ストライク・ザ・ブラッド おバカな第四真祖   作:京勇樹

19 / 182
騒がしい出会い

「オシアナス・グレイブ……洋上の墓場? 趣味悪くない?」

 

と言ったのは、港に来て、目的の船の名前を見た明久である

 

あれから数時間後、復活を果たした明久は送られてきたスーツに着替えると、指定された港へと来た

 

そこに停泊していたのは、全長二百mは有ろうかという、メガヨットだった

 

世界大戦時の駆逐艦に匹敵するサイズで、豪華絢爛な装飾が施されている

 

居住性はもちろん、船内には二十人近くが一気に入浴出来るサイズの湯船が有るらしい

 

その事は、招待状と共に送られてきたパンフレットに書いてあった

 

明久はそんな船を見上げながら、心中で

 

(お金の無駄遣いだなぁ……)

 

と呟いた

 

その時、隣から

 

「せ、先輩……どこか可笑しい所はないですか?」

 

という、恥ずかしそうな声が聞こえた

 

明久が隣に視線を向けると、そこにはドレスを着た雪菜が居た

 

ただし、ドレスを着慣れていないからか、どこか恥ずかしそうにモジモジとしている

 

そんな雪菜を見て、明久は微笑みながら

 

「大丈夫、よく似合ってるよ。雪菜ちゃん」

 

明久はそう言いながら、雪菜の頭を撫でた

 

正直言うと、明久もスーツは初めて着たのでかなり違和感を感じている

 

だが、男としてのプライド故か、雪菜には悟らせまいと必死に表情に出ないように努力している

 

そして、タラップ入り口に立っていた少年に招待状を見せて中に明久達は入った

 

はっきり言って、中の豪華さは、明久の予想以上だった

 

それに思わず、明久は

 

「凄い場違いだなぁ……」

 

と呟いた

 

なにせ廊下ですら、赤い絨毯が敷き詰められており、調度品は素人の明久ですら一級品と分かる代物だった

 

そして、案内板に従ってホールに着いたのだが、明久と雪菜は思わず足を止めた

 

なにせ、そこには既に、何十人もの男女が集まっていて、シャンパンを飲みながら談笑していたのだ

 

もちろんだが、明久は初めての場所である

 

そんな場所の雰囲気に呑まれたのか、明久は足を止めた

 

すると、雪菜が明久の背中を軽く叩きながら

 

「先輩、早く行きましょう」

 

と言った

 

それで我に返り、明久は軽く深呼吸してから

 

「よし……行こう」

 

と言うと、堂々と歩き出した

 

そして、ホールの半ばまで来ると、一人のウェイターが近寄ってきて

 

「飲み物は如何ですか?」

 

と明久達に対して、シャンパンを乗せたトレイを差し出した

 

だが、明久は右手を上げて

 

「すいません。先を急ぐので」

 

と断りながら、ウェイターの顔を見た

 

ウェイターは壮年に差し掛かっており、頬には大きな裂傷の跡が有った

 

更には、そのウェイターの身の内から、凄まじいプレッシャーを明久は感じた

 

(凄いプレッシャーだ……護衛かな?)

 

明久のその判断は、おおよそ正しいだろう

 

なにせ、明久を呼び出した相手は、戦王領域の大貴族らしい

 

護衛役がウェイターをやっていても、なんら不思議ではない

 

「失礼しました」

 

明久の言葉を聞いて、ウェイターは一礼してから去った

 

それを確認すると、明久は隣に居る雪菜に視線を向けて

 

「雪菜ちゃん。相手……えっと、ディミトリエ・ヴァトラーの居場所は分かる?」

 

と問い掛けた

 

すると、雪菜は頷いてから

 

「この上のフロアみたいですね……あの階段から行けるかと」

 

と言いながら、前の大きな階段を指差した

 

そして階段に歩み寄り、足を上げた直後

 

明久は上半身を僅かに逸らし、横合いから突き出されたフォークを右手の人差し指、中指、親指で止めた

 

そして、フォークを突き出した人物を軽く睨み付けながら

 

「どういうつもり? 今の、回避してなかったら、目に刺さってたよ?」

 

と問い掛けた

 

「刺そうとしたのよ。第四真祖、吉井明久」

 

明久の問い掛けにそう答えたのは、明久と同じ位の身長の美少女だった

 

雪菜もかなりの美少女だが、目の前の美少女は方向性が違った

 

雪菜が人形のような印象の美少女ならば、目の前の美少女はモデルのような印象だった

 

出る所は出て、引っ込むべき所は引っ込んでいた

 

美少女の言葉に対して、明久が再び問い掛けようとした

 

その時、明久の隣に居た雪菜が驚いた様子で

 

「紗矢華さん!」

 

とその美少女の名前を呼んだ

 

その直後、明久ですら反応しきれない速度で雪菜に抱き付いて

 

