明久と雪菜が家の掃除を始めて数時間後、何とか掃除は終わった。その少し後、チャイムが鳴った。
「ん? 誰だろ?」
蕎麦を茹でていた明久は、首を傾げながらも玄関に向かった。そして、ドアを開けると
「よ、明久」
そこには、基樹が居た。
「あれ、基樹? なんで?」
「おいおい、忘れたのか? 大晦日に全員お前の家に集まるって決めたろ」
基樹のその言葉に、明久は休みになる前にした約束を思い出した。
「あー……そういえば、そうだったね……」
「だろ?」
「あのさ……そろそろいい?」
明久と基樹が話していると、新たな声が聞こえた。その声を聞いた明久は、顔を外に出した。そこには、更に二人。浅葱と結瞳が居た。居たのだが、二人は晴れ着姿だった。恐らくは、基樹の家で着付けしてから来たのだろうが
「……無茶したね。大丈夫?」
「だ、大丈夫よ」
「明久さんに見せたくって、着てきました」
そう語る二人だったが、目は虚ろだった。しかし、無理もない。そもそも、晴れ着は真冬の時期に着ることを想定されていて、かなり厚く造られている。しかし、今居るのは季節的には真冬だろうが、30度を越える気温が平均の絃神島である。
二人は、熱中症になりかけていた。
明久は、そんな二人を助けるために中に招き入れた。
「先輩、何方……って、藍羽先輩に結瞳ちゃん!? 大丈夫ですか!?」
「あれ、なんで姫柊ちゃんが居るんだ?」
「お隣だからね。最近は割りと夕食とか一緒に食べてるよ」
「それに、今日は先輩はお一人ですし……大晦日にお一人というのは、流石に寂しいでしょうし」
基樹が雪菜が居ることに首を傾げていると、雪菜は浅葱と結瞳に飲み物を渡しながら説明した。その間に明久は、冷房を強めて、更に深森が散らかした最後の荷物を納めた。
「んー……お蕎麦食べる?」
「食べる……明久のことだから、出汁から拘ってるんでしょ?」
「まあね」
「私も食べたいです」
「あ、俺も」
「はいはい」
浅葱、基樹、結瞳の返事を聞いた明久は、キッチンに向かった。追加で蕎麦を茹でるつもりらしい。
すると雪菜は
「藍羽先輩、結瞳ちゃん、写真いいですか?」
と深森から貰ったデジタルカメラを掲げた。
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「え、その機種……ζ9じゃない!? どうしたのそれ!?」
結瞳は快諾したが、浅葱は雪菜が持っていたデジタルカメラを見て、思わず雪菜に歩み寄り、肩を掴んだ。
「あ、あの……吉井先輩のお母様から頂いたんです……」
「流石は、MARの主任の一人……日本非売品をポンと渡すなんて……」
雪菜が狼狽しながら教えると、浅葱は深森の顔を思い出した。実は浅葱は、今雪菜が持っている機種が欲しくて様々な手を尽くしたが、結局入手出来なかったのだ。
「この機種、解像度が凄いのよ……それだけでなく、自働手振れ補正に逆光修正……カメラに必要な機能を全部詰め込んで、この小ささ……惜しむらくは、日本では非売品の機種だってことよ……!」
入手出来なかったことが相当悔しかったらしく、雪菜が持っているデジタルカメラを見ながらグヌヌヌという表情をしていた。そうこうしている間に、雪菜は浅葱と結瞳を撮影。それを見ていると、浅葱が
「このデジカメのデータ、携帯と同期出来るのよ。やってあげようか?」
「あ、そうなんですか? お願いしても?」
「OK! えっと……あ、明久。あのパソコン、借りるわよ?」
と浅葱が指差したのは、居間の端にある一台のノートパソコンだった。
「ああ、大丈夫だと思うよ。凪沙が家計簿を取るのに使ってるだけだから」
「またいい機種の無駄使いを……これ、MARのθ10じゃない……うわっ」
浅葱がうわっと言った理由は、至極簡単。閉じていたノートパソコンを開いたら、画面の上枠部分に凪沙のIDやらパスワードが書いてある付箋紙が貼ってあったからだ。
「……ハッカーのあたしからしたら、こんなの……」
「まあまあ……」
凄腕のハッカーたる浅葱からしたら、パスワードがドドンと書いてあるのは、どうやら許しがたいらしいが、今は非常時でもないので、飲み込んでもらい、起動。
浅葱は雪菜の携帯とデジカメのデータを同期させた。すると、浅葱は
「あれ……明久、もしかして、凪沙ちゃんから写真着きでメール来た?」
「あ、うん。そうなんだけどね、データが破損したみたいで、文字化けしてて見れなかったんだ」
浅葱の問い掛けに、明久はそう答えた。すると、浅葱は画面の一ヶ所を指差し
「これ見て。凪沙ちゃん、このノートパソコンと携帯を同期させてたみたいでね……写真が挙げられてる」
と説明した。
「お、本当? どんな写真?」
「ちょっと待ってね……今解凍するから……何これ」
「ん、どうしたの?」
蕎麦を茹でていた明久は、蕎麦を丼に移してから浅葱の隣に立って画面を見て、固まった。
「これは……魔法陣!?」
そこに写されていたのは、夜空に光る幾何学的な魔法陣だった。