文中では瓶詰めのサイダーを普通にサイダーと表記しています。
ラムネと表記した方が正しいようですが、中身においてはインターネットによると両者との間に明確な差は無いのでそのままサイダーとしています。
宴会の二日後、二日酔いのひどい隊員も何とか働けるようになっていたが、風邪を引いた隊員はそうはいかない。
そちらの方にも、人手を取られてやまとの修理は進んでいない。
こんな事態を引き起こした第一副長、第二副長にはきつくお叱りの言葉を投げつけておいたが、何処まで効果のあったものか分からない。
そんなことを考えながら、修理中のやまと艦内を巡検していた上条達一行は、艦底近くの第四甲板の一画にとある部屋にて何かを発見した。
「この部屋は?
それにこの機械は何でしょう?」
答えられる者はここにはいなかった。
見たところ、危険物では無いようだ。
「取り敢えず、艦長権限でこの場を封鎖します。
誰か、機関長と佐世保の地方総監を呼んで来てくれ。」
やまとでも最古参の機関長とこの場の最高責任者である地方総監にこれがなにであるかを聞こうというのだ。
数分後に息を切らした二人がやって来た。
機関長はその機械を一瞥しただけで断言した。
「これはサイダー製造機だろうよ。
2006年の改装の時に紛失したと聞いていたが、こんなところにあったとはな。」
それを聞いた上条の顔に笑みが浮かぶ。
まるで悪巧みを考えついた
「主計長を呼んでくれ。
主計科にやらせたい仕事ができた。」
機関長の回答を聞いた上条は主計長を呼んで来させた。
上条は地方総監に至急呉の地方総監部、広島の地方協力本部と連絡をとって、これから行うことへの根回しを要請した。
「主計長、入ります。」
「来たか。
単刀直入に言うが、主計科の人間を選抜して広島に向かえ。
広島の自衛隊員から迎えがあると思う。
何かあれば、普通に頼れ。」
「広島で何をすればいいんですか?」
怪訝な表情なまま、主計長が聞いてくる。
「サイダーの作り方を学んで来い。
呉にある株式会社中元本店というところだ。」
主計長は拒否すると言うことを出来なかった。
上条の眼力に気圧されたからであり、別なところでではあるが、犯罪に近い行為を行っているという後ろめたさがあったからだ。
五時間後、広島県呉市JR呉駅
「来ちゃいましたね。」
「ああ、それと迎えが来るはずなんだが、住所が広島県呉市三条1丁目4-8だから歩いて行けないことも無いな。」
市街地の地図を眺めていた主計長が言う。
呉駅のロータリーにワゴン車が入ってくる。
運転席から声がかかる。
「折原一尉ですか?」
「その通りだが、そちらは?」
「失礼しました。
呉地方総監部の佐藤二曹であります。
地方総監直々に皆様をお迎えするようにとの通達があり、只今到着いたしました。」
30代前半位のそれなりに若い曹であった。
自衛官候補生コースの中では、出世頭の一人ではあろう。
「今日は遅いですから、宿舎にご案内します。」
彼は車を下りてトランクのドアを開け、手際よく荷物を積み込んでいく。
「分かりました。」
車で走ること5分、呉地方総監部に到着した。
「こちらが本日から生活していただくことになる会議室です。」
そこは十分な広さを持った畳の敷かれた部屋である。
ここを訪れた主計長達は、何故地方総監部にこんな部屋があるのだろうと首を傾げただろう。
そんな主計長達の思いを知ってか知らずか、佐藤二曹は説明した。
「ここは、万が一の事態が発生した際、幹部の方々等が泊まり込むために畳が敷かれています。
今のところ、使用されたことはありません。」
「そうですか。」
「呉でうまくやってくれるかな?」
夜、サイダー製造機を磨く上条達有志の中で、上条はつぶやいた。
「やってくれると思いますよ。
彼らなら。」
上条のつぶやきに答えを返したのは、主計科の人間であった。
副長の二人も罰則として参加させている。
夜の公園で寝れば、どんな奴でも風邪を引く。
それは子供でも分かることだ。
宴会を開くこと自体に問題は無い。
上官としてその行為が生む事態というものも考えねばならないのだ。
「眠たいです。」
弱音を吐くのは、第二副長である。
「このくらいで弱音を吐くな。
入院していた航海科の人間は四徹してたんだぞ。」
こうして、弱音と罵声でやまとの夜は更けていく。
サイダー製造法を呉の株式会社中元本店で伝授された主計長達が戻ったのは、やまとの修理が完了する一週間前であった。
サイダーに使用する瓶自体も、株式会社中元本店の皆さんのご好意で分けてもらった物である。
やまと側としても、修理に携わった人に対する慰労の意味を込めて、サイダーを振る舞うのだ。
断じてやまとのお土産品や副業にするつもりは無い。
今回、一回限りである。
数千本の瓶にサイダーが充填されていく。
数日前から製造されていたサイダーも、これが最後の一本である。
主計長達の目には、涙が浮かんでいた。
そこに上条達の姿もあったのだが、上条は現在ある問題に頭を悩ませていた。
大和サイダーの復活という噂を聞いた海上自衛隊幹部がこぞって参加するという。
警備を固めなくてはいけないが、決して失礼があってはいけない。
さらには、佐世保や呉の基地には、何処から情報が漏れたのか、やまとのサイダーに関する問い合わせが殺到していた。
そのような問い合わせにも、丁寧に応対し、やまとのサイダーは非売品である旨をきちんと説明する。
それでも飲みたいという人がいれば、呉にある株式会社中元本店を紹介する。
自衛隊の業務外甚だしいのだが、それでも自衛隊員達は丁寧な対応を心掛けている。
上条の思いつき一つで、巨大な自衛隊という組織が混乱しているのだ。
そんなこんなでやまとの再進水式の当日である。
「シュワッとしてうまいな。」
上条達も進水式そっちのけで、サイダーを舌鼓を打っていた。
完成してから主計長を除いて、誰も飲んでいないのだ。
サイダーを配って全員で一息ついてから、やまとに乗り込む。
その時に
「これはうまいぜ。」
「これはダメだ。
おいっ、誰かこの副長をつまみ出せ。」
サイダー瓶数本を抱えた状態で
それまでにサイダー瓶六本を空にしていたと聞くから、一人で飲むとしたらかなりの量が第一副長の胃袋に消えたと思われる。
しかし、やまとのサイダーでは海上自衛隊内からも問い合わせが殺到していた。
ここまでの反響が来るとは、発案者の上条も思わなかっただろう。
仕方なくやまとの主計科で再生産されたのだが、それはまた別の話である。