あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

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うなじは漢字で書くと『項』の様ですが、原作で『項後』となっているのでこちらに。

二〇一六年十月十七日 修正

こんなにうなじと書いたのははじめてですわ。
 


2-4 女中の誇りと項後蟹

 (みこと)は軽く腕を組んだまま、笑顔でレジに並んでいる慧理那から視線を逸らさず、周りに注意を配った。

 不審な動きをする者がいれば即座にその者を捕らえ、慧理那に襲い掛かる者がいれば(ただ)ちに彼女のそばに行き、その身を守る。それが、慧理那のメイドであり護衛でもある、尊の仕事だ。

 同時に、警戒していることを周りに感じさせないように心がけていた。自然体でそれを行なえるように訓練している。空気のようにそこにいること。それがメイドというものだ。周りに身構えさせるようなことがあってはならない。

 敬愛する(あるじ)であり、義理の妹とも姉とも言える慧理那を守るために鍛錬を重ねてきた尊にとっては、そこまで難しいことではない。それだけの努力を積んできたのだ。

 今日は、ゴールデンウィーク前の週末である土曜日。いま尊たちがいる、この大手のおもちゃ屋には、朝も早くから整理券を持った多くの客が並んでいた。尊たち、というか慧理那もその客のひとりだ。このような大型連休の時期、玩具会社は新しいおもちゃを販売する。子供だけでなく、大人にもそういった需要があるらしい。それは大人ではなく大きいお友だちと言うんです、と部下が言っていたが、それはどうでもよろしい。

「お嬢様も、買い物程度なら私に任せていただければ」

 言葉のあと、軽くため息を吐く。

 特撮ヒーロー番組、いやヒーローを愛する慧理那は、自分が代わりに買ってくるという尊の提案を拒み、おもちゃ屋に自ら赴く。毎回、多少の問答はするものの、結局は尊が折れるかたちになっていた。

 自分で買うからこそ愛着が湧く、と返されることもそうだが、慧理那はいろいろな重圧がかかる身である。そんな彼女にとって熱中できる趣味であり、一種のストレス解消であることを考えれば、尊としても強くは言えないのだ。

 できることなら、慧理那には笑顔でいて欲しい。なにかと尊を気にかけてくれる、慧理那の実の母にして、尊の義理の母でもある慧夢(えむ)への恩返しというのももちろんあるが、家族に幸せであって欲しいと考えるのは、当然のことだろうと思う。

「――――」

 そう思いながらも、尊は再びため息を吐いた。

 慧理那を狙う者は、人間に限らない。この四月になってから現れた、変態怪人集団アルティメギル。ツインテールをなぜか狙うあの連中が、いま最も慧理那を狙う者たちだ。

 いままでも何度か襲われていたが、そのたびにテイルブルーに助けて貰っていた。たとえアルティメギルに襲われたとしてもテイルブルーが、いや、いまはツインテイルズが助けてくれるという絶対の信頼を、慧理那は持っているようだった。護衛である自分の立場を考えると、多少なりとも複雑な気持ちにはなるが、一番大事なのは慧理那の身の安全なので、彼女たちへの隔意はない。むしろありがたいと思う。

 ただ、尊にはひとつ気になることがあった。

 お嬢様は、むしろアルティメギルに襲われることを望んでいるのではないか。そんな考えが、ふっと頭に浮かんでくることがある。

 いや、アルティメギルに襲われることそのものではなく、襲われることによってテイルブルーに助けて貰うために、会うために、襲われやすい状況を作っているのではないか、と思うことがあった。

 ヒーローに強い憧れを抱く慧理那の前に、本物のヒーローが現れたのだから、無理もないとは思う。思うのだが、だからといって危険なことをして欲しくはなかった。

 とにかく、護衛として全霊を尽くすのみ。尊は改めてそう思い定める。

 考えている間も慧理那から意識を逸らすことはなく、周りを行き交う人たちにも注意を払い続けていた。慧理那に危害を加えようとする者も、中にはいるかもしれない。

 そして自分の旦那候補を見つけるため、人たちというか男たちを観察する。

 桜川尊、二十八歳。結婚というものに焦りを覚えている。慧夢のためにも、慧理那のためにも、一刻も早く結婚したい。その一心で行なう人間観察は、婚活と同義と言えた。

「むっ」

 耳に付けたレシーバーから、受信を示すノイズが聞こえた。瞬時に婚活、もとい周囲の観察をやめ、意識を慧理那の護衛としてのものに切り替える。

『メイド長ッ、いますぐお嬢様をお連れして逃げてください!』

 部下であるメイドからの、焦りを含んだ声が聞こえはじめた瞬間、会計を終えてレジから離れた慧理那のもとに駆け出していた。なにがあった、などと聞き返す必要はない。部下たちも護衛としての訓練は受けているのだ。その彼女が焦っているというだけで、まずいことが起こったとわかる。おそらく、あの連中だろう。

「尊?」

「お嬢様、失礼します!」

 不思議そうに呼びかけてきた慧理那の反応にかまわず、尊は彼女を横抱きにすると、フロアを駆け抜ける。不思議なものを見るような視線をむけてくる客たちの間を抜けると、階段が見えた。この状況でエスカレーターなど使ってはいられない。いまは一刻を争うのだ。

 駆けながら、慧理那に呼びかける。

「お嬢様、舌を噛まないようお気をつけください!」

 階段にたどり着くと、エスカレーターを使わずに階段を一気に飛び降りた。これまでいたところは三階であるため、踊り場を含めて四度それをくり返すことになるが、問題はない。

 テイルブルーとは比べるのも烏滸(おこ)がましいが、体術にはそれなりの自信がある。慧理那は高校生ではあるが、体格、体重は小学生ほどのものであり、尊にとっては大した負担ではない。息を切らすことなく一階に降り立つと、一瞬たりとも動きを止めず、出入り口にむかって再び走り出す。ちょうどよく開いていた自動ドアから外に出て、駐車場に飛び出した。

