あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

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二〇一六年六月二十五日 修正

趣味以外のなにものでもないタイガギルディの話。タイガギルディが好きというよりも、エレメリアン視点が書きやすいというか書いてて楽しいというか、そんな感じです。
内容を考えるのが楽しいのは総二×愛香のイチャイチャですが、エレメリアンの方は文章自体を考えるのが楽しいです。
でもエレメリアンばっかり書いてると、総愛書きたくてしょうがなくなる。




弐の巻
2-1 水虎特攻


 どこかの学校のプールサイドに転移したタイガギルディは、戦闘員(アルティロイド)たちとともに大地に立った。

 プールサイドに、人の姿はまったくなかった。この国でかつこの時期、さらに言えば早朝という時間帯を考えれば、当然ではある。とはいえ、残念な気持ちはあった。

 あわよくば、ツインテールのスク水少女を()でたかったのだが。内心そう落胆しながら、タイガギルディは再び周囲を見渡す。タイガギルディの容貌は、虎を思わせる厳ついものであり、この場所にはいまいちそぐわないだろうが、それはどうでもいい。

 この世界で、ドラグギルディは生命(いのち)を落としたのか。

 タイガギルディはそう考えると、そっと眼を伏せた。人類の間でいう、黙祷という行為だ。悲しみはない。ただ、寂しさはあった。もう、あいつと語り合うことはできないのだな、と思った。しかし、まさか自分より先にやつが斃されるとは思っていなかったが。

 友であった。お互いに若く未熟だったころは、切磋琢磨する間柄(あいだがら)でもあった。

 いつのころからか、実力に開きが見えていた。気がつけばドラグギルディだけでなく、同期と言えるエレメリアンたちに比べて、タイガギルディの力は一枚も二枚も下になっていたのだ。それに対し、焦りと妬みを覚えていたこともあった。

 そんな時に、ドラグギルディに言われたのだ。(われ)は、ツインテールに対する愛において誰にも負けるつもりはない。それは、友であるおまえに対してもだ。その思いこそが、(われ)を強くした。いまの(われ)の強さは、おまえのおかげでもあるのだ。

 不思議とその言葉で、タイガギルディの中にあった暗いなにかは消えた。単純かもしれないが、そのまっすぐな言葉に打たれたのだ。

 ドラグギルディに比べれば、タイガギルディの強さは大したものではない。その後、さらに修練を重ねはしたが、幹部のなかでは、よくて中の下といったところだろう。しかしもう、焦りも妬みも湧かなかった。

 上を目指すのをあきらめたわけではない。修練は、いまでも続けている。だがそれ以上に、部下たちを導くのが、自分の役目だと思ったのだ。

 すべての生命は、母なる海から生まれた。遠く辿れば人類も同じであり、その人類の精神から生まれたエレメリアンもまた、そこから生まれたといっていいのではないかと思うのだ。

 スクール水着、あるいはスク水と呼ばれる衣装の属性力(エレメーラ)学校水着属性(スクールスイム)、それがタイガギルディの属性力(エレメーラ)。そして学校水着属性(スクールスイム)こそ、その母なる海に身を委ねる水の衣にして、星の意志を継ぐ属性力(エレメーラ)だと、タイガギルディは信じている。

 優しく生命を包む海のように、(みな)を導く。それが、学校水着属性(スクールスイム)を持つ自分の役目だと、タイガギルディは思ったのだ。ハイレグやらに対していろいろと思うことはあるが、それはそれとして。

 正直なところ、テイルブルーと会うのは楽しみだった。アルティメギル製のギアではあるが、デザインはスク水によく似たレオタード。彼女の容姿にスク水はとても合うことであろう、と思ったからだ。事実、映像で見たかぎりではとても似合っていた。

 友を斃されたかたちではあるが、怒りや憎しみはない。戦に生きてきたのだ。であれば、いつ命を落としても不思議はない。それが戦の(なら)いというものだろう。

 それに、やつは満足して逝ったのではないか、となんとなく思うのだ。

 今際(いまわ)(きわ)にドラグギルディから送られてきた言葉は、テイルブルーが新たな力と仲間を得たことと、彼が最も目をかけていた弟子に対するものだけだったという。

 増援を呼ぶこともなく、記録を残すこともなく、ドラグギルディは戦った。おそらく、ひとりの戦士として戦いたかったのだろう。将としての立場を忘れてまで。そして、散った。

 そんな勝手なやつのために、誰が怒ってやるものか。そう考え、タイガギルディはここに来た。仇討ちではない。補充部隊の長としてだ。

 ドラグギルディを斃した相手に、自分が勝てる可能性はほとんどないだろう。だが、あとに続く者の(いしずえ)になれば、それでいい。やつらの力を少しでも暴くことと、自らの戦いと死を、呼び水として戦意を上げること。それが、自分の最期の仕事だ。

 校舎の方を見る。テイルブルー、いやテイルブルーたちが来るまで、属性力(エレメーラ)を奪うことにしようか。

「モケーッ」

「む?」

 そう考えたところで、一体の戦闘員(アルティロイド)が上空を指差しながら声を上げた。見ると、人影がこちらにむかって飛んで来る。比喩ではなく、文字通り飛行してきているようだった。

 ひとりが、もうひとりを抱きかかえているようだった。おそらく、テイルブルーとその仲間。抱えてくる方の頭から、翼を思わせるなにかが広がっているように見えた。

 テイルブルーの『ギア』に、あのような機能はないはずだ。だとすれば仲間のものか、それとも新たな力という言葉から推測するに、『ギア』を強化したのかもしれない。あるいは、まったく別の装備である可能性もあるが。

