あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

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二〇一七年六月十七日 修正
 


2-11 青と海竜の槍 / 赤と烏賊の剣

 突き出されてくる触手を、かろうじて避ける。ブルーの眼でもギリギリ見えるぐらいの速度のそれは、常の状態なら、それでもどうにか(さば)くことができたはずだった。しかしいまは、自分でもわかるほど、普段に比べて躰が強張っていた。

 ウェイブランスを手に持ってはいるものの、リヴァイアギルディが槍だと豪語する股間の触手を直視することができず、槍を合わせて止めることもできない。ただ必死になって、逃げ回ることしかできなかった。

「どうした、テイルブルー、さっきから逃げ回ってばかりではないかっ。その槍は飾りか!」

「なんで、あんたの槍は、飾りじゃ、ないのよ!?」

 幾度となく引いては突き出されるリヴァイアギルディの股間の槍を躱しつつ、ブルーは怒鳴り返した。リヴァイアギルディの声には、苛立ったような、どこか失望するような響きがあった気がしたが、気にしている場合ではなかった。

 なんとか言い返しはしたものの、精神的な余裕はない。それでも言い返したのは、無理やりにでもなにか言わなければ、心が折れてしまいそうな気がしたからだ。それほどまでに、触手が襲い掛かってくることに対する恐怖は大きかった。

 幼いころから愛香は、ずっと総二を想い続けてきた。いつか総二と結ばれることを夢見てきた。はしたないかもしれないが、できることなら彼と一線を越えたいとも思っている。思春期の少女として、おかしいことではないはずだ。

 たとえ、その妄想がいろいろとエスカレートしすぎてアレな方向にむかったとしても、責められることではないはずだ。多分。

 総二も、最近はツインテールだけでなく、愛香の躰にも触れてくるようになり、それどころか愛香のことを、異性として求めてきてくれている。ずっと待ち望んでいたことだった。彼の手によって、愛香の躰が熱を持ち、頭が昂り、お互いを求め合い、あと一歩のところで中断させられる。

 そんなことばかり繰り返されていれば、イロイロと溜まってくる。それもあって、愛香の脳内妄想では、総二とスゴいことになっているが、文句を言われることではないだろう。ないはずだ。

 それはともかく、他人に話すのは(はばか)れる、アレな妄想の中に、触手があった。

 そして愛香は、触手が苦手になった。

「つおああっ!」

「ひっ!」

 腕組みして、仁王立ちしたリヴァイアギルディから、股間の槍が雨(あられ)と飛んでくる。その速度はまさに達人の域であり、いまのブルーのコンディションでは、いつ直撃を受けてもおかしくない。

 どうにかしなければと思いながらも、触手への恐怖で、躰も頭もうまく働いてくれなかった。

「ぬううっ!」

「っ!?」

 リヴァイアギルディが、触手を鞭のようにしならせ、自身の躰の周囲を旋回させた。触手本来の姿と言えるかたちに、思わずブルーの躰が硬直する。

「キョオオオオーッ!!」

「ひっ、いやあああああああーーーーーーーー!?」

 触手が、横殴りに振るわれた。躰が縮こまってしまい、反射的に眼を閉じて悲鳴を上げる。

「っ?」

 予想していた衝撃は来なかった。

 恐る恐る眼を開くと、赤いツインテールが目の前にあった。

「レッド?」

「大丈夫か、ブルー?」

 剣をリヴァイアギルディにむけて構えながら、レッドは優しく声をかけてきた。寸前でブルーを守ってくれたのだと、すぐにわかった。

「勝負に横槍を入れるつもりか、テイルレッド?」

「勝負を捨てるか、テイルレッド!」

「ツインテールを、そしてブルーを守るのが俺の役目だ。指、いや触手一本触れさせねえ。ふたりまとめて相手してやる。かかってきやがれ!!」

「レッド――」

 淡々と問いかけるリヴァイアギルディと、それとは対照的に憤慨するように声を荒らげるクラーケギルディに対し、レッドは雄々しく返した。そのレッドの言葉にブルーの顔が熱くなると同時、自分への怒りが湧き上がった。

 自分は、なにをしているのだ。レッドに、総二に守ってもらえるのは、確かに嬉しい。だからといって、守られるだけでいいのか。一対一でも勝てるかわからない幹部エレメリアン二体を、レッドだけに任せていいのか。

