あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

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トゥアールさんの出番はしばらくお待ちください。
なお、双房とはツインテールのことです。

二〇一四年十二月一日  初稿
二〇一五年七月五日   修正



1-2 双房への想い / 青の変身

「え?」

「え、ええっと」

 謎の少女からの、彼女自身の髪型を指して、ツインテールと思えるかという謎の問いかけに、愛香は総二と顔を見合わせ、二人で戸惑いの声を漏らす。

 ツインテール、だろう。少なくとも彼女の髪型は、ツインテールと言っていいはずだ。それなのに、なぜかツインテールだと思えない。

 総二のようなことを考えているな、と思いつつ、少女のどこか切実な様子に、愛香はどう答えるか悩む。総二も同じなのだろう。困った顔をしていた。

 答えを返せない愛香たちの反応から悟ったのか、少女がため息を吐き、沈んだ様子で肩を落とした。

「そう、か。やはりツインテールには、思えぬか」

「あ、いや」

「そ、その」

「いや、かまわぬ。おそらく、そうであろうとは思っておったからな」

 愛香たちの言葉を遮り、カラっとした調子で少女が言う。だが少女の声は、どことなく悲しそうに思えた。失望、というより落胆だろうか。自分でも成功するとは思っていなかったが、実際に失敗したのを()の当たりにしてしまった時のような、そんな虚しさらしきものを感じた。

「まあ、それはよい。それはそれとして、もうひとつ聞きたいことがある」

 自分に言い聞かせるような言葉のあと、少女は再び真剣な雰囲気になる。

 今度はなにを聞いてくるのか。愛香は、総二と顔を見合わせると、言葉を促した。

「なに?」

「うむ。おぬしたち、ツインテールは好きか?」

「は?」

「大好きだ!!」

 またも意図の掴めない言葉に、愛香は固まり、総二は即答した。その即答したツインテール馬鹿は、自らの失言を隠すかのように、すぐに口を押さえていたが。

 総二の答えを聞いて、笑顔のような表情を浮かべた少女が、嬉しそうな雰囲気で口を開く。

「うむ、やはり、そうか。では、おぬしは?」

「まあ、好きよ。愛着だってあるし」

 不思議と似合う、妙に時代がかった口調で質問してくる少女に、愛香は戸惑いながら答える。

 警戒を解いたわけではないが、表に出すことはないだろう。先ほどの少女の様子から、そう思った。

「おおっ、そうか、そうか。その一心に磨かれたツインテールは、伊達ではないようだな。うむ、実に結構なことだ。しかし、おぬしのそのツインテールには、なにか複雑な想いもこめられているようだが」

 愛香の返事を聞いた少女は、やはり嬉しそうに返しながらも、途中から少し戸惑ったように言葉を紡いでくる。

 愛香は、少女の言葉に一瞬硬直し、警戒心を強めた。なぜ、そんなことがわかる。この少女は何者だ。

 愛香の反応を気にした様子もなく、少女は腕組みをして、仁王立ちとなった。不敵な笑みを浮かべた――そんな雰囲気――少女が、堂々と言葉を続ける。

「だが、全宇宙、全世界を並べ、ツインテールを愛する心にかけては、我の右に出る者はないと自負している!! そのように愛する心を隠すようでは、まだまだよ!!」

「は?」

「なっ!?」

 少女のいろいろとヒドイ言葉に、愛香の緊張感が失せていく。隣のツインテール馬鹿、もとい総二は、どこか感銘を受けた様子だったが、呆れていたのだと思いたい。

「あー、うん。あんたがツインテールを好きなのはわかったけど、それがあたしたちと何の関係があるわけ?」

 愛香は、呆れながら少女に問いかける。警戒は完全には解いていないが、こんなことを言ってくる相手が、わざわざ自分たちに害を為すとも思えなかった。

 愛香の問いを受けた少女が、不敵な笑顔っぽい表情を消し、まじめな顔で返事をしてくる。

「うむ。ひとつ、いや、二つ確認したいことがあったからだが、それはもう済んだ。だが、用はもうひとつあってな。すまぬが付き合ってもらうぞ」

「は? なにを言って」

 少女は答えると、ペンと紙のような物を取り出した。

 やはり意味がわからない少女の言葉に、愛香が説明を求めようとしたところで、視界を、閃光が包んだ。

 

