あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

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2-17 戦場へ

 いつも使っている大会議室とは違う、こぢんまりとした小会議室で、スパロウギルディはリヴァイアギルディとクラーケギルディを待っていた。ふたりに、話したいことがあるのだ。普段使う大会議室でなく小会議室を選んだのは、なるべく秘密にしておきたい話だったためだ。

 到着を告げる音が鳴り、部屋の前の廊下を確認するためのモニターに、リヴァイアギルディの姿が映った。

『来たぞ、スパロウギルディ』

「はっ。どうぞ中へ」

 聞こえてきたリヴァイアギルディの声に答えると、扉が開いた。

「用とはなんだ、スパロウギルディ?」

「話したいことがあるということだったが?」

 リヴァイアギルディとクラーケギルディが、連れ立って会議室に入ってきた。連れ立ってと言うよりは、たまたまタイミングが一緒になっただけなのだろうが、そこは別にどうでもいいことでもある。

 立ち上がり、礼をする。

「はっ。御呼び立てして申し訳ありません。おふたりに、見ていただきたいものがございます」

「見ていただきたいもの?」

「はい。まずはお掛けください」

 ふたりが椅子に座り、続けて椅子に座ったスパロウギルディに視線をむけてきた。頷き、話をはじめる。

「おふたりは、『トゥアール』というツインテールの戦士をご存知でしょうか?」

 ふたりが、考えこむそぶりを見せた。

 少しして、リヴァイアギルディが口を開いた。

「確か、ドラグギルディと対等に闘った戦士だったか。ドラグギルディが勝利こそしたものの、結局ツインテール属性を奪うことはできなかったと聞いているが」

「ふむ。聞き覚えがあると思ったら、その戦士のことか。あのドラグギルディがツインテール属性を奪えなかったと、組織の間でもひと時、噂になっていたな」

「その『トゥアール』がどうしたというのだ、スパロウギルディ?」

「まずは、こちらをご覧ください」

 言って、モニターに映像を映し出した。

「む」

「ほう」

「これは、その『トゥアール』という戦士の映像です」

 クラーケギルディが不機嫌そうな声を洩らし、リヴァイアギルディが感嘆の声を洩らした。映像に映し出されたのは、『トゥアール』の巨乳を含む、『ギア』を纏った彼女の躰の映像だった。複数映し出されているそれらは、さまざまな角度から撮られてはいるが、エレメリアンにとって最も重要な箇所であると言える髪は、いまはあえて映さないようにしていた。

「スパロウギルディ。これは、私への嫌がらせか?」

「め、滅相もございませぬ。ただ、これを見て、なにかに気づきませぬか?」

「なに?」

 睨みつけてくるクラーケギルディに答え、(うなが)す。クラーケギルディは嫌そうな顔を隠そうともせず、映像をまじまじと見つめ、なにかに気づいたような仕草を見せた。

「姫、テイルブルーのものに似ているな」

「クラーケギルディ、眼が腐ったか。この神の恩(ちょう)を受けた巨乳と、神に見放されたと思わしき、憐憫(れんびん)の情すら湧かせるあの貧乳が似ているだと?」

「なんだと。ただ大きいだけで、品性の欠片も感じさせぬ巨乳を神の恩寵と言うか。貴様こそ、その眼は節穴(ふしあな)か?」

「なに?」

「ふん。貴様こそ、よく見てみろ」

 クラーケギルディが吐き捨てるように言うと、リヴァイアギルディが顔をしかめながらも映像を再び見た。

「――――胸もとのスリット。似ているというのは、衣装のかたちか」

 少しして、ふと気づいたようにリヴァイアギルディが言った。

「はい。全体の細部は違うようにも見えますが、特徴は一致しています」

「あの美しき貧乳とは似ても似つかぬ下品な乳のせいで、気づくのが少々遅れてしまったな」

「巨乳を強調するための胸もとのスリットが、貧乳のせいで無意味なものとなっていたのでな。あまりの不憫さに、結び付けるのを無意識にためらってしまったようだ」

 再び、ふたりが睨み合った。

「それを踏まえて、こちらをご覧ください」

 なにも言わずに次の話、本題に進む。なにかと衝突するふたりではあるが、脱線しきる前に戻ってきてくれるふたりではある。下手に介入するよりは、別の話を提供する方がいい。