 いいわけが、ない。

「レッド、ごめん。もう大丈夫。クラーケギルディに集中して」

 レッドの肩に手を置いて言うと、彼女は心配そうな顔をむけてきた。

「ブルー、無理するな」

「ありがと、レッド。でも、あたしもレッドのこと、守りたいから」

 声が、躰が、震えている。それでも、逃げるわけにはいかない。

 レッドを、愛する総二を守るために。自らを奮い立たせ、レッドと見つめ合う。

 少しの間、ブルーの眼を見つめていたレッドが、ひとつ頷いた。

「わかった。任せる」

「うん」

 答え、再びリヴァイアギルディの前に出ると、槍を構えた。

「ほう」

 リヴァイアギルディが、感心するような声を洩らした。

 リヴァイアギルディの触手も含め、どんな小さな動きも見逃さないよう、しっかりと見据える。

 触手と思うな。大根と思え。あんなものは、よくしなる大根だ。そう自分に言い聞かせる。自分でもどうかと思う自己暗示ではあるが、ちょっとずつ心が鎮まってくるのを感じた。

「キョッ!」

「ふっ!」

 気合の声とともに、再びリヴァイアギルディの股間の槍が放たれた。自己暗示の賜物(たまもの)か、それとも総二への想いによるものか、槍はさっきより、よく見えた。

 リヴァイアギルディの槍の先端に、ウェイブランスの穂先を合わせる。甲高い音が、あたりに響く。

「む!」

「は、あっ!!」

 今度は、ブルーが槍を突き出す。それは逆に槍を合わされて止められ、間髪入れずに槍を返される。慌てず、ブルーも同じようにして捌き、またも槍を突き出す。

 何合(なんごう)か槍を打ち合ったところで、リヴァイアギルディが愉しそうに声を上げた。

「見事だ。さっきとは別人のようだな!」

「それは、どーも!」

 恐怖はいまだにあるが、それでも普段の動きに近いところまでは回復していた。

 さらに何合となく打ち合い続ける。時々、打ち合わずに躱して槍を突き出すが、やはり合わされて止められる。リヴァイアギルディの方は、ブルーの攻撃に対し、その場を動くことなく対処していた。まるで、不動の山を思わせる、泰然とした闘い方だった。

 周りから歓声が上がっているが、いまは気にしている場合ではなかった。ほんのわずかでも気を逸らせば、あの槍に貫かれることになる。

 この集中も、いつまで保てるか。

 危険ではあるが、どこかで虚を()かなければ。

 お互いに直撃はなく、打ち合いをはじめて数十合、リヴァイアギルディが、先ほどと同じ横殴りの攻撃を仕掛けようとするのが見えた。

 恐怖を押し殺し、タイミングを計る。

「っ!」

 触手が迫りくる。文字通り紙一重で躱すと、触手がリヴァイアギルディのところに戻りきる前に、槍を投げ放つ。

「むっ!?」

属性玉(エレメーラオーブ)兎耳属性(ラビット)!」

 槍は牽制。投擲した槍を触手で迎撃したリヴァイアギルディの懐に、強化した跳躍力で一気に飛びこむ。予想外な動きだったのか、リヴァイアギルディが目を見張った。

 この距離なら、触手による攻撃はある程度封じられる。締め上げに注意しつつ、打撃で押して、流れをこちらに引き寄せる。

 顔面目掛けて拳を放つ。腕組みを解いたリヴァイアギルディの手が、ブルーの腕に触れた。

 ふっと躰が軽くなる。斬り結ぶレッドとクラーケギルディや、こちらを見上げている人たちの姿が視界に映った。

「へ?」

 ブルーの躰は、宙を舞っていた。思わず声が洩れる。

 さほど高い位置ではなく、ふわりとした緩やかな速度ということもあり、自分の状況を認識するのに、一瞬の間があった。

 視界に逆さまに映るリヴァイアギルディと目が合う。

 股間の槍が、閃いた。

 

 

 斬りかかってくるクラーケギルディの剣を、レッドはブレイザーブレイドで真っ向から受け止めた。あたりに甲高い音が響く。

 体格差もあって、押し潰されそうな体勢ではあるが、受け止めたまま力を入れ、クラーケギルディの剣を撥ね上げた。クラーケギルディは流れるように回転し、その回転の勢いを生かして再び剣を振るってくる。

「ヒンッ!」

「おりゃあ!」

 奇妙に聞こえる掛け声とともに振るわれてくる剣を、またも真っ向から迎撃する。

「さっきみてえに、遠くからネチネチと攻撃しないのかよ!」

 闘いがはじまった当初クラーケギルディは、その無数の触手を使って遠間から攻撃してきたのだが、ブルーを助けたあと闘いを再開してからは、触手は牽制程度となり、その手に持った長剣による接近戦が主となったのだ。