「え? つっ!?」

 光が消え、視界が元に戻る。同時に目と鼻に刺激を感じ、思わず鼻を手で覆うとともに、目を固く閉じた。

 ゆっくりと目を開け、愛香は周りを確認する。どうやらこの刺激は、煙によるもののようだった。

 空が、見える。車が並んでいることから、どこかの屋外駐車場のようだった。

 そこまで考えてから、さらに周りを見渡すと、見覚えのある場所であることに気づいた。

「ここって、マクシーム宙果(そらはて)? どうして俺たち、こんなところに?」

 呆然とした総二の声が、愛香の耳に届く。愛香も、まったく同じ気持ちだった。

 地元最大のコンベンションセンターである、マクシーム宙果(そらはて)。この場所は、学校の行事などで利用することもあるのだが、さっきまで自分たちが居たアドレシェンツァからは、車で二十分はかかるはずなのだ。時計を確認するが、そんな時間は経っていなかった。

「ふむ。すでにはじめておったか」

 少女の声が、愛香の耳に届いた。

 おそらく、この少女がなにかしたのだろうが、遠く離れた場所へ瞬時に人を移動させるなど、そんなことが可能なのか。

 大人げない、などと言ってる場合ではない。得体の知れない相手に再び警戒心が高まり、威圧するように彼女に問いかける。

「あんた、あたしたちに、なにしたの?」

「言ったであろう。もうひとつ、用があると」

「だから、なにをっ」

 かなり強くプレッシャーをかけているつもりだが、少女は、まったく気にした様子もなく答えてくる。

 またも意図が掴めない言葉に愛香が問い返そうとしたところで、耳をつんざくような轟音が鳴り響き、途中で思わず言葉を止める。

「今度はなんだ!?」

 叫ぶ総二とともに、轟音がした方にむき直る。

 車が、なにか別のもののように、宙を舞っていた。

 一台だけではなく、何台も。次々と打ち上げられ、重力に負けて落下し、燃え上がる。

「嘘、だろ、こんな」

 さっき以上に呆然とした総二の声が、聞こえた。映画などのフィクションにおいてはそれなりに目にするシーンではあるが、現実に起こりうる光景とは思えなかった。その気になればできるかもしれないが。

「む、少年よ。あまり、我のそばから離れるな。認識攪乱の効果範囲は、然程広くないのでな」

「にんしき、かくらん?」

 炎上する車の方にフラフラとむかおうとしていた総二は、少女の言葉にぼんやりと聞き返すと同時に足を止め、愛香と少女のそばに戻ってくる。見た目、総二よりも幼い少女が『少年』と言えば違和感があるはずだが、なぜか妙にしっくりきている気がした。

「まあ、我のそばにいれば、見つかりはせん。それよりも。あれを見よ」

「あれ?」

 少女の言葉に不思議そうに聞き返しながら、愛香は総二とともに、彼女が指さす方に眼をむけた。

 広い駐車場の真ん中に、なにかがいる。

 再び、総二の呆然とした声が、愛香の耳に届いた。

「なん、だよ、あれ」

「――トカゲ?」

 総二の言葉に、愛香も呆然と続ける。

 凶悪そうな目。岩ですら噛み砕くのではないかと思える牙。背中から尾の先まで無数に屹立する、触れれば怪我をしそうな、刃のごとき背びれ。

 蜥蜴(とかげ)を思わせる二足歩行の怪人。そうとしか言えない存在が、そこにいた。

 甲冑に身を包み、頭には角を生やしている。身長は、二メートルはあるだろう。キグルミかと思いたかったが、歩くたびにアスファルトにヒビを入れる重量感や、遠目に見ても感じる凄みが、それを否定していた。

「っ!?」

「か、怪物!?」

 ここに来てようやく目の前の光景を受け入れ、愛香は絶句し、総二は驚愕の声を上げた。

 怪物が、車を片手で無造作に弾き飛ばす。大した力を入れているようには見えなかったが、車は軽々と宙を舞う。あの怪物は、どれだけの力を持っているというのだ。

 怪物が、口を開いた。

「者ども、集まれい!」

「え?」

「に、日本、語?」

 怪物の腕力にも驚いたが、その口から放たれた言葉に、愛香は総二とともに再び驚く。

 人間の言葉。それも、達者な日本語。愛香は、次から次に起こる出来事についていけず、言葉を失うしかない。それは、総二も同じようだった。

「ふはははははは!!」

 それなりに離れた距離であるにも関わらず聞こえる、よく通る野太い声で、怪物が高笑いをはじめる。

 いったい、なにを言うつもりなのだ。

 愛香はそれを、呆然と見つめることしかできなかった。

 

