あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

32 / 45
 
二〇一七年六月十七日 修正
 


2-12 新たな仲間

 どうにか誰にも見咎められることなく、総二の家に着いた。自宅である喫茶『アドレシェンツァ』は、閉店前の時間であるにもかかわらず、閉まっていた。

「ここが?」

「はい。俺の自宅でもありますけど。あ、隣は愛香の家です」

「ふむ」

 気絶した慧理那を背負った尊の問いに、総二も気絶した愛香を背負ったまま答えた。店の前には、なにやら沈んだ様子の男がいた。多分、客だとは思うのだが。

 いままでは、店主である母の気分次第という経営方針、と呼んでいいものではないと思う経営方針のために、それほど混雑する店ではなかった。それが最近、ちょっとずつ客が増えている気がするのだ。時期的には、トゥアールが来たあたりからだろうか。実のところ思い当たる理由はあるのだが、できれば気のせいであって欲しいことだった。

 店の前で哀愁を漂わせている男を尻目に、裏口に回る。裏口で、待ち構えていたように母が出迎えた。

「トゥアールちゃんから話は聞いたわ。さ、早く入って」

「なんで六時前に店閉めてんだよ。なんか黄昏(たそが)てるお客さんいたぞ」

「まあまあ、いいからいいから。基地にレッツラゴー!」

 促され、地下基地に繋がる、店の奥にあるエレベーターにむかう。総二たちを先導する母は、この事態を大いに楽しんでいるようだった。レッツラゴーってなんだと思わなくもないが、特に気にする必要もないだろうとも思った。

 とりあえず愛香を起こすために、彼女をおぶったまま躰を揺する。何度か試すが、愛香は目を醒まそうとしなかった。かなり疲れていたようだったので、無理もないかもしれない。

 そこまで考えたところで、触手一本触らせないと啖呵を切っておきながら、結局触らせてしまったということに気づき、なんとも言えない敗北感を抱いた。

 おのれ、クラーケギルディ。次こそ決着をつけてやる。愛香は絶対に渡さない。改めてそう決意する。

 まあ、目を醒まさないならしょうがない。もうちょっと、おぶっていることにしよう。別に、久しぶりに愛香の躰に触れられるのが嬉しいとか、そういうわけではない。ないったらない。

「んふふ~。ねえ、総ちゃん」

「な、なんだよ、母さん」

 からかうような笑みを浮かべた母に、努めて落ち着いて返す。愛香のことでからかわれるのは、悪い気はしないが気恥ずかしい。なにを言ってくるのかと、わずかに身構えた。

「おぶってるのも大変でしょ。愛香ちゃんのこと、起こそっか?」

「え、い、いや、いいよ。無理に起こすのも悪いしさ」

「あら、そう。よかったわね~、愛香ちゃん」

 母は笑みを消さず、楽しそうに言っていた。最後の言葉は、愛香にむかってのものだった。かすかに、愛香の躰に力が入った気がした。

「いや、だから、愛香は気絶してるんだって」

「そうね~。ちゃんと、気絶し続けてるわね~。ふふ、頑張りなさい、総ちゃん。男の子なんだから」

「わかってるさ。意地があるからな、男の子には」

 母の言葉に愛香のツインテールが震えた気がしたが、気のせいということにしておこう。

 それはともあれ、母の言葉に総二は、自分の心に火が着いたのを感じた。

 クラーケギルディの戦法に、なにかこれといった打開策があるわけではない。それでも、やつとは自分が闘う。たとえ、無謀と言われようとも。

 愛香の苦手とする触手の問題もあるが、その愛香を賭けての決闘なのだ。逃げるわけにはいかない。

「どうした、観束君。立ち止まって?」

「いえ、いま行きます」

 不思議そうな尊の言葉に答えると、再びエレベーターにむかう。

 エレベーターはチューブのシューターのようなかたちをしており、駆動音がまったくしない。

 そのエレベーターにも尊は驚いていたが、下に移動する途中に見える地下基地の様相に、さらに驚愕した。

「普通の喫茶店の地下に、こんな秘密基地があるとは」

「ふふっ、部外者が入るのは、あなたたちがはじめてなのよ?」

「いや、母さんも部外者なはずなんだが」

 気にしない方がいいことなのだろう。そう思った。

 ほどなくして、基地に着いた。

 愛香をおぶったまま、コンソールルームに入る。プンプンと怒ったトゥアールに出迎えられた。

「起きてください、愛香さんっ。押しつけるおっぱいもないくせに、おんぶしてもらうなど言語道断(ごんごどうだん)っ。殿方にとっては重い荷を背負うだけの苦行っ。手ぶらで歩いた方が絶対に楽しいです!」

「おはよう、トゥアール。夕飯のメニューは決まったかしら?」

 トゥアールの声に応えたのは、眠っているはずの愛香の声だった。底冷えのする声を返したあと、打って変わって恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。

「そーじ、あの、ありがと。重かったよね。もう大丈夫だから」

「お、おう、どういたしまして」

 声は、上擦っていた。ゆっくりと愛香を降ろし、顔を見る。

「べ、別に、重くなかったからな」

「う、うん」

 優しくそう言うと、愛香は嬉しそうにはにかんだ。

 少しして、顔色がテイルブルー、もとい真っ青になっているトゥアールに、愛香がむき直った。

「それじゃあ、トゥアール。はじめよっかー?」

「ま、まだ、メニュー決まってませんよっ。最後の晩餐は!?」

「あ、まだ決まってなかったんだ」

「そ、そうですっ。だから」

「うん、わかった。じゃあ、あたしが決めてあげるね。きちんとお供えしてあげるから、心配しないでね?」

 愛香の答えは、にべもなかった。ほがらかさすら感じられるその言葉に、トゥアールの顔が真っ青を通り越して蒼白になった。

 そして、処刑がはじまった。

 

