あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

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修正作業完了。
これからは主に続きを書いていく所存です。今後ともよろしくお願いいたします。
でも最初にアルティメギル側。
 


2-13U 白鳥と海竜 / 闇に沈む魔狼

 まさか、これほどのものとは。

 スワンギルディは、自分の部屋で、胸を掻き(むし)りたくなるような衝動に襲われていた。

 打倒ツインテイルズのために、先日より行っている苦行、アルティメギル五大究極試練の内のひとつ、『スケテイル・アマ・ゾーン』。

 通販で買った物が一年間ずっと、透明な箱で梱包されて配達され続けるという荒行であり、精神(こころ)弱き者が行えば、初日で絶命するほどだという。

 アルティメギルのエレメリアンでこれを修めた者は、スワンギルディが知る中では、師であるドラグギルディただひとり。

 そのドラグギルディは、ツインテイルズによって討たれた。

 ドラグギルディの仇を討つため、スワンギルディは力を求めた。力を得るためにはじめたことが、この、『スケテイル・アマ・ゾーン』。

 究極試練と呼ばれるほどの苦行が、たやすいものではないことは想像していた。だがそれでも、心のどこかで甘く見ていたのかもしれない。たかが数日でこの有様なのだ。

 看護服属性(ナース)の神童と呼ばれていたことで、知らず自分は、天狗になっていたのではないか。

『お薬の時間ですよー』

「っ!」

 来客を告げる音声が、聞こえた。自立した女性の凛とした、しかし優しい声。それがスワンギルディには、死神が告げる死の宣告に聞こえた。自分で設定したものであるにもかかわらずだ。

 今日は、誰が運んで来たのか。

 一日ひとつ、配達された物を誰かが運んでくる。その誰かは、毎回変わる。

 それによって、頼んだ物は不特定多数の者に知られることとなり、それがさらに、この修練に挑む者の精神を痛めつける。

 かつてツインテイルズ、いや、あの当時はテイルブルーただひとりであったが、彼女との戦いを志願したスワンギルディは、ドラグギルディに試された。

 己のパソコンでプレイするエロゲーを他者に見られる修羅の試練、『エロゲミラ・レイター』。その試練を受けたスワンギルディは、わずかな時間で気絶してしまったのだ。

 あの時から自分は、なにも成長していないのではないか。こんな(てい)たらくで、師ドラグギルディに顔むけできるのか。たかが数日で、なんと情けないやつだ。

 そう自分を叱りつけるが、躰の震えは止まらなかった。いまも、『エロゲミラ・レイター』を行われた時のように、気絶しそうだった。

 扉が開き、思わず躰がビクッと震えた。

「ふん。たった数日でこのざまとはな。負け犬の弟子は腑抜け、というわけか」

 嘲るような言葉が耳に届き、スワンギルディは声の主に顔をむけた。

「リ、リヴァイアギルディ殿?」

 巨乳属性(ラージバスト)の大将にして、ドラグギルディと旧知の仲であるリヴァイアギルディが、そこにいた。

 なぜ、この方が。

「なんだ、若造。言いたいことでもあるのか?」

「い、いえ。まさか、リヴァイアギルディ殿が運んで来られるとは、思わなかったものですから」

「なあに。未熟者の分際で、『スケテイル・アマ・ゾーン』に挑む身のほど知らずがいるとは思わなかったのでな」

 身のほど知らず。その言葉に、スワンギルディはうつむき、ただ、拳を握りしめた。

 事実、自分はこの有様なのだ。なにも言い返せるはずがなかった。

「なにも言えんとはな。買い被っていたか?」

「え?」

 小さな呟きが耳に届き、顔を上げると、リヴァイアギルディが荷物を押し付けてきた。反射的に受け取り、改めてリヴァイアギルディの顔を見る。

 スワンギルディを睨むように見ていたリヴァイアギルディが、フンッと鼻を鳴らした。

「俺に口答えをしておいて、このざまとはな。これなら、ほんとうに素振りだけしていた方がマシと言うものだろう。そう言ったのだ」

「それは」

 そうかもしれない。だが、それでは、ドラグギルディの仇を討つのに、どれだけかかるのかわからない。いや、師ドラグギルディと同じ幹部であり、実力も師に劣らないと言われているリヴァイアギルディとクラーケギルディの二人ならば、スワンギルディの出る幕などないのではないか。それならばなおさら、自分のやっていることに意味はあるのか。

 迷いと弱気が心を塗り潰し、スワンギルディは再びうつむいた。

 チッ、という、リヴァイアギルディの苛立たしげな舌打ちが聞こえた。

「若造。おまえは、ドラグギルディの顔に泥を塗るつもりか?」

「っ!」

 怒りを含んだリヴァイアギルディの声に、はっと顔を上げた。

 リヴァイアギルディは鋭くこちらを睨みつけながらも、どこか寂しそうに見えた。

「ドラグギルディのやつが、おまえのことを楽しそうに話していたぞ。いずれ自分を超えるかもしれん、とな。おまえは、ドラグギルディの眼は節穴だったと言わせたいのか?」

「ドラグギルディ様が」

 師が、そんなことを言っていたとは。

 感激の想いとともに、自分への怒りが湧いてくる。リヴァイアギルディが怒るのも、当然ではないか。

 思い出せ。なぜ、『スケテイル・アマ・ゾーン』に挑もうと思ったのだ。そんな声が聞こえた。

「そう遠くないうちに、俺は再びツインテイルズとの戦いにむかう。おまえの出番など、ない。『スケテイル・アマ・ゾーン』など、やめてしまえ」

「やめません」

「なに?」

 言葉が、口を()いて出ていた。

 リヴァイアギルディの鋭い眼をまっすぐ見つめる。もう、迷いはなかった。

「ドラグギルディ様は、『スケテイル・アマ・ゾーン』を乗り越えました。ならば、あの方を超えるためにも、この修練をやめることはできません。それが、弟子である私の務めです」

