インフィニット・ストラトス~オーバーリミット~   作:龍竜甲

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お久しぶりです。
キャラ紹介行きます。

柊クレハ
IS瞬龍の操縦者。男。遺伝子強化素体。
超界者に対抗すべく製作されたIS瞬龍に乗るために産み出されたデザインチャイルド。
篠ノ之束の卵子をベースに産み出された。父親は不明。
単一仕様能力『?』


凰 鈴音
IS甲龍の操縦者。女。中国代表候補生。
共青団出身の父親を持つ高校一年生。
超界者にとって重要なファクターである女王の心をデータとして脳に保持している。
クレハが結構気になるご様子。

凰 経公
IS偃月カスタムの操縦者。男。双龍の実戦部隊長。
秘密裏に世界を攻撃する超界者を止めるべく、篠ノ之束が取り出した核と心を合わせて女王を甦らせようとする。

篠ノ之 束
ISコアの製作者。
ISの一部の機能については超界者の解剖によって得た部分が多いとされているが、彼女なしにはIS技術の確立は不可能だった。
クレハの実母。

ウェルク(バース)
超界者。IS牙龍の操縦者。
サラ・ウェルキンの兄、ウェルク・ウェルキンの姿をしているが中身は全くの別物。
経公の口ぶりから察するに性別は女性らしい・・?

渚 湊
ISサイレン・チェイサーの操縦者。女。日本代表候補生。
とある人物にそっくりな蒼い髪を持つ少女。
狙撃の腕はピカイチ。

超界者
時空を越えてやって来る破壊者。
過去に篠ノ之束が獲得した女王の核と心を探して現界する。
IS技術の元になっている。

双龍
強力なISを造り出して超界者と戦う日、中、英の三国が共同で作り上げた秘密組織。
経公が実戦部隊を率いて離反後、世界中から追われる組織となった。




覚悟

・・・・なんだ?

身体が、何か温かい液体に浸かっている感覚がある。

口元には呼吸を行うためかマスクらしき器具が付けられていて、俺はそこから酸素を吸っていた。

・・・俺?

いや、僕だ。

僕は・・・ここで一体何をしているんだ?

 

「おや、お目覚めの時間の様だね。暮刃くん」

 

くぐもった声が、耳に届く。

液体を通しているからか、その声は元の声がどのような声なのか判別できないほどに変声されている。

僕が突然射した光に眉をしかめると・・・・――――

 

「初めまして、私が君のお母さんだよ」

 

ザパアと僕が入っていた容器――カプセルがひっくり返り、僕は初めて外界の空気に触れた。

 

「・・・・ここ、どこ?」

「おお、いい質問だね。流石は束さんの息子さんだよ~」

 

目の前に、照明を背に立つ女性のシルエットがある。

腰に手をあて、僕の顔を覗き込んでいる。

 

「さっきの質問に答えようか・・・・ってあ、質問の意味、わかるかい?」

 

女性の発言から察するに、この人はタバネと言うらしい。

僕はタバネの発言に少し気を損ねたのか、そっぽを向いて言った。

 

「・・・・それくらいは、わかる」

「ん、よろしい。束さんの英才教育が行き届いているみたいだね」

 

そう言うとタバネは大仰に胸を張り、自慢げに言った。

その際に巨大な胸部が重そうに揺れたが、一体あの部位は何なのだろうか。

なぜだか、僕の思考がそこに引き寄せられる。

―――甘えたい。

きっと今僕の脳内にある感情を表すのに、これほどピッタリな言葉は無いだろう。

 

「それで、ここがどこかについてだけれど、今の束さんからは詳しいことが言えない状態なのですよ。強いて言うなら某国の研究所って感じだね」

「研究所・・・・? なにを、研究しているの?」

 

研究所、という単語の意味することはすぐに分かったが、一体何を研究しているのか。それは僕の脳内には無い。

そのとき、照明が落とされ、周囲に何があるのか分かるようになる。

突然現れた機械類を眺めるように見回す僕を見たタバネは、少し困ったような笑顔を浮かべて言った。

 

「そうだね・・・。これまた強いて言うなら暮刃。君自身をだよ」

「僕自身?」

「そうだよ。君はこれから世界中のどこにでも行けるようになる。だから君はその行く先々で学ぶんだ。己とはなにか。自分自身とはどこにあるのか。何のために生まれ、どうして生きているのか。それがわかったとき、君は力の使い方を理解できるようになる。この広い世界が君の研究所だよ」

 

タバネの言っていることはほとんどが理解できなかった。

首をかしげた僕が可笑しかったのか、タバネは口角を吊り上げて笑みを浮かべた。

 

「そうだねぇ、まだ分からないか。まぁ、焦ることはないよ暮刃。君はこれから変化するための第一歩を踏み出すんだ」

 

そう言うとタバネは僕に視線をあわせるようにしゃがみこみ、両手を前につき出した。

まるで飛び込んで来いと言わんばかりに表情は慈愛に溢れ、同時に何故か悲しみまで伝わってきた。

 

「あ・・・。あぁ・・・」

 