 映さないようにしていた『トゥアール』の、髪型をモニターに映した。

「む?」

「なに?」

 ふたりが、不可解そうな反応を見せた。それも無理はないだろう。

 映像の『トゥアール』は、その長い髪を、真っ直ぐにおろしていた。

「ツインテールではない、だと?」

「どういうことだ。奪えなかったのではなかったのか?」

「少なくとも、我らは奪えませんでした。だからこそ、彼女の映像が残っているのです」

 侵略する世界のツインテール戦士は、写真や映像を記録しておく。目的は、その戦士の分析や鑑賞などさまざまだ。だが侵略が完了し、その戦士の属性力(エレメーラ)を奪ったあとは、それらの記録は封印、場合によっては消去することがほとんどだった。

 ツインテール属性を奪われた者は、ツインテールではなくなる。だがそれは、本人の肉体に限った話ではない。写真や映像に対してもだ。時間に干渉しているのか、その『映っている誰か』に宿っている属性力(エレメーラ)が影響を及ぼすのかははっきりとわかっていないが、そうなるのだ。

 時間、少なくとも過去に干渉しているわけではないのではないか、と言う者もいる。未来の属性力(エレメーラ)が過去に干渉するのなら、ツインテールにした者がいなくなるだろう、と。いずれにせよ、属性力(エレメーラ)にはいまだ謎が多く、こういった疑問の種は尽きなかった。

 記録を消去するのは、ツインテールでなくなった者たちの記録を残していても意味がない、という理由だった。だがひょっとしたら、自分たちが奪ったという罪から眼を逸らしたいと、無意識に思ってのことなのかもしれない。

 リヴァイアギルディが、むう、と唸った。

「ならば、アルティメギルに属さぬ何者かが奪ったか?」

「しかし、かのドラグギルディで奪えなかったものを奪うとあらば、並大抵の腕ではないぞ。アルティメギルに属さぬエレメリアン、あるいは属性力(エレメーラ)を狙う何者かが、すでに属性力(エレメーラ)を狩り尽くされた世界にわざわざ来て、『トゥアール』と出逢い、彼女を倒して属性力(エレメーラ)を奪う。ないとは言い切れぬが、考えにくいこととも思う」

「なら、本人が自ら手放したとでも」

 そこでふたりが、なにかに気づいたように言葉を止めた。

 クラーケギルディが口を開く。

「ドラグギルディと対等に闘うことのできる強さを持っていた戦士、『トゥアール』」

「その『トゥアール』に勝るとも劣らぬとされる強さを持ち、彼女が纏っていた物と(こく)()した『ギア』を纏うテイルブルー。その彼女と同等の力を持つテイルレッド」

「そして、ツインテールでなくなっている『トゥアール』の映像」

「スパロウギルディ。おまえが言いたいのはこういうことか。『トゥアール』は、自らのツインテール属性を使って、テイルレッドの『ギア』を作ったのではないか、と?」

「はい。確たる証拠などなにもない、妄想と言われても否定できない思いつきではありますが」

「確かにな。証拠などどこにもない。だが、それを否定できる根拠も同じく、ない」

 クラーケギルディが言い、リヴァイアギルディも頷いた。

「もうひとつ気になるのは、テイルイエローのことです。いえ正確には、彼女が纏っていた『ギア』のことですが」

「彼女の『ギア』に、ドラグギルディのツインテール属性が使われているのではないか、ということか?」

 言ったのは、リヴァイアギルディだった。

「はい。『トゥアール』が自らのツインテール属性を使って新たな『ギア』を作った、という推測が正しければ、新たにドラグギルディ様のツインテール属性を使って作りあげても、なんらおかしくないのではないかと」

「ドラグギルディが敗れてひと月足らず。作りあげるのにどれだけの時間がかかるのかはわからぬが、あり得る話だろうな」

 淡々とクラーケギルディが言った。

 エレメリアンの核である属性玉(エレメーラオーブ)を使い、新たな力とする。なんとも言えない気持ちが、胸にあった。

 怒りや憎しみといったものではなかった。ただ、ドラグギルディが(のこ)したものが、人の力となってスパロウギルディたちの前に立ち塞がる。いやドラグギルディだけではない。これまで散っていった同胞たちも、ツインテイルズは自らの力としている。力を利用していると言えばその通りだが、見方を変えれば、彼らはかたちを変えて生き続けているのかもしれない。そのことに、なんとも複雑な気持ちがあった。

「まあ、なにを言おうと、人類からしてみれば俺たちは侵略者だ。敗れた以上、なにをどう使われても文句など言えんだろう」

「ドラグギルディ様は、満足して()かれたと思われますか?」

 スパロウギルディの口を()いて、そんな言葉が出ていた。

 リヴァイアギルディはじっとスパロウギルディを見つめ、やがて口を開いた。

「思う」

「なぜ、そう思われますか?」

「あれだけのツインテールを持った二人だ。さらにはあの強い意志。あれだけの戦士と闘えたのなら、戦士としても、ツインテールを愛する者としても、思い残すことはあるまいよ」