 『スケテイル・アマ・ゾーン』を越えただけで、師を超えられるとは思っていない。だが、これを乗り越えなければ、永久に超えることなどできはしない。

 弟子として、尊敬する師を超える。それが、師への恩返しであり、手向けになるはずだ。

 あの方の弟子だと、胸を張るために。

 あの方の最期の言葉に応えるために。

 あの方を、超えるために。

 そうだ。『スケテイル・アマ・ゾーン』に挑むことを決めたのは、そんな思いからだった。

「ふんっ。口だけでなければいいがな」

 なんとなく、リヴァイアギルディの声が、穏やかになった気がした。

 もう用はない、とばかりに(きびす)を返したリヴァイアギルディが、スワンギルディの部屋から立ち去ろうとする。

 ひとつの考えが、スワンギルディの頭に浮かんだ。リヴァイアギルディが、わざわざ荷物を届けに来てくれたのは。

「リヴァイアギルディ殿、あなたは」

「二度と情けない真似は、するな」

「――――はい」

 リヴァイアギルディは、振り返ることなくスワンギルディの言葉を遮ると、静かに歩き去って行った。その背に、己が憧れ、目指した師の姿が、重なった。

 あれが、武人というものなのだ。

 スワンギルディはその背中に、ただ、一礼した。

*******

 ドラグギルディは、ほんとうによい弟子を持ったようだ。通路を歩きながら、リヴァイアギルディはそんなことを思った。

 まだまだ未熟だが、ドラグギルディが言っていた通り、いずれドラグギルディやリヴァイアギルディを超えるかもしれない。不思議とそう思わせるものを持っている。

 ただ、純粋すぎる。あまり思いつめなければよいのだが。

 そこまで考えて、内心苦笑する。巨乳属性(ラージバスト)の部下たちより、他部隊の若造を気にかけてしまうとは。

「リヴァイアギルディ様」

「スパロウギルディか」

 足を止め、そちらに顔をむける。

 スパロウギルディが、一礼した。

「感謝いたします。スワンギルディを」

「俺はただ荷物を届けるついでに、腑抜けの顔を笑いに行っただけにすぎん。礼を言われる筋合いはない」

「それでも、ありがとうございます」

「ふん」

 スパロウギルディの言葉を遮るが、彼は気にせず、感謝の言葉を続けてきた。

 昔からリヴァイアギルディは、素直にものを言うことができなかった。

 (たの)みとする股間の槍のごとく、正道を貫く戦士たろう。そう思って精進し続けてきたが、物言いだけはどうしてもひねたものになってしまう。

 だがリヴァイアギルディ自身は、それを疎ましいものとは思わない。精神(こころ)そのものの存在であるエレメリアンが、自らの在りように疑問を持ってどうするのだ。そう思っている。

 戦士である以上、己の在りようは、闘いで語ればいい。そう信じて、ひたすらに槍を磨き上げた。投げ技も、そこらの凡夫(ぼんぷ)では相手にならない域に到っているが、あくまでも己の槍でトドメを刺すためのものだ。

 そして、最後に己を奮い立たせるものは、巨乳への想い。そう信じている。

 小細工は、自分には必要ない。ただ、貫くのみ。逆にクラーケギルディは、自身の触手を使い、相手に合わせた戦法で勝利し続けてきた。

 それを、小細工と言うのだ。そう思っていることもあって、クラーケギルディとは馬が合わなかった。

 巨乳属性(ラージバスト)貧乳属性(スモールバスト)が対極に位置することもあり、クラーケギルディとは顔を合わせるごとに衝突している。

 ドラグギルディ隊と合流した時も、ほぼ同時に到着したクラーケギルディの部隊と鉢合わせとなり、リヴァイアギルディはクラーケギルディと、わずかだが槍を合わせた。

 勝負はまったくの互角であり、苛立ちとともに、そうこなくてはな、という思いがあった。

 不倶戴天とも言える相手ではあるが、同胞には違いない。なにより、張り合ってきた相手が弱くなっては、こちらとしても立つ瀬がないと言うものだ。

 思えば、やつとはずっと張り合ってきた。リヴァイアギルディが誰よりも一目置き、目標としたのがドラグギルディだったとしたら、クラーケギルディは最大のライバルと言える存在だった。

 ドラグギルディが、五大究極試練のひとつ『スケテイル・アマ・ゾーン』に挑んだように、リヴァイアギルディもまた、究極試練のひとつに挑んでいた。

 自分自身を題材にして創作作品を書き上げ、他者に批評してもらう荒行、『メロゲイマ・アニトゥラー』。それが、リヴァイアギルディの挑んだ試練だった。そしてリヴァイアギルディに張り合うように、クラーケギルディもこの試練に挑んでいた。

 クラーケギルディに負けてなるものか。その一心で、リヴァイアギルディは試練を越えた。クラーケギルディと、互いに書いた作品を音読し合い、時に駄目出しし合い、時に死にかけるダメージを負いながらも、ともに試練を乗り越えたのだ。やつへの対抗心がなかったら、越えられたかどうかわからない。それほどの苦行だった。

 クラーケギルディとの道は、決して交わることはない。歩み寄ることも、いや、歩み寄る気もない。わかり合う気もない。張り合い、凌ぎ合う。それが、リヴァイアギルディとクラーケギルディの関係なのだ。それで構わぬ、とリヴァイアギルディは思っている。

「ところでリヴァイアギルディ様。フェンリルギルディを見かけませんでしたか?」

「いや、見ておらんな」

 声を潜めるようにして言うスパロウギルディの様子が、気にかかった。

 勝手にこの部隊にやって来たフェンリルギルディではあるが、やつが来た段階でスパロウギルディは、来た理由を問い質している。いまさらやつを探す理由はないはずだ。

 態度こそ慇懃(いんぎん)ではあるが、言動の端々から不遜(ふそん)なものを感じさせる、他者を見下すような眼をした、下着属性(アンダーウェアー)のエレメリアン、フェンリルギルディ。やつはどこか、ほかの属性に対して隔意を持っているようなふしがあった。そしてそれは、ツインテールに対してもむけられているような気がした。

