腕を巻け」

「う、うん・・。こう?」

 

だが、油断は意外なとこから現れるようで、俺が鈴の重心を安定させようとしたその指示。それが悪手だった。

 

むにっ

 

「!?」

 

予想外の感覚に全身の力が抜ける。

鈴が腕を絡めて俺に抱きついてきた瞬間、鈴の胸から伝わってきた微かな、だがしっかりとした柔らかな感触に驚き、俺は一瞬注意散漫になった。

それと同時に、俺の隣にまでこぎ着けたペアの片割れが、なんと俺の足元に缶コーヒーを転がしてきやがったのだ。

俺は見事にそれを踏んづけ、転倒する。

怪我がないように俺が鈴の下敷きになったんだが、転けた俺たちの横を大勢のペアが走り去っていってしまう。

・・・・・あー、ミスったな。

でも希望がない訳じゃないぜ。

さっきのペア、いい度胸してる。

 

「だ、大丈夫なのクレハッ? 怪我とかしてない!?」

「――――大丈夫だ鈴。・・・鈴は怪我とかないか?」

「あ、あたしは、あんたが守ってくれたから大丈夫よ・・・。その、ありがと」

「ああ。良かったぜ。―――――よし、レースに戻るぞ鈴」

「も、戻るっていったって最後尾がもうあんなところに・・・」

 

焦って辺りを見回す鈴の頭を優しく撫でてやる。

くすぐったそうに身をよじった可愛らしい鈴のお陰で、俺の鼓動は更に高鳴る。

 

「――――信じろ。勝つぞ」

 

―――――急激な心拍の高まりを感知。エンドルフィンの分泌を確認。Bシステム起動(スタートアップ)

 

絶対的な自身のもと立ち上がった俺は、俺を見上げる鈴を抱き上げ、そう宣言するのだった。

 

 


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