「クラーケギルディ様は、いかがでしょうか?」

「リヴァイアギルディと同じ答えになるのは(しゃく)だが、私も同じだ。闘ったのはわずかな時間ではあったが、彼女たちは立派な戦士だと言い切れる。もし敗れたら、力を貸してやるのもやぶさかではない、と思えるぐらいにはな」

 スパロウギルディの内心を見抜いたかのようなクラーケギルディの言葉に、スパロウギルディは眼を閉じた。

 スパロウギルディ自身、ふたりと同じ考えだった。あえて聞くことではなかったはずだ。それでも、こんなことを訊いたのは、納得したかったからなのだろうか。そんなことを思う。

「スパロウギルディ。ほかに、このことを知っている者は?」

 リヴァイアギルディが訊いてきた。眼を開き、顔をむける。

「おりませぬ。『トゥアール』のことが気になり、個人的に調べていた時、これを見つけたのです」

「そうか。部下たちに話すつもりは?」

「それについてご相談させていただきたいと思い」

 リヴァイアギルディが軽く手を挙げ、スパロウギルディの言葉が自然と止まった。

「スパロウギルディ、俺たちの意見はあとにしろ。おまえ自身は、どう考えているのだ?」

 真っ直ぐに見つめられ、なにかに包まれているような気持ちになった。戸惑いながら、思わずクラーケギルディの方を見ると、同じように彼も見つめていた。

 なにかを試されている。そう思うとともに、いまの自分の立場を思い出した。

 いまの自分は、ドラグギルディとタイガギルディに、あとを任されているのだ。

 大きく息を吸い、吐いた。真っ直ぐにふたりを見返し、口を開く。

「ありませぬ。困惑させるだけの結果になりましょう」

 スパロウギルディの言葉に、ふたりが満足そうに頷いた。

「おふたりは、いかようにお考えですか?」

「俺も同意見だ。おまえはどうだ、クラーケギルディ?」

「愚問だな。そもそも話すことに(えき)がない。聞いてなにが変わる話でもない。部下たちを(いたずら)に困惑させるだけの結果になるだろう。ならば、話すことはあるまい」

「はい」

 三人で頷き合い、その話はそこで終わった。

 リヴァイアギルディが口を開く。

「話とは、これで終わりか、スパロウギルディ?」

「いえ、次の出撃者の話もしようと思っておりましたが」

「そうか。ちょうどいい」

 クラーケギルディが、静かに言った。

 不意に、ドラグギルディが出撃した時のことを思い出した。

 まさか、とふたりの顔を見る。

 リヴァイアギルディが(つか)()、眼を閉じ、開いた。

「俺たちは、いや俺とクラーケギルディは、いまからツインテイルズとの再戦にむかう」

 予感が、当たった。衝撃はなかった。やはり、という思いがあった。

「理由をお聞きしても、よろしいでしょうか?」

「これ以上、部下たちを出すことに意味がない。テイルイエローはあのざまではあったが、なにかきっかけがあれば、おそらくテイルブルー、テイルレッドと同等の戦力を備えることになるだろう。そう思わせるツインテールだ」

 答えたのは、クラーケギルディだった。

「真の力を発揮する前に片をつける、ということですか?」

「そうだ。正直なところ一介の戦士としては、惜しいと思わなくもないがな」

 今度はリヴァイアギルディが答え、クラーケギルディが同意するように頷いた。

 隊長として守るべき一線がある、ということなのだろう。ドラグギルディもそうだった。

「クラーケギルディ。ひとつ訊いておきたいことがある」

「なんだ?」

「先日の、フェンリルギルディへの伝言のことだ。なぜあんなことを?」

 ふん、とクラーケギルディが鼻を鳴らした。

「なぜそのようなことを訊く、リヴァイアギルディ?」

「俺もフェンリルギルディのことは少々気になったのでな。話す気がないというのなら、それでも構わん」

「貴様がスワンギルディに眼をかけたのと一緒だ」

「なに?」

 クラーケギルディが、(かぶり)を振った。

「若く、増長している部分はあったが、根底にあったのは、己の属性に対する愛と、その属性に対する周りの反応への反(ぱつ)だ。方向性こそ違えど、スワンギルディと同じく純粋と言えるものがあった。もしも、やつを正しく導ける師や、ぶつかり合える友でもいれば、どれだけの高みに至っただろう。そう思わせるものがあった」

「だが、そうはならなかった」

「そうだ。己の属性への愛と、周りへの反撥によって、その純粋さは歪んだものになってしまった。惜しい、と思った。あの程度の言葉でなにが変わるとは思えなかったが、なにかを伝えずにはいられなかった」

