あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

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お気に入り件数が100件行ってたことを見て、驚きました。
拙作を読んで下さる方たちのためにも、今後も精進の心を欠かさないよう心がけます。


二〇一四年十二月十四日 初稿
二〇一五年十一月十日  修正
 


1-6 青と赤の距離 / 狐の夢 / 青の後悔

 なんだか、とんでもないことになっていた。

 高校生活三日目。タトルギルディとの戦いがあった日の翌日。

 自宅で朝食を済ませた愛香は、観束家でさらにトーストをいただきながら朝のニュースを見て、呆然とするしかなかった。

 ニュースではテイルブルーの特集が組まれ、昨日の、タトルギルディとの戦いからはじまり、現場となったとある高校の女生徒たちに群がられている映像まで映し出されている。

 眼を輝かせ、顔を赤らめた女生徒たちは、まるで、生で有名人などと出会うことができたかのように、興奮した様子であった。ごく一部の人は、なにやら恍惚とした危なそうな表情だが、気にしないことにする。

『ぐろろ~。イイ女ではないか~』

 学校関係者であるという、剣道着を着た謎の巨漢が、インタビューでそう答えていた。顔はよく見えないが、なんとなく眼が血走っているように思える。変身してもまったく勝てる気がしないのは、なぜだろうか。