 先ほどまでの戦法に比べれば幾分やりやすいのは確かだが、どういうつもりなのか。こちらを舐めているのか。

「先ほどの貴様の言葉。まさしく、姫を守る騎士のもの!」

「それが、どうした!」

 互いに声を上げながら、斬り結び続ける。

「私も全身全霊を賭けて、真っ向から貴様を上回ってこそ、姫を手に入れる資格を得ることができる。そう思ったまでのことよ!」

「やってみやがれっ。ブルーは絶対に渡さねえ!!」

 レッドの言葉のあと、周りの人々から歓声と悲鳴が上がったようだったが、いまはどうでもいい。お互いに気迫を剣に乗せ、さらに斬り結ぶ。

 頭の片隅で感じたのは、己の成長への実感だった。

 連休中に行っていた組み手と模擬戦。エレメリアンとの実戦がなかったがために、自分がほんとうに強くなったのか、不安があった。

 しかし、こうしてクラーケギルディと闘ってみると、確かな成長があるのだと自分でもわかった。

 クラーケギルディは、間違いなく強い。ドラグギルディに比べると、単純な力や速さでは幾分劣る感じだが、触手も含めた技の冴えは、脅威としか言いようがない。気を抜けば、負ける。

 だがそれでも、勝てないとは思わなかった。動きに対処はできるし、力負けもしていない。間違いなく、自分は強くなっている。ツインテールへの愛も、同じく。

 愛香への想いは、いまだに恋かどうかわからない。それでも、愛香を女の子として意識しているのも間違いはない。(きた)るべき時のために、イロイロと知識も仕入れている。まあ愛香と触れ合い、お互いを求め合い、あとちょっとのところで中断させられるということが続いているので、アレコレと溜まってもいるのだが。

 そのせいで総二の頭の中では、ツインテールだけでなく、いろんな意味で愛香とスゴイことになっている。思春期の少年として、おかしいことではないだろう。ツインテール馬鹿だった自分が、ここまで変わるとは思っていなかったが。

 ただツインテールへの愛が自然と高まっているのは、ちょっと複雑な気持ちがあった。愛香以外のツインテールに目移りしたくはない。けれど、どうしてもほかのツインテールにも目が行ってしまう時があるのだ。それも含めて精神の鍛練だとは思うが、愛香に対する申し訳なさは、なにかとあった。

 だがいまは、闘いに集中する時だ。

 愛香を守るために、クラーケギルディに勝つ。

「でりゃあ!」

「はあ!」

 さらなる気合を乗せ、またも剣を打ち合い、距離をとった。クラーケギルディから意識を逸らさず、チラッとブルーたちの方を見る。凄まじい速さで、ブルーとリヴァイアギルディは槍を打ち合っていた。しかし、いつものブルーに比べて、動きに余裕がないように見え、無理をしていることが(うかが)えた。

