あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

4 / 45
 
二〇一四年十二月七日  初稿
二〇一五年九月九日   修正
 


1-4 青赤会議 / 狐と亀 / 黄、竜の演説

 目を覚ますと、見知った天井があった。

 自分の部屋では、ない。幼馴染みである、総二の部屋の天井だ。

 そこまで考えて愛香は、戦いが終わり、少女と会話をし、ツインテールを結んであげたあと、総二に身を任せて気絶したことをぼんやりと思い出す。なにかを吹っ飛ばしている気がしたが。

 ベッドから、なんとなく総二の匂いを感じた気がして、頭が少しぼーっとする。

 視界に、心配そうな総二の顔が映った。

「愛香。目、覚めたか?」

「そ、そーじっ?」

「ああ。どこか、痛むところとかあるか?」

「え、えっと」

 気遣ってくる総二の声を受け、慌てて起き上がった愛香は、自分の体の調子を確認する。少し疲れのようなものはあるが、それだけだ。

 気持ちを落ち着けて、微笑んで返す。

「うん、大丈夫。ちょっと疲れてるけど、それだけよ。ありがと、そーじ」

「そっか。よかった」

 愛香の言葉を聞いて、安心したように総二も微笑んだ。

 総二の笑顔に一瞬見惚れ、慌てて愛香は口を開く。

「そ、それはそうと。そーじ、どうやってここまで来たの。ずっとおぶってきたの?」

「ああ、あの子が渡してきた道具の中に、転移装置ってやつがあったから、それを使ったんだ。マニュアルもついてた」

「そ、そう、よかった」

 総二に、あまり苦労させずに済んでホッとしたが、ほんの少し残念な気持ちになる。いや、気絶してたのだから、総二の体の感触はわからないわけだし、素直によかったと思っておく。

「愛香。疲れてるんだったら、今日はもう休んだらどうだ?」

「ううん。とりあえず、あの子から渡されたデータバンクってやつで、ある程度のことは知っておかないと」

 心配そうな総二の顔を見て、答える。

 疲れてはいるが、さっきまで寝ていたおかげで、すぐに倒れるというほどではない。

 納得したように総二が頷き、口を開いた。

「わかった。ちょっと飲み物淹れてくるな」

「うん」

 部屋を出て行く総二の姿を見送った愛香は、今日の出来事を思い起こす。

 陽月学園高等部への入学式。神堂慧理那生徒会長。部活アンケートで、総二が『ツインテール部』と書いてしまい、後悔しまくっていたこと。得体の知れない謎の少女。ツインテールを狙う、わけのわからない変態怪人たち。

 そこまで考えて、少女から渡された、手首にはめてある蒼いブレスレットを見る。

 ツインテールへの想いによって生まれる、ツインテール属性。ツインテールにどんな想いをこめているのか、かたちになってくれれば。そう考えていたことが、現実になるとは。

 そう考えて、苦笑する。起こった出来事に関して、複雑な気持ちはある。だが、総二が、愛香のことをちゃんと大切に思ってくれていることが、わかった。自分も、少しではあるが、総二に対して素直に想いを伝えられた。ほんの少しではあるが、それでも、前に進めたと思えた。

「そーじ」

 名前を、呟く。

 ひとりで彼の名前を口に出すときは、不安や悲しみ、自分への不甲斐なさで、胸に重苦しいものが張り付いているようだった。

 いまは、違う。不安などはまだあるが、心に、それ以上の温かなものがある。そこまで考えて、少女から胸がないと言われて怒り、怖がらせてしまったことを思い出す。少女に再会した時、謝ろう。そう考えたあと、総二に思いっきり抱きしめられたことも思い出し、顔が熱くなった。

 扉が、開く。

「お待たせ、愛香。紅茶でよかったか?」

「う、うん。ありがと、そーじ」

 微笑んで、言葉を返した。

 

 紅茶を飲んで一息つき、データバンクと称された紙切れを広げると、宙に画面が現れた。

「まるでSFね。ごめん、そーじ。操作お願い」

「ああ」

 愛香は呟いたあと、総二に操作を頼む。愛香は、機械関連の扱いが得意ではない。説明を受けなければ、ろくに操作などできず、ボタンひとつでできない機能などは、無いも同然と言えるほどだ。

 総二は、ツインテール馬鹿ではあるが、そこはやはり男の子と言うべきなのか、機械関連の理解力は意外とある。

 総二が、画面のあちこちに触れる。時折、少し考えこむ様子を見せるが、どうやら使い方を確かめているようだった。

 一通り触ったところで、総二が、用語説明の画面らしきものを表示させる。

 変態蜥蜴怪人、もといリザドギルディが言っていたアルティメギルや、少女が軽く説明していた属性力(エレメーラ)などを、二人で読み進める。

 属性力(エレメーラ)。あの少女が言った通り、なにかに執着、または愛する心。

 どれだけ人生をかけているか、かけられるかで、強さが変わるらしい。ツインテールに人生をかけるって、と愛香は頭を抱えるが、考えてみれば愛香自身も、総二にふりむいてもらうため、つまりは女としての人生をかけているのだから、そうなるかもしれない、と複雑な気持ちになりながらも納得した。

 気を取り直して、再開する。

 属性自体にも強弱があり、なんでこんなものが、と言いたくなるようなものが強力であることも珍しくないらしい。

 その中でも、最大級の力を持つとされており、アルティメギルが最も執着する属性。

「それが、ツインテール属性、か」

 ツインテール属性に匹敵する属性もあるのに、なぜアルティメギルは、ツインテールを狙うのか。今日のリザドギルディも、ぬいぐるみを持った幼女、もとい少女に執着していたが、ツインテールが前提であるようだった。