 あの学校で見た覚えはないが、きっと気にしない方がいいのだろう。あの学校の歴史に関わっているのかもしれない。

 なにか変な納得の仕方をしている気がするが、あまり考えてもしょうがない、と思考を切り上げる。

『警視庁は、この少女に関しての情報を引き続き求めていく方針で――』

「いや、アルティメギルの方を調べなさいよ。なんでそっちの方ばっかりなのよ」

 報道内容に、愛香はうんざりと独りごちる。

 一緒にニュースを見ていた未春が、不思議そうに問いかけてきた。

「どうしたの、愛香ちゃん? 不機嫌そうだけど」

「えっ? い、いえ、あんな怪人が現れたのに、ヒーロー、っていうかヒロインの方ばっかり調べてどうするんだ、って思って」

 さすがに、テイルブルーは自分です、と教えるわけにもいかない。言いふらすことはないだろうが、悪ノリしそうな気がする。

 未春が、苦笑しながら口を開く。

「うーん、可愛くて恰好いい女の子だから、夢中になっちゃうのも仕方ないんじゃないかしら」

「そ、そうですか?」

 未春のその言葉に、愛香は気恥ずかしさを感じ、顔が少し熱くなった。

「あら、どうしたの、愛香ちゃん? 顔が赤いけど」

「い、いえ、なんでもないです」

「そう?」

 再び不思議そうに問いかけてくる未春に対し、自分のことではなくテイルブルーのことを言っているのだ、と自分に言い聞かせながら答える。

未春は、その答えに小首を(かし)げながらも、総二の方に顔をむけ、口を開いた。

「ところで総ちゃん、さっきからどうしたの?」

「え、な、なにがっ?」

 突然、話しかけられたことに動揺したのか、総二が焦った様子で聞き返す。未春は、総二の反応に釈然としないものを感じているのか、再び不思議そうに問いかけた。

「テイルブルーちゃんがテレビに出たあたりから、真剣な顔になってたでしょ? それに、握手会のあたりで、複雑そうな表情になってたし」

「い、いや、別に」

「――ほんとにどうしたの、総ちゃん? 総ちゃんなら、テイルブルーちゃんのツインテールがきれいだから、とか言うと思ったのに」

「あ、ああっ、うん、そうだなっ。ほんとに、きれいなツインテールだよなっ」

 未春の、眼をパチパチとさせてからの再度の問いかけに、総二が慌てたように返す。総二のその言葉に、愛香の顔が熱くなった。

「それに、握手会が終わったところで、ほっとした顔になってたし」

「いや、男がいなくてよかった、って」

「へ?」

「あら」

「あっ」

 未春の言葉に対して、即座に返された総二の答えに、愛香は間の抜けた声を漏らし、未春はきょとんとした様子で呟く。

 愛香たちの反応に、自分がなにを言ったかに気づいたのか、総二がはっとした様子で自分の口を手で塞ぐ。

 未春が、自分の口に手を当てて、なにかを考えるような仕草をしたあと、意地悪そうな笑顔を総二にむけた。

「あらあら~、総ちゃんったら、テイルブルーちゃんに(ひと)目惚れしちゃったのかしら」

「ひ、一目惚れって」

 未春の言葉に顔を赤くした総二が、愛香の方をチラチラと見ながら、再び慌てた様子で答える。

 未春の言葉と、総二の反応に、愛香の顔もさっきより熱くなった。

「愛香ちゃん?」

「な、なんですかっ?」

 また不思議そうに名前を呼んでくる未春に、愛香は慌てて聞き返す。

 またもパチパチと(まばた)きして首を(かし)げた未春が、テレビの方に視線をむけた。

「あら?」

「ど、どうした、母さん?」

「んー」

 なにかに気づいたように声を上げた未春に、総二が少し焦った様子で問いかける。

 未春は、総二の問いかけに生返事らしきものを返しながら、愛香とテレビに映るテイルブルーを交互に見ている。

 背中に冷や汗が流れるのを感じながら、未春がなにを言いだすのか、愛香は気が気でなかった。

 少しして、なぜか楽しそうな笑顔で、未春が言葉を返してきた。

「うん、なんでもないわ」

「そ、そうですか」

「そ、そうか」

 彼女の言葉を聞いて愛香は、表に出ないように気をつけながら、心の内で安堵する。気づかれたかどうかわからないが、聞いて藪蛇になっても困るので、追及はしない方がいいだろう。そう思った。

 総二も同じことを考えたのか、ふと思いついたように声を上げた。

「そ、そういえば、ネットの方はどうなってるんだろうな」

 なんだか見るのが怖い。そう思ったが、口には出さず総二に近づくと、彼が取り出した携帯の画面を一緒に見る。

 ネットを開き、『テイルブルー』で検索する。

「え?」

「いや、なによ、これ?」

 画面を見た愛香は、総二とともに困惑の声を漏らした。

 

 

 

「ほんとうにすごい人気だな。テイルブルー」

「いや、ほんとに、なにがどうなってこんなことになってるのか、さっぱりわからないんだけど」

 戸惑う様子の総二の言葉に、愛香も戸惑いながら返事をする。

 一緒に学校にむかいながら、周りの人たちの言葉に耳を傾けると、やはりテイルブルーのことばかり聞こえてくる。

 朝のニュースのあとに確認したネットでも、すでにテイルブルーWikiや、まとめが作られていた。

 なにをまとめるんだ。そう思いながらも、ちょっと興味を引かれた愛香は、総二とともにまとめを覗いてみた。とはいえ書いてあったのは、容姿――オブラートにくるんではあったが、胸のことにも触れていたため少しイラっとした――や戦い方程度で、大したことは載っていなかった。当然と言えば当然だが。

「っていうか、なんでテイルブルーばっかりなんだか。アルティメギルの方もちょっとは調べなさいよ」

 誰にともなく言う。アルティメギルの方に関しては、まったく調べようとする気配がなかった。

 作為的なものを感じてしまうが、さすがにそれは考え過ぎだろうか、と思い直したところで、総二が苦笑しながら、なだめるように声をかけてきた。

「確かにな。でも、嫌われたり怖がられたりしなくてよかったじゃないか」

「まあ、そうだけどさ」

 いや、ほんとうにそうよ、と、うんざりとした調子の、自分に似た声が聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。

 苦笑をやめた総二が、どこか不機嫌そうに口を開いた。

「いやらしい目で見られるのは、嫌だけどな」

「へっ? そ、そーじ、いま、なんて?」

「えっ、い、いや、なにも」

「そ、そう?」

 総二のボソッとした呟きが耳に届き、愛香が慌てて聞き返すが、彼は顔を微かに赤くしながら、ごまかすように首を横に振ってくる。

 問いただしたい気はするが、気恥ずかしさも感じてしまう。意識してくれているのだろうか。

 世間の反応に多少うんざりするものを感じながらも、少し縮まってきたように思える総二との心の距離に、愛香は幸せなものを感じた。

 

 

 

