あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

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二〇一七年四月三十日 修正

いろいろと悩みましたが、思い切って変更。


1-0 序

 稀代の天才、と称されていた。いくつもの新技術を発明し、それらの特許を取っていることで、財産も莫大なものとなっていた。他人からすれば、これ以上ないほどの勝ち組にしか見えなかっただろう。

 しかし、どこか満たされていなかった。

 気を許せる人はいなかった。友だちと言えるほど仲のいい人もいなかった。いや、近づいてくる人はいたが、仲良くなりたいと心の底から思える人がいなかったのだ。

 自分を理解してくれる人は、いや、理解しようとしてくれる人はいなかった。

 なんで、そんな子供みたいな髪型をしているんだ。

 人に会った時、まず言われるのは、だいたいそんな言葉だった。

 そう言う人たちが浮かべる表情は、困惑だったり、不満げなものだったりというものばかりだった。中には、露骨に苛立ったような態度をとる者もいた。

 それも無理はない、とわかってはいる。

 ツーテール、あるいはツインテールと呼ばれる髪型。一般的には、小さな女の子がする髪型であり、人によっては、幼稚な印象を受けかねないものでもあるだろう。それはわかっている。もっと似合う髪型があるだろう、もっと大人らしい髪型にすればいいだろう、と言われることも少なくなかった。皆が皆、いや世界が、子供に対し、早く大人になることを望んでいる。そんな世界だった。ツインテールとは、それに反抗するようなものだった。

 それでも、その髪型を続けていた。

 ツインテールという髪型が好きなのだ。好きな髪型をして、なにが悪い。口に出すことはしなかったが、そんな思いを抱きながら、ツインテールをし続けていた。

 ツインテールの素晴らしさを、ツインテールへの愛を理解してくれる人は、いなかったのだ。

 いや、まったくいなかったわけではない。幼女、もとい幼い少女たちは、自分がしていたツインテールを、可愛いやら綺麗だと言ってくれる。なんの含みもなく、ただ純粋にそんなことを言ってくれる彼女たちは、どこか窮屈な世界の中で、清涼な風をもたらしてくれる存在だった。

 そんな幼女たちに対する思いをわかってくれる人も、いなかった。いや、ごくごく稀にはいたのだが、そういう人たちはみんな、ハアハアと息を荒らげ、涎を垂れ流しそうな者たちばかりだったのだ。

 YESロリータ、NOタッチ。それを守れぬロリコンに、慈悲などない。いや持ってはならないと、心を鬼にして通報する時もあった。こちらが通報された時もあったが、それは揉み消し、などということはない。ないのだ。淑女たる自分が、そんな状況に陥るはずがないのだ。

 そろそろ結婚適齢期ではあったが、特に気にすることはなかった。こう言ってはなんだが、容姿には自信があった。周りからは、絶世の美少女とこぞって言われるほどだ。その気になれば、恋人を作ったり、結婚したりすることなど、シャープペンシルの芯をペキッと折るのと同じぐらいたやすいことだ。ちょっと妥協すれば、相手などいくらでも見つかるだろう。

 ただ、妥協したくない、という思いもあった。

 孤独をどこかに抱えながら生きていた。自分が自分のままで一緒にいられるような、そんな相手が欲しかった。

 そんな時だった。

 なにかを愛する心から生まれる力、属性力(エレメーラ)というものを教えられたのは。

 

 

*******

 

 

 これは夢だ、と目の前の光景を見て、思う。

 映像が、次々と映し出される。自分が闘っている映像もあった。テレビなどで報道されていたのを見た時もあったので、そのためだろう。

 人の、なにかを愛する心の力、属性力(エレメーラ)。それから生まれた精神生命体、エレメリアン。

 そのエレメリアンだけで構成された、異世界からの侵略者である組織、アルティメギルとの闘い。

 自分を慕ってくれる、可愛らしい幼女、もとい子供たち。

 どこか真剣みの感じられない、アルティメギルの侵略に対する、疑念。

 たったひとりでも闘い続けると決めた、かつての自分。

 気づいていたはずなのに、自分の望みのために相手の掌の上で踊り続け、世界を滅ぼす一因を(にな)ってしまった絶望と、自責の念。

 なにか方法があったはずなのだ。いや、そもそも、魅せるような闘い方などする必要は、なかったのだ。目にも止まらぬ、いや、文字通り目にも映らないほどの速さでエレメリアンを斃し、ただ去っていくようにしていればよかったのではないか。そんな後悔だけが、胸にあった。