僕はそんなタバネにずりずりと近づいていく。

身体的には少年と言える状態にも拘らず、僕の足には一切の力が掛かっていない。

手だけの力で床を這い、タバネの胸に抱きつく。

柔らかく、優しい感覚。

長らく求めていたような、けれど初めて感じる感動がそこにはあった。

タバネは、僕、暮刃の母。

そうか、これが母性と言うものなのか―――。

 

「それと・・・ごめんね。こんなお母さんを許して・・・っ」

 

頬に、水滴が落ちる。

何なのか分からずに、僕はそれを拭い取る。

 

「・・・・タバネ、どういうこと?」

 

そう問いかけたが、答えが得られぬまま、僕は何者かに抱き上げられ、顔や身体に布が被せられる。

必死に抵抗しようとするが、なにぶん力が入らないため抵抗らしい抵抗もできない。

タバネから遠ざかっていることを直感した僕は自分にできる精一杯を実行する。

唯一出来たこと、それは――――

 

「お母さん! お母さんっ!」

 

嗚咽を洩らす母親をただ呼びつつけるだけだった。

 

 

「――――今のはお前が見せた俺の記憶か。瞬龍」

 

酷く懐かしい記憶を追体験した俺は、ズキズキ痛む頭を押さえながら上体を起こす。

・・・・見慣れた場所だ。

イギリスの国内にあった秘匿研究所第三施設。

そこの試験場だ。

 

「―――そう、あれは貴方の根底にある、最も古い記憶」

 

虚空が歪むようにして現れたのは一人の少女。

緩やかなウェーブを描く蒼い長髪に、真っ白な肢体。

服を着ておらず、とても扇情的な姿をしているが不思議と不快感は無い。

ただただ、美しい。

そう思わせるほどに、彼女は美しかった。

 

「最も古い記憶って・・・・アレか。俺の記憶が違ってるのはただただ思い出せないだけなのか」

「そう、本来ならあるはずの無い記憶があるのは脳の状態的にも良くない不自然な状態。でも彼女――篠ノ之束が貴方の精神安定を図るために無理矢理記憶を植え付けた」

「なるほどな」

 

俺は立ち上がり、久しぶりにこの施設を見渡す。

俺の記憶から再現しているのか、壁の傷などが俺の記憶の通りに付けられている。

見下ろすとIS学園の制服を着ているようだが、ここに入る前の戦闘のせいか右腕がない。

 

「・・・・さっきは直感でお前のことを瞬龍って言ったが、間違いないのか?」

「その点については肯定するが、一部訂正がある。私は瞬龍という個体名ではない」

「? 本名じゃ無いってことか。それじゃあ何なんだよ」

 

そう訊くと瞬龍は少し黙った。

 

「・・・・・エリナ」

「エリナ? 随分と日本的な名前だな」

 

てっきり意味不明な単語が飛び出してくると思ったから拍子抜けだ。

 

「同意するがこの名は私が付けた名ではない。死にかけていた私に束が付けてくれた名前だ。元々私たちには名前という概念はない」

「死にかけていた時に束さんがって・・・・エリナ、お前が超界者の女王ってやつか」

「肯定する」

 

あ、あっさりと言質取れたな・・・・。

・・・・・だけど言質とったとしてもどうすればいいんだろう。

俺が持ってるのはコアとしてのエリナの一部だし、経公や束さんの言葉によればエリナの心は鈴が持っていることになる。・・・・ってこいつの言葉が妙に機械的なのは心が無いからか。

 

「あー、一体ここってどこだ? 一瞬でイギリスまで飛べる訳じゃないし、まずあの研究所は無いんだぜ? どこにいるんだ俺は? 瞬龍の中か?」

 

本格的にやることを見失った俺は手持ち無沙汰に適当に疑問に思ったことを告げた。

 

「・・・そうか。貴方にとっては初めての体験だったことを失念していた。貴方の質問は根本的なところで間違っている。貴方が移動したのではない。私が貴方の心に入り込んでいる」

 

エリナはそう前置いた。

 

「私が今貴方の中にいるのは、今現在貴方と瞬龍の間で接続の更新をしているから。このタイミングで私は貴方に聞いてみたいことがあった」

「? 聞いてみたいこと?」

 

座ったエリナに合わせて自分も床に腰を下ろす。

 

「貴方は先ほど、強く力を求めた。それこそ束が封じていた接続の更新――『初期化(フォーマット)』と『最適化(フィッティング)』を実行してしまうほどに。それはなぜ?」

「・・・・・なぜ、か・・」

 

予想外の質問に多少面食らったが、答えは直ぐ様見つかる。

 

「そりゃまぁ、鈴が危ないって言うなら助けなきゃならんだろ。人間なら普通に持ってる助け合いの精神だ」

「その説明では不十分。事実、束は死にかけている私を発見すると少し会話をしただけで直ぐ様刃物を入れた。助け合いの精神とは言えない」

「・・おい」

 

束さんの凶行に下を巻いた。

何してんだよあの人・・・・。

 