 そのことについて気になるものはあるが、いまは、ほかに知らなければならないことがある。

 そして、知れば知るほど、アルティメギルがどれだけ危険か、属性力(エレメーラ)を奪われることが、どれだけまずいことかわかる。

 属性力(エレメーラ)を奪われた人は、その属性に対して心を動かされることが、なくなる。関わろうと思うことも、できなくなる。

 人の生活に密接に関わる属性力(エレメーラ)が奪われてしまったら、どうなるのか。あるいは、その人にとって生きがいともいえるものを奪われてしまったら。ツインテール属性なら、ツインテールにできなくなり、ツインテールに対して、なにも思わなくなるだけだ。だが総二にとっては、決して看過できることではないだろう。そんな心が奪われていったら、その世界は、熱の無い、ただ人が死なないだけの世界になってしまうのではないか。

 家族愛や友情と言ったものは、知性ある生物なら持っていて当然のものであるため、これらが奪われることはないとあるが、慰めになるものではないだろう。

「思った以上にやばいわね、アルティメギルって」

「そう、だな」

 愛香の呟きに総二が、どこか沈んだ様子で答えてくる。

「そーじ?」

 さっきから、総二の様子がおかしい。

 いまも、愛香の方に手を伸ばそうとしては引っこめる、という行動を何度か繰り返している。

 気になったが、総二が次のデータを確認しはじめたため、いまはそちらに集中する。

 次の項目は、エレメリアン。

 

 

 

「リザドギルディが、人間に倒されただと!?」

「馬鹿な、ありえぬ!」

「油断したと言うだけでは説明がつかんぞ、どういうことだ!?」

 人が足を踏み入れること叶わぬ場所。言うなれば、世界と世界の狭間に、神秘と科学の結晶で造られたアルティメギルの前線基地はある。姿を隠すためでは、ない。言ってみればここは、聖域だった。

 その中の、巨大な会議室とでも言うべき大ホール。そこにむかう通路を進んでいたドラグギルディは、大ホールの方から響き渡る、いくつもの同胞たちの声を聞く。

 いま彼らは、意気揚々と属性力(エレメーラ)奪取にむかいながらも、一日足らずで多数の戦闘員(アルティロイド)とともに倒されたリザドギルディと、彼が命を落とした原因について話しているようだった。

 今回、侵攻を決めたこの世界は、ほかに類を見ないほどの高い属性レベルがありながら、文明レベルの低い理想的な狩場。そのはずだった。

 人の精神から生まれる属性力(エレメーラ)を核として生まれる、精神生命体。ゆえに、エレメリアン。

 ほかの、生物や植物などを殺し、喰らわなければ生きていけない有機生命体と違い、エレメリアンがほかの生物を殺すことはない。

 しかしエレメリアンは、人の心、すなわち属性力(エレメーラ)を喰らう。

 属性力(エレメーラ)を奪われたものは、一定期間内にそれを取り返さなければ、二度と戻ることはない。そして、吸収された属性力(エレメーラ)も、復活することはない。

 そのため、エレメリアンはあらゆる世界を渡り、属性力(エレメーラ)を奪う。

 幾百、幾万、幾億の、人の属性力(精神)から生まれた存在が、人の属性力(精神)を喰らう。

 なんとも、皮肉な話であった。

 大ホールの入り口で、足を止める。一面(にび)色の大ホールに丸テーブルが置かれ、個性豊かな姿のエレメリアンたちが集い、喧々諤々(けんけんがくがく)と言い争っていた。

 ドラグギルディは、ふむ、とひとつ頷くと、大ホールに足を踏み入れた。

 

「静まれい!!」

 大ホールに姿を見せると同時にドラグギルディは、白熱する議論を一喝して静めた。

「ド、ドラグギルディ隊長」

 部下である、ひとりのエレメリアンが、畏敬の籠もった声とともに、ドラグギルディの方に顔をむける。

 人間たちの神話にある、竜。

 ドラグギルディの姿はそれを思わせるものであり、黒い体と赤い目を持ち、マントを羽織っている。

 歴戦の戦士であるドラグギルディの強さは、並のエレメリアンとは一線を画しており、ひとつの部隊も任されている。弟子入りを志願してくる者もおり、部隊内には、多くの弟子がいた。

 リザドギルディも、その弟子のひとりだった。

「リザドギルディの力は、師である(われ)がよく知っておる。それを打ち負かすほどの戦士が、密かに存在していたということだ」

 言いながら、ドラグギルディはモニターを操作する。

「これを見よ」

 青きツインテールの戦士、テイルブルーが映し出された。

 おお、という感嘆の声が、一斉に上がる。

「むう。まるでひとつの想いで一心に磨き抜かれたような、見事なツインテール。リザドギルディ殿が敗れたのも、納得がいく」

「これが、この世界の守護者(ガーディアン)

「事前に知れる文明レベルなど、あくまで表層的なもの。中には、それを逸脱した存在がいても不思議ではない。これまでも、我らの前に立ちはだかる戦士とは、何度か相見(あいまみ)えたであろう」

「ですが、いままで戦った戦士たちはすべからく我らの手で。―――むう、これはっ」

 テイルブルーのツインテールは、すばらしいものがある。同時に、テイルブルーとリザドギルディの戦いに、武人としての血が騒いだようだった。戦いの中で、目に見えて動きがよくなっていくリザドギルディと、それを上回るテイルブルーの強さ。最後の一瞬の攻防。そしてやはり、美しく(なび)くツインテール。

