凪沙が空港に向かった、数十分後。吉井家。
「はあ……ごめんね、常識外れのバカ親父で」
「いえ、むしろ納得しました。確かに、先輩のお父さんですね」
「どういう意味さ」
「過去を振り返ってください」
明久と雪菜がそんなやり取りをしていると、チャイムが鳴った。
「はい?」
『すいません、白猫宅急便です!』
明久がインターホンを操作すると、モニターには見慣れた配送業者の姿が映った。
「はい、今行きます」
明久ははんこを持って、玄関に向かい
「じゃあ、ここにはんこをお願いしまーす」
「はい」
と簡単なやり取りをしながら、業者が差し出した用紙にはんこを捺した。すると業者は、一つの大きなキャリーバッグを差し出して
「お荷物はこれです、ありがとうございましたー」
と言って、去っていった。その直後明久は、その荷物の差出人の欄を見て
「待てい! 差出人バトラーじゃんか!? 業者さん!? これ要らない……って、もう居ないし!?」
と受け取り拒否しようとしたが、既に業者の姿は既に消えていた。
「先輩……どうしますか?」
声を聞いて歩み寄って来た雪菜は、明久の足下にあるキャリーバッグを見ながら、明久に問い掛けた。
「……一回、雪菜ちゃんの部屋の方に運んでいい?」
「……そうですね。私の部屋なら、複数の結界が張ってありますから、対処がしやすいかと」
明久の問い掛けに雪菜がそう答えると、取り敢えず二人は、そのキャリーバッグを雪菜の部屋の方に運び込んだ。
そして、部屋の結界の強度を高めた後、雪霞狼を構えると
「先輩、何時でもどうぞ」
と雪菜は、開けるように促した。
ここまで厳重態勢になるのは、はっきり言ってしまえば、バトラーが信用出来ないからに他ならない。何かと厄介事を持ち込む(今回は送り込んできたが)戦闘狂というのが、明久と雪菜がバトラー抱える評価だ。
「じゃあ、開けるよ……」
一回深呼吸した後、明久はキャリーバッグの留め具を外した。その直後、隙間から白い空気は出てきた。それを見た瞬間、雪菜は身構えたが
「冷たっ!? これ、冷気!?」
と明久が驚いた声を上げた。
「冷気? ……まさか!?」
雪菜は何かに気づいたらしく、僅かに前のめりになった。しかしその間に、明久はキャリーバッグの蓋を完全にそして、明久と雪菜が見たのは、キャリーバッグの中で寝ている、褐色の肌が特徴的な一人の少女だった。
数十分後
「
「そっか、良かった……」
「すいません、アスタルテさん。いきなり呼んでしまって」
雪菜の部屋の客室にて、先の少女をベッドに寝かし、医療用の知識がデフォルトで備わっているアスタルテに少女を診察してもらった二人は、少女に異常が無いと分かると深々と安堵した。
「しかし、なんでバトラーは女の子を送ってきたんだ? 態々、キャリーバッグに封印の術式を施してまで」
「分かりません……」
明久の言葉を聞いて、雪菜は困惑した表情で首を振った。二人は気付かなかったのだが、配送票が貼られた場所。蓋の継ぎ目部分には、封印の術式が刻んであったのだ。それも、中の時間の流れを止める高等術式だ。
そもそも、人間を配送するという行為自体が非常識であり、ようするに密入国になる。なぜ空港で気付かなかったのかと言うと、キャリーバッグの内側に、探査を誤魔化す術式が施されていた。
確実に確信犯になる。
「そもそも、この女の子が誰なのか……」
「セレスタ・シアーテ」
明久が頭を掻いていると、アスタルテがポツリと少女の名前らしき言葉を言った。
「え、アスタルテちゃん。この女の子の名前を知ってたの?」
明久が困惑した表情で問い掛けると、アスタルテはキャリーバッグを指差し
「配送票に記載」
とだけ言ってきて、それを聞いた二人は配送票を見た。確かに、荷物の欄に《中身、セレスタ・シアーテ1》と書いてあった。送り主の名前に意識が向き過ぎて、見逃していたようだ。
「普通に書いてありましたね……」
「確かに……」
少し悔しそうにしながら、明久はアスタルテに視線を向けて
「いきなりありがとうね、アスタルテちゃん。助かったよ。けど、本当に那月ちゃんの居場所を知らないの?」
「肯定。私が出る十数分前に、出掛けました」
「そっか……」
実は、少女。セレスタのことをどうにかしてもらおうと、那月を呼ぼうとしたのだ。しかし那月は居らず、アスタルテが那月宅で暇を持て余していたとのことで、診察に来てもらったのだ。
「言伝てしておきますか?」
「あ、お願い出来る?」
「
明久のお願いに頷くと、アスタルテは診察に使った器具を鞄に仕舞った後、去っていった。
時は少し遡り、那月宅
「ふむ、今年は行けるか……」
那月は一冊の分厚いカタログを見ながら、紅茶を飲んでいた。そこに、携帯が鳴ったので出ると
『お、繋がった。那月ちゃんか?』
「……貴様、何故私の電話番号を知っている。吉井牙城」
何故か教えた覚えの無い相手、牙城から電話が掛かってきたことに困惑した。
『まあまあ、んなことどうだっていいじゃねえか。それよりな、さっき凄い美人を見たんだがな』
「切るぞ、貴様……いや、それより今何処に居る?」
『あ? 空港の搭乗ゲートだよ。んでな、そいつに見覚えがあってな。ようやく思い出した』
「……誰だ」
『ありゃ確か、
「アメリカ軍特殊部隊だと……?」
特にアメリカ連合国は、
「それで貴様は、その女隊長を見逃したと?」
『おいおい、攻魔官でもない一般人の俺に、何を期待してんだ?』
少なくとも、ただの一般人ではないのは確かだが、牙城の言い分は正しい。少なくとも、牙城は攻魔官ライセンスは取得しておらず、一応は一般人の部類に入る。
『それでだ、今ようやくあの女の名前を思い出した』
「なに? 有名人なのか?」
『ああ、那月ちゃんだって知ってる筈だぜ? アンジェリカ・ハーミダ。通称、血塗れアンジェリカなんて呼ばれてる女傑だ』
牙城の告げた名前を聞いて、那月は思わず舌打ちした。