 あいつか。

 狐を思わせる、シャープな印象を受けるエレメリアンを見て、ブルーの胸にあった苛立ちがますます強くなる。

 総二と少しずつ距離が縮まってきていることに幸せを感じつつも、世間の反応や二日連続の戦闘により、愛香は疲れとストレスが溜まっていた。

 家に着いてから、今日は休みたいな、と愛香が考えていたところで、エレメリアンの反応を確認する。

 愛香は総二にツインテールを触ってもらったあと、変身して現場にむかい、そこにいたエレメリアンを視界に収めると、怒りを隠さず鋭く睨みつけ、声を上げた。

「あー、もうっ。なんで毎日出てくるのよ、あんたたちはっ!」

「ああ。やっと、お逢いできましたね、テイルブルー」

「こっちは、会いたくなんかなかったけどね!」

 ブルーの怒声を気にとめず、エレメリアンが恰好つけたポーズで放ってきた気障な台詞に、ブルーは改めて怒鳴り返す。やはり、エレメリアンはそれを気にした様子を見せず、丁寧な礼とともに言葉を続けてきた。

「私はリボンに魅せられし者、フォクスギルディ。どうかお見知りおきを、美しき女神よ」

「誰があんたたちみたいな変態、いちいち覚えるもんですか!」

 やたらイイ声で発せられる、いちいち気障ったらしい言葉に、ブルーの苛立ちはますます募る。

 今回の戦場はかなり郊外のようで、いまのところギャラリーの姿は見えない。とはいえ、時間をかければ、また誰かが来る可能性がある。

 速攻で決着をつける。昨日の騒ぎを思い出し、ブルーはそう心に決めた。

 リボンを叩き、槍を手に持つ。

 フォクスギルディは、あなたの槍がリボンより呼び出されたものであることに運命を感じる、などとのたまっていたが、もはやブルーは聞く気がなかった。

 フォクスギルディを見据えると、槍を構え、脚に力をこめる。

「これは、プレゼントです」

「っ!?」

 飛び出す直前、フォクスギルディの手からリボンが放たれ、ブルーの周囲を回りはじめる。

 なにをしてくるのか。旋回するリボンを見てブルーは警戒を抱き、動きを止めた。

「っ、な、なによ、これっ!?」

 躰をリボンが一瞬で縛り上げ、ブルーは戸惑いの声を上げる。躰に力をこめて千切ろうとするが、リボンはかなりの強度のようであり、すぐには切れそうもない。

「っ!」

 ブルーが焦りを覚えたところに、フォクスギルディが再びリボンを飛ばしてくる。

 まずい。ブルーは躰を縛るリボンを解くのをいったん諦め、そのリボンに対して身構えた。

 今度は攻撃のためのものかもしれない、と思ったところで、フォクスギルディの飛ばしたリボンは渦を巻くようにブルーの周りを何度か回ると、彼の手元に戻っていった。

「―――?」

「お、おお、こ、これほどのものとはっ」

 なにがしたいんだ。なぜか大袈裟に吐血するフォクスギルディを見て、ブルーは困惑する。

 そこでリボンを千切ることを思い出し、腕に力を入れたところで、フォクスギルディが高々と声を上げた。

「結晶せよっ、我が愛!!」

 その力のこもった声とともに、フォクスギルディの躰から放たれた光――おそらく属性力(エレメーラ)――がリボンに注がれ、そのかたちを変えていく。ゴワゴワと。

 興味は湧くが、ただ傍観する気はない。しかし躰を縛るリボンはやはり解けず、かたちを変えていくリボンを見ていることしかできない。

 少しして、リボンの変形が終わった。

「あたしの、人形?」

 リボンが作りだしたものは、ブルーを模した人形だった。それを見て、警戒心がさらに強くなる。ひょっとしたら、ブルーの能力をコピーしたものかもしれない。

 そう考えていたブルーにむかって、フォクスギルディが口を開いた。

「リボンとは、結ぶもの。ツインテールを引き立たせるには無二の存在。あなたの、そのすばらしきツインテール属性。僭越ながら私の属性力(エレメーラ)にて、結ばせて、いただきました」

