番外編 やまとの宴会
「やまとの乗員の全員の復帰を祝して乾杯。」
戦闘終結後の約束通り、上条達やまと乗員は盛大な宴会を行っていた。
場所は佐世保市内の大きな公園である。
最初は屋内で行う予定だったのだが、1700人も収容できる施設を確保できなかったので、仕方なく公園の使用となったのだ。
長崎県警や佐世保市の方にすでに使用の申請を行っており、許可も下りている。
手の空いた乗員達が買い出しを行い、ビール355ケース、その他のお酒多数、おつまみ・お菓子類1.8tが集められた。
これは数時間前に遡る。
「ふ、艦長。
お帰りなさい。」
上条は昇進を伝えられた後、その足でやまとが修理中のドックにやって来ていた。
「桜野一士か。
手を火傷したそうだが、大丈夫なのか?
それで砲雷長はどこにいる?」
乗員を見つけるたびに上条は声をかける。
「やけどの状態は軽かったので大丈夫です。
砲雷長は艦橋におられると思いますが。」
「分かった。
ありがとう。」
「いえ、仕事がありますのでこれにて失礼します。」
桜野一士は艦橋へと進む上条の姿が見えなくなると、ポケットにあった携帯を取り上げて電話をかける。
「こちらチェリー、
「桜野一士ふざけずに報告しなさい。」
「分かりました。
艦長は艦橋へと向かっているようです。」
「予定通りの状況ですね。
以後も状況の変化に備え、待機しておいてください。」
「了解。」
刻一刻と外堀は埋められていく。
やまとの外、ラッタルのところにいた上条が艦橋にたどり着くまでには時間がかかるだろう。
そう思いつつ、仕事という名の待機を続ける桜野一士であった。
その頃のやまとの一室では数人の影が見えていた。
「チェ、失礼。
桜野一士の報告では艦長は艦橋に向かっているそうです。」
「貴方まで影響を受けてどうするの?」
電話のベルが鳴り響く。
「こちら、臨時作戦室。」
「
こちら、舷門の…」
切羽詰まったような声が伝わってきた。
「林二曹、どうしたの?」
「海上自衛官らしき男が現れて、艦長に殴り掛かろうとしています。」
「オペレーションオールレッド。
要員はすぐに対処を開始せよ。
武器の使用も許可する。」
全周波数にダイヤルを合わせて呼びかける。
「了解。
目標の排除に入ります。」
やまと乗員は宴会という目的のために一致団結していた。
「目標の排除は、万難を排して行え。」
少し、イラッと来たのか気分転換のために別の班にも電話をかける。
「第二班(会場設営班)進捗の状況は?」
「作業は予定の七割に達しています。
「了解。
作業が完了次第、警備隊の応援に回ってください。」
「了解。」
「こちら第三班(買い出し班)、任務を完了しました。
買い込んだお酒、おつまみ、おおよそ6tすべての搬入の準備も完了しています。」
「了解。
それでは第二班の支援に回ってください。」
やまとの一室、臨時作戦室から各方面に指示が飛んでいる頃、舷門の近くの一室のドアのところでは数十人の自衛隊員と一人が睨み合っていた。
こうなったのも、数分前に訪れたこの男が原因である。
しれっと上条の後について、やまと艦内に入ろうとしたらしい。
現門に詰めていた隊員に正体を見破られ、近くにいた上条に殴り掛かった挙げ句、艦の一室に立て篭もった。
「こちらは海上自衛隊だ。
立て篭もり犯に告げる。
我々は警察ほど優しくは無い。
これより10分の猶予を与える。
今すぐ投降せよ。
繰り返す、これより10分の猶予を与える。
今すぐ投降せよ。」
ここにいる自衛官達に逮捕権といった警察権限は与えられていない。
しかも、武器使用の許可も下りていない。
けれども今取り囲んでいる自衛隊員は皆、防弾盾か89式小銃を持っていた。
男が舷門で問題を起こしたときには、全員が徒手空拳だったはずである。
武器を持たない隊員は上条を連れて退避したらしい。
おとなしく出て来ても、男には何かしらの制裁が下されるだろう。