 じっと映像を見つめ続ける彼らに、ドラグギルディは問いかける。

「さて、どうする。怯えて尻尾を巻き、他の世界へと逃げ出すか?」

 挑発するかのように薄く笑い、ドラグギルディは周りを見渡した。

 どのエレメリアンも、臆した様子などなく、不敵な笑みを浮かべる者ばかりだった。

「なにを仰います。あれほどのツインテールを前に、他の雑多な世界に逃げろと?」

「フッ、ここが俺の死に場所だ」

「それに、リザドギルディのあの戦いを見せられて逃げ出すなど、武人として恥ずべき行為です」

「ならば、なにも変わらぬな。あのツインテールともども、この世界の属性力(エレメーラ)を頂くとしよう!!」

 集ったエレメリアンたちが、一斉に雄叫びを上げる。

 それに頼もしさを覚えるとともに、忸怩(じくじ)たる思いを、感じていた。

 

 

 

「こんなところかしら」

 無数に存在する平行世界。その中の、突出した科学力を持った一部の世界で発展した、精神力をエネルギーとする技術。

 属性力(エレメーラ)と、そこから生まれたエレメリアン。

 愛香が、あの少女から渡された装備。名前は、ギアと言うらしい。それの機能と、転移装置や、エレメリアンの探知装置の使い方も調べ終わった。探知装置は、手を広げたくらいの大きさで、懐中時計のような形をしており、側面にあるボタンを押すたびに表示画面の縮尺が変わる、どこかで見たようなものだった。

 結論として、アルティメギルとは、自分ひとりで戦わなければならないらしい。愛香はそう思った。

 精神生命体であるエレメリアンには、同じく精神から生まれる力、属性力(エレメーラ)を利用した攻撃しか通用しない。そして、愛香たちの世界で、精神力を利用した技術など聞いたことがない。

 つまりは、愛香の持っているギアしか対抗手段がない。

 愛香が知らないだけの可能性はあるが、探しようがない以上、同じことだ。

 また、アルティメギルが脅威として認識しづらいという点がある。

 属性力(エレメーラ)を奪われるということがどういうことなのか、事情を知らない人からすれば、別にいいのではないか、と無視される可能性が高い。

 連中が今日やったことも、車を破壊することなどはしても、人間に危害を加えることは、一切しなかったのだ。

 ある程度事情を知った愛香ですら、まだどこか戯言のように感じかねないくらいだ。

 国、いや世界規模で対策を取らなければならない危機のはずだが、正直、期待は持てなかった。

 いちおうの結論が出たため愛香は、さっきから気になっていたことを、総二に聞くことにした。

 

 

「それで、そーじ。さっきからなにを気にしてるの?」

 一通り調べ終わったところで、愛香がこちらの目を見て問いかけてくる。ごまかそうかと一瞬考えたが、すぐに観念する。

 総二は、疑問ではなく、確認のために問い返した。

「やっぱり、わかるか?」

「そりゃ、あんな変な行動ばかりとってる上に、沈んだ顔してればね。何年一緒にいると思ってんのよ」

 はっきりと言われ、昼間にも痛感した自分のアドリブ力の無さを、総二は心の中で嘆く。泣き言を言って愛香を困らせたくはない。だが、きっと、愛香も引き下がらないだろう。

 心配そうな顔をむける愛香に対し、総二は自嘲する。

「俺も、あいつらと同じように見られてたのかなって思ってさ」

「はあ?」

 なにを言っているのだ、というような反応を返してくる愛香に、笑顔をむける。笑顔をむけたつもりだが、上手く笑えているかは、正直、自信はなかった。

 自分のことを、情けない奴と思いながらも、言葉を続ける。

「ツインテール、ツインテールってさ。俺がツインテールについて語った時とか、その語った相手が、ツインテールがどんなものか知った時とか、みんな俺のこと、おかしなものを見るような目で見てきたんだ。好きな髪型を主張して、なにが悪いんだ、っていままでそう思っていたけど、みんなからは、あんな怪物みたいに見えてたのかなって思ってさ」

 俺は、開き直ったフリをしてても、ほんとうは、ツインテールを好きなことに後ろめたさを感じてたのかも知れない。

 総二がそう締めくくると、愛香が少し考え込むそぶりを見せた。

 愛香が総二の目を見つめ、どこか恥ずかしそうに口を開いた。

「ねえ、そーじ。そーじはさ、あたしのツインテール、その、好き?」

「好きだ」

 いましがたあんなことを言っておいて、それでも自分は、即答するのか。

 そう考えて、また気持ちが沈みこみそうになったところで、再び愛香の問いが続いた。

「それじゃ、そーじは、あたしのツインテールを奪いたいって思う?」

「いや、思わない」

 一瞬考えるが、迷わず即答する。それに関しては、はっきりと答えられる。

「それは、どうして?」

「愛香のツインテールは、愛香だからこそのツインテールなんだ。奪って自分のものにしたところで、それはもうツインテールじゃない。ツインテールは、愛でてこそ輝くものなんだ」