「あたしの力をコピーしてる、ってやつ?」

「いえいえ、鏡に写した程度のことですよ。姿をまねただけの、ただの人形です。ましてや、リザドギルディほどの強大な人形属性(ドール)を持たぬ私では、自ら動かすこともできません。ですが、外見だけは、見ての通りほぼ忠実に」

 そこまで言うとフォクスギルディは、壊れ物に触れるように、人形のリボンにそっと触れる。その眼は、庭で遊んでいる孫を優しく見つめる老人のようであった。

「あ、あんた、あたしの人形相手になにしてんのよっ!」

 まるで、一流の役者を思わせる演技力。だからこそ、ブルーとしてはたまったものではない。気持ち悪さに鳥肌が立つ。

「はっ!」

「ちょっとっ!」

 ブルーの声などどこ吹く風とばかりに、フォクスギルディが気合の入った声をあげた。その声とともに、爪先立ちで回転したかと思うと(うやうや)しく人形の手を取り、ダンスをはじめる。その演技力によるものか、それとも妄想(イメージ)力とでも呼ぶものなのか、舞踏会場のようなものが、ブルーの眼に見えた気がした。

 あまりのおぞましさに、自分の顔が引きつるのがわかる。

「ふうっ」

 ダンスが終わり、いい汗をかいたとばかりに、フォクスギルディが額を優雅に拭う。ブルーは逆に、背中に嫌な汗が出ている。

 すぐさまぶちのめしたいところだが、リボンは未だ千切れる様子がない。

「はああぁぁぁ」

 フォクスギルディが、顔の前で両腕を交差させ、深く深く、息を吐く。

 そして、人形にむかって優しく、いや紳士的といった風情で、言葉を紡いだ。

「フフ、そんな恥ずかしがることはありません。さ、早く躰をお拭きなさい。湯冷めしてしまいますよ」

 ブチッ、となにかが切れる音が聞こえた。リボンではない。その音は、自分の内から聞こえた気がした。一回だけでなく、数回。堪忍袋の緒が切れる時というのは、ほんとうに音が聞こえるものなのだな、と冷静な部分で思った。

「あ、あ、あ、あ、あ、ん、たねえええーーっ! あたしの人形相手に、勝手なことばかりしてんじゃないわよっ!!」

 怒りが心を満たし、怒鳴り声を上げる。総二以外の誰かに、自分でそんな妄想をされたくはない。

 自分を汚されたように感じたブルーは、それを少しでも拭うために、絶対にあの人形を壊すと決める。

「できますか、あなたに?」

「なにがよ!?」

 フォクスギルディの余裕ぶった言葉に、ブルーは感情のまま怒鳴り返す。フォクスギルディは人形を相手にしながら、余裕を崩さず言葉を続けてきた。

「できますか、あなたに。ツインテールを破壊することが?」

 総二の大好きなツインテールを、壊すのか。その考えが頭に浮かび、ブルーの動きが止まった。

 ブルーは、――愛香は、総二の悲しむ顔を見たくなかった。総二が守りたいと言うツインテールを、彼の代わりに守るために、彼の分も戦うことを決めた。

 それを、自分の手で、壊すのか。

「やはり、あなたは本物だ。それを情けなく思う必要はありません。ツインテールを愛する者として、ツインテールを滅することができないのは、当然のことなのですから」

 迷うブルーを見ながら、フォクスギルディが満足そうに称賛してくる。見当違いの方向だが、壊せないことには変わりはない。

 歯を食いしばり、顔をうつむかせる。

 手から、槍が落ちた。

 

「ガッ!?」

 手から落ちた槍の石突きを、ブルーはその場で回転して蹴り飛ばす。意表を突かれたのだろう、フォクスギルディは反応すらできず、人形ともども貫かれた。

「グッ、に、人形がっ」

 だが、浅い。人形が間にあったために、フォクスギルディを倒すには至らなかったのだろう。彼は、自分の躰に刺さった槍を引き抜いて投げ捨てると、信じられない、とでも言うかのように激しく(かぶり)を振って、声を上げた。