「っ!」

 視界に現れた者たちの姿に、尊は足を止めた。いや、止めざるを得なかった。

 くそっ、と吐き捨て、苛立ちのまま呟く。

「先回りされたかっ」

「モケーッ!」

「ミケーッ!」

「モケケー!」

 尊の呟きに答えるように、これまで何度も目にした黒ずくめの怪人たちが、立ち塞がったまま怪声を上げた。なにか微妙に違うものがあった気がしたが、気にしている場合ではない。

「っ!」

 黒ずくめたちの後ろから、直立した蟹のような姿をした怪人が悠然と現れた。怪人は尊を見たかと思うと、すぐに興味を失ったかのように視線を動かし、慧理那を見たところで感嘆混じりの声を上げた。

「むむ~、これはなかなかハイポテンシャルな幼女。これだけ強力なツインテール属性ならば、さぞかしアレもすばらしかろうな~っ!」

「またかッ、化け物めっ!」

 現れた怪人に、尊は怒鳴り返した。

 ツインテールはともかく『属性』というものがよくわからないが、慧理那のツインテールが目的なのは間違いない。髪型を変えるのが、手早く安全なのだが、神堂家の家訓のためにそれはできない。仕方ないこととはいえ、歯痒さはあった。

「我が名はクラブギルディ。ツインテール属性とともに在る属性力(エレメーラ)項後属性(ネープ)を後世に伝えるべく日夜邁進(まいしん)する探究者よ~!」

「ネープ、――――えっ、うなじ!?」

 怪物、クラブギルディの言葉に、慧理那が戸惑いの声を上げた。

 いつものことではあるが、なぜこのアルティメギルという連中は、毎度毎度このような俗っぽいことを声高々に吹聴してくるのだろうか。

 いろいろと言ってやりたいことはあったが、いまはそんな場合ではない。

 外で待機していた、部下であるメイドたちが駆け寄ってきた。

「お嬢様ッ、メイド長!」

「慧理那お嬢様を早くッ。ここは私が食い止める!」

「尊っ!」

 心配そうな声を上げる慧理那を部下のひとりに託し、クラブギルディの前に立ちはだかり、構えをとった。

「ほほう、妙齢の女性よ、おぬしもツインテールを(たしな)むか」

「妙齢だと!?」

 クラブギルディの言葉に、尊は思わず怒鳴り返した。

 尊のツインテールは、ウェーブのかかったモコモコの髪を、頭頂近くから背中に落とすようにして、首元あたりの長さでまとめているかたちだ。尊自身、自分の年齢を(かんが)みていろいろと思うことはある。だがこの髪型は、神堂家に仕えると誓った日から一度も変わらない、尊の誇りのひとつだった。馬鹿にする者は許さない。

「化け物めッ、貴様ごときに品定めされてたまるものか!」

 まるで自分のツインテールを馬鹿にするような言葉と、いままでの、慧理那を狙ってきたことへの怒りも加わり、尊の頭がカッとなった。尊は吼えると一気に間合いを詰め、得意技でもある蹴りをクラブギルディに叩きこむ。

 ミニスカートのフリルがはためくが、他人が見たとしても、色気などは感じられないだろう。一流の格闘家にも劣らない威力と迫力を持った蹴りだと、自負できる練度なのだ。

「っ!?」

 しかし、そんな蹴りをいくら叩きこんでも、クラブギルディはまったく(こた)えた様子がなかった。逆に、金属かなにか硬いものを蹴っているかのように、尊の脚が痛みを覚えてくる。

「くっ、なんだ、この硬さは!」

 背中の甲羅どころか、柔らかそうな腹部を狙っても微動だにしなかった。

 さらに何度か蹴りを叩きこんだところで、ついに痛みが無視できないものになった足を押さえて(うずくま)り、尊は苦悶の声を洩らした。

『モケーッ!』

「きゃああっ!」

「っ、お嬢様!」

 (うずくま)っていた尊の耳に、慧理那の悲鳴が届いた。

 見ると、黒ずくめの手によって、慧理那が部下のメイドから引き剥がされていた。メイドたちは黒ずくめたちに取り押さえられ、軽く首筋を叩かれては気絶していく。

 ほんのわずかな時間で、メイドたちは全員無力化された。

「お逃げください、お嬢様!!」

 ほかのメイドに危害を加えられないようにと離れた、自分の考えの浅さを呪いながら叫ぶと、痛みを訴える足を無視して立ち上がり、急いで駆け出す。

『モケー!』

「っ、離せっ!」

 駆けはじめたところで、尊も黒ずくめたちに取り押さえられた。

 こんなヒョロヒョロの躰のどこにこんな力があるというのか、振りほどこうにも身動きが取れない。単純な力では確かに男には敵わないが、黒ずくめの力はそんな大の男すら遥かに超えるもののように思えた。

 取り押さえられながらも、慧理那に呼びかける。

「お嬢様!」

「大丈夫ですわ、尊。きっと彼女が、いえ、彼女たちが――」

 慧理那の眼は、わずかな恐怖も見えない、信頼に満ちたものだった。

 やはり慧理那は、この状況を待っていたのだ。そう考えていた尊を気にした様子もなく、クラブギルディが黒ずくめたちにむかって声を上げる。

「ようし、後ろをむかせよ」

「モケー」

 指示に従い、黒ずくめたちが慧理那の背中をクラブギルディの方にむけた。

 クラブギルディは腕組みをすると、じっと慧理那の首の後ろを見つめ、やがてうんうんと満足そうに頷いた。

 さすがに不気味に思ったのだろう、慧理那が戸惑う様子を見せた。

「な、なにを見てるんですの!」

「うなじだ!」

 戸惑いながらも毅然とした慧理那の問いだったが、それに返されたクラブギルディの言葉は、一切のためらいもない堂々とした、しかし残念極まりないものだった。

「よいかっ。ツインテールにする以上、うなじが見えるは必然。美は相乗され、さらに輝きを増す。このすばらしき関係を、俺はもっと多くの仲間に、そしておまえたちに知って欲しいのだ!!」

