「あ、アヴローラ……? な、何を言ってるの?」
「再度告げる……我を食らい、貴様が新たな第四真祖になれ……それが、解決策だ」
明久が呆然としていると、アヴローラはそう告げた。それを聞いて、明久は
「そんなの……認められる訳が無いだろ!? アヴローラだって、普通に生きたいって言ってたじゃないか!?」
それは、牙城に船に案内された後のことだった。
明久が料理していると、アヴローラは明久に普通の生活を送ってみたいと語っていたのだ。
それは、長年に渡って一人で眠り続けていたからの願いだった。彼女は造り出されてから、気の遠くなる時間を一人で眠り続けていた。
その間他の個体は、世界に何度も災厄を巻き起こしてきた。それこそ、天災レベルの災厄を。
だから、破壊を撒き散らさずに普通の生活をしてみたいと。細やかな願いを口にしていた。
その願いを、明久は聞いていて、絃神島という魔族特区なら出来るかもしれないと言っていた。
「そうだ……だが、我を食らい貴様が新たな第四真祖になるしか、この娘を忘れないで済む方法が無い……妹、なのだろう?」
「そうだよ……だけど……っ!!」
凪沙は明久の大切な妹。それは変わらない。
「だけど……何か、他に方法が……!」
明久はそう言って、拳を握りながら俯いた。そんな明久に、アヴローラは
「否、方法はこれしかない……済まぬ」
と言って、明久の手にそのクロスボウを握らせた。
握ったのは、明久の意志じゃなかった。
「これって……アヴローラ!?」
明久が抵抗しているからか、クロスボウをカタカタと鳴らしながらゆっくりと構えていく。それは、アヴローラが明久の体を操っているのだ。
「血の従者が本物の吸血鬼になるには、その手で主を殺し、血を吸う必要がある……」
明久の呼び掛けに、アヴローラは俯きながらそう教えた。ならば、第四真祖たるアヴローラを普通の武器あるクロスボウでは殺せない。
だが、装填されている矢、否、杭が特殊だった。
その杭は、今から数年前に故カルアナ辺境伯がある遺跡から発掘した魔殺しの杭だった。
その杭は、あらゆる魔力を霧散させる対魔の切り札だった。推測だが、恐らくは原初のアヴローラが勝ってしまった際の保険だったとは、牙城の考察だ。
それは、数年間に渡りカルアナ辺境伯の地下宝物庫に保管され続け、ネブラシに襲撃された時にヴェルディアナが唯一持ち出せた、家族の遺品だった。
それを打ち出すクロスボウには、更に膨大な霊力を込めた
杭の魔殺しの能力を発動するには、膨大な霊力が必要。
その霊力だが、深森曰く
『牙城君が、何処かの霊能力者の女の子を騙くらかして込めさせたんでしょうね』
とのこと。
それをアヴローラが船のベッドの下から見つけ、密かに持ってきていたのだ。
自分を殺させるために。
「アヴローラ!!」
「……済まない、心優しき少年よ……貴様は、我を恨んでくれていい……」
アヴローラは泣きそうな笑顔を浮かべながら、明久にそう語った。そして、明久の持つクロスボウの照準は、アヴローラの胸部に向けられて
「……さらばだ……我が従者……いや、新たな第四真祖よ」
「アヴローラァァァァァァァァァ!!」
明久が叫んだ直後に杭は放たれて、アヴローラの胸に深々と突き立った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そうだよ……思い出した……僕が……アヴローラを……殺したんだ……」
「先輩……」
「明久、あんた……」
どれ程時間が経ったのか。気付けば明久は、用意されていたらしいソファに寝転がっていて、他のソファに雪菜と浅葱が居た。
目覚めた明久は、開口一番に泣きそうな声で呟き、雪菜と浅葱はどう言っていいか迷っていた。
すると、那月が
「1つ、耳寄りな情報を与えてやろ。吉井明久」
と明久に語りかけてきた。
「そのアヴローラの体を、MARが回収し、今も大事に保管している」
「……MARが?」
そう問い返した明久だが、そう言えばと病院で氷の棺桶で眠っていたアヴローラを思い出した。
「何を考えているのかは分からんが、どうも何かを研究しているらしい……」
「……研究……」
「さて……お前はどうしたい? このままでいるか? それとも……」
「決まってる……アヴローラを解放する……」
明久はそう言いながら、体を起こした。
「MARがどうしたいのかなんて、僕は知らないし関係ない……けどね、アヴローラの体を好き勝手弄られるなんて許さない……アヴローラは、普通の生活を望んでたんだ……だったら、叶えてあげたい……」
「先輩……」
「あんた……」
明久の話しを聞いて、雪菜と浅葱は驚いていた。
しかし、那月はニヤリと笑みを浮かべて
「ふ……バカなりにつっ走ってみせるがいい……私は、見守ろう」
と告げた。
その後、明久達は監獄結界から解放された。
「明日も普通に授業だ。遅刻は許さんぞ」
那月はそう言って、姿を消した。
そしてやはり、監獄結界の中では時間の流れも違ったらしい。外は綺麗な茜色に染まっていた。
「だけど、明久……あんた、よくも私に隠し事をしてくれたわね……しかも、割かし大事なことを」
「いや、だからね……簡単には話せないことだから仕方ないんだって……」
「問答無用!!」
明久の言葉に浅葱は、明久を殴ろうと拳を振り上げたが、その前に明久が石に躓いて転倒した。
「あ痛たたた……」
「大丈夫ですか?」
明久が打った頭を抑えていると、一人の少女が手を差し伸べた。顔立ちは欧州系で、年齢は明久と同じ位だろうか。
何故かメイド服を着ていて、胸元にはヴェルアーナと書かれたネームプレートが着いている。
「ありがとうございます……」
「いえいえ」
立ち上がった明久が感謝の言葉を述べると、その少女は微笑みを浮かべながら首を振った。
そして少女は、持っていたチラシを明久に手渡しながら
「改装したメイド喫茶。カルーアに是非お立ち寄りくださいませ」
少女は着ていたメイド服のスカートを僅かに持ち上げながらそう言うと、去っていった。
すると、浅葱が
「へぇ……この辺に、メイド喫茶なんて有ったのね」
と言って、明久が持っていたチラシを横から取った。
明久と雪菜も横から見ると、どうやら改装工事を終えてオープンした喫茶店らしい。
チラシの下端には、クーポン券も着いている。
それを見た浅葱が、何やらニヤリと笑みを浮かべて
「よーし、明久。あんたの奢りで行くわよー! 洗いざらい喋ってもらうから」
と言って、明久を引きずり始めた。
「やーめーてー!? 人の財布を大破させようとしないでー!?」
「あ、ま、待ってくださーい!!」
涙目で引き摺られる明久に、とりあえずといった様子で明久と浅葱を追い掛ける雪菜。
三人は、確かに喧騒の中に戻っていったのだった。