*******

 

 総二たちによる説明が終わったあと、慧理那が(かぶり)を振った。

 なにかを言おうとして、しかしうまい言葉が浮かばなかったのか、視線をどこへともなく漂わせる。

 ようやく落ち着いたのか、慧理那が大きく息をつき、呟いた。

「やっぱり、夢ではなかったのですね」

 愛香の処刑によって九割八分殺しにされたトゥアールが復活するのと、気絶していた慧理那が眼を醒ましたのは、ほぼ同時だった。覚醒した彼女に地下基地を見せ、総二たちのことを話した。

 実のところ、自分たち、ツインテイルズのことを話すかどうかは、最後まで悩んだ。うまく口裏を合わせて、夢でも見たのだということにできないか、と尊に提案もしたのだが、それは無理だとはっきり断られてしまった。尊自身、事情を知りたいのは同じだと言われ、これからも慧理那が狙われ続けるだろうことを考えれば、やはりこのままというわけにはいかない、とも続けられれば、納得せざるを得なかった。

 トゥアールの世界が滅ぼされたことと、総二たちとドラグギルディの関係のことは伏せ、これまでの大まかな事情を説明した。ドラグギルディとのことに関しては、あまり他人に話すことではないと思ったのだ。

 椅子に座ったまま総二は、同じく椅子に座っている慧理那と尊を見やる。説明を咀嚼していたのだろう、なにかを考えていた様子の慧理那が、口を開いた。

「そうですか。異世界を渡る怪物、エレメリアン」

「それにしても、学園きっての問題女子二人が、揃ってツインテイルズ関係者とはな。世間は狭いものだなあ」

 婚姻届けを配りまわる問題教師が言うことだろうか、と思わなくもないが、さすがは慧理那の護衛と言うべきか、尊は冷静さを取り戻しているようだった。それどころか、すでに場に馴染んでいるようにも見えた。

 愛香とトゥアールは、椅子に座らずに壁にもたれかかっていた。愛香の顔とツインテールはどこか暗いもので、落ちこんでいるのがわかった。トゥアールの顔も、浮かないものだった。

「ごめん、そーじ。あたしのせいで」

「いえ、私も慧理那さんの接近に気づくのが遅れました。愛香さんのせいではありません」

 慧理那たちを巻きこむ原因を作った、と二人は落ちこんでいるようだった。接近に気づかなかったのは総二も同じであるし、二人を責める気はない。ただ、二人の言い方だと慧理那が悪いことをしたようにも聞こえてしまう。

 責任を感じている二人の気持ちもわかる。ここは、自分がフォローしなければ。

「それは」

「どなたのせいでもありません。わたくし、少し前から、あなたたちがツインテイルズとなにか関係があるのではないか、と思っておりましたもの」

「っ、な、なんだって!?」

『っ!?』

 総二の声を遮った慧理那の言葉に、総二たちは揃って驚愕した。

 愛香とトゥアールが壁から身を離し、慧理那の方に近づいてくる。

「最初、テイルレッドに会長と呼ばれた時、もしかして陽月学園の生徒なのではないか、と思ったのです。そして、ツインテールを愛する限りという言葉で、ツインテール部を作り、ツインテールが好きだと堂々と言い切る生徒を思い出しました。そのうえで思ったのです。フィクションの中のヒーローたちは、『変身』して悪と闘います。テイルレッドの正体は、幼い少女とは限らないのではないか、と」

 慧理那はそこで言葉を切ると、愛香とトゥアールの方を見た。

「その生徒と同じツインテール部に所属し、尊が一(もく)置くほどの強さを持ったツインテールの女子生徒と、編入試験を満点でパスした天才少女。飛躍しすぎかもしれませんが、そこから、観束君がテイルレッド、津辺さんがテイルブルー、トゥアールさんはお二人のサポートをしてらっしゃる立場なのではないか、と考えました」

 慧理那が、再び言葉を切った。愛香の方に顔をむける。どこかこわがっているような、いや、怒られるのをこわがる子供のように見えた。

 意を決したように、慧理那が口を開いた。

「津辺さん、ごめんなさい。あなたは、正体がばれないようにすぐ立ち去っていたのですよね。それなのにわたくしは、テイルブルーに会いたいという身勝手な理由で、自分からアルティメギルに狙われやすいように外に出ていたのです。そのせいで、尊にも、周りの人たちにも迷惑をかけてしまいました。ほんとうに、ごめんなさい」

 最後は、泣きそうな声になっていた。

 そういうことか、と愛香が納得するように呟いたのが聞こえた。慧理那がアルティメギルに襲われることについて、なんとなく引っかかるものがあると、愛香は言っていた。そのことにだろう。

「慧理那ちゃん、泣くことないわ」

 母、未春が、優しい笑みを浮かべて言った。

「で、でも、わたくしは」

「桜川先生は、いまの話を聞いて慧理那ちゃんを嫌いになりましたか?」

「そんなこと、あるわけありません。お嬢様を守るのが私の使命。私自身が、そう決めたことですから」

 尊の声は、優しく、それでいて堂々としたものだった。心の底からそう言っているのだと確信できる、そんな声だった。

「総ちゃんたちは?」

「ゲヘヘ、泣いてる慧理那さん、かわいシャバ!?」

 涎を垂れ流してろくでもないことを口走っていたトゥアールの頭に、愛香が豪快なハイキックを叩きこんだ。蹴りによって、空中で数回転して床に叩きつけられたトゥアールは、ピクピクと痙攣(けいれん)していた。なにやらヘラジカの角を頭から生やした単眼の超人が見えた気がしたが、多分愛香のオーラがそれを見せているのだろう。すさまじいド迫力だった。

