空港で騒ぎが起きる、少し前。雪菜の部屋で明久は、雪菜とセレスタのことをどうするか話し合っていた。
「やはり、アルデアル公の舟に引き渡すべきかと」
「だよねぇ……僕も、それが良いと思う」
とは言っても、ヴァトラーから送られてきたのだから、やはりヴァトラーに引き渡すのが最良だと、二人は判断し、それで落ち着いていた。
そして明久は、食事の用意を雪菜に任せると、セレスタの様子を見に行くことにした。
「まだ、寝てる……か」
一度ノックしたが返事が無かったので、ドアを開けるとまだ寝ている。しかし、アスタルテが診察した時より何やら魘されていることから、もしかしたら目覚めが近いのかもしれない。
「どうしたらいいのかな……」
アスタルテが診察の際に座っていた椅子に腰掛けながら、明久はため息混じりにそう呟いた。
その時、セレスタの目蓋が震えながら開いた。
「あ、起きた」
セレスタが起きたことに気づいた明久は、声を掛けようと前のめりになった。その直後、セレスタはガバリと起き上がって明久に抱き付き、何語かで喋り始めた。
「待って待って!? 何を喋ってるのか分からない!? 取り合えず一旦落ち着いて!?」
明久はセレスタに落ち着くように促しながら、両手を上げていた。すると何かに気づいたセレスタは、一度明久の顔を見てから明久から離れて、明久の頬を叩いた。
「あ痛ぁ!? 僕、何かした!?」
と明久がセレスタを睨むと、ドアが開いて
「先輩、何ごとですか!?」
と雪菜が突入してきた。そして雪菜は、今の状況を軽く観察する。
1、目覚めたセレスタが、タオルケットを胸元まで上げながら顔を赤くして、明久を睨んでいる。
2、頬を叩かれたらしい明久が、床に座り込んでいる。
かなりの確率で、明久が犯人だと言える状況だった。
「……先輩……?」
「待って、僕は無実だ」
雪菜が絶対零度の視線で明久を見下ろすと、明久は切実な表情で自身の無実を訴えた。その間も、セレスタは二人からしたら分からない言葉で喚きながら明久を指差している。
流石に雪菜も埒が明かないと思ったのか、一計を案じた。
数分後
「雪菜ちゃん、それは?」
「沙矢華さんから習った翻訳術式を込めた護符です……これを、腕輪みたいにすることで、互いの言語が翻訳されます」
明久からの問い掛けに、雪菜は説明しながら金属製らしい護符をセレスタの腕に装着した。そして、最後に霊力を込めると
「はい、これで私達の言葉が分かるはずです」
とセレスタに言葉を掛けた。その直後
「気安く私に話し掛けないで、この地味女!」
セレスタの口から出たのは、罵倒だった。
「じ、地味女……」
「それに! あんた、さっきはよくもヴァトラー樣の振りをしてくれたわね!?」
「誰があんな戦闘狂いの振りなんかするか! さっきは君が勝手に間違えたんじゃないか!?」
「ヴァトラー樣を戦闘狂いだなんて、失礼よ!!」
明久の反論に、セレスタは怒った表情で怒鳴った。その時、雪菜が窓の方に向きながら
「誰ですか!?」
と雪霞狼を向けた。明久も視線を向けると、窓の外に一体の獣人が居た。
「獣人!? しかも、ただの獣人じゃない!?」
雪菜はその獣人から、今までの獣人から感じたことの無い呪力が溢れてることに気づいた。
その獣人が大きく息を吸うと、雪菜は雪霞狼を床に突き立てて
「二人とも、動かないで下さい!」
と言いながら、神格振動波による結界を展開。その獣人の咆哮から、二人を護りきった。ただの咆哮の筈が、窓が粉々に割れて、床や壁には大きなヒビが入っていた。
「あの獣人……かなりの年齢のようですね……もしかして、教本で習った神獣の域に到達している……?」
本来、獣人は極一部を除いて魔術行使をしない種族だ。例外の一つを挙げるならば、既に死んでいる黒死弟のゴラン・ハザーロフだ。
しかも、異例中の異例たる死霊術。
「……先輩、セレスタさん。移動しましょう」
「行き先は?」
「……アルデアル公の舟です」
獣人が居なくなったのを確認した雪菜は、雪霞狼を引き抜いてから移動することを提案した。
それに頷いて、明久は部屋から出て刀を取りに行った。そうして、明久と雪菜は、セレスタを巡って邪神と戦うことになる。