 一分一秒でも早くクラーケギルディを斃し、ブルーの加勢をしなければ。

「ヒンッ。(あら)さはあるが、思い切りのいい見事な太刀筋だ。私も本気を出させてもらおう!」

「やってみやがれ!」

 言葉のあとクラーケギルディが、剣をだらりと下げ、無造作に佇んだ。

「っ?」

 その姿に、言いようのない警戒心が湧いた。とはいえ、じっとしているわけにはいかない。ブルーの加勢に行かなければならないのだ。

 剣を構え直し、クラーケギルディにむかって走る。

 間合いに入った。跳躍し、剣を振りかぶる。

「おおりゃあああっ!!」

 クラーケギルディの脳天目掛け、渾身の力をこめて振り下ろす。クラーケギルディの剣は、動かない。

 レッドの剣が、クラーケギルディの目前で止まった。

「なにっ!?」

 剣を止めたのは、クラーケギルディの触手だった。触手が網のように編まれ、レッドの攻撃を(はば)んでいた。

 一瞬の停滞のあと、剣が()ね返された。レッドの躰がゆっくりと宙に浮かされたところで、クラーケギルディが剣を構えた。

「ヒンンンッ!!」

「うお!?」

 先ほどのレッドにも引けを取らない気合を乗せたクラーケギルディの斬撃を、ギリギリで受け止めると、なんとか受け身をとって一旦距離を置く。

 クラーケギルディは追撃を行わず、こちらを見ていた。

「いまの攻撃を凌ぐか。さすがだな、テイルレッド」

「いまのは」

「私の触手は、攻撃に使うだけが能ではない、ということだ」

「くそっ!」

 賞賛を含んだクラーケギルディの言葉ではあったが、レッドは思わず渋面を作った。

 単純な力や速さなら、確かにドラグギルディの方が上。技量に関しては、おそらく同等。問題は、やつの戦法。

 さっき剣を受け止められた時、まるで力を吸い取られたかのように、剣が速さを失っていった。網状に組んだ触手で剣をやわらかく受け止め、トランポリンのように撥ね返し、体勢を崩したところに追撃する。剣でこれなのだから、拳や蹴りでも同じことだろう。下手をすれば、触手で絡めとられかねない。グランドブレイザーでも、断ち切れるかどうか。

 ブルーのような幅広い戦い方ができないレッドからすれば、やっかいきわまりなかった。

 どうする。

 再びクラーケギルディと斬り結びながら、レッドは思考をめぐらせた。

 

 

 宙に飛ばされたブルーに、リヴァイアギルディの槍が迫る。属性玉変換機構(エレメリーション)を使う猶予はない。思考する前に、躰が動いた。

 拳で、迫る槍の側面を殴りつける。勢いで視界が回転するが、慌てない。地面が迫るが、視界に地面が見えているのなら問題はない。受け身をとり、その勢いのまま立ち上がった。

「なんとッ」

「ううっ、触手触っちゃったぁ」

 リヴァイアギルディの驚きとも賞賛ともつかない声が聞こえたが、気にする余裕はなかった。ただでさえ苦手な触手を相手取り、精神的に疲弊(ひへい)しているところに、グローブ越しとはいえ、その触手に触れてしまったのだ。思わず泣きそうになる。

 タイミング的に髪紐属性(リボン)を使う余裕はなかったとはいえ、嫌なものは嫌だ。

「キョッ、大したものだな、テイルブルー。あの状況で俺の槍を凌ぐとは。巨乳でないのが実に惜しい」

「っ!」

 悪気はないのだろうが、貧乳を示唆するようなリヴァイアギルディの言葉に、怒りが湧き上がった。

 鋭く睨みつけると、リヴァイアギルディが目を見張り、わずかに身構えた。

「む、この気迫。なるほど。触れるなとはそういうことか」

 リヴァイアギルディが、なにかに納得するような呟きを洩らしていた。

 すぐにでも怒りの拳を叩きこんでやりたいところだったが、うかつに飛びこめばさっきの二の舞になる。

 リヴァイアギルディがまたも腕組みし、仁王立ちの体勢になった。槍を放ってくるそぶりはない。

 ならば、とブルーは口を開いた。

「まさか、エレメリアンが投げ技なんて使うとは思わなかったわよ」

「懐に飛びこんで俺の槍を封じようとする者は、おまえだけではないということだ。もっとも、実際に飛びこめた者はほとんどおらん。そして、あの状況で俺の槍を防いだ者は、おまえがはじめてだ。ほんとうに、大したものだ」

 リヴァイアギルディはそこで言葉を切って、(かぶり)を振った。

「いや、ドラグギルディを斃した戦士の片割れと考えれば、この程度は当然か」

「――――?」

 どこか愉しそうな、独り言のようなその言葉がふと気になった。

「あんた、ドラグギルディと知り合いなわけ?」

「っ。やつとは、旧知の仲だ。もっとも、ツインテールの戦士とはいえ人間に敗れるようなやつを、友と呼んでいた自分が恥ずかしいがな!!」

「っ、あんた、ふざけたこと言ってんじゃ」

 ドラグギルディを侮辱する言葉に頭がカッとなったが、リヴァイアギルディの姿にその怒りが薄れた。

 触手が、なにかに堪えるように震えていた。思えば、さっきの言葉も、まるでごまかすように声を荒らげていたような気がした。

「くっ!」

「っ、レッド!」

 ふっ飛んできたレッドが、体勢を立て直しながら着地した。クラーケギルディは泰然としながら、ゆっくりとレッドの方に歩いていく。レッドは剣を構えながらも、攻めあぐねている様子だった。

 どうする、とブルーは考えをめぐらせた。

 リヴァイアギルディの投げは、とてつもない練度だった。気がつくと投げられていたという、流れるような動きだけではない。おそらくは、自身の槍の刺突を、確実に当てるための状況を作り出すための投げ。それだけの修練を積んできたのだろうあの技術は、体術に自信のあるブルーでも、また同じように投げられかねないほどのものだ。