「雪菜! 久しぶり、元気だった!?」

 

と雪菜に問い掛けた

 

「は、はい……」

 

問い掛けられた雪菜は、居るとは思ってなかったらしく、かなり戸惑っていた

 

「ああ、雪菜、雪菜、雪菜っ……! 私が居ない間に、第四真祖なんかの監視任務を押しつけられて、可哀想に! 獅子王機関執行部も、私の雪菜になんてむごい仕打ちをするのかしら!」

 

「あ、あの……紗矢華さん……!?」

 

明久が固まっている内に、美少女

 

紗矢華は雪菜を撫でまわした

 

「でも、もう大丈夫よ。この変質者があなたに指一本触れようとしたら、私が即座に抹殺するわ。生命活動的な意味でも社会的な意味でも……」

 

「ちょっ……さ、紗矢華さん……! さすがにそれは……やっ!」

 

目の前で暴走してる紗矢華を見て、明久は溜め息混じりに

 

「まさか、あの時の狙撃は君なの? 距離四百五十での狙撃」

 

と問い掛けた

 

すると、どこか感心した様子で紗矢華が

 

「へぇ……よく分かったわね」

 

と言った

 

すると、明久は軽く睨みながら

 

「あの位置を狙える箇所は、大体10箇所有るけど……あの角度からだと、距離四百五十離れた15階建てのビルの屋上が適してる」

 

と指摘した

 

明久の話しを聞いて、紗矢華は笑みを浮かべて

 

「へえ……ただの変態真祖って訳じゃないみたいね」

 

と言った

 

この言葉には、流石の明久も頭に来た

 

「誰が変態だ。君もいきなり出てきて、何の用?」

 

明久が睨み付けながら問い掛けるが、紗矢華は小馬鹿にしたように鼻で笑って

 

「あんたに教える訳ないでしょ」

 

と言った

 

明久は紗矢華から雪菜に視線を移して、雪菜に対して

 

「知り合いみたいだけど、前に言ってたルームメイト?」

 

と問い掛けた

 

「……はい」

 

明久の問い掛けに対して、雪菜は申し訳なさそうに頷いた

 

煌坂紗矢華(きらさかさやか)。獅子王機関の舞威姫よ。バカ明久」

 

「OK……いい加減にしないと、僕だってキレるぞ、コラ?」

 

声を低くして魔力を滲ませながら言うと、紗矢華は眉を細めた

 

「へえ……」

 

と面白い、といった様子だった

 

「ところで、舞威姫ってなに? 剣巫とは違うの?」

 

明久が問い掛けると、雪菜は頷いて

 

「どちらも同じ攻魔師ですが、収めてる業が違うんです」

 

「どんな?」

 

明久が再び問い掛けると、紗矢華が得意げに

 

「舞威姫の真髄は呪詛と暗殺。つまり、あなたのような雪菜に付きまとう変態を抹殺するのが、私の使命よ」

 

と言い放った

 

それを聞いて、明久はどこか疲れた様子で

 

「ねぇ、雪菜ちゃん……この子って、アホの子?」

 

と小声で、雪菜に問い掛けると、雪菜は苦い表情を浮かべた

 

だが、気を持ち直したらしく

 

「でも、どうして紗矢華さんが? 外事課で多国籍魔導犯罪を担当していた筈ですよね?」

 

と紗矢華に問い掛けた

 

すると、紗矢華は

 

「今もそうよ。この島には、任務で来たの」

 

と優しげな口調で、雪菜に答えた

 

「任務?」

 

雪菜が目を細めながら問い掛けると、紗矢華は投げやりに

 

「あなたと同じよ、雪菜。吸血鬼の監視役。アルデアル公が絃神市の住民を危険に晒さないよう、監視するのが私の任務。今は彼に依頼されて、あなた達の案内に来たのよ」

 

と説明した

 

その説明を聞いて、明久は事態を把握した

 

雪菜が明久の監視役として来たように、紗矢華はヴァトラーの監視役を命じられて、この船に乗り込んでいるのだ

 

もし、そのヴァトラーが島にとって危険な存在になった場合、即座に抹殺するために

 

「もう疲れたから、早く案内して」

 

明久が疲れた様子で言うと、紗矢華は明久を汚らわしい物を見るようにしながら

 

「言われなくても、連れて行ってあげるわよ。だから、さっさと死んできてちょうだい」

 

と言った

 

「僕は死ねないからね」

 

明久はそう言うと、紗矢華に続いて階段を上がっていった

 

どうやら、先ほどまでの会話から察するに、紗矢華は雪菜に姉妹同然の深い愛情を持っているようだ

 

そんな紗矢華からしたら、明久は雪菜を横から奪った邪悪な吸血鬼らしい

 

これで、もし明久が雪菜の血を吸ったのが知れたら、かなり面倒な事態になる

 