 総二の言葉に、愛香が優しく微笑んだ。

 笑顔のまま、愛香は語りかけてくる。

「なら、そーじは、あいつらとは違うわよ。あいつらは、人の大切なものを奪う。そーじはそんな酷いことしない。ね、違うでしょ?」

「―――愛香」

「それに、あの子とツインテールの話をしてる時、そーじはどう思ったの?」

 どこか複雑そうな表情で聞いてくる愛香に、少し気になるものを感じたが、少女と話した時のことを思い出す。答えは、すぐに出た。

「楽しかった。いままで、あんなふうにツインテールについて語れる相手っていなかったから、さ」

「うん。そう、だよね」

「愛香?」

 少し沈んだように、愛香が応えてくる。なんとなく心配になり、声をかけたところで、愛香は優しい笑顔で言葉を紡いでくる。

「とにかくね、そーじは考えすぎなのよ。おじいちゃんにもよく言われてたでしょ。お前は雑念が多い、心を無にしろ、ってさ」

「そう、だな」

 愛香の言葉に、心が軽くなる。

 それに、愛香の言う通りだ。総二は、師でもあった、愛香の祖父の言葉を思い出す。

「あ、そういえば」

「ん?」

 ふと思い出したように、愛香が再び口を開いた。

「さっきから、手を伸ばそうとしては引っこめるのを繰り返してるけど、どうして?」

「いや、あのリザドギルディってやつが、ツインテール触らせろーって言ってた時、愛香すごく嫌がってたからさ。俺もやらない方がいいのかなって」

 リザドギルディの要求に対して、とても嫌そうに、絶叫と拳で答えていた愛香の様子と、いままで自分がしてきたことを思い出し、再び落ちこみながら総二は答える。愛香が戦いにむかう前に、触ってほしいと彼女から頼まれたが、あれは総二に気を遣ってくれたからであって、ほんとうは嫌だったのではないだろうか。そんなことを思ってしまう。

「いや、そりゃあんな変態に触られたくないわよ」

 変態に触られたくない。当然だ。うつむいてそう考え、さらに気持ちが沈みそうになったところで、愛香がすぐに言葉を続けてきた。

「あのね、そーじなら、別に触られてもいいっていうか、むしろ、触ってほしいっていうか」

「えっ?」

 顔を上げて愛香を見ると、彼女の顔が真っ赤に染まっていた。

 恥ずかしそうにモジモジとしながら、愛香は言葉を紡いでくる。

「そ、そーじ、あたしの髪触ってると落ち着く、って言ってるでしょ? あ、あたしも、そーじに触ってもらえると落ち着くから、その、変な気を遣わないで、いままで通り触ってほしいなって」

「そ、そうか」

 愛香の言葉を聞いて、顔が、なぜか熱くなった。

「そ、それじゃ、触っても、いいか?」

「―――うん」

 なんとなく(かしこ)まって尋ねると、愛香から小さな、しかしはっきりとした肯定の声が返ってくる。いままでになく丁寧に、愛香のツインテールに、触れた。

「んぅ」

 時折、目を細めた愛香の気持ちよさそうな声が耳に届き、不思議と落ち着かなくなる。普段なら、愛香のツインテールを触っていると落ち着くはずが、いまは、なにか妙な気分になっていた。ただそれは、決して不快ではなく、むしろ心地よさを感じるものだった。

 愛香のツインテールに触れている自分の手が、どんどん熱くなっている気がした。いや、自分の顔も、さっきより熱くなってきた気がする。

 気恥ずかしさを感じ、なんの気なしに、ドアの方に顔をむけた。

「―――」

 目が、合った。

「なにしてるんだ、母さん」

「ふぇ!?」

 ドアの隙間からこちらを覗いている母に総二が声をかけると、ツインテールを触られて心地よさそうにしていた愛香が、驚くと同時に慌てはじめた。

「あらあら、ごめんなさいね。お邪魔しちゃったかしら」

 実に楽しそうに、母が言葉を返してくる。

 総二の母、観束未春(みはる)。早くに夫を亡くし、総二を女手ひとつで育ててきた。だが、苦労人では、決してない。喫茶店の適当経営など、根本的にノリで生きる人である。

 続けて未春は、愛香にむかって、それはそれは楽しそうに声をかけた。

「ふふ、愛香ちゃん。その調子よ。しっかりねっ」

「み、未春おばさんっ!」

 慌てる愛香を後目(しりめ)に、手をヒラヒラと振りながら、未春が部屋から去って行く。

 さっきまでの雰囲気を思い出し、総二の顔が、また熱くなる。総二は、自分と愛香の間に、妙な空気が漂っているように感じた。

「じゃ、じゃあ、そーじ。今日はこれでお開きってことで、また明日、ね」

「お、おう、そうだな。また明日」

 顔を赤くして、口ごもりながらの愛香の言葉に、総二もなんとなく口ごもって返す。

 家が隣である愛香の部屋と総二の部屋は、ちょうどむかい合っており、空き幅も狭いため、窓をまたいで移動できる。子供のころから、そうやってお互いの部屋を行き来していたため、習慣のようになっていた。

 愛香が、自分の家に帰っていく。

 愛香を見送ったあとに総二は、彼女のツインテールに触れていた自分の手を見る。まだ、手が熱い気がした。

「愛香」

 名前を呟き、なにか変な気分になりかけた総二は、頭をブンブンと振って雑念を追い払った。

 

 

 

「やはり、おまえが残ったか。さすがだな、フォクスギルディ」

「あなたこそ。だが、最後に勝つのは私だ、タトルギルディ」

 大ホールの中央。ふたりのエレメリアンが、大きなひとつの塔を挟み、対峙していた。

 ひとりは、甲羅をまとった、亀を思わせるタトルギルディ。もうひとりは、細身の、狐を連想させるフォクスギルディ。いま彼らは、テイルブルーに挑む順番を決める勝負を行っているところだった。

 ドラグギルディが見る分には、ここまで勝ち上がってきた両者の間に、決定的な差はない。だが、勝つのはおそらく、タトルギルディの方だろう。

 フォクスギルディが、声を上げた。

「行くぞっ」

「おおっ!」

 

「最初は、グーッ。ジャン・ケン・ポンッ!」

「最初は、グーッ。ジャン・ケン・ポンッ!」

 

 ふたりのエレメリアンの声が重なり、タトルギルディは、握りこぶしから指を二本だけ伸ばした手を突き出し、フォクスギルディは、握りこぶしを突き出した。あらゆるものを切り裂くチョキだが、それも、あらゆるものを砕く頑強なグーには、歯が立たない。まず順番を決めるジャンケンに勝ったのは、フォクスギルディだった。