「・・・・質問を変える。なぜ凰 鈴音が危ない場合だと限定した。 それは言葉の綾なのか貴方の随意的な選択による結果なのか、私は知りたい」

「何故鈴なのかって言われてもな・・・。あいつとは一応ペアとして登録してあるわけだし、それじゃ理由には足りないか?」

「・・・・・不十分と判断する。貴方の経験では常に危ない役を押し付け会う二人の女性がいる」

「あー、うん。フォルテとダリル先輩か・・・・」

 

そういえばコイツ、いろんなこと知ってるなー。

まぁ、俺と一緒に居たんだからそりゃ知ってるだろうけど・・・・。

・・・・・一体どこまで見ているのか気になったが訊くのは止めておこうかな。うん。

 

「・・・別に、俺もハッキリとした理由がある訳じゃないんだが、何て言うかだな。 ・・・・・・ただの意固地なんだと思う」

「意固地?」

「そう。意固地だよ。俺がアイツを護るのは。お前がこの空間にいるってことは俺の記憶見てるんだろ? 俺は昔、鈴のことを護れずに、危ない目に会わせちまったんだよ。だから俺がアイツと一緒にいて戦うのは一種の罪滅ぼしなんだよ」

「・・・・・理解できない。自身を犠牲にした上に他人を立てるなど我々の概念にはない。それは自己陶酔。ただ自分を犠牲にして他人のために生きているという傲慢な考え方」

「確かにそうかもな。鈴にも怒られたぜそうやって。・・・・でも、過去に壊れそうだった俺を助けてくれたのは鈴だ。アイツには記憶も自覚も無いかも知れんがそのところは感謝してるんだ。だから俺はその恩を返しているだけ。どれだけ身勝手だと言われようが俺は変えるつもりはない。・・・それにだな」

「それに?」

 

「――――男が女の後ろで腰引いててどうすんだよ。俺は女子は苦手だが決めるところはしっかり心得てるつもりだぜ」

 

そういった瞬間、周囲の風景が変わった。

 

『あんたすごいじゃん!』

 

初めてあった日、アイツは満面の笑みで偽物だった俺を受け入れた。

 

『はいこれ。束さんが。クレハとあたしで半分こしろってさ』

 

試験稼働実験終了後、施設の屋上でお菓子を半分に割って食べたこともあった。

二人ともそこそこ大喰らいだったのにお菓子半分とはなんとも寂しい話だったが、そんなことはなく俺は彼女の優しさが純粋に嬉しかった。

 

『ば、ばっかじゃないの!? あたしが料理を練習すんのはあんたのためじゃ無いんだからね!?』

 

ああ、そう言えば中華料理食わせてくれって頼んだこともあったなぁ。

まぁツンデレじゃなくてマジで食わせてはくれなかったけど。

 

「・・・・・・これが、貴方の記憶か・・・」

 

俺が鈴と経験した時間を一通り見終わったエリナは、深く頷いた。

 

「そうだ・・・つーか人の記憶勝手にのぞいてんじゃねーよ。個人の侵害だぞ」

「そう言わないでほしいクレハ。今ので私は理解することができた。詰まるところ貴方は彼女のことが―――」

 

エリナが、なにか決定的なことを言おうとしている。

言わせてはいけないと直感した俺は反射的にエリナの口を押さえようと――――したところでエリナが、クスリと笑みを浮かべたので飛び出す寸前のところで止まる。

 

「・・・・・これは今は黙っておく。今後も貴方とは一緒にいるわけなのだから面白い経験値が積めそう」

「おい、人を玩具扱いするような発言はやめろ。て言うか俺たち死にかけてるんだぞ。今後も糞もあるかっての」

 

俺はふて腐れたように吐き捨てる。

まるでさっきの束さんとの記憶の中の俺みたいだと思って内心羞恥に悶える。

 

「聞いていなかったの? 初期化と最適化の準備はっ整っている。貴方の強い想いが束のプロテクトを破ったのだ。貴方の覚悟次第ですぐにでも実行に移せる」

「覚悟、だと?」

「そう。覚悟。想いは人を強くする。それが束がコア()に組み込んだ唯一のプラグイン。(瞬龍)というISは使用者の思いの強さによって機体が強化されていくらしい。今回は最初のパワーアップというわけ」

 

エリナは俺の心象世界だというのに手元にホログラフィーウィンドウを表示させ、今の瞬龍と最適化後の瞬龍のスペックデータを比較する。

明確なパワーアップが見られ、諸々のスペックが俺の戦闘スタイルに合わせられて調整されている。

 

「それだけじゃない。今の私は貴方の記憶から『心』と言うものを擬似的に得ている。感情と言うのはとても気分のいいものだと理解した。だから私はこの昂りに任せて貴方にさらにサービスする事にする」

「サービス? へんなものは要らんぞ」

「? 一体何をいっている。本来なら第一形態では使えないものだが、私とより密接に繋がった貴方なら使いこなせる。単一仕様能力、『超越世界』の使用を解禁する」

 

エリナが画面上に現れた鎖を引きちぎり、何かの警告に迷わず許可を選択する。

瞬間、それまであった風景が一斉に崩れ落ち、世界が闇に閉ざされる。

 

