把握
食事が終わった明久は、女将さんの薦めもあって露天風呂に入浴していた。流石は有名な湯の街なだけあり、その光景は凄いの一言だった。
しかし明久は、それよりも気になることがあった。
明久は濁り湯から右手を出して、ジッと見つめた。そして、僅かに霊力を回した時、手の甲に幾何学的な模様が浮かんだ。
その模様に、明久は見覚えがあった。その模様は、雪菜の使う雪霞狼の神格振動波の模様だった。
「……右手に感覚が無いの、これが理由だよね……」
明久がそれに気付いたのは、起きてすぐだった。最初は、寝ていた際に右手を下にしていて、痺れたのか、と思っていた。
しかし、どんなに時間が経っても感覚は戻らなかった。何が理由か分からず、明久は自身の回復の促進を図るために霊力を回した。その時、手の甲に神格振動波の模様が浮かび上がってきたのだ。
「……
「それは分からないわね」
「ぶげほっ!?」
真横から聞こえた声に、明久は驚いて思わず頭を石に打ちながら
「なんでここに居るんでせうかー!?」
と霧葉を見た。
「何故って、温泉に入りにきたのよ。何を当たり前のことを」
「こっちは男湯!?」
明久の問い掛けに、霧葉は普通にしながら温泉に浸かっていた。動揺している明久をスルーし、霧葉は
「右手、感覚が無いのね……」
「気付かれたか……」
「食事の時、右手の動きがかなり慎重だったからね……その原因は、その模様かしら……」
「覚えはそれだけだ……あの、雪霞狼での攻撃しか」
そう言って明久は、静寂破りとのたった一度の交戦を思い出した。任意の時間の差し込みという反則染みた技能を有する、静寂破りとの交戦。明久は静寂破りが雪霞狼で攻撃した直後に、自身諸ともに落雷攻撃をすることで静寂破りを退けることに成功した。
「あの軌道は、完全に心臓を狙っていた……もしかしたらだけど、一時的に僕を封印するつもりだったのか……」
「まあ確かに、それも考えられるし可能かもしれないわね……聞いた通りの能力なら、貴方には効果が高いから……」
確かに、神格振動波はあらゆる霊力・魔力・呪力を無力化する。それを、吸血鬼の心臓に転写したら、暫くの間明久は行動不能になるだろう。
それを考えると、封印が目的と見るのが自然だろう。
「……それを、咄嗟に右手で防いだから、それが右手に転写された……」
「その効果か分からないけれど、右手の感覚が無い……剣士の貴方には、致命的なことね」
確かに、剣士からしたら両手が使えないのは辛いだろう。しかし、使い手の実力によってはある程度は補える。
その時
「妃崎さん! 男湯に入るなんて、何を考えてるんですか!?」
と雪菜が、雪霞狼片手に突入してきた。タオル一枚で。
「槍を片手に突入してきた貴女には言われたくないわね」
確かに、ごもっとも。
「とりあえず、一緒に女湯に行きますよ!」
「あらあら、情熱的ね」
雪菜が霧葉の腕を掴むと、霧葉は一応立ち上がった。だが
「それより、貴女……彼の右手に異常が出てるのは気付いてるのかしら?」
「……本当なんですか、先輩?」
霧葉の言葉に、雪菜は霧葉から手を放して明久を見た。その瞬間、霧葉が素早く雪菜の後ろに回り、タオルをひっぺがした。
「あ……」
「…………いやぁぁぁあぁぁぁ!?」
事態を把握した雪菜は、顔を真っ赤にしながら雪霞狼を思い切り投げ、投げた雪霞狼は明久の顔面に柄がめり込んだ。
それから十数分後、急いできた中居さんを何とかやり過ごし
「それで、先輩……右手の感覚が無いというのは……」
「これが原因だろうね」
雪菜からの問い掛けに、明久は右手を掲げて右手の模様を浮かび上がらせた。それを見た雪菜は
「それは、神格振動波の……!」
「うん……静寂破りの一撃の時に、転写されたみたい……もしかしたら、僕を封印しようとしたのかもしれない……」
明久の右手に浮かび上がった模様を見て、雪菜は息を飲んだ。そして、ゆっくりと明久の右手に触って
「私が、雪霞狼を奪われたから……」
「いやまあ、あれは仕方ないと思うよ? 最初から奪うことを考えてたみたいだし……あの場では、雪霞狼が僕に一番効果的な武器だったし……だから、雪菜ちゃんは気にしないでいいよ」
そう言って明久は、泣きそうな表情の雪菜の頭を撫でた。そして明久は、外を見て
(なぁんか、嫌な予感がするんだよなぁ……)
と思っていた。
実はこの時、浅葱が軍用機で本土に向かってきていて、かなり危険な事態に巻き込まれることを、明久は知らない。
この本土で、聖孅に関する幕が上がる。