事実、数十分後、警察に引き渡された男には無数の傷痕とトラウマが残されたらしい。
というのも、自衛隊員達はこの時の事を多くは語りたがらない。
それは宴会の邪魔をされたくないというのが主な理由であったからで、どんなに脚色しようとも消えることの無い事実だからである。
「艦長、大丈夫ですか?」
何も武器の持たない隊員達に安全な場所に引きずり込まれた上条は声をかけられた。
「かすり傷程度で済んだよ。
ありがとう。」
「警察の方に向かいましょう。」
「いや、まだ警察も来てませんよ。」
上条の声を無視して、部下の一人が上条を引きずっていく。
その一人の意図に気づいた乗員が数人がかりで上条を艦の外へと連れ出していく。
最後に残った一人が携帯を取り上げる。
かけた先は、言わずもがなである。
「艦長は強制的に艦から下ろしました。
警察の事情聴取に向かうでしょう。
到着は大体予定時刻の少し前になるでしょう。」
「了解。」
臨時作戦室で電話を受けた砲雷長、いや第一副長は第二副長に手でサインをした。
「総員に告げる。
作業中止、作業中止。
総員はアルファ・ポイントへ集合せよ。」
放送を終えた第二副長はそのまま立ち上がり第一副長に言った。
「我々も向かいましょう。」
西海橋公園
そこには公園では有り得ない光景が広がっていた。
遊びに来た親子連れを事情を説明しているのは海上自衛官である。
そこのエリアは自衛隊で借り切ってます。
ここには後で自動車が大量に到着するので車を停めないで欲しい。
などなどかなりの苦労である。
戦争も終結して三週間程がたち、国民生活も平静を取り戻しているこの頃であるから不満の声も多い。
やまと乗員達も最初、公園を使用するつもりは無かったのだが、周辺の居酒屋から人数が人数のために総スカンを喰らった。
やまと乗員は仕方なく市役所の方に出向いたのだ。
体育館か公園か、取り敢えず、大人1700人を収容できる施設を探すためである。
そこで紹介されたのが、この西海橋公園である。
即座にその話に乗ったやまと側の第一副長は作戦の始動を宣言した。
無駄に過剰な人数まで投入した人海戦術である。
やまとの修理の監督とか言う本来の業務を放棄して、やまと乗員達はこの二週間働いていた。
夕方、西海橋公園にはすべてのやまと乗員が集結した。
「最終的なチェックは完了しています。」
報告を受けた第一副長達はニヤリとした。
買い付けたビールやおつまみの搬入作業は順調に終了した。
軽トラック十数台分の荷物は山のようである。
後は、上条を待つだけだ。
「こっちでいいのか?」
「はい、そうです。」
本命の登場だ。
数人の隊員の案内で上条が姿を現す。
「艦長、復帰おめでとうございます。」
第一副長が花束を手渡す。
「ああ、ありがとう。」
そして拡声器を持った第二副長が乾杯の音頭を取るように要求する。
上条としても、それを断る理由は無い。
「まず一つ言いたいことがある。
皆、昇進おめでとう。
そして、やまとの乗員の全員の復帰を祝して乾杯。 」
「乾杯。」
ビールを全員があおる。
冷たく喉越しのキレも、春先ではあっても美味しいものである。
その夜は全員でワイワイガヤガヤ大騒ぎであった。
ビンゴ大会をしたり、一発芸をしたり、そこかしこで隊員の笑いが見られた。
ほんの二、三週間前には考えられなかったことである。
楽しい夜はこうして更けていった。
翌日、後片付けは二日酔いのひどくない隊員に押し付けられたそうである。
公園のトイレの周りでは、「もう飲みません、許してください」と呻く隊員の姿が多数見られたそうだ。
それにまだ寒いこの時期に外で寝たために、風邪を引いたものも多かった。
二日酔いと風邪というダブルパンチを喰らった隊員も少なからずいた。
発案者である副長二人には、上条より厳しいお沙汰が下ったという。
その日から一週間、副長二人の姿を見た者はいなかった。