 これで終わりだ、とばかりにクラーケギルディが手を振った。

「そうか」

 それで納得したのか、リヴァイアギルディはただ、それだけ言った。

 リヴァイアギルディが(かぶり)を振り、スパロウギルディにむき直った。

「スパロウギルディ。俺とクラーケギルディが敗れた時、残った部隊はおまえがまとめろ」

「なにをおっしゃられます。おふたりが敗れるなど」

「負けるつもりはない。だが、ツインテイルズは強い。なにより、戦なのだ。最悪の状況を想定しておくのは当然のことだ」

 厳しいながらも、穏やかさすら感じさせる声だった。

 言わんとすることはわかる。混乱を避けるためにも、引き継ぎに関することは事前に行なっておくべきなのもわかる。ツインテイルズが、それだけの難敵であるということも。

「しかしリヴァイアギルディ様、いま私は確かにドラグギルディ隊、タイガギルディ隊をまとめてはおりますが、力そのものはさしたるものを持っておりませぬ。おふたりの部下の中にならば、私よりも強い者がいるはずでは」

「そうだな。確かにおまえは弱い。だが、あの中で俺たちの睨み合いに割って入ったのは、おまえだけだった」

「強さだけが、隊をまとめる資質ではない。貴様になら、任せられる」

「クラーケギルディ様」

 うつむき、少しだけ眼を閉じると、スパロウギルディは顔を上げ、ふたりの顔を見た。自然と、姿勢を正していた。

「かしこまりました。謹んで拝命いたします」

「うむ」

「頼んだぞ。俺たちが帰ってきたら、馬鹿なことを言ったものだと、笑ってくれていい」

「はい。その時を楽しみにしております」

 スパロウギルディが笑うと、ふたりも笑った。穏やかな笑みだった。

 ふたりが席を立ち、スパロウギルディも立ち上がった。去って行くふたりに、スパロウギルディは礼をし続けた。

 

 

 転送ゲートのある場所にむかい、歩き続ける。隣を歩くクラーケギルディに眼をむけることはなく、会話もない。クラーケギルディの方にも、そんな気配はない。

 ふたりで闘いにむかうのではない。それぞれが、ツインテイルズとの闘いにむかう。それが同時であるだけに過ぎない。言葉遊びかもしれないが、それが自分たちの関係なのだ。

「リヴァイアギルディ殿、クラーケギルディ殿!」

 聞き覚えのある声とともに、ひとりのエレメリアンが駆けてきた。

「スワンギルディ」

「なんだ、若造。俺たちになにか用か?」

「闘いに、むかわれるのですか?」

 ちょっとだけ威圧するように言ったリヴァイアギルディに、スワンギルディは臆した様子もなく返した。声には、確信があった気がした。

「そうだ。スパロウギルディから聞いたか?」

「いえ。なにか、張り詰めた気をどこからか感じた気がしましたので、まさかと思い」

 ほう、とクラーケギルディが感心したように声を洩らした。リヴァイアギルディも、表に出さないようにして感心する。

「ふん。気を感じたとは、若造の分際で大層なことを言うものだな?」

「ですが、そうとしか言えないのです」

「まあいい。それで、用はなんだ?」

「私も、連れて行っていただけないでしょうか?」

 ピクリ、とクラーケギルディが反応した。リヴァイアギルディも思わず、躰に巻きつけていた触手に力を入れていた。

「なぜ、わざわざおまえなどを連れて行かねばならん?」

「っ」

 さっきよりずっと強く威圧すると、スワンギルディがたじろいだ。だがそれも一瞬のことで、リヴァイアギルディの気を()ねのけるように一歩踏み出してきた。見上げるようにして、リヴァイアギルディの眼を真っ直ぐに見返してくる。

「お願いします。おふたりとツインテイルズの闘いを、この眼で見届けたいのです。決して、闘いの邪魔はいたしません。どうか、なにとぞ」

 スワンギルディが、頭を下げた。リヴァイアギルディは視線だけをクラーケギルディに送る。

 ふん、と鼻を鳴らし、クラーケギルディがそっぽをむいた。好きにしろ、と言いたいようだった。視線を、頭を下げたままのスワンギルディに戻す。

 もしも、リヴァイアギルディたちとともに闘うためにと言っていたら、リヴァイアギルディは問答無用で張り倒すつもりだった。スワンギルディの才は確かに底知れないものを感じさせるが、いまはまだ未熟きわまりない。ツインテイルズと闘ったとして、数合()たずに敗れるだろう。単純な力が足りてないのだ。

 だが、見届けるだけならば。

 リヴァイアギルディたちの闘いを見て、なにかを掴んで貰えるというのであれば、こちらとしても喜ばしいことだ。リヴァイアギルディたちの勝敗に関係なく、スワンギルディが成長するための(かて)となるならば、それは決して無駄にはならない。

