「(くそっ、あのデータマンめ……)」
大地は目の前にいる乾を睨み、忌々しくボールをトスしてサーブした。
「センターに来る確率100%」
乾はそれを難なく返し大地のいない所に返球し、リターンエースした。
「これで0-40だ。言っただろう。古賀のデータは取り終わったから勝ち目はない」
「確かに流れは俺の方が悪いでしょうが、リードしてんのは俺の方ですよ。勝ち目なら十分にありますよ乾先輩」
「それもそうだな。今の状況は4-5。つまり俺が後一ゲーム落としたら負けだがここでブレイクしたら後二ゲームで俺の勝ちになる」
「なんで説明口調なんですか? 乾先輩」
「今の状況を口で語ることで冷静になれる。状況を整理してプレッシャーにかかる場合もあるがこれだけ優勢な状況で負ける要素なんかないからな。データは嘘をつかない」
「……なら、そのデータをぶっ壊してやる!」
「見せて貰おうか古賀」
大地が下がると爪を噛りながら思考する。
「(とはいえまいったな。あのデータテニスを破るにはどうすればいい? 打つところに乾先輩がいる以上、逆をつけない。そもそもどうやって乾先輩はその場所に移動しているんだ?)」
そんな疑問を大地の頭の中で巡らせると一つ閃いた。
「(ラケットの位置で移動しているのか? だとしたら試してみる価値がある)」
そして大地が決意すると乾に背を向けた。
「な……なんだ?」
「いきますよ。乾先輩」
天高くトスを上げ、大地が乾に背を向けたまま空を飛んだ。
「ら、ラケットが見えない!」
そう乾の視点から見てラケットが見えない状況を大地は作り出した。それは皮肉にも伯父、大志が産み出したサーブの一つでもあった。
そしてラケットが見えた時、ボールは既にサービスエリアでバウンドして乾の後ろにあった。
「これで15-40……ですよね。乾先輩」
「そ、そうだな」
「それじゃもう一丁いきます!」
再び大地がラケットを隠すように乾に背を向け、空を飛ぶ。
「(ラケットを見てからじゃ遅い! ベースラインで待ち構えるしかない!)」
そして乾がベースラインまで下がる。しかしボールは乾の視界から消えていた。
「(ば、馬鹿な! ボールが消えるなんてそんなことがあるのか!?)」
乾は取り乱し、ボールを探す。するとボールがバウンドし金網に引っかかる音が響いた。
「……今のはサーブはミスか古賀?」
「あれ? 乾先輩見逃していたんですか? 入ってましたよアレ」
「何っ!?」
乾が慌ててラインを調べると確かにボールの跡が新しく刻まれ、大地のサーブが入っていたことを証明していた。
「(信じられん……俺が見逃すとは)」
「さあこれでようやく追い詰めましたよ。乾先輩」
「くっ……ならばそのサーブのデータをとるまで!」
乾がラケットを構え、大地の腰や上半身の捻りを見る。これまで乾は大地の腕を見てサーブのコースを予想していた。それは正しくサーブのコースを決めるのは腕の動きによって決まる。しかし今回はそれが出来ない。大地のラケットの動きは大地の身体によって見れなくなっているからだ。
「(ここだ!)」
乾がそれを見切り、センターへと移動するその場所には乾の望むボールが真っ直ぐにきた。
「よし捕らえ……っ!?」
乾がラケットを振るうもボールはそこにはなく、ラケットを空振る。そして肝心のボールは右端の方にあった。
「理屈じゃない!」
乾がそう叫び、唖然とするその姿はまさしく追い詰められた者の顔だった。
「乾先輩、これでデュースですね」
「……そのようだな」
「ほーう、どうやらあのサーブを自力で覚えたみたいだな。大地」
大地や乾とは別の男性の声がコートに響く。
「伯父さん、どうしてここに?」
その男の正体は大地の伯父の大志だった。
「ん? まあ暇潰しって奴だよ。それよりもポイントはどうなっている?」
「俺が5-4で今デュースに入ったところです」
「ふーん。ってことはあと2ポイントか。それじゃ最後に審判やらせてもらうぜ」
大志がテニスコートに無理やり入り審判席につく。
「さあレシーバ、とっとと構えろ」
「あっ、はい」
それまで呆然としていた乾が乾いた返事をしてラケットを構える。
「プレイっ!」
そして古賀大志を審判にして再びテニスが再開された。
「(ふーん、こうしてみてみると結構改良出来る余地が残ってやがるな。遠目で見たときは俺そっくりだったが近くで見てみると俺とは別のサーブだ)」
大志は大地のサーブを見て、現役の頃のサーブを見比べ改良の余地があることを見極める。そしてまたもやサーブが入りノータッチエースを五連続で決めた。
「アドバンテージ、大地!」
ついに大地はマッチポイントまで追い詰めた。
「(中坊共にあのサーブは取れねえよ。アレを取れたのは高校生でも全国クラスの連中だけだ)」
そして古賀の言うとおり乾はそのサーブに触れることなく試合が終わった。
「ゲームセット! 6-4、大地!」
~~
「流石だな古賀。今度はそうはいかないぞ。あのサーブを徹底的に研究して俺が勝ってやる」
「こっちだって負けませんよ。あのサーブがあったとはいえ課題はまだまだありますから」
二人が握手すると大志は満足げにそれを見届け、その場から黙って立ち去った。
「じゃあ、掃除して」
「こらー! 何をやっとるんじゃ!」
大地がそう告げた瞬間、それまでの空気をぶち壊すような竜崎顧問の声が響いた。
「「あ……」」
「まったくこんなに散らかしてお前達にはテニス部員としての云々かんぬん……」
竜崎顧問の説教が始まり、うんざりしながら二人の思いは一つになった
「「(逃げたな……あの人)」」
シンクロレベルで二人の意見が一致し、竜崎顧問の説教を延々と聞かされるはめになった。