「あなたに教えてもらうことなど、なにもありません!」

(たわ)け!」

「っ!?」

 変態の世迷言を切り捨てた慧理那に、クラブギルディは鋭く叱責の声を上げた。

 ふんっ、とまるで馬鹿にするように鼻を鳴らし、クラブギルディが言葉を続ける。いや、鼻があるかはわからないが。

「男は背中で語り、女はうなじで語る。その、世界の(ことわり)も知らぬとは。外見だけでなく、知性も幼いか!」

「っ、わ、わたくしは――」

 クラブギルディの言葉に、慧理那がはじめて動揺した。

 尊の胸に、怒りが湧き上がる。

「お嬢様への侮辱は許さんぞ、化け物め!!」

「年増のうなじに興味などないわ。家に帰ってほうれい線対策に躍起(やっき)になるがいい!」

「っ、私はまだ二十八だぞ! ふざけるな! 殺してやる!!」

 クラブギルディから返された言葉によって、尊の頭にさらに血が(のぼ)った。心を埋め尽くさんばかりの怒りに、思わず過激な言葉が尊の口から飛び出したが、クラブギルディは一顧(いっこ)だにせず慧理那にむき直った。

「さて、おぬしのツインテール属性、いただくとしよう!」

「お嬢さ、っ!」

 叫びを上げかけたところで首筋に衝撃を受け、意識が遠のいていく。尊を拘束している黒ずくめの当身(あてみ)によるものだろう。だが、それ自体はどうでもいい。

 このままでは、お嬢様が。

 尊の頭の中にあったのは、慧理那のことだけだった。

 歯を食いしばり、意識を繋ぎ止める。

「待、て」

「むっ?」

「み、尊!?」

 意識が朦朧としていたが、どうにか顔を上げ、訝し気な声を洩らすクラブギルディを睨みつける。

「お嬢様にっ、手をっ、出すなッ」

「っ!」

「むむ~っ、見上げた忠誠心ではないか。しかし、そのまま気絶していた方が、つらいものを見ずに済んだと思えぬか?」

「ふざけるなっ、家族の危機に、おめおめと寝ていられるものかっ」

「なんと」

「尊っ」

「ご心配なさらないでください、お嬢様」

 どこかこちらを気遣うような言葉をかけてくるクラブギルディに、尊は吐き捨てて返した。そして、はっきりとはわからなかったが、慧理那が顔を曇らせたように思え、尊は微笑みかける。

「年増のうなじと侮辱した非礼を詫びさせていただこう、気高き年増メイドよ。だが、先ほどの攻撃でわかったであろう。おぬしの攻撃は私に通用せん。ましてや、その状態では、できることなどなにもあるまい」

「なにを、言ってるんだ。できてるじゃないか」

「なに?」 

 尊の力で、この連中をどうにかすることはできない。尊の躰は、変わらず黒ずくめたちに拘束されているし、気を抜いたら意識が飛んでしまいそうなぐらい頭もフラフラで、声を出すことすらおっくうなほどだ。

 だが、なにもできないわけではない。

 己の無力さは、情けないと思う。だが慧理那を守るためなら、どんな手段を取ろうと恥じる気はない。そのためならば、自分の矮小なプライドなど不要。いや、どんな手段を用いても慧理那を守り抜くことこそが、尊の誇り。

 この連中には何度か襲われているが、その経験と、やつらに襲われた人たちの経験談によって、いくつかわかっていることがある。

 まず、こいつらは人間に危害を加えてこない。面とむかって抵抗しても、気絶させられたりはするが、怪我をさせるようなことはしてこないのだ。逆にそういった相手には、敬意のようなものを表してくるという証言もあった。

 そして、かなりノリがいい。話しかければ、まず会話に応じてくれる。いま、こうやっているように。

 フッ、と笑みを浮かべる。

「時間稼ぎが、さ」

属性玉(エレメーラオーブ)ッ、兎耳属性(ラビット)!」

 尊の声に被せるように声が響いたと思った瞬間、慧理那を掴んでいた黒ずくめたちがふっ飛び、尊の躰を拘束していた力が消えた。

 倒れそうになった尊の躰を、誰かが抱き留めた。かすんでいく視界に、青と赤、二対のツインテールが映った気がした。

「あとは、頼むぞ、ツインテイルズ」

 最後の力をふり絞ってそう呼びかけると、尊は意識を手放した。

 

 

 ブルーは属性玉変換機構(エレメリーション)を解除し、倒れかけたメイドを抱き留めた。

「任せてください」

 気絶する寸前の彼女からかけられた言葉に、力強く返す。

 ここに着く前に、慧理那の護衛も兼ねているのだろうメイドたちが軽く殴られ、気絶させられているとトゥアールから伝えられていたのだ。この連中は、見た目からは想像できないが、普通の人間には太刀打ちできない身体能力を備えている。

 このメイドもそうだったはずだが、それでもブルーたちが来るまで意識を保っていたのは、慧理那を守るためだ。そんな彼女の期待を、裏切りはしない。

 レッドが、蟹を思わせるエレメリアンの前に立ちはだかった。

「ブルー、その人たちを頼むぞ!」

「オッケー、あんたこそ負けるんじゃないわよ!」

「おう!」

 レッドが剣を構えたところで、エレメリアンが声を上げた。

「グム~、見事だ、気高き年増メイドよ。ツインテイルズが来るまでの時間を稼いでいたということだな。あっぱれな心意気よ」

 言葉のあと、エレメリアンが改まった様子で構えをとった。

「さて、名乗らせてもらおうか。我が名はクラブギルディ。ツインテール属性とともに在る属性力(エレメーラ)項後属性(ネープ)を後世に伝えるべく日夜邁進(まいしん)する探究者よ!」

