ストライク・ザ・ブラッド おバカな第四真祖   作:京勇樹

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監視役の少女

「ありがとうございましたー」

 

明久はそう言うと、職員室から退室した

 

明久は補習が終わると、妹の凪沙の担任の笹崎先生が来ているか訪ねたのだ

 

だが、笹崎先生は休暇らしく居なかった

 

さすがに、他の先生に雪菜の財布を預ける気にはならずに退室したのだ

 

「さて、どうしようかな……」

 

明久が首を傾げていると

 

「こんな所で、なにしてるんですか?」

 

という、明久の探している少女の声が聞こえた

 

背後に振り向くと、そこに居たのはまさしく、姫柊雪菜だった

 

「あ、キミは……」

 

明久が雪菜に気づくと、雪菜も明久の持っている財布に気付いた

 

「それ、私の財布ですよね? 返してもらっていいですか?」

 

「あー……」

 

雪菜の言葉を聞いて、明久が唸っていると

 

クー……という、腹の鳴る音が聞こえた

 

「ん? もしかして、キミ? あ、もしかして、財布を落としたから、ご飯が食べられなかったの?」

 

と明久が問い掛けると、雪菜は顔を真っ赤にしながら

 

「……それが、最後の言葉でいいですか?」

 

と手を震わせながら、背中のギターケースに持っていった

 

「あ、その槍は勘弁して!?」

 

明久はそう言って雪菜を宥めると、持っている財布を見てから歩み寄って

 

「はい、もう落としたらダメだよ?」

 

と手渡した

 

「え? え?」

 

雪菜が呆然と財布と明久を交互に見ていると、明久は笑みを浮かべて

 

「ご飯一回奢るくらいなら、財布を拾った人にお礼する義務はあるよね?」

 

と言った

 

明久の言葉を聞いて、雪菜は呆然と固まった

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

数十分後、明久と雪菜は某ファーストフード店に来ていた

 

そして、二人は注文した品を受け取ると席に座って食べ始めた

 

「だけど、キミみたいな子が……僕になんの用?」

 

「なんの用とは?」

 

明久の言葉に雪菜が首を傾げると、明久は口の中の物を飲み込んでから

 

「だって昨日、僕を尾行してたでしょ?」

 

と問い掛けた

 

すると、雪菜は驚愕したように目を見開いて

 

「気づいてたんですか!?」

 

と声を上げた

 

「いや、あれで気付かないほうがおかしいからね?」

 

雪菜の言葉を聞いて、明久は思わず突っ込んでいた

 

すると、雪菜は顎に手を当てて

 

「流石は、第四真祖……高い洞察力……」

 

と呟いた

 

それを聞いた明久は、心中で

 

(いや、キミの尾行が下手だったんだけど……)

 

と思った

 

そして、明久は再び

 

「それで、僕を尾行してたのはなんで?」

 

と問い掛けた

 

すると、雪菜は観念したのか

 

「私が尾行していた理由は……先輩の監視の為です」

 

と呟くように語った

 

「監視? なんでさ?」

 

「え? 先輩……気づいてないんですか?」

 

明久の言葉を聞いて、雪菜は驚いた様子で明久に視線を向けた

 

「いや、気付くもなにも……そもそも、監視ってどこからの依頼なの?」

 

と明久が問い掛けると、雪菜は姿勢を正して

 

「私に先輩の監視を命じたのは……獅子王機関です」

 

「獅子王機関? なにそれ?」

 

雪菜の告げた名前を聞いて、明久が首を傾げると雪菜が驚いた様子で

 

「獅子王機関を知らないんですか!?」

 

と明久に迫った

 

「うん……知らない」

 

明久がそう断言すると、雪菜は深々と溜め息を吐いて

 

「獅子王機関というのは、政府の特務機関です。霊的災害や魔導災害。魔導テロを阻止するための、情報収集や謀略工作を行う機関です。元々は平安時代に宮中を怨霊や妖から護っていた滝口武者が源流(ルーツ)なので、今の日本政府よりも古い組織なんですけど」

 

「なるほど……要するに、公安警察みたいな組織なんだね……」

 