 ふっと思い浮かぶ事柄(ことがら)があった。

「ダークグラスパー様か?」

「はい。御存じだったのですか?」

「いや、ほかに考えられる理由がなかっただけだ。もう参られていたとはな。しかし、俺の方ではなかったか」

「リヴァイアギルディ様が呼び出される理由など」

属性力(エレメーラ)の完全奪取を完遂せず、侵略を中止することをくり返す。まあ、あいつの言う通り、組織への反逆と取られてもおかしくはないだろう」

「それは。いや、しかし、リヴァイアギルディ様がそのようになされるのは、人口が少なく、ツインテールの戦士も成長の見込みが望めないために侵略価値が薄い、と見なされる世界ばかりと聞きました。ここに来る前に侵略していた世界もそうだったと」

「それについては、確かに間違いはない」

 だが、言っていないことはあった。その戦士から、戦意が失われた時だ。この世界に来る前に侵略していた世界を守っていた戦士は、ツインテイルズに比べると、遥かに弱かった。自然発生した戦士ではあるが、一般隊員クラスのエレメリアンには充分勝てても、幹部にはまず届かない。タイガギルディクラスには勝てるかもしれないが、その程度の強さだった。サイドテールの幼女が二人合体し、ひとりのツインテール戦士になるという珍しいものではあったが、実力は肩透かしとしか言えなかった。

 これでは、ただの弱い者いじめだ。それでも立ちむかって来るというのならともかく、怯え、戦意を失っている少女にトドメを刺す気にはなれなかった。人口が多く、属性力(エレメーラ)の大量収穫が望めるというのであれば、心を鬼にして、完遂するが。

 そういえば、テイルレッドはあの合体幼女ツインテール戦士と同じぐらいの年齢に見えたが、それでクラーケギルディを相手にまったく臆さず渡り合うとは、大したものだ。テイルブルーも、触手に怯えていた時はかすかに失望したものだが、テイルレッドにかばわれてからの動きは、思わず眼を見張るものがあった。そして貧乳に触れた時に受けた気迫は、思わず気圧(けお)されるほどのものだった。それでこそだ、と嬉しくなったぐらいだ。

 戦士ならば、あれだけの気概を持って欲しいものだ。勝手ではあるが、そんなことを思う。

「しかし、なぜ首領様は、俺とクラーケギルディの部隊を同時に侵攻させたのだろうな。俺とクラーケギルディ、巨乳属性(ラージバスト)貧乳属性(スモールバスト)の仲の悪さは、組織中に知れ渡っている。そもそも相反する属性同士は本能的に反発する以上、おいそれと力を合わせられるものでもない。なにか聞いているか、スパロウギルディ?」

「いえ、なにも。失礼ながら、なぜおふたりを同時に、と私も思ってしまったぐらいです」

「まあ、そうだろうな」

「ですが、アルティメギルの頂点に君臨する、偉大なる首領様のこと。我らには窺い知れない深謀遠慮があるものかと」

「そう、だな」

 おそらくそうなのだろうが、それはほんとうに、ツインテイルズを倒すためのものなのか。なぜか、そんな疑念が、心のどこかにあった。

「古代ツインテール文明」

「は?」

「なに。なんとなく言ってみただけだ」

「は、はあ。確か、遥か昔に存在したと言われる文明でしたか?」

「そうらしいな。もっとも、誰が言い出したものかわからぬし、そもそも実在していたのかどうかすら眉唾物の話だがな」

 なぜこんなことを言い出したのか、自分でもわからなかった。ただ、不思議と口を()いて出た。そう言うしかなかった。

 困惑した様子のスパロウギルディに、気にするな、と手を振る。

「まあ、それは別にいい。フェンリルギルディを見かけたら、伝えておこう。ほかに呼び出しのことを知っている者は?」

「連絡係の者と、クラーケギルディ様だけです」

「クラーケギルディか」

 スパロウギルディが、かすかにハッとした様子を見せた。

「ただ、先に会っただけで」

「いや、他意はない。気にし過ぎるな、スパロウギルディ」

「は、はっ」

 自分たちのぶつかり合いを目の当たりにしているのだから、その反応も仕方ないか。そう思いながら呼び出しの場所を訊き、クラーケギルディからフェンリルギルディへの伝言とやらを受け取ると、リヴァイアギルディはスパロウギルディと別れ、通路を歩き出した。

*******

 通路を歩いていると、艦のあちこちから、巨乳貧乳で言い争う声が聞こえてくる。

 のんきなものだ、とフェンリルギルディは思う。ダークグラスパーが来るかもしれないというのに、侵略よりもいがみ合いを優先している。くだらない連中だ。

 なぜ私には、あのようにぶつかり合える相手がいないのだ。

「っ」

 胸中に浮かんだ言葉を、押し潰す。私に、そんな相手は必要ない。私は、ひとりでいい。孤独ではない、孤高なのだ。

 言い争う相手がいるのが羨ましいなど、ただ言ってみただけだ。そうだ。クラーケギルディとの会話で言った言葉は、ただ単に彼の関心を得るためのものに過ぎない。それだけでしかない。

「フェンリルギルディ」

「っ、これはこれは、スパロウギルディ殿」

 背後からかけられた声に、内心で驚きながらもゆっくりとふり返る。思った通り、スパロウギルディだった。思考に気を取られていたとはいえ、大した力もないくせに、ただ世渡りのうまさだけでドラグギルディの副官になったというスパロウギルディ程度に、話しかけられるまで気づかなかったとは。

 内心で舌打ちする。それにしても、スパロウギルディの表情は、どこか憂いを帯びたもののように感じた。

 動揺と苛立ちを内に(とど)め、恭しく応答する。

「なにか、御用でしょうか?」

「その様子では、リヴァイアギルディ様とクラーケギルディ様には会っていないようだな。用があるのは私ではない。ダークグラスパー様がお呼びだ」

「なんと。私をですか?」

「そうだ。心して謁見(たまわ)れ」

 クラーケギルディの名が出たところで、わずかにギクリとしたが、それは胸中に押し留めた。次に、実在も定かではないと思っていたダークグラスパーが実在し、それどころか、すでにここに来ており、あまつさえ自分が呼ばれるという事態に、フェンリルギルディは困惑した。

