昼、丁度一時半。
俺は第三アリーナのBピットに立っていた。
瞬龍を展開し、調子を確かめる。・・・大丈夫みたいだ。
両拳に搭載された衝撃砲『轟砲』の砲口も自由に操作できる。
俺はホロディスプレイに表示された相手の情報を読む。
IS『白式』
織斑一夏専用ISとして登録。
世代:第三世代
装備:スパイクアーマーの非固定武装 近接特化ブレード『雪片弐型』
・・・・・武装が、一つ?
なんだあのIS。湊と同じで偏った装備だな。
そんな事を考えていると、射出タイミングが迫ってきた。
何にせよ、負けるつもりはない。
それに、俺は少しイライラしている。
こないだの鈴との対話以来、部屋が息苦しくて仕方ないんだ。鈴からくるプレッシャーや、俺の中で渦巻く変な感情とかがごちゃ混ぜになって俺を潰しに掛かってくる錯覚までした。
本気で一夏の部屋に逃げようかとも考えた。
しかし、今はその一夏が相手だ。
全力でボコらせて貰おう。
と、思った瞬間、閃いた。
・・・・あれ、これって鈴を遠ざける良いチャンスなんじゃないのか? と。
俺が弱ければ、あいつは俺が付いてこられないと判断するだろう。
そうなりゃ後は下り坂を下るも同然だ。
アイツは俺に失望し、俺の前から姿を消す。
万々歳じゃねーか。
『Bピット、出ます!』
山田先生の声で我に帰った俺は、体勢を整える。
この勝負、怪しまれない程度に負ける!
・・・・俺は少し精神が参っていたようだった。
@
「久しぶりですね、柊先輩」
アリーナに出た俺を迎えたのは、純白のISを纏った一夏の姿だった。
「久しぶりって、何回かすれ違っただろ」
「あれ? そうでしたっけ? でも、話すのは久しぶりですよね?」
一夏はイチイチ笑みを浮かべて語りかけてくる。
・・・・早く始めろよ。
「まあ、そうだな。そんなもんなんじゃないのか?先輩と後輩の繋がりなんて」
俺はぶっきらぼうに返す。
そんな俺に、一夏は困ったような笑みを浮かべた。
「それじゃあ、さっさと終わらせようぜ。学校の公式試合なんじゃサボるわけにもいかないし」
俺は自身の拡張領域から、近接ブレード『時穿』を取り出す。
すると一夏は、『雪片弐型』を展開していた。
「ハンデは必要か?一年」
俺がそう聞くと、一夏は剣を正面に構えて言った。
「それじゃあ、先手だけ貰います!」
予想以上の瞬発力で突っ込んできた一夏の雪片を、時穿で受け止める。観客の生徒や来賓が歓声を上げた。
「折角の試合です、行きますよ!!」
一夏は俺の剣を弾くと、地面に向かって思いっきり蹴りをお見舞いしてくれた。
いいぞ、もっともっと攻撃を加えろ。俺に勝て!
「ハッ!」
俺に続いて着地した一夏は、瞬時加速で俺との間を詰め、雪片を袈裟斬りに振るう。
エネルギーが削られ、ゲージが減った。
俺は適度に反撃するため、アリーナの壁を蹴り、一夏の真下に接近。
展開していたハンドガンでエネルギーを削る。
即座にその場で側転を切った一夏は、今度は真上から俺に向かって剣を降り下ろす。
俺は前に転がり、その刃を避けた。
「・・・・先輩、手抜いてませんか?」
「別に、抜いてねーよ。お前が強いんだ」
実際、一夏は驚くほど成長している。
「なら、遠慮なく!」
再び斬り込んできた一夏に向かって俺は正拳突き―――拳の衝撃砲『轟砲』を放つ。
衝撃砲とは周囲の空間を圧縮、固定する事で砲身を生み出し、その際発生した衝撃をどの方向にも放てる、見えざる大砲なのだ。ちなみに甲龍にも搭載されていて、中国初の第三世代兵器として世界中を駆け巡る技術だ。
その見えざる砲弾に殴られ吹っ飛ぶ一夏。
しかし、一夏は見事に体勢を空中で整え、着地した。
「え、えほっ・・・何ですか今のは・・!?」
「衝撃砲だ。中国の技術だから鈴にでも聞いてみてくれ」
あーあ、ここで衝撃砲見せたら、アイツもっと怒るだろうな。
初見の一夏にぶちかますの楽しみって言ってたし。
「いよいよ本気で来るってワケですね? だったら!」
一夏が力んだ瞬間、白式が金色の光に包まれた。
―――敵IS、単一仕様能力の発動を確認! 攻撃対象としてロックされています!