『気に入ってるんですかね、そのフレーズ』

 現場を基地で確認していたトゥアールが、通信越しに呟いた。

 ブルーたちが反応する前に、クラブギルディが言葉を続ける。

「ツインテイルズよ。我らが敬愛する隊長たちを破ったおぬしたちの強さと美しさ、すでに我らの間で知れ渡っておるぞ」

「そいつは光栄だな。じゃあ、なるべく大声で宣伝してくれよ。この世界には俺たち、ツインテイルズがいる。侵略なんかできっこないから、あきらめた方がいいってな!」

「なにを言うかっ、タイガギルディ様の仇を討たずして、生き永らえることなどできるものか!!」

「あの変態の部下か、おまえ」

「やってくれたわよね、あいつ」

「ほんとにな」

 告白を邪魔された時の怒りを思い出し、ブルーがボソッと呟くと、それが聞こえたらしいレッドも呟いて答えた。彼女の声にも、小さな怒りのようなものがあった気がした。

 レッドが、クラブギルディを正面に捉えつつ移動していく。クラブギルディもそれに付き合って離れていくと、ブルーと戦闘員(アルティロイド)たち、そして慧理那と、倒れたメイドたちが残された。

「尊っ!」

 様子を窺っていた慧理那がこちらに寄ってきたところで、抱き留めていたメイドをゆっくりと地面に横たえた。

 立ち上がると、安心させるために微笑んで告げる。

「大丈夫、気絶しているだけです」

「は、はい。来てくださったのですね、ツインテイルズ」

 慧理那の声は、どこか暗いものに感じた。いや、護衛であるメイドたちが、目の前でみんな気絶させられてしまったのだ。人間に危害を加えないとわかっていても、こんなものを見せられたら不安になって当然だろう。

「ごめんなさい。遅くなってしまって」

「そ、そんなことありませんわ!」

 ハッとした様子で、慧理那がブルーの言葉を否定した。

 言葉のあと、彼女は再び顔を曇らせ、言葉を続ける。

「悪いのは、あなたたちじゃありません。悪いのは」

『モケーッ!』

「っ!」

 戦闘員(アルティロイド)たちが声を上げたことで、慧理那の言葉が遮られた。

 ブルーはいったん彼女の前に出て構えを取り、うんざりしながら吐き捨てた。

「ええ。悪いのは、この変態たちです」

「っ」

 ブルーの言葉に、慧理那がかすかに息を呑んだように感じた。

「――――?」

「尊。みんな。ごめんなさい」

 なにかを悔やんでいるような、慧理那の小さな呟きが聞こえた。

 彼女が、これまで何度もアルティメギルに襲われていることに、引っかかるものはあった。信頼してくれているのは確かだし、嬉しくはあるのだが、いまの呟きの意味は。

 いや、いまはさっさと戦闘員(アルティロイド)を片づけよう。そう考えると、再び属性玉変換機構(エレメリーション)を発動する。

属性玉(エレメーラオーブ)兎耳属性(ラビット)!」

 発動と同時に、強化された跳躍力で横方向に鋭く跳んだ。一体の戦闘員(アルティロイド)に一瞬で近づき、天高く蹴り上げる。ダメージ自体は与えないよう、直前で力を押さえた、浮かせるための蹴りだ。

「モケッ!?」

 天に舞い上がった戦闘員(アルティロイド)が思い出したように悲鳴を上げるが、気にせず次の戦闘員(アルティロイド)にむかい、同じように蹴り上げる。時に拳で打ち上げるが、それを、その場にいるすべての戦闘員(アルティロイド)にくり返す。ラビットギルディのやったことを参考にした戦法だ。戦闘員(アルティロイド)の爆発は、エレメリアンに比べればずっと小さなものではあるが、いま地上で爆発させてしまったら、慧理那や倒れているメイドたちに被害が及ぶ可能性がある。

 戦闘員(アルティロイド)をすべて打ち上げると、最初に上空に蹴り上げた戦闘員(アルティロイド)目掛けて跳び上がり、蹴りを打ちこむ。その蹴りの反動で別の戦闘員(アルティロイド)にむかい、再び蹴りを打ちこんではその反動で別の戦闘員(アルティロイド)にむかうことをくり返す。

 最後の一体に打ちこむと慧理那のそばに降り立ち、ブルーはレッドとクラブギルディの方にむき直った。

「って、メチャクチャ速いわね、あのカニ」

 レッドが、クラブギルディに翻弄されていた。残像ができるほどの速さで、クラブギルディはレッドの攻撃を避けている。

 単純な速さで言えばドラグギルディ以上かもしれない、と思えるほどの速さであり、レッドが斬り裂いたあとに残像がようやく消えるほどだ。

 上空で戦闘員(アルティロイド)たちが爆発したが、ブルーは気にせずレッドの戦いを見つめる。

 斬りかかるレッドの剣を避けたと思った次の瞬間には、彼女の背後に回りこんでいて、そこからハサミで殴りかかったり、首の後ろをじっと見つめるという攻防が繰り返されていた。なにやらうなじがどうとか言っているが、首の後ろを見ているのは、レッドのうなじを見るためのようだった。あの隊長にしてあの部下あり、と言ったところか。

 遠慮がちに、声がかけられた。

「テイルブルー。あの、テイルレッドを助けに行かないのですか?」

「ええ。強くなるために、なるべく自分ひとりで闘わせて欲しい、と言われてますので」

「そう、ですか」

「大丈夫ですよ。あいつは、あたしの」

 そこで、口が止まった。なんとなく恥ずかしいことを言ってしまいそうになったからだ。

 なんて言おうかと悩んでいたところで、慧理那が首を傾げた。

「あいつは?」

「あいつは、あたしの、あ、相棒ですから!」

 なるほどっ、と慧理那が頷いた。

「沈んでばかりでは、駄目ですわよね」

 自分に言い聞かせるような、慧理那の呟きが聞こえた。

 慧理那は、気合を入れるように自分の頬をパチンと叩くと大きく息を吸いこみ、レッドにむかって大声を上げた。

「テイルレッドー! がんばってくださいましー!!」

 慧理那の声援に、ブルーの顔が思わずほころんだ。

 

