「……なんで僕は、大晦日なのに補習を受けているのか……」
「赤点を取ったからだ」
「デスヨネー……」
明久の現実逃避気味の呟きに那月が答えると、明久は力尽きたように机に突っ伏した。12月31日、まさに大晦日に明久は教室で補習を受けていた。その理由は、少し前に行われた中間試験で赤点を取ったからに他ならない。そして先にも述べたが、今は大晦日。本来ならば休みなので、学校の冷房は動いておらず、申し訳程度に運び込まれた扇風機が稼働しているが、その内の一台の前ではアスタルテが何故か宇宙人ゴッコをしている。
楽しそうで何よりである。
「……終わりました……」
「少し待て……アスタルテ、そこのバカに飲み物を出してやれ」
「
那月の指示を受けて、アスタルテは横に置いてあったクーラーボックスからペットボトルを取り出して、明久に手渡した。流石に、熱中症で倒れられたら敵わないからだろう。明久が飲んでいる間に、那月は手早く採点しながら
「そういえば、吉井……お前の父親は何処に居る?」
と明久に問い掛けた。
「バカ親父なら、凪沙を連れて本土のお婆ちゃんの所に帰省中ですよ……たまには顔を見せろって、言われたようで」
「……神縄か」
「です……というか、バカ親父のことを知ってたんですね……」
明久が問い掛けると、那月は表情も変えずに
「あいつには、何回か副業の方で邪魔されたからな」
と語った。
「……あのバカ親父、何やってんだ……」
那月が告げた内容に、明久は思わず頭を抱えた。忘れられがちだが、那月や西村は教師が本業で、攻魔官は副業である。
絃神島を含めた魔族特区は、他の街に比べて魔族の比率が高い。そのために、魔族が何らかの理由で暴れたりした時の備えに、一定の比率で攻魔官を配置することが定められている。
しがも、那月と西村の両名は諸外国にもその名前が轟いており、時折要請を受けて諸外国に行っては、対象魔族の討伐か捕獲を行っている。特に那月は、監獄結界という大きな利点があるため、捕獲から投獄をやっている。
その那月の邪魔とは、一体何をしたのか。
「……何をしてました?」
「火事場泥棒張りに、武器を回収していたな」
「大変申し訳ありませんでした」
那月の話を聞いた明久は、机に額をぶつけるように頭を下げた。
「ふむ……この点数ならば、数学も終わりとしよう」
「ようやく終わった……」
一段落付いた明久は、安堵した様子で深々とため息を吐いた。その時、ガラッとドアが開き
「吉井兄ー、筆記が終わったなら、次はマラソンだかんねー? 体操着に着替えて、グラウンドに来なよー」
と凪沙の担任の笹崎が告げた。それを聞いて明久は、空からギラギラと陽を照らし続ける大陽を見て
「……不幸だ……」
と呟いた。
『上城さんのアイデンティティーが!?』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから、約三時間後。
「せ、先輩……大丈夫ですか?」
「……体が熱い……」
「こ、これ飲んでくださいっ!」
モノレールに乗った明久を、雪菜が労っていた。無理もない、35度近い炎天下の中で約二時間近く走り続けたのだから、体調的にも中々辛い。
明久は雪菜から手渡された飲み物を、一気に飲んで
「幾らなんでも、この炎天下の中でマラソンは死ぬって……キツいって……」
「お疲れ様でした……」
明久の愚痴に、雪菜は労りの言葉しか返せなかった。その後、適当に年末の買い物を済ませてから帰宅したのだが、明久と雪菜は中に入って固まった。
何せ、中がまるで全てひっくり返されたように荷物が散乱していたからだ。
「な……」
「泥棒ですか!?」
明久と雪菜は慌てて突入し、原因を探し、見つけた。
「あ、明久君。おかえりー」
「……何やってんの、母さん」
非常に珍しいことに、明久と凪沙の母親。吉井深森が帰宅し、滅多に開かれない牙城と深森の部屋から、何やら引っ張りだそうとしていたのだ。
「何って、このキャリーバッグを出そうとしてるのよ」
「待て待て! そのまま引っ張るな!? 荷物が崩れ!?」
母親を止めようと一歩踏み出した明久だったが、間に合わず、深森が乱暴にキャリーバッグを引っ張ったために、キャリーバッグに乗っていた荷物とキャリーバッグに引っ掛かっていた荷物も一緒に引っ張り出されて、明久は荷物の下敷きになった。(深森は無事)
「いやー……ようやく見つけられたわぁ」
深森は満足そうだが、荷物に押し潰されていた明久が
「あんた……この惨状は無視なんか……」
と睨み付けた。
「ん? なんのこと?」
「あんたがひっくり返した、この荷物だよっ!?」
素で分かっていないらしい深森に、明久は周囲を指差しながら怒鳴った。深森が見事にひっくり返したために、最早超局所的な嵐が通り過ぎたような有り様だ。
「えっとぉ……大掃除?」
「これを大掃除とは認めないっ! むしろ真逆だよ!?」
明久の指摘が気まずかったのか、深森は視線をさ迷わせた。そして、何かに気付いた様子で
「そういえば、凪沙は?」
と明久に問い掛けた。
「凪沙なら、バカ親父と一緒にお婆ちゃんの所に行ったよ。連絡されてないの?」
「ちっ……あのババアか……」
明久が行き先を告げると、深森は舌打ちした。実は、緋沙乃と深森は非常に仲が悪いのだ。以前に顔を合わせた時、大喧嘩した程だ。
「で、母さんは何処に行く気?」
「ん? 会社の社員旅行。明久も行く?」
「行かないからね。前に行って、散々な目に合わされたからね!? 賭け麻雀に強制参加させられて、お小遣い全額奪われるわ、女装させられそうになるわ、襲われそうになるわ!?」
深森が一緒に行くか問い掛けるが、明久は被せ気味に拒否した。その理由を聞いて、雪菜は
(MARには、マトモな人は居ないんでしょうか……人事の方、もう少し性格面を……)
と危惧していた。そうこうしている間に、深森は荷物を詰め込んだらしく
「それじゃあ、私は行ってくるわねぇ。あ、雪菜ちゃん。これ挙げる。じゃあねー」
と雪菜に一台のデジタルカメラを手渡して、出ていった。それを見送った明久は
「……この惨状を、僕一人で片付けろ……と?」
と途方にくれた。だが雪菜が
「先輩、私も手伝いますから」
と明久に提案した。