「この世界の生きとし生けるツインテールを、我らの手中に収めるのだーーーっ!!」

 

「ブウウウーーーー!?」

「はい?」

 蜥蜴の怪物の、致命的に単語を間違ったようにしか思えない血迷った叫びに、総二は吐血せんばかりに吹き出し、愛香は言葉の意味がさっぱりわからず間の抜けた声を漏らす。いや、意味はわかる。なんでツインテール。生きとし生けるってなんだ。手中に収めてどうするんだ。愛香の頭に、いろいろなツッコミの言葉が浮かんでは消えていく。

 とりあえず、総二に声をかけることにした。

「そーじ、あんたキグルミなんか着て、なにやってんのよ?」

「俺じゃねえよ!」

「はっ!?」

 総二から返された叫びによって、愛香は気を取り直す。少し混乱していたようだ。

 先ほどの怪物の言葉を受けてか、全身が黒一色の、薄気味の悪い集団が現れた。

「モケェーーーーー」

 奇妙な鳴き声を上げた集団は、全員が同じ恰好をしている。戦闘員といったところなのだろうか、妙な形のマスクはお揃いであり、カサカサと虫のように小刻みな早足で、辺りに散って行く。

 その内の何人かが、女の子を捕まえていた。その捕まった全員が、ツインテールだった。

 先ほどの怪物の言葉。ツインテールを手中に収める、という言葉を思い出す。

「手にする、って。ツインテールの女の子をかっ?」

「あいつら、いったいなにする気なのよっ?」

 総二も思い出したのだろう。彼とともに、愛香は小声で慌てる。

 視界の端に映る少女は、怪物ではなく、自分たちの方を観ている気がした。

 

 怪物は肩を怒らせながら、語気荒く声を張り上げる。

「それにしても、なんと嘆かわしい! これほどまでにツインテールが少ないとは! これだけ電気と鋼鉄にまみれていながら、石器時代で文明が止まっているようだな!!」

 どういう判断基準なんだ、それは。怪物の戯言にしか思えない言葉を聞き、愛香の頭が痛くなった。

「まあ、よい。それだけ純度の高いツインテールを見つけられるというものだ。者ども、隊長殿の言葉を忘れるな。極上のツインテール属性は、この周辺で感知された。草の根分けても探し出すのだ! 兎のぬいぐるみの耳を持って泣きじゃくる幼女は、あくまでついでぞ?」

「モケ? モケェ」

「うむ、言われるまでもない。究極のツインテール属性の奪取は我らの悲願。だが俺も、武人である前にひとりの男なのでな。やはり、ぬいぐるみを持った幼女も見たいのだ! 見つけた者には、褒美を遣わすぞ!!」

 黒ずくめの言葉は、愛香には理解できないが、怪物には関係ないらしく、問題なく意思疎通を行っているようだった。言葉の内容は、問題だらけというか、鉄柱でぶん殴りたくなるような世迷言だったが。

「大人に用はない! 手早くつまみ出せ! 多少手荒に扱っても構わぬが、怪我はさせるでないぞ!」

 黒ずくめたちは、速やかに怪物の指示をこなしていく。何気(なにげ)に気を遣っているらしいことが、言葉の内容からわかった。

 黒ずくめのひとりが怪物に近づき、声を上げた。報告なのかもしれない。

「モケー」

「なん、だと? ぬいぐるみを持っている幼女が、いない!? むう、女がぬいぐるみを持たぬなら、持たすのが男の甲斐性というもの。構わぬ、連れてまいれ!!」

 黒ずくめの声に愕然とした怪物が、気を取り直したように指示を返す。指示と呼ぶべきか悩むが、多分、指示なのだろう。パイプ椅子で思いっきり殴り倒したくなるような暴言ではあるが。

 幼い女の子の悲鳴が、耳に届く。

「たすけてーっ!!」

「あすかちゃんっ!!」

「っ!」

「そーじ!」

 泣きじゃくる幼い女の子が怪物の前に連れてこられ、その子の母親と思われる女性が、黒ずくめたちに抑えこまれていた。それを見た総二が飛び出そうとするのを、愛香は腕を掴んで引き留める。

 怪物は、少女に危害を加えるつもりはないようであり、むしろ、ぬいぐるみを渡して、あやしているようだった。それを見たことで、総二も様子を窺うことにしたようだ。黒ずくめたちに取り押さえられている女性の方を見ると、彼女もやはり困惑した様子だった。

