その娘は、透き通った深紅の液体の中に沈んでいた。醜い娘で、血の気がなくなった肌は死体を彷彿させる青白さで、全身には縫い目のような深い傷痕が刻まれていた。
まるで、一度引き裂かれた肉体を無理やりに繋ぎ合わせたかのような無惨な姿だった。
しかしそれでも、その娘は美しかった。
スラリとした体躯に、均整の取れたプロポーション。そして、長い黒髪。深紅の液体の中に居るというのに、その美しさは損なわれていなかった。
その娘は、ポッドの中に居て、首筋には何らかのケーブルが刺さっていて、そのケーブルはポッドから出て据付けの機材に繋がっていた。
その機材を操作しているのは、グローバル企業MAR・絃神島魔導研究セクション責任者の吉井深森である。
その時、ポッドの中の娘が目を覚まし、それに気づいた深森が
「はぁい、お姫様。ご機嫌は如何かしら?」
と何時もの声音で、その娘に声を掛けた。
すると中の娘は、ギョロリと窪んだ眼で深森を睨み付け、口を動かしたようだが、マスクを装着している為に何を言っているかは分からない。
「無理に喋らないの。貴女、まだ死にかけなんだからね」
深森はそう言って、機材を操作した。すると、鎮静剤か何かが注入されたのか、娘の瞼が少しずつ下がり始めた。娘は瞼が完全に下がるまでの間、深森を憎しみが籠った瞳で睨んでいた。
そして、娘が完全に眠ると
「いやはや……天下のMARで、このような事が行われているとは」
と少々芝居がかった声が聞こえて、深森は声のした方向に視線を向けた。その先には、中国系の民族衣装を着た青年。
「……今世間を賑わす脱獄犯の貴方が、ここに居ていいのかしら?」
「ふむ。痛い指摘ですが……今上では、騒ぎが起きてますし……なんなら、そちらのスポンサーの一人が行方不明になっているようですが?」
深森の指摘に、冥駕はわざとらしく額に指を当ててから、そのように返した。それを聞いた深森は、端末を取り
「あら、本当……まあ、あのお爺さんなら大丈夫でしょ」
と軽く言って、その端末を放り投げた。そして、肩から掛けていたアイスボックスからアイスを取り出して咥えてから
「……このアイスは、あげないからね?」
と冥駕を見た。
絃神冥駕。
彼もまた、少し前に起きた監獄結界集団脱獄事件で監獄結界から脱獄した犯罪者の一人であり、唯一未だに捕まっていない犯罪者になる。
「おや、残念……しかし、あなた方のご協力には、本当に感謝していますよ。おかげで、快適な逃亡生活を満喫しています。しかし、御老体は何やら企んでいたようですが」
「御老体? ああ……そういうこと……」
冥駕の思わせ振りな言葉に、深森は苦い表情を浮かべた。すると冥駕は、深森の背後のポッドを見て
「これが、聖孅派が秘匿していた彼らの切り札……もう一人の《カインの巫女》ですか」
と言った。しかし深森は、ククッと笑ってから
「残念。それは少し違うわ……彼女は、
「もう一人の……? まさか……そうか……!」
深森の言葉に、冥駕は驚きの表情を浮かべた。
すると深森は、そんな冥駕に興味を無くした様子で、巫女に繋がっているケーブルに触れて
「さあ、視せて……貴女が体験した《聖孅》の記憶を……」
と言って、右手に嵌めていた白い手袋を外したのであった。