「あっつ……」
そう呟いた明久は、汗をハンカチで拭った。
今居る絃神島は、日本本島から南に約330km離れた人工の島で、一年中暑い気候だ。
その絃神島の彩海学園に転入して、約二年が経った。
明久と凪沙は、なぜ絃神島に来ることになったのか覚えていない。
医者の話では、欧州で起きた列車事故に巻き込まれて重傷を負い、医療技術が発達していた絃神島に運ばれたらしい。
明久はすぐに良くなり、普通に生活出来るようにはなった。しかし、凪沙は入退院を繰り返していた。
今もMARの母親の部署が原因を探っているが、分からないようだ。
「さてと……見舞いに行きますか……」
学校帰りに明久は、入院中の凪沙の見舞いに向かった。
そして病院に到着すると、待合室に見知った姿を見つけた。同級生の藍羽浅葱だ。
「藍羽さん……お見舞い?」
「うん……お母さんの……」
明久が問い掛けると、浅葱は力なく頷いた。
どうやら、母親が入院中らしい。
「そっか……早く善くなるといいね……」
「ありがとう、吉井……そういえば、吉井は誰が入院してるの?」
明久の言葉に返答すると、浅葱はそう問い掛けてきた。すると明久は、頬を掻きながら
「うん、まあ……妹……名前は凪沙って言ってね……もし良かったら、話し相手になってあげて。話すの好きだから」
と言って、受付を済ませた。
そして、病室に向かう前に
「藍羽さん、眼鏡よりコンタクトの方が似合うと思うよ。可愛いんだしね」
と言って、病室に向かった。
この頃の浅葱は、まだ今のような格好ではなく、黒髪に眼鏡を掛けた姿だ。
「……私が、可愛い……」
初めて可愛いと言われた浅葱は、顔を真っ赤にしながら頬を抑えた。
その頃、ある港に一隻の小型クルーザーが停泊していた。
そのクルーザーから、二人の男女が出てきた。
一人は中年の男、吉井牙城。もう一人は、欧州系の顔立ちのまだ幼さが目立つ少女だった。
名前は、ヴェルディアナ・カルアナ。ある目的の為に、牙城と一緒に絃神島に来たのだ。
「さてと……本当にやるんだな、嬢ちゃん?」
「ええ……私は、なんとしても……あいつらから、故郷を取り戻すの……その為なら……!」
牙城の問い掛けにそう言うと、ヴェルディアナはクルーザーから降りて町の中に消えていった。
それを見送った牙城も、軽く首を鳴らしてから行動を開始した。
そして、小一時間後。場所は戻って病院。
「じゃあね、凪沙。また来るからね」
「またね、明久君」
面会時間がギリギリになったので、明久は家に帰ることにして、帰宅の途に就いた。
しかし、ある歩道橋を渡っていた時だった。
「なんだ……?」
明久は奇妙な感覚に襲われて、周囲を見回した。
そして気付いた。人の姿が、全く無い。
「嫌な予感……!」
そう思った明久は、急いでその場を離れようとした。
だが、時既に遅しだった。明久が渡っていた歩道橋の先に、小さな鎧兜を着た小柄な人物が居た
「……誰?」
「我は……五番目なり」
明久の問い掛けに、その人物はそう答えながら、凄まじい魔力を放出させた。
「魔族!?」
相手の正体に気付いた明久に、雷が襲い掛かった。