瞬龍が瞬時に状況を伝えてくる。
ワンオフアビリティー!? なんで第一形態の白式が使えるんだよ!?
しかも、一夏は明らかに自然発生を待つしかない能力を自分で呼び起こした。まず常人には不可能な芸当だ。
俺が内心驚いていると、更に驚くべきことに、一夏の持つ雪片弐型が展開し、中心部から青い光が伸びた。
あの装備・・・・
俺は束さんにISを埋め込まれた後、数ヵ月を束さんのラボで過ごし、千冬さんとともにドイツへ渡った。
その際見たのだが、あれと同じ光を束さんが制作しているのを見た。
だから分かる。あのIS、白式は束さんの作ったISだ!
そして恐らく第四世代相当の技術が使われていることは間違いないだろう。
第一、展開装甲の攻撃はバリアー無効化攻撃だ。
俺のISの特徴と相性は最悪だ。
ここからは一撃も喰らうわけには行かない。
命に関わるぞ。
切り込んでくる一夏を瞬時加速で真横にかわす。
しかし。
「まだ・・まだぁ!!」
一夏は機体パワーにものを言わせて無理やり軌道修正をして、俺を追ってくる。マジかよ!
「クソッ!」
俺は前進しながら振り向くと、展開したライフル『レッドバレット』で一夏を狙う。
どうやら相当のエネルギー消費量らしく、決着を急いでいるように見えた。
だから俺は遠距離攻撃でエネルギーを少しずつ削っていく。
アイツが追い付くか、俺が削りきるか、我慢くらべだな。
白式の元々高い機動性が、単一仕様能力発動に伴い底上げされたらしく、パワースピード型である瞬龍でも全く降りきれない。
既にスピードはBシステム発動前の瞬龍のスペック限界だ。
きっと観客は、アリーナを目まぐるしく廻る俺たちの様子しか見えないだろう。
(このままじゃ、らちが明かん!)
そう考えた俺は、真下に向かって無反動旋回。超スピードのおいかけっこから離脱する。
しかし・・・・・。
「すいません、読めてましたよ先輩ッ!」
降り下ろされる刃は、エネルギーが切れたのか元の雪片のモノだ。
しかし、俺の残ったエネルギーを削るには十分な攻撃力を持っている。
俺は、一夏が焦っていると思っていたが、一番焦っていたのは俺だったらしい。
だから、終結を急ぎすぎて、一夏の予想通りの行動を取ってしまった。 不覚だ。
降り下ろされる白鉄の刃。
その刃は予想通り、俺のエネルギーを全て、余さず削り取って行った。
@
夕方、医務室のベッドで気がついた俺は、周りを女子たちに包囲されていた。
なんだこの包囲陣は! 逃げられないではないか! とボケてみたが、女子たちの顔は至って真面目だ。いや、真面目に怒っていた。
女子から繰り出される罵倒を、耳の穴を掻くフリで塞ぎながら聞き流した俺は、彼女らが退出したあとにはもう満身創痍だった。なんだこれ、試合より緊張感あったぞ。
雨とフォルテは調子が悪かったのかと心配してくれたが、もともと負ける気で挑んだぶん後ろめたさを感じた。
そして、一日ぶんの試合が終わったらしく、俺は医務室を出て、寮への道のりを歩いていた。
「随分と無様な負け方ね」
そんな俺に掛けられる声。サラ・ウェルキンだ。
「うるせーな。別のクラスのお前には関係ないだろ」
「いいえ、関係あるわ。私はあなたたちには強くあって欲しいもの」
あなた・・・・たち? 俺と、誰のことだ?