 彼らは、人間を傷つけるつもりはなさそうだが、あの怪物は、車を軽々と吹き飛ばすような力を持った相手である。愛香と総二が二人がかりで戦いを挑んでも、どうにかするのは難しいだろう。

 愛香はそう考えると、なにかを知っていると思われる少女の方に、総二とともに顔をむける。

 総二が、少女に問いかけた。

「なあ、きみ。きみはこのことを、いや、あいつらのことを知っていて、俺たちを連れて来たんだろ? あの怪物は」

 問いかけの途中で怪物たちの方を見た、総二の言葉が止まった。呆然とした呟きが、彼の口から漏れる。

「会、長?」

「えっ!? ほ、ほんとだ! あれ、会長じゃないっ!」

 総二の呟きに、愛香も慌てて彼の視線を追うと、制服のままの、神堂慧理那生徒会長の姿があった。

 彼女は、黒ずくめ二人に両腕を捕らえられ、強引に引っ張られていた。体育館では、彼女を見守るかのようにお付きのメイドたちがひっそりと付き従っていたが、いまは、どこにもその姿がない。

 慧理那は、大事そうになにかを抱えている。はっきりとは見えないが、子供向け特撮番組の玩具のように思えた。

「離しなさい!」

 怪物の目の前に連れて来られながらも、慧理那は毅然とした態度を崩さない。

 なにかを確かめるかのように、怪物が慧理那の全身をじっくりと見ている。

 そして、称賛するかのような怪物の声が、辺りに響いた。

「ほほう、なかなかの幼子! しかも、どうやらお嬢様のようだな! お嬢様ツインテールとは、まさに完全体に近い! 貴様が究極のツインテールかっ!!」

「きゅ、究極っ!? いえ、それよりも、あなたは何者なんですの!? 人間の言葉がわかると言うのなら、いますぐほかの子たちを解放なさい!!」

「わかるとも。ゆえに、こうして意思の疎通ができておるのだからな。そして、解放はできぬ、と言わせてもらおう」

「では、答えなさい! なんのために、こんなことをするのです!」

「それは、すぐにわかる。まずは、もののついでよ」

 慧理那の言葉をどこ吹く風とばかりにいなした怪物が、大きなぬいぐるみを彼女に差し出した。なんとなくだが、怪物の鼻息が荒くなったような気がした。

「貴様は、この子猫のぬいぐるみを持つがいい! 敵意もまた愛らしさと光る腕白な幼女には、この子猫のぬいぐるみがよく似合う!! さあ、抱けい!!」

 黒ずくめたちが、横幅三メートルはありそうな、ピンク色のソファーを担いできた。

 どこから持ってきたんだ、あれ。怪物の言葉の内容のためにいまいち緊張感を保てず、愛香はそんなどうでもいいことを考えてしまう。

 怪物は、ぬいぐるみを慧理那に押し付け、そのままソファーに座らせた。

 ぬいぐるみを持ってソファーに座った慧理那を見た怪物が、腕組みをして、うんうんと頷き、満足する仕草を見せる。

「おまえたち! この光景を、しかとその目に焼き付けよ! ツインテール、ぬいぐるみ、そしてソファーにもたれかかる姿! これこそが、俺が長年の修業の末に導き出した、黄金比よっ!!」

「モッケケケケーー!」

 それは多分、金メッキなんじゃないか。いろんなものに喧嘩を売ってるかのような暴言と、それに賛同するかのごとき複数の甲高い鳴き声に、愛香の頭がさらに痛くなった。

 

「ふ、あやつめ」

 少女が、どこか嬉しそうに呟くのが聞こえた。愛香が眼をむけると、少女は笑顔らしきものを浮かべ、怪物の方を見ていた。

「とにかく、あいつらがツインテールの子を狙ってるってのはわかった。それで、俺たちはなにをすればいいんだ? なにかができるから、ここに連れて来たんだろ?」

「む? うむ」

 総二が、足を少し震わせながらも少女に質問する。どこか嬉しそうにしていた少女は、総二の足の震えを気にすることなく、まじめな顔になるとひとつ頷いた。

 愛香には、この少女の方が、あの怪物以上に得体が知れないものに感じる。そんな相手を、信じていいのか。

 そう悩んでいたところで、地が揺れ、轟音が響き、愛香は慌てて慧理那たちの方をふりむく。

「そーじ、捕まった人たちが!」

 愛香が指を差す方に、総二も再び顔をむけた。

 車は大半が蹴散らされ、駐車場の中心部に、捕まった少女たちが一列に並べられていた。まるで、なにかの儀式場のようだった。

 気絶しているのだろうか、先頭の少女が、直立したまま宙に浮く。そのまま、直径三メートルはある、金属製らしき輪っかの中心を目掛けて、少女たちが飛んで行く。あの輪をくぐったら、どうなってしまうのか。