 ならば槍による打ち合いを制するしかないが、ブルーの集中もすでに限界が近く、それも難しい。

 一旦、撤退するしかないかもしれない。

 犠牲者が出てしまうかもしれないが、自分たちが敗れては元も子もない。口惜しさと申し訳なさを押し殺して自分にそう言い聞かせていたところで、リヴァイアギルディがクラーケギルディを見た。

「クラーケギルディ、引き上げるぞ」

「なんだと!?」

「え?」

「なに?」

 クラーケギルディが怒鳴り返し、ブルーはレッドとともに困惑した。

「今日は小手調べだ。そもそもこの場所では、本気は出せても全力は出せん。クラーケギルディ、おまえとてテイルレッドとの決着をつけるのに、お互いの全力を出せずに終わっては納得いくまい?」

「ぐっ、それはそうだが、しかし」

 リヴァイアギルディの言葉に、クラーケギルディは渋った様子だった。リヴァイアギルディはため息をつくと、クラーケギルディの肩を掴み、引き()りながら歩き出した。

 リヴァイアギルディの歩く先に、光の門が現れた。引き摺られながらも往生際悪く触手を(うごめ)かせ、ジタバタするクラーケギルディではあるが、リヴァイアギルディの言葉の正当性は認めているのか、リヴァイアギルディを振り払うことはしない。リヴァイアギルディも特に気にすることなく歩き続ける。

 ブルーの躰から力が抜け、思わずへたりこむ。リヴァイアギルディが、振り返ることなく声を張り上げた。

「ツインテイルズ。今日のところは勝負を預ける。次の闘いで決着をつけるぞ!」

「ぐううっ、姫、姫えええええーーーーー!!」

 光のゲートに消えていく瞬間、クラーケギルディが声を張り上げ、一本の触手を伸ばしてきた。

「ブルー!」

「え?」

 レッドの叫びが聞こえた。ブルーにもそれは見えていたが、反応が遅れる。

 ブルーの手の甲に、触手が優しく触れた。

「え、お、きゅー」

 それがトドメだった。ブルーの意識が遠のいていく。

 意識が完全に途切れる寸前、安らげる温もりがブルーを包んだ気がした。

 

*******

 

 危なかった。

 人気(ひとけ)のない裏路地で、変身の解除されたブルー、愛香の顔を見て、レッドはそう考えるとほっとひと息ついた。

 (はた)から見てもわかるほどに、ブルーは疲れきっていた。そこに、クラーケギルディの触手に触られてしまったことで、限界が来てしまったのだろう。

 気絶して躰が発光したブルーを瞬時に抱え上げると、目くらましとして、自分たちを包むようにオーラピラーを薄く展開しながら、周りの観客たちの間を突っ切った。そしてどうにかここを見つけ、駆けこんだのだ。

 ただ気絶するだけなら、そこまで問題ではない。

 トゥアールから、通信が入った。

『力を使い果たした時や、気絶してしまった時に変身が強制解除されてしまうのは、やはり危険ですね。次のメンテナンスで、テイルギアに対策を施します』

「頼む。俺も、今回のは肝を冷やしたよ」

 人前で変身が解除され、正体が世間にばれたら、あらゆる意味で危険だ。

 レッドたんとか言ってる連中に、テイルレッドの正体が男だとばれたら、どんなことをしてくるのかわからない。う、裏切られた、と思ってしまう者が出てくる可能性もある。なぜか、それでも、ハアハアとか言ってきそうな連中がいそうな気がするが、気のせいだろう。どちらにしても嫌だが。

 テイルブルーも、正体がばれたら、迫ってくるやつやストーカーが出ないともかぎらない。そういった存在は精神的に負担になるだろうし、なによりも、変身後だけでも嫌だというのに、変身前まで他人にいやらしい眼で見られるなど、たまったものではない。

 アルティメギルの方は、そこまで問題はないような気がした。武人気質の多い連中なので、奇襲をかけてくることは考え(にく)い。楽観的な見方であることは承知しているので、ばらす気はないが。あくまで危険度を比較しての話である。

