「う、あ……あ?」
目覚めた明久が最初に見たのは、見慣れぬ木製らしい濃い茶色の天井だった。
「ここは……」
「あら、起きたようね……」
「ゑ……?」
耳元で意外な声が聞こえ、明久は右側に顔を向けた。すると真横に、何故か霧葉が寝転がっていた。
「…………ホワッツ?」
「貴方、発音は見事ね……英語塾でも通ってた?」
明久が困惑していると、霧葉は明久の英語の発音を褒めた。発音が良いのは、二人の教師の扱きの賜物である。
「それにしても、貴方……寝相の手癖は悪いのね……」
「……ゑ?」
再び明久が困惑すると、霧葉は浴衣を着直して
「私の体……まさぐってたわよ?」
何処か妖艶な雰囲気を漂わせながら、そんなことを告げた。それを聞いた明久は、ビシリッと音を立てるように固まった。
霧葉だが、沙矢華や浅葱よりかは控えめだが、スタイルは抜群である。出る所は出て、引っ込むべき所は引っ込んでいる。
寝ている間とはいえ、そんな霧葉をまさぐったと思った明久は身悶えていた。
その時、襖が開いて
「妃崎さん。先輩の部屋には入らないで下さいと、何度も……先輩! 目覚めたんですね!?」
入ってきた雪菜が、明久が起きたことに驚いた。
そして雪菜は、明久の隣に近寄り
「大丈夫ですか、先輩! 何か異常は!?」
と捲し立てるように問い掛けながら、明久の浴衣を脱がそうとした。
「待って待って、雪菜ちゃん! 落ち着いて!? 脱がさないで!?」
まさか脱がされそうになるとは思わず、明久は慌てて雪菜を制止した。すると雪菜は、顔を真っ赤にして
「す、すいません……取り乱しました……」
と謝罪して、離れた。そして雪菜は、明久に
「それで先輩……再度聞きますが、体に異常はありませんか? 先輩は、まる2日は眠っていたんです」
「2日も!?」
明久からしたら、衝撃的な事を告げた。それに驚いた明久だったが、それより気になったことが有ったので、聞くことにした。
「それより雪菜ちゃん……ここは……」
「お目覚めですかー! 第四真祖様!!」
雪菜が答えようとした時、襖がスパーんと開いてオシアナスガールズが突入してきた。
「え、オシアナスガールズ!? まさか、ヴァトラーの船?」
明久が驚いていると、雪菜が首を振って
「いえ……確かにアルデアル公の船は乗りましたが私達が居るのは……日本本土、草津です」
そう言いながら、カーテンを開けた。
窓から見えたのは、確かにテレビでよく見るあの湯煙の光景だった。
「草津……なんで草津?」
「それは、私達の休暇も兼ねてます!」
明久が首を傾げると、オシアナスガールズの一人がビシリッと挙手した。話を聞くと、どうやらオシアナスガールズは一応ヴァトラーのメイドとして働いているらしい。以前までは戦王領域のアルデアル領に居たために、定期的に自分達の故郷に帰っていた。
しかし、日本からでは中々帰れない。そこで考えたのは、行きたかった日本観光地巡りだった。
その矢先に、明久達の日本本土に行くという情報。
それも、行き先の一つの草津間近の神縄湖。ならば、協力しよう。それが、オシアナスガールズの考えだという。
「……協力してくれるのはありがたいけど……休暇はいいの?」
「大丈夫です! 多少超えても、ヴァトラー様は許してくれますから」
「休暇日数の概念はどこに行った?」
思わず、明久は突っ込んでいた。
こう言ってはなんだが、ヴァトラーは
これは、沙矢華から聞いた話だが、外交官としてのヴァトラーは普段とは打って変わって真面目なのだとか。
それを聞いた明久は一度疑ったが、沙矢華も最初は信じられなかったが、事実なのだとか。
そしてその真面目さは、部下への慰労にも向けられているようで、最低でも月1の休暇日と不定期だが週2日の休み。申請すれば、長期の休みも受け付けられるという。
「……信じられねぇ……」
「私も同じ気持ちです……」
明久の呟きに、雪菜は苦い表情を浮かべながら同意した。そして明久は、思い出したように
「あれ、僕の荷物は……」
「あ、それならば一度洗濯しまして……こちらに」
明久の呟きを聞いて、雪菜が部屋の隅から明久のボストンバッグを手繰り寄せた。
「海に落ちてしまいまして、私達が皆さんと一緒に回収しました」
どうやら、明久の自爆覚悟のカウンターは一応功を奏したらしい。話によれば、閑古詠は落雷の余波で負傷し撤退したようで、その際に雪霞狼も回収したようだ。
しかし、海水に浸ったために一度洗濯したとのこと。
「でその後は、約一日掛けて本土に到着し、一日宿泊してたってことか……」
「はい。式紙を飛ばしまして、まだ神縄湖の方では動きは感知されませんが……自衛隊が何らかの準備をしているのは確認出来ました」
雪菜がそこまで言ったタイミングで、明久のお腹が鳴った。考えてみれば、二日間も何も食べてないので、仕方ないことだろう。
「ちょうどお昼ですし、先にご飯にしましょうか……」
「そうだね……絞まらなくてごめん……」
そして一行は、お昼が出される食堂に向かった。
実はこの時、絃神島で浅葱の大脱出劇が繰り広げられ、浅葱はリディアーヌと共に本土に向かっていたりするのだが、明久は知らない。