 場所を聞きながら、スパロウギルディの表情がどこか優れない理由を推察する。答えは、すぐに出た。

 嫉妬だろう。

 処刑人に呼び出されるということで、まさか自分が処刑されるのかと、フェンリルギルディの頭に浮かばなかったわけではない。だがフェンリルギルディは、処刑されるようなことはしていないのだ。幹部の座を狙ってはいるが、そのために他者を陥れたことはない。独断専行は多いが、結果は出しているし、いまさらである。

 ならば考えられることはただひとつ。フェンリルギルディの実力が、首領直属の戦士に認められたということだろう。

 リヴァイアギルディ部隊とクラーケギルディ部隊。力を合わせよ、と集められただろうに、巨乳貧乳でくだらない争いを続ける愚か者ども。それらに見切りをつけ、才覚ある戦士に勅命を授ける。いかにもありそうなことではないか。

 もちろん、その才覚ある戦士とは、フェンリルギルディのことだ。それならば、スパロウギルディの憂鬱そうな雰囲気にも納得がいくというものだ。自分よりもずっと下のはずだった若造の出世する様を、黙って見ていることしかできないのだから。

「フェンリルギルディ、どうした?」

「いえ、わかりました。すぐにむかいます」

 (きびす)を返し、スパロウギルディと別れる。スパロウギルディから、顔が見えない角度になったところで、フェンリルギルディはほくそ笑んだ。これで、上に行ける。下着属性(アンダーウェアー)を外道と見下した者たちを、フェンリルギルディを蔑んでいた者たちを、逆に見下ろせる立場になれるのだ。

「フェンリルギルディ。クラーケギルディ様からの伝言だ」

 背中からかけられたスパロウギルディの言葉に、足がピタリと止まった。声をかけられたことにか、クラーケギルディという名を聞いたことでなのか、自分でもわからなかった。

 硬直するフェンリルギルディに構わず、言葉が続けられる。

「他者への敬意を持て、だそうだ。確かに、伝えたぞ」

「な」

 ふり向いた時、スパロウギルディはすでに去って行くところだった。

 どういう意味だ。疑問をぶつけようにも、スパロウギルディに訊いてどうするのだ、とも思う。逡巡している間に、スパロウギルディの姿は見えなくなっていた。

 クラーケギルディを探して訊いてみるか。そう頭に浮かんだところで、なぜわざわざそんなことを訊かなければならないのだ、と思った。自分はこれから、高みに上がるのだ。そんなこと、訊く必要などない。

 (かぶり)を振り、ダークグラスパーがいるという部屋を目指して歩き出す。

 他者への敬意。そんなものに、価値などあるものか。フェンリルギルディの胸の内に、そんな思いが渦巻いていた。

 

 スパロウギルディから教えられた部屋に着いた。一般隊員クラスでは来ることの許されない、隊長、副隊長クラスの者だけが入ることの許される一角にある部屋だった。

 その中でも、専用に改造されたのだろうか。ほかの部屋とは、どこか雰囲気が違って見えた。

「お呼びになられましたか、ダークグラスパー様」

 背筋を正し、部屋の前で呼びかける。扉が開いた。来い、という意味と解釈し、部屋の中に入る。

「っ?」

 違和感を覚えた。まるで、別の場所に入ったような、そんな感覚だった。どうやら、入り口自体が転送ゲートのようだった。

「来たか」

「っ!?」

 眼にした光景に、フェンリルギルディは驚愕した。

 部屋は、一辺が二十メートルに及ぼうかという広大な部屋だった。壁は、いやに色彩豊かで、眼が落ち着かない。

 だが驚いたのは、そんなことではなかった。部屋の中心にいる声の主、ダークグラスパーと(おぼ)しき人物の姿が、あまりにも予想外だったためだ。威圧感を感じさせる、まるで魔王の玉座とでも表現するのがふさわしい椅子に深く腰掛け、ところどころが刺げ立っている黒のデスクにむかい、パソコンでなにか作業をしていた。

 年の頃は、十をわずかに過ぎたあたりだろうか。首から足までを覆う、ケープ状の漆黒のマント。その黒衣に負けない色合いの黒髪は、おさげのように垂らされたツインテール。胸元をなだらかに盛り上げる双丘は、控えめな自己主張をしている。

 なによりも眼を引き、凄まじいまでの存在感を感じさせるのは、そのアンダーフレームの楕円形の眼鏡だった。見ただけで、なにかとてつもない力を感じさせた。

 人間の、少女だった。

 パソコンを操作する音だけが、時々部屋に響く。少女はこちらに視線すらむけず、パソコンから眼を離そうとしない。フェンリルギルディがいることには気づいているだろうに、まったく気に留めた様子もなかった。

 なぜ人間が、とフェンリルギルディは思った。どこかの世界でアルティメギルの侵略に対抗していた戦士が、勝ち目がないとアルティメギルに取り入ったのか。だが、だからといって、エレメリアンに狩られるだけの存在でしかない人間風情が、首領直属の幹部になっていたなど。

 人間ごときが、俺より上にいるだと。

 人間のくせに、俺を路傍の石のように扱うか。

 俺は、人間などに取り入る気でいたのか。

 さまざまな思いが、浮かんでは消えていく。屈辱に、舌打ちしたくなる衝動に襲われるが、すぐに思い直す。目の前の少女は幼い。取り入るのは難しくないだろう。考えようによっては、上級エレメリアンよりも、こっちの方が好都合かもしれない。

 どんな手を使っても上に行く。そして、下着属性(アンダーウェアー)が見下されることのない組織に、すべての属性が平等とされる組織にするのだ。そのためならば、どんな屈辱にも耐えてみせる。そう決意したのだ。

 しかし、ダークグラスパーらしき少女は、いまだ視線ひとつよこそうともしない。

 沈黙に耐えきれなくなったフェンリルギルディは、こちらから行動を起こすことにした。

「失礼ながら、ダークグラスパー様でお間違えありませんでしょうか?」

「相違ない」

 少女、ダークグラスパーはやはり視線すらむけず、静かに答えた。再び沈黙に包まれる。居心地の悪さにフェンリルギルディは、なんとはなしに周囲を見渡した。妙に色とりどりの壁が気になり、じっと見つめる。