 しかし、闘いの余波に巻きこまれる可能性はある。

 いや、それで死ぬのなら、そこまでの男だ。リヴァイアギルディはそう思い定めた。

「先に言っておくが、連れて行ったとしても、俺たちはおまえを守ったりはせん。流れ弾も気にせぬ。自分の身は自分で守れ」

「はい」

 スワンギルディが、顔を上げて言った。

「テイルブルー、テイルレッドだけでなく、テイルイエローなどが参戦しても、おまえは手を出すな。いいな?」

「はい」

 一瞬、迷ったようだったが、スワンギルディは素直に頷いた。

「もし万が一、俺たちが危機に陥ったとしても、決して手を出すな。それは、俺たちの闘いを、(けが)すことだ」

「おふたりが危機に陥るなど」

「返事はどうした?」

 スワンギルディの言葉を遮り、眼を真っ直ぐに見つめる。

「――――はい」

 迷いを振り切るように、スワンギルディが頷いた。

「最後に。もしも俺たちが敗れた場合、(すみ)やかに撤退しろ」

 スワンギルディの眼が揺れた。今度はなにも言わず、スワンギルディをじっと見つめる。リヴァイアギルディの眼から逃げるようにスワンギルディがうつむき、拳を震わせた。

 数秒経ち、スワンギルディが、顔を上げた。

「はいっ」

「わかっているな。どれだけやつらが消耗していたとしても、決して手出しするな」

「心得ております。おふたりの闘いを、誇りを穢すような真似は、決していたしません」

 スワンギルディの返事に、リヴァイアギルディは頷いた。視界の端で、クラーケギルディも頷いていた。

「よし。だが、テストはさせて貰う」

「っ、はい」

 スワンギルディが、わずかに躰を震わせた。

 スワンギルディは以前『エロゲミラ・レイター』を受け、越えることができなかったと聞いている。それを思い出したのだろう。

 しかし眼の光は、強いものだった。乗り越えてみせるという決意が、見てとれた。

「俺がここに来た時に行なった、おまえとの勝負。憶えているな?」

「はい。リヴァイアギルディ殿の槍を躱せたならば、というあれのことでしょうか?」

「そうだ。俺の槍が見切れたならば、今回の闘い、おまえを連れて行ってやろう」

「はい」

「好きな間合いをとれ。どこでも構わん」

「はっ!」

 あの時と同じことをリヴァイアギルディが言うと、スワンギルディがあの時と同じ距離をとった。

「その距離でいいのか?」

「はい」

「ふん。また、舐められたものだな」

「違います。私は、リヴァイアギルディ殿たちの期待に応えたいのです」

「むっ」

「ほぉ」

「あの時、私はなにも見えていませんでした。あの時より、ほんの少しであっても成長しているのだと、見ていただきたいのです」

「だからといって、その距離か。心意気だけでどうにかなると思っているのか?」

「してみせます」

 一片の迷いも感じさせないその返事に、躰が震えそうになった。怒りではない。歓喜だった。

 クラーケギルディが、声を出さずに笑っているのがわかった。リヴァイアギルディも思わず笑ってしまいそうだったが、それは押し留めた。

 エレメリアンは、精神そのものの存在。心が強くなれば、それだけ強くなれる。

 だが精神を鍛えるというのは、簡単なものではない。口だけが強く、心が弱い者はどこにでもいる。

 目の前の若武者は、確かに未熟だ。だがその芯に、確固たるものが見える。計り知れない(うつわ)が感じられる。

 この男は、強くなる。それが、言葉ではなく、魂で感じられたがゆえの歓喜だった。

 ドラグギルディ。おまえは、ほんとうによい弟子を持ったな。

 世界に還った友に、リヴァイアギルディは声に出さず語りかけた。

 

***

 

 この間も現れたカブトムシが、部室で待機していた総二たちの前に現れた。カブトムシだけでなく、青いクワガタムシのような物体もいた。なんで増えてるんだとツッコミたくはあったが、いま気にしている場合ではない。

「この属性力(エレメーラ)。リヴァイアギルディとクラーケギルディが現れたようです」

 端末を操作し、確認したトゥアールが、総二と愛香を見て言った。

「慧理那先輩は?」

 愛香の問いに、トゥアールが首を横に振った。

 あの特訓のあと、慧理那は部室に来ることもなく、声をかけても会釈を返してくる程度で、すぐに立ち去って行くばかりだった。

 テイルブレスは身に着けているため、ツインテイルズを辞めたいというわけではないのだと思う。ただ、あんなことになってしまったために、どう受け入れていいのか自分でもわからないのだろう。正直に言えば、総二としてもどう受け止めていいのかわからない。とりあえず、また暴走されると困るので、呼び捨てにするのは一旦やめるべきだろうか、などと思った。