 愛香は足を下ろすと、倒れ伏したトゥアールに構わず、慧理那に微笑みかけた。

「会長。あたしは、純粋に応援してくれる会長みたいな人がいて、嬉しかったです。それに、あたしのことを信じてくれてたから、そんな無茶してたんでしょ。嫌いになんてなれませんよ」

「俺も同じですよ、会長。会長は、愛香のことを応援してくれてた。それどころか、ひとりで闘ってる愛香のことを心配してくれた。テイルレッドが現れて、テイルブルーがひとりで闘うことがなくなってよかったって言ってくれて、俺も嬉しかった。なにより、俺たちのことを信じて、ツインテールをやめないでいてくれる人のことを、嫌いになるわけがありませんよ」

 愛香に続いて、総二も微笑んで語りかけた。総二の言葉の最後で、ふっと慧理那のツインテールが曇った気がしたが、すぐに笑顔を浮かべた。

「ありがとう、ございます」

「会長。それで、俺たちのことだけど」

「はい。誓って、ツインテイルズの正体を吹聴するようなことは致しません。これ以上、皆さんにご迷惑をおかけしたくありませんし」

「ありがとうございます」

「いえ、お礼を言われることではありませんわ。それより、わたくしになにかできることがあればいいのですけれど」

 ふと慧理那の美しいツインテールを見て、以前考えていたことを思い出した。浮気とかそういうものではない。

 総二は席を立って、壁の格納棚にむかった。そこに置いてある、愛香が使うことのできなかった黄色のテイルブレスを掴み、トゥアールにむき直った。彼女は、愛香の蹴りのダメージから回復して、立ち上がったところだった。

「トゥアール。このテイルブレス、会長に託していいか?」

「慧理那さんに、ですか?」

「ああ」

 総二の言葉に、トゥアールが考えこんだ。

 テイルブレスを起動できるほどの強いツインテール属性を持つ者と聞いて、愛香以外で総二が最初に思い浮かべたのは、慧理那だった。意図したものではなかったが、こうして話をしてみて、人となりも充分に信頼できるものだとも思えた。彼女ならば、と総二は思う。

 総二の手から、ブレスがひょいっと摘み上げられた。

「え、って桜川先生?」

「ふーむ」

 ブレスを揺らしながら顔を近づけ、尊がさまざま角度からそれを観察する。

 尊が、得意げな顔を浮かべた。

「話を聞くかぎりでは、ツインテールの女性であることが、変身するための条件ということだな。まあ観束君は例外らしいが。つまり、私にこれを託してくれるということだな、観束君?」

「え」

「え、ってなんだ、えって。なんか驚きのリアクションとしておかしくないか。え、あなたまさか、その年で変身するつもりですか、の『え』じゃないか、それ、え?」

「イエ、マサカ、ソンナコトハ」

 尊の詰問に、総二は片言で答えた。彼女のツインテールに詰め寄られると、思わず正直に言ってしまいそうになるが、どうにか堪える。

「いえ、それは無理です、桜川先生」

 トゥアールが、静かに首を振った。

「む、なぜだ、トゥアール君?」

「簡単なことです。桜川先生には、ツインテール属性がありません」

「ツインテールなのにか?」

「なにかを愛する心、執着する心、なにかしらの思い入れから生まれるのが属性力(エレメーラ)ですから、ただツインテールにしているからといって、必ずツインテール属性が芽生えるというわけではないんです。桜川先生自身は、慧理那さんのそばにいながら一度も狙われたことがありません。そのことから、桜川先生にツインテール属性がないのは明白。タイルと見まごうばかりの超絶貧乳であるにもかかわらず、貧乳属性(スモールバスト)が芽生えない人もいるわけですし」

 その言葉に、愛香はトゥアールの躰を引っ掴むと、ゴロゴロと転がしはじめた。あれやこれやという間にトゥアールの躰がダンゴのように丸まったかと思ったところで、愛香は軟素材の床を生かし、彼女をバスケットボールに見立ててドリブルをはじめる。何度かトゥアールを弾ませると、愛香は彼女を床に思いっきり叩きつけて強くバウンドさせ、天井に激突させた。便器に流されないだけよかったのだろうか、とよくわからないことが頭に浮かんだ。

 ヘルバウッ、と奇妙な悲鳴を上げて落ちてきたトゥアールに構わず、尊が残念そうにうつむいた。

「そうか。私が変身できれば、お嬢様を守ることができると思ったのだが」

「尊」

「力至らず、申し訳ございません、お嬢様」

「そんなことありませんわ。尊の気持ち、わたくしはとても嬉しいです」

「お嬢様っ」

 感激したように、尊が躰を震わせた。少し経って、はっと顔を総二にむけてきた。

「なるほど。私は結婚を控えた身、躰を労われと。そういうことだな、未来の夫、観束君?」

「いえ、俺の未来の妻は愛香ですから」

 いえ、全然そういうことじゃないです、という言葉が出る前に、総二はそう口走っていた。あたりが静寂に包まれる。

「ふぇっ!?」

「はっ!?」

 数秒ほどして、顔を赤くした愛香がかわいい声を上げた。それによって自分がなにを言ったのかに思い至り、総二も思わず声を上げた。顔が熱い。

 我ながらなんということを、と思う。愛を叫んでしまったせいだろうか。

「アラアラウフフ、アラフアラフ」

「ま、まあ、それは置いといて」

 気に入ったのだろうか、母が前にも言っていた言葉を口にしながら、楽しそうに笑った。

 ツッコむと藪蛇になりかねない。そう考えると、ゴホンと咳払いをした。

「桜川先生。テイルブレスを」

「ん、ああ」

 尊からテイルブレスを返してもらうと、慧理那の前に立ち、差し出した。

「ツインテイルズになってもらえませんか、会長」

「わ、わたくし、ですの!?」

 困惑したように、慧理那が一歩、後ずさった。

「テイルギアが増えるって聞いた時、まず俺の頭に浮かんだのが、会長だった」

「ほ、ほんとうですの?」

「はい」

 慧理那のツインテールを見つめてはっきりと頷き、フラフラと立ち上がったトゥアールに顔をむける。

「もちろん、このブレスはトゥアールの物だ。トゥアールが駄目だって言うのなら」

「いえ、実は私も、慧理那さんのことを考えていました。この世界で私が知っている人の中で、総二様と愛香さんを除けば、慧理那さんが最も強いツインテール属性の持ち主のひとりですから」