 そこまで考えたところで、少し離れたところに二人が降り立ち、抱きかかえて来た方がもうひとりを優しく下ろした。運んできた方の、ツインテールを結ぶリボンを思わせる装甲から広がっていた、翼を思わせる光が消えた。多分あれで飛んでいたのだろう。

 抱えてきた方は、事前に確認していた映像とは装備のデザインが違うように見えるが、青いツインテールと貧乳からして、テイルブルーであろう。もうひとりは、赤く、美しいツインテールを(なび)かせた少女、いや幼女のように見えた。

 ほう、と感嘆の吐息を吐く。なにやら顔を見合わせ頷き合う二人に訝しいものを感じながら、まずは名乗りを上げることにしよう、とタイガギルディは思った。

「現れたか、テイルブルーとその仲間よ。我が名はタイガギルディイイイイイイイイーーーーー!?」

 そして名乗りを上げている最中、同時に跳躍した二人の蹴りを顔面に受け、タイガギルディは大きくふっ飛ばされた。

 

 

*******

 

 

 エレメリアンが現れたという方向にむかって、レッドはブルーとともに屋根の上を跳躍して進んで行く。出発して間もなく、ブルーがふと思い立ったように呟いた。

「どーせだから、ちょっと試してみようかしら」

「ん?」

属性玉変換機構(エレメリーション)!」

「おおっ?」

 建物の上で立ち止まったブルーが声を上げるとともに、薄緑色に煌めく小さな石、属性玉(エレメーラオーブ)が彼女の胸元から現れた。同時に、ブルーの左手首についている手甲パーツがスライドして展開し、そこに(あら)わとなった窪みに属性玉(エレメーラオーブ)がひとりでに装填される。

属性玉(エレメーラオーブ)髪紐属性(リボン)!」

「おおっ!?」

 スライドしていた部分が閉じ、彼女の全身が属性玉(エレメーラオーブ)と同じ薄緑色に輝く。ブルーの声と同時に、彼女のフォースリヴォンから光が伸び、翼を思わせるようなかたちを作った。

 驚くレッドの前でブルーの躰がふわりと浮き上がり、こちらに近づいてくる。

「これ、空飛べるみたいね」

「だな。って、ちょっ」

 相槌を打ったところでブルーが、レッドを横抱きにした。レッド、というか総二としては、男として逆の立場でありたいため慌てて声をかけるが、ブルーは気に留めずレッドを抱えたまま飛び立つ。あっという間に雲を見下ろせるぐらいの高さに到達した。そのまま目的地にむかって進み、レッドの眼に映る景色も移り変わっていく。

 かなりの高空に加え、速度も出ているはずだが、息苦しさはまったく感じられなかった。さすが、宇宙空間でも問題なく活動できるというテイルギアである。

「気持ちいいわねーっ」

「――――」

 きれいだ。ブルーの笑顔と、空の青を受けて普段とは違う輝きを魅せる彼女のツインテールに見惚れ、レッドは自然と思った。

 レッドの顔を見たブルーが、不思議そうに口を開く。

「どうしたの、そーじ?」

「いや、きれいだなって」

「ふぇっ!?」

「えっ、あっ」

 ボーっとしながら返した言葉にブルーが顔を赤らめ、その反応によってレッドも自分がなにを言ったかに気づき、顔が熱くなった。

 そこから少しだけ、お互いに無言で進んだところで、レッドは意識を切り替える。言っておきたいことがあった。

「愛香」

「う、うん、なに、そーじ?」

「えっとな、エレメリアンとは、俺ひとりで戦わせてくれないか?」

「――――どうして?」

 レッドの言葉を聞いて彼女も意識を切り替えたのか、ブルーが問い返してくる。

「俺はまだまだ戦いの経験が浅い。だから、少しでも強くなるために、強い相手と戦っておきたいんだ」

 思い出すのは、おぬしが戦いの経験を積んでいれば、というドラグギルディの言葉だった。確かにドラグギルディには勝てた。だが、自分が戦いに慣れていれば、もう少し楽になっていたのではないか、とも思うのだ。

 トゥアールを責める気はないし、テイルギアの性能でドラグギルディ以外のエレメリアンと戦っても、そこまでの経験にはならなかったかもしれない。とはいえ、はじめての実戦だったということで、うまく動けなかった部分があることも否定できないのではないか、とレッドは思う。

 ブルーが少し考える様子を見せ、口を開いた。

「学校はじまっちゃうから、一気にケリをつけること。それと、危ないと思ったらあたしも戦うからね?」

「ああ。悪いな、わがまま言っちまって」

「別にいいわよ」

 相手は、ドラグギルディの盟友と言っていた。だとすれば、レッドひとりでは荷が重いかもしれない。それでもレッドがひとりで戦うことを承諾してくれたのは、こちらの意思を汲んでくれたからだろう。ブルーの期待に応えるためにも、無様なところは見せられない、とレッドは思う。

 それに、愛香に恰好いいところを見せたいし、いや雑念は捨てろ、そんなことを考えている場合か観束総二、もといテイルレッド、と自分を叱りつけたところで、ブルーが不機嫌そうに呟いた。

