明久の袈裟斬りで、安座間が持っていた突撃槍は半ばから切断され、穂先は地面に落ちていく。それを安座間は、信じられないといった様子で視線が追う。
そしてその隙を、明久は見逃さずに返す刃で腰から肩まで切り裂いた。
その身から流れるのは、先に倒した自衛隊隊員とは違って赤い血だった。どうやら、体は普通の人間らしい。
出血量から考えて、今すぐに治療しないと助からないだろう。そう考えた明久は、刀を突きつけながら
「……今投降するなら、命は助けるけど」
と投降するように促した。
明久としても、むやみやたらに命を奪うつもりは無いのだ。出来ることなら、殺さないで終わらせたいのが本音だ。
だが安座間は、投降を促した明久を鋭く睨み付けて
「……我らが神に誓い、投降はせん!!」
と言うと、突撃槍の柄を構えた。それを見た明久は、その柄で戦うのかと思ったが
「ふんっ!!」
「なっ!?」
なんと安座間は、その柄を自身に刺したのである。
まさか自決か、と最初は思っていた明久だったが、突撃槍が脈動し、安座間の体に同化を始めたことに気付いた。
「な、なんだ!?」
「先輩、下がってください!」
明久は驚きながらも、雪菜の言葉に従って後退した。
すると、安座間の姿がみるみると変貌していく。
巨大化し、最早人とは呼べない見た目に変わっていく。
「なんだ、あれは!?」
「恐らくですが、あの槍によって吸収された生物と融合したんだと思われます! ワイバーンもヒュドラも、あの槍の能力で作り出されたのかと!」
明久が混乱していると、駆け寄ってきた雪菜が推測混じりに告げた。そして、雪菜の推測は当たりだった。
安座間が持っていた突撃槍は、刺した対象の情報を吸収し、融合する能力が備わっている。能力はそれ一つだけではないが、今回はそれが中心になっている。
今まで安座間は、様々な物の情報を吸収し、使用してきた。
今回は、自分自身に今まで突撃槍で吸収してきた全ての情報を流し込み、融合したのだ。
しかし代償として、最早理性は無くなり、本能に従って暴れ始め、その醜悪な見た目と相まって怪物としか言い様がなかった。
「くっ……! 攻撃範囲が広い!?」
やはり巨体な為に、その攻撃範囲も常軌を逸しており、簡単には近づけない。そこに、ヒュドラ擬きを倒した唯里も来て
「援護します!」
と言って、術式を放った。
巨体だから攻撃範囲は広いが、動き自体はそこまで早くないので避けられる心配は無い。だが、唯里が放った術式は黒いオーラで弾かれた。
「あのオーラは!?」
「
雪菜と唯里は、化け物から放たれた異郷の砲弾を回避する為に、一気に後退。それと入れ替わるように、龍形態のグレンダが突撃。尻尾で叩いたが、大して効いてるようには見えない。
やはり巨体なだけあり、生半可な攻撃は大して効かないようだ。
「あれを倒すには……」
「術式ではなく、単純な物理攻撃……それも、対艦クラスの攻撃力が必要かも……」
今の自分達の攻撃では、倒せる可能性は皆無と考えた雪菜と唯里は必死に頭を回していた。その時、明久が前に出て
「……本当、いいタイミングでこの眷獣を掌握したよ」
と言って、左腕を高々と掲げた。
「
明久が掲げた左腕からマグマを彷彿させる血が溢れ、それが優に10mを越える溶岩で形成された牛頭の眷獣が現れた。
「あれは……新しい眷獣!?」
「これが、第四真祖の眷獣……!?」
雪菜は新しい眷獣だった事に驚き、唯里は眷獣から感じる凄まじい魔力に驚いた。
2つの巨大な存在が相対する様は、まるで怪獣大決戦のようだが、そんなことを気にする余裕は今の明久には無い。
「やれ、牛頭王の琥珀!!」
明久が指示すると、牛頭王の琥珀は咆哮を上げ、その手に持っていた戦斧を地面に振り下ろした。
眷獣自体は魔力で構成されているので、普通に攻撃したのでは異郷のオーラを突破出来ない。どうするのかと思っていたら、戦斧を振り下ろした場所から溶岩で形成された槍が幾つも隆起し、次々と化け物に向かっていった。
「溶岩で形成された槍!?」
「この熱さ……本物の溶岩を使ってる!?」
牛頭王の琥珀の能力は、魔力で地面を溶岩に変えた後、その溶岩を槍の形にして相手に放つのだ。
その能力は、今までの眷獣とは気色が違うが、物理的破壊力は正に災害級になる。
巨大な溶岩の槍という単純な破壊力もだが、最低でも対象の半径数百mは溶岩の海に変わるのだ。
そして、物理攻撃ならば異郷のオーラも関係なく貫通する。
化け物は槍による破壊と、溶岩の海によって焼かれて苦痛の雄叫びを上げている。
化け物も反撃にその巨腕を振るうが、地中から隆起した溶岩の槍が刺さって止められ、更に破壊される。
その後、同じようにもう片方の腕も破壊され、最早攻撃手段は残されていない。
その時、化け物の姿が崩れ始めたのだ。
しかも、下からも溶け始めている。
「終わり……かな……」
明久がそう呟いた時、驚くべきものが見えた。
なんと、崩れていた化け物の胸辺りに、安座間の姿が見えたのだ。
「なっ!? 安座間三佐!?」
「先輩!!」
「助けたいけど……!」
既に、牛頭王の琥珀の召喚は解除している。しかし、溶岩の海は簡単には消えない。
明久にもどうする事も出来ず、それは雪菜と唯里も同じで、諦めるしかないのか、と三人は思っていた。
その時、頭上から
『私にお任せを、明久』
と声が聞こえて、三人は頭上を見上げた。
明久達の直上に、一隻の白亜の装甲飛行船が飛んでいた。その飛行船を、明久は知っている。
「あれは……ラ・フォリアの!」
それは、アルディギア王国のラ・フォリア座乗飛行船に他ならず、それを証明するように、ラ・フォリアが飛び降りた。
雪菜と唯里は驚くが、明久は気付いていた。その身から、
すると、ラ・フォリアの背中から翼が現れて、浮遊を開始。そしてラ・フォリアは、その手に呪式銃を持ち、撃った。
ラ・フォリアが撃ったのは、
みるみると溶岩の海が凍りつき、そして崩壊していた化け物の体も、安座間諸とも凍りついたのだ。
それを見た三人が安堵していると、ラ・フォリアがゆっくりと明久の隣に着地し
「最後でしたが、お手伝い出来て良かったですよ、明久」
と朗らかに告げた。
こうして、咎神の騎士との戦いは終わったのだった。