 だが、もうどうしようもなかった。

 これは、夢だ。

「っ」

 目が醒め、瞳を開く。まどろみは、一瞬で消え去った。

「――――」

 自分が造りあげた、異世界を渡るための小型戦艦の、居住ブロック。そこにあるベッドの上で仰向けに寝転がったまま、まんじりともせず天井を見つめ続ける。特にそこになにがあるわけでもないが、起きたからといって、いますぐにやらなければならないこともなかった。

 しばらくそのままで、さっきまで見ていた夢を思い返した。

「懐かしいですねー」

 自分以外に誰も乗っていないこの(ふね)の中で、声を出すことにどれだけの意味があるのかわからないが、孤独だと独り(ごと)が多くなるというし、仕方ないことなのだろう。自分に言い聞かせるような心持ちで、そんなことを思う。

「まあ、それはそれとして、そろそろ見つかって欲しいんですけどねー、私より強いツインテール属性の人」

 努めて明るく言うと、身を起こした。まっすぐおろした、自身の銀色の長い髪が揺れる。

 もう自分の髪は、ツインテールではない。目的のために、手放すしかなかった。

 あれだけ好きな髪形だったというのに、もうツインテールにしようとも思えず、ツインテールのようなかたちを作ろうとすると、手も動かなくなる。誰かのツインテールを見ても、可愛いだとか綺麗だとか、そんな感想を持つこともできない。そして、それをつらいとも悲しいとも思えないことが、なによりもつらく、悲しかった。

「――――」

 ふうっとため息をついて頭を振ると、深呼吸をして気持ちを切り替える。

 かつての自分以上のツインテール属性の持ち主を探していくつもの世界を渡ったが、いまだ見つかっていない。

 できることなら、二人。自分以上に強いツインテール属性の持ち主と、自分以上の戦闘センスの持ち主。

 すなわち、真っ向から強敵を打ち倒せる強さを持った『最強』の戦士と、最強の戦士をフォローでき、なおかつ、あらゆる手段でもって敵を屠ることのできる戦闘センスを持った『最高』の戦士。さらには、互いに補い、支え合えるようなタッグが見つかって欲しい。

「って、そんなうまくいくわけありませんよねー。テイルギアを起動できるクラスのツインテール属性の持ち主が二人揃っていて、なおかつそんな関係なんて」

 赤と青、二つのテイルブレスを見ながら、再び独り語ちる。

 強い属性力(エレメーラ)の持ち主同士は引かれ合うらしく、強いツインテール属性の持ち主が一緒にいることは、何回か見たことがある。ただ、近い強さの者はいたのだが、自分には及んでいない者ばかりだった。言い方は悪いが、そのぐらいだったら自分がそのまま闘っていた方がよかっただろう。自分のツインテール属性は、どうやら考えていた以上に強かったらしい、と複雑な気持ちになりながら思った。

 最強と最高のタッグは夢物語でも、せめて最強は見つかって欲しい。そう願って、いくつもの世界を彷徨(さまよ)ってきた。

 アルティメギルに侵略を受けている世界もあったが、目的の人物が見つからないと判断したら、すぐにその世界を去った。たとえ薄情者と(そし)られても、自分には目的がある。同情で切り札を切って、無駄にするわけにはいかなかった。

 探す(かたわ)ら、いや故郷の世界を滅ぼされた時から、属性力(エレメーラ)を奪われた人たちの、属性力(エレメーラ)をもとに戻す研究もしていた。幼女を(かどわ)かし、もとい、幼女たちの協力を得て、いろいろなことを試してはみた。

 結果は、(かんば)しくなかった。芳しくないどころか、取っ掛かりすら見えなかった。少なくとも、自分の技術力では不可能。

 アルティメギルの技術力ならどうだろうか、と考えたこともあったが、そんなことができるのなら、いくつもの世界を侵略する必要もないだろう。そう考えれば、連中の技術力でも不可能と見るしかない。

 奪われた属性力(エレメーラ)の復活は、不可能。認めたくはないが、そう結論づけるしかなかった。

 いまでも研究自体は続けているが、やはりなにひとつ進んでいなかった。ただ自分は、自分を慰めるために、誰かに言い訳するためにこんなことをしているのではないか、という虚しさが襲ってくることもあった。