「ただ、それはともかくとして」

「――――ああ」

 なにを言いたいのか、レッドも直感的に感じ取った。ふつふつと怒りが湧いてくる。

 いいところを邪魔した報いは、きっちり受けてもらう。

「うん。このあたりね。降りるわよ」

「おう」

 レッドが答えると同時に、すさまじい速度で急降下をはじめる。かなりの風圧であるはずだが、やはり息苦しさはまったく感じられなかった。

「っ」

 見えた。ほどなくしてどこかの学校のプールサイドに、虎を思わせる異形と、黒ずくめ、もとい戦闘員(アルティロイド)たちの姿を捉えた。一体の戦闘員(アルティロイド)がこちらを指差したのを皮切りに、全員が見上げてくる。

 そこから少し離れたところに、ブルーは周りへ風を起こすことなく静かに降り立った。はじめての飛行と降下だというのに一切の淀みを感じさせない彼女の動きに、レッドは内心で感嘆する。自分がやったとして、ここまできれいな動きはできないだろう。

 そう思ったところで、ブルーに優しく下ろされる。なにかこう、男として――いまは女だが――いろいろと複雑な気持ちになるが、無造作に放り投げられるよりはずっといいため、彼女の心遣いだと受け入れてエレメリアンの方にむき直る。怒りが、再び燃え上がった。

 レッドの横に並んだブルーと顔を見合わせ、頷き合う。そして、なにやら名乗りを上げはじめたエレメリアン目掛けて同時に跳躍し、その顔面に怒りのツインテイルダブルキックを炸裂させた。

 

「な、なにをする、きさまらー!?」

『やかましいわあああああああーーーーーーーっ!!』

 殺してでもうばいとる、とでも言われて襲われたかのような叫びを上げるタイガギルディの顔面を、レッドはブルーとともに殴りつけ、人の姿が見当たらない校庭の方に大きくふっ飛ばした。怒りのツインテイルダブルパンチを受けたタイガギルディは、受身を取ることもなく、そのまま地面に叩きつけられる。

『あれ?』

 困惑するレッドの声と、同じ調子のブルーの声が重なった。

 弱い、とレッドは思った。不意打ち気味ではあったが、まさか受け身も取れずにそのまま叩きつけられるとは思わなかったのだ。

 ツインテイルダブルパンチ、ツインテイルダブルキック。ひとりで放つ場合に比べ、『ツイン』テールで二倍、ダブルでさらに二倍、二人の怒りとか愛とかそういった力を合わせることで三倍、二×二×三で十二倍のツインテールパワーだー、などとわけのわからない言葉と理屈がレッドの頭をよぎったところで、ブルーの声が耳に届いた。

「ドラグギルディの盟友とか言ってた割には、かなり弱い気がするんだけど」

「――――まあ、考えてみれば、弱かったら友だち名乗っちゃいけないってわけじゃないしな」

「あー、それもそっか」

 同じことを思ったらしいブルーの言葉に少し考えてから返すと、彼女も納得する。

 そもそも、愛香に比べれば総二はずっと弱いが、友達なのだ。それ以上の関係になれただろうチャンスをぶち壊されたがそれはともかくとして、そのことを考えれば、別におかしいことではないだろう。

 そんなことを考えつつ、レッドはブルーとともに跳躍し、タイガギルディの近くに二人で着地する。レッドの耳が、喧騒を捉えた。校舎の方と、学校の敷地外の両方からだった。

 怒りのあまり、やりすぎてしまったかもしれない。レッドがそう考えたところで、タイガギルディが起き上がり、頭を振りながらブルーの方に顔をむけた。

「っ!?」

「なによ?」

 絶句した様子のタイガギルディに、ブルーが訝しげに問いかける。少ししてタイガギルディが、怒りと嘆きを感じさせる大仰な動きを見せ、叫びを上げた。

「テイルブルーよ、なんだその恰好は!?」

「は?」

「俺は貴様と会うことを楽しみにしていた! すばらしきツインテールを持ち、スク水をまとう貴様と会うのをだ! だがなんだ、貴様のその恰好は!? ツインテールはすばらしいが、そのような布面積の少ない水着など、スク水と比すれば尻を拭く紙も同然! スク水に謝るがいいいいいいいいーーーーー!?」

「好きでこんなカッコしてるわけじゃないわあああああああああ!!」

 盛大にブルーの地雷を踏み抜いたタイガギルディは、怒りと悲しみに満ちた彼女の叫びと拳によって、またも殴り倒された。虎も鳴かずば撃たれまい、などとよくわからないことをレッドは思う。

 そんな、コンプレックスである貧乳を刺激するデザインの衣装を、ブルーが我慢して使っているのは理由があった。まあ理由というほどのものではないが、製作者であるトゥアールが変更してくれないのだ。

 私の想いも背負って戦ってくれるんじゃなかったんですか、とトゥアールが切なそうに訴えてきたのだ。デザインの変更と、想いを背負うということの関連性がどこかズレているような気がするが、どうにも変更してくれそうにないので、いまのところはこのままである。

 それはともかく、いまさらではあるがさっきの提案を実行することにする。

「あー、ブルー。とりあえず俺に戦わせてくれ」

「――――ええ、わかったわ。思いっきりやっちゃって」

「おう。ブレイザーブレイド!」

 まだ怒りは収まらない様子だが、すんなりと承諾される。最後のひと言に、さっき告白を邪魔されたこと以外の念がこめられているように感じたのは、気のせいだろうか。

 そんなことを考えながら剣を手元に呼び出し、顔を押さえて起き上がったタイガギルディの前に進み出る。

「き、貴様は!?」

「俺はテイルレッド! テイルブルーの相棒だ! そして俺たちの名は、ツインテイルズ!」

 驚愕するタイガギルディの言葉に先んじて名乗りを上げる。トゥアールはこの場にいないが、それでもツインテイルズは三人揃ってのものとレッドは思っているため、二人で、とは言わない。

