「……はぁ」
高く上った太陽を見ながら、明久は深々とため息を吐いた。今明久は、藍羽家の廊下のベンチに座っていた。つまり、泊まったのだ。
泊まった理由は、雪菜が意識を失ってしまったからだ。浅葱の部屋で凪沙に関する情報を集めていた際に、雪菜が所属している組織。獅子王機関が関与していることが分かった。それを知った雪菜は、酷く狼狽していた。
別に、雪菜自身が直接的に手伝った訳ではない。
しかし、外部に初めて出来た同年代の友人が、自分が所属する組織が理由で危機的事態に巻き込まれた。
その事実が、雪菜を打ち据えた。
明久は雪菜が原因ではないと慰めたが、事実は変わらなず、それが責任感が強く生真面目な雪菜に重くのし掛かった。
情報を聞いていた明久は、途中から雪菜が異様に静かになったことに気付き、大丈夫か聞こうと顔を横に向けた。そのタイミングで、雪菜が後ろに倒れ始めたのだ。
それを明久は、完全に倒れる前に間一髪で受け止めた。
その後、浅葱の奨めもあって泊まることにしたのだ。
しかし、客室はひとつだけしかなく、それに伴ってベッドもひとつだけ。流石に同じ部屋に寝る訳にはいかず、明久は居間のソファーで寝ることにして、座布団を枕代わりにし、タオルケットを借りて寝た。
「さて、どうするか……」
今後の行動も含めて、明久は呟きを溢した。そこに、着流しを着た仙齋が現れて
「おはよう、明久君。連れの子は大丈夫かい?」
と明久に問い掛けた。
「おはようございます、仙齋さん。少し前に、様子を見てきました。多分、そろそろ目覚める筈です」
「そうか……」
明久の言葉に頷いた仙齋は、明久の隣に座った。そして、少し間を置いてから
「この後は、どうするんだい?」
と問い掛けてきた。仙齋も、それなりに情報網を持っている。その情報網で、現状を把握しているようだ。
「……明確には決まってません……ですが……」
「……後悔だけはしないようにしなさい……私から言えるのは、それだけだ……」
仙齋はそう言って、居間の方に歩いていった。それを見送った明久は、暫く黙考した。それから数十分後、雪菜が目覚めて、仙齋の薦めで車で送ってもらえることになった。明久と雪菜は、菫が運転する車に乗り、何時も通る道まで来た。その時
「すいません、ここで下ろしてください」
と雪菜が突然言った。菫がミラー越しに見ると、雪菜は
「ちょっと、買い物をしようかと思いまして……この近くのスーパーに行きたいんです」
と説明した。確かに、季節を考えると買うタイミングではある。菫は少し考えた後、車を路肩に停めて
「では、後ろを開けますね」
と後ろのドアを開けた。先に明久が降り、雪菜が後で降りた。すると、菫が顔を出して
「では、私はこれで」
「ありがとうございました」
明久が感謝の言葉を言うと、車は去っていった。それを見送った明久は
「で、雪菜ちゃん。買い物って、なにを……」
明久が問い掛けた直後、雪菜は一目散に駆け出した。
「ちょっ!? 待って!?」
明久は慌てて雪菜を追いかけ始めた。その間も明久は何度か雪菜を呼ぶが、雪菜は止まる処か振り向きもせずに走っていく。最初は行き先が分からなかった明久だが、途中で雪菜の目的地が分かった。
(この先は確か……ホテル街だ)
雪菜の目的地は、ホテル街。正確には、その一ヶ所にある獅子王機関の出張所だった。それを肯定するように、雪菜はある場所で立ち止まり、人指し指と中指を立てて、小さく呟いた。だが、変化は無い。
すると雪菜は、歯噛みして
「結界の解除術式が変更されてる……一切の連絡も無しに……だったら!」
ケースから、素早く雪霞狼を展開し一閃した。すると、空間が歪んで、あの古物店風の建物が姿を現した。
「雪菜ちゃん! 流石に強引過ぎるよ! 結界を切り裂くだなんて!?」
「離してください、先輩! 今回の凪沙ちゃんの件、獅子王機関が深く関わっているのは確実です! 師家様に伺わないと!!」
明久が肩を掴んで止めると、雪菜は明久の手を振り払って、そう返答した。その目には、強い覚悟が見てとれる。しかし
「だけどそれは、獅子王機関を裏切ることになるかもしれないんだよ!? 下手したら、煌坂さんと戦うことになるかもしれないんだよ!?」
明久は最悪の想定のひとつを挙げた。
紗矢華の強さは、明久と雪菜はよく知っている。紗矢華は雪菜を溺愛しているが、組織からの命令となったら、戦うことも十二分にあり得るだろう。
明久の言葉を聞いて、雪菜は俯き
「ですが、このままでは……」
と呟いた。それほどまでに、凪沙を心配しているというのは、明久からしたら嬉しいことだ。しかし、だからといって仲間に刃を向かせる訳にはいかない。
「とりあえず、今は離れよう。この中に、人の気配は無いし……それに、人が集まってきた。あの結界、人払いと認識阻害の結界だったんでしょ?」
明久の言葉で、雪菜は近くに人が集まってきていることに気付いた。それに、冷静になり感覚を向けてみれば、確かに出張所の中に人の気配は無い。
あの黒猫は式神だから違うが、四六時中その式神に意識を移している訳ではないのは、少し考えれば分かるだろう。だから、今はこれ以上居ても意味は無い。
「……分かりました……」
「よし、急いで離れよう。もしかしたら、警備隊が来るかもしれないしね」
明久の言葉に従い、雪菜は雪霞狼を収納すると、一旦その場を離れ、明久の自宅に向かったのだった。