ストライク・ザ・ブラッド おバカな第四真祖   作:京勇樹

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幻想種

「うぅ……志緒ちゃーん……凪沙ちゃーん……何処ー?」

 

と不安そうな様子で、凍った湖の上を一人歩いているのは、獅子王機関の剣巫。羽波唯里(はばゆいり)である。彼女は今回の儀式の際には、凪沙の護衛ということで、凪沙が寝かされていた祭壇の端で待機していた。

しかし、気付けば氷原のど真ん中に居て、結構歩いた筈なのに誰にも会わない。

 

「うぅ……なんか、嫌な気配がする……」

 

唯里は、不安そうにしながら周囲を見回し

 

「漫画だと、こういう時はヒーローとかが助けに来てくれるけど……」

 

と呟いた。彼女だが、愛読書は少女漫画。年齢は雪菜の一歳年上で、雪菜のことをゆっきーと呼ぶ。

そして実は、雪菜と並んで明久の監視役の選定に選ばれた剣巫候補の一人でもあった。

だがしかし、唯里の雪霞狼への適性が低かったことと、獅子王機関では珍しく両親が健在という点から、雪菜に決まったという経緯がある。

その後、六式簡易型量産計画の折に正規剣巫に選ばれ、初の大規模任務と張り切っていた矢先に、この事態になった。

情けないやら心細いやらで、唯里は泣きそうになっていた。その時

 

「つっ!? 前から、何か来る!?」

 

唯里は水蒸気と氷の結晶による煙の先から、何か異様な気配が接近してくるのに気付き、六式剣・改を構えた。その直後、煙を切り裂いて見たこと無い魔獣。蜂蛇が現れ

 

「つっ! ……へ?」

 

攻撃しようとした唯里だったが、蜂蛇は何故か唯里を無視して通り過ぎた。しかし唯里は、蜂蛇から感じた気配から

 

「今の……何かから逃げてた?」

 

と首を傾げた。魔獣というのは本能で行動し、自分より遥かに強い相手には服従するか、逃走する。唯里は蜂蛇の行動が、それに似ていると思った。

 

「けど、何から……え?」

 

六式剣・改を仕舞いながら、唯里は前を向いた。すると、氷煙の向こうに巨大な影が見えた。それは、巨大な翼を広げ、咆哮した。空気が震え、一瞬だが氷煙が晴れて、それを見た唯里は思わず

 

「り、龍……?」

 

と呟いた。唯里は龍を、教本でしか見たことがなかった。現代では一体も存在しない、嘗ての地上の支配者。それが、龍である。教本でしか見たことがなく、現代では倒し方すらあまり知られていない龍にどう対処していいか分からず、唯里は混乱していた。だが気付くと、龍の影は消えていた。

 

「あ、あれ……消えた……?」

 

幻でも見たのかな? と思っていた唯里だったが、その耳が足音を捉え、再び構えた。自衛隊の可能性が最も高いが、人型の魔獣という線も捨てきれないからだ。

しかし、少ししてから魔獣という線は消えた。

 

「軽い足音……それに……この音は、裸足……?」

 

人型の魔獣はは、大抵は質量が重いために地面が揺れる感覚がする程の音を伴い、更には大抵が蹄や爪が伸びているために引っ掻くような音がするのだ。

しかし、唯里の耳に聞こえるのはタシタシという軽い音。

 

「どういう……え!?」

 

困惑していた唯里は、現れた人物を見て驚いた。

唯里の前に現れるのは、背丈的には唯里より小柄で、褐色の肌に長い鋼色の髪の少女。なのだが、何故か裸だったのだ。真冬のこの時期に、シャツ処か下着すら身に付けていないことに、唯里は驚いて固まった。

 

「なんで裸なの!?」

 

「み?」

 

唯里が問い掛けるが、少女は不思議そうに首を傾げるのみ。だから唯里は、急いで自分が着ていたコートを着させて

 

「取り敢えず、このコートを着てて!」

 

「おー!」

 

唯里がコートを着させると、少女は興味津々という様子でコートと唯里を見た。すると、唯里は少し考えてから

 

「予備の靴は無いから、私がおんぶするね」

 

「おん……ぶ……おぶー!」

 

「わっと!?」

 

唯里が背中を向けると、少女はご機嫌な様子で唯里の背中に飛び乗った。その勢いで唯里はバランスを崩しかけたが、直ぐに建て直し

 

「この少女……なんなの……? 助けてー……志緒ちゃーん……」

 

と唯里は星空を見上げ、その星空から方角を割り出すと、自衛隊の拠点が有る筈の堤防に向かった。

その同時刻、少し離れた場所にて

 

「さっきのは……」

 