「馬鹿なっ。あなたの大切な、ツインテールなのですよっ。それを」

「それが、なによ」

 声を絞り出し、フォクスギルディの言葉を遮る。

 もしも、愛香がツインテールを壊したことを総二に知られたら。

 悲しむだろう。怒るかもしれない。ひょっとしたら、嫌われてしまうかもしれない。

 総二に嫌われたらと思うと、頭の中が真っ白になる。

 それでも。

「ここで負けたら、もう守れない。戦うことすらできなくなる。だから」

 壊す。

 嫌われても、いい。

 守れなくなる方が、ずっと辛い。

 自分の身を縛っていたリボンを解くため、両腕に力をこめる。フォクスギルディにダメージを与えたためか、さっきまでの強度が嘘のように、簡単に千切ることができた。

 槍はフォクスギルディの近くにあるため、無手のまま構える。

 再び人形を作るようなら、即座に破壊する。フォクスギルディを見据え、そう決意する。

「―――」

 じっとこちらを見ていたフォクスギルディが、姿勢を正し、ブルーにむかって一礼した。

 (いぶか)しむブルーに対し、フォクスギルディが(うやうや)しく告げてくる。

「あなたに謝罪を。そして、その気高き覚悟に敬意を」

 フォクスギルディは、そう言ってその手にリボンを持つと、鞭のように振るう。そしてそのリボンを、地面に投げ捨てられた槍に巻きつけると、ブルーにゆっくりとした速さで(ほう)ってきた。

 槍を受け止め、眉をしかめると、フォクスギルディの顔を見る。

 フォクスギルディが、口を開いた。

「もはや、小細工は不要。堂々とあなたを倒すまで」

「どういうつもりよ」

「言ったでしょう、小細工は不要、と。それに、また人形を作ったとしても破壊されるだけ。それは、私の本意ではありません」

 突然態度を変えたフォクスギルディに、怪訝なものを感じたブルーが尋ねると、彼は堂々と言葉を返してくる。

 フォクスギルディが、リボンを構えた。

「では、テイルブルー、お覚悟!」

 吼えると同時、そのリボンがブルーに振るわれた。

 

 

 甘く見ていた。

 テイルブルーが、人形を壊しながらも戦う姿勢を崩さなかったことを見て、フォクスギルディは考えを改めた。

 フォクスギルディは、これでも歴戦の戦士だ。

 搦め手を得意とする性格ではあるが、それで葬ってきた戦士は、ひとりや二人ではない。

 先ほどテイルブルーに行ったように、ツインテールを愛する気持ちを利用して、戦意を喪失させる。

 中にはツインテールを破壊する者もいたが、それらも、自らの手で愛するツインテールを破壊させることで精神的に脆くなるため、さほど脅威と言える者はいなかった。

 だが、目の前の戦士は、ツインテールを破壊しながらも、戦う意思を捨てなかった。

 いままでの己の戦い方を恥じるつもりはない。

 これ以上、人形を壊されたくないというのも、本心だ。

 しかしそれ以上に、ここまでの覚悟を見せられたのだ。小細工は、無粋というもの。フォクスギルディは、そう思った。

「では、テイルブルー、お覚悟!」

 声を張り上げると同時に、リボンを鞭のように振るう。

 己の力で形成したリボンは、自らの意思で、ある程度軌道を制御できる。生半(なまなか)な実力の相手なら、充分に打ち払うことができるほどだ。

「こんなもの!」

 もっとも、目の前の戦士は、そんな生半(なまなか)な強さではない。テイルブルーは、声とともにリボンの軌道を見極め、避け、あるいは槍で(さば)きながら、フォクスギルディに接近し、槍を振るってくる。

 フォクスギルディに動揺はない。リザドギルディ、タトルギルディとの戦いの映像を見ているのだ。彼女が並々ならぬ実力の持ち主であることは、重々承知している。

 ならば、リザドギルディがテイルブルーとの戦いで見せたように、自分も限界を超えなければならない。それだけのことをしなければ、彼女に勝利することはできないだろう。フォクスギルディはそう思った。

 フォクスギルディには、夢がある。

 それは、己の属性力(エレメーラ)である『髪紐属性(リボン)』をどこまで高められるのか。そしてそのリボンで、どれだけのことができるのか。それを追求し続けること。

そしてそれは、まだ道半ばだ。ここで死ぬ気はなかった。

 テイルブルーの攻撃を躱し、リボンを振るいながら、意識を集中し、そのリボンの数を増やす。二、三本増やすが、やはりその程度では、テイルブルーの動きを捉えることはできない。