 死。

「っ!!」

 最悪の状況を予想してしまい、愛香は思わず自分の目を手で覆う。

 総二の息を呑む音が、聞こえた。

「なっ!?」

 その一瞬あと、愕然とした総二の声が聞こえ、愛香は指と指の間から、恐る恐る少女たちの方を見た。

「えっ?」

 呆然とした呟きが、愛香の口を衝いて出る。ツインテールが、ほどかれていた。

 ひとりだけではない。輪っかをくぐらされた少女たちのツインテールが、次々とほどかれていく。

 最後に慧理那もくぐらされ、そのツインテールが、やはりほどかれた。

 ツインテールを手中に収めるという怪物の言葉を、再び思い出す。

 だから、どうした。呆然と、愛香はそう思った。

 遠目ではあるが、横たわった少女たちには見たところ外傷のようなものはなく、また、一定の間隔で躰が動いていることから、呼吸もしっかりとしているようだとわかる。

 人が怪我をしたり、死んだりするのを望んでいたわけでは、決してない。だが、あんな意味ありげな輪っかを使って、あんな怪物が行うことが、ツインテールをほどくだけとはどういうことなのか。

「あ、い、つ、らぁぁっ!!」

 困惑する愛香の耳に、総二の声が届く。愛香ですら聞いたことがないほど、その声は怒りに満ちているように感じた。

 総二が、少女に詰め寄った。

「教えろ。どうすれば、ツインテールを助けられる。どうすれば、あいつらをぶちのめせるんだ!!」

「いや、そんな大袈裟(おおげさ)な。ツインテールじゃなくなるだけで、どこも怪我とかしてないみたいよ?」

「大袈裟、だと!?」

 総二を落ち着かせるために声をかけるが、その言葉にふりむいた彼は、愛香が見たことがないほどの鋭い眼をむけ、胸ぐらを掴みあげてきた。

「っ!?」

「愛香、おまえにとってツインテールは、その程度のもんだったのかよ! 取られたら取られたで別にいいで済むくらいの、軽いもんだったのかよ!?」

「そ、そーじ?」

「っ! わ、悪い」

 はじめて見る総二の形相に、愛香の声が震える。その声を聞いたことで少し落ち着いたのか、総二は愛香から手を離した。

「ふむ。それでは、話しの続きといこう」

 愛香たちの間に流れる気まずい空気を気にした様子もなく、愛香の方を見た少女が口を開く。

「ツインテールの少女よ。先ほど言ったもうひとつの用だが、そちらはおぬしの方にあるのだ」

「あたし?」

 そちらは、という言い回しがなんとなく気になったが、いまは置いておく。

 少女は愛香の言葉に肯くと、蒼い、機械的なブレスレットを差し出してきた。

「これを腕につけて、変身したいと強く念じるのだ。さすればおぬしは、戦う力を得ることができる」

「それだけ? ずいぶんと簡単なのね」

 少女に対する疑念は未だ消えないが、総二ではなく自分の方なら、まだ受け入れやすい。

 応え、少女からブレスレットを受け取ろうとしたところで、総二が愛香の腕を掴んだ。

 愛香の動きを制止した、総二の顔を見る。どこか心配そうな顔に見えた。

「そーじ?」

「待ってくれ! 愛香に、あいつらと戦えって言うのか!?」

「いや、あんたも戦う気満々だったじゃない」

「それは、そうだけど、でも」

 焦った様子で少女に問いかける総二に愛香が言葉をかけると、彼はなにかを言おうとするものの、上手く言葉が出てこないようだった。

 愛香の腕を掴みながら、総二は少女にむかって再び口を開く。

「なあ、きみ。そのブレスレットは、俺には使えないのか?」

「うむ。これは、ツインテール属性の強い少女にしか使えぬのだ」

「また、ツインテール? あの怪物も言ってたけど、なによ、ツインテール属性って?」

「簡単に言えば、ツインテールに執着し、拘り、愛する心から生まれるのがツインテール属性。ツインテールだけでなく、なにかに執着し、愛する心から生まれる精神(こころ)の力。それを、属性力(エレメーラ)と言う」