「ぐ、ぐむ~」

 呻く。なんで敵であるアルティメギルに知られるより、味方のはずの一般人に知られる方が危険に感じられるんだろう、と頭が痛くなった。

 痛む頭を押さえて、ため息をつく。とりあえず、もう変身は解除していいだろう。

『駄目です、総二様!!』

「え、っ!?」

 変身を解除したところで聞こえた、トゥアールの慌てた声にキョトンとした直後、総二の眉間に電流のような刺激が、ティキィンと走った気がした。

 この感じ、ツインテール。それも、見知ったツインテールの気配だ。

 不意に、背後から影が差した。ツインテールの気配は、その影の方からだった。慌てて振り返る。

 ツインテールを振り乱した、慧理那がそこにいた。

「観束君が、テイルレッド――?」

 茫然と、慧理那が呟いた。肩で息をしているところから、急いで追って来たのだろう。人の眼を攪乱(かくらん)しつつ走ってきたため、追ってくるのは相当に難しかったはずだ。

 なぜそこまでして。

「ち、違うんです、これは、そのっ」

 どうにかごまかそうと口を開くが、戸惑いと混乱でうまく言葉が出てこない。戦闘での判断力は上がったつもりだが、アドリブ力のなさは生来のものらしい、と頭の冷静な部分で他人事のように思った。

「か、会長っ?」

 総二がなにかを言う前に、慧理那がゆっくりと壁にもたれかかり、崩れ落ちていく。衝撃的にもほどがある事実についていけず、卒倒してしまったのかもしれない。

『総二様、私にいい考えがあります!!』

「なんだ!?」

 なぜか言いようのない不安を湧き立たせるトゥアールの言葉に、(わら)にも(すが)る思いで聞き返す。

『見られたなら、とりあえず裸にひん剥いてください。早く、早く、 Halleyyyyyy(早あああああああく)!!』

「裸にしてどうすんだよ!?」

 不安は、総二の想定を遥かに超えるヒドイ言葉で肯定された。彼女はなおも、大津波のごとき勢いでまくし立ててくる。

『その幼い肢体を眼に焼き付け――、ではなくて、写真を撮って脅すんですっ。誰かにばらしたらネットに流す。それが嫌なら私と――、ではなく、正体を知られたヒーローと、恥ずかしい写真を撮られた合法ロ――、女の子っ。ほぼ対等の条件です!!』

「どこがだああああああああああ!!」

 外道王になれ、と言わんばかりのトゥアールの言葉に総二は絶叫した。ところどころに欲望丸出しの言葉が入っていたが、ツッコむ余裕はなかった。もう自分も気絶していいかな、と全部投げ捨てたくなるような心境だった。

「どうすりゃいいんだよ、気絶した女の子を二人も抱えて」

 周りには、まだギャラリーがうろついている可能性もある。目撃されて、ツインテイルズとの関係を勘ぐらせたり、あらぬ誤解を招きたくなかった。

 愛香を優しく壁にもたれかけさせ、倒れた慧理那の方に近づく。

 それを遮るように、別の影が割りこんできた。またも見覚えのあるツインテール、いや顔だった。

「さ、桜川先生」

 慧理那のメイドでもある、桜川尊教諭だった。

「お嬢様は軽いが、さすがにひとりで二人を抱えるのは厳しいだろう。お嬢様は私に任せたまえ、観束君」

 尊の声は淡々としていて、態度も冷静なものだった。この状況を予期していたのかもしれない。

「その代わり、聞かせて貰えるな、君たちのことを」

「それは」

「世間での乱痴気(らんちき)騒ぎを見れば、隠したいという気持ちはよくわかる。だがお嬢様は、これまで何度も狙われているのだ。目を伏せて、傍観者を気取ってはいられんよ」

 威圧ではなく、嘆願するような声だった。総二はちょっとだけ考えると、ひとつ頷いた。

「わかりました。でも、約束してください」

「ああ、誰にも話さん。この、私の名前を妻の欄に書いた婚姻届けに誓おう」

「俺には愛香がいますので結構です」

 ピラッとどこからともなく取り出した婚姻届けを見せながら言う尊に、総二は淡々と断りを入れた。この数日で十回は婚姻届けを渡された相手であることもあるが、大観衆の前で愛香への愛を叫んでしまったために、なんだかいろいろとふっ切れてしまったのだ。

 尊たちを基地に招いていいか、トゥアールに確認を取る。

 どことなく悔しそうなトゥアールの承諾を得ると、総二は愛香をおぶった。

 尊も慧理那をおぶったのを見て取ると、頷き合い、総二の家にむかう。

 愛香の体温と、背中に当たるわずかな膨らみに、総二の顔が熱くなった。

 


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