「私からだっ!」

「グ、グムーッ」

 嬉しそうなフォクスギルディの声と、とても悔しそうなタトルギルディの声が、響いた。

 塔は、一段につき三本の直方体の棒で形成され、一段ごとに、縦横に交差するように組み上げられている。

 フォクスギルディが、塔の下の方から、一本の棒を引き抜き、上の方に積み重ねる。フォクスギルディのあとに、タトルギルディもまた同じく、下の方から棒を引き抜き、積み重ね、両者が同じことを繰り返す。

 ジェンガ。人類には、そう呼ばれる勝負であった。だが、人間たちが一般的に行うものより、ずっと大きい。

 棒も、人類の技術では、加工すらままならない材質のものである。だが、アルティメギルの技術力は、人類のものとは比較にならない。何万、何億本と加工することができる。

 とてつもなく硬い材質で作られたその棒を、天高く積み上げ、行われるジェンガ。

 明鏡止水と呼ばれる境地。曇りなき鏡のごとき穏やかな水面のような、心。

 天使のように細心に、悪魔のように大胆に。すばやく精確に引き抜く、技。

 心によって動かされ、その技を顕現させる、制御され、鍛え抜かれた、体。

 心・技・体。すべてが揃って、真の勝利を得ることができる。

 それがこの、『ジェ・ンガジャーイ・アント』だった。

 だが、ドラグギルディをはじめとする幹部エレメリアン同士では、この勝負が行われることは、ない。

 決着が、つかないのだ。

 以前ドラグギルディが、あるエレメリアンと戦った時、七日七晩と続けたが、(つい)ぞ決着がつくことは、なかった。幹部級と一般のエレメリアンには、それだけの開きがある。

 戦いが、佳境に入ってきた。引き抜く場所が高くなり、飛行能力を持たない両者は、ふたりとも脚立(きゃたつ)に上がって、勝負を続ける。この脚立も、アルティメギルの超技術で作られており、安定性は、人類のものとは比較にならない。足場が悪くて負けた、など言い訳はできない。もっとも、ほかのものに責任をなすりつけるなど、武人として恥ずべき行為ではあるが。

 タトルギルディが引き抜き、塔がグラッと傾きかける。だが、崩れることはない。

「くっ」

「フフフ」

 フォクスギルディの動揺の気配と、タトルギルディの安堵が伝わってくる。タトルギルディは安堵しながらも油断した様子を見せず、引き抜いた棒を、塔の上の方に積み重ねた。フォクスギルディの動揺が、ますます強くなったのが、わかった。

 勝負はついた。そう考えると、ドラグギルディは眼を閉じた。

 

 

 

 高校生活の二日目。一時間目の授業を中止して、体育館で全校集会が開かれていた。内容はおそらく、昨日の事件のことだろう。

 学校の、このような集会なら、気のないそぶりをする者のひとりや二人いそうなものだが、欠伸をする者がひとりとして見受けられず、話し声すらしない、静寂に包まれた空間。

 神堂慧理那生徒会長が、登壇した。

 彼女の後ろには、昨日、慧理那を危険に晒したことでだろうか、SPも兼ねているらしき数人のメイドが、もはや(はばか)りもせず控えていた。

 慧理那が、愛香も含めた整列する生徒たちにむけて、口を開いた。

「皆さん。知っての通り昨日、謎の怪物たちが暴れまわり、街は未曽有(みぞう)の危機に直面しました」

 確かに未曽有(みぞう)だろう。そもそもツインテールを狙ってくる怪物など、誰が想像できるか。

 そんなことを考える愛香を気にするはずもなく、慧理那が言葉を続ける。

「実は、このわたくしも現場に居合わせ、そして狙われたひとりです」

「なっ」

 

『なんだってーーーー!?』

 

 慧理那の言葉を聞き、沈黙を守ってきた生徒たちが一斉にざわめき出す。生徒たちが静粛にしていたのはひとえに、慧理那に対する敬意――多分――からであろうが、その慧理那が狙われたとあっては、落ち着くことなどできないのだろう。

 チラリと総二の方を見てみると、身振り手振りのたびに揺れる慧理那のツインテールを見てだろうか、彼の目が輝いているように見えた。

「冗談ではないっ!!」

「や、やってやる、やってやるぞ! あんな連中がなんだ!」

「許せない。この俺の生命(いのち)に代えても、躰に代えても、奴らを倒して見せる!!」

「おい、俺の躰に早くダイナマイトを巻けっ! フッ、気にするな。命なんて安いもんだ。特に俺のは」

「昔、誰かが言ったような気がする。感情のままに行動することは、人間として正しい生き方だと」

 かなり物騒な台詞が、辺りを飛び交う。何人かは、特攻したり、自爆しそうな気がするほどだ。

 激情と呼ぶしかない熱いオーラのようなものが、人々を支配していた。

 なぜ、このノリで、総二のツインテール部はスルーできなかったのだろう。そう思わなくもないが、慧理那が狙われたとあっては仕方ないのかもしれない。そう思っておく。

「皆さんのその正しき怒り、とても嬉しく思いますわ。誰かのために心を痛めることができるのは、素晴らしいことです。まして、わたくしのように先導者として未熟な者のために」