 そういえば、戦力増強の話の時、トゥアールは誰か心当たりのあるそぶりを見せていた。あの時、すでに慧理那のことを考えていたのかもしれない。

「強い反応はほかにもいくつか確認しているんですが、やはり正義の心を持った慧理那さんが最もふさわしいのではないかと」

「ああ。俺もそう思う」

「せ、正義の心だなんて」

「謙遜することはありませんよ、慧理那さん」

「そうですよ、会長」

「それでトゥアール。本音は?」

「慧理那さん、私好みの幼い容姿なので、仲間に引きこんだらうまく口説き落として私の」

 横から挟まれた愛香の言葉に、思わずといった調子でトゥアールが答えた。言葉の途中で愛香はトゥアールの背後に回ると、彼女の腰の前に腕を回し、手と手を組む、いわゆるジャーマンスープレックスの準備態勢となった。するとさらに、尊が愛香の背後に回り、同じように愛香の腰の前に腕を回してクラッチした。トゥアールの言葉から、自分の(あるじ)に対する不埒(ふらち)なものを感じたのかもしれない。

 その細身の躰のどこにそんな力があるのか、尊が愛香たちを抱えて、ブリッジの要領で大きく身を反らした。愛香もまた、その勢いを生かして大きく身を反らし、抱えたトゥアールの脳天を床に叩きつける。愛香と尊のタッグによるツープラトンのジャーマンスープレックスが、トゥアールに炸裂した。

 なんとなく恥ずかしさを感じる体勢でダウンしているトゥアールはそのままに、愛香が総二に近づいてきた。

 彼女のツインテールからは、非難とも、不安ともつかない思いが見えた気がした。

「そーじ」

「いや勘違いしないでくれ、愛香。俺は会長に、闘いに参加してもらうつもりはない。それは俺と愛香の仕事だからな。でも、会長はこれからもあいつらに狙われ続けるだろ。だったらいっそのこと、予備として眠らせておくんだったら、自衛の手段としてテイルギアを使ってもらえればって思ったんだ」

 不安そうな愛香のツインテールを撫でながら静かに、しかし強く訴える。

「それに会長なら、絶対にテイルギアを悪用したりしない。愛香だって、そう思ってるはずだ」

「それは、そうだけど。でも」

「会長のツインテールを見れば、わかる。ツインテールは、心だ」

「は?」

 総二の言葉に、愛香がキョトンとした。

「会長のツインテールは、会長の心そのものだ。いつだって変わらない、普遍のもの。だから、信じられる。千の言葉より、一のツインテールだ。よき時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も(すこ)やかなる時も、決して変わることのないもの。それが、ほんとうのツインテールだろう。愛香、おまえのツインテールと同じように、さ」

「いや、その」

 愛香のツインテールを優しく撫でながら、彼女の眼を見つめて精一杯の言葉を紡ぐ。

 愛香は顔を真っ赤に染めながらも、まだなにか言いたげだった。

 ここは、一気に押しこむべきだ。そう考え、さらに口を開く。

「だから愛香」

「結婚しよう、観束君っ。いや、もう観束でいいよなっ。そのうち私もその姓になるんだし!」

 総二の言葉は、突然抱き着いてきた尊のために、途中で止まった。なにが心の琴線に触れたのか、尊は感極まったように号泣していた。

 いつの間にか復活していたトゥアールが、目を吊り上げた。

「なにをしますか、この年増ーっ!!」

「黙れっ、いまの言葉を聞いて、結婚するなと言う方が無理だ!」

「どさくさに紛れてふざけたこと言ってんじゃないわよ!!」

「よろしい、ならば戦争だ。さあ来い、津辺。男は、拳で勝ち取るものだ!!」

 観束愛香。ふと頭に浮かんだ言葉に、総二の顔が熱くなった。ずっと愛香との触れ合いを我慢していたためか、それとも愛を叫んでしまったためなのか、どうもなにかにつけて愛香のことばかり考えてしまう。

 愛香と尊が激闘を繰り広げ、それになんとか加わろうとしてはペチッとトゥアールが弾き飛ばされる。そんな、おそらくは三つ巴と言える闘いを横目に、総二は熱くなった顔を冷ますため、首をブンブンと横に振った。

「ああっ、なんて素晴らしい日なのかしら。お嬢様にメイドさんまで加わって、ますますツインテイルズが充実していくわ。ねっ、総ちゃん?」

 はしゃぐのはともかく、あのコスプレを披露するのだけはやめてくれ。未春の言葉に、総二はそう願わずにいられなかった。

「津辺さん、観束君。心配してくださって、ありがとうございます。でも、わたくしも一緒に闘わせていただけませんか」

 慧理那の声が、室内に響いた。その強い意志を感じさせる言葉に、愛香たちの闘いがピタリと止まった。誰ともなく、彼女の方に顔をむける。

 慧理那は、むけられる視線にたじろぐことなく、はっきりと言葉を紡ぎはじめる。

「わたくしも、あなたたちのようなスーパーヒーローになりたいのです。悪と闘うことに、なんの恐れもありません」

「会長。あいつら、ただの悪党じゃなくって、変態なのよ。(はた)から見てどうだか知らないけど、会長が憧れるようなかっこいい闘いなんてしてないのよ、あたしたち」

「彼らがどれだけ常軌を逸した存在かは、身をもって理解しているつもりですわ、津辺さん」

 エレメリアンの変態ぶりを思い出しているのか、うんざりしたように愛香が言うが、慧理那の意思は固いようで、それにはっきりと答えた。実際、慧理那は何度も襲われているため、口だけというわけでもないだろう。