「・・・・・いままでウンともスンとも言わなかった瞬龍(お前)がいきなりここまで世話してくれるなんて、なにか裏があるんじゃないだろうな?」

「裏か・・・。そう言えば人間はよくわからない場面で嘘を吐いていた。安心して別に何も仕掛けてない。・・・・強いて私の望みを言うなら鈴音を死ぬ気で護ること」

「それこそ安心しろ。誰にも殺させる気はない。でもなんでお前が気にする?」

 

言っていると次第に視界が揺れいていくのを感じた。

まるで眠りについていくように瞼が重くなっていく。

 

「簡単な話だ。彼女の中にある私の心は私にとっても重要な物なのでな。絶対に無くさないようにゆめゆめ気を付けることだな」

 

視界が暗くなっていき、瞼が完全に落ちてくる。

 

「貴方は耳にタコが出来るほど聞いたかもしれないけれど言っておく。『変わり続けろクレハ』。それが貴方が生き抜いていける唯一の手段だ―――――」

 

手を伸ばすも、空を切る。

先程と同じ場所にいるのか分からなくなってきて、自分が立っているのか座っているのか曖昧になっていく。

遂に何も感じることのない虚無の世界にたどり着いたが、たったひとつだけ、胸のなかに暖かな光があった。

これは、きっと。俺の力なんだ。

 

 

 

―――『初期化』終了。最適化を開始。進行率23%―――――『最適化』終了。

―――IS『瞬龍』起動します。

 

変化は劇的だった。

海面に向けて落下中だった瞬龍の中で進行バーが埋められていき、一瞬機体が銀色に輝く。

 

「・・・・・なんだっ!?」

 

鈴を担いでいた経公がその眩さに顔をしかめる。

鈴をラチろうなんて、誰がさせるかよ。

 

俺は再構成された瞬龍の脚で、空中(・ ・)を蹴った。

 

伸ばした左手に握られた剣、二式時穿(にしきときうがち)で、急速接近した経公のIS偃月を切りつける。

すれ違い様に見た経公の瞳に俺は映っておらず、ただ驚愕の色のみが見てとれた。

それもそのはずだ。

今の一撃は完全に相手の認識の外からの攻撃だった。

しかし、それは不意打ちなどではなく真正面からですら相手の認識には入らない。

 

速すぎるのだ。この瞬龍が。

 

「ぐっ、クレ坊・・・・。やってくれたじゃねぇか・・・」

 

小脇に鈴を抱えて浮遊する俺を経公が睨む。

俺のIS瞬龍は最適化の際に外見の装甲も変化させた。

基調となる銀色は変わらずに、所々に入っているのはエリナとの髪と同じ色の蒼。

流麗なラインを描く肩の装甲も更にシャープなデザインになっていて、一目で先の超速度を可能にしている一因だと直感した。

視界の端に映るカウントダウンは恐らく瞬龍の――――いや、俺の生きている時間だろう。

意識が戻ってから痛みは無いが、右肩から止めどなく血が滴り落ちている。

約五分。それまでに目の前の男を止めるんだ。

 

「悪いな、経公。俺は死ぬ気もないし、鈴をやる気もない」

「バカ野郎、ないないで全部が通るレベルはとうに越えてるッ。戦争は既に目の前にまできてんだよ! 誰かの犠牲なしに収められると思うなよ!」

 

それ以上は、喋らせなかった。

瞬時に背後に移動した俺はそのまま時穿を振るい、経公の背部からダメージを狙う。

 

「ッ!?」

 

ギンッと短い金属音がなり、俺の剣と経公の青竜刀が切り結ぶ。

 

「・・・てめぇ、さっきの間に最適化を済ませやがったな・・・? 篠ノ之のやつ、なんつータイミングの悪さだよ・・・!」

「絶好のタイミングだったよ。俺にとっては、なッ」

 

青竜刀を押し退け、経公を真後ろに吹き飛ばすと同時に瞬時加速で更に追撃。

経公を海へと叩き落とす。

Bシステムは今でも効いている。

戦闘による高揚状態が続いているのか、はたまた鈴の意識がまだあり、瞬龍がそれに反応しているのか。

まぁ、何でもいい。

今はこいつをぶちのめせる。

それで十分だ。

右手がないので左手で剣と銃を持ち、流桜の特殊弾、炸裂弾を海面へと打ち込む。

次々と高い水柱が上がり、海面を白く泡立てていく。

付近にあった小島に鈴を下ろした俺は泡立つ海面を見る。

 

「・・・おい。出てこいよ。この程度じゃねぇんだろ」

 

そういった瞬間――――シュッ!