「お、おお――」

「っ?」

 レッドの名乗りを聞いたはずだが、タイガギルディは呆然としたままだった。

『モケーッ』

「っ」

 いまさらといった感じだが、戦闘員(アルティロイド)たちが近寄ってきた。ブルーが構えをとるが、なぜか彼らは、囲むかたちではあるが距離は遠めで、襲いかかってはこない。なんとなくだが、カメラを構えている戦闘員(アルティロイド)たちを、なにも持っていない戦闘員(アルティロイド)たちが守っているようにも見えた。

 いつもは二、三体ぐらいの戦闘員(アルティロイド)がカメラを持っているが、普段よりカメラを持っている戦闘員(アルティロイド)が多く、レッドとブルーをあらゆる方向から撮影しているようだった。意識をむけると、遠くの方から撮影している者もいるように感じた。威力偵察といったところかもしれない。

 どうする、とブルーの方に視線をむける。少し考えるそぶりを見せたあと、ブルーが口を開いた。

「んー、特に気にすることないんじゃない?」

「へっ? あー、確かにそうか」

 軽い調子で返されキョトンとするが、確かに気にしてもしょうがない、と納得する。なにせ自分は、武術の経験こそあるものの、戦い自体ははじめたばかりなのだ。力を見せないように、などと器用なまねはできないし、それで変な癖がついてしまう方が困る。全力でやっていくしかない。

 どちらにせよ、戦闘員(アルティロイド)たちの相手はブルーに任せ、自分はタイガギルディを相手にする。再びタイガギルディに視線をむけるが、やはり彼はレッドを見つめたままである。なんなのだろうか。

 先手を打つか。レッドがそう考えたところで、突然タイガギルディが顔をほころばせた。

「すばらしい! テイルブルーに勝るとも劣らないツインテールに、テイルブルーの紙切れなど足元にも及ばないすばらしいスク水!!」

「――――は?」

 タイガギルディの叫びの意味がわからず、躰が硬直したレッドの口から思わず声が漏れた。

 タイガギルディはレッドの反応に構わず、まるで動物が服従する時のような姿勢で地面に仰向けになると、だらしなく四肢を投げ出した。子犬や子猫なら、その可愛らしさで笑顔になれただろう。だがタイガギルディの姿は、筋骨隆々とした躰と、虎を連想させる獰猛そうな厳つい獣顔なのだ。可愛らしさなど、まったく感じられなかった。

「な、なんなんだよ、おまえ。腹出して寝転がって――」

 あまりにも異様な絵面と、意図がさっぱりわからないタイガギルディの行動にレッドは恐怖を覚え、反射的に大きく飛び退(すさ)る。

 タイガギルディが、その体勢のまま叫びを上げた。

「すばらしきスク水をまとう幼女よ、後生(ごしょう)だ! 我が腹を海と見立て、元気よく泳いでくれい!!」

「変態だああああああああああああああ!? ってこっち来んなあああああああああああああ!?」

 タイガギルディの能力によるものか、彼の躰がまるで水に浸かったかのように大地に沈み、そのまま背泳ぎでこちらに近づいてくる。フォーム自体は美しいとさえ形容できるものではあったが、想像を超えた怒涛の変態っぷりにレッドは思わず絶叫を上げた。

 タイガギルディは止まることなく迫り、レッドを中心にして旋回するように地面を泳ぎ回る。パニック映画などで見た覚えのある、鮫が獲物に襲い掛かるシーンを思い出した。

 何度か旋回したタイガギルディが、地面に沈んだ。そう思った直後、ザバーンとでも音が付きそうな勢いで、地面から飛び出したタイガギルディが宙に身を(おど)らせ、レッドの方に飛びこんで来た。今度は、水族館のイルカショーなどで見る、イルカのジャンプのようだった。いや目の前の光景は、子どもが泣き出しそうなほど絵面がヒドすぎるが。

「きゃーっ!?」

属性玉変換機構(エレメリーション)!」

 あまりのおぞましさに、レッドがこれまでの人生で一度も出したことのないか弱い悲鳴を上げ、剣を取り落として尻餅をついてしまったところで、ブルーが鋭く跳躍した。

「っ?」

属性玉(エレメーラオーブ)体操服属性(ブルマ)!」

「さあ幼女よゴボオオオオオオオッ!?」

 タイガギルディより高く跳び、空中で属性玉変換機構(エレメリーション)を発動したブルーの躰が、地面に引っ張られたかのように急降下した。その勢いのままブルーが、レッドに迫って来る変態(タイガギルディ)の腹を両足で踏みつけ、すさまじい速度でそのまま落下する。ブルーが乗ったままタイガギルディがとてつもない勢いで地面に激突し、大きな音が辺りに響いた。

 音がしてすぐ、タイガギルディの躰が地面に沈んでいき、軽く飛び退いたブルーが着地する。少ししてからちょっとだけ離れたところへ、まるで水面に浮き上がるようにタイガギルディが現れた。

 空中に飛び上がったところでは、能力を解除していたのかもしれない。そして、落下のダメージを少しでも軽減するために、再び能力を使用したのだろう。タイミングはかなり遅かった気もするが。