「と言っても、気づいたのはごくごく最近の事なのだけれど」
サラは一人でよくわからないことを呟き続ける。
なんだあれ。いつも以上に怖いぞ。
恐怖を感じた俺は、サラをスルーして、歩みを進めるが、ガシッと片腕を掴まれる。
「ちょっと待ちなさい」
サラの声が少し揺れている。
精一杯イヤそうな顔を作り、しぶしぶ振り向くとサラは自分の携帯端末を持っていた。
「いい加減に、その・・・ワクチンをくれないかしら・・・?」
パカッと開いたその画面には、俺でもウッっとなるレベルに酷い画像が表示されていた。絶対飯時に見たくない。
どうやらサラは、俺がウイルスを添付したメールを見事に無警戒で開き、端末をウイルスに感染させてしまったらしい。まぁ100パー俺のせいだけど。
ホントならここで無視して去ってやるのも面白いなと思ったが、サラが珍しくしおらしいので俺は毒気を抜かれ、ワクチンを送ってやることにした。
「・・・・ほら、帰ったらこのソフト走らせてみろ。構造は単純なもんだったから、多分一掃できると思う」
「・・・あなたも、やるときはやるのよね・・・」
サラはそう言うと、礼も言わずに帰っていった。
結局何のためにここにいたんだよアイツ?
@
寮、自室。鬼の前。
扉を開けると、憤怒の形相の鈴がいた。
どうやら一夏の前で衝撃砲を使ったのがホントにまずかったらしい。
「そんなに見せびらかしたかったのかよ、子供かお前は」
と言うと、鈴は甲龍を部分展開して、俺の脳天にチョップを叩き込んできた。殺す気か!
一発俺にぶちかましたので落ち着いたのか、鈴はベッドに腰掛けた。
「・・・で? 何だったの今日のあれは?」
「見りゃ分かるだろ。負けたんだよ」
俺は収納してあるベッドを引っ張り出しながら答える。
「そんな結果のことを言ってるんじゃ無いわよ。なんで負けたのかって言ってるの」
鈴はその細い脚でベッドのふちをペシペシ蹴る。
イラついてんのかコイツ?
「全力で当たった奴に理由なんか聞いても仕方ないだろ。負けるときには負ける。それが世界のルールだ」
「ウソね。あんた全力じゃなかった。少なくとも一夏が能力を出すまでは」
びしりと俺の力量を言い当てられ、言葉につまる。
俺は鈴に言い当てられたことが悔しくて、むきになってしまった。
「だとしても、お前に何の不都合があるんだよ。今回の試合の結果、何にも関係ないだろ」
「・・・・・・あるわよ、あんたは大事なパートナー候補なの! 期待してたのに! 初めてあたしの話を真面目に聞いてくれたのに! 失望したわ!」
そんな鈴の勝手な言い分に、俺も頭に血が上ってしまった。
「・・・ふざけんなよ、勝手なのはお前の方だろ鈴! 突然俺の前に現れて部屋にまで侵入してきて、挙げ句に勝手にパートナーになれ? ふざけるなよ! 期待したのも失望したのも全部お前の都合だろ! 俺に勝手に変な期待をするな!」
「でも・・・・あんたはあたしの話を・・・!」
「そのこともなぁ! 心の中では笑ってたよ! なんてアホなこと考えてやがるんだってな! 悪いが俺はソコまで夢見てる人間じゃない!」
ドアの方には騒ぎを聞き付けた近隣の生徒たちが群がっている。
ああ、こんな大勢の前で取り乱しちまうとはな。
「~~~~ッ!」
鈴は激しく興奮したようで、一度はISを部分展開したがって、ひとつ深呼吸をしてそれを修めると、酷く冷たい声で言った。
「・・・・そう、分かったわ。あんたはあたしが迷惑だった。違いないわね?」
「ああ、大迷惑だ」
「・・・・そうなんだ・・・・」
鈴は顔を伏せって呟く。酷く弱々しい声だ。
すると、鈴はボストンバックを取り出す。
数日間しかここにいなかったから、荷物はクローゼットに仕舞わずに、バックの中に全て入っている。
長くはここにいられないと、鈴は言っていた。つまり、直ぐに出ていくつもりで用意していたのだろう。
「失礼しました、先輩。いままでありがとうございました」
鈴は群がっている女子を押し退けて、一礼。部屋から出ていく。
そんな俺たちを女子たちは心配そうに見つめている。
・・・・別にアイツと過ごしたこの数日間に、思い出なんてあるはずがない。
ただ一緒に起きて、一緒に飯食って、一年の特別実習がない日以外は一緒に帰った位だ。
テレビの取り合いでリモコンを壊すこともない。
夜更かしするアイツのせいで、明るい部屋で眠ることもない。
望んだ結果だ。
万々歳だ。
これで晴れて俺は自由な日々を取り戻せる。
でもその夜、何故か俺は静かな部屋をより一層意識して眠るのだった。
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