 

勢いよく飛び出した粒子砲が俺の頬を掠め後ろに流れていく。

 

「良いのか? 鈴を放置して。大切なんだろ?」

「今はいいさ。まずはテメーをぶっ倒してやる」

 

余裕ぶった態度は止めろよ経公。

俺は今からテメーをぶっ潰すぜ。

時穿を握った左手に、右腕ぶんの装甲が展開されていく。

上手く噛み合っていないのか動かすたびにガキガキ音がなるが、まぁいい。

多分エリナが右腕ぶんのエネルギーを回してくれてるのだろう。

今まで以上に瞬龍とリンクがとれている気がする。

 

「ぶっ倒す? そんな死にかけでよく言うなお前。さっきは不意をつかれたが奇跡は二度は続かんぞ?」

 

経公も右手に青竜刀を構え、左手を添えた。

まるで日本の侍みたいな構え方だ。

経公の声をききながら俺は――――

 

(全身で五ヶ所の骨折、脾臓損傷。脇腹の痛みはそのせいか・・・・。っとぉ、こりゃ腎臓もイッてんな・・・・・)

 

全身、その隅々をチェックした。

普通の人間なら痛みにのたうち回っているだろうが、生憎俺は普通じゃないんでね。

右腕がないこと以外、普段と変わらねぇな。

ていうか、不意なんて突いてねぇよ。

真正面から鈴をかっさらっただろうが。

 

「奇跡なんか俺だって信じてねぇよ。ただ――――こっからは本気でいくぜ」

 

鈴が見てないなら都合がいい。

どれだけグロくこいつを処理しようが見てないならトラウマになり得ない。

 

殺れる。

今の俺なら間違いなく経公を殺れる。

 

「んじゃ、一つルールでも決めようぜ経公」

「ルール?」

「あぁ。先に死んだ方が敗けっていうルールはどうだ?」

 

そう言うと俺は―――ドゥッッ!

 

空中を蹴りつけ、回転しながら時穿を振るう。

睨み付けるように狙いを定めると―――首もとに―――降りおろす。

 

ガスッッッ!

 

「――――ッツラァ!!」

 

獣のような声を経公が発し、時穿を受け止めたが威力を消しきれず弾き飛ばされる。

 

今ので奴もわかったはずだ。

今の俺は、Bシステム発動時よりも高い戦闘力を獲得している。

そしてその戦闘力は経公のそれよりも数段上だ。

―――振り切った左手が装甲の重みで軋む。

・・・軋むくらいがなんだ。左腕が飛んだら次は口で柄を握るまでだ。

 

「ッ!」

 

追撃の為に宙を蹴った俺を見て、経公が息を飲む。

―――遅い。

すっ飛んでいく経公の真横に付いた俺はまた、時穿を振るいダメージを与える。

上手いこと空中で姿勢を正した経公は反撃とばかりにスラスターを全力で噴射させ、俺に突進する。

 

「―――死ねッ!」

 

刃を抜くかと思いきや、経公が取り出したのは小型の荷電粒子砲。

さっき俺の頬を掠めて飛んでいったやつか。

経公は俺の眉間に狙いを定めて、引き金を引いた。

それに反応した瞬龍が、体感時間を大幅に引き延ばし、時間感覚の遅滞を引き起こした。

これは・・・・超高速戦闘時に引き起こされるハイパーセンサーのオーバークロック―――スローモーションの世界だ。

 

銃口から放たれた輝く粒子が、俺めがけて飛んでくるのが分かる。

―――分かる、と言うことは即ち・・・・避けられる。

 

「斬れ―――時穿」

 

そう発音すると左腕が俺の意思とは関係なく動き始め、粒子弾目掛けて斬空を放つ。

空間の切れ目に吸い込まれるようにして消えた粒子弾を見送った俺は体を捻り、経公の持つ粒子砲を時穿で弾き飛ばす。

経公は粒子砲を弾き飛ばした俺の隙を突き青竜刀を逆手に構えると、下段からの切り上げ―――

 

「――――止まって見えるぜ。経公」

 

絶好の隙を窺っての経公の攻撃は儚くも失敗に終わる。

粒子砲を弾き飛ばした俺は、経公の視線で狙いを悟るとすぐさま時穿を逆手に構え、青竜刀の刃と噛み合わせたのだ。

ギチギチと白刃と黒刃が噛み合って音をたてる。

そのまま動かないヤツを俺は蹴飛ばすと、あることに気がついた。

・・・・左肋骨の骨折が治ってきている。

さっきまで剣を振る度に痛みが走ってたが、今はもうそんな事はなく、全快している。

よく調べればさっきまであった擦り傷や裂傷も治癒している。

骨折や内蔵損傷と言った重症を優先的に生体再生で治し、軽傷は後回しにしたんだな。

無限に戦えそうだぜ。

 

「おい。どうだ経公、死ぬのが怖ぇっていうなら首を一撃で跳ねてやるぜ」

「・・・・ハッ、流石は女王の核が使われてるだけはあるな・・・。まさかカスタム偃月がここまで遅れをとるとは思わなかったな」

「じゃあ諦めてくれるっていうのかよ?」

「冗談じゃないぜ。クレ坊の言う諦めるっていうのは命を、ってことだろ? そう簡単に捨ててたまるかってんだよ」

「じゃあどうするんだよ。テメーの持ってるのはただの青竜刀にその他もろもろの強化パーツ。戦闘の役に立つようには見えないぜ」

 

俺は経公の装備を時穿で一つ一つ指しながら言う。

 

「確かに、今の俺じゃお前には勝てないな。スペック値から見ても、どうせ単一仕様能力使えるようになってんだろ? なんだそれ嫌みか」

「別にそう言うつもりは無かったんだがな、発動のタイミングが分からなくて使いそびれたぜ」

 

俺は分かっていた。

経公のこれは、恐らく時間稼ぎ。

ヤツは、何かを待っている。

増援か、救助か、はたまた自分自身をか。

何を待っているにせよ、バカみたいにそれに付き合う気はサラサラ無いぜ?

