二年参りが終わると浅葱は、メッセージを送った。
「ちょっと待ってて。迎えが来るから」
実は、浅葱の家は今居る神社から少し離れており、モノレールを使っても家まで結構歩くのだ。そのため、車を使った方が早いらしい。待っていると、一台のセダンが来たのだが、運転席から出てきた人物を見て、浅葱が
「え、
と驚いていた。
藍羽菫。名前から浅葱の母親と分かるが、正確には義理の母親だ。昔は浅葱の父親、
なお、浅葱の実母は浅葱が中学生の時に病気で亡くなっている。
「あぁ、うん。確かにそうだったんだけど、予定より早くに仕事が終わったから、帰宅してたのよ。それに、たまには運転したいしね」
菫はそう言いながら、電子キーをクルクルと回した。
「あぁ、そうですか……明久、姫柊ちゃん。とりあえず乗って」
「あ、うん……なんか、お疲れ?」
「気遣いありがとう……」
ガックリと肩を落とした浅葱に手招きされ、明久と雪菜は車に乗った。それをニコニコしながら見た後に、菫は運転席に座ってエンジンを始動。車を出発させた。
「中々の運転技術のようで……あんまり、体にGがかからなかった」
「あら、ありがとう」
車が加速する時というのは、普通だったら体が座席に押し付けられるものだ。しかし、菫の場合はあまりそれを感じなかった。そこから、菫が高い運転技術を有していることが伺える。
「って、菫さん! 褒められて嬉しいからって、あんまりスピードアップしないで!」
「おっと、危ない」
「……それすら分からなかった……」
どうやら、菫は少しばかり速さを求める質らしい。外を見ていた浅葱は、車が加速していることに気付き指摘。菫は車の速度を落とした。
「菫さん、父さんの専属運転手だった頃から、かなりの腕を有してるし、危機感も凄くってね……聞いた話じゃあ、爆弾を取り付けて特攻してきた車を避ける為に片輪走行したとか、ビルの屋上で一瞬光ったのを見た瞬間、車を急加速させて狙撃を避けたとか、結構聞くのよ……」
「いや、どんだけ?」
浅葱の語った菫の逸話を聞いた明久は、思わず呟いた。すると菫は、クスクスと笑い
「その位しないと、専属運転手の意味が無いわねぇ」
と語った。浅葱が語った内容を、否定しない辺りが恐ろしい。そうこうしている内に、車は一棟の高級マンションの前に停まり
「先に降りてください。私は、地下駐車場に車を停めてきますので」
と菫に促されて、明久、雪菜、浅葱の三人降りて、マンションに入った。流石は高級マンションなだけあり、入口にはセキュリティがあり、入るにはカードキーと掌紋認証をさせる必要だった。
浅葱の手によりパパっと終らせ、三人は廊下を進み奥のエレベーターに乗った。そうして浅葱が押したのは、最上階のボタン。
(最上階なのか……雪菜ちゃん、大丈夫かな?)
明久はそう思いながら、雪菜を見た。雪菜は高所恐怖症であり、前に飛行機に乗った時は、明久の手をギュッと握りながら何ごとかブツブツと喋っていた程だ。
その時、軽い電子音がしながらドアが開いた。すると、すぐ目の前に玄関の靴脱ぎスペースが目に入った。
「直結してるんですか……」
「そ。この階だけね。入って入って」
雪菜の呟きに答えながら、浅葱は履いていた下駄を脱ぎ、手招きした。呼ばれた二人はエレベーターから降り、靴を脱いでから上がった。
廊下の壁には様々な大きさの写真やら絵が額縁に入れて飾ってあり、明らかに高級な物と分かる。
そのまま進んでいると、不意に右側が開けた。そこから見えたのは、広い青空と枯山水を中心にした日本庭園だった。
すると、浅葱が振り返り
「ちょっと、ここで待ってて。着替えてくるから」
と言って、先の曲がり角を曲がって、姿を消した。やはり、暑かったらしい。
「……ここで待っててって言われても……どうしよう……」
「とりあえず、そこの席に座りませんか?」
雪菜が指差したのは、左側の壁際にあった木製のベンチだった。少し考えた明久は、その提案に従うことにした。雪菜と二人でベンチに座り、ボンヤリと浅葱を待っていると
「おや……浅葱が客人を招き入れるとは、珍しいね……」
と奥の方から、声が聞こえた。視線を向けると、突き当たりの部屋から和服を着た大柄で強面の男性が出てきていた。
初見では、ヤの付く自由業の人を彷彿するだろう。
「あー……お会いしたのは、二度目でしたか? 藍羽仙斎さん」
その人物こそが、浅葱の父親にして絃神島の市議会議院の最高責任者。藍羽仙斎だ。
「そうだね……前に会ったのは、一年位前にMARでかな?」
「ですね。母さんの研究成果の発表会の時でした……少し、痩せました?」
「まあ、忙しい立場だからね……中々休む時間が取れないのさ……おや、そちらのお嬢さんは……なるほど、噂に聞く獅子王機関の剣巫か」
「……御存知なら、名前だけ……姫柊雪菜と言います」
「私が、藍羽仙斎だ。よろしくね」
雪菜が名乗ると、仙斎も礼儀として名乗った。すると仙斎は、明久に顔を向けて
「しかし、君は少し雰囲気が変わったかな? ふむ……いい気配を纏ってる」
「はあ、ありがとうございます。まあ、色々ありましたからね」
仙斎の言葉に生返事をしながら、明久は頭を掻いた。
そこに、仙斎が
「君とは、前々から話してみたいと思っていたんだ……吉井明久君……君、私の跡を継いでくれないかな?」
「………………はい?」
予想外過ぎる言葉に、明久は首を傾げた。
「いや、なに……君ならば、良い政治家になれると思うんだよ……人の為に、街の為に……だから君には、私の政治基板を引き継がせようかと……」
と仙斎が喋っていたら
「あー! 父さん! 何やってるのよ!?」
と浅葱が現れた。
「いやなに、彼に私の跡を継いでもらおうと思ってな……」
「明久にそういうの、似合わないから! あーもう……ボクサー!!」
浅葱が声を挙げた直後、庭の端を通って大型犬が現れた。
「ま、待て、浅葱……!」
「問答無用! GO、ボクサー!!」
「ぬおおぉぉぉ!?」
現れた大型犬。ボクサーと呼ばれた犬は、何とも気の抜けた鳴き声を挙げながら、仙斎を押し倒した。
その光景に、雪菜はどうしたらいいのか分からず、ワタワタとしていて、明久は
(ここ、ペット可なのかぁ……凄いなぁ……)
と少し、的外れな事を考えていた。
要は、思考が追い付いていないのだ。
そして、私服に着替えた浅葱はボクサーがじゃれついてる仙斎を無視して
「来て、二人とも。調べるから」
と明久と雪菜を手招きした。呼ばれた二人は、まだボクサーに抑えられている仙斎の横を通って、浅葱の部屋に向かおうとした。そして、明久が仙斎の横を通った時
「浅葱を頼むよ」
という声が聞こえた。