「っ、これは」

 驚愕に、フェンリルギルディは声を洩らした。改めて周囲の壁を注意深く見る。

 壁の正体は、エロゲーの箱だった。何百何千、何万はあろうかというエロゲーの箱が積み上げられ、壁が作られている。それどころか、箱の上蓋の絵柄によって、壁にはツインテールが描かれていた。

 ようやく気づいたか、とでも言いたげに、ダークグラスパーが動いた。腕をゆっくりと上げ、パチンと指を鳴らす。壁の一部が動いたかと思った直後、ひとつの箱がそこから出てきた。壁の一部に穴が空いたかたちではあるが、壁は崩れるどころか、揺るぎもしなかった。

 いや考えてみれば、あれだけの量が積まれていれば、下の箱は普通潰れているはずだ。だというのに、すべてが新品同然の真新しさを感じさせる綺麗さ。不思議な力で守られていることは、明白だった。

 箱はダークグラスパーの隣で止まると、ひとりでにその蓋を開けた。中から、マニュアルやアンケートチラシなどがゆっくりと出ていき、最後に透明なディスクケースが出てきた。ディスクケースから出たDVDが、ダークグラスパーのパソコンのドライブに収まった。読み込み音が、室内に響き渡る。同時に、大モニターがダークグラスパーの頭上に現れた。ダークグラスパーのパソコンと連動しているようだった。

 ダークグラスパーが、デスクトップ上にあるツインテール少女のアイコンをクリックした。モニターに原色バリバリのメーカーロゴが現れ、甲高いアニメ声がメーカー名を宣言する。

 エロゲー、だった。修羅の試練『エロゲミラ・レイター』がフェンリルギルディの頭に浮かんだが、ダークグラスパーは見られるどころか、見せつけていた。

 格の違いを見せつけるように、ダークグラスパーは平然としていた。羞恥や虚勢といったものは、まったく感じられなかった。

「インストールすれば、ディスクなしでも起動するゲームは数多くあるが、わらわはこの作業が好きでな。ディスクを入れるというのは、戦場(いくさば)に赴く武士(モノノフ)が兜の緒を締める行為に似ている。そう思わぬか?」

「は、はっ」

 身も心も縛りつけるような圧迫感に、フェンリルギルディはそれだけ返すのが精一杯だった。

「もっとも」

 さも自然な様子で、ダークグラスパーが言葉を続ける。

「緒の弛んだ戯け者も、おるようじゃがの」

「っ!」

 『ロードする』を選び、画面が暗転したほんの一瞬、すべてを凍てつかせるような瞳が、フェンリルギルディにむけられた気がした。躰の芯から凍りついたような気さえした。知らず、冷や汗が流れていた。

 フェンリルギルディが身動きひとつとれないでいる間、ダークグラスパーはエロゲーをプレイし続ける。モニターは大画面に映し、ボリュームは大音量。それどころか、ニヤニヤとしただらしない笑顔を隠そうともせずにプレイしていた。

 エロゲーをやっているところなど、普通は誰かに見られたくなどあるまい。しかし彼女は、まったく恥ずかしげもなくそれを行っている。友だちであるならまだしも、ついさっき会ったばかりのフェンリルギルディの目の前でだ。戦慄するしかなかった。

「っ」

 なにを臆しているのだ、と自らに喝を入れる。

 ダークグラスパーとは、ただ、名ばかりの存在ではなかった。それだけのことに過ぎないではないか。幹部となって、この組織を変えるのだ。自分なら、それができる。

「ふっ。エロゲーをはじめるとき、最初にオプションでメッセージ速度を最速にするような小童(こわっぱ)が、幹部の座を欲するか」

「っ!」

 嘲るように紡がれた言葉に、フェンリルギルディは絶句した。フェンリルギルディの野心は、とうに見抜かれていたというのか。

 逃げろ。心のどこかがそう訴えていたが、どこに逃げろというのだ、と思う。ここは、転送ゲートらしき扉で転移させられた先。扉を通ったところで同じところに戻れるかはわからぬし、もしここを逃げることができたとしても、そのあとアルティメギル全体に追われる身となっては、遅いか早いかの違いでしかない。

 ならばここは、退かずに前に出るしかない。

「いけませぬか。小童が幹部の座を欲しては?」

 自らの心を奮い立たせ、フェンリルギルディはあえて不敵に言った。これは、賭けだ。気概を見せ、殺すには惜しいと思わせれば、チャンスはあるはずだ。

「悪くはない。が、貴様ごときには、幹部の座は荷が重すぎようよ」

「っ」

 淡々とした言葉に、フェンリルギルディの頭がカッとなった。

 見下された。そうとしか思えなかった。

 それでも、堪える。ここで感情的に動けば、すべては水の泡だ。

「お言葉ではありますが、立場がその者を成長させる、ということもあるかと存じます。私もまた、そのように在りたいと」

「ふむ。思っていたよりも(はら)は据わっているようじゃの。思慮も浅いように思えて、なかなかどうして頭は回るか」

 感心したように、ダークグラスパーが言った。脈ありだ、と光明(こうみょう)が見えた気がした。

「では」

「フェンリルギルディよ。ひとつ、貴様の勘違いを解いておこう」

「は?」

「なぜ貴様は、わらわに呼び出されたと思う?」

 これまでのダークグラスパーの言葉を思い返せば、フェンリルギルディへの処罰が目的だろうと思う。

「私への処罰、でございますか?」

「そう。目的は貴様の処刑じゃ。それはなぜだと思う?」

「幹部の座を欲したから、でしょうか?」

 フェンリルギルディの言葉にダークグラスパーが、フッと鼻で笑った。

「野心を抱くのは構わぬ。むしろ気概があって喜ばしいことよ。軽口を叩くのも、道化を演ずるのも、(かぶ)くのも大いに結構」

「ならば、なぜ」

「ツインテールを(かろ)んずることなかれ。それがアルティメギルの掟」

 ダークグラスパーの眼鏡が、光を放った気がした。

「ツインテール属性を、不要と申したな?」

「っ!?」

 なぜそのことを、と愕然としながらフェンリルギルディは思った。そのことを言ったのは、クラーケギルディに対してのみ。密告されたのか、と頭に浮かんだが、あの騎士道を重んずる堅物が、そんな真似をするとも思えなかった。