 それでもなお悩むそぶりを見せる愛香に、慧理那がさらに訴えかけた。

「もう、守られるだけなのは嫌なのです。わたくしに力があるのなら、ツインテイルズになる資格があるのなら、どうかわたくしを、あなたたちの仲間にしてください!!」

 トゥアールの方を見る。総二の視線に気づいた彼女は、ちょっとだけ考えこむ様子を見せたあと、頷いた。

 トゥアールに頷き返し、総二は愛香に顔をむけた。

「愛香」

「わかったわよ」

 観念したようにため息をついたあと、愛香がそう言った。慧理那の顔が、パッと明るくなった。

 愛香に頷くと、慧理那の方にむき直った。ブレスを差し出す。

「それじゃあ、会長。受け取ってください」

「津辺さん、観束君。お二人で、嵌めていただけませんか。わたくしにとってのヒーローであるお二人に、嵌めて欲しいのです」

 総二の言葉に返された、懇願にも聞こえる熱のこめられた慧理那の言葉。

 イロイロと勉強したせいか、なんとなくイヤらしい言葉に聞こえた。顔がちょっと熱くなる。愛香も同じだったのか、かすかに赤くなった顔をこちらにむけていた。

 慧理那のおずおずとした声が耳に届く。

「駄目、でしょうか?」

「いや、俺がハメたいのは愛香、ってそうじゃなくて」

「津辺さんはもう、嵌めてらっしゃるのでは?」

「え、まだシてな、あ、そ、そうですね」

「そ、そうね」

「――――?」

 イロイロとよろしくないことを口走りそうになり、慌ててごまかす。彼女の言葉でさらにアレな妄想をしてしまい、躰まで熱くなってきた。愛香の顔も、真っ赤だった。

 思考が本気で暴走している気がした。早いところ愛香で解消しないと、人前で言ってはならないことを言ってしまいかねない。頭に浮かんだ、愛香で、という言葉に、また躰が熱くなった。ほんとうにまずい。

「どうしたのですか?」

『いえ、なんでもありません』

 キョトンとした慧理那の顔が眩しくて、二人で思わず顔を(そむ)けてしまう。ツインテール馬鹿だったころと比べて、自分はずいぶんと汚れてしまったのだな、と思わざるを得なかった。後悔はないが。

「あーーーーっ、これやべーーーーーっ、これはまじヤベーですよーーーーーー!!」」

『っ!?』

 突然室内に響いたトゥアールの大声に、ハッと振りむく。トゥアールは嬉しそうに悶え、全身でその感情を表現するように、転がりはじめた。

「その外見と、アンバランスな台詞のなんという破壊力! なんというロイヤル・ハート・ブレイカー! 私もあの時そういえばよかった! 総二様、私がハメてあげますね、って言えばよかった! あの時の自分を修正したい!!」

 ダンサーになれそうだな。遠心力によって、白衣の裾が地面につかないほどの勢いで回転、いやブレイクダンスをするトゥアールを見て、そんなどうでもいいことが頭に浮かんだ。言葉の意味については考えないことにする。

「トゥアールちゃん、いまの会話、ちゃんと録音した?」

「もちろんです、お義母(かあ)様!」

 楽しそうに問いかける未春の言葉を受け、トゥアールがブレイクダンスの勢いをそのままに片手で跳び上がり、片膝立ちの体勢で華麗に着地した。

「私個人としましては口惜(くちお)しい部分もありますが、ステキ台詞アーカイブに登録しておきましょう!」

「ふふ、さすがね、トゥアールちゃん。褒めてつかわすわ」

「ありがたき幸せ」

 トゥアールの言葉に未春がニヒルな笑顔で返すと、トゥアールは(うやうや)しく礼をした。

 なにに使うつもりなんだ、と思わなくもないが、下手につつくべきではない、という思いも頭にあった。とりあえず自分たちの会話が録音されているようなので、今後は発言に気をつけなければ、と思う。

「愛香」

「あ、うん」

 まだ顔の赤い愛香を促し、頷き合うと、二人で黄色のテイルブレスを手に取った。

「じゃあ、会長」

「はい。お願いします」

 慧理那と頷き合い、彼女の腕に嵌める。

 愛香と、二人で一緒に犬に首輪を嵌める映像が、ふっと総二の頭に浮かんだ。

 ああっ、と慧理那が感極まったように声を洩らした。

「これが、テイルブレスッ」

 いまにも頬ずりしそうなほど愛おし気に、感激というか恍惚した様子で、慧理那は右腕に嵌めたブレスを見つめている。テイルブレスは自動的に腕にフィットする物ではあるが、小さな慧理那の腕に着けられると、やはり不釣り合いに大きく見えた。

「ありがとうございます、津辺さん、観束君、トゥアールさん。ほんとうに、ほんとうに嬉しいですわ!」

 喜色満面の笑みで感謝してくる慧理那に、愛香はちょっと複雑な気持ちになった。

 総二が慧理那のツインテールに目移りしないか、という心配もないわけではないが、クラーケギルディを相手に、愛香への想いを叫んでくれたことや、基地に帰ってからも、愛香を未来の妻と言ってくれたことなどで、その心配はとても小さなものとなっていた。そのうえでいままでのことを思い返し、前よりも自分を信じられるようになったのだと思えた。

 不安なのは、慧理那がちゃんと闘えるのか、ということだ。動きを見る限り、彼女がなにか武術の類を(おさ)めているようには見えない。エレメリアンたちは変態ではあるが、闘う以上は怪我をする可能性もあるのだ。そう考えると、やはり慧理那が闘うのは心配だった。