 正しき怒りとかそういう表現を使っていいのかわからないが、生徒たちの反応に、慧理那は感激した様子だった。

 身長が低いために、底上げ台を用いて、なおかつ爪先立ちでの演説。昨日も思ったが、幼い少女が一生懸命背伸びしているような印象を受ける。

 周りの生徒たちにとっては、そんな健気さも魅力と映るのであろう。実によく調教された犬、もとい訓練された生徒たちだった。

 さらに慧理那は、自分以外の人たちも襲われたことを話す。その言葉に生徒たちがざわめき出すところで、それを遮るように、慧理那は言葉を続けた。

「しかし、いまこうしてわたくしは、無事にここにいます。テレビではまだ情報が少ないですが、ネットなどで知った人もいらっしゃるでしょう。あの場に、風のように颯爽(さっそう)と現れた正義の戦士に、助けていただいたのです」

 途中から、声が少し甘くなっていた気がした。そして、正義の戦士という言葉に、不思議と嫌な予感を覚える。

「わたくしは、あの少女に心奪われましたわ!!」

『うおおおおおおおお!!』

 二千人から成る大歓声が、巻き起こった。

「え、え、え?」

 戸惑いながら、愛香が総二の方を見ると、彼も困惑していた。

「その言葉を待っていたぜ、会長!」

「会長よ。私を導いてくれっ!」

「ちっちゃい会長が、ボーイッシュなヒロインに憧れる! これはっ!」

 待て、こら。どこを見てボーイッシュとかぬかした。さらっと言われた言葉に、愛香はイラっとする。

 そこに慧理那が、やたら高いテンションで声を張り上げた。

「これをご覧あれ!」

 慧理那の声に、控えていたメイドがスクリーンを操作する。

 愛香が変身したテイルブルーが、映し出された。 

『ウオオオオオーーーー!!』

『ユニバァァァァァァス!!』

「ええええええーーーー!?」

 再び巻き起こる大歓声に、愛香は困惑の声を上げる。何割かは奇妙な言葉だったが、歓声であるらしかった。

 なんで、こんなに騒がれているのか。自分の姿が映し出されたのにも驚くが、それ以上に、周りの反応に愛香は戸惑うしかない。総二の方を見ると、なぜか、少し複雑そうな顔をしていた。

「神堂家は、あの方を全力で支援すると決定しました! 皆さんもどうか、わたくしとともに、新時代の救世主を応援していきましょう!! 綺羅星(キラボシ)ッ!!」

『綺羅星ッ!!』

「なぁにが綺羅星だ。バカバカしいっ」

 なに、その挨拶。

 どこか優雅さを感じる動きから、右手の親指、人差し指、中指を立て、人差し指と中指の間から右目が見えるようにその手を目元に勢いよくかざした慧理那の仕草と、口から飛び出た最後の謎の言葉に、愛香は呆然とする。するが、周りは、生徒だけでなく、教師やメイドも同じ仕草で一斉に返していたため、愛香はさらに困惑した。総二の方を見ると、愛香と同じく呆気に取られた顔をしていたため、少しホッとしたが。

 どうでもいいが、ひとりだけ、バカバカしいと返していた男が、赤毛の少年に殴られ、盛大に吹っ飛ばされていた。実に、見事なパンチだった。そのあと、さわやかな笑顔で笑い合っていたため、演技だったのかもしれない。なんの意味があるかは、さっぱりわからないが。

 歓声が、さらに強くなる。愛香は、最後まで周りの反応についていけなかった。

 

 昼休み、愛香は総二の席に近づき、彼に声をかけた。

「ねえ、そーじ。一緒にお昼食べよ?」

「いいけど、愛香は中学からの友達もいるんだろ。その子たちはいいのか?」

「そ、その、あたしは、そーじと一緒に食べたいの。それとも、あたしと一緒に食べるの、嫌?」

「そ、そっか。お、俺も嫌なんてことないからな。うん、じゃあ一緒に食べるか」

 少しずつでも、素直に。

 愛香の言葉に、総二が照れたように頬を掻いた。

 周りの女子生徒たちが、ニヤニヤと楽しそうにしている。顔が熱くなるが、二人で一緒に昼食を摂りはじめた。

「それにしても、凄い人気だな、テイルブルー」

「あたしも、なにがなんだかさっぱり」

 学園の理事長でもある慧理那の母も含めて、神堂家が支援すると表明したことに加え、慧理那に心酔する生徒も多いことを考えれば、学園の生徒はほとんどが賛同するだろう。

 応援してもらえるのはありがたいのだが、なぜこんな人気になっているのかさっぱりわからないため、戸惑うしかない。

 周りの反応を見ていると、性的な目よりも、テレビのヒーローやアクションスターに対するような、いわゆる『恰好いい』ものに対する憧れのようなものが多いので、まだ受け入れやすくはあるが。

 そう考えていた愛香の耳に、総二の声が届く。

「まあ、いやらしい目で見てる奴はいないみたいだから、ホッとしたけど」

「女として、ちょっと複雑な気持ちではあるけど、それは確かにね」

 総二の言葉に賛同を返したあと、少し考えこむ。

「うん?」

 愛香の口から、呟きが漏れる。

 気にし過ぎかもしれないが、いまの総二の言葉は、愛香をいやらしい目で見られるのは嫌だ、と言っているように聞こえた。

「ね、ねえ、そーじ。いま」

「おっ、この写真はまだ見たことなかった!」

 総二にいまの言葉の意味を聞こうとした時、窓際でたむろっていた生徒たちの上げた声が、耳に届く。

 総二が、目だけそちらにむけた。

「ッブーーーーー!!」

 その直後、総二が愛香にむかって、口に含んでいたフルーツオレを噴き出していた。

「ちょ、ちょっとそーじ、いきなり顔にかけないでよ。うう、べたべたする」

「わ、悪い。つい、出しちまった」

 周りの女子生徒たちが、こちらを見て、またニヤニヤとしている。確かに、意味深に取られそうな台詞だったかもしれないと思い、顔が少し熱くなる。

 総二の、さっきの言葉の意味を聞くタイミングを逃がしてしまった愛香は、窓際の生徒たちの方に視線をむけた。

 