 ともあれ、無理()いすることはできない。いまは、総二たちだけで出るしかない。

「愛香、いけるか?」

「大丈夫。リヴァイアギルディは、あたしに任せて」

「ああ、頼む。クラーケギルディは、俺に任せておいてくれ」

「うん」

 触手への恐怖はまだあるのだろう、愛香の声はかすかに震えていた気がしたが、そこには触れなかった。任せてと言われたのだ。愛香のことを信じて、自分のやるべきことを果たすだけだ。

 一旦、自宅の地下基地に移動し、コンソールルームに入った。トゥアールがシートに座り、操作する。

「映像、映します」

 トゥアールが言うと同時、モニターに映像がいくつか現れた。いるのはリヴァイアギルディとクラーケギルディだけで、戦闘員(アルティロイド)の姿は見えない。場所は、どこかの工場のように見えるが、建物も床も、ところどころがボロボロだった。

「市街地から離れた廃工場ですね。周辺は荒れ地で、人が来ることはまずありません」

「ここなら全力でやれる、ってことか」

「おそらく、そういうことでしょうね」

 本気は出せても全力は出せん、というリヴァイアギルディの言葉を思い出しながら言うと、トゥアールが頷いた。

 ドラグギルディと闘った時のことを思い出す。周囲への被害のこともそうだが、二対一でありながら、紙(ひと)()の勝利だった。今度は、一対一の闘いとなるだろう。クラーケギルディの触手が下手に愛香の視界に入ったら、彼女に隙が生まれる可能性がある。連携は考えないで闘った方がいい。

「大丈夫です。お二人とも、ドラグギルディと闘った時より強くなってます」

「ああ。そうだな」

「うん。絶対に負けない」

 慧理那が、イエローがブルーの援護に入ってくれれば、という思いはあるが、それは口にしなかった。それはきっと、愛香もトゥアールも同じだ。ただ、慧理那のことを信じている。

「あれっ?」

 なにかに気づいたように、愛香が声を上げた。

「どうしました、愛香さん?」

「いや、これ」

 愛香が、モニターに映し出された映像の内のひとつを指差した。高い煙突の上に人影、いやエレメリアンの姿があった。いつも戦闘員(アルティロイド)が構えている物と同じカメラを持っている。

(ふく)兵、でしょうか?」

「うーん。でも、あいつらがそんな真似するかな?」

「それに、伏兵だとしたら、堂々とし過ぎてるわよね」

 エレメリアンは、落ち着き払った様子で辺りを見ていた。伏兵だとしたら、普通は見つからないように息を潜めているものだろう。

「カメラ持ってるし、モケーの代わりの撮影係とかかしら?」

「まあ、そんなところですかね」

「そうだな」

 愛香の言葉に二人で納得し、もう一度全部の映像を見る。ほかに、特別気になるものはなかった。

「このエレメリアン、どうする?」

 カメラを持ったエレメリアンを見ながら、愛香が改めて言った。

 ちょっとだけ考え、答える。

「放っておいていいんじゃないか。リヴァイアギルディとクラーケギルディを相手にする以上、力の消耗はなるべく抑えておきたいし」

「それはそうだけど」

「あいつらのことだから、横槍とかはさせないだろ」

 確信を持って、総二は言った。

 正々堂々をよしとする連中であることは、疑いようがない。それは、先日闘った時の彼らの言動で、充分わかっていることだ。ドラグギルディでも同じようにするだろう。

 愛香は少し迷った様子だったが、やがて頷いた。

「まあ確かに、余計なことに気を取られて勝てる相手じゃないしね」

「そうですね。それにしても、煙突、ですか」

「どうした、トゥアール?」

「いえ、なんでもありません」

 トゥアールの言葉に、ちょっと首を傾げた。

 高い煙突はもう何本か見受けられたが、エレメリアンが乗っているのは、リヴァイアギルディとクラーケギルディがいる場所からは遠めだ。それだけに、戦場を余すことなく見通せる場所だろうと思う。なにか気になることでもあったのだろうか。

 トゥアールの反応は少し気になったが、いまは闘いに行く時だ、と意識を切り替えた。

『テイルオン!』

 同時に変身したブルーと視線を交わし、頷き合う。

「よし、じゃあ、行こう」

「うん」

「お二人の勝利を、いえ、みんなで、勝ちましょう!」

「おう!」

「ええ!」

 トゥアールの言葉に応え、レッドたちは駆け出した。

 

