あれから二日。クラス対抗総当たり戦は全試合を終えて、無事に・・・いや無事じゃねぇな。特に俺とか。
まぁ、終えることができた。
鈴と一夏の試合は無効試合ということになっていて、体調のこともあり、試合じたい再開しないそうだ。
・・・・で、俺はというと。
「呑気なもんねぇ・・・」
「お前にはこれが呑気って言えんのかよ鈴」
絶対安静が言い渡され、普通の病院にも行くわけには行かないので、保健室登校どころか、保健室入院なんていう超珍しい休養を取っていた。泣ける。
昨日は面会ができるようになると、雨やフォルテがいの一番に見舞いに来てくれて、心配してくれたが、怪我している理由を鈴とのケンカと言い張った俺を尊重して何も聞かずにいてくれた。
しかし、続いて現れた生徒会長には、色々なことを(主に鈴との同居生活について)根掘り葉掘り聞かれるわ、黛も面白がって騒ぐわ騒ぐ。
極めつけに今日のクラスメイトの奴等だ。なんで・・・なんで・・・。
「俺に女装を強要してくるんだ・・・・・・っ!」
俺はさめざめと泣く。長い
「まぁ、良いんじゃない? 未確認機を倒した評価はあんたにも入るみたいだし」
「良くねぇよ! 新聞書くから女装して撮らせろ!? Facebookに上げるから女装して撮らせろ!? お断りだッ!」
「・・・・のわりには正面切って抵抗しなかったじゃない」
「・・・・」
うん、まぁ女子に手をあげるのもどうかと思うし、ネット上の画像は先生が消してくれるし・・・・。
・・・・そう言えばサラはどうなったのだろうか。
鈴の顔を見たら、不思議とそう思った。
現在彼女は海外任務としてイギリスに渡ったことになっている。
IS学園に籍を置いているのは戻ってくる気があるのか、はたまた他に理由があるのか。
「ん? なによ?」
チラリと鈴を見る。
鈴の制服は改造されていて、両肩が大きく露出している構造だ。
そして、その右肩からは・・・
―――うっすらと傷があるのが見てとれた。
その事を指摘すると鈴は「別にいいわよ。命あっての身体だしね」と、悲しそうな顔をして言う。
俺は知ってるぞ鈴。さっき来た女子が持ってる雑誌の表紙、お前の写真だっただろ。これからの季節にあわせて肩の出る白いサマードレス姿で。
・・・・モデルに傷を負わせちまったことに深い罪悪感を覚えた。
「そう言えば、あんたどうやってあたしの傷を治したの? そういう
「いや、ワンオフアビリティじゃなくて、基礎機能だ。生体再生能力」
「へーすごいじゃない!」
鈴が浮かべた笑みが二年前の笑みと被る。
しばらくの間、無言の時間が流れる。
一分、二分だったのかもしれないが、十分や三十分だったのかもしれない。
「なぁ、鈴――」「あたし、本国に帰るわ」「――え?」
突然の宣言に声がひっくり返る。
「帰るって・・・・何でだよ!?」
「だって、サラ・ウェルキンが逃げたなら、日本にいる理由がないし。クレハには断られちゃったし」
いや、違う。違うんだ鈴。俺は―――。
言葉を紡ごうとしたが、何故かこれより先が出てこない。
「だから、中国でまた頑張るの。あんたみたいに強くて、融通の利くパートナーを探すためにね」
「・・・・・・融通が利かなくて悪かったな」
違うだろクレハ。お前が言いたいことはそんな皮肉じゃないはずだ。
「だから、今日はお別れを言いに来たのよ。このあとは一夏のところにも行くつもり」
「行って・・・どうするんだ?」
すると鈴は頬を赤らめて言った。
「そうね、最後になるかもだし、あの篠ノ之ってやつを出し抜いてやろうかなー」
それはつまり・・・。
「そうか、何するかは知らんが、まぁ頑張れよ」
「うん、ありがとクレハ。 あんたと暮らしてた二週間、悪くなかったわ」
「そうか・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・止めてはくれないんだ」
そして鈴は去っていった。サヨナラも言わずに。
俺の頭から、かつらが落ちる。
・・・・こんなもん着けてアイツを見送ったのかよ俺。
これで鈴は俺のもとを去っていく。
最後の言葉は聞かなかったことにしろ。
お前の言葉は信じたし、お前のためにも戦った。
「でも、なんで俺はうつむいてんだ?」
きっと鈴は双龍を追いかけるために、サラみたいな連中を追っかけて行くんだろう。
それこそ、今回の一夏との再会が最後になってしまう可能性を押し込んで。
「・・・・だめだ。あんなことしてたら命がいくつあっても足りないぞ」
既に鈴が保健室を出てから二時間経った。
既に外は暗く、どこからかヘリのローター音が聞こえてくる・・・ような気がした。
おい止めろ。立ち上がるな。寝てろ。瞬龍は修理中だぞ。
聞かなかったことにしろって言ったのが聞こえなかったのかクレハ。
自分の中の自分が必死に押し止めてくる。
頭では分かっているのに、身体が言うことをきかない。
スライドドアに手をかける。
聞かなかったことにしろとは言われたが、見なかったことにしろとは言われてない。
デジャブるんだよ。
さっきの呟きを洩らした横顔と、視線の先の父親が銃弾に貫かれるところを目撃したあの横顔が。
そして何より、
またあの悲しそうな顔をさせてしまった自分が本当に許せない。
「・・・・まったく、どうなっても知らねぇぞちくしょう!」
俺は保健室を飛び出した。
@
「おい一夏!」
「・・・え、柊先輩ッ!? 大丈夫なんですか?」
寮の一夏を訪ね、鈴が来たかと確認をとる。
「は、はい。さっき来ました。結構大きめの荷物もって」
「そうか・・・・なんて答えたんだ・・?」
俺の質問の意味が分からなかったのか、一瞬ポカンとしたが、直ぐに思い至ったのか「ああ」と声を洩らした。
「いいと思うよ、と言いました」
「そうかありがとなッ!」
・・・・うん! 意味わからんな。
告白されていいと思うよって、どこまで鈍感なんだよアイツ!