 いろいろな意味でその考えは当たっていたらしい。ダメージはかなりのものだったのか、タイガギルディはすぐに能力を解除し、地面の上で腹を押さえて悶絶しはじめた。

 呆れたような、うんざりしたような様子でブルーはタイガギルディに視線をむけてため息を吐くと、すぐにレッドにむき直って口を開いた。

「えーとね、レッド。アルティメギルの連中って、だいたいこんなやつばっかりだから」

「い、いや、リザドギルディやドラグギルディは結構まじめじゃなかったか? 変態って言えば変態だったけど。それとも、ほかのやつらはみんなこんなのだったのか?」

 レッドが直接知っているエレメリアンといえば、そのふたりしかいない。しかしほかの連中も、テレビで見るかぎりでは(おおむ)ねまじめに戦っていたように思えたのだが。

「あー。まあ確かに、戦いはじめてからこいつみたいなことするやつはいなかったわね。アレなこと言うやつはいたけど」

「そう、か」

 レッドはブルーの言葉に頭を抱えると、ひとつの感情が燃え上がってくるのを感じた。

「そうか。俺はよりによって、そんな変態に告白を邪魔されたのか」

 あまつさえ、そんな相手に怯え、剣を取り落とした上に尻餅までつき、まるでか弱い少女のような悲鳴を上げるなどという醜態まで晒してしまった。目の前の変態に、そしてなによりも自分自身に怒りが湧いてくる。

「お、おおおぉ」

 少ししてある程度ダメージが抜けたのか、腹を押さえながらタイガギルディが起き上がった。レッドは先ほど取り落とした剣を拾い上げ、タイガギルディを静かに見据える。

 一気に決着をつけるならば、いまがチャンスだろう。だが、この状況で不意を打って斃したとしても戦いの経験にはならない。強くなるために、一戦たりとも無駄にできないのだ。いや、学校に急がなければならないのも確かなのだが、それはともかく。

 もう恐れない。強くならなければならないのだ。おまえも全力でかかってこい。俺は、負けない。その意思を、剣とツインテールにこめて、改めて剣を両手で構える。

 タイガギルディはレッドを見てハッとした様子を見せると、構えを取り、顔を引き締めた。おそらくレッドの気迫に気づいたのだろう。やはりドラグギルディの友を名乗るだけのことはあるのだと、少し見直すような気持ちになった。

『――――』

 いつの間にか増えた、レッドたちを見つめる観客たちも、静かになっていた。戦闘員(アルティロイド)たちはカメラを回し続けている。

「フッ」

「っ」

 タイガギルディが、不敵に笑った。空気が変わったように感じ、ゴクリと誰かが唾を飲む音が、聞こえた気がした。

 来るか。わずかな動きも見逃さないよう、レッドはさらに集中する。

 そして、タイガギルディが腹を出して寝転がった。さっきのように。

「さあ、幼女よ! 今度こそ我が腹の上で――」

「――――オーラピラアアアアーーーーッ!!」

「ぬおお!?」

 プチッ、となにかが切れるような音が聞こえた気がした瞬間、レッドは目を吊り上げ、吼えると同時に剣から火球を放った。なんかもう、いろいろなものに対する怒りでいっぱいだった。

 火球は、タイガギルディに当たる直前に爆発し、螺旋を描くようにその躰を取り巻いていくと、一瞬で円柱のようなかたちとなって彼を包みこむ。その結界に包まれたタイガギルディは、強制的に立ち上がるかたちとなった。

 敵を拘束する結界、オーラピラー。ドラグギルディのような強力なエレメリアンには破られることもあるだろうが、必殺の一撃を直撃させやすくすることに加え、エレメリアンの爆発を最小限にとどめるためにも、戦闘では有効に使って欲しいとトゥアールから言われている。あたしが使ってた『ギア』のピラーにも、相手の動きを止める効果があったらもっと楽だったのに、と愛香がぼやいていたがそれはともかく。

完全開放(ブレイクレリーズ)!」

 再び剣を構えながら声を上げると、その剣の形状が変化し、展開した刀身から炎が噴き上がる。

 そしてレッドは、タイガギルディ目掛けて高く跳び上がった。

「グランド・ブレイザアアアーーー!!」

 自身の躰を包む結界を解こうとするそぶりも見せないタイガギルディにレッドは、跳躍の勢いを生かし、怒りの咆哮とともに剣を振り下ろす。

 レッドを見つめ続けるタイガギルディの躰を、炎の剣が切り裂いた。

「お、おお――。やはり、すばらしい」

「なに?」

 恍惚とした様子で漏らされたタイガギルディの呟きにレッドが反応するが、彼は誰にともなく言葉を続ける。

「すまんな、スパロウギルディ。このタイガギルディ、戦いの中で戦いを忘れてしまったようだ。だが、これほどのツインテールを持った幼女に敗れるのであれば、本望というものっ。なにより、このスク水! やはり俺は間違っていなかった! 生命は海から生まれた。その海に身を委ねる水の衣スク水こそおおおおおおおおーーーーー!?」

「さっさとくたばれえええええええーーーーーーっ!!」

 レッドの恰好のせいなのだろうか、なかなか力尽きず残念なことを口走っていたタイガギルディだったが、ブルーが怒りの咆哮とともに投げ放った必殺の剛槍に貫かれると、いまいち締まらない断末魔の叫びを上げて今度こそ爆散した。

「――――」

 いや、海でスク水を着るやつは、そういないだろ。

 タイガギルディの最期の言葉に、レッドはそんなどうでもいいことを考えた。

 