***

 

 張り詰めた気が、あたりに漂っている。じっと(たたず)むリヴァイアギルディとクラーケギルディを見て、スワンギルディはそんなふうに感じた。

 緊張を感じるとか、そんな意味ではない。抑えきれない覇気が、ふたりから(にじ)み出ている。その気は、解き放たれるその瞬間を、いまかいまかと待ち焦がれているように思えた。

 リヴァイアギルディによるスワンギルディのテストは、なんとか合格した。しかしリヴァイアギルディの槍を完璧に見切れたとは、到底言えない。

 一秒が永遠にも感じられるほどの集中を発揮して、かろうじて一撃を避けることができただけだ。もしも二撃目が放たれていたら、ただ貫かれるだけの結果に終わるだろう。それが、リヴァイアギルディたちとの実力差、ひいてはツインテイルズとの差だ。

 以前リヴァイアギルディとクラーケギルディが出撃し、ツインテイルズと少しばかり立ち合った時の映像を見た。お互い、周りに被害を出さないように力を抑えていながらも、スワンギルディにはとてもついていけそうにない闘いだった。

 スワンギルディがやっとのことで避けた槍と、テイルブルーは真っ向から撃ち合っていた。スワンギルディではとても凌げそうにない、クラーケギルディの触手と剣に対し、テイルレッドは正面からぶつかっていた。

 いまのスワンギルディの力は、その程度でしかない。そんな自分が、リヴァイアギルディとクラーケギルディの加勢など、おこがましいにもほどがある。そう自分に言い聞かせる。

 自分たちが敗れたら、というリヴァイアギルディの言葉を聞き、ドラグギルディのことを思い出した。

 負けるはずがないと思っていたドラグギルディを破った、ツインテイルズと闘うのだ。ふたりの勝利を信じている。しかしそんな思いとは関係なく、ふたりが敗れることもあり得るのが、闘いというものなのだ。闘う以上、死ぬ可能性は必ずある。わかっていながらも、それから眼を(そむ)けたかったのだ。リヴァイアギルディに、それを見抜かれた気がした。

 そのような心では、駄目なのだ。

 スワンギルディがやるべきことは、この闘いから一瞬たりとも目を離さないこと。闘いを見届けること。すべてを、スワンギルディが成長するための糧とすること。いつか、リヴァイアギルディ、クラーケギルディ、そしてドラグギルディを超えるために。

 きっとそれが、リヴァイアギルディとクラーケギルディがスワンギルディに望んでいることなのだと、スワンギルディはそんなふうに感じた。

「っ」

 リヴァイアギルディとクラーケギルディの空気が、変わった。少し距離を離し、互いに相手を気に留めていないふうにしていたふたりが、同じ方向を見た。スワンギルディもその方向にむき直る。なかなかに高い煙突の上ではあるが、特に恐怖などはない。平衡感覚には自信があるし、万が一、足を踏み外して地面に落ちたとしても、属性力(エレメーラ)を伴わないただの物理的な衝撃など、エレメリアンにとってはそよ風のようなものだ。そもそも、この程度の高さなら問題なく着地できる。

 じっと見る。少しして、なにか近づいてくる気配を感じた。強いツインテール属性。ツインテイルズだ、とスワンギルディは思った。

 スワンギルディの考えを肯定するかのように、こちらにむかって飛んで来る影が見えた。青いツインテールの少女が、赤いツインテールの幼女をぶら下げるようにしている。間違いない。テイルブルーとテイルレッドだ。

 二人は、チラッとスワンギルディの方を見たが、すぐに下の方に視線を落とした。そのまま降下し、リヴァイアギルディとクラーケギルディの前に、やや距離を置いて着地した。

「来たか、ツインテイルズ」

 最初に口を開いたのは、リヴァイアギルディだった。これぐらいの距離なら、カメラの集音機能で問題なく拾える。映像も記録してあるが、見ることに関しては、スワンギルディ自身の眼で見ていた。そうするべきだ、と思うのだ。

 クラーケギルディが、(うやうや)しく礼をした。

「姫。先日は見苦しい真似をして申し訳ありませぬ。しかし、私の気持ちは変わりません。今日こそは」

 テイルレッドが、テイルブルーを(かば)うようにして前に出た。クラーケギルディとテイルレッドの間の空気が、(きし)んだような気がした。距離はそれなりにあるというのに、スワンギルディは圧倒されるような気を感じた。