 さらに、増やす。

 人間の神話にある、九尾の狐。それを思わせる、九本のリボンを作り出す。

 簡単なことではない。制御が甘くなるリボンも出てくる。

 それは、意思で制御する。自分の属性力(エレメーラ)で作ったものならば、できない道理はない。そう信じる。

「くっ!」

 数に押され、テイルブルーの接近が止まり、一本のリボンを、彼女の、槍を持たない方の腕に巻きつけた。

 好機。

 テイルブルーの動きを完全に封じるため、残りのリボンも一気に巻きつけることを決める。

「スプラッシュスピアアーーッ!!」

「っ!」

 そう考え、リボンを彼女に伸ばした瞬間、リザドギルディとタトルギルディを葬った、テイルブルーの必殺の刺突が放たれてくる。

 それになんとか反応し、放たれた槍に八本のリボンを巻きつけ、勢いを()ぐ。

 胸を貫く直前で、槍が止まった。

「―――」

 防げた。その安堵に、フォクスギルディの動きが一瞬、止まる。

「ハッ!!」

 その瞬間、凄まじい踏みこみとともに放たれたテイルブルーの掌底が、リボンに巻きつかれた槍の石突きに叩きつけられた。

 

「ふっ」

 息が、フォクスギルディの口から漏れる。

 掌底によって押し出された槍が、フォクスギルディの躰を貫いていた。

――――お見事。

 自らの夢を阻んだ怨敵であるはずだが、怒りも憎しみも湧いてこない。

 おそらく、リザドギルディもそうだったのだろう。自らの限界を超え、その上で自分を破った相手に対し、ただ、その強さを讃える。タトルギルディも、きっと。

 躰の力が抜け、視界がかすんできた。

 眼を、閉じる。

「ふふ、まったく、恥ずかしがり屋ですね」

 最期の力を振り絞り、妄想を、いや、夢を見る。いままで追いかけてきた夢、リボンの可能性を追求するために。

 逃避ではない。いままで、夢に生きてきたのだ。夢の中で死ぬことの、なにがおかしいのか。

「ほら、恥ずかしがらずに出てら」

 夢の中に出てきた彼女の姿に、言葉が止まった。

 リボンを、躰に巻いていた。まるで服のように。彼女自身が贈り物であるかのように。なぜいままで、この使い方に気づかなかったのか。

「な、なるほどっ。リボンに、そんな使い方がっ。あ、ああっ!!」

 最期に、いい夢を見れた。薄れゆく意識の中、不思議な安らぎと、満たされた気持ちだけがあった。

 

 

 フォクスギルディが妄想を垂れ流しながら爆散するのを、ブルーはただ呆然と見ていた。

 そこから飛んできた核を反射的に受け止めたが、喜びも感慨も湧かない。

 総二に、どんな顔をして会えばいい。その思いが頭を埋め尽くし、両手で顔を覆う。

「よしっ、取材だ! テイルブルーさんっ、あ、ちょっとっ!」

 戦いが終わったと判断したのだろう、いつの間にか来ていたマスコミが、ブルーに近づいて来る気配がした。

 顔を覆っていた手を離すと、彼らに一瞥(いちべつ)もむけず、駆け去る。いまは、ひとりになりたかった。

 ただ、走る。

 総二の大好きなツインテールを、壊してしまった。

 後悔だけが、頭の中を占めていた。あんな啖呵(たんか)を切っておいて、なんて情けない。

 そう思っても、総二に嫌われてしまったらと考えてしまうと、涙が出そうになる。

「どう、しよう」

 か細い声が、口から漏れた。

 

 




 
フォクスギルディの描写ですが、まあ趣味です。自分の好きな時代小説家先生のような文章書きたいって思いもありまして。


以下、補足です。
不要という方はスルーでお願いします。











原作では、愛香の最優先は総二を守ることであるため、躊躇せず、人形を破壊していますが、総二が戦場にいない本作ではこのようになりました。
また、本作の状況で、愛香が平然とツインテールを壊すことが想像できないこと、トゥアールと会うまで、嘘が苦手な実直さを持つ、と総二に評されているため、こうなるのが自然かな、と。

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