 戦闘員(アルティロイド)たちが、タイガギルディが爆散した場所へむけて一斉に敬礼し、淀みなく撤退していく。まるで、そこまで指示を受けていたかのような逡巡のない動きだった。気にはなったが時間はないため、レッドもブルーも彼らを攻撃することはしない。

「さっさと行きましょ、レッド」

「ああ」

 ブルーの言葉に答えて周りを見渡すと、近くでなにかの撮影でもしていたのか、テレビ局の人たちらしき姿を見つけた。ふとレッドの頭に、あることが思い浮かぶ。

「いや、ちょっと待ってくれ、ブルー」

「ん?」

 首を傾げるブルーのそばから離れると、レッドはカメラの前に進み出た。周囲がざわめくなか、遠すぎず、近すぎずといったあたりで足を止める。

「き、君は?」

「俺はテイルブルーの相棒、テイルレッド! そして俺たちは、ツインテイルズ!」

 レッドは拳を高々と掲げ、問いかけてきたひとりの言葉に答えるように、カメラにむかって名乗りを上げた。どういうわけか、周囲のざわめきが一斉に止まる。

 その反応に不思議なものを感じなくはないが、さすがにもう急がなければまずい。目的は果たしたので、すぐにブルーのそばに駆け寄ると、戸惑った様子の彼女へ呼びかける。

「よし、行こうぜ、ブルー」

「あ、うん」

 ブルーは生返事をすると髪紐属性(リボン)を発動し、来た時と同じようにレッドを横抱きにした。なぜか周りが息を呑んだように感じたが、そのまま空へ飛び上がる。

 離れたあと、そこからとてつもない歓声が聞こえた。

 

 

 歓声が、(いま)だに聞こえてくる。なんとなく気になったが、戻って確かめるわけにもいかないため、ブルーはとりあえず横抱きにしたままのレッドに話しかけた。

「なんであんなことしたの?」

「あ、悪い。怒ったか?」

「あっ、えっと、怒ってるんじゃなくって、どうしてあんなことしたのかな、って」

「――――ああ」

 こちらが怒っていると勘違いしていたのか、ブルーの言葉にレッドはホッとした様子を見せた。

「会長に、いや、みんなに伝えたかったんだ。テイルブルーはもう、ひとりじゃないって」

「え?」

 思ってもみなかった言葉に、ブルーは戸惑う。レッドが、ブルーの眼を見つめてきた。

「会長以外にも、きっといたと思うんだ。愛香が――、テイルブルーがひとりで戦っていることを気にしてる人って。そういう人たちに伝えたかったんだ。テイルブルーはもう、ひとりじゃない。テイルレッドって仲間ができたから、もう心配しないでくれって」

 まあ、ビビッてカッコ悪いところを見せっちまったけどさ、と自嘲するように大きくため息を吐き、レッドが力なく言葉を締めた。タイガギルディへの反応のことを言っているのだろうが、いきなりあんなものを見せられれば、驚いても仕方ないだろう。ブルーは特に気にせず対応したが、いままで戦い続けてきたことで免疫ができていたようなものなので、別段気にすることでもないと思った。

 女の子のような悲鳴を上げてしまったことに関しては、まあ精神は肉体に引っ張られるとも言うし、多分それもしょうがないことなのだろう。それに、本人が一番気にしてそうなので、そのことについてはなにも言うまい。自分も、いまのレッドが幼い少女の姿のため横抱きにしているが、別の抱え方にした方がいいだろうか、とブルーは思った。

 とりあえず、話を続ける。

「でも、そのあとはしっかり戦おうとしてたでしょ。だったら問題ないと思うわよ。相手が変態過ぎたせいでいろいろと無駄になった感じだけど」

「――――ああ」

「強くなろうって思ったって、すぐに強くなれるわけじゃないしね。あたしだって、まだ足りないところがたくさんあるから」

 思い出すのは、ドラグギルディに言われた言葉だった。愛香に欠けている、自信と誇り。そして、心のどこかにある、わだかまりのようなもの。

 総二のために、総二にふりむいてもらうために、ずっとツインテールにしてきた。手入れに関しても、手を抜いてきたつもりはない。トゥアールからもドラグギルディからも、この世界における第二位のツインテールだと太鼓判を押されたほどだ。

 だがそれは同時に、あくまでもこの世界においてなのだ。かつてのトゥアールには及んでいないということも、それこそドラグギルディと、当人であるトゥアールから言われた。

 心の中にある、いろいろなものとむき合わなければならないのかもしれない。それは、総二への想いと、それとともにある、自分にとってツインテールとはなんなのか、といったものなのかもしれない。なんとなくそんなふうに思った。

 一旦気持ちを切り替え、まだどこか落ちこんだ様子のレッドに話しかける。

「でもね、そーじ。あたしはやっぱりそーじのこと、すごいなって思う」

「え?」

「あたしは、会長たちのことまで気にしてなかったから。励ましてもらったのにね」

 会長の言葉には少なからず励まされたというのに、自分は彼女に対してなにかを返そうとも思わなかった。情けない、と自分のことを思う。

 ただ強いだけでは、力があるだけでは、きっと駄目なのだ。

「だから、気づかせてくれてありがとう、そーじ」

「愛香」

「一緒に強くなろ、そーじ」

「――――ああ。そうだな」

 ブルーの微笑みに、レッドも微笑みを返してくる。

 いろいろといい雰囲気ではあるが、少し気恥ずかしくなった。ごまかすように呟く。

「あー、でも、この分じゃ遅刻ね」

「うっ、わ、悪い、手間取っちまって」

「えっ。あ、ごめんっ。そういうつもりで言ったんじゃないのよ。一番悪いのは、あのタイミングで出てきたアルティメギルだしね。それに、そーじがひとりで戦うのを認めたのはあたしだし、一緒になってぶん殴ったりしてたし、気にすることないわよ」