 それでも、研究をやめることはできなかった。

 最強のツインテール属性を持つ者を探すのをやめることも、できなかった。

 それをやめてしまったら、自分は。

 頭を振って思考を切り替え、コンソールを起動した。すでに、次の世界には到着していた。

 収集してある、この世界の情報を確認する。

「ふむふむ。――――?」

 技術レベルはそれほど高いわけではないが、属性力(エレメーラ)が妙に高かった。これより高い世界もいくつかはあったが、なぜか不思議と気にかかった。

 期待とも、願いとも言える思いを胸に、(こぶし)を握りしめる。

「ここなら、見つかるかもしれませんね。最強のツインテール属性を持った」

 可愛らしい幼女が。

 そこまで口に出したところで考えこむ。

 いや、待ってください。可愛らしい幼女をあの変態たちと闘わせるのは、さすがにかわいそうですよね。そもそも幼女をそんな危険な目に遭わせるなんて、人としてやってはならないことじゃないでしょうか。でも、だからといってそのままでは、その幼女ともども世界が滅ぼされてしまいますし、あ、だったら、闘って精神的に不安定になった幼女をケアして私にいぞ、いえ、やはりそれはよくありません。幼女は()でるものであるべきです。

 歯を噛み砕かんばかりに噛み締め、血涙を流しながらあきらめる。そもそも、幼女ではなく、自分のストライクゾーンをはずれた、少女である可能性も充分にあるのだ。そちらを祈っておくべきだろう。

「――――」

 まあ、目的の人物が幼女なら、仕方ないですよね。

 一瞬そう考えたあとニヤリと笑い、赤いテイルブレスを見た。

 ふっと思い浮かぶことがあった。いい考えが思いついたとかそういうものではなく、こうだったらいいなあ、などという妄想の類だ。

「男性の方で、これを使ったら幼女になるとかだったらバッチリなんですが。――――ゲヘヘ」

 その男性と運命的な出会いをして、めくるめくラブロマンス。

 そんなことを考えていると、なにやら粘っこい水音がした。視線を下にむけると、涎が溢れていた。

 おっと、と涎を拭いながら、再び妄想する。

 なぜか、もうひとつのテイルブレスを身に着けた方からの、蛮族のごときアクションにどつきまわされる()が浮かんだ。なぜ、と思いながらさらに妄想し続けるが、どういうわけか自分がその二人のラブロマンスを邪魔する()になった。

「――――まあ、いいでしょう」

 妄想を断ち切り、ベッドに横たわった。

「とりあえず、もうひと寝入りしますか。おやすみなさい」

 そう口にすると、眼を閉じる。

 睡魔がすぐに襲ってきたことで、なにも考えることなく眠りに落ちることができた。

 

 

*******

 

 

 不思議な感覚が、ドラグギルディの内にあった。

 次に侵略する世界のデータに眼を通す。文明レベルは、数ある平行世界の中で見れば、そこまでではない。精神力を使った技術などは、創作物などの、いわば想像の世界の技術程度にしかない。怪しげな理論などはあるが、技術として確立されていないものばかりだった。

 しかし、観測された属性レベルは、異様なほどの高数値。

 理想的な狩り場。そう呼んでいいほどだった。

「ふむ」

 ドラグギルディの躰の奥底と、その世界のなにかが、呼応している。いやツインテール属性が、響き合っているような気がした。強いツインテール属性は共鳴し合うものではあるが、これほどまでに、なにかを感じたことはなかった。

