「ガルドシュは、その黒死皇派の生き残りだ。正確に言えば、黒死皇派の残党達が、新たな指導者としてガルドシュを雇ったんだ。テロリストとして圧倒的な実績を持つ彼をね」
「ちょっと待って。あんたがこの島に来た理由に、そのガルドシュって男が関係してるの?」
ヴァトラーの言葉を聞いて、明久は嫌な予感を覚えて問い掛けた
すると、ヴァトラーは感心した様子で頷いて
「察しがよくて助かるよ、明久。その通りだ。ガルドシュが、黒死皇派の部下達を連れて、この島に潜入したという情報があった」
と答えた
「……なんで、ヨーロッパの過激派が、わざわざこんな島に来るの?」
「さあね……まったく、なにを考えてるんだか」
明久の問い掛けに対して、ヴァトラーは興味ないとばかりにとぼけた態度で肩をすくめた
そんな態度に明久がイライラとしていると、明久の近くまで来た紗矢華が事務的な口調で
「黒死皇派は、差別的な獣人優位主義者達の集団よ。彼らの目的は、聖域条約の完全破棄と、戦王領域の支配権を第一真祖から奪うこと……」
と教えた
しかも、紗矢華は蔑むような視線を向けてきたので、明久は睨むような表情で
「だったら、ますますこの島は関係無いんじゃないの?」
「いえ、先輩。違います」
明久の反論の言葉を、雪菜が即座に否定した
「この島は魔族特区……聖域条約によって成立してる街だ。彼らが、この街で事件を起こすことには意義があるのサ。黒死皇派の健在を印象づけるという程度の自己満足だけどねェ」
「なっ……そんな勝手な理屈で……」
明久はそう言いながら、拳を握りしめた
「とはいえ、魔族特区があるのは日本だけじゃない。彼らがこの島に来たことには、他にもなにか理由があると考えるのが妥当だろうねェ」
「なにかって……なにさ?」
「そんなことは知らないよ」
明久の問い掛けに対して、ヴァトラーはぞんざいに首を振った
そして、奇妙に浮き立ったような声で
「考えられるとすれば、そうだな……真祖を倒す手段を手に入れるため、というのはどうかなァ。なにしろ彼らの最終目的は第一真祖を殺すことだからねェ」
ヴァトラーの話しを聞いて、明久は呆れた表情で
「あんたはそれでいいの……?」
と問い掛けた
真祖とは、最も古く、そして最も強大な力を持っている吸血鬼だ
その真祖を倒せる手段を手に入れる、ということは、他の全てのの吸血鬼にとっても黒死皇派の存在が驚異になる
ということを意味している
危険なのは、ヴァトラーも同じ筈なのだが……
「別に構わないよ……と、あの
まるで他人事のように両腕を広げ、ヴァトラーは意味あり気な含み笑いを浮かべた
そんなヴァトラーを、雪菜は生真面目な表情で睨みつけ
「クリストフ・ガルドシュを、暗殺なさるつもりなのですか?」
と問い掛けた
すると、ヴァトラーは肩をすくめて
「まさか。そんな面倒なことはしないよ。そもそもボクの眷獣たちは、そういう細かい作業に向いてないんだ。街ごと焼き払うとか、そういうのは得意なんだけどねェ」
雪菜の問い掛けに対して、ヴァトラーはのらりくらりと答えをはぐらかした
そして、ヴァトラーの言葉を聞いて
「自慢することじゃないでしょ……」
と明久は呟いてから、胸をなで下ろした
だが
「でもサ、もし仮にガルドシュのほうからボクを殺そうと仕掛けてきたら、応戦しないわけにはいかないよねェ。自衛権の行使ってやつだよ。そうだろ?」
油断した明久を嘲笑うように、ヴァトラーはそう言いながら同意を求めてきた
この段階になり、明久はようやくヴァトラーの目的を察した
ヴァトラーは、黒死皇派と呼ばれている過激派グループの指導者を殺している
つまりは、黒死皇派にとっては指導者の仇である
黒死皇派の残党達は、ヴァトラーに復讐する機会を待ちわびているだろう
もしも、ガルドシュが本当に真祖を殺す方法を入手したのなら、黒死皇派は真っ先にヴァトラーを狙うはずだ
それこそが、ヴァトラーの狙いなのだ
「あんたがこの島に来たのは、テロリストを挑発して誘き出すのが、本当の目的か……こんな目立つ船で来たのも……」
明久が睨み付けて問いかけると、ヴァトラーは肩をすくめて