「わらわの眼鏡は、すべてを見通す。貴様がこの部屋に入った瞬間には、貴様の謀反(むほん)などすでにお見通しだったということよ」

「む、謀反などとっ。私はただ、ツインテール属性だけにこだわる必要はないとっ。首領様に楯突く意思など毛頭(もうとう)ございませぬ!」

「見苦しいぞ、フェンリルギルディ。戦士の情けじゃ。潔く腹を切れ。介錯はしてやる。それとも、わらわと一戦(まじ)えてみるか?」

「っ!?」

「もしもわらわに一撃でも入れられれば、この一度だけ不問にしてやってもよいぞ。幹部へ引き立ててやるのも、やぶさかではない。どうじゃ?」

 どういうつもりなのか。ダークグラスパーの言葉に戸惑うものの、降って湧いたチャンスであることは間違いなかった。

 尻尾から長刀を抜き、構える。フェンリルギルディが生成した、三日月形の刀だ。切れ味、強度ともに、なかなかのものである。

 ダークグラスパーがニヤッと笑い、立ち上がった。

「っ、その鎧は」

 ダークグラスパーは、ツインテールの戦士たちが纏う鎧に似た物を着ていた。いや、それと同じ物なのだろう。黒い鎧。いや黒い鎧というより、鎧自体が黒い光を放っているように見えた。矛盾した表現に思えるが、そうとしか言えない光だった。しかし気になるのは、どういうわけか、映像で見たツインテイルズのものと、取り分け似ているような気がした。

 いずれにせよ、『処刑人』としての装備として、アルティメギルで作られた物である可能性が高い。『処刑人』は、首領直属の立場なのだ。幹部エレメリアンと同等以上の力を発揮する鎧であっても、不思議ではない。アルティメギルの技術力は、人類のものとは比べ物にならないほど高いのだから。

 パソコンごと、椅子とデスクが床に沈んでいく。邪魔な物が取り払われた。

「どうした。来ぬのか?」

「先ほどの言葉、ほんとうでしょうな?」

「無論じゃ。もっとも、貴様の力では無理であろうがな」

 ギリッ、と歯を食いしばり、姿勢を低くして構えた。フェンリルギルディの持ち味である速さを、最大限に生かして吶喊(とっかん)する。スピードならば、幹部にも負ける気はない。俺を舐めたこと、後悔させてやる。

 ダークグラスパーの鎧が気にならないわけではないが、いま気にしている場合ではない。

 距離は、数メートル。ないも同然の距離だ。

 駆ける。一瞬にも満たない時間で、ダークグラスパーの目の前に到達し、剣を横薙ぎに振るった。

「っ!?」

 剣を振り抜いたが、軽い。ダークグラスパーの手には、いつの間に取り出したのか、死神を彷彿(ほうふつ)とさせる大鎌があった。そして彼女の目の前、宙に浮いていたのは、等間隔でバラバラにされた物体。フェンリルギルディの持っていた長刀の、刀身。

 あの鎌で、斬られたというのか。

「ぐっ!?」

 額に衝撃。ふっ飛ばされた。フェンリルギルディの躰が壁に激突し、刀身が思い出したように落下して甲高い音を立てた。

 ダークグラスパーは、人差し指のみを突き出した拳をこちらに伸ばしていた。さっき額に受けた衝撃は、彼女の指によるもののようだった。

 驚きはしたが、ダメージ自体は大したことはない。まだまだ充分に動ける。

「まだやるか、小童?」

 答えず、立ち上がると、自身が持っている、長刀だった物に眼をやる。もはや柄だけで、使い物にならない。捨てて、拳を構えた。ダークグラスパーの笑みが、深くなった。

 負けぬ。

 死ねぬ。

 雄叫びを上げた。

 再び、駆ける。この一撃に、すべてを賭ける。拳を突き出した。ダークグラスパーに当たり、彼女の躰がふっ飛んでいく。そのまま先ほどのフェンリルギルディのように壁に激突し、もたれかかるようにして倒れた。