 

「―――なら今回だけはその気まぐれに感謝しとくぞクレ坊。―――十分だ」

 

ボロボロの経公はそう言うと青竜刀を構えた。

 

「単一仕様能力『狂人乱舞(Bシステム)』、発動」

 

経公がそういった瞬間、ヤツから放たれる圧力や殺気が何倍にも増した。

その感覚には身に覚えがある。

――――間違いないBシステムだ。

考えてみればこのシステムは双龍の開発だったはずだ。

だから経公が使えてもなんら不思議はない。

だが、元々高かった奴の戦闘能力がBシステムによってどれだけ向上させられるのか、未知数だ。

 

「今度は、こっちから行くぜ」

 

渋い声を発した経公は俺との距離を一足で詰めると――――ザッ!

青竜刀を、切るのではなくなんと突きの用途で使いやがった。

重量のある青竜刀で繰り出される正確無慈悲な神速の突き。

ま、まずいぞ。

今の俺でも反応できなくなってきた・・・・ッ!

しかし、今なお経公のスピードは上がり続けている。

瞳の表示によれば秒間5回という驚異的な数字だ。

俺のBシステムとは発動前との能力差が比べ物にならないほど大きい。

使用者によって個々まで差が出るシステムだったのか!?

 

「Bシステムってのはな、元々多対一のシチュエーションを想定して計測された必要エネルギーをたった一体の敵のために費やす謂わば諸刃の剣だ。今の俺は最低五人。ISを纏った兵士五人ぶんの戦闘能力だと思って掛かってこい」

 

経公は指先をくいくいと曲げ、挑発してくる。

だが。

 

「・・・・・くっ・・」

 

俺がうめいた瞬間、視界の隅になにやらキラリと光を放つものが現れた。

その物体は俺の真横を螺旋に回転しながら突き進み、まるで吸い込まれるように経公の左胸に突き刺さる。

そこで気がついた。

今のは―――――ライフル弾だ。

 

「――――でしたら一人くらい相手が増えても構いませんよね」

 

開放回線からあの声が聞こえる。

こ、この声は・・・!

 

「すみませんクレハさん。サイレンチェイサーの再構成に手間取ってしまいました」

「ミナトか!」

 

ミナトだ!

一夏と箒を助けたあとミナト自身も治療を受けているという話だったが回復したみたいだな!

 

「織斑先生から指示を受けてきました。支援攻撃に支障はないレベルまで回復したので私も戦いますよ」

「おう、スゲー助かるな。俺以外全員昏倒(スタン)。相手の戦力は未知数だ。隙があったらじゃんじゃん撃ってくれ」

「―――――はい。ですが先に手は打たせてもらったのですが良かったですか?」

「手・・・?」

 

疑問に思い、先程のライフル弾が当たった経公を見てみると――――――

 

「なんだ・・・・このウィルス!? 武装が・・・ッ?」

 

――――ISの装甲の一部が形状を保てなくなり、粒子となって消え始めていた。

 

「―――一昨日、ホノルルで会った二人に渡されたUSB、覚えていますか。あの自壊プログラムを撃ち込みました」

 

ミナトの言葉にハッとする。

ホノルルであの二人・・・教官とマキナの二人に渡されたものと言えば、時代遅れのUSBだ。

だが、あの中身はISを自己崩壊に追い込むウィルスソフト。

まさかミナトのやつ、それを弾丸にプログラム処理して撃ち込んだのか!?

 

「狙いは左胸。胸部装甲左7センチにある接続端子。狙いは正確です」

 

その狙撃の結果は火を見るより明らかだ。

明らかに偃月は形状を保てなくなってるぞ。

そしてそれを操る経公は隙だらけだ。

 

「決着は急いでください。私の見立てが正確ならあのISは約三十秒で消滅します」

「――――分かった」

 

俺は不安定なISを纏う経公の前にたつ。

 

「あー、畜生。まさかこんなたち悪いウィルス持ってるとは計算外だぜクレ坊。きたねーな」

「その汚い手段で助かったからあんまり堂々と言えないが、決着、着けようぜ」

「なんの・・・だよ?」

「決まってんだろ。死んだ方が敗け。勝てば自分を貫き通せる」

「はん・・・。生憎だが貫き通す自分なんて二年前に捨てちまってるよ。・・・・でもまぁ、そうだな。もう一度中華鍋振って炒飯作りたかったなぁ」

 

消滅しかけた青竜刀を強く握りしめる経公。

ウィルスの侵食から逃れた青竜刀は辛うじてその形を失わずに経公の手のなかに収まった。

 

「諦めんなよ経公さん。生きてればまた店開けるようになるぜ」

「バカ言うなよ。この勝負、どっちに転んだって俺はもう二度と店なんて開けないさ。死人には味見する口がねぇからな」

 