 簡単に言われたが、なぜツインテールなのだ、という疑問が湧く。だが、いまはそれを気にしている場合ではない。

 腕を掴む総二の手に愛香は手を乗せ、優しく言葉をかける。

「そーじ、あたしは平気よ」

「愛香! あんな怪物が相手なんだぞ! もしも、おまえが怪我とかしたら」

 顔を辛そうに歪めながら、総二は言葉を続ける。

「俺はいい。ツインテールを守るためなら、俺は戦える。だけど、おまえが戦うことなんてないだろ!?」

「―――そーじ。ありがとう」

「え?」

 愛香が微笑んで返すと、総二は不思議そうに目を(しばたた)かせた。

 単純かもしれないが、彼の言葉で、愛香の悩みはひとつ消えた。

 自分ではなく、ツインテールしか見てないのではないか、と悩んでいた。だが、いまの言葉からは、ツインテール以上に、愛香の身の安全を考えていてくれたように感じた。

 当たり前のことであるはずなのに、なぜ、いままで信じられなかったのだろう。

「心配してくれてありがとう、そーじ。でもね、あたしだってツインテールである以上はあいつらの標的なんだし、戦う力を持っていた方が安全でしょ? あたしは、そーじほど他人を守るのには親身になれないけどね」

「愛香」

 総二は、うつむいて考えこむ様子を見せたあと、愛香を掴んでいた手を離した。

「わかった。だけど、無理はするなよ」

「わかってるわ。ありがと、そーじ」

 絞り出すような総二の言葉に応えると、愛香は少女からブレスレットを受け取り、右の手首につけ、変身したい、と強く念じる。

 総二の大切な、ツインテールを守りたい。誰よりも大切な、大好きな総二に、悲しい顔をして欲しくない。そのために、戦う力が欲しい。

 愛香の戦う理由は、それで充分だった。

 そしてブレスレットから、強い光が(ほとばし)った。

 

「ほんとうに変身できたの?」

 光が収まり、愛香は自分の姿を確認することにした。腕と脚が、丸みを帯びた、機械的な蒼い装甲に覆われている。胴体は、蒼いレオタードのようなピッチリとしたスーツに覆われており、自分のコンプレックスである胸が目立ってしまうことに抵抗を覚えたが、タンカを切った手前、我慢する。そして顔に手を当てると、なにも覆われていないことに気づいた。

 愛香は、慌てて少女に問いかける。

「ちょ、ちょっと。顔剥き出しなんだけど!?」

「案ずるな。認識攪乱装置(イマジンチャフ)の効果によって、おぬしの正体が周りにわかることはない。存分に戦うがいい。―――すまぬ、――――――――」

「ん? ―――とりあえず、正体がバレることはない、ってのはわかったわ」

 愛香の言葉に答えたあと、少女は口の中でなにかを呟いたようだった。気になったが、彼女のなにかに耐えるような雰囲気に、聞くことは(はばか)られた。

「愛香」

「そーじ?」

 総二の声にふりむくと、彼はやはり辛そうに顔を歪めていた。

 総二のこんな顔は、見たくない。そう思うと同時に、総二にお願いしたいことがあった。

 恥ずかしさに、顔が少し熱くなる。それでも、伝えたい。

 意を決して、愛香は言葉を紡ぐ。

「そ、そーじ。あたしのツインテールに、さ、触ってくれないかな?」

「え?」

「お願い」

 総二が、自分の手と愛香のツインテールを交互に見る。

「わかった」

 一度頷き、総二が近づいてくる。

 愛香のツインテールを、総二が優しくすくい上げた。いま気づいたが、髪の色も変わっており、海を思わせる青色になっていた。

「愛香。無事で帰ってきてくれ」

「うん。ありがとう、そーじ」

 総二の手の感触と優しい声に、感謝の言葉を返すと同時に、必ず無事に帰ってくることを誓う。

 自分から総二に、ツインテールを触って欲しいと言えた。まだ、遅くない。少しずつでも、総二に想いを伝えていきたい。そのためにも、いまはあの怪物を倒す。

「行ってくるわね、そーじ」

「ああ」

 名残惜しいが、やるべきことがある。愛香が声をかけると、総二はゆっくりとツインテールから手を離した。

 怪物たちがいる方にむき直り、深呼吸する。

 そして、怪物のいる方にむかって、愛香は力強く駆け出した。


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