「は?」

 拍子抜けするような展開に、フェンリルギルディは思わず間の抜けた声を洩らした。

「あの、ダークグラスパー、様?」

 おそるおそる声をかける。ダークグラスパーは、顔をうつむかせたままピクリともしない。気絶したのだろうか。

「フッ、ハハハ」

 笑いがこみ上げてきた。なにかがおかしい、と囁く声があったが、止まらなかった。

「ウワーッハッハッハッハッハッハッハ! どうだ、ダークグラスパーめ! 我らアルティメギルの力で強くなれただけの小娘の分際で、私を見下すからそうなるのだ!」

「まったく、思い上がりも甚だしいのう、フェンリルギルディよ」

「まったくもってその通り! ウワーッハッハッハッハッハ、ハッ、ハッ、ハ?」

 背後から聞こえてきた少女の声に、フェンリルギルディは高笑いをやめ、ふり返った。

 黒き鎧を身に纏った、眼鏡の少女が、いた。

「だ、ダークグラスパー、様?」

「もとより、貴様ら個々の属性へのこだわりは、ツインテール属性を奪取したうえで許されていたもの。それをどこで勘違いしたものやら」

 ダークグラスパーが、呆れたように(かぶり)を振っていた。殴られた痕など、どこにもなかった。

「い、いったい、なにが」

「ほんとうに、わらわに一撃を入れられたと思ったか?」

「っ!?」

 さっき殴り飛ばしたダークグラスパーがいるはずの方向に、急いでふり返る。

「え?」

 見覚えのある姿が、ダークグラスパーが倒れているはずの場所にあった。銀色の毛並みを持った、狼を思わせるエレメリアン。

「わ、私、だと?」

 そこで、ハッと顔を上げた。フェンリルギルディは、壁にもたれかかるようにして、倒れていた。ダークグラスパーが部屋の中央でこちらを見下ろしている。

 さっきまで、自分は立っていたはずだ。いつの間に自分は倒れていたのだ。

「やはり気づかなんだか。貴様はわらわの指先ひとつで、すでにダウンしておったのよ」

「なん、だと」

 立ち上がろうとするが、躰に力が入らない。それどころか、感覚すらなかった。

「こ、これは、いったい」

「ふっ。精神に直接攻撃を叩きこんだまでのこと。もはや貴様の精神はズタズタ。ろくに動きもとれまい」

「む、むうう」

 ダークグラスパーの言う通り、躰の自由が利かない。かろうじて動くのは、顔と口ぐらいだった。

「この技は、精神(こころ)強き者にはまず通用せぬ。それがこれほどまでにダメージを負っている時点で、貴様の力など大したものではないという証。蟷螂の斧であったな、フェンリルギルディよ」

 ダークグラスパーの眼鏡が、激しい光を放った。光輪が二つ、巨大化し、(インフィニティ)を思わせるかたちを作った。

眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)。己の闇と、むき合うがいい」

 闇が、フェンリルギルディの躰にまとわりついてくる。振り払おうにも、躰が動かなかった。

 気がつくと、闇に包まれていた。なにも見えない。

「っ?」

 野太い声が、どこからか聞こえてきた。遠く、かと思いきや近くで聞こえるようでもあり、判然としない。

 闇に、人影が生まれた。

「なっ」

 ひとつではない。いくつもいくつも湧き上がってくる。なんだ、と思った瞬間、その人影の正体が見えた。

 すべてが分厚いマッスルとでも形容するしかない、筋肉ムキムキの男たち。肌は、テッカテカに光っていた。

 (ふんどし)一丁だった。

「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 女性の麗しき下着を愛するフェンリルギルディにとって、男の下着を見せられることは、地獄の責め苦に等しい。眼を閉じるが、男たちの姿は頭から離れない。見えているように、はっきりと浮かんでくる。いや、自分はほんとうに眼を閉じているのか。そもそも、これがダークグラスパーの作り出した空間か幻だとしたら、眼を閉じていても、なんの意味もないのではないか。

「っ!?」

 一部の男たちの姿が変わり、フェンリルギルディの精神にさらにダメージを与えてきた。

 男たちが、女性の下着を着けていた。男たちが身に着けるには小さすぎる下着は、ビチビチに引き伸ばされるどころか、なぜ千切れないのかと思うほどだった。下着の悲鳴が聞こえてきそうな、下着への冒涜(ぼうとく)とも言える光景だった。

「ぐ、ううううう」

 恥も外聞も投げ捨てて、許しを乞え。そうすれば、助かるかもしれんぞ。

 そう囁く声があった。

「ふ、ざけるな」

 胸に湧き上がってきたのは、怒りだった。気がつくと、口が動いていた。

 眼を開き、男たちを睨みつける。

「ふざけるな! 確かに我らはツインテールを愛している! だがそれと同じぐらい、自分に備わった属性を愛しているのだ! 己の愛した属性を見下され続け、それを変えたいと思うことがいけないことか!? 語り合うことも、ぶつかり合うことも許されぬ悲しみが、人間の貴様にわかるか!?」

 闇は、なにも答えない。男たちのむさ苦しい声だけが木霊(こだま)していた。

 それでも、叫び続ける。

「確かにオレはツインテールを不要と言った! ツインテールを愛する者たちにとって見過ごせない言葉だろう! なら、なぜ誰も、すべての属性は平等だと言ってくれないのだ! なぜ、下着属性(アンダーウェアー)は外道と誹られなければならないのだ!? 誰も変えてくれない! ならばオレがやるしかないではないか!」

 わっしょい、ワッショイ、 wasshoi(ワッショイ)、と男たちが、筋肉と褌とビチビチの下着を見せつける。心が折れそうになるが、言葉は止まらなかった。

 頭で考えて喋っているわけではなかった。自分でも、もはやなにを言っているのか、はっきりとわかっていなかった。ただ、胸に浮かんでくる言葉があり、それを吐き出していた。吐き出さずには、いられなかった。

「ツインテールさえあれば、ほかの属性などどうでもいいと言うのか!? それではまるで、ツインテールの奴隷ではないか! なぜそんなことが許されるのだ!!」

『決まっておろう』

 ダークグラスパーの声が、聞こえた。

『それが、アルティメギルの掟だからじゃ』

「っ、畜生っ」

 フェンリルギルディの胸の内に、ドス黒いものが広がっていく。怒りや憎しみ、いや、これは怨念や呪詛と呼ぶべきものなのかもしれない。

 他者への敬意。その言葉が頭をかすめたが、知ったことではなかった。他者への敬意など持ったところで、なにが変わるというのだ。下着属性(アンダーウェアー)は、外道の誹りを受け続けてきたのだ。それでなぜ、我らばかりが退かなければならないのだ。

 男たちに、もかもかと胸毛を生やしまくった男たちが加わった。真っ向から睨みつけ、衝動のまま、喉も裂けよと叫ぶ。

「畜生っ! 呪われろ! 呪われてしまえ、ダークグラスパー!! いや、おまえだけではない! エレメリアンもアルティメギルもツインテイルズも! ツインテールに関わるものはっ! すべて呪われてしまえええええーーーーっ!!」