 そこは、魔境だった。

「力強さの中にも、優美さと気品を失わない。まるで、この薔薇のようだ」

 周りよりも熱い目で、タブレットに映ったテイルブルーを見ている者たちが、いた。いや、気品って。

「これで、もっと胸が大きかったらなあ」

「あ?」

「愛香、落ち着けっ」

 自分のコンプレックスである貧乳に触れた生徒の言葉に、愛香の胸に怒りが湧き、総二が小声で慌てて宥めてくる。

 総二の声に気持ちを落ち着かせようとしたところで、ほかの生徒が声を上げた。

「ハッ! あの胸を見て、貧乳のよさがわからないオールドタイプは失せろっ!!」

「はい?」

 その生徒の言葉に、愛香は総二と一緒に困惑の声を漏らす。

 さらにその声に、ほかの生徒たちが続いた。

「大きさばかりに囚われるから!」

「胸のことばかりで、尻のよさを知らぬ者ばかりとは。これでは、人に品性を求めるなど絶望的だ」

「胸とかお尻とかっ、どっちもいいものでしょっ! どちらかしか認めないって言うなら、僕はどちらとも戦いますっ!!」

 なんだ、あれ。

 思わず、総二と顔を見合わせる。性的、と言っていいのかわからないが、面妖なことを言っている連中に、愛香の思考が停止する。いや、ほんとうに、なんだ、あれ。

 タブレットの持ち主らしき生徒が、その画面に顔を近づけていく。

「もう、我慢でーきーなーい!」

 なんとなく、いまにもコーンフレークを食べだしそうな言葉とともに、ひとりの生徒が口を尖らせ、画面のテイルブルーにキスをしようとする。

 殴りに行くわけにもいかない愛香は、嫌悪感に身を震わせた。

「うわぁぁっ」

「スリャアアアーーッ!!」

「ケカーッ!?」

 かけ声とともに、愛香のマグボトルを掴んだ総二がそれを生徒に投げつけ、生徒のタブレット・キスをギリギリで止める。

 マグボトルをぶつけられ、悲鳴らしきものを上げた生徒は、総二の方に顔をむけて文句を言ってきた。

「痛えだろっ、なにすんだ、観束!」

「おまえっ、恥を知れよ! その、なんだ。み、みっともないだろ、そんな真似して!」

「なにを言うかっ。恥もなにもかも受け入れた上で、俺はここにいるのだ!」

「そーじ」

 ツインテール部などという、とんでもない高校デビューを飾った総二の名前を憶えていた生徒が、堂々と言葉を返してくる。まあ、むしろそのツインテール部のために憶えられたのだろうが。

 それはそれとして、咄嗟に生徒の凶行を止めてくれた総二の行動に、愛香は感謝する。

 生徒が、ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、声を上げた。

「ははーん。そういえばお前、初日に、ツインテール部を作りたいって言うほどのツインテール馬鹿だったよな? テイルブルーちゃんを独占したいってことかっ!」

「えっ、ち、違うっ、そ、そんなんじゃないっ!」

「そーじっ」

 総二が、顔を微かに赤くし、愛香の方をチラチラと見ながら、慌てて声を上げる。

 否定の言葉に嬉しさが吹っ飛び、愛香が不機嫌になったところで、生徒はニヤニヤとした笑みを消さず、言葉を続けた。

「あー、そうだよな。おまえには津辺がいるし。彼女以外に見惚れてたら、愛想尽かされてツインテールやめられっちまうかもしれねえもんな?」

「か、彼女って」

「えっ、愛香、が?」

 彼の言葉に、愛香の顔が熱くなり、総二が、呆然とした。

 気恥ずかしさを覚えながらも愛香は、総二の反応に、気持ちが沈んだ。

 思ってもいなかったことを言われた。そんな感じだった。やはり総二は、自分と恋人になることなど、考えられないのだろうか。愛香はそう思った。

 生徒もなにかを感じたのか、総二に、訝しげに問いかけた。

「なんだよ?」

「愛香が、ツインテールをやめるっ?」

『そっち!?』

「そーじ」

 反応するところが彼女うんぬんではなく、ツインテールであった総二に、その場にいた生徒たちはツッコミを入れ、愛香は少しホッとしながらも複雑な気持ちになり、肩を落としてため息を吐いた。

 

 

 

 昼休みの騒動のあとから、総二はなにかを考えこんでいるようだった。時々、なにかに耐えるように顔を歪めると、胸に手を当て、そのあと、不思議そうな表情になる時があった。

 授業が終わって放課後になり、彼と一緒に帰宅する。

「ねえ、そー」

「なあ、愛香。おまえは」

「―――うん。なに?」

「―――いや、なんでもない。そういえば、愛香は部活どうするんだ?」

 その途中、総二の様子が気になった愛香が質問しようとしたところで、逆に彼の方から問いかけられた。このことを考えていたのだろうか、と質問の内容と、言い直したことに気になるものを感じながら、愛香は総二に答えを返す。

「まだ決めてないけど、どうして?」

「いや、アルティメギルの奴らがいるからさ。ひょっとしたら、今日も攻めてくるかもしれないし」

「まさかあ、昨日の今日で」

『この世界に住まう全ての人類に告ぐ! 我らは異世界より参った神の徒、アルティメギル!』

 来た。

 空に映し出された巨大なスクリーンを見上げ、愛香は総二と同時に、鞄を落とした。

『我らは、諸君らに危害を加える気はない。ただ、各々の持つ心の輝き(ちから)を欲しているだけなのだ。抵抗は無意味である。そして、抵抗をしなければ、命は保障する!』

 どこか竜を思わせる怪物が、やたら立派な玉座に座って足を組み、演説を行っている。

『だが、どうやら、我らに弓引く者がいるようだ。いま一度言おう、抵抗は無意味である。それでもあえて戦うと言うならば、思うさま受けて立とう。存分に挑んでくるがよいっ!』