雪菜の説明を聞いて、明久は納得するも、すぐに首を捻った

 

「あれ……? 魔導テロや魔導災害を防ぐ機関が僕を監視って……なんで?」

 

明久が首を傾げていると、雪菜は再び深々と溜め息を吐いて

 

「つまり先輩は、その存在自体が魔導災害や魔導テロと同義なんですよ……本当に知らなかったんですね」

 

と言った

 

「なんでさ……僕は第一から第三真祖みたいに軍隊も持ってないし、夜の帝国(ドミニオン)なんて無いのにさ」

 

と明久が額に手を当てながら言うと、雪菜が冷たく攻撃的な眼差しで明久を見ながら

 

「そうですね……わたしも、それを聞きたいと思ってました。先輩は、絃神島(ここ)でなにをするつもりなんですか?」

 

と、問い掛けた

 

「なにをするって……どういうこと?」

 

「昨日、先輩の妹さんに会って話を聞きました」

 

雪菜のその言葉を聞いて、明久は僅かに顔をしかめた

 

昨日の夜、妹の凪沙が雪菜に対して明久の恥ずかしい過去の話を洗いざらい喋ったということを思い出したのだ

 

こういう時は、妹のお喋りを恨めしく思う

 

「あなたは、自分が吸血鬼であることを妹さんにも隠してますよね」

 

「まあ、そうだけど……」

 

確かに、明久は凪沙にも自分が第四真祖だということを話していない

 

それは、とある理由からだが、雪菜は知らない

 

「家族にも正体を隠して魔族特区に潜伏しているのは、何か目的があるんじゃないですか? 例えば、絃神島を陰から支配して、登録魔族たちを自分の軍勢に加えようとしているとか。あるいは、自分の快楽のために彼らを虐殺しようとか……なんて恐ろしい!」

 

雪菜が自分で語って怖がっていると、明久が手を振りながら

 

「待って待って……雪菜ちゃん、何か誤解してないかな?」

 

「誤解?」

 

明久の言葉を聞いて、雪菜は首を傾げた

 

「潜伏するもなにも、僕は吸血鬼になる前から、ここに住んでるんだよ?」

 

明久の説明を聞いて、雪菜は眉をひそめた

 

「……吸血鬼になる前から……ですか?」

 

「うん。記録でも何でも、好きに調べてよ。僕がこんな体質になったのは今年の春からだし、この島に引っ越してきたのは中学の時だから、もう四年近く前だよ」

 

明久は苦々しげに表情を歪めながら、そう説明した

 

そう

 

明久は生まれながらの吸血鬼ではない

 

約3ヶ月程前まで、明久は普通の人間だった

 

だが、今年の春先

 

ある事件に巻き込まれて、明久の運命は大きく変わった

 

明久はその事件の最中に第四真祖と名乗る人物に出会って、その能力と命を奪ったのだ

 

だが、雪菜は信じられないといった様子で首を振り

 

「そんなはずありません。第四真祖が人間だったなんて……」

 

「そんなこと言われてもね……事実、そうなんだけど」

 

と明久が頬を掻いていると、雪菜は明久を睨みつけながら

 

「普通の人間が、途中で吸血鬼に変わることなどあり得ません。たとえ吸血鬼に血を吸われて感染したとしても、それは単なる《血の従者》……疑似吸血鬼です」

 

と語った

 

「うん。そうらしいね」

 

雪菜の説明を聞いて、明久が肯定で頷くと雪菜は怒った様子で

 

「だったら、どうしてそんなすぐバレる嘘をつくんですか?」

 

と問い詰めた

 

「別に嘘をついてるわけじゃないんだけど……」

 

明久は疲れたように、溜め息を吐いた

 

明久としては、細かい説明とかをするのが苦手なのだ

 

雪菜は出来の悪い生徒を相手にする家庭教師のように、口調を改めて

 

「あのですね、先輩。真祖というのは、今は亡き神々に不死の呪いを受けた、もっとも旧き原初の吸血鬼のことですよ?」

 

と説明を始めた

 

「それくらいは、僕だって知ってるよ……」

 