 

 慧理那の声援が聞こえたレッドは、(つか)()その方向に視線をむけ、軽く目を見張った。わずかな時間で、あれだけいた戦闘員(アルティロイド)がすべて消えていたからだ。そのことに、ブルーと自分の力量差を感じ取る。

 遠いな、と思う。戦闘スタイルの違いはあるだろうが、自分が闘ったとしてもブルーのようにはいかないだろう。

 悔しくはある。だが、妬ましくはない。いまはただ、ツインテールと愛香(ブルー)を守るために強くなることだけを考える。それが、総二(レッド)愛香(ブルー)に誓ったことだ。その悔しさもバネにして、強くならなければならない。

「おりゃあ!」

 気合の声とともにクラブギルディ目掛けて剣を振るうが、やはり手応えがない。

「フッ、残像だ」

「チッ、またかよ!」

 さっきから何度もくり返された攻防である。最初に避けられた時は、レッドのうなじを見て、陰ながら美を支える土壌だとか、母なる大地に生命を育む海だのとのたまい、すばらしいうなじだと感動の涙を流してきた。

 問題はそのあとである。

「どりゃあっ!」

 再びレッドが斬りかかるが、またも手応えがない。

 背後から、風を感じた。

「カカッ!」

「くっ!」

 クラブギルディは、今度は殴りかかってきた。ふりむくと同時に剣を盾代わりにしてその攻撃を防ぎ、再び反撃するがやはり躱される。

 スピードだけならば隊長たちにも負けないと豪語してきたその速さは、実際に相対したレッドにも、ドラグギルディ以上かもしれないと思わせるほどだった。そこまで磨き上げた理由が、うなじを見るためだという至極残念なものではあったが、至高の幼女に背中を流して貰うために背中を守ってきた、とドラグギルディが言っていたことを思い出し、いろいろ複雑な気持ちになった。エレメリアンにしてみれば普通の理由なのかもしれない。

 それはともかく、ツインテールを切らないためだろう、ハサミで鋏みかかることはしてこないし、スピード以外は大したことはない。とはいえ、そのとてつもない速さでこちらを翻弄し、殴りかかってくる戦法は、かなり厄介なものがあった。

『レッド、確かに相手のスピードは脅威ですが、やつの動きには明確なパターンがあります。そこを突いてください!』

 明確なパターン。トゥアールのその言葉にハッとする。確かにクラブギルディは、うなじを見るためにレッドの後ろを取ることしかしていない。習性や生態と言えるぐらいに、その動きが染み付いているのではないか。

 ならば、罠を仕掛ける。

 そう考えると、剣を構え直してクラブギルディを見据えた。

 

 

 なんとすばらしいうなじだろうか。

 テイルレッドのうなじを見たクラブギルディは、感動に身を震わせた。

 先ほど見たお嬢様幼女のうなじもかなりのものであったが、テイルレッドのうなじは、

それとすら比較にならないものに思えた。

 それはおそらく、最強のツインテール属性があるためだろうが、逆に言えば、ツインテール属性と項後属性(ネープ)は相乗する関係にあるという、クラブギルディの探求し続けているものを証明するものと言えるのではないだろうか。クラブギルディはそう思った。

「残像だ」

「このっ!」

「残像だ」

「うなじを見るなああああっ!!」

「残像だ。そして、見る!」

 うなじを見るために、速さと眼を鍛え続けた。その二点に関しては、幹部エレメリアンにも劣る気はない。飛行能力は持たないため、あくまでも地上における速さだけだが、エレメリアンの中で最速を謳われる、死の二菱(ダー・イノ・ランヴァス)に所属する『神速の申し子』と称されるエレメリアンに迫るかもしれない、と言われるほどだった。視力も、どんな速い攻撃であろうと捉えることができると自負している。

 そのスピードでテイルレッドの攻撃を避けつつ背中に回りこみ、その眼でうなじを一瞬だけ見つつ攻撃を繰り出す。時折、美しさに見惚れて攻撃を忘れることがあるが、問題はない。

 テイルブルーのうなじも見たくはあるのだが、あちらはいまのところ、お嬢様幼女のそばから離れる様子がない。二人がかりであっても攻撃を避ける自信はあるが、とにかくいまは、テイルレッドのうなじ、もといテイルレッドとの闘いに集中することにする。

 惜しくはあるが、そろそろ勝負を決めよう。そう考えると、クラブギルディはハサミに力を集中した。

 クラブギルディの必殺の技は、ハサミで切り裂くこと、ではない。それではツインテールとうなじを傷つけてしまうおそれがある。それらを傷つけないために体得した、強固なハサミで行なう必殺のパンチ。それが、クラブギルディの必殺技(フェイバリット)

 テイルレッドが剣を構え直し、クラブギルディを見据えた。

完全開放(ブレイクレリーズ)!」

 テイルレッドが声を上げるとともに、その剣が形を変え、炎を噴き上がらせる。

 思いっきりその剣を振りかぶり、テイルレッドが斬りかかってきた。

 チャンス。

 大技ならば、相応の隙がある。

 いままで同様に躱して、テイルレッドの背後を取る。テイルレッドは返す刀で、背後に回ったクラブギルディに再度斬りつけてくるが、それもなんなく躱してまたも背後を取り、体勢を崩しているテイルレッドに対してハサミを振りかぶった。