 興味深そうに慧理那のブレスを見ていた未春が、口を開いた。

「ねえ、トゥアールちゃん。フォースリヴォンから生成される武器は、装着者の意思が反映されるのよね?」

「あ、はい、その通りです。ただ今回のテイルギアは、フォースリヴォンから生成される武器以外に、多くの武装を内蔵させています」

「多くの武装?」

 首を傾げながら、総二が聞き返した。トゥアールが頷き、説明を続ける。

「青と赤のテイルギアは、単独で闘うことを前提としていたため、バランス型として設計しています」

「バランス型にすることで、どんな相手とでも闘えるようにしていた、ってこと?」

「そうです、愛香さん。まあ青のテイルギアは、本来スピード重視だったんですけどね。当たらなければどうということはない、って感じで」

 いま愛香が使っているよりも三倍速く動けたのだろうか、などというよくわからないことが頭に浮かんだ。仮面を被った何者かが見えた気がしたが、気のせいだろう。

 総二が、再び首を傾げた。

「本来、ってどういうことなんだ、トゥアール?」

「愛香さんの攻撃性に引っ張られたのか、スピードよりも攻撃力が重視されるかたちになってるみたいなんですよ。まあ、もともとの攻撃力じゃ、ドラグギルディに攻撃を当てることはできても、致命打を与えることはできなかったので、むしろよかったんですが」

 攻撃性と言われたところでちょっとムッとしたが、すぐに心を鎮めた。自分の故郷の世界のことを思い出したのか、声の調子がかすかに沈んだ気がしたのだ。

「なぜ赤のテイルギアもバランス型にしたかというと、ほんとうに二人揃うかわからなかったからです。最悪、ひとりしか見つからない可能性もありましたから。ですが、こうしてチームを組むことができたわけですから、ひとりは火力に特化した方が便利だろうと思ったんです」

 言いながら、トゥアールがモニターに映像を映し出した。テイルブルーのともテイルレッドのとも違うテイルギアのものだった。愛香たちが使用している物と比べて装甲部分が多く、肩や胸といった部分も覆われており、イメージ的には全身鎧や甲冑といった感じだろうか。

「なんだか、ずいぶんと装甲が多く見えるな」

 同じことを思ったのか、総二がそう言った。

「これらの装甲は、すべて武器を内蔵するためのものです。フルアーマーと言うかフルアーマリーです。全身鎧と言うより全身兵器です。俺強い、全身武器、って感じです」

 なぜか、緑色を基調とした、腕やら肩やらに武装を積んだ人型ロボットが頭をよぎった。どうでもいいが。

「防御はレッドとブルー同様、フォトンアブソーバーで防ぐかたちになります。また、火力に特化させてる分、スピードはレッドとブルーに比べていくらか見劣りします」

「チームの連携でスピードの遅さをカバーする、ということでよろしいのでしょうか、トゥアールさん?」

「はい」

 拳を握り締めながら問いかけた慧理那に、トゥアールが頷いた。慧理那の声には緊張があったが、どこかわくわくしているような感じも受けた。

 トゥアールが、未春にむき直った。

「話が逸れてしまってすいません、お義母(かあ)様。それで、先ほどの話の続きですが」

「ええ、それなんだけど。慧理那ちゃんの武器だけど、銃とかどうかしら?」

「銃、ですか?」

 未春の言葉に、慧理那が小首を傾げた。

「総ちゃんも愛香ちゃんも近接戦闘タイプだし、後方支援もできる火力タイプの方がいいと思ったの。武装が火力支援に特化したものだったらなおのこと、完全に遠距離攻撃タイプにした方がスッキリしてると思うし」

「でも、懐に潜りこまれたら危険じゃないか?」

 総二がふっと思いついたように言った。

「ハンドガンだったら取り回しもしやすいだろうし、ある程度はなんとかなるんじゃないかしら。それにほら、剣や槍を振り回すより、腕だけ動かして引き金を引く方が、咄嗟の時に対応しやすいと思うの」

「まあ、そうですね。背中にも武装は積んでますから、剣や槍のような近接武器は振り回しづらいかもしれません。内臓武装用の高度な照準補正システムもありますから、銃はピッタリと言えます」

 ちょっと考えるそぶりのあと、トゥアールがそう言うと、なるほど、と慧理那が頷いた。

 はあ、と複雑そうな表情で総二がため息をついた。

「にしても、よく見てらっしゃるなあ、この母上様は」

「でも総ちゃんも、自分は接近戦が得意だけど、遠距離攻撃を仕掛けてくる敵と闘う時のために、飛び道具も持っておかないと、って授業中にふと考えたりするでしょ?」

「少なくとも授業中には考えねーよ!?」

 総二のことだから、窓の外に流れる雲を見て、ツインテールに見えるな、と思うぐらいだろう。自分のことも考えてくれてたら嬉しいけど、と頭に浮かび、愛香の顔がかすかに熱くなった。