それは自分が敗けると思っているのか、それともまさに死合に望む際の覚悟の現れだったのか。

どちらにせよ。この勝負ではどちらかの望みが潰え、どちらかの願いが成就する。

俺が望む鈴の未来。

経公が望む世界の未来。

どちらも望むものは同じ未来だというのに争わなければならない現実が俺は恨めしい。

 

「行くぜ、経公さん」

「ああ、来いよ坊主」

 

俺は左腕一本で時穿を上段に構えた。

経公はそれに対するように下段に構え、左手を刀の柄に添えた。

 

「「発動!単一仕様能力――――――」」

 

同時に駆け出した俺たちは同じタイミングで起動用語を口にした。

 

「狂人乱舞ッ!」

「―――超越世界(オーバーリミット)ッ!」

 

同時に発動された単一仕様能力。

下段から振り上げられていく青竜刀には赤く、燃えるようなオーラが揺れ、切り裂いた大気のソニックウェーブが目に見えるほどに速い。

対して俺の単一仕様能力は、いうなればBシステムの上位バージョン。

限界を越えて更なる高みへと至るために編み出された瞬龍の―――いや、エリナの特殊能力だ。

その可能性は使用者の思いの強さによって違い、瞬龍が弾き出したスペックでも未知数扱いとなっていた。

つまり、本当に限界などない。

どこまでも真っ直ぐに、自分を貫き通す覚悟。その思いがISを強くする。

 

「・・・・なるほどなぁ。くそっ、娘は嫁にやらねぇつもりだったんだが、覚悟が揺らぎそうだぜ・・・・」

 

俺の背後に佇む経公は、ISを纏っておらずISスーツ姿だ。

消滅したのだ。彼の相棒、偃月は。

 

「おい、クレ坊。バースはこっちに付いた味方だが、他の超界者は信用すんじゃねぇ。もし途中で鈴をパクられでもしやがったら恨んで出るぞ」

 

そう言って、経公はゆっくりと倒れた。

海面に向かって落下していく経公を受け止める人間は誰もいない。

―――――いや、そう言えば一人だけ居るよな。彼が愛したたった一人の愛娘が。

 

「―――お父さんッ!」

 

海に落ちようとする経公の身体を甲龍を纏った鈴がキャッチする。

どうやら気を取り戻してから、丁度落下している父親の姿を視認したみたいだ。

敵として現れた時と違って鈴は今、純粋に再会と生存を嬉しがって泣いてるよ。

・・・・さっき経公さんに向けて振るった時穿。

その刃には血の一滴もついてはいない。

 

「・・・・まぁ、なんだ。折角の親子水入らずのチャンスを不意にするのもあれだしな。うん、そうだ。まぁ拘束は免れんだろうが殺す必要はないなうん」

「・・・・一体なに言い訳みたいなことしてるんですかクレハさん?」

 

・・・・通信でミナトに突っ込まれた。

いやだってさぁ、あそこまで殺すとか死ぬとか言っといて「残念殺せませんでしたー」ってオチはダメだろ。

て言うか本当の親が現れたときの嬉しさはついさっき身をもって実感したんだ。

諸々の暴挙の数々はちゃんと裁判を受けてもらおう。

 

俺は眼科で気絶した父親の身体を抱き締める鈴の姿を見た。

 

「・・・・・もう一回ぐらい中華鍋振ってもバチは当たらないよ。多分」

 

 

今回の事件のオチ。

なんで締めくくりがどっかで見たような感じになっているのかはさておいて、鈴の親父さんの処遇だが、当然だが実刑判決が下った。

本人に上訴の意志が見られないからか、裁判はとんとん拍子に進んでたった二週間で裁判は終わった。

続いて俺だが、単一仕様能力を使った影響か生体再生で治療していた怪我が悪化し、7月の残りの日数は再び保健室に入院となった。だからおかしいだろ。保健室入院。

因みに右腕だが、何とかくっ付ける事ができた。

束さん特製の不思議なお薬のお陰だと、手術に出た医者たちは言ったが皆さん一様に顔が青ざめていたので深く聞くのは止めておいた。

 

まぁその他にもウェルク―――の身体に入った超界者、バースさん(♀)の対応や束さんがIS学園教師として採用されたりと様々なことが起こった7月だったが、なんとか終えることが出来た。

あ、そうだな。すっかり忘れてたがナターシャと福音についても対応がなされてるんだった。

彼女らはただ巻き込まれただけということでなんの非は無いが、福音については残念ながらイスラエル側の開発中止申請があってかIS学園地下隔離施設にて凍結処分となった。

綺麗なISだったが、それゆえにあれで空を飛べないナターシャさんを見てると辛くなったぜ。

 

「・・・・・で、今の状況に何か言い訳は?」

「・・・・何も御座いません~!」

 

鈴の厳しいお説教に思わず語尾が上がる。

今の状況を懇切丁寧に説明するとダルいので一言で済ませると・・・・。

 

カオスだ。

 