来る途中に雪菜が、明久が狙われるかも。と言った気持ちが分かった

 

だが、今の明久にとって、紗矢華は大した危険ではなかった

 

明久中に流れている吸血鬼の血が、激しく騒いでいる

 

とてつもなく強い力を持った吸血鬼が、近づいてきているようだ

 

相手の正体も、明久を招待した目的も、明久は分からない

 

三大真祖は休戦協定を結んでいるらしいが、それに明久が適用されるとは思っていない

 

交渉の内容によっては、この船の上で戦闘に発展する可能性が高い

 

明久は確かに第四真祖と呼ばれているが、実際はほとんど素人に近い

 

対して相手は、戦王領域の真祖の系譜に連なる貴族

 

勝てる見込みは無いに等しい

 

改めて緊張していると、大きなドアが見えて

 

「この先よ」

 

と言いながら、紗矢華がドアを開けた

 

どうやら、ヴァトラーは外の甲板に居るようだ

 

紗矢華の先導に従って、明久と雪菜も外に出た

 

外に居たのは、純白のスーツを着た青年だった

 

線が細い為に、外見的な威圧感は無い

 

だが、その身から滲み出る魔力は凄まじい

 

明久達が来たのに気づいたらしく、その青年は振り向いた

 

金髪が揺れて、青い瞳が明久を見た

 

次の瞬間、明久に向かって純白の閃光が走った

 

「先輩っ!」

 

一番先に反応したのは、素早く槍をギターケースから引き抜いた雪菜だった

 

雪菜が槍を構えながら明久の前に出ようとすると、僅かに遅れて紗矢華も背中に背負っていた楽器ケースに手を伸ばしながら動いていた

 

だが、二人でも間に合わない

 

青年が放った閃光の正体は、光り輝いている炎の蛇だ

 

灼熱の炎によって構成された、吸血鬼の眷獣

 

流星の如き速度で迫ってきた蛇に対して、明久はギリギリで反応した

 

明久は左手中指を伸ばし、縛っておいた糸を勢いよく引っ張った

 

次の瞬間、袖の中から一本の短い木の棒が出てきた

 

それの糸を縛ってる側を左手で掴み、右手で反対側を掴んだ

 

その直後銀閃が走り、純白の蛇は真っ二つに切り裂かれた

 

明久の左手に握られていたのは、一振りの小太刀だった

 

摂氏数千度に達するだろう炎の蛇を斬ったというのに、溶けてすらいない

 

そして、明久が斬った炎の蛇は数瞬後には溶けるように消えた

 

この間、僅か二秒足らず

 

そして、刀を振るった明久は、そのままの流れで、刃を鞘に納刀した

 

その時になってようやく、大きく息を吐いて

 

「あ、危なかったぁ……!」

 

と喋った

 

その直後、雪菜が歩み寄って

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

と問い掛けた

 

「うん……大丈夫」

 

雪菜を安心させようと、明久は笑みを浮かべながら答えた

 

すると、パチパチと軽い調子で拍手が聞こえて

 

「いやいや、お見事。この程度の眷獣では、傷を付けることも出来なかったねェ……しかし、なかなか面白い刀を持ってるみたいだ」

 

と緊張感も欠片もなく言った

 

青年は明久に歩み寄ると、少し離れた場所で片膝を突いて、恭しく貴族の礼を取って

 

「御身の武威を険するがごとき非礼な振る舞い、衷心よりお詫び申し奉る。我が名はディミトリエ・ヴァトラー、我らが真祖、忘却の戦王よりアルデアル公位を賜りし者。今宵は御身の尊来を頂き、恐悦の極み」

 

と口上を上げた

 

その見事な口上に、警戒していた明久は戸惑った

 

雪霞狼を構えた雪菜も、雪菜に近づいていた紗矢華も呆然としている

 

そして、ようやく立ち直った明久は、ヴァトラーを軽く睨み付けながら

 

「あんたが、ディミトリエ・ヴァトラー? 僕を呼び出した張本人?」

 

と首を傾げた

 

すると、ヴァトラーはニヤリと笑いながら顔を上げた

 

人懐っこいが、どこか狡猾さを感じる悪戯っぽい笑みだ

 

そして、ヴァトラーは立ち上がると

 

「初めまして、と言っておこうか、吉井明久。いや、焔光の夜伯(カレイドブラッド)……我が愛しの第四真祖よ!」

 

と言うと、両手を大きく広げた

 

それを見て、雪菜は呆然と目を見開き、紗矢華はどこか呆れた様子で深々と溜め息を吐きながら首を振っていた

 

それに遅れること、数秒後

 

「…………はい?」

 

あまりに予想外の言葉に、明久は思わず首を傾げた

 

これが、第四真祖、吉井明久と、アルデアル公、ディミトリエ・ヴァトラーの運命の出会いであった……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。