さっき聞こえたローター音は空耳なんかじゃない。本当にヘリが来てるんだ。
この学園でヘリが着陸できるところは幾らでもあるが、保健室から聞こえるところは一つしかない。
急いで本校舎に向かう。
走って走って走りまくって、漸く見えたとき、そのヘリはすでに離陸体制に入っていた。
屋上まで上る時間はない! だったらここで――――!
「鈴―――ッ! 行くな――ッ!戻ってこい! 俺が一緒に・・・・・一緒に・・・・」
俺はひとつ区切り、全力で叫んだ!
戦いたくない。
逃げたくない。
悲しませたくない。
俺自身を嫌いになりたくない。
だからそんな思いをこの言葉にのせて限界を越えて叫ぶ!
「俺が一夏と一緒にお前の作った酢豚食ってやるからよ! うまいの作るまで返さねぇぞおい! きいてんのか鈴――――ッ!」
しかし、その声は届かず、夜の大空に溶けて消えていった。
・・・・間に合わなかったか。
酢豚の話は鈴が乱入してきた就任パーティーで三人が話していた事だ。
「・・・本気で食ってみたかったんだけどなぁ」
呟くが、誰も返してくれるものはいない。
――そう、思っていた。
「――――だったら今からでも作ってあげるわよ。そんな恥ずかしいこと叫ばなくても」
・・・・・鈴だ。
「おい、お前何やってんだそんなところで」
再登場の仕方に、俺は目を丸くせざるを得ない。
「・・別にいいでしょ。再現してあげたのよ。あんたと出会った時を」
鈴は今、校舎の屋上から俺を見下ろしている。
月を背にして立つ姿は凛としていて美しい。凛という文字は鈴のためにあるんじゃないかと錯覚してしまう程だ。
位置関係は・・・・なるほど、コンテナに乗っているときと同じだな。
いや、そんな事よりも!
「お、おまっ、なんでヘリに乗ってないんだよ!?」
「なによ、乗ってた方が良かったの?」
「いや、そういう訳じゃないが・・・・・」
なんで下りてるんだよ? 中国帰るんじゃなかったのか?
そう聞くと鈴はこう言った。
「気が変わったのよ。やっぱ絶対にあんたをパートナーにしてやろうってね」
・・・・笑いしか洩れない。
なんだよ、何処までもワガママだなコイツ。
さっきのヘリ、中国軍の大型機だぞ。それに無駄足踏ませるとか、なんなのコイツ?
「・・・・大変だぞ。俺のパートナーは」
「舐めないでよ。あんたよりもっとめんどくさいやつと幼なじみしてるんだから」
ん、まあ違いない。
「それと――――ちゃんと受け止めなさいよ!?」
「えっ!? はっ!?」
いきなり鈴の姿が屋上から消える。
いや、飛び降りたのだ。
高さ25メートルの屋上から。
「おい、確かアイツの甲龍は・・・・!」
それに気づいた瞬間、再びダッシュした。
落ちてくる鈴の場所を見て、速度を割り出し、落下地点を予測する!
スゲーな! Bシステムでもないのに計算速い!
・・・・それほど切羽詰まってるんだな。
「間に合えぇぇぇぇぇぇッ!」
鈴めがけて渾身のスライディング。
腕のなかにスポット収まる小さい感触。
「・・・・こんな出会い方じゃなかっただろ俺たち」
「違うわ。今はもう、『再会』よ」
「ああ、そうかい。相棒」
――――認めよう。
俺はコイツと共に進んでいく運命らしい。
運命って言葉は好きじゃないが、自分を納得させるための言葉としてはとても便利な言葉だ。
だから、これも運命だ。
俺は、俺に向けられる鈴の笑顔を見て、そう思ったのだった。
鈴が戦うなら俺も戦おう。鈴が信じろというなら俺も信じよう。鈴が危険ならば俺が戦おう。
そう、すべてを投げうってでも、
それが俺にできる、唯一の――――――ーコイツの家族にできる罪滅ぼしなら。
@
「・・・ねぇ、一夏」
「ん? なんだよ鈴」
「・・・・やっぱりあたし、待ってみても良いかな?」
「・・・鈴がそうしたいならそうすればいいさ。鈴が決めた相手なんだろ? いつものワガママみたく、どこまでも追っかけてみろよ」
「なによ、いつものワガママって・・・。でも、そうね。ここで引き下がるのはあたしらしくない気がするし、ギリギリまで待って、アイツが来たら今度こそ有無を言わさずパートナーにしてやるわ。クレハって、なんだかんだ言って結構いいやつだったし」
「鈴がそこまで言う相手なんて珍しいな。そんなに柊先輩が気に入ったのか」
「・・・うん。一応助けてもらった恩もあるしね。・・・・いや、ないわ! あたし一回アイツ助けてる!!」
「じゃあ、ここからだな。鈴がなにをしに来たのかはハッキリとはわからないけど、多分あの先輩なら付いてきてくれるだろ。いいと思うぜ、俺は」
「うん、ありがと一夏。手始めにとびっきりカッコいい再登場シーン考えとかないとね!!」
第一巻 了
読んでいただき、ありがとうございました。