 この世界に、いままで出会ったことがない強さの、言うなれば究極のツインテール属性の持ち主がいる。

 勘でしかなかったが、奇妙な確信があった。

 副官であるスパロウギルディだけを、ドラグギルディは自室に呼んだ。

「スパロウギルディ」

「はっ。この世界の、ツインテールの戦士を作り出す算段でありましょうか?」

「そうだ。(われ)が行く」

「は?」

 なにを言われたかわからないといったふうに、スパロウギルディが声を洩らした。

「この世界の、最強のツインテール属性を持つ者との接触は、我自身が行く」

「は、はぁ。それはわかりましたが、なぜ自ら?」

「気になることがあってな。おそらくこの世界には、まさしく究極と呼べるツインテール属性の持ち主がいる」

「究極、でございますか?」

「うむ。勘でしかないが、この眼で確かめたい」

「かしこまりました。ヒトガタを、使われるのでしょうか?」

「――――うむ」

 ためらいがちなスパロウギルディへの返事は、わずかに遅れた。ドラグギルディ自身、あれには思うところがあるが、実際に人類と接触するとなると、手段は限られてくる。

 ふと、首領から(たまわ)った、あのヒトガタが浮かんだ。同時に、究極のツインテールの持ち主に、ヒトガタの髪を結んで貰ったらどうなるのか。そんなことが頭に浮かんだ。

「いや、そうだな。首領様から賜ったものがあるのでな、それを使う。許可を出すまで、我の部屋には誰も入れるな」

「首領様から、ですか?」

「うむ」

 スパロウギルディがわずかに首を傾げたが、気を取り直したように頷いた。

「承知いたしました。しかし、ドラグギルディ様が賜ったものとは?」

「それについては触れるな、スパロウギルディ」

 見ると、(むな)しくなるものだ。そう言いそうになるのを堪え、ゆっくりと首を横に振った。

 ヒトガタを他者に見せたことは、一度もなかった。姿形(すがたかたち)を知っているのは首領と、それを作った技術者ぐらいのものだろう。

 スパロウギルディもなにかを感じたのか、それ以上なにも言わなかった。

「話を戻そう。その者がいる場所の見当はある程度つけてあるが、一応確認しなければならん。その者の確認が終わったら、追って連絡する。出撃者は?」

「リザドギルディが、志願しております」

「リザドギルディ、か」

 リザドギルディは、いま隊にいるドラグギルディの弟子の中でも、有望株と言える者だった。

 ドラグギルディに限らず、弟子を持つ上級エレメリアンは結構な数になる。そして実力をつけた者は幹部となり、新たな部隊を率いることになるのが多かった。リザドギルディも、いずれそうなるだろうと思えるほどには才がある。

 いまは自分の実力に満足している(ふし)があったが、なにかのきっかけさえあれば、自分の殻を破ることができるだろう。そう思っていた。

 その弟子を、死地にむかわせるのか。

 勝ってくれるのなら、それでいい。その思いに嘘はない。

 だがそれでもドラグギルディは、アルティメギルという組織の、一部隊の隊長なのだ。

 ツインテール属性を世界に拡げ、刈り取るのが隊の任務。それを果たさなければならない。

「そうか。許可する」

「はい」

 それについて、互いになにかを言うことはしない。スパロウギルディもまた、ドラグギルディの副官となってそれなりに久しいのだ。なにも言えるはずがなかった。

 懐かしむように、スパロウギルディが口を開いた。

「どれぐらい前のことになりますかな。『マウンテーン・クズシヨーギ』を勝ち抜いたリザドギルディの雄々しき姿は、まさにアルティメギルの斬り込み隊長と呼ぶにふさわしいものでした」

「うむ。そうだったな」

 『マウンテーン・クズシヨーギ』とは、人類が行う遊戯のひとつ、将棋崩しをもとにした試練だ。ただしサイズは、ひとつひとつの駒がおよそ二メートル、並のエレメリアンと同じぐらいになっている。

 駒の材質は、人類の技術では加工すらままならないほど強固なものだが、それ以上に、重い。この試練のために、あえて重い材質で作っているのだ。アルティメギルの技術力ならば、そんな材質のものでもたやすく加工できる。

 その駒を乱雑に積み上げ、出来た山から、駒を引き抜いていく。重い駒ではあるが、エレメリアンの力ならば、動かすことはそう難しくはない。だが、崩れていく駒の山に巻きこまれる危険性もあり、その恐怖を乗り越える精神力が試される試練でもあった。

 ただの物理的な衝撃ならば、エレメリアンにはなにほどのこともない。だがその試練を行う時には、自らの持つ大切なコレクションを身に着けなければならない決まりがある。フィギュアや、秘蔵のデータを詰めこんだ PC(パソコン)などを、自らの躰に(くく)り付けるなりなんなりして、行うのだ。

 本人は無事でも、巻きこまれたそのコレクションはどうなってしまうのか。そう考え、二の足を踏む者は、少なくなかった。

 ドラグギルディに弟子入りしていたリザドギルディが頭角を現したのは、その試練の時だった。それなりに戦歴を重ねた者でも恐怖が先に立つだろうその試練を、リザドギルディは微塵も臆した様子を見せず、越えたのだ。ツインテールの女の子の人形を手足にくっつけ、PCを背負いながらリザドギルディは、ためらうそぶりを見せるほかの者たちを尻目に、大胆かつ繊細に駒を引き抜いていった。

 その時からリザドギルディは、アルティメギルの斬り込み隊長と呼ばれるようになったのだ。

「あの時、やつはまだ弟子入りして間もないころだったが、あの若さで大したものだと、頼もしさすら覚えたものだ」

「ええ、私もでございます」

 そこで、言葉を互いに切った。

 ドラグギルディが頷きかけると、スパロウギルディは一礼し、部屋から去っていった。

 椅子に座る。背もたれに身を預けて、眼を瞑った。

 リザドギルディと語らった時のことを、ふっと思い出した。

 ぬいぐるみを抱いたツインテールの幼女が、ソファーにもたれかかる姿。それこそが、俺が長年の修行の末に見つけ出した黄金比ですと、リザドギルディは照れくさそうに、しかし誇らしげに笑っていた。

 

 




 
オリジナルなウェイブブレイドも含めた戦闘部分は、思い切ってカット。だいぶ悩みましたが。

巨大将棋崩しは、アニメ版で没ネタになったというアレから。
 

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