「だけど」

「――――うーん」

 迂闊なことを言ってしまったかもしれない。ほんとうにこちらは気にしてないのだが、レッドはまだ気にした様子である。なんて言えばいいのだろうか。

「えーっと。――――ほら、そーじと一緒に遅刻の、同時入室で変な誤解されてからかわれるとか悪くないかなーって思うし、だから気にすることない――」

 変な誤解とは、どういうことを言うのか。そう考えたところで、声が尻すぼみになった。

 ここ最近、総二からしてもらっていたことが頭に浮かび、時間にすればついさっきのこととなる、彼から告白してもらえそうだったことを思い出す。

 レッドも恥ずかしくなったのか、顔を赤くした。

「そ、そっか。そうだな。まあ、悪くはないな、うん」

「う、うん。だよね」

 お互いに少し黙りこみ、レッドが意を決したように口を開いた。

「愛香! 俺と付きあっ」

『総二様、愛香さん、お疲れ様です! ドラグギルディの盟友とか言ってた割には大したことのないやつでしたね! それにしても総二様はやはりお優しい方ですね! 応援してくれる人たちのことまで気を遣われているなんて、どこぞの蛮族とは大違いですよ! それはそうとして、今日転入しても私の計画通りに行かなくなりそうなので、今日は見学だけにして後日編入することにしますね! あとですね――!』

「ておおおおおおおおおーーーーーーーーーい!?」

 トゥアールの息を吐かせぬマシンガントークに言葉を遮られたレッドが、叫びを上げた。

「トゥアールッ。あんたっ!」

『やらせはしません! 愛香さんに総二様の童貞を! やらせはしません! やらせはしませんよおおおおおおおーーーーーーー!!』

「やかましいわああああああーーーーー!!」

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――」

 マシンガンを持って巨大人型ロボットに応戦するかのような気迫を見せるトゥアールに、ブルーは怒りの叫びを上げ、レッドは顔を両手で覆って意味のない呻き声を漏らす。

 学校に着くまで、グダグダな空気が変わることはなかった。

 

 

*******

 

 

 自分以外に誰もいない大会議室で、スパロウギルディはひとり、椅子に腰かけじっとしていた。そこで、タイガギルディ帰還の報を待っている。しかし、タイガギルディの凱旋を願いながらも、心のどこかでそれをあきらめている自分がいることに、スパロウギルディは気づいていた。

「っ」

 複数の足音が聞こえてくる。数は五か六。かなり早いことから、駆けてきているのだろうことは予想がついた。そのことに、嫌な予感が大きくなる。

 大会議室の入り口に、焦った様子のエレメリアンたちが姿を見せた。

「報告いたしますっ、タイガギルディ殿が、敗れました――!」

「そう、か」

 やはりか、と口に出しこそしなかったが、スパロウギルディはそう思った。予想はしていたが、落胆は消せなかった。

 学校水着属性(スクールスイム)の雄にして、ドラグギルディの盟友であるタイガギルディだが、純粋な戦闘能力ではドラグギルディと大きな差があった。

 タイガギルディは、ハイレグなど布面積の少ない水着に多少の隔意を持っていたが、自分の属性力(エレメーラ)と並ぶ属性に対してそういった感情を持つエレメリアンは、決して少なくない。なにかを愛する心、属性力(エレメーラ)から生まれた以上、それは仕方ないことだ。

 タイガギルディはそれでも、スク水以外の水着もある程度は認めており、その大らかさゆえに多くの部下から慕われていた。だがその心こそが、タイガギルディが強くなれなかった理由かもしれないと、スパロウギルディは思っていた。

 己の愛するものに対する、譲れない想い。それが彼には欠けていたのかもしれないと、ふと思う時があったのだ。

 もちろん、散っていったタイガギルディを悪く言うつもりなど、スパロウギルディにはない。スパロウギルディの勝手な考えでしかなく、まるで見当違いの推測だと言われれば、返す言葉はない。

 ただいずれにせよ、タイガギルディは負けるべくして負けた。冷たくはあるが、そう考えるしかなかった。そしてそれは、タイガギルディも予想していたのだろう。

 俺が戻らなかったら、部下たちのことは任せたぞ。タイガギルディからそう言われていたのだ。おそらく彼は、あとに続く者たちのために、隊長として最期の仕事を果たしに行った。

 それを、無責任だとは言い切れない。ドラグギルディが斃されたことで、隊の士気は下がっていた。

 圧倒的な強さと強烈なカリスマを持っていた、ドラグギルディ。その彼が命を落としたこと自体もそうだがそれ以上に、なんの記録も残さなかったことが、士気を下げた要因だった。

 敬愛するドラグギルディの最期の戦いが、どのようなものであったのか。どのような最期だったのか。それを知りたがる者は、隊の全員だった。

 しかし残されたのは、言葉だけだった。

 そのためだろう、ドラグギルディが死んだという実感が湧かなかった。あのお方が負けるはずがない。沈みこむ自分たちの前に姿を見せ、一喝してくれるのではないかと、あるいは、なにをそんなに落ちこんでいるのだ、と鷹揚に笑い飛ばしてくれるのではないかと、そんな淡い期待を抱いてしまうのだ。