「っ?」

 なにか、違和感があった。

 まだ数回しかテイルレッドの闘いは記録されていないが、彼女は大技を放つ時、『オーラピラー』という結界でエレメリアンの動きを捕らえていたはずだ。

 今回はそれを使わず、これ見よがしに斬りかかってきた。まるで、クラブギルディの動きを誘うように。

「オーラピラー!」

「っ!?」

 クラブギルディの違和感を肯定するかのようにテイルレッドが声を上げた瞬間、クラブギルディの視界が赤く染まり、躰が動かなくなった。

 なにも、見えぬ。

 誘い。罠だったのだと、クラブギルディは悟った。

 その驚愕以上に、うなじが見えないことへのとてつもない恐怖が心を支配した。

「う、うなじがッ、うなじが見えぬうううーーー!?」

「グランド・ブレイザー!!」

 恐怖を抑えきれず叫びを上げたところで、なにかがクラブギルディの躰を斬り裂いた。

 躰から、力が抜けていく。

「う、な、じ」

 せめて、最期にもう一度うなじが見たかった。

 そう思ったところで、なにかが見えた。

 いや、なにかではない。うなじだ。ツインテールから覗く、見事なうなじだった。ただ、見たことがないうなじに思えた。

 いままで見たうなじほど、瑞々(みずみず)しさを感じないのだ。だが不思議なことに、いままで見たうなじにはない、包みこんでくるようななにかを感じた。母性とでも呼ぶものなのではないか、となぜか思った。

 あの年増メイドが、ふっと頭に浮かんだ。

 これは、あの年増メイドのうなじなのだろうか。

 言葉にすると、そうだとしか思えなくなった。そこでクラブギルディは、ハッと気づいた。

 自分はこれまで、うなじのすばらしさをみんなにわかって貰いたいと、広めたいと思ってきた。うなじの可能性を探求し続けてきた、つもりだった。

 だが自分が見てきたのは、年若い少女のうなじだけで、年増のうなじなど見る価値がないと切り捨ててきた。年経たことで(はぐく)まれる魅力というものに、眼をむけてこなかった。よくそれで、探求者などと名乗れたものだ。

 フッ、と苦笑する。己への不甲斐なさはある。しかしそれ以上に、最期にそのことに気づけたことへの、奇妙な喜びがあった。

 気高き年増メイドよ、感謝するぞ。

 クラブギルディは、そっと眼を閉じた。うなじが見えないことに対する恐怖は、もうなかった。

 

 

 クラブギルディが爆散し、レッドが剣を消した。ふうっ、とレッドが息を吐いたのが聞こえた。

 あえて大技を避けさせて、剣から放ったオーラピラーをその場に停滞、二撃目を躱したクラブギルディが再びレッドの背後に回ったところで、停滞させていたオーラピラーを発動させ、トドメを差す。お見事、とブルーは思った。

 レッドはまだ数えるほどしか闘っていないが、一戦一戦ごとに動きがどんどんよくなっているのがブルーから見てもわかる。それに加えて、ブルーよりずっと強いツインテール属性によって、気力が漲れば単純なパワーやスピードはブルーよりも強くなるらしい。もっとも、技量に関してはブルーの方がずっと上のため、レッドの方がブルーより明確に強いというわけではないそうだが。

 しかし、ドラグギルディのような強さを持つ相手には、単騎で勝つのは難しいだろう。コンビネーションに磨きをかけなければならない。

 トゥアールの言葉を思い出す。

 ――いいですか、総二様、愛香さん。あなたたちはひとりひとりでは単なる火ですが、二人合わされば炎となります。炎となったツインテイルズは、無敵です。そしていつか、お二人の必殺技が重なることで、それぞれ単独で放った時の二倍、いえ十倍の破壊力となるであろう『テイルドッキング』を!

 なにを期待しているんだ、というか二人の必殺技が重なるだけでは二倍すら難しくないだろうか、それはそうとなんでサングラスをかけたうえで帽子を被ってるんだ、あとツッコミどころはひとつにしておいてくれ、などといろいろツッコみたくはなったが、言わんとすることはわかった。トゥアールも重なると『火炎』になるらしいが、それは置いておく。

「ツインテールで相乗される美。うなじ、か」

 レッドの呟きが聞こえた。なにか心に響いたのか、どこか遠くを想っているようにも思えた。

 ツインテール関連というか、愛香との触れ合いで遣われるのだろうか、と思うと、顔が熱くなった。

 レッドがふりむき、こちらに駆け寄ってきた。ブルーは微笑んで出迎える。

「おつかれさま、レッド」

「おう。ブルーもおつかれ。メイドさんたちは?」

「ん、大丈夫よ」

「はい。気を失っているだけですわ」

「そっか。よかった」

 返された答えに、レッドがホッと安堵の息を吐いた。慧理那もようやく安心したのか、微笑みを浮かべていた。

「ありがとうございます。テイルブルー、テイルレッド」

「いえ、遅くなってしまってすいません」

 レッドの言葉に慧理那がまた、ほんの一瞬だけ表情を暗くしたような気がした。

 レッドもそれに気づいたようだったが、気を取り直した様子で言葉を続ける。

「ブルーから聞きました。こんな目に何度も遭って、こわいだろうと思います。けど、絶望だけはしないでください。俺た、じゃなくって、私たちが守りますから」

「こわくなんてありませんわ! 信じていましたもの!」

 慌てた様子で、しかしどこか感激したように慧理那が声を上げた。いままでブルーは、慧理那を助けてもすぐに立ち去っていたため、会話をすることはほとんどなかった。ヒーローに憧れているという慧理那は、ずっとこんなふうに話したいと思っていたのかもしれない。