「龍ねぇ……つーことは、婆ぁの予想が当たってたか? 災厄が封じられてたって……そうなると、ここは当たりだったか……マズいな」

 

志緒と牙城は、唯里が見たのと同じ龍で、志緒は困惑し、牙城は嫌な予感がする、と頭を掻いていた。

 

「災厄って……先ほどの龍か?」

 

「あ? 何言ってやがる。龍ってのは、護る者だろ(・・・・・)

 

「護る……者……?」

 

牙城が言った言葉の意味が分からず、志緒は混乱した。しかし牙城は、何時もの胡散臭い笑みを浮かべて

 

「さてと、凪沙を探さないとな……っと、お?」

 

周囲を見回して、大きく裂けた氷の崖に腰掛けている巫女姿の凪沙を見つけた。しかし志緒は、その凪沙の髪を見て驚いた。

黒かった筈の髪が、揺れる度に色が変わる金髪になっていたのだ。そんな凪沙を見て、牙城は

 

「やっぱりか……お目覚めかな、姫?」

 

と凪沙に声を掛けた。

 

『汝は……』

 

「俺のことは、覚えてるかな? 眠り姫(アヴローラ)?」

 

牙城が問い掛けると、凪沙。否、凪沙の体に憑依しているアヴローラ・フロレスティーナは

 

『……汝は、この依り代の……』

 

「お、覚えててくれたか。良かった」

 

アヴローラが覚えていることに、牙城は笑みを浮かべた。そんな二人の会話を、志緒は可能な限り息を殺して見守っていた。

今の牙城の行動は、薄い刃の上を歩いているように思えてならなかったのだ。

志緒も、沙矢華より劣るとはいえ腕利きの舞姫だ。魔力を感じとることに長けており、今の凪沙から放たれている魔力が、真祖クラスだと気付いていた。

 

『何故、汝は笑う……我は、汝に謝罪することしかできず……汝から侮蔑と罵倒の言葉を投げられるのを、覚悟しているのに……』

 

「なぁに言ってやがる。俺も、明久も、お前を恨んでなんざいねえよ……むしろ、凪沙を助けてもらって、感謝してるんだ」

 

アヴローラがうつ向くと、牙城はアヴローラの頭を撫でた。声音と行動から、本当だと分からせるためだ。

そして牙城は、アヴローラに

 

「そんで、凪沙は無事かな?」

 

と問い掛けた。するとアヴローラは、自分の胸元に手を当てて

 

『かの見頃ならば……我の中に……』

 

と呟いた。その直後、髪が元の黒色に戻り、後ろに倒れそうになったが、それを牙城が支えた。

 

「牙城……今のは、一体……」

 

「凪沙の中で眠ってる、眠り姫さ……さてと、戻るとするか……」

 

志緒の問い掛けに短く答えると、牙城は凪沙を背負って立ち上がった。その時、それまで二人の周囲を覆っていた氷煙が晴れて、二人は周囲を見て驚いた。

夥しい数の蜂蛇の死骸が、付近に転がっていたからだ。

 

「こいつは……」

 

「……全て、一撃で倒されてる……それも、刃物の類で」

 

志緒は近くの数体の蜂蛇の死骸を確認すると、驚いていた。

志緒と牙城も蜂蛇と戦ったから、蜂蛇の頑丈さはよく理解している。だというのに、蜂蛇が全て一撃で仕留められているのだ。それも、近接攻撃で。自衛隊ではない。

自衛隊は銃火器が主体であり、志緒が知る限り、自衛隊で大きな刃物を装備していた隊員は居なかった筈だ。

 

「……急いで戻るぞ、嫌な予感がする」

 

「わ、分かった」

 

声音が変わった牙城に従い、二人は堤防の方角に戻ろうとした。そこに、緋沙乃が現れて

 

「無事でしたか、斐川攻魔官。それに、バカ息子」

 

「緋沙乃様!?」

 

「よ、婆。やらかしたな? だから、手出しするなって言っただろうに」

 

志緒は片膝を突き、牙城は少し非難したような目で緋沙乃を見た。そして緋沙乃は、牙城に

 

「……貴方の考えが正しかったのは認めます……しかし、今は一刻を争います。斐川攻魔官、凪沙を連れてこの場から離れなさい」

 

「……そうした方が良さそうだな。志緒ちゃん、ちょっと凪沙を頼んだ」

 

牙城は凪沙を志緒に預けると、機関銃を取り出した。その直後、三人の頭上に予想していなかった存在が現れた。

 

「わ、飛竜(ワイバーン)!?」

 

亜龍と呼ばれる存在で、現代の戦闘機でも倒すことが難しい、ワイバーンとそのワイバーンに乗った騎士だった。

咎神(きゅうしん)に関わる戦いが、幕を上げる。


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