「これ、まさか世界中にむけて配信してるのか!?」

「―――?」

 空のスクリーン以外にも周りの民家から聞こえてくる声と、携帯のワンセグを起動して確認した総二が驚愕の声を上げる。

 愛香もそれには驚くが、スクリーンに映る親玉らしきエレメリアンの姿に、なにか引っかかるものを感じた。

「あいつら、ほんとうに地球丸ごと侵略する気かよっ」

「―――」

 見覚えはない、はずだ。

 拳を握りしめ、憤りを見せる総二の言葉を聞きながら、愛香が考えていると、亀のような怪人がスクリーンに現れた。

『ふはは、我が名はタトルギルディ! ドラグギルディ様の仰る通り、抵抗は無意味である! 綺羅星ッと光る青春の輝き、体操服(ブルマ)属性力(エレメーラ)をいただく!』

 ドラグギルディと呼ばれたエレメリアンと交代するように現れた亀の怪人、タトルギルディが、ふんぞり返りながら偉そうに言う。

 そこに、後ろから現れた戦闘員(アルティロイド)がタトルギルディに近づき、耳打ちをした。

『なん、だとっ!? この世界では、いまはほとんど存在せぬだと!? おのれ愚かなる人類よ、自ら滅びの道を歩むかああああっ!!』

 一瞬、愕然としたあと、怒りを露わにしたタトルギルディが声を張り上げる。

 こんな怪物たちを生み出すほど、体操服(ブルマ)やらなにやらを愛した連中の顔を、一度見てみたい。隣にいるツインテールを愛する男(総二)を見て、愛香はそう思った。

 

 

「出てきたみたいね」

 エレメリアンを探知するレーダーに反応が現れたのを見た愛香の呟きが、総二の耳に届く。その声には、緊張が滲んでいるように思えた。

 愛香が、行ってしまう。心配から、思わず声が漏れる。

「愛香」

「そーじ、ごめん。鞄、お願い」

「あ、ああ」

 自分には、なにもできない。愛香から、言葉とともに鞄を渡された総二は、無力感を感じると同時にそう思った。

 自分の愛するツインテールを、この手で守りたい。その思いも確かにある。

 だが、それ以上に、大切な幼馴染みがひとりで戦いにむかおうとするのを、ただ見ていることしかできない。それが、総二にとって、なによりも辛かった。

「そーじ。―――カレー大盛り四人前とデザート奢りね?」

「っ!」

 総二の顔を見たところで、愛香が一瞬、表情を曇らせ、そのあと笑顔でかけてきた言葉に、総二は驚く。

 総二もなんとか笑顔を作り、口を開いた。

「ばーか、うちの大盛りは本気だぜ。二人前で十分だ」

「うん」

 総二の返事に、愛香が満足そうに微笑んだ。

 戦いにむかおうとするその時にまで、こちらに気を遣ってくれる幼馴染みの想いに、応えたい。

 愛香の勝利を信じて、待つ。それが、戦えない自分にできることだ。そう思い定める。

 いや、もうひとつできることが、いや、したいこと、してあげたいことがある。

「そーじ、あの」

「愛香。ツインテール、触っていいか?」

「―――うん」

「ありがとう」

 少し顔を赤らめた愛香の言葉を遮って総二が問いかけると、彼女はさらに顔を赤くして頷いた。

 総二は、感謝の言葉を返し、彼女のツインテールに、優しく触れる。

 無事に、帰ってきてくれ。昨日の、リザドギルディとの戦いの直前と同じく、そんな想いをこめて、ツインテールを撫でる。

「ありがと、そーじ」

「愛香、無事で」

「うん」

 周りに誰もいないことを確認し、愛香がブレスレットを胸の前にかざし、目を閉じる。

 光が走ったかと思うとそこには、変身を終えた愛香の姿があった。

「それじゃ、行ってくるわね、そーじ」

「ああ。負けるなよ、愛香!」

「あったりまえよ!」

 総二の声に力強く答えた愛香は、青いツインテールを(なび)かせ、戦場に跳び立っていった。

 

 

 

*******

 

 

 

 これだけは、言っておかなければならない。

 真っ向勝負を行っていれば、彼女は世界に受け入れられるだろう。あの、たったひとりへの想いで磨かれたツインテールは、そう思わせるだけのものがある。だが、あの姿を見せたら、どうなるかわからない。下手をすれば、作戦の完了が遅れ、部下たちの被害が増える恐れがある。それになぜか、自分自身が、あの姿を見たくはなかった。

「おまえたちに、ひとつだけ言っておくことがある」

『はっ!』

 居並ぶ部下たちから、一糸乱れず返事がくる。

 そのことに満足を覚えながら、言葉を続ける。

「テイルブルーと戦う時、あやつの乳についてだけは、決して指摘するでないぞ」

『はっ! ―――は?」

「よいな。これは、命令だ」

 困惑する部下たちに、有無を言わせぬ強い口調で、そう告げた。

 

 

 

 




 
天使のように細心に~、はキン肉マン二世のクロエ(ウォーズマン)の台詞。故・黒澤明監督のお言葉では、天使が大胆で悪魔が細心。元ネタなんだろうか。

ネタのタグは、あとどれくらい増えるのだろうか。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。