 そのことに多少の罪悪感はあるが、正体がバレるのはまずい。そろそろ撤収しなければ。

「レッド。もう」

「あなたがツインテールを愛する限り、私たちはいつだって駆けつけます」

「ツインテールへの、愛――」

「――――?」

 レッドの言葉に、慧理那が顔を曇らせた。なぜか、先日ツインテール部の部室で彼女が動揺した時のことを思い出した。

 気にはなったが、いまはとりあえず帰ろう。この姿で突っこんだ会話をするわけにはいかない。

「レッ、っ!」

「あ、あのっ」

「えっ、――――あぁっ!?」

 ブルーの言葉が止まり、慧理那が戸惑いながら声を洩らし、自分のやっていることに気づいたらしきレッドがハッとした様子で声を上げた。

 レッドが、慧理那のツインテールを触っていたのだ。それもどこか、ウットリした様子でだ。

 暗いものが心に浮かび、呼びかける。思った以上に低い声が出た。

「レッドォ?」

「う、浮気じゃないぞ!? 落ち着いてくれ、ブルー! 俺にはおまえだけだから!」

「浮気?」

 レッドが慌ててブルーを宥め、慧理那が不思議そうに呟いた。

「ご、ごめん、会長っ、それじゃ!」

「っ、属性玉(エレメーラオーブ)髪紐属性(リボン)!」

 ブルーは属性玉変換機構(エレメリーション)を発動すると、慧理那から離れたレッドの手を取って空に飛び上がった。

 ある程度離れたところで、レッドの両脇に手を差しこみ、吊り下げるような体勢に変え、呼びかける。

「そーじ」

「ま、待ってくれ、愛香っ、浮気じゃないんだ!」

「そっちはあとで。会長なんて呼んで、バレたらどーすんのよ!」

「あっ」

 いまさら自分が言ったことに気づいたらしい。呆然とした声が、ブルーの耳に届いた。

 少し考えこんだあと、レッドが口を開く。

「い、いや、大丈夫だろ?」

「根拠は?」

「根拠っていうか、さすがにテイルレッドの正体が男だとは思わないだろうし」

「まあ、確かにそうかもしれないけど。とにかく、気をつけてよね。結局、例の言葉も言っちゃったし」

「いや、あれは言わなきゃいけないだろ」

 真顔で返されたレッドの言葉に軽く苦笑する。

 気を取り直し、ブルーは笑顔をむけた。

「じゃあ、浮気のことについて話しましょうか?」

「――――、――――」

 レッドの引きつった笑顔が、ブルーに返された。

 

 

*******

 

 

 クラブギルディを斃したあと総二は、帰還中ひたすら謝り倒した。

 浮気では決してない。俺にはおまえだけだ。おまえ以上に大切な人は、俺にはいない。

 必死になって説得した。ドラグギルディとの闘いの時以上に必死だったかもしれない。

 帰ったあとも説得は続いた。

 拗ねた彼女も可愛かったが、だからといってこのままというわけにはいかなかった。

 おだてるとかそんなことは考えなかった。心からの言葉を伝え続け、彼女を抱き締め、ツインテールを触りつつ、頭をなで、ツインテールにキスをした。

 愛香の顔が真っ赤になり、総二の躰も熱くなっていた。

「もう、あんなことしないでね?」

「ああ。ほんとにごめん」

 どうにか機嫌を直してくれた愛香に感謝と謝罪をしつつ、風呂上がり恒例のご褒美タイムである。

「それじゃ、今日はなにして欲しいの、そーじ?」

「えーっとな」

 クラブギルディの話を聞いて、興味が湧いたことがある。

「う」

「うなじ?」

「う、うん」

 顔を赤くしたままの愛香に先んじて言われ、恥ずかしくなりながらも頷く。

「う、うん。わかったわ。じゃ、じゃあ、どうしよっか?」

「え、えっとだな」

 口ごもりながら総二はベッドに腰掛け、眼をパチパチとさせた愛香に告げる。

「その、背中をむけて膝の間に座ってくれないか?」

「――――うん」

 恥ずかしそうにしながら、総二の言う通りに愛香が座った。

「んっ」

 総二は手を愛香の前に回し、軽く抱き締めた。

 躰が熱くなるが、愛香の躰の柔らかさとか体温から意識を逸らし、うなじを見る。

 なるほど、と総二は思った。

 確かに、ツインテールとお互いを引き立たせるという姿勢には、大いに学ぶべき点がある。愛香の美しいツインテールと、そのうなじを注意深く見ていると、引きこまれるような妖しい魅力を感じた。

 愛香のうなじが、さっきよりちょっと赤くなった気がした。

「そ、そーじ、ちょっと恥ずかしいんだけど、これ」

「い、嫌か、愛香?」

「い、嫌ってことはないけど、そうやって見つめられてると、やっぱり恥ずかしいかなって」

「そ、そうか。けど、ごめん。もうちょっと見せてくれないか?」

「う、うん。いいよ」

 愛香の答えにホッとし、再びうなじを見つめる。

「――――」

 恥ずかしさからか、愛香のうなじに赤みが増していく。総二も気恥ずかしさを覚え、顔がますます熱くなってくるのを感じた。それでも愛香のうなじから眼を離さず、抱き締めた腕を解くこともしない。

 そういえば、と総二はふと思った。

 トゥアールもアルティメギルも、総二が告白、あるいはそれに相当するキスなどを行なおうとした時に出てくる。国外にアルティメギルが現れ迎撃に出た時もあり、本気でお祓いしてもらうべきではないかと悩んだぐらいである。そのあとでなぜ続けないのかと言えば、そんな空気になったあとで成功させても嬉しくないというか、いろいろむなしいからだ。できることなら、愛香との思い出は大切にしたかった。

 それはともかくこのように、抱き締めるといったことなどでは、なぜか出てこない。

 いままでは、とにかくチャンスを見つけて告白やキスをすることだけを考えていたが、アプローチを変えてみるのも手ではないだろうか。どのぐらいの行為までなら邪魔は入らないのか、それを見極めることで告白する隙を見出せるのではないか。総二はそう思った。