 もかもかマッチョの下着の海に呑まれながら、フェンリルギルディは呪詛を吐き続けた。

*******

 眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)の闇が消えていく。

 このままフェンリルギルディも、ともに消えるだろう。精神(こころ)強き者であれば話は別だが、並大抵のエレメリアンならそのまま死ぬ。

 どこか光るものを感じさせるやつではあったが、プライドが肥大化し過ぎているきらいがあった。惜しいと思わなくもないが、仕方がない。

「外道と誹られる属性、か。だが、文明がある限り、下着属性(アンダーウェアー)が消えることはあるまい。滅びゆく属性と、果たしてどちらが恵まれているのであろうな」

 ポツリと呟き、パソコンとデスク一式を出現させる。

 椅子に座り、パソコンを操作する。スパロウギルディから提出された、ツインテイルズの映像を見る。

「やはり無事だったのだな、トゥアールよ」

 眼鏡のブリッジに触れ、ダークグラスパーはひとり呟いた。

***おまけ(いろいろとヒドイので、閲覧される方は注意してください)***

 雄叫びを上げた。

 再び、駆ける。この一撃に、すべてを賭ける。拳を突き出した。ダークグラスパーに当たり、彼女の躰がふっ飛んでいく。そのまま先ほどのフェンリルギルディのように壁に激突し、もたれかかるようにして倒れた。

「は?」

 拍子抜けするような展開に、フェンリルギルディは思わず間の抜けた声を洩らした。

「あの、ダークグラスパー、様?」

 おそるおそる声をかける。ダークグラスパーは、顔をうつむかせたままピクリともしない。気絶したのだろうか。

「フッ、ハハハ」

 笑いがこみ上げてきた。なにかがおかしい、と囁く声があったが、止まらなかった。

「ウワーッハッハッハッハッハッハッハ! 参ったか、ダークグラスパーめ! これがこのフェンリルギルディの力だ! 私を舐めるからそうなるのだ!」

「すげえぜ、兄貴!」

「さすがだぜ、兄貴!」

「そうだろう、そうだろう! ウワーッハッハッハッハッハ、ハッ、ハッ、ハ?」

 背後から聞こえてきた二つの野太い声に、フェンリルギルディは高笑いをやめ、ふり向いた。

 二人の男が、いた。

「――――どちらさまでしょうか?」

 思わず敬語で聞いてしまうほど、異様な男たちだった。なぜか手枷と足枷を着けており、ビキニパンツ一丁。身長はフェンリルギルディよりも高く、すべてが分厚いマッスルとでも形容するしかない、筋肉ムキムキの肉体。プロレスラーよりも、ボディビルダーといったふうであり、片方は色黒で、黒いビキニパンツ、もうひとりは色白で、赤いビキニパンツを穿いていた。肌は、両者ともテッカテカに光っている。

 そのボディに乗っている顔は、控えめに言って、見たら三日は夢に出そうなほど濃ゆかった。浮かべた表情は、イイ笑顔である。その濃ゆい顔と(あい)まって、一週間ぐらいは夢でうなされそうなほど、やたら濃ゆイイ笑顔だった。頭は見事なスキンヘッドであるが、不思議なことに頭頂に大きな穴が空いていた。ビームでも出そうな気がした。

 全体を改めて見るとそれだけで、ダイヤモンドのリングに脳天を叩きつけられるような衝撃があった。一ヶ月は寝こみそうな異様な濃さだった。

「誰だっていいじゃないか、兄貴!」

「そうさ。それよりもいまは、兄貴にプレゼントがあるんだ!」

 むやみやたらと張り上げられる声も重なって、無駄に暑苦しかった。

 色白のマッチョマンが、自身のパンツに手をかけ、脱ぎはじめた。キャッ、恥ずかしい、とでも言わんばかりの仕草でモジモジとし、フェンリルギルディの意識が遠のきかける。

 パンツが、突き出された。

『兄貴は下着が好きなんだろ。プレゼントさ!』

「要らぬわ!?」

 男たちが同時に言った言葉に、意識が瞬時に覚醒する。叫び、男たちから飛び退(すさ)った。

「私が愛するのは女性の下着だ! 男の下着など、反吐(へど)が出るわ!」

「よし、わかった。女性の下着だな!」

 色黒の方が言葉とともに、自身のパンツに手を突っ込んだ。どうやって隠していたのか、中から布、女性の下着が出てきた。上と下、両方で、色は本人の穿いたパンツと同じ黒だった。色白の方も再びパンツを穿くと、同じようにパンツの中に手を突っこみ、やはり同じように女性の下着を取り出した。色はやはり、本人の穿いたものと同じ、赤だった。

 マッチョメンが手にしているとずいぶん小さく見えるが、普通に女性の下着だった。デザインは美しく、見事なものだった。パンツから取り出したことには、いろいろな意味で眼を瞑っておく。瞑ってはいけない気がするが、いまはとにかく瞑っておく。

 むう、とフェンリルギルディが唸ったところで、マッチョメンがその下着を上下とも身に着けた。

「なにをしている!?」

『兄貴は女性の下着が好きなんだろ。だからさ!』

「なにがだ!?」

 平均的な女性のサイズだろうその下着は、マッチョメンには小さすぎる。伸縮性でどうにかなるわけもなく、ビチビチどころか、なんで千切れないの、と思うぐらい引き伸ばされていた。下着の悲鳴が聞こえるようだった。

 ポーズをとりながら、男たちがジリジリとにじり寄ってくる。

「さあ、兄貴。存分に触ってくれ!」

「遠慮なんてするなよ、兄貴!」

「や、やめろっ、来るな!!」

 あまりもの恐怖に後ずさる。背中が、なにか固いものにぶつかった。金属の固さではない。どこか柔らかく、温かい、なにか。そう、まるで筋肉のような。

「っ!?」

 反射的にふり向くと、同じようなマッチョマンがいた。恰好も、笑顔も、一緒だった。ただしこちらは、胸毛ランキングで優勝できそうな胸毛が、生えていた。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 兄貴ーーーーーーーーーーーーッ!!

眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)。己の闇とむき合うがいい」

 ダークグラスパーは、バサァッとマントを翻した。

 

 




 
アルティメギルの方にはいろいろとオリ設定を入れていくスタイル。ツインテイルズ側もじゃねーかとは言わないで。
次は、慧理那の初変身。



最後のおまけは、実は最初に書いたやつだったりします。途中まで書いたところで、俺はなにを書いているんだ、と正気になったやつです。
お蔵入りにするのもちょっともったいない気がしたので載せてみました。

お目汚し失礼しました。
 

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