 愛香の方も、未春が言うようなことを考えることはない。どうやって相手の懐に飛びこむか考える程度だ。総二のことはなにかと考えるが。

 未春が、遠い眼をした。

「母さん、いつもそんなことを考えてたわ。そして父さんと目が合って、はにかみ合ったりしてね。お互い、同じことを考えてるんだな、って」

 しみじみと語る未春の言葉に、総二がお腹のあたりを押さえた。両親の中二青春時代の話など、確かに聞きたいものではないだろう。

 うっとりしたように手を組んだ慧理那が、口を開いた。

「素敵な青春時代でしたのね。あ、そういえば、観束君と津辺さんは、お付き合いしてらっしゃいますの?」

『え!?』

 キラキラと眼を輝かせた慧理那の質問に、愛香と総二は同時に声を上げた。

 愛香の顔が熱くなる。顔を赤くした総二が、返事をした。

「え、えっと、まだ、ですけど」

「あら、そうだったんですの。わたくし、てっきり」

「いえ、その、告白するタイミングでいつも妨害が」

 頭を抱えながら言っていた総二の言葉が、途中で止まった。いや、止めたのだろう。トゥアールを悪者にするような言い方になってしまうからだろうと、なんとなく思った。

 少しの間、首を傾げていた慧理那が、ハッとなにかに気づいたような仕草のあと、両の拳を握り締め、義憤に燃えた様子で声を上げた。

「あと一歩のところで、アルティメギルが邪魔をしてくるのですわねっ。断じて許せませんわ!!」

 半分は当たっている。どうにもいたたまれない気分になり、トゥアールの方に顔をむけた。トゥアールは、脂汗を流して眼を泳がせていた。

「え、えーとですね」

 トゥアールが、ゴホンと咳払いをした。

「とりあえず、慧理那さん変身してみま」

「ん、ふぁ」

 トゥアールの言葉の途中で、慧理那が可愛らしいあくびをした。尊がなにかに気づいたように、すぐに時計を確認する。

「む、いかん。もう八時か。お嬢様は九時には眠たくなられるのだ。そろそろお(いとま)せねば」

「駄目ですわ、尊。せっかく仲間と認めていただいたのです。それなのに、途中で帰るなんて」

 言葉とは裏腹に、慧理那はだいぶ眠そうだった。

「会長、無理しないでください。説明については明日でも大丈夫ですから。放課後とか、時間がある時にツインテール部に来てくれれば、その方が早いですし」

「そ、そうですの?」

「ええ」

 総二の言葉に、慧理那はちょっとだけ逡巡する様子を見せたが、やはり睡魔には抗いがたかったのか、素直に頷いた。

「それじゃあ、申し訳ありませんが、お言葉に甘えて」

「泊まっていけばいいじゃない、慧理那ちゃん」

「そうですよ。なにもしませんから」

 未春とトゥアールが引き止めるが、尊が間に割って入った。未春はともかく、ハアハアと息を荒らげているトゥアールを見れば、彼女の反応は当然だろう。

「申し訳ありませんが、神堂家の門限は夜の八時となっておりますので。さあ、お嬢様」

 それを聞いては無理強いできない。愛香と総二で少し強引に慧理那と尊を連れ出し、エレベーターまで見送った。

 別れの挨拶を終え、トゥアールたちのところに戻る。その前に、総二に伝えておきたいことがあった。

「そーじ」

「ん、愛香、どうした?」

 なにか気にかかったのか、総二は不思議そうにしながらも、優しく応えてきた。愛香の不安を感じ取ったのかもしれない。

 総二が、愛香に近づいてきた。

「愛香。俺の一番好きなツインテールは」

「うん。大丈夫。そーじがあたしのこと、み、未来の妻とか言ってくれたり、いまもこうして抱き締めたりしてくれるから」

「はっ!?」

 自分の動きに気づいていなかったのだろうか、愛香を抱きしめ、ツインテールを撫でていたことに、総二は驚いたようだった。

 恥ずかしいが、総二の躰に腕を回して抱き締める。自分の小さな胸では、そんなに嬉しくないかもしれないが、いまはこうしたかった。

 総二の躰が熱くなった。愛香の躰も同じぐらい熱くなっていた。

「あ、愛香」

「ありがと、そーじ」

 あたしの心配を吹き飛ばしてくれて、ありがとう。あたしのことを想ってくれて、ありがとう。いろんな感謝をこめて、ただそれだけを言った。

「ああ」

 答えた総二の腕に、しっかりとした力がこめられた気がした。苦しいわけではない。愛香のことを離さないという意思がこめられた、そんな力な気がした。愛香も、同じように抱き締め返す。

 しばらく抱き合ったあと、愛香は口を開いた。

「あたしが心配なのは、会長、しっかり闘えるのかなって。下手したら怪我しちゃうかもしれないし」

「自分の身を守るために変身してもらうだけだって。九時に寝るぐらい規則正しい生活してる会長には、アルティメギルとの闘いはハード過ぎる。そう考えれば、母さんが言ってたように後方支援に特化してもらえるのは、正解だと思う」

「だといいけど」

「それはそうと愛香。リヴァイアギルディとの闘い、大丈夫か?」

 総二の言葉に、愛香の躰が硬直した。なんとか声を絞り出す。

「だ、大丈夫」

 言ってみたが、声の震えは止められなかった。

「無理するなよ、愛香。もしもの時は、俺が」

「ううん。言ったでしょ。あたしも、そーじのこと守りたいの。だからそーじは、クラーケギルディからあたしのこと、守って」

 心配そうな総二の眼を見て、はっきりと伝える。互いに支え合える、そんな関係でありたいのだ。

 総二がハッと息を呑み、目を伏せた。束の間、眼を閉じたあと開かれた総二の眼には、強い光があった。

「ああ、任せろ。おまえは俺が守る。頼りにしてるぜ、愛香」

「うん」

 躰を離す。名残(なごり)惜しくはあったが、これ以上触れ合っていると、どんどんエスカレートしかねない。

 あとで続きをしようと約束して、トゥアールたちの方にむかう。

 ばっちり目撃していた未春に、メチャクチャからかわれた。

 

*******

 

 作業がひと段落し、んんー、とトゥアールは伸びをした。

「とりあえず、一旦はこれでよし、ですかね」

 夕食のあと、テイルブレスに強制変身解除の防止装置を取り付けるため、コンソールルームでひとり作業していたのだ。急ごしらえのため、当てにされると困るが、ないよりはましだろう。