まず、三人よれば姦しいとされるのは女。

それも結婚もせずに三十路のラインを越えんとする三人がよればもうお祭り状態。

二年生寮、俺と鈴の自室の床には、千冬さんに束さん、そして何故かナターシャまでもが雑魚寝していた。

次に騒がしいのは酒の臭いに充てられた一年生三人。箒、セシリア、ラウラだ。

三人とも暑い暑いと呻くのでシャワールームに押し込んだら一斉に服を脱ぎ出すし、なんか三人でシャワー浴び出すし、甘い声聞こえ始めるしで死ぬかと思ったぜ。Bシステム的な意味で。

そして一夏だが、ヤツはさっきから廊下の方でデュノアと喧嘩をおっ始めている。

原因は確か・・・・・着替え?がなんたらって言ってたな。デュノアも酔ってたしマトモな喧嘩にはならないだろうな。

そしてついでに現れた雨とフォルテに新聞部部長の黛。

奴らは三人揃って俺のベッドで寝ていやがる。俺どこで寝りゃいいの・・?

 

「・・・・とまぁ、初めは俺と雨、二人でやってた快気祝いだったんだけと次々に人が増えてな、鈴が帰ってくるこの時間には皆さん眠っておられました・・」

「へー、で? なんでそこのウサギ博士と金髪巨乳は裸なのよ?」

「あ、アハハ。なんでだろうな。・・・・・ホント、何でだろ?」

「あたしが質問してんの! あんたが訊いてどうすんのよ!?」

「い、痛い痛い! マジで痛いから耳はよせ鈴ッ! 話す! 話すからっ!」

 

必死の説得のかいあって、俺は自分の耳を引きちぎられると言うグロテスクな刑の執行を回避し、状況の説明を続けた。

鈴は玄関からとことこ歩いて(眠っているのを良いことに千冬さん踏みつけたけど良いや)自分のベッドにその小さなお尻を落とした。

 

「・・・・あんたも、ココ座りなさいよ」

「・・・・」

 

はて、なんの冗談だろうか。

鈴が自分のベッドに俺を座らせるなんて何か裏があるとしか思えねーぞ。

親父さんの裁判関係でもうじき夏休みだと言うのに忙しく走り回ってたからストレスたまってる可能性もあるし・・・・。

あ――――もしかして殴られるのか俺。

 

「いーからそんな怯えた顔してないで早く座りなさい!」

「お、おお」

 

いきなり出された鈴の声に内心ビビりつつも骨折がなおったばかりの脚で鈴の隣に座る。

・・・・・狭い。

酒ビンやらツマミやらで部屋中占領されていて、鈴のベッドも丁度一人だけ横になれるスペースしかない。

実際鈴は疲れてるみたいだしさっさと休めばいいのに、と思った。

 

「・・・・・・はぁ」

「相当疲れてるみたいだな鈴」

「当たり前よ。正直受け止めきれないことが多すぎるわ。超界者の件は公表は控えるって外務省は言ってるけどお父さんが私を・・・その、世界のための犠牲にしようとしていたなんて悲しみより先に驚きの方が沸いてきたわよ」

「そりゃあ・・・。大変なのは当然だな。俺なんかたった二歳の赤ん坊だぜ。親なんかそこでシーツ一枚で寝てる始末だし・・・、もうなんか色々どうでもよくなるよな」

「・・・・どうでもよくなるなんて言わないでよ」

「え?」

 

今、鈴は何て言った?

"どうでもよくなるなんて言わないでよ"・・?

 

「・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・あ、まさか鈴。俺が自殺するとでも思ってんのか?」

「ぃにゃッ!? ち、違うわよ!? べ、別にあんたの出生についてクレハ自身が納得してるなら何も言わないわよ!・・・・でも」

「でも?」

 

そう聞くと鈴は子供みたいに指をくりくりといじくり回しながらモゾモゾ言った。

健康的に色づいた頬に朱色が差し、照れているのだと分かる。

 

「――ーでも、もしクレハが自分を認められないって言うなら、あたしが何回でも何回でも誉めてあげるわ」

「・・・・」

 

・・・・鈴は、記憶を取り戻した訳ではない。

女王、エリナの心を植え付けられた代償として研究所での日々を忘れてしまった鈴は全くの無自覚で言っているんだろうが、その言葉は初めて俺の存在を認めてくれたあの日の少女の笑顔を彷彿とさせるには十分すぎる効果を持っていて、俺はつい・・・・その、なんだ。

 

「・・・・悪い、鈴――「寝るわっ!」―――へっ?」

 

俺が行動を起こそうと思った矢先、まさかの御就寝である。

 

「あ、悪いけどあんたの膝、か、借りるわよぉ!? し、仕方ないわよねぇ! ベッドに空きがないんだしさぁ!」

「ちょっ、うるさっ! なんだお前! 酔ったのかよ臭いで!?」

「うるさぁい! あたしは臭くなーい!」

「酒の臭いですが!? てかなんで半ギレ!」

 

臭くなーいと叫んだのち、速やかに鈴は眠りについた。

膝の上で猫みたいに眠る鈴をそっと撫でる。

・・・・・まぁいいか。これで。

 

俺は膝の上の暖かな重みを感じながら一学期最後の夜を過ごしたのだった。

 


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