「はあああぁぁ!」
戦端が開かれて一番最初に動いたのは、雪霞狼を構えた雪菜だった
雪菜はまさしく光の如き速度で、アスタルテへと迫った
もちろん、アスタルテとて只々座して待っているだけではない
その砲弾の如き拳を繰り出して、雪菜への迎撃を始めた
その一撃は建物を揺らし、ギイギイと嫌な音を起こさせた
アスタルテの眷獣は人型だが、生物ではない
その正体は、濃密な魔力の塊である
振るわれた拳の威力は、最大級の呪砲に匹敵し、繰り出される蹴りは儀式魔術を凌駕していた
そして、巨大クレーンのような太い腕は特殊合金性の隔壁すら引き裂く
人が喰らったら、間違い無く致命傷に至る威力
だが雪菜は、その悉くを鮮やかに受け流した
雪霞狼
七式突撃降魔機槍に刻印されている神格振動波駆動術式が、実体化している眷獣の暴風が如き攻撃を防ぎ、逆に魔力によって構成されている肉体を引き裂こうとした
だが、アスタルテの薔薇の指先も同じ神格振動波駆動術式を纏っているので、雪霞狼の斬撃は、その肉体を浅く傷つけるだけだった
普通の魔族だったら致命傷を受けるはずなのに、浅く傷つける程度で止まり、その傷すら一瞬にして再生する
戦闘技術では雪菜が勝っているものの、雪菜にはアスタルテを倒すだけの攻撃力はない
逆に、圧倒的威力を誇るアスタルテは、雪菜の体術と槍技に翻弄されており、雪菜に触れることすら出来なかった
二人の戦いは、完全に膠着状態になっていた
だが、それこそが明久達の作戦だった
「あああぁぁぁ!」
気合いと共に青白い稲妻を刀に纏わせながら、明久はルードルフに突きを放った
ルードルフは一瞬驚きの表情を浮かべるものの、すぐに我に返り、明久の突きを避けるとその体格からは予想出来ない速度で、戦斧を轟音と共に振り下ろした
明久はそれを、雷切を引き戻し刃を斜めにすることで受け流した
すると戦斧は床にめり込み、明久はその隙に距離を取った
「ほう……素人ではありませんね……今の動き方から察するに、剣術家ですか」
ルードルフがそう言うと、明久は刀を構え直して
「正確には、剣道兼剣術なんだけどね」
と返した
明久は昨年まで、彩海学園の剣術剣道部に所属していた
なお連名になっている理由は、人数の少ない二つの部活が纏まった名残らしい
そして剣術というのは、呪力や霊力を使って戦う剣技を指す
明久はその剣術側に特化していたが、剣道も使っている
そして、今のこの状態こそが二人が考えた作戦だった
吸血鬼たる明久とは決定的に相性の悪いアスタルテを雪菜が足止めし、その間に明久がルードルフを撃破する
そうすれば、人造人間たるアスタルテは戦うことを辞める筈だと
二人が短いながらも、アスタルテと言葉を交わしたからこその判断だった
心の優しいアスタルテは、創造主たるルードルフの命令に従って戦っていて、本当はこのような戦いは望んでいないと
だから明久は、なんとしてもルードルフを撃破しないといけない
だが
「ぬぅん!」
ルードルフはその戦斧をまるで暴風のように振るい、明久はそれを避けた
だというのに、掠っただけで、制服の袖が大きく裂けた
速くて重い
もし直撃を受けたら、あの跡地と同じことになるだろう
復活できたとしても、それはルードルフによって聖遺物が取り返された後になる
だからこそ、明久は絶対に喰らうわけにはいかなかった
そんな明久の焦りを見抜き、ルードルフは豪快に笑いながら
「確かに凄まじい魔力ですが、そのような攻撃では私に触れることは出来ませんよ。競技用の技などではね、第四真祖!」
「わかってるよ……だから!」
明久はそこから、意識を切り替えた
今までは直線的な動きだったが、そこからはまるで流れるような動きに変わった
そして、フェイントが入り混じった連撃を繰り出して、ルードルフを押し始めた
「ぬ……これは!」
しかも、雷撃を纏っているので、一撃当たる度に、ルードルフに向かって雷撃が迫った
ルードルフは一旦大きく距離を取って、仕切り直すと
「先ほどの言葉は撤回です。認めましょう、貴方はやはり侮れぬ敵だと……ゆえに相応の覚悟をもって相手をさせてもらいます!」
ルードルフはそう言うと、羽織っていた外套を脱ぎ捨てた
「なに……っ!?」
ルードルフの全身から凄まじい呪力が溢れ出し、明久は圧された
外套の下から現れたのは、輝きを纏った装甲強化服だった
黄金の光を放ち、その輝きを見た明久の目に激痛が走り、光を浴びて明久の肌が焼けた
「ロタリンギアの技術によって作らし聖戦装備《
そこから、ルードルフの攻撃力と速度が上がった
装甲鎧が、ルードルフの筋力を飛躍的に強化しているのだ
黄金の光で視界を奪われて、明久は風切り音と圧、更に勘で攻撃を避けた
だが、掠って頬から鮮血が溢れ出した
「厳しいな! そんな装備があったなんて!?」
明久が苦しげに言うが、ルードルフは構わずに攻撃を敢行した
「くっ……」
目の回復に時間が掛かり、明久は防戦一方となった
「先輩!」
そんな明久に気づいて、雪菜は心配そうな声を上げたが、明久は右手の親指を立てて、大丈夫という意思表示をした
そして、ルードルフの一撃を避けた明久は一気に後ろへと跳んで距離を取った
「そういうことなら、こっちも遠慮しないで使わせてもらうよ! 死なないでね、オッサン!」
「ぬ……!?」
本能的に危険を感じ取ったのか、ルードルフは腰を低くして身構えた
そして、高々と掲げられた明久の右腕から鮮血が噴き出した
「
明久がそう言うと、溢れ出していた鮮血が濃密な雷光へと変わった
これまでとは比較にならない膨大な光と熱量、そして衝撃波
倉庫街を焼き払ったのと同じ、第四真祖の眷獣である
だが前回と違うのは、その雷光が無差別ではなく、凝縮されて巨大な獣の姿へと変わったのだ
それが本来の眷獣の形
明久が初めて完全に掌握した、第四真祖の眷獣の真の姿である
「
そして今ここに、災厄の化身がその姿を現す