 なんで告白するのにこんな苦労をしなければならないのか、という根本的な疑問は置いておき、行動に移る。

「――――」

「ひゃっ!?」

 抱き締めたまま愛香のうなじに息を吹きかけると、彼女の口から戸惑いの声が洩れた。気にせずもう一度吹きかける。

「そ、そーじっ、くすぐったいよっ。も、もうっ」

 愛香の言葉に、息を吹きかけるのをやめる。

 思った通り、この程度なら出てこない。

 次だ。成功するかはわからないが、総二の推測が正しければ出てこないはず。躰が熱くなるが、意を決してうなじに顔を近づけ、口づけた。

「っ、そ、そーじ!?」

 当然ではあるが、愛香はさっき以上に驚いたようだった。抱き締めた腕にさらに力をこめ、うなじに吸いつくと、愛香の躰の熱がますます高まっていくのを感じた。

「あっ、んっ、そーじっ、んんっ」

 愛香の口から、甘く感じる声が洩れた。その声に総二も昂ってくるが、いろいろ我慢してなおも吸い続ける。

 賭けに、勝った。頭の片隅でそう思った。この程度なら、やはり出ない。

「やっ、そーじっ、んっ」

 やっ、と言っているが、本気で嫌がってはいないはずだ、と総二は思った。愛香が本気で嫌がっていたら、総二はとっくにぶっ飛ばされているだろう。冷静に考えるとかなり情けない気がするが。

 抱き締めたままうなじにキスを続けると、愛香の口から洩れ出る甘い声が、艶を増してきた気がした。その反応に総二の躰の熱も上がり、彼女の唇にキスをしたくなるが、根性で耐える。ここでそこにむかったら、どちらかが出てくるだろう。アルティメギルは昼に出てきたため、多分トゥアールの方だ。

 うなじにキス程度なら出てこないことがわかった。こうやって、ちょっとずつ攻略していくのだ。ツインテールは一日にして成らず。千里のツインテールも一歩から、だ。

 なんだか自分でもなにを考えているのかわからなくなっている気がするが、いろいろな意味で余裕がなくなっているのでそれもしょうがない。とにかく、次の攻略に移る。

 次は、ここだ。

 そう考えると、愛香の首に狙いをつける。

「そっ、そーじぃ、んんっ」

 愛香の首の横に吸いつくと、さっき以上の甘い声が洩れた。

 出てこない。(つか)()だけそう考えると、愛香の声に集中する。

 どんどん声が甘くなっていくように感じ、総二の頭もさらに昂ってきた。衝動のまま、もっと強く吸い上げる。首に、キスマークができてしまうかもしれない、とふと思った。

「そ、そーじぃ、みんなにからかわれちゃうよぉ」

 愛香もそう思ったのかもしれない。蕩けたような彼女の言葉にそう考えると、いったん唇を離した。

「あ、愛香は俺のだ、って証拠をっ」

「も、もうっ」

 愛香が、ふりむいてはにかんだ。

 愛香の真っ赤な顔と、ふりむくと同時に美しく(なび)いたツインテールを見た瞬間、これまでなんとか押しとどめていた衝動が、総二の理性を吹き飛ばしたような気がした。

「きゃっ!?」

「っ!?」

 気がつくと、愛香をベッドに押し倒していた。

 ――――ままよ!

 こうなったら押し通すしかない。敗れた己の理性を不甲斐なく思うものの、総二はそう考えると、驚きながらも期待に瞳を潤ませる愛香の唇へ自分の唇を近づけていく。

「やらせませんよ!」

 一気にキスを敢行しようとしたところで、どうやって察知したのかトゥアールが扉を開けて姿を現した。

 だが、この距離なら間に合うはずだ。そう考えた瞬間、なにかが総二の躰を捕らえた。

「っ!?」

 反射的に愛香から顔を離して自分の躰を見下ろすと、フックのような物が総二の躰を捕らえていた。フックからはワイヤーのような物が伸びており、それはトゥアールの肩に付いている、タイヤらしき物から出ていた。

「うおっ!?」

『タイヤコウカーン!』

 浮遊感を覚えるとともに愛香から離され、トゥアールの方に引っ張られた。

 その直後、謎の音声がどこからか響くとともに、トゥアールの肩に付いていたタイヤが外れ、どこからともなく飛んできたタイヤが、今度は彼女の両肩に装着された。両方とも、さっき付けていたタイヤより大きい。

 一瞬ののち、総二の躰が床に打ちつけられた。フック付きのタイヤはトゥアールの肩から外れたものの、伸びていたワイヤーが意思を持っているかのように総二の躰を縛り上げたため、愛香とトゥアールを見ていることしかできない。

「トゥアールッ!」

「S×A妨害ツール・弐式(セカンド)、トゥアールたいやー! 愛香さん、覚悟! 完裂・トゥアール・らじある・いんぱくとおおおおーーー!!」

 怒りに目を吊り上げた愛香にむかって、両肩のトゥアールたいやーを回転させたトゥアールが突進していく。それを真っ向から受けて立つように、愛香が構えた。

 激突する二人を見て総二は、今日も告白が失敗したのを思い知った。しかし、落胆はない。

 少なくとも一歩は前進できたはずだ。この調子でちょっとずつでも攻略を進め、いつか本懐を遂げてみせる。

 片方のトゥアールたいやーを破裂させ、全身全霊を傾けたブレーンバスターでトゥアールの脳天を床に叩きつけた愛香の姿を見ながら、総二は改めて誓ったのだった。

 

 




 
テキサス・ブロンコ、執念の一撃ー。

クラブギルディのスピード評は盛ってるようで盛ってない気がしたり。剣で切り裂いたあとに残像がようやく消えるって。

尊さんはキャラ的にはとても好きです。でも総二×愛香だからあきらめてください尊さん。

少しずつ近づくテイルイエローの出番。
技のブルー、力のレッド。
力と技のテイルイエローになれるのか。できるのか。
 

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