 仇討ちだと気炎を吐き、出撃を願う者もいたが、それはどこか自暴自棄なものを感じさせるものであり、ドラグギルディの跡を追いたいのだとしか思えないものだった。

 遺された隊をまとめる者として、それを認めるわけにはいかなかった。場合によっては、そこから隊が完全に崩れる可能性すらあったからだ。確かに、テイルブルーとその仲間の力を調べるために誰かが出撃しなければならなかったが、その戦い次第ではさらに士気が下がる可能性があり、下手な者を出すわけにはいかなかった。

 その役を、タイガギルディはなにも言わずに買って出てくれた。おそらくは、力がなくともやれることはあると、死に急ぐなと皆に伝えるために。

 力は弱くとも、その在り方は間違いなく、幹部にふさわしいものだった。

 タイガギルディ隊のエレメリアンのひとりが、一歩進み出た。二足歩行の蟹を思わせるエレメリアン。名は確か、クラブギルディ。

 その眼には、闘志があった。隊長の跡を追いたいという自棄(ヤケ)になったものではなく、必ずやつらを倒してみせるという、強い光だ。タイガギルディの隊だけではなく、スパロウギルディの部下たち、すなわちドラグギルディ隊の者たちにも、同じ光があった。弱々しい光は、もうどこにもない。

 タイガギルディが狙っていたのはこれだったのだろうと、スパロウギルディは思う。

「スパロウギルディ殿、出撃させてください。タイガギルディ様の仇を討ちたいのです!」

「待て」

「っ、なぜです、スパロウギルディ殿!」

「仇を討つのを待てと言っているのではない。その前に、やらなければならないことがあるというだけだ」

「やらなければ、ならないこと?」

「タイガギルディ殿が遺してくださった情報を、しっかり確認せねばならぬ。それを怠っておまえたちがむざむざ斃されることを、タイガギルディ殿が、そしてドラグギルディ様が望むと思うのか?」

 全員が、ハッとした様子を見せた。スパロウギルディはひとりひとりと眼を合わせると、強い意志をこめて語り掛ける。

「テイルブルーとその仲間を含め、必ずやこの世界の属性力(エレメーラ)をすべて奪う。そのためには、一兵、一戦たりとも無駄にしてはならん。――――ドラグギルディ様とタイガギルディ殿を破ったことから、我らだけで勝てる可能性は限りなく低いだろう」

「そんな弱気なことをっ」

「だがそれは、勝てないという意味ではない。やつらの力を探り、分析し、いつか打ち破る。死ぬためではなく、最後に勝利を得るために戦うのだ。それを心せよ」

『っ! ――――はっ!』

 全員が姿勢を正し、敬礼した。スパロウギルディも静かに敬礼を返す。

 侵略をあきらめないかぎり、彼女たちと戦い続けることになる。犠牲は、出続けるだろう。だが、いまの彼らを退かせることなど考えられなかった。ここで退いたら、武人ではない。

 傍から見れば、馬鹿馬鹿しい考えだろう。それで死ぬのならば、結局は同じことだと。それも、否定はできない。

 だがそれでも、ここで臆病風に吹かれて撤退してしまったら、その瞬間に武人としての、そしてエレメリアンとしての誇りと矜持は死ぬ。いままでの生が無意味なものになってしまう。そんなふうに思うのだ。同時にその思いは、生きている限り心に(かげ)となってつきまとうだろう。それは、死よりもずっと恐ろしいものに思えた。

 自棄になって戦うのではなく、個としての身勝手なものでもなく、散っていったドラグギルディやタイガギルディ、数々の同胞たちのために、これからあとに続く者たちのために、戦うのだ。

 人類からすれば、侵略者がなにを勝手なことを、と憤ることだろう。だが、自分たちも生きているのだ。どれだけ浅ましく見えようとも、生きることを放棄することだけはしたくなかった。

「モケー」

「うむ。まずは、ここにいる我らだけで確認しよう」

『はっ!』

『モケーッ』

 カメラを差し出してきた戦闘員(アルティロイド)にスパロウギルディが答えると、全員が一斉に頷く。あくまでも念のためである。

 カメラの映像が、再生された。

「――――!」

「お、おお!」

「な、なんと」

「これは――」

「――――皆を集めよ」

『はっ!』

『モケー』

 再生された映像を見たエレメリアンたちが声を漏らし、スパロウギルディが招集を命じると、一斉に駆け出していく。

 彼らを見送り、スパロウギルディは大きく息を吐く。

「テイルブルー、テイルレッド。そして、ツインテイルズ、か」

 スパロウギルディの声が、誰もいない大会議室に消えていった。

 

 




 
髪紐属性(リボン)の翼の描写は、アニメ、漫画版より。原作ではパーツが伸びる方向ですが、ほか二つでは光で形成されているようですのでこちらに。

タイガギルディ、パワーアップ。イルカのように飛びこんでくるのではなく、レッドの足元から出てればワンチャン、あったかなあ。イルカに乗った少女ならぬ、虎(仰向け)に乗った幼女かあ。
ブルーによる迎撃はいくつか考えましたが、シンプルに体操服属性(ブルマ)で踏みつぶすってことに。マッスルインフェルノとか考えましたが、そのあとの空気がさらにヒドイことになるためボツ。サーフボードに見立てられる直立タイガギルディの絵面は――。

スパロウギルディは原作よりも老兵っぽく、というイメージで。
 

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