 そう考えると、再び背伸びをした。

 横から、温かな湯気の立ち上るマグカップが差し出された。

「おつかれさま、トゥアールちゃん」

「みは、いえ、お義母(かあ)様、ありがとうございます」

 いつの間に来ていたのかはわからないが、神出鬼没のこの人のことなので、特に驚きはしなかった。

「でも、トゥアールちゃんも疲れてるでしょ。今日、無理にすることはなかったんじゃないの?」

「へっちゃらですよ。それに、これが私の仕事ですから。心配してくださって、ありがとうございます」

 心配そうに言う未春に、笑顔で返した。総二と愛香には、今日行うとは伝えていない。未春にも伝えていなかったのだが、この人はいろいろと鋭いところがあるので、それとなく察したのだろう。

「ホットミルクだけど、よかったかしら?」

「はい。いただきます」

 マグカップに注がれたミルクをひと口飲む。ほどよく温かいミルクが喉を通り、ホッとひと息ついた。

 どこか探るように、未春がトゥアールの顔を覗きこんだ。

「トゥアールちゃん。慧理那ちゃんの言葉、気にしてる?」

 やはり、この人は鋭い。

 そんなことはない、と言えば、この人はきっとこちらの意を汲んでくれるだろう。だが、ごまかせるとは思わなかった。いい加減に見えて、実際いい加減な人ではあるが、とても(さと)い人だ。嘘をついたら、かえって心配させることになるだろう。

「そうですね。私は、お二人の邪魔をしてるんですよね」

 慧理那の言葉のあとの二人の眼は、こちらを気遣ったものだった。それが、むしろ辛かった。

 慧理那を仲間に引きこんだ理由も、口に出したことがすべてではなかった。割合は置いておくとして、総二と愛香の負担を少しでも減らせれば、と思ったためだった。二人のように、慧理那の身の安全を考えてのものはなかった。

 自分に闘う力があれば、一緒に戦場に立って二人の負担を減らせるのに。そんな愚にもつかないことを考える時もあった。自分にはもうツインテール属性はないし、二人が十全に闘うためのサポートを万全にする方が大事のはずだ。それを理解してはいるが、それでも歯痒く思ってしまう。

 だが、こんなことを知られれば、総二は後ろめたさを感じて闘えなくなってしまうかもしれない。愛香はこちらの意を汲んでくれるだろうが、自分から彼女にこんなことを言いたくはなかった。愛香とは、いろんな意味で対等でありたいのだ。慧理那に対しても、まるで利用するかのようで、申し訳ないという思いがあった。

 そして、こんなことを考えておきながら、総二と愛香が結ばれるのを邪魔する自分が、嫌になる。

「ねえ、トゥアールちゃん。トゥアールちゃんは、総ちゃんのことが好きなのよね?」

「はい。愛しています」

「愛香ちゃんのことは?」

「大好きです。大切な友達です。二人とも同じぐらい、大切な人たちです」

 普段なら恥ずかしくて言えないことが、口から出ていた。

 それなのに、邪魔をするのか。そんな声が、心の中を埋め尽くし、気持ちが沈みこんだ。

「トゥアールちゃん」

「はい」

 神妙な様子で呼びかけてきた未春の顔を見ることができず、うつむいて返す。

 なにを言われるのだろうか。いや、どう非難されてもしょうがない。

 あきらめるべきなのだ。未春にそう言って貰えれば、踏ん切りもつく、はずだ。

「頑張りなさい」

「はい」

 頷く。

 束の間、考えこむ。

「はい?」

 なにを言われたのか理解できず、未春の顔を見た。彼女は、優しく微笑んでいた。

「総ちゃんも愛香ちゃんも、好きなものを、なにかを好きって気持ちを守るために闘ってるんでしょ。トゥアールちゃんも、好きだったら変に遠慮しないで闘わないと」

「いや、ええと?」

 それとこれとは、話が別ではないだろうか。

「それに、中途半端なところであきらめたら、きっと後悔するわ。好きって、そういうものだと私は思うの」

「ですが」

「ところでトゥアールちゃん。こんな時になんだけど、うちの子にならない?」

「はい?」

 未春の問い掛けの意図がわからず、また聞き返していた。

居候(いそうろう)じゃなくって、ほんとうに養女にならないかってこと。あ、総ちゃんのことをあきらめろってことじゃないわよ。血縁がなければ、姉弟(きょうだい)でも結婚はできるから」

「アッハイ」

 やはり、意味がわからなかった。この人は、なにを言いたいのだろうか。

 パチパチと(まばた)きして思考を巡らせるが、まったくわからない。

「トゥアールちゃんの帰るところは、ちゃんとここにあるから。ね?」

「あ」

 言いたいことは、きっと単純なことなのだ。

 好きなことなら、変に遠慮するな。全力でぶつかれ。不安になったら帰ってきてもいい。

 ただ、青春を楽しめ。

 いまも中二真っ盛りで、人生を全力で楽しんで生きている、目の前の輝いている女性の言葉に、視界が(にじ)んだ。

「ありがとう、ございますっ」

 それだけ言うのが、精一杯だった。

 

 ブチッと、なにかが千切れる音がした。

「はっ!?」

 目元を(ぬぐ)って音のした方を見る。思った通り、靴紐が切れていた。

 まずい。このままでは、総二と愛香が。

 立ち上がり、お手製の発明品を掴むと、未春に顔をむけた。

「いってきます、お義母(かあ)様」

「いってらっしゃい。頑張ってね?」

「はいっ。あ、ミルクは置いといてくださいっ」

 言って、駆け出した。

 自分は、愛香に勝てないだろう。それでも、ここであきらめたら、きっと後悔する。

 だから、最後まで全力で闘おう。そして、二人が結ばれたら、心から祝福しよう。

 総二のことはあきらめない。愛香とは全力でぶつかる。慧理那のことも狙ってみようか。ほかにも、やりたいことはたくさんある。

 飲みかけのミルクを、戻ってから飲む。それも、不思議と楽しみに思えた。

 

 




 
Reckless fire
アリダンゴになれー。
SDフルアーマー。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。