明久は呟くように言うが、雪菜は気にしてない様子で

 

「普通の人間が真祖になるためには、失われた神々の秘呪で自ら不死者になるしかないんです。先輩にそんなことが出来るとでも?」

 

雪菜からの問い掛けに、明久は肩をすくめながら

 

「流石に、神の知り合いは居ないなぁ……魔女や化け物みたいな知り合いは居るけど」

 

と言った

 

すると、雪菜はジト目で明久を見ながら

 

「先輩が化け物って言うのはどうかと……」

 

と言うと、一回咳払いしてから

 

「だったらどうやって、吸血鬼になったというんですか? 真祖になる手段なんて、あとはもう……」

 

とそこまで言って、雪菜は僅かに顔を青ざめた

 

神々の呪いを受ける以外に、人間が真祖になる方法はたった一つだけ存在し、雪菜はその方法を思い出したのだ

 

「先輩……まさか、あなたは……真祖を喰らって、その能力を取り込んだとでも……!? だけど、そんなことが……」

 

雪菜の顔に浮かんだのは、明久に対する畏怖の感情だった

 

自ら真祖になることは出来ずとも、真祖の力を手に入れる方法が一つだけ存在する

 

それが、真祖を喰らい、その能力と呪いを自ら内部に取り込むことなのだ

 

だが、もちろんのことだが魔力の劣る人物が、神々に近い力を持つ真祖を取り込むなど出来るはずがない

 

下手に真祖に手出しすれば、逆に自身の存在を取り込まれて消滅するのみである

 

だが、現実に吉井明久は、第四真祖の力を手にしたと言った

 

「真祖を喰ったって……人をそんな悪食みたいに言わないでくれるかな?」

 

明久は嫌そうな顔をしながら、コーヒーを飲んだ

 

「だったら、他にどうやって真祖の力を手に入れたと言うんですか?」

 

雪菜が問い質すと、明久は肩をすくめて

 

「悪いんだけど、詳しいことは説明出来ないんだ……僕はただ、この厄介な体質を……押し付けられただけだからね」

 

「押し付けられた……?」

 

明久の説明を聞いて、雪菜は驚いた様子で目を丸くした

 

「先輩は、自分の意志で吸血鬼になったわけではないんですか?」

 

「誰が好き好んで、自分から吸血鬼になるのさ」

 

明久は疲れた様子で、投げやり気味にそう言った

 

「それで、誰に押し付けられたんですか?」

 

「第四真祖に決まってるでしょ? 先代の」

 

「先代の第四真祖……!?」

 

雪菜は愕然と息を呑むと

 

「まさか、本物の焔光の夜伯(カレイドブラッド)のことですか!? 先輩は、あの方の能力を受け継いだとでも? どうして、第四真祖が先輩を後継者に選ぶんですか? そもそも、なぜあの焔光の夜伯なんかに遭遇したりしたんですか?」

 

「いや、それは……グッ!?」

 

雪菜の矢継ぎ早の問い掛けに、明久が答えようとした瞬間、明久は歯を食いしばって頭を抱えた

 

飲みかけだったコーヒーのカップが倒れて、薄まっていたコーヒーが零れた

 

明久はそれを気にした様子もなく、そのままソファに倒れ込んだ

 

噛み締めている唇から、苦悶の声が漏れた

 

明久の失われた記憶が、まるで呪いのように全身を苛んだ

 

「せ、先輩……? どうしたんですか?」

 

雪菜が恐々と呼びかけると、明久は弱々しく笑みを浮かべながら

 

「ごめんね、雪菜ちゃん……今、その話は勘弁してね……」

 

と断った

 

「……え?」

 

「僕には、その日の記憶が無いんだ……無理に思い出そうとすると、この様だしね……」

 

雪菜が戸惑っていると、明久は弱々しく説明した

 

「そう……なんですか? わかりました……それじゃあ、仕方ないですね」

 

明久が体を起こすのを手伝いながら、雪菜は安堵した表情を浮かべた

 

どうやら、記憶が無いという明久の言葉を信じたようだ

 

基本的に素直な性格なのだろう

 

明久は拍子抜けしながら

 