「やはり邪魔をするか、テイルレッド」

「当然だろ。ブルーは、俺が守る」

「そうか。いや、そうでなければな」

 テイルレッドが静かに、しかし力強く言うと、クラーケギルディが愉しそうに笑った。

「ところで、あそこにいるエレメリアンは、なんなわけ?」

 テイルブルーが、視線をスワンギルディの方にむけて言った。

「見届け人だ。手出しは無用と伝えてある。俺たちがもし敗れても、なにもせずに帰れ、ともな」

 リヴァイアギルディが答え、全員がスワンギルディに視線をむけてきた。スワンギルディは、ただ頷いた。四人の視線が、戻った。

「わざわざ言うことでもないが、あいつに気遣う必要はない。流れ弾でも戦闘の余波でも、死ぬのならばその程度の男だ。全力で来い、ツインテイルズ」

「言われるまでもないわね。侵略者に気を遣う気なんて、こっちにはないのよ」

「ふん。威勢がいいな。今日は、情けないところを見せてくれるなよ、テイルブルー?」

「当たり前よ」

 テイルブルーの声はわずかに震えていた気がしたが、臆した様子はなかった。恐怖を撥ねのけるような、強い意志が感じられた。

 先日のリヴァイアギルディとの闘いで判明したテイルブルーの弱点、触手。クラーケギルディがその身に備えた無数の触手を展開したのを目にした彼女が、幼い少女のように怯えていたのは記憶に新しい。そのあとのリヴァイアギルディとの闘いでも、クラーケギルディのものとはまた違うが触手を目にしたことで、最初の頃は普段とはほど遠い動きになっていた。

 恐怖を完全に(ぬぐ)い去ることは、いまだできていないのだろうが、逃げることをよしとしないのは、やはりテイルレッドとの絆ゆえか。そんなことを思う。

「ところで」

 リヴァイアギルディが、辺りを見渡した。

「テイルイエローは参戦せず、か。あの巨乳をこの眼で見ておきたかったのだがな。まあ、力を使いこなせぬようでは、それも仕方ないだろうが」

『あー』

 ちょっと残念そうなリヴァイアギルディの言葉に、テイルレッドとテイルブルーが気まずそうに声を洩らした。

「なんだ?」

「ふむ。少なくとも、力を発揮できるようにはなったのかな?」

 リヴァイアギルディが(いぶか)しみ、クラーケギルディがちょっと考えるそぶりを見せ、問いかけた。問いというよりも、確認するような言い方だった。テイルレッドとテイルブルーが気まずそうな表情で顔を見合わせる。

 リヴァイアギルディが、愉しそうにニヤリと笑った。

「ほお。しかしこの場に姿を現さないということは、どこかから俺たちを狙っている、ということか。別に構わぬぞ。それこそ伏兵だろうがなんだろうが、どんな手でも使ってこい」

「いや、まあ、なんていうか」

「ねえ?」

『――――?』

 テイルレッドとテイルブルーは、なんとも複雑そうな表情だった。なんと説明してよいのやら、とでも言いたげな雰囲気で、リヴァイアギルディとクラーケギルディが首を傾げた。

 とにかく、とテイルブルーが槍を手に持った。

「いまはあたしたちが相手よ!」

「そ、そうだ。とにかくクラーケギルディ、おまえは、俺が斃す!」

 テイルブルーに続いて、雄々しく言ったテイルレッドが剣を取り出し、構えた。

「ヒンッ。まあいい。確かに、貴様と決着をつけなければな、テイルレッド!」

「キョッ。よかろう。今度こそ俺とおまえ、どちらの槍が上か。雌雄を決するとしようか、テイルブルー!」

 テイルレッドが、テイルブルーと離れるように大きく横に跳び、剣を抜いたクラーケギルディがそれを追った。

 テイルブルーが槍を構え、対峙するリヴァイアギルディが、躰に巻きつけていた触手をほどき、腕を組んで仁王立ちとなった。

 二対二ではない。クラーケギルディ対テイルレッド。リヴァイアギルディ対テイルブルー。そんな様相だった。

 見届けるのだ。この闘いを。

 スワンギルディは改めてそう思い定めると、じっと戦場を見続けた。

 




 
 ――次回予告――

 テイルブルーとリヴァイアギルディ、テイルレッドとクラーケギルディの闘いがはじまった。槍の闘いでは分が悪いと見たテイルブルーは、リヴァイアギルディの懐に奇襲で飛びこみ接近戦を仕掛ける。クラーケギルディの触手による変幻きわまりない攻撃に、テイルレッドは自身の取れ()る手段で立ちむかう。放たれるリヴァイアギルディの奥義、クラーケギルディの秘技。闘いのさなか現れる、『彼女』。そして、テイルブルーが怒りの咆哮を上げる。
 次回、あたし、ツインテールをまもります。
 『戦士と獣』
 君は、刻の涙を見る。
(ナレーション:クラーケギルディ)
 

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