「いやいや……それはどちらかと言えば、愛しい君に会うのが目的なんだが」
と答えて、明久に近づいてきたが、明久はジリジリと後退して
「ふざけてる場所じゃないでしょ。戦争がしたいなら、自分の
明久がそう言うと、ヴァトラーは再び肩をすくめて
「もちろんボクはそう願ってるよ。この都市の攻魔官たちがガルドシュを捕まえてくれれば、文句はない。手間が省けていいよねェ。彼らがガルドシュを捕らえられるなら、の話だけどサ」
ヴァトラーはそう言うと、ゾッとするような冷たい笑みを浮かべて
「だが、ボクが従えている九体の眷獣……こいつらは宿主であるボクの身に危険が迫ったら、何をしでかすかわからない。この島を沈めるくらいのことは平気でやるヨ。だから、君には最初に謝っておこうと思ったのサ」
「なっ……」
ヴァトラーの話を聞いて、明久は絶句した
ヴァトラーは、彼の命を狙うたった数十人のテロリストを殺すためだけに、島を沈める気なのだ
それを、明久の前で平然と宣言した
それはつまり、明久が止めようとしても無駄だという、ヴァトラーの意思表示だ
もしも邪魔をするのならば、明久すら倒すと
それが、軽薄そうな青年貴族たるヴァトラーの言葉に隠されている、ヴァトラーの本心だった
腹が立たない訳ではない
だが、事実上、明久にはヴァトラーを止める術がないのだ
実力で止めようとしたら、この島に甚大な被害が出るからだ
ヴァトラーが正当防衛を主張する限り、雪菜達獅子王機関も手出し出来ない
正式な外交使節であるヴァトラーを、テロリストに狙われているという理由だけで、島から追い出すのも不可能なのだ
事実上の八方塞がりの状況に、明久の思考が空回りを始めた
その時、雪菜が一歩前に出て
「せっかくですが、そのようなお気遣いは無用でしょう、アルデアル公」
と冷たく澄んだ声で、そう告げた
「ゆ、雪菜ちゃーん?」
明久が不安そうに呼びかけるが、雪菜は明久には目もくれなかった
そして雪菜の言葉を聞いて、ヴァトラーは訝しむような表情を浮かべて
「……どういうことかな? まさか明久が、ボクの代わりにガルドシュを始末してくれるとでも? だけど、第四真祖のやつよりは、まだボクの眷獣たちのほうが大人しいと思うけどね」
と言った
すると、雪菜は静かな決意がこもった表情で頷き
「そうですね……ですから、わたしが第四真祖の代わりに、黒死皇派の残党を確保します」
「雪菜!?」
雪菜の言葉を聞いて、紗矢華は悲鳴を上げた
有能ぶっている彼女ですら、雪菜のこととなるとそんな余裕は無くなるらしい
しかし、それは明久にとっても同じだった
「なんでそうなるのさ!? 代わりにもなにも、僕はガルドシュって奴の相手をする気なんて……!」
「先輩たちは黙っていてください。監視役として当然の判断です。第四真祖をテロリストと接触させるわけにはいきますんから。相手が真祖を殺そうとしているのなら、なおさらです」
明久が止めようとするが、雪菜は即座に抑揚のない声で断った
傍目には冷静のように見えるものの、これは半ば意地になっている時の雪菜の特徴だ
生真面目な性格のために、一度思い込んだら頑固だ
「ふゥん……なるほど。面白い……さすがにボクの恋敵になろうというだけのことはあるな」
「え? いえ、べつにそういうわけでは……」
ヴァトラーの話を聞いて、雪菜は強張っていた表情を緩めて戸惑い始めた
そんな雪菜を見て、明久は
(え、戸惑うとこって、そこ?)
と疑問に思った
だがそんな雪菜を見て、ヴァトラーは愉快そうに、しかし、どこか酷薄そうな微笑みを浮かべて
「ならば、まずは獅子王機関の剣巫の実力、見せてもらおうか。明久の伴侶にふさわしいか、見極めさせてもらうよ」
と宣言した
それを聞いて明久が、勝手に決めないでくれるかな!?
と突っ込んだが、キッパリと無視された
そして気付いたら、紗矢華は軽い放心状態で絶句したまま固まっていた
どうやら、雪菜に黙ってろ。と言われたのが相当にショックだったらしい
そして、雪菜とヴァトラーの二人はそんな明久と紗矢華を無視
雪菜は挑発的な笑みを浮かべていたヴァトラーに対して、無言で頷いた
こうして、深夜にまで及んだ会談は幕を下ろしたのだった