「……信じてくれるの?」

 

「はい。先輩が嘘をついてるかそうでないか位は、だいたいわかりますから」

 

雪菜が当然という様子で言うと、明久は苦い表情を浮かべた

 

明久としては、遠回しに単純と言われている気になった

 

「こっちを向いてください。ズボン、拭きますから」

 

「あ、そのくらいは自分でやるよ」

 

雪菜がタオルを取り出しながらそう言うと、明久は手を左右に振った

 

だが、雪菜は構わず身を寄せて

 

「染みになっちゃいますから、早く」

 

と拭き始めた

 

雪菜の細い指がタオル越しに明久の太ももに触れて、しかも体勢的に明久から雪菜の白いうなじが見えた

 

雪菜は明久の視線に気付かず

 

「わたし、獅子王機関から先輩のことを監視するように命令されてたんですけど……それから、先輩が危険な存在なら抹殺するようにとも」

 

「ま……抹殺?」

 

雪菜が予想外の言葉を告げたので、明久は固まった

 

だが、雪菜は穏やかな口調で

 

「その理由がわかったような気がします。先輩は少し自覚が足りません。とても危うい感じがします」

 

「いや、雪菜ちゃんも危なっかしい感じだよね?」

 

雪菜の言葉を聞いて、明久は思わず突っ込んでいた

 

「とにかく、今日から先輩のことはわたしが監視しますから、くれぐれも変なことはしないでくださいね。まだ先輩のことを全面的に信用したわけではないですから」

 

「監視かぁ……まあ、いっか」

 

明久は一旦納得すると、少し不安になって雪菜に視線を向けて

 

「雪菜ちゃん……凪沙には僕のことは……」

 

と口ごもると、雪菜は少し悪戯っぽい笑顔で頷いた

 

彼女にしては珍しく、年相応の幼い笑顔だった

 

「はい、わかってます。先輩が吸血鬼だってことは内緒にしておきます。ですから、わたしのことも」

 

「わかってるよ。普通の転校生ってことにしとけばいいんでしょ?」

 

明久がそう言うと、雪菜は

 

「ありがとうございます」

 

と笑顔で頷いた

 

どちらにしろ、雪菜のような幼い少女が特務機関の監視役と言っても誰も信じらんないだろう

 

と明久は思った

 

「それで、先輩はこの後はどうするつもりなんですか?」

 

「え? 図書館に行って、大量の夏休みの課題をやるつもりだけど……雪菜ちゃんは付いて来るの?」

 

「はい、監視役ですから」

 

明久の言葉に、雪菜は両手を強く握りながら答えた

 

「もしかして、この先ずっと?」

 

「もちろん、監視役ですから」

 

雪菜はそう言うと、明久のと自分のトレーを重ねて返却口に返してからギターケースを背負った

 

「ま……いっか」

 

明久はそう呟くと、雪菜と一緒に歩き出した

 

余談ではあるが、図書館で雪菜のほうが頭が良いと知り、明久はもう少し勉強も頑張ろうと思ったのだった

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

絃神島を構成している、人工島のアイランド・ウエスト

 

この地区は眠らない地区である

 

魔族との交流を行う絃神島では、魔族用に明け方近くまで経営している店が多い

 

このアイランド・ウエストは商業施設が集中しているので、それは顕著である

 

ある意味、眩いこのネオンこそが、人と魔族が平和に暮らしている証なのかもしれない

 

だが、どれほど平和に見えようが、闇というのは完全には無くならない

 

その証拠に、アイランド・ウエストの外れで……

 

「行きますよ、アスタルテ……我等の至宝を取り戻すために……」

 

命令受諾(アクセプト)……」

 

片眼鏡を付けた大きな体格の男が身を翻しながらそう言うと、まるで人形のような美貌の少女は呟くように返事をした

 

その二人が離れた場所には血だまりが出来ていて、二人の魔族の男が倒れていた

 

その二人はよく見れば、過日に雪菜をナンパした男達だった

 

「このような退廃した都……許せる道理はない……っ」

 

男